「はっはっはっ!! 呑め呑めぇ!!」
「ハ、ハハハ……どうも」
藤原の某とやらは、どうやら酒癖が悪いようだ。すげぇしつこい。
はてさて今日は何の日かというと、藤原殿に酒盛りというか宴会というか二人だけの飲み会というか。
とりあえず、藤原氏が所有する屋敷にお邪魔させていただき、こうして晩酌を楽しんでいる訳である。
…とてもじゃないが、かぐや姫にご執心だった五人の貴公子には見えん。
「というか、輝夜の頼み事はよろしいのか?」
「うん? 姫からの頼まれ事? それは何の事じゃ?」
「え? ……聞いて、ないのか?」
「わしはそのような事は聞いておらぬが……なんじゃお主、求婚ではないと言っておった癖に今更狙い始めおったのか? しかも姫を呼び捨てとは……」
「それはない。ちょいと顔見知りになっただけだが……聞いてないのか……」
…つまり『五つの難題』はまだ言われていない…?
確か藤原っていう人物がその五人の中に居たような気がするんだがなぁ……。
俺の記憶違いか、はたまた単に言われていないだけか。
最悪、人違いとか……あー、ありえそう。
まぁ、輝夜が月に帰るのはまだまだ先の事なようだし。
久々というか、初めてこの世界で
とは言え、印象が大きい奴しかもう覚えてないけどな。既に150年も昔の話だし。
俺にとっては、だが。
「ほれ! その件はわしの酔いが治まった時にじっくり聞き直すとしてな? 呑め呑め!!」
「聞き直すのかよ…」
酔ってるのか酔ってないのか分からねぇ…。
……その赤い顔はペイントの類いじゃないよな?
数時間後。
結局酒をどんどん呑み、遂には潰れてしまった。藤原が。
人間と妖怪ではスペックが違うのだよ。
真っ昼間から呑むのもどうかと思ったんだよなぁ……。
わ~い…夕焼けが綺麗……。
……現実逃避している場合じゃないよなぁ。
「おーい!! 誰か居ないかー!? 藤原殿が倒れたのだがー!?」
この屋敷は、下人のような滅私奉公をする者は居らず、都の中心部から比較的離れた所にひっそりと建っていた。
貴族が人目を憚らずにどんちゃん騒ぎを起こすには、確かに有効な場所だ。
藤原自身も『此処には誰も居ないし来ない』と言っていたしな。
だが、妖怪のスペックをなめんじゃねぇよ?
世話人は確かに居ない。
が、明らかに『誰かが居る』
そして、向こうも俺や藤原氏に逢おうとはせず隠れるように、屋敷を逃げ回っている。
その動き方もかなり慣れている。才能か、はたまた努力の結晶か。
……そう動かれると気になっちゃうんだなぁ。
何故こんな場所に居るのか?
何故一人でそいつは居るのか?
何故俺等から逃げているのか?
何故藤原氏はそれを言わないで騙すような事を言ったのか?
何故この屋敷の構造を熟知しているのか?
何故そのような技術を持っているのか?
ハハハ! やば。楽しくなってきた。
追い掛けっこと洒落込もうじゃないか?
この屋敷は普通の邸よりは狭い。だが、それでもかくれんぼには充分すぎる広さであり、ましてや一対一ならば到底見付ける事など出来そうにない。
けど俺には、靴音による衝撃音『タッピング』が聴こえてくるように、既に能力を発動させている。
『衝撃を操る程度の能力』を使い、俺の足が鳴らす衝撃は無音に。誰かの足が鳴らす衝撃は何処から聴こえてくるか分かるように。
向こうも既に気付き始めている。自分が追われている事に。
一つ目の角を曲がり、隣の連なっている部屋を通り抜けて、誰かは反対側に抜けたから、此方は四つ角を左に抜けて、右に合わせて…くそっ、構造が分かってないとキツいな。
左……右……前……右……右……左……左……前……左……右……左……前……左……右……右……前……右……左……右……前……左……右……右……左……前……右……左……前……前……左……左……右……右……前……前……右……前……左……右……左……前……右……左……前……左……前……右……右……左……前……右……前……右……右……右……前……左……前……右……左……ん?
