風雲の如く   作:楠乃

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 本編開始まで、残り二話。






東方地霊殿 ー2

 

 

 

【さてさて……合縁奇縁という感じだね?】

「いや、私は初対面なんだけど?」

 

【ふふふ、実は今ここに居る全員は、とある共通点があるのよ】

【……】

「ん? 私に、そこの巫女に、珠の向こうの三人………………ああ、なるほどね」

「勝手に納得されても何も分かんないんだけどさ?」

 

【……私は、止めはしませんけど、話もしませんからね】

【ああ、弟子としてはそれで良いと思うよ】

【ま、勧めるご主人もここに居るのだけれどね】

「……ああ、そういう……って、この鬼とも関係あるの?」

 

 

 

「そうかい……帰ってきたのか、アイツ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

「ぃひゅんっ!」

「……式神に向けてくしゃみをするな」

「いやぁ、ごめんごめん」

 

 久々に出た突発的なくしゃみの所為で、折角固めた粒子が吹き飛んでしまった。

 粒子を固定化してそこから爪でフィギュアもどきを作ってたのに、集中力が一瞬途切れた瞬間に全て粉末状になってしまった。

 うーむ、一応炬燵の上に固めていた粒子に当てないよう、右に顔を逸らしてくしゃみをしたというのに……まぁ、それの所為で、私の右足に寄り添って寝かけていたぬこにくしゃみが当たっちゃったんだけど。

 

 意識して圧縮を続けようとしていても、くしゃみ程度の意識の途切れで霧散する、か……。

 粒子の固定化、妖力の具現化が凄い苦手って分かっていても、ていうか、分かっているからこそ、この努力する度にこの苦手だと再認識されている感覚が、こう、何とも……むず痒い。

 いやぁ、魔力としての粒子を操作するというのはそれなりに新鮮だし、楽しいは楽しいんだけどね……。

 

 

 

 ……まぁ、粒子状にどう固定したか、魔術のログを残しながらやっていたから、やろうと思えば、データをロードしてのやり直しも一応出来るんだけどさ。

 

「それは流石につまんないよねぇ?」

「……いきなり何の話だ」

「寝そうになってるぬこの妨害」

「……」

 

 遂にご主人をシカトし始めたぬこは、まぁ、放っておくとして、再度魔術を構築するとしよう。

 

 魔術式起動開始。

 効果作用範囲設定、具現化設定、作用位置設定。

 変換開始、作用開始、物理判定開始。

 魔術式継続設定、開始。

 

 

 

 ……よし。固定化完了。

 迂闊に集中を切らすと固定化が解除されるので、さっさと爪を入れていく。

 

 魔術式の継続を頭の半分ぐらいで意識しつつ、鎌鼬の爪をゆっくりと伸ばして、円柱の大きさに固定化された緑の粒子に、少しずつ切っていく。

 初めは大体想像している形の大まかな形にザクザク切っていく。どうせ微調整は後回しにするのだから、遠慮せずに削っちゃっても大丈夫、多分。

 ついでに、大きく割れた破片が机上に落ちて分解霧散する前に、魔術式を急遽変更し、オプションも同時に作っていくことにする。

 ……うむ。これで刀を作れば良かろう。丁度良い大きさの形になったし。

 

 その為に、その割れてしまったオプションを維持するための労力プラス、オプションと本体を繋げる為の工夫も必要になってくるのだけれど……まぁ、それぐらいの負荷を付け加えなければ魔術の特訓とも言えまい。多分。

 

 慎重、かつ大胆に、とは果たして誰が言い始めたことなのか知らないけれど、こういった小物をちまちまと加工することそのものは生前から好きだった訳で、それほど時間も掛からずに先程霧散した時の状態にまで加工が進んだ。

 

 

 

 さてさて、細かい所の再現をやっていこう。

 まずは……髪部分かな。なんやかんやで今まで短かったことすら無いんだもんなぁ……まぁ、体格に合う髪型、ってのもあるんだろうけどさ。私みたいに短くしたり、少しは髪型で楽しめばいいのにねぇ……?

