「まずは……掃除だね」
「…その前に、お前は志鳴徒と同じと言っていたな?」
「うん? そうだけど……あぁ、呼び名とか? それはその時の姿にあわせりゃ良いんじゃないかな? でも、まぁ…力仕事は男の役割っしょ? ……ホイ! どうだ!?」
「…あ~……あれは本当に、文字通り『一心同体』って事だったんだな……」
「ま、さっさと終わらせますか」
「……私も手伝うのか?」
「…命令してやろうか?」
「それじゃあ結局、変わらないじゃないか……」
「嘘だよ。さて、やりますか」
さて、彩目とは不可侵条約というか…まぁ、なんとも微妙な決着がついた。
彩目は俺を許さない。けれどもそれは、俺が彼女に歩み寄ってはならない理由には、ならない。
何ともまぁ、何処かの吸血鬼をリスペクトしちゃったものだ。片方は元人間で、片方は半人間。笑えねぇ。
「……ああ、そうだ。言っておく事があった」
「…なんだ?」
「俺はまた都に行くから。その間何処に行こうが構わない」
「……どうせ、何処にいたって分かるような術式を私に寄越す気だろ」
「おお、その案があったな」
「……はぁ…?」
「まぁ、元から渡す物はあったんだよ。ホイ」
「…これは? 綺麗な赤い玉にしか見えないが……?」
「『緋色玉』って言うんだけど、本当に緊急時って時に使いなさい」
「そんな危険なのか? これ」
「思い切り投げて、それで逃げろよ? 地形を変えるかもしれないからな」
「そんな危険物を渡すな!!」
「妖力で起動するようになってるからな。ちゃんと扱えるよう練習しておくように」
「…人の話を……はぁ、ハイハイ……」
「んじゃ、掃除を再開しますか」
「やれやれ……」
閑話休題。そしてここからが本編。
この世界に転生してから、驚く事が多すぎて最早驚愕のレパートリーも尽きかけているというのは嘘なような気がしないでもないのだが……。
まぁ、要は俺が生きていた世界では有り得ない事が起きていたり、居る筈のない妖怪という生き物が存在していたり……兎にも角にも、全くもっておかしな世界に俺は生まれた、というか転生した訳である。
そして、その『ありえない』物語が俺の目の前にあったりする。
【今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことひ使ひけり】
そう『竹取物語』が、目の前で進行している。
最初に気付いたのは、庶民がやけにざわついていた事で、それが端を発していた。
京に帰ってきて、適度に人を襲い、適度に妖怪を討ち、それからしばらくの時間が過ぎた。具体的には半月ほど。
彩目は案の定、指名手配みたいなものをされ、詩菜は…まぁ、いつもの事だが『逃げの大将』がまたやったとか云々。
そんなこんなで貴族からの依頼を気分ですっぽかし、庶民の依頼を優先して今日も街に繰り出していた、その時だった。
普段なら井戸端会議ならぬ店先会議をしているおっちゃん達が、熱心に噂話をしている事。
陰陽師がやけに忙しそうに、それこそ誰かを守るように働きだしている事。
それだけなら、何か面白い事でもあったのか?とかで終わっていたのだが、
依頼をしてきた町民の依頼があまりにも、陰陽道とはかけ離れたものだった。
『
……絶望した。男の欲望に、絶望した。男だけど、絶望した!!
そんなこんなで、スニーキングミッションだ。気分はソリッド・ス○ーク。
意外とノリノリだったりする。
けどまぁ、初めからステルス迷彩を持っていて赤外線や地雷や、番犬も何もない場所を進んでも、詰まらないったらありゃしない。
そしてあっさりとかぐや姫の屋敷に到着した。
場所は貴族についていけば、案の定どんぴしゃだった。つまらん。
「さーてさて、カエル兵とか月光とかがいないかなーいる訳ないかーだよなー……」
「…お主は何を言うておるのじゃ?」
「いやぁ藤原どの、見張りがいないのは詰まらない。というだけの事ですよ」
「……相変わらずお主の言う事は分からぬ」
「ハッハッハ、やー藤原どのは話が分かる!!」
「何故にお主はそんなに高揚しておるのじゃ…」
貴族は偏見でロクデナシばかりだと決め付けていたが、そうでもないようだ。
この藤原の某とやらは思考が庶民的! 多分!
