「仕事に行って来まーす」
「仕事より自宅を探せよ……行ってらっしゃい」
ツンデレキタコレ!!
とかまぁ、そんな妄言は置いといて。
はてさて、なんやかんやで一月も彩目邸に居着いちゃっているわたくし、志鳴徒で御座いますが……。
……ここまで仲良くなると、俺が詩菜だと教えた時とかが、無茶苦茶恐い。
だがしかし、言わねばなるまい。
結論の先送りは、いけない事なのだから。
彩目の家から続く小道を歩き、角を曲がった先にある大通りを通り、そのまま羅生門らしき物を通り抜けて、妖怪のテリトリーとも言える奥山に入る。
変化、詩菜。
一ヶ月も同じ家に住んで話していれば、誰だってそのヒトの性格やどんな奴か分かってくる。
彩目は良いヒトだ。
私のやった事で人では無くなってしまったけれども、優しい心を持っている。
私がした事は人道的には許されない事で、妖怪にしてみれば普通に邪道だと言われ、
……全く、自分でも何がやりたいのか、何を言いたいのかさっぱり分かんない。
だから、私が今からやろうとしている事は、
彩目と真っ正面から対決して、両方が幸せになれる道を探す。
私は、そんな有り得ないグッドエンディングを目指している、バカ者なのだ。
諏訪子や神奈子の時は誰もが不幸で、それでも仲直りが出来た終わり方だった。
その話と比べるのは双方に失礼過ぎるとは思うけども、今回の話はまだ終わってない。
バッドエンディング? そんなの、私の目の前ではさせてたまるか。
「あらあら……もしかして、お邪魔かしら?」
……こんな時に厄介者はぞろぞろ現れちゃったりするんだよねぇ…。
スキマから現れたのは『妖怪の賢者』八雲紫。スキマなら彼女しかいないようなものなんだけどね。
…八雲なら、こんな問題はあっさり解決しちゃうのだろう。だけど、
「…そうだね。八雲、これは私の問題だよ。手出しはいらない」
「フフ、貴女がこんなに焦っているのを見るのは初めてね」
うっさい。
私だって、こんな戦いはいやだよ。
「でも、貴女なら楽しくしてくれるでしょう?」
「……御期待に添えれるかな?」
「頑張りなさい♪ 私たちの妹分」
そう言って、八雲はスキマと共に笑いながら姿を消した。が、どうせ高みの見物と洒落込んでいる筈。利用できたらボロ雑巾のように使ってやる。ああ、使ってやるよ。
いもうとを、ナメんなよ。
都の大通りを堂々と歩く。
妖力を撒き散らし、紅い瞳を惜し気もなく晒して。
自分は此処に居るぞ。妖怪『詩菜』は此処に居て、隠れる気はなんぞは全くないぞとばかりに。
「ッ妖怪よ!! 陰陽師様ぁ!?」
「ヒィィ!! お、お助けをぉぉぉぉ…!!」
「たっ、退治屋はまだかッ!? こっ、殺される!?」
……あ~、五月蠅いなぁ。
誰がそんなタプンタプンの腹を持った奴を美味しく頂くのよ? 大体人間なんぞ喰いたくもない。
そして復讐か貴族を守る為かどうか知らないけど、陰陽師もだまらっしゃい。
「詩菜ッ! 死ねィ!!」
「だが断るッ!!」
死ぬ訳にゃいかないんだよ。まだ、バッドエンディングのまんまだぜ?
とりあえず、一気に近づいてデコピンで吹っ飛べ。
「ぷぎゃー!?」
「……」
…聞こえなかった事にしよう。うん。
あんな事を言えるって事は、死にそうって訳でもなさそうだし。
とか考えているとあっさり陰陽師に囲まれた。オイオイ、前座にしちゃ厳し過ぎやしない?
「堂々と歩いて来るとは……何のようだ、詩菜よ? 速やかに立ち去れ」
「矛盾してないかい、それ? まぁ……危害を与えるつもりは無いよ? ちょっと逢って話したい奴がいるだけ」
「…そんな言葉は信じられぬな」
その言葉と同時に退治屋と陰陽師はそれぞれの武器を構える。
…だよねぇ。
そんな言葉を信じてくれれば手っ取り早いんだけどねぇ。
まぁ、京を守る立場からは向こうも逃げられないって事かな?