 何はともあれ、ある程度の髪の浮き上がり方を想像しながら、要らない部分に刃を入れて切っていく。

 別にその気になれば、粒子を浮かして固定すれば良いのだし、失敗してもそんなに気にしない。

 

 とは言え、髪の細さと柔らかさを彫刻で再現するのは中々……。

 

 

 

 

 

 

 その時、ドォン!! と庭先に何かが落ちた。

 それそのものに驚きはしなかった。

 

 

 

 けれど、まさか風圧と土塊と積もっていたみぞれで粒子そのものを攻撃されて、霧散させられるとは思わなかった。

 

 

 

「ん? あれ、障子……ていうか、結界張ってなかったの?」

「……」

 

 ゆらりと立ち上がった私を見て、あちゃあ……という顔をしていたぬこ(猫的な意味で)が、炬燵の中に引っ込んだのを視界の端で確認し、幽鬼のようにゆらゆらと揺れながら庭に居る彼女の元へと動く。

 

 彼女が着地の際に出した粉塵や雪やらが庭先から吹き飛んできた為に、室内は非常に汚く酷いことになってしまっている。

 

「え? え? な、なに? いや、ごめんって。まさか、ね?」

「……」

「ちょ、ちょっと、何か言いなさいよ!? 怖いじゃない!?」

 

 今、私の顔には一切の表情、感情が全て抜け落ちているのだろうと思う。

 いや、文字通り私の内心は一心に染まっているために、余分なものが無いと言える。

 

 そのまま庭先の縁側部分に立ち止まる。

 彼女は着地地点から動いておらず、私の手の届く範囲には居ない。

 

 むしろジリジリと後退りしている為に、彼女の距離はどんどん離れていく。

 5m、6m,7m……。

 

 

 

 

 

 

 まぁ、

 

「────庭先及び室内を荒らすなって……言ってんでしょうが!!」

「えぇ!? 言ってなんギュッ!?」

 

 届かなければ届くように移動すれば良いのであって、

 

 腹に両足飛び蹴りをかまして綺麗に宙返りを決めて、再度縁側に着地。

 腕もキチンと斜め45度に上げて、おまけに着地も完璧だ!

 

 さて……まぁ、これで気は晴れた。

 

「いらっしゃい天子。お茶でも飲んでく?」

「ぶった斬るわよアンタ!?」

 

 泥まみれになった天子が尻もち状態から剣を取り出しながら大声で叫び始めた。

 やだまぁ、暴力的。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 いつも通りに天子のお茶を出し、炬燵に座って仕切り直し。

 

 ぬこは先程から炬燵の中に入りっぱなしで、室内に入り込んだ雪や土は……まぁ、何とか掃除した。

 その間天子を風呂に案内し、衣服は適当に文が置いていっているのを貸す。

 私と彩目じゃサイズが違いすぎる。ちくしょう。

 

 まぁね。結界はともかくとして、障子や戸を閉めてなかったのは確かに私の責任だし、その所為で多分、ぬこが寄り添って温まっていたんだろうし。

 とは言え、その点に関しては誰にも謝らないがな!

 

 で、

 

「……なかなか上手いじゃない」

「でしょ? 蹴った理由も分かるでしょう?」

「いや、それは分かんないけど」

 

 ようやく落ち着くことが出来たので、さっきまでに成果をお披露目。

 ……君はこれを、つい先程粉砕したのだよ? という多少の嫌味も混ぜながらのお話だったんだけど、気付いてないのか、それとも無視しているのか、それよりも完成度に驚いているのか……。

 

 とは言え、たかだか吹き飛んできた土塊すら咄嗟に防げない程に集中していたっていうのも、ある意味情けない話でもある訳なんだけどね。

 親子揃って同時進行の術式が得意とか言っておきながら、こういう苦手な部類になるととことん駄目っていうのは……まぁ、いいか。

 

 こうして、天子に見せる為に物質の完全固定化を設定すれば、多少なりとも意識を外して会話は出来るんだけど……これがさっきみたいに削って物理演算を働かせながら、となると非常に難しい訳であって……。

 

「……ん? 何よ。人の顔をジロジロ見て?」

「いんや」

 

 天子が居るから作業できない、なんて客人に言う訳もいかず。

 まー、また後日、暇な時に加工開始かな。ログと現状のデータだけでもに何処かに保存しておくとしよう。

 

