風雲の如く   作:楠乃

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復元不可能なモノ

 

 

 

 今日が、今月中で最も良い日。

 という直感の指示に従い、紅魔館へと向かう。

 

 彩目は例の如く、朝早くから人里へ向かってしまっている為、何の話もしていない。

 けれどまぁ、話をした所で何か変わる訳でもなし……って言っちゃうからアレなのであって。

 

 ……心配は掛けたくないからね。

 どうやっても心配されるのも、分かってはいるんだけど。

 

 

 

 朝食を済ませた後に家を出て、ぬこはお留守番。

 山を回り込み、川に沿って歩き、湖を一周りし、紅い館へとただ歩く。

 スキマを使えばあっという間なのだろうけれど、そんな気分でもないのでとりあえず歩く。

 

 そういう訳で、ちょうど門の前へと辿り着いた時にはお昼前になってしまっていた。

 ……あの事件は確か、真夜中過ぎだったから、ちょうど10時間ぐらい時差があるのかな。まぁ、どうでもいいけど。

 

 

 

 そんな事を考えながら歩いていると、この辺りで見える筈の、緑と赤を基調とした中華服を来た妖怪の姿が────見えない。

 

 予想に反して、そこに居たのは紅魔館の門番、ではなく……図書館の小悪魔さん。

 

「し、な……さん」

「何さ、そんなに怯えなくても良いじゃない。別に何かやりに来た訳じゃないよ」

 

 どうにもあの一件で完全に萎縮してしまうようで、小悪魔さんは門へ完全に背を預けるように逃げ腰になってしまっている。何もそんなに……いや、それだけ私が恐ろしいモノに見えたんだろうけどさ。

 声を掛けながら手を振ってみれば、これまたビクビクと反応するもんだから、何とかならないものかなぁ……この様子じゃ、私が縮んでいるのにも気付いてなさそうだ。

 

 最後に小悪魔さんに逢ったのは、確かフランの一件で美鈴が私の前に立ち塞がった時。

 パチュリーの傷を看護して……主の魔術詠唱の手助けをしていた、と思う。

 

 ……んん、いかん。あんまり思い出すとまたスイッチが入りそうだ。

 

 

 

 まぁ、何とか紅魔館の中に入って、あの場所を調べたいんだけど……。

 

「あの地下にまた行きたいんだけど……通って良いかな?」

「……わ、私の一存では決めかねます」

「ん、それなら今、私を監視できる人物に付き添ってもらって、それであの現場に行きたいんだけどさ……大丈夫?」

「……」

 

 そう訊くと、小悪魔さんは困ったような顔をして少し黙った。

 

 うーん、これじゃあ望み薄かなぁ。

 直感に従ったんだけど、今回は正解じゃなかったかもしれない。

 

 あんまりにも引かれるようなら、ここはすぐにでも私の方から、撤回した方が心証的にも、心象的にも、彼女にも良いだろうしね。

 

 

 

 そう考えて、これ以上悩むようなら私の方から断るべきか、と口を開いた時に、

 

「一度……図書館までご案内いたします」

「……へ?」

「……パチュリー様に、訊きますので」

「あ、ああ。そう? それで良いなら、良いけど」

 

 おお、引かないのか。

 小悪魔だけど、そういう主従関係はやっぱり悪魔なのかしら?

 どうでもいいけど。

 

 

 

 まぁ、そんな訳で門が開き、こちらへ、と案内される。

 

 ……その一瞬でも背中を見せるのが怖いのか、動きの一つ一つが妙に焦っていたり、わたわたしていたりするのは微笑ましくもあるけど、原因が自分だと考えてしまうと、なんだかなぁ、とも思ってしまう訳でもあって。

 

 

 

 何はともあれ、紅魔館の中に入ることが出来た。

 相も変わらずの真っ赤で目が痛い空間だけど、最近何度も来ているせいかだんだんと気にならなくなっている自分が居る。

 まぁ、中に入った瞬間は凄い違和感しかないんだけど、数分もすれば気にならなくなるんだよね。慣れって怖い。

 

 私の3mほど先を歩いている小悪魔さんは、こっちを決して見ない。

 まだ私に対して不信感を抱いているのは、まぁ、背中と頭部にある、小さく畳まれて震えている翼を見れば一目瞭然なんだけどさ。

 というか、明らかに意識がこっちに向いているのが分かるんだけどさ。魔力っぽいのがこっちに向かってるの、薄っすらと見えるし。

 

 警戒されているとは言え、何の話もしないというのは、私の性格ではない。

 怯えられていると分かっていても、少しは仲良くしたいじゃん?

 

 

 

「そういえば」

「ひぅっ、はっ、はい!? 何か!?」

 

 ……怯えすぎでしょ……。

 

「……そういえば、何で今日は小悪魔さんが門番やってたの? 美鈴は?」

「あ……ああ、咲夜さんと共に人里へ買い出しに……私は手が空いているなら、と頼まれて……」

「ふぅん……なるほどね」

 

 今日しかない、っていう直感さんは、どうやらコレを指し示していたのかな?