うーん、いい人だ。
「……ワシが聞いた事のある志鳴徒は、もっと貴族に冷たい。との事じゃったのじゃが…?」
「そんなの、ヒトによりけりですよ。気に入れば良しです」
「……まぁ、よい。お主も姫に求婚か?」
会った事もない人物にどうして求婚しないといかんのですか。
…ま、物語に忠実というのなら、本当に絶世の美女なんだろうね。
……とりあえず、話に乗っておくか。
「似たようなモノですよ。わたくしは依頼、ですがね」
「ふむ…? 庶民か」
「それは黙秘、という事で」
「フッ。それでは答えを言っておるようなものではないか」
「顧客は大事にするのでね」
「…ふむ、気に入った」
…あんたも天魔と似たような事を言うんじゃないだろうな?
爺言葉は一人で充分だぜ。というかどうしてこういう奴に好かれるのかね?
「今度お主、ワシの家で酒盛りでもやろうではないか? ワシも気が合うような気がしてきたわ!」
「そりゃ有難い。是非とも今度」
「おう、いつでも来い!待っておるぞ!!」
「ハハハ……ではわたくし、仕事があるので、これにて失礼つかまつる」
「頑張るのじゃな!」
いい人や……。
この世界で初めてあんな人間を見たかも…。
まぁ、それはそれでおいといて。
屋敷内に侵入、である。
無論、志鳴徒のままで行けば簡単に見付かってしまう。
ので、詩菜でも志鳴徒でもない『鎌鼬』の状態で、屋敷内を彷徨く。
流石『鎌鼬』ありえん。
はいお婆ちゃんゴメンねすり抜けるよ~?
はいはい讃岐の造らしきお爺さんゴメンよ~通るからね~。
しかし、まぁ…どれだけ広いんだよ?
かれこれ半時は彷徨いてないか?
使用人らしき人と何度擦れ違ったか…!?
その度にこっちはビクビクしなくちゃいけないんだよ!?
そんな愚痴を述べ回っていると、どうやら一番奥の部屋に辿り着く事が出来たようだ。やっとだよ。
さーてさて、ご対めー……居ないし。
あ~…さては求婚に無理難題を吹っ掛けて、諦めさせている時か?
とすると、どうせ護衛として陰陽師がいるだろうし…迂闊に近付けないな…。
……そういや、さっきから彷徨いていて俺に気付く奴が居なかった所を見ると、この屋敷には霊力やら陰陽術を持ってたり知ってたりする奴が居ないのか?
案外抜けている所があるのか、それとも俺が気付けないようなカラクリでも仕掛けてあるのか。
……ま、この部屋に面している庭でゆっくり気長に待つとしますか。
鬼が出るか蛇が出るか。
姫が出るか退治屋が出るか。ってか?
……。
…えーと、これはどういう状況なんだ?
まず、俺は庭に出ており鎌鼬の状態で、上空から部屋内を覗ける位置に待機していた。
次に、恐らく彼女が姫様であろう、女性の方が部屋にいる。
…こちらを、明らかに睨みながら。
無色透明で妖力と神力を上手く隠せば、余程の実力者でなければ感知出来ないと言われた…俺のステルス迷彩がっ……!?
「……そこにいるのは、誰かしら?」
「……」
「黙ってないで、何か喋りなさい。撃つわよ?」
黙秘…!
こういう時は、黙っているに限る…筈……!!
「……それっ」
「痛ぁ!?」
「さっさと正体を明かさないからよ」
バレた……だと…?
そんな…馬鹿な…!?
志鳴徒! どうしたんだ!? 志鳴徒! しなとぉーっ!!
てーれって、ってー。スネークイーター……。
とか言っているが、実際に鎌鼬状態で攻撃でも受けたら即死するので、急遽変化して無様に着地。
姫様が弾幕を撃ったという物凄い事件にも気付かずにパニクっております。嘘です。
「…現実逃避している所悪いのだけど、貴方巷で有名な『志鳴徒』よね?」
「逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ……」
「…それ逃げてるわよ……ん? ○ヴァ?」
「……え?」
「はい?」
「「……」」
……何か猛烈に、嫌な予感がするんだが…?
「……えーと…何者なの? 貴方…?」
「…あ~、例えばの話だが…ガン○ムと言えば?」
「……エク○ア、とかかしら?」
「…『人がゴミのようだ』」
「ム○カでしょ……『ただの人に興味はありません』は?」
「ハ○ヒだろ?」
「……冨○」
「……仕事しろ」
「「……」」
なんで? どういう事なの?
なんで月の姫様がこんなオタク、というかネットの話に通じてるんだ?