 

 

 ジロジロ見てはツンツンと突いてを繰り返し、強度と術式にどうやら興味津々な天子を尻目に、脳内データベースに術式を保存し終わったのでさっさと魔術式を解除する。

 そうすれば当然、炬燵の上で展開されていた術式、もとい真緑色に輝く粒子で構成された彫刻作品は、水で洗い流したかのように溶けて消えていく訳であって。

 

「おお……本当に粒子で構成されてるのね」

「まぁね。ってか、一応はアレじゃん」

「アレ?」

「天子が一番、私の性質を知っていてもおかしくないと思うんだけどね?」

 

 性質というか、気質というか。

 そう言っても、まだ何故か彼女は不思議そうな表情のまま、こちらを見ている。

 

 

 

 ついさっきぶった斬るとか言っていた癖にねぇ。

 

「『緋想の剣』、私の天敵じゃん」

「ああ……」

 

 そう言うと、なんだか微妙な表情になって視線を逸らしてくれる。

 まぁ、神社建立の際の宴会で見せた、右手蒸発事件でも思い出しているんだろう。

 あの時はあの時で、何か変なテンションだったのは間違いないんだけど……とは言え、あの後はあの後で、天魔でのアレとか紫との関連だとか、色々あったからすっかり忘れていたんだろう。多分。

 

 緋想の剣は、対象の気質を解析し具象化しつつ、対する気質を自身に纏わせて弱点を必ず突く、という代物だ。

 その具象化する際に、天気という具体的な現象が伴って起きてしまい、前回の異変の大きな目玉……目玉? まぁ、一番分かりやすい異変の兆候となって出てきた訳だ。

 

 対する相手の私は、属性がそもそも『霧・粒子』だ。

 解析も何も、緋想の剣そのものが操れる状態にほぼそのままなもので、触れた瞬間に所有権が移譲されてしまい、結果そのまま分解されて終了というオチだ。

 

 

 

 字面にするだけでも、天敵どころではないレベルで相性が悪い訳であって………………まぁ……そんな道具の持ち主と仲良くなっちゃうってのが、実に私らしい所ではあると思うけれど。

 

「……自分で言う?」

「でも事実でしょ。多分妖術、魔術に限らず、私の属性じゃその剣相手に勝てはしないよ、多分。やるなら全て避けきって、本体を叩く……って、いつもの私だな」

「……」

 

 まぁ、だからと言って、今すぐ彼女と戦って試したみたい、なんてつもりは更々ない。

 自分のお茶のおかわりを注いで、ついでに天子の湯呑みにも追加して、ちょうど薬缶に入っていた分が切れた。

 空になった薬缶を持ち上げて、台所に向かいながら、「だからどうだ、って訳でもないんだけどさ」なんて言ってみれば、天子の方から溜息が聴こえてきた。そんな溜息吐かれてもねぇ……。

 

 

 

 さてさて、天子が来た訳でやることも一旦は終了し、私としてはまぁ、彼女とぐだぐだ過ごす午後というのも悪くはないんだけど、一応は訊いておこう。

 

「それで結局、天子は今日、何しに来たのさ?」

「……まぁ、こっちとしても、貴女がそれでいいなら良いけど」

 

 何の事か分からんね、なんて意味深な笑みを浮かべれば、また溜め息を吐かれた。

 

 

 

 

 

 

「最近間欠泉が湧き出したの知ってる?」

「ああ、博麗神社の? ……ホットな話題だね」

 

 改めて訊いてみれば、文からも聴いた間欠泉の話。

 耳聡い筈の天狗が昨日の朝に取材へ向かった、っていうのに、この天子も知っているらしい。

 そういう意味でホットって言ったのに、何やらニヤリとされた、

 

「温泉としてすぐに営業開始したって話らしいし、まぁ、ホットなんじゃない?」

「いや別にそこに掛けた訳じゃ……待った。営業?」

「え? ええ、あの欲の塊みたいな巫女が楽しそうな色々と準備してたわよ?」

「……」

 

 ……変な所でがめついのね、霊夢……。

 そういう辺りは関係上、私は見ないからなー。

 