この先は、宴会していた所で…藤原氏が寝てる……まさか、藤原氏の暗殺か…!?
「ヤバッ!?」
相手が部屋に入って襖を閉めた丁度その時に俺は角を曲がり、閉じられた瞬間の襖を見た。
間に合え…ッ!!
襖なんて知るかッ! このまま飛び込む!!
「どりゃっ!! 藤原ッ!?」
「おぅ、なんじゃ騒々しい。もっとゆっくり酔えんのか?」
「うるせぇ! それよりもッ!! ……うん?」
……見間違いか…?
目の前に藤原氏が居て、その徳利に酒を注ぐ少女が見えるんだが…?
「いやいや、わしの娘じゃよ」
「ああ、アンタの娘………………はぁ?」
…ま、まぁ、確かに藤原氏は娘が居てもおかしくはない年齢だし、少女の年齢も見た目は理に叶っているように見える。
だが、じゃあ何故、隠れさせるような真似をさせた?
「一つはお主の腕試しじゃ。わしのお眼鏡に叶うような存在か、な」
「…まどろっこしい事を……」
「ふふん。二つ目はわしの娘の腕試しじゃ」
「……娘の腕試し?」
「…ふむ。順を追って説明しよう」
娘の名前は『藤原妹紅』
わしのちょいとした事情による隠し子。
この屋敷に一人で暮らしておる。
世間に知れ渡ってしまえばわしはともかく、こやつにも何かとあってしまう。その為に護身術のような物を教えている。
この子には才能があり、わしにはこれ以上教える事が出来ない。だが、これではまだまだ不十分だ。
先程の理由により、出来ればこちらの事情を知って、尚且つ守れる程の実力を持った者を探しておった。
居なければ信頼出来る陰陽師にでも頼もうかと思っていたが……。
「…たまたま出逢った俺に目を付けた、と?」
「うむ」
……。
なんじゃそら。傍迷惑な。
「…この子の師匠になれと?」
「駄目か?」
「……あ〜……こっちにもいろいろ事情がある」
妖怪とか、能力とか、変身とか、年齢とか。
挙げたらキリがない。面白そうではあるが。
「いや、体術だけでも良いのじゃ。お主は妹紅を追跡出来ただけでもかなりの能力があるのじゃぞ?」
「…他にもやらせた陰陽師が居たのか?」
「実力者を二、三人ほどな。彼等も気付きはしておったようじゃが、追う事は出来ずに終わっていったわ」
そりゃ俺は能力を使っていたからなぁ……。
体術も能力頼りの付け焼き刃だし……自慢出来るものではない。要するに培った技術じゃなくてチートのようなものなのだから。
「能力も実力の内、じゃよ。まぁ……つぶれた振りをしていたのは悪かった、すまぬ…が、頼めるか?」
「……ハァ」
最近思ってはいたんだ。
俺は自分の事を良く知っているつもりだったんだが、実は親しい奴から頼まれた事は余程の事じゃない限り、断れない
「…良いよ。その依頼引き受けた」
「それは有難い。ほれ妹紅、挨拶せぬか」
「あ…! よろしくお願いします!!」
…初めて声を出したんじゃないか?
まぁ……いっか。才能は俺よりもあるだろうし、将来が楽しみっちゃあ楽しみ。
「そうだな……一年間の間だけだ。こっちにも都合があると言っただろ」
「はい!」
それぐらいならば、容姿が変わらない等の疑惑を持たれないだろうし。
……これだけ長期間の仕事を受けたのは初めてだな。当たり前だが。
「それで良い。出来れば陰陽術を覚えて欲しかったのじゃが…」
「生憎と専門外。寧ろ俺が知りたい」
商談成立…か?