「…輝夜姫。だよな?」
「……貴方こそ、志鳴徒よね?」
「「なんでそんな事を知っている」のよ?」
「「……」」
話し合い。談義。意見交換会。ディスカッション。
「オッケー、話をまとめよう。輝夜は月から追放されてて、その月では今の文化なんて『はぁ? アンタばかぁ?』みたいなレベルにあると?」
「…まぁ、そうだけど……むしろ貴方の方が信じられないわよ。転生なんて」
「いやいや、現にこうして知識を持って存在してますので」
困惑していても、仕方がない。
だから、俺の知識と輝夜の知識を情報交換させていただいた。
輝夜は月から追放されて、月人曰く『穢れた地』である地上に降りてきた。
月の人達は、元は地上に住んでいたが、何かの理由により月に移り住み、そこで繁栄したそうな。
追放された理由は言おうとしなかった。が、まぁ、どうでもいい。
「ちょっと、どうでもいいって何よ?」
うっさい。語り部に入ってくるな。
俺が渡した情報は、未来から妖怪に転生したらしいという事。
『竹取物語』というのがあって、かぐや姫がどんな風に生きていくのかを知っているという事。
「…ふぅん? この世界なのかどうかはわからないけれども、貴方の未来と私の住んでいた世界では共通部分があるという事?」
「……どういう事?」
「私に訊かれても知らないわよ…」
えーと? 俺が人間だった世界にあった『文化』がこの世界では、月の『文化』にそっくりというかそのまんまで?
じゃあこのままこの世界が進んでも、あの世界の文化は独自の物という事で、再現されなくなると?
世界誕生 → 俺の過去の未来の世界(?) → 月に移住、輝夜誕生? → 地上崩壊 → 新世界誕生 → 俺がこの世界に転生? → 輝夜追放 → アニメ漫画座談会……という流れ、なのか?
「分からないわ……最後がどうかと思うけど」
「…だよなぁ。最後は譲らないが」
「なんでよ…」
それでも疑問点が幾つか残ってしまう。
この『蓬莱山輝夜』が『かぐや姫』の伝承を知らない、という点とかな。
全く……訳分からん。
夕暮れ時。
求婚者はほとんどが帰宅し、残っている者は輝夜とその家族と付き人、或いは覗きか夜這いか襲撃者ぐらいだ。
まぁ、後半のほとんどが輝夜自身によって追い返されるか撃退されるかだが。
ていうか屋敷に陰陽師が居ない訳が分かったよ……輝夜が単に強いからだ。
誰から学んだか知らないけど、護身術どころじゃないレベルの格闘が出来るし、弾幕は全然避けられないような濃さで放ってくるし……月の文化はなんでもありですか?
……いや、そもそも何で弾幕撃てるんだよ……月人はなんでもありなんですか? そーですか。なんでもありなんですか……。
「……まぁ、転生自体はどうにもならないし、バレたとしても迫害されるだけだし。どうでもいいか」
「気楽だわねぇ……」
フム、風来坊だしな。関係ないがな!!
…かぐや姫は月に帰り、後には不死になる薬が帝とお爺さんの所に残された。
不死の薬は近場で一番月に近い山で焼かれ、そこからは煙がいつまでも絶える事がなかったので不死の山『ふじさん』と呼ばれるようになった……とか。
でも実はそれは引っ掛けで、大量の兵士が行ったから『富める兵士』の富士だとか……。
まぁ、この輝夜が『かぐや姫伝説』を知らないと俺が気付いた所で、伝承については喋らないようにしている。未来の情報というのはとても貴重なのだよ。
輝夜本人に教えたってどうにかなると思えないしな。
しっかしまぁ、不老不死になる薬、ねぇ…。
「最後に質問だが、月に『不老不死の薬』っていうのはあるのか?」
「……あるわよ」
「そこは忠実なんだな。どうでもいいけど……じゃあな。おらぁ帰るので」
「…どうでもいいってどういう意味よ?」
「ん? そのままだけど? 興味はない、という意味」
「……」
妖怪になっちまったし、これ以上人外の存在になりたいとも思わないし。
死ねないって、凄い呪いだよね。とだけ言っておこう。
「まぁ、俺の仕事はこれで終わり。帰ってさっさと寝よー。あ、報告どうしよ。明日でいっか」
「…そう。どうかと思うけど…」
「ん。じゃーな? せいぜい地上生活、楽しむこった」
「……また、逢えるかしら?」
……。
…フラグ?
「…仕事がまた入ればな。暇なら来るかも知れんが」
「フフ、そう。じゃあまたね? 志鳴徒」
「…はぁ……おぅ、またな」
…あの笑い方。八雲と同じ『何かを企んでいる』笑い方だ……!
……(精神的な意味で)女って恐ろしい……!!