「もう一度勧告する。速やかに立ち去れ」
「やなこった」
「全員攻撃開始!!」
薙刀、長刀、くない、御札、霊弾、武術、弓矢、たまに能力、刀、ヤジ、陰陽術、農民からの大根、二刀流、大金槌、竹槍、野犬、煙玉、罠、手裏剣、その他色々。
お前らそんな一対多数で乱戦にしたら同士討ちが…あ~あ。
作戦でもたてるか、チームワークをしなさいよ…。
刀は爪で切り裂き、霊弾・御札は避け、武術は
ちょうど広場か何かに出たので、中央に陣取る。
広場の入り口に野次馬。
円形を描くように妖怪退治の連中が並び、
その中央に私が立っている。
いやぁ、まさしく映画のワンシーンのようだなぁ。
「…どうした詩菜よ。降参か?」
「さっきまで私の方がどう見ても勝ってたでしょうが…」
「……これ以上被害者は出したくない。退け」
「私は一人として殺してないんだけど? 被害者を出してるのは、アンタ等でしょ」
「……」
それに私はヒトに会いに来たってのに……。
……八雲に任せてしまおうか…?
…おっ? 主役登場かい、彩目?
広場の反対側、野次馬を掻き分けて背の高いの女性が広場に入ってくる。
小さい私ですら分かるんだから、果たしてあの身長は一体どれくらいあるんだろうか……どうでもいいけど。
「また逢ったね? 彩目」
「…何をしにきた?」
「……うーん。彩目に会いに来た」
「…は?」
さて、ここからどうやってグッドエンディングに持っていこうか?
「ま、その前にいらない観客にはご退場願おうかな?」
「ッ! 全員退避ッ!!」
遅い遅い。
「《マハガル》!!」
「ふうわっ!? ぐぁ……」
全員吹き飛ばしてやる。
私を中心に竜巻が出来、突風で観客や野次馬を跳ね飛ばしていく。
まぁ、地面や壁で打ち所が悪かったりしなければ死ぬ事はないでしょ。
残るは中央にいる私と、そこから少し離れた所に彩目。私の能力を恐れて近付かない庶民。
「……何をした?」
「能力を使っただけだけど?」
「違う! それは…その能力は……」
「『志鳴徒の能力だろ』…って? そりゃそうでしょ」
「……キサマ!? 志鳴徒を喰ったのか!?」
「誰が喰うか。私は人は喰わないの」
「…なら、何故キサマがその能力を使う!?」
あーもー、ややこしい事になってきたよ。
うまく説得出来るかな……。
志鳴徒の能力を明かすのは失敗だったかね?
能力で起こした竜巻、それを志鳴徒の姿で私が《マハガル》と叫んだ事がある。たまたま仕事が重なった時の話だが。
その時にどうやら《マハガル》という呪術を志鳴徒が使うと覚えられたらしい。
…それを、いきなり私が使っちゃったもんだから、さあ大変……ってか。
……やれやれ。
「…順番が逆だとしたら? 私が志鳴徒の能力を持っているんじゃなくて『志鳴徒が私の能力を持っている』とか」
「なんだと!?」
「まぁ、そんな事はしないけどね…彩目でもう懲り懲りだ」
「…どういう意味だ?」
「ゴメン、彩目。私の勝手な行動で妖怪にしてしまって。申し訳無い」
頭を下げ、隙を見せる。
どんな世界でも共通の言葉。
『頭を下げる』
『申し訳御座いません』
私だってこの世界に生まれた時、何故私はこんな目に遭わないといけないのかと考えていた。
理不尽じゃないかって。未来の人間社会で安全な所に居たのに、どうしてこんなタイムスリップしてまで、命の危険を何度も遭わなくちゃいけないんだって。
でも、そんな気持ちも薄くなって、今では楽しく生きてやろうって思ってる。思えてる。
けれど、そんな思いをした事のある私が人間を妖怪にするのはいけない事だったんだ。
私も人間から妖怪にされたのだったら、そうした神様とやらを盛大に恨んでいるだろうに。
「……ふ、ざけるな。何を今更…」
「…今更すぎるよね。ほんと」
「……」
「彩目に殺されても文句は言っちゃいけない。そう思ってる。けど彩目だろうと誰だろうと、殺されたくはないって思ってる……卑怯者だね、私は…」
……ハハハ…ほんと、無様なこった。
自分がどんどん惨めになっていくのが分かる。
「…許すものか、絶対に……!」
「うん…許される訳がないのにね…」
彩目は泣きながら刀を構えて、こちらを睨んで、突っ込んできた。
無意識に刀を受け止め、能力で弾き飛ばそうとするのを必死に抑える。
「死ねッ! 死んでくれッ!!」
「……」
ガード、受け流し、押し返し、避ける。
どうしようもない。既に結論は出てしまった。
私は、どうしようもない。
鍔迫り合いは終わらず、ぞろぞろと妖怪退治が集まってきた。
私はただ彩目の刀を受け止め、決して自分からは攻撃せず、
彩目は妖怪の証である妖力と、濁った色の霊力を出し散らしながら、私に刀を不格好に振り回し続けている。周りなど確実に見ていない。
あまりにも、おかしい現場。
このままだと、二人まとめて殺そうとする輩が絶対に出てくる…!