これで弟子は弥野・縞・作久に……彩目は微妙だけど、入れると計五人の弟子か?
……俺はそんな上に立てるヒトじゃないっての…ハァ。
「……まぁ、何にせよ、師弟か…よろしくな? 妹紅とやら」
「師匠、よろしくお願いいたします!!」
…またその呼び方か……別に良いんだけどさ。
なんか、こそばゆい。
「…俺は能力ありのなんでもありの体術だから、教えてやれる事は少ないと思うぞ?」
「おいおい、請け負った後で何を言い出しておるのじゃ…」
「そうだが…、まぁ、一応の確認な?」
「いえ、大丈夫です!」
……元気だけが取り柄、ってか?
どっかで見たなぁ……こういう熱血漫画……。
まぁ、そんなこんなで、俺は五人目か四人目の弟子を持つ事になったのだった。
憂鬱だー……。
……いきなり視点が変わったような…。
気のせい……なのか? 分からん。
私はアイツの家を飛び出して、近隣諸国をまわっている。
アイツの居ない自宅にずっと居たって、どうしようもないし何も出来ない。
……詩菜を許すつもりは毛頭ないのだが、どうも以前にあった殺意や憎しみはさっぱり湧いてこない。
想いは許したくないのに、感情が許してしまう。
これもアイツのいう上下の関係か、それとも命令か。どちらにせよ困ったものだ。
…この『困った』も気が付けば苦笑いで済ませてしまった。
本当に……困ったものだ。
近隣諸国をまわる理由は武者修行とでも言えば良いのだろうか? 詩菜から結び付けられた妖力の操作である。
アイツが出掛けた時に寄越した『緋色玉』とやらは妖力で発動するそうだが、私の力ではどんな風に構成されているのかさっぱり分からない。
だが、妖力の操作を練習しておくに越した事はない。
…私も随分と変わってしまったものだ。
あれほど嫌っていた筈の妖力を扱えるように練習をして、アイツの言った事を信じて行動している。
一ヶ月かそこらの生活と本人からの謝罪で、私はここまで変わった。
変わって、しまった。
「ふふ……」
「なぁに笑ってんだてめぇ?」
「いや、すまない。ちょっとな? 思い出し笑いだ」
「ッ!? ナメテんじゃねぇぞ!! オラァァ!!」
戦いの最中に笑ってしまうとは、些か相手に失礼だったな。それほど余裕のある戦いでも無いというのに。
全国をまわっている内に、いつの間にか詩菜の家へと近付いているなと考えていた時に、こいつに襲われていたのだった。
……考え事ばかりしているな、私……直さないとな、この癖。
ま、こいつに打ち勝ってからの話だがな。
四本腕の妖怪は、巨体に似合わず中々に素早い動きで私を翻弄しようとしている。
片手二本で私の行動を阻害して、もう片手二本の腕で押し潰そうとしても、
「遅いな」
「なっ!? てめえ!!」
私はそれよりも速く動く事が出来る。
アイツの血が、それを可能とさせる。
だが、私の手元にこの妖怪を倒せるような武具は、ない。
持っていた刀は出会った当初に折られ、あるのは懐に入れていた予備の短刀だけだ。
あの筋肉では突き立てようとしても、この短刀では直ぐ様折れてしまう。斬ろうとしてもそれは同じだ。
打撃? こちらの骨が折れるだけだ。私は詩菜ではない。
「オラオラァ!! 逃げるだけか小娘ェ!?」
「五月蝿い。考えてるだけだ」
「それを逃げてるってゆうんだよッ! ドラァ!!」
避ける事しか出来ないし……参ったな。どうしようもない。
逃げるか…?