 まぁ、こんな事を考えても答えなんて出ない訳だけど。

 

 買い出し中って事は、お世話をする主人もその妹も、就寝中か、はたまた何処かに出掛けているか……いや、出掛けているかはないか。

 外は晴れてるし、フランならともかく、あの姉が一人で神社とかに行くかね。いや多分行かない。勘だけど。

 

 いや、別に美鈴に逢いたくない訳じゃないけど、向こうが逢いたくないかなって、どうも考えてしまう。

 怒らせた……いや、怒らせてる訳でもないんだけど、向こうが気まずいだろうなぁ、と思ってしまうと、どうもこっちから引いてしまう。そんな訳がない、という事もある筈なんだけどね。意識しちゃうとどうも、ねぇ……。

 

 

 

 ま、今は誰も居ない、っていうのなら、多分都合が良いんだろう。

 私にとっては、だけど。

 

「あ、あの、それが何か……?」

「ん? いんや、美鈴とも少し話さないといけないかなぁ、って」

「はぁ……美鈴さんと……」

「……何か聞いてたりする?」

 

 何やら納得したような、予想がついたかのような声を出す小悪魔さんに、そう訪ねてみる。

 

 最初に大きく驚いて引いた時はこっちへと完全に振り返っていたのに、こういう会話となるとこっちには見向きもしない。

 ……まぁ、それでなんとか心の中のバランスとかを取ってるんだろうけど。

 

「ああ、いえ……こう、あの事件、あ……し、失礼しました。えぇと……あれからお嬢様の話に良く詩菜さんが出てくるんですけど、美鈴さんが居合わせる度に何か、物思いに耽るようになる、というか、悩んでいるような……そんな雰囲気があるので……」

「……ふぅん」

 

 ま、悩むなら、それも仕方がないんじゃないかね。

 解決している問題、それそのものである私が言うのも何だけどね。

 

 それにしたってレミリアよ。アンタ何を話してるのさ?

 

 

 

 

 

 

 そんな会話をしている内に、ようやく図書館に着いた。

 

 あれー……予想してた道通ってない気がするんだけど……また内部構造変わった?

 それとも私が覚えてないだけ……? う〜ん……。

 

 まぁ、そんな考え事も、図書館内にある膨大な量の本を見るとすっかり忘れてしまう。

 魔術についても、いつぞや勉強してみたいとは思っていたんだけどね。あれは確か神社での宴会だったかな………………いや、うん、良くないものまで思い出しちゃいそうだし、考えないようでおこう。

 

 

 

 そうして本棚の間をすり抜けていくと、テーブルの上に本を置いて立ち上がってこちらを見てくる魔女が一人。

 

「……いらっしゃい」

「やぁ、パチュリー。話は聞いてる?」

 

 この前の天子の異変で逢った時も、初めて逢って自己紹介した時も、本を読んでいるのが彼女らしさ、って考えていたんだけど……ね。

 本を置いて、立ち上がって……さてさて小悪魔さんがパチュリーの後ろに控えるってのは、どういう事なんだろうね?

 

 彼女の眼差しは、睨まれる等の敵意を感じる視線ではないけれど、友愛を感じるような目付きでもない。

 そこまでされるような事を私は何かしただろうか?

 従者の小悪魔を怯えさせた、とかいうのなら……まぁ、納得するけど。それなら原因は私だし。

 でも事件の始まりは……大本の始まりも一応私か。ホント罪作りだこと。

 

「一応は聞いたわ。あの時の地下に行きたいらしいわね。目的は?」

「んー、説明し辛いんだけど……簡単に言うなら、分霊の回収、かな」

 

 分霊というか分身というか、合流できなかった私の粒子を回収しに来たというか、私じゃない私を拾いにというか、具体的に説明できないんだけど、なんかそんな感じの回収作業。

 

 まぁ、何にせよ、今回は悪意なんて欠片もないので出来れば案内していただきたい所なのだけど……どうにもやはり、雲行きが怪しいらしい。

 あの吸血鬼姉妹を確認しに地下に来た時の、「詩菜のお陰ね」とか言ってたパチュリーさんの、安心しきった顔とは程遠い顔で注視され続けている、今の状態。

 

 許可が下りなさそうな雰囲気。

 

 いや、無理なら無理で先に萃香に頼ってみるだけだから、そこまで重要って訳でもないんだけどさ?

 

 

 

 数秒経って、彼女は腕を組んで、眉間を少し指で揉んで、それから溜息を吐いて、

 

「……いいわ。私が案内する」

「へ? 良いの?」

「こあには門番を頼んだから。案内できるのは私しかいない。行くわよ」

「……まぁ、良いなら、良いけどさ」

 

 この台詞二回目だな。

 なんて無駄な事を考えつつ、ふわふわと浮き出したパチュリーの後を追って歩く。

 一応は、という感じで礼をする小悪魔さんに片手を振りながら、図書館を後にした。

 

 ふぅむ、回収できて時間に余裕があるなら、またここの本でも読んでみようかしら?