そうなる前に、何か現状を変化させる何かが……!!
咄嗟に周囲を目を走らせ、こんな町中に味方が居る筈がないと無いとすぐに諦め、じゃあ外部から一気にこちらへ来れる妖怪と考えて、1つの妖怪を思い出す。
「八雲紫!!」
このヒトがいたや。
叫んだ途端に頭上にスキマが現れ、八雲が顔を出してくれた。
スキマの中の紫はいつも通りに胡散臭い笑みを浮かべ、私達を見下ろしている。
それを見る為に彩目から視界を外したのが悪かったのか、一気に彼女の接近を許してしまった。
気付いた瞬間には刀はもう目の前。
条件反射で刀を掴み、脳天ごとバッサリといかれそうなのを寸前で止める。
掌に鋭い痛みが走り、それでも妖力を腕全体に集める事で、なんとか均衡状態へと持っていく。
その頃になって、漸く紫の口が開かれた。
「…残念、もうちょっと見ていたかったわ」
「私と彩目をここからどこか遠い所に運んでッ!」
「ハイハイ♪」
刀の刃を素手で握り、もう片方の腕を掴んで確保する。
腕力のない私だけど、意地でもここは抑え付けないといけない。
彩目が暴れているから、刀を掴んでいる掌から血がボタボタ垂れている。
拘束すると、足下にスキマの前兆の一本の線が走った。
「まだまだね。詩菜ちゃん」
「御期待に添えなかったみたい。ゴメンよ」
「ふふ、まだ終わってないわ」
スキマが開き、落下。
八雲の笑顔に見送られながら、闇の中へと落ちていく私達。
着地。衝撃を抑えて、辺りや私達には何ら影響はない。
それでも周囲に目を走らせる。警戒するは見境なく襲い掛かる無粋な連中。
辺りには人も妖怪も誰もいない、ただ草原が広がっている。
「はなっ、せぇッ!!」
「うぇっ!? ゴメン!」
素直に両手を解放して、彩目を離す。
離した瞬間に反射で突き飛ばしてしまった。
大丈夫かな? 倒れ込んでるけど……どうやらもう立ち上がれない程に疲れてるのかな?
……あ~、刀を掴んでた右手は使えないかな? なんせ妖力と霊力を混ぜられて斬られたに近いんだし。とりあえず今日はもう布でも巻いて止血しないと。
…他に傷は……特にないかな? 全部避けてた筈だし。
「彩目、大丈夫?」
「…うるっ…さい!」
暴れすぎて力尽きかけてる…のかな?