「ま、間欠泉と一緒に怨霊まで湧き出したから、お客はほぼ来てなくて、大体閑古鳥が鳴いているけどね」

「………………天子、何でそんな詳しいの?」

「そりゃいっつも見下ろしてるから。暇なんだもの」

「……ああ、そう……」

 

 まぁ……正直なのは良い事だろうけどさぁ……。

 

 何はともあれ、間欠泉と一緒に地下の霊まで湧いていると。

 

「怨霊、ねぇ……」

「ん? 怨霊がそんな不安? 詩菜って精神主体の妖怪だっけ?」

「う〜ん、説明しづらいけど、複合型って所かな」

「はぁ?」

 

 意味が分からないというような顔をしている天子は放っておいて……地下、ねぇ……。

 

 ……なんだろうなぁ……嫌な予感、というか、直感未満の良くない気配というか……。

 

 

 

「……で?」

「それで、昨日の朝ぐらいまでは誰も来ていなくて、あの巫女もぐうたらしていたんだけど、ほら、アンタの弟子が来たのが見えたの」

「文の事? いやまぁ、弟子って言うか何て言うか……」

 

 まぁ、一言で言える関係なら弟子だろうけどさ……。

 そんな思考をちょびっとだけ口に出しつつ、何となくの流れをようやく掴む。

 

「その天狗が神社に来てから、何やら怪しい気が集まってるのよね。蒐まっている、っていうか」

「……良くもまぁ、天界からそこまで観察してるねぇ」

 

 どんだけ暇なんだか。と言っても豆腐に鎹らしく、「天界の娯楽なんかに興味なんてないのよ」とのこと。それで良いのだろうか天人くずれ。

 

「探ってみれば面白そうな気配が沢山するじゃない。アンタの上司まで居るみたいだし」

「……へぇ」

 

 まぁ……一応は気を取り扱った異変を起こした首謀者なのだし、そういう感知能力には長けているのだろう。多分。

 それにしたって、一応は──弾幕ごっこで、とは言え──本気で攻撃し合っていた間柄だったとは思うんだけどね?

 

 

 

 何にせよ、そう話す彼女は眼はキラキラと、比喩的な意味で輝いている。

 ……どうやら、何やら彼女の琴線に触れる何かがあったらしい。

 

「……で、私を誘いに来た、って訳?」

「一応は部下なんだし、ある程度融通を効かせなさいよ」

「無茶振りな……」

 

 そうは言いつつも、さっと湯呑みにあったお茶を飲み干し、立ち上がって衣装掛けに掛けられていたマフラーを首に巻く。

 私の動きに合わせるように、「やった!」とか、語尾に音符でもつきそうな雰囲気で、天子はブーツを履いて庭先に出てしまっていた。

 

 ……本当にこういう時の行動は早くて楽しげなのだから、彩目も本気で怒れないらしい。

 変な所で無邪気になるんだとか……まぁ、天子のアレは計算しての行動だと、私個人的には思うんだけど……まぁ、別にどっちでも彼女自身の行動であることには間違いあるまい。

 それにしたって、一応は汚れを取り除いて乾かしたとは言え、泥まみれだったものを頓着せず着直す辺りが何と言うか、天真爛漫というか何と言うか……まぁ、どうでもいいけど。

 

 さて、一度は誘われておいて、結局神社に向かうことになっている辺り、何か運命的な流れがあるような気がする。

 神社の間欠泉────その元と言えば、地下。

 

 

 

 ふと庭先から首元へ視線を戻して、巻いたマフラーを握りしめる、

 

 黒色のマフラー。

 私が幻想郷に居ない間、彩目がなんとなくで作り、なんとなく残したままにしてあり、そして去年の冬前に、思い付いたように私へ贈られたもの、

 

 直感だけど、多分、これが、私をこちら側へと、引っ張ってくれるんだろう。

 

 巻き付けたマフラーを引っ張り上げ、鼻口を隠して、深く息を吸う。

 ────うん。大丈夫、

 

 

 

「詩菜?」

「ん、今行く」

 

 

 

 さぁ、て……怨みか、畏れか。

 どちらにせよ、覚悟は出来ている。

 

 

 


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