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 『Patchouli(パチュリー) ()Knowledge(ノーレッジ)』は魔女である。

 

 喘息持ちで病弱らしく、先の事件でも小悪魔さんに支えられてなければ、私に魔術を撃つなんて事は出来なさそうな程に消耗していたのを覚えている。

 

 その彼女が、後ろから追う私に対して、振り返ることも声を掛けることもせず、ただゆったりと空気のクッションに座っているかのような状態で、廊下を進んで私を先導してくれている。

 覚えのない道と曲がり角と階段を進んでいけば、いつぞや美鈴と別れてしまった大階段に着いていた。相も変わらずとんでもない程の深さまで続いている。妖怪の視力を持ってしても地下の底まではぼんやりとしか見えない。

 

 

 

 ……いや、まぁ、そんな事よりも、さ……?

 小悪魔さんと同様、話し掛けるような事柄もあまり無い、っていうのも分かるよ? 魔女と鎌鼬じゃあ、何て言うかジャンルが違うからさ。共通の話題なんてレミリアかこの間の事件ぐらいしかないしさ? あと精々アリスか魔理沙の事か。

 

 だからと言ってねぇ……こう、何も話さないでも良い間柄って訳でもないんですよ……こう、空気が重いんだよ……。

 

 

 

「……訊かないの?」

「何を」

「色々と」

「……ま、気にならない、は確かに嘘になるわね」

 

 意を決して話し掛けてみても、小悪魔さんのようなリアクションは得られなかった。残念。

 

 まぁ、そんなどうでもいい事は置いといて、会話が成立しても振り返らない魔女さんでも、気にしない、という事には出来ないらしい。曖昧に訊いちゃったのもあるとは思うけど。

 

「訊いてくれれば良いのに」

「……まるで言いたがり」

「曖昧で不穏な空気よりかは良いと思うけどね」

「確かに……そうね」

 

 そこまで言って、ようやくパチュリーは飛行速度を落として、私の隣へと動いた。

 ……けどやっぱり、地面に降りて階段を自力で降りる、という選択肢はないらしい。まぁ、彼女らしいと言えば彼女らしいけれど。

 

 

 

「……貴女、その身体はどうしたの?」

「どの部分? 肉体? 妖力? それとも粒子?」

「全部」

 

 どれもお見通しらしい。

 パチュリーと逢ったの、数回もない筈なんだけどね……誰かさんとは大違いだ。悪く言う訳ではないけど。

 

「無理な再生をしちゃってね。ちょいと身体の構成成分が足りなくなって、今それを何とかカバーしてる状態。小さくなってるのはそれの弊害、かな」

「……ふぅん。その再生は、あの妹様の時の?」

「まぁね。っていうか、詳細とか訊いてないの?」

 

 美鈴が何も言わないのは兎も角として、レミリアやフランが私の肉体が最後どういう風になったかを喋ってもおかしくはないと思うんだけど……?

 ……いや、逆に美鈴が起きた直後の二人に緘口令でも敷いたのかしら。門番なのに。

 

 そう考えて隣に問い合わせてみると、魔女はゆっくりと首を振った。

 

「詳細については、何も聴いてないの……私達は貴女が地下で決着をつけてくれた、ぐらいしか、知らないわ」

「ふぅん……?」

 

 『決着をつけてくれた』って事は、原因や過程、結果がどうなったのかは、知っているのかな? って事はやっぱり色々と話はしているみたいだね。

 

 まぁ、何はともあれ……彼女達の事情に深入りするつもりはないし、私から何か言うつもりもない。

 訊かれたり助けを求められたら、それはまた別だけど。

 

 

 

「まぁ、普通に死んで、そこから生き返るレベルの再生をしたから、今こうなってる」

「……相変わらず馬鹿げた生命力ね」

「んー、今回ばかしは再生力って問題じゃなかったんだけど……まぁ、どうでもいいか」

 

 九割九分九厘死んでた、って話をしても意味ないし。今生きてるし。

 

 そう言ってる間に、ようやく階段の終りが見えてきた。

 とは言えそれでも数十メートルはありそうだけど。

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そうだ。今度魔術教えてくれない?」

「何故?」

「興味」

 

 なんて事を訊いて返してみれば、物凄い顰め面をされた。

 そんなに嫌か。

 

「……生兵法は怪我の元、よ」

「まぁまぁ、パチュリーの魔術の実験とかも手伝うからさ。触りぐらいは教えてよ。完全独学よりかは安全でしょ、先生?」

「……」

「それに、一応私だって1446年は生きてるんだし、古い妖術とかなら教えれるよ?」

「……貴女本当に馬鹿げてるわよね……」

「失礼な」

 

 

 

 ま、教わりたいならいつでも来れば良いわ。時間が空いてたら相手をしてあげるから。

 そんな、若干了承したとも言えない返事をもらいつつ、

 

 

 

 あの時の、地下室に着いた。

 

 

 

 


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