と、私が逃げ出す算段を考えようかと思い始めた時に、
足が、樹の根に引っ掛かった。
「ッッ!? ガハッ!!」
勢いに任せて地面に倒れる。衝撃で肺から空気が全て吐き出される。
咳き込み空気を求める行為が、私の決定的な隙になってしまった。
「ゴホッ、ゴホ!!」
「もらったぁぁ!!」
振り下ろされた巨大な拳。
反射で両手で受け止めようとするが、右手に持ったか弱い短刀はあっさりと折れ、そのまま鉄拳は……、
左手に握られていたクナイで受け止められた。
「……なんだ…と……!?」
「へ……?」
私の短刀は折れて、地面に転がっている。刃も柄もだ。
なのに相手の拳を止めた、この私の手にあるクナイはなんだ!?
私はこんなものなど…持っている訳がない! そもそも受け止められる筈がない!!
「…てめぇ、武器を隠し持っていやがったな……!!」
「ちょっ! ちょっと待て!!」
「今更てめぇの話なんざ聞くかぁ!!」
急いで立ち上がって距離を取り、手にあるクナイを見る。
短刀よりも明らかに細く、あの巨大な手を止める事など出来そうにない程脆そうに見える。
攻撃を避けつつ、何故こんな事が起きたのか考える。
詩菜や志鳴徒が何かしらの術を私に掛けたのなら、こんな事が起きたのも分かる。
だが、アイツならこんな事をするのなら直接渡すだろうし、渡されたのは紅玉だけだ。
現に懐には『緋色玉』とやらが入っているのを確認した。こいつが何かの術で変化したのではない。
ならば、何故……?
「よそ見してんじゃ、ねぇぇ!!」
「ッッ!? っと!」
危なかった。叫んでくれなければ、危うく吹き飛ぶ所だった。
手元にあるのは『緋色玉』と先程のクナイだけ。
…仕方ない。アイツが寄越したこの玉を使おう。危険な物だそうだが……不安だ。色々と。
林から抜け、平原に出る。ここならすぐに逃げられるし、この『緋色玉』とやらを邪魔するような木立もない。
「おい。そこの木偶の坊」
「てめぇ!! 今なんて言いやがった!?」
「今からこの『緋色玉』を使う。死にたくなければ、退け」
「ヘッ! そんな脅し文句、誰が引っ掛かるんだ? オイ?」
「…ふん」
アイツの言う通りならば、此処等一帯は焦土となるそうだが……幾らなんでもそんな馬鹿げた威力が、こんな小さな玉に込められる筈がない。
確かに、奴の言い分には私もある意味同意する。
しかし、志鳴徒の口調は本気だった。アイツはどうでもいい事で嘘をつくが、真面目な事で嘘はつかない。
……まだアイツが詩菜と同じだと知らずに一緒に生活していた時の経験だが、まぁ、変わらないだろう。
まだ慣れていない妖力を身体から玉へ移す。
「お前、妖怪だったのか!?」
「……」
驚いてるようだが、どうでもいいので無視しよう。
妖力により封印が解かれたのか、カチッとする音がなった。
「テメェ……騙したな?」
「いや、まだ人間やめたつもりはないからな。私は妖怪退治屋さ。ホラッ!! 喰らいなッ!!」
名も知らぬ四本腕の妖怪に『緋色玉』を投げて、私は反対方向に逃げ出した。
志鳴徒に追い付けるとは到底思えないが、脚力だけは詩菜に追い付けるように、かなりの鍛練をしたつもりだ。
簡単に妖怪に追い付かれては困る。
「…何だこりゃ? …あっ!? 待ちやが───
音が、消えた。
私はまだ走っている。
蹴り抜いた地面が、巻き込まれていく。
土が、草が、虫が、木々が、空気が、吹き飛んでいく。
私はまだ走れている。
背中が焼けつくように、熱い。
…駄目だ、逃げれない……!!
背中に感じる、跳ね飛ばすような質量のある熱風。
私は、遂に吹き飛ばされた。
妖怪を中心に広がった『何かの爆発』は、逃げる私を追い越し、巻き込み、弾き飛ばしていった。
それが私が最後に見た風景だった。
……最後、と言ったが死んだ訳ではない。
死ななかったのは、妖怪に襲われる事など思慮の他にして、一心不乱に走ったからだろう。
運が良かった。詩菜がすぐに看病してくれなかったら死んでいただろうが。
…まぁ、それでも吹っ飛ばされて、意識を失ったのだが。
気が付くと私は詩菜の家に寝ていて、傍らには詩菜が座って看病をしていた。
助けられたという事は、すぐに分かった。
「やっ、大丈夫?」
「……そう見えるのか? …ならば眼の医者に行け」
「う…ごめん」
とりあえず、一体何が起きたのかを詩菜から聴き、私の推測が間違ってなかった事を確認する。
話を聞いてみると、どうやら玉が爆発した瞬間にコイツは私の元に向かい助けに来たようだ。
普段ならばかなりの痛みがある筈なのに、自力で起き上がる事も出来る。恐らくコイツの能力で痛みを減らしているようだ。
「……何なんだ、あの玉は?」
「…ん~、私の能力。知ってるよね?」
『衝撃を操る程度の能力』は確かに打撃や精神に影響出来る能力だが、あの爆発はそのような威力ではなかった。
……もっと…そうだな、空気が爆発したような……?
「似たような感じかな? 衝撃で圧縮したものを、更にあの玉に詰め込んだの」
「……本当にお前は妖怪か?」
「失礼な。私の友人にはもっと凄い能力者がいるよ」
「…妖怪だよな?」
「彼女曰く、スキマだとか。まぁ、能力なんて認識によって使えるかどうかも決まるし、ヒトそれぞれだよ…」
ふぅん、能力で何かあったのか?
…と、あの玉で思い出した。
「お前、私にクナイを渡したか?」
「ん、いや? 渡したのは『緋色玉』だけだよ?」
「だよな…」
「何かあったの? クナイって」
「……刀が途中で折れたんだが、その後にいきなり私の手に出てきたんだ」
どうやら爆発で吹き飛んだようで何処を見渡しても見当たらないが、やはりどう思いだしてみても何処にもあるようなクナイにしか見えない。
あの出現の仕方はうまく説明できないが、いきなり出たとしか言えない。
「…ふむ……彩目、どんな形か思い出せる?」
「ああ、多分」
「じゃ、目を瞑って。右手を下に向けながら私に伸ばして、そこに『ある』って想像してみて」
「? …なんだそれは?」
「良いから。やってみて」
訳が分からないが、とりあえずやってみる。
やはりどう思い出してみても、あれはクナイと言う他に無い。刃先が鋭い鉄の三角で後部には輪っか……。
まぁ、あんな形でも刃物ではあるだろうし…。
カラン
「……あ~…目を開けても良いよ?」
「なんだ、もう良いのか? ろくに想像して…な……!?」
私と詩菜の間に落ちているのは、明らかに先程のクナイ。見間違えようもないあの刃物。
私が伸ばした手の、丁度真下に……それこそ、私の手から落ちたような位置に、転がっている。
「…な、なんで……!?」
「彩目。自分の『能力』は何か分かる?」
「…え…能力…?」
「考えて。答えは『自分』が知っている」
私の……?
…私の能力は……。
『刃物を扱う程度の能力』
能力についての事が、頭に浮かんできた。
それは自分の能力だと、理由もなく確信した。異常な事の筈なのに。
「…『刃物を扱う程度の能力』」
「能力開花、だね」
「……私が…?」
「…まだ混乱してるか…まぁ、仕方ないか。もう一眠りして、落ち着きな」
詩菜が私の頭に手を伸ばし目蓋を閉じさせた途端、私の頭の中をぐるぐる回っていた動揺や驚愕が、一瞬にして落ち着き、そして眠くなってきた。
詩菜が私の衝撃を取り除いたのだろう。巻き込まれた傷も、精神も。
そして急激に意識が落ちていく。周りの風景が暗くなっていく。詩菜の顔さえも良く見えなくなっていく。
「おやすみ」
「……」
返事は出来なかった。
だが、深い安心感に身を任して私は就寝する事が出来た。