何にせよ、見た目では妖力も霊力も既に尽きているように見える。
「刀も持てないのに、よくやるよ…」
「…ッ!」
「ほら、休める所に行くから。ちょいと飛ばすよ」
「やめッ! うわっ!?」
刀を奪い、彩目を背負い走り出す。
戦争の時に私に追い付ける程のスピードを出せるのなら、これぐらいは平気な速度だと思うけど…。
もう彩目は京には戻れない。戻ったとしても迫害されて、最悪退治される。
私が向かっているのは、天狗の里の自宅。
ちょいと天魔に迷惑をかけるかも知れないけれど、それには目をつぶって頂いて貰おう。
道中。
声が聞こえてきた。
「……何故」
「なに?」
「何故、私を妖怪にした?」
「……始めはさ? 妖怪らしく普通に人間を襲って、妖力を回復しようと思ったんだと思うよ?」
「…『思う』な、のか…?」
「彩目の『職業柄、妖怪に殺されると分かっていた』とか『自分を殺せ』とかを聞いてるとさ、なんかこう……面白くないのよ」
「……な、んだ。それは…」
「何かを妥協するのは別に良いよ? けど、死ぬ事に対して妥協するのは許さないよ」
「……」
「他人に自身の審判を任せようとするのは、卑怯だよ」
「…変な、ヤツ……他人に、審判を勝手に…下すのは良い、のか…?」
「それは人道的には許されない。けど自然界では当然の事だよ。人間が間違ってる訳でもないと思うけどね」
「……次、何故…今更謝って、きた?」
「…私も人間だったんだよ。生前はね」
「なっ…!?」
「後から考えてみれば、立場はそんな変わらないんだよ…私と彩目はね。作為的か無作為かの違いだけで、ね」
「……そん、な…」
「私は気付けばこの有り様。誰が何の意味があって私をこんな目に遭わしたのか分かんないけど、そりゃムカつくよね」
「……」
「それを知ってる筈だったのに…ね。ゴメン」
「……」
到着。天狗の里に。
ブレーキ。自宅前に誰かいる。
誰か、じゃないな。あれは天魔だ。
「詩菜」
「…なに」
「天狗の長として、ここを通させる訳にはいかぬ」
「……天魔」
「ソイツは人間じゃ。……何やら不思議な匂いもするが、都で働いておる退治屋だという情報は既にこちらへと届いておる。入れる訳にはいかん」
「…うん。知ってるよ」
「…お主がここの妖怪から襲われる前に、とっとと失せよ」
コイツは…天魔は、優しいね。
種族の危機よりも、知り合いの危機を優先してくれるから。普通は種族を優先しなけりゃいけない筈なのに…。
「……北の麓に、これと同じぐらいの大木がある…そこなら許してやろう」
「…わかった」
「……すまぬ」
「…ありがとう」
これでほとぼりが冷めるまで、迂闊に動けなくなった。
天魔が目をつぶれば良い。なんて馬鹿にし過ぎなのにも程があるよ…。
太陽は西の方に沈みかけている。
そこで、ようやくお目当ての大木を見付けた。
……疲れた…!
「彩目! 下ろすよ!?」
「…構わん」
……運んでいる間に随分と冷静になってくれたようだ。
とりあえずその大木の近くの樹木の根本に座らせ、私はその巨木に向かう。
…大丈夫かな……?
っと! いけないいけない。集中集中!!
「《ガルダイン》!!」
加工。完成。
建築家なめてるなぁ…。
間取りも何もない、扉を開ければすぐに居間兼寝室なのは、昔と変わらない。
「彩目!」
振り替えって叫ぶ。
が、
「…うるさい、耳元で怒鳴るな…頭に響く」
「ッ! 彩目!? 身体は!?」
振り替えるまでもなく、彩目は『自分の足で』私の真横に立っていた。
「大丈夫、ではないな……眠い。寝させろ」
「なら早く入りなって!」
既に太陽は完全に沈み、辺りは真っ暗だ。
それでも普通に物が見えるのは、例の妖怪スペックなんだろうなぁ…。
そして、私の血肉を食べた彩目もそれに近いのだろう。おが屑で汚い床を払い、腰を下ろした。無論私もだ。
「大丈夫…?」
そう訊いた私を手で制止させ、彩目は喋りだした。
疲労困憊の状態で、天井を睨んで決して私を見ようとしない。
だけども、喋ってくれた。
「……私はお前を許しはしない。だが…最後に一つ、訊いておきたい事がある」
「…なに?」
「お前は私に謝って、何がしたいのだ?」
「……なんだろうね…嫌われたくないから『仲良くしたい』かな?」
「…ふん、志鳴徒らしい言葉だ…」
「……」
「……好きにしろ。だが私はお前を許さない」
「…私は……どうすれば良いの?」
「知るか……良いから、寝させろ…」
言うなり、身体を横に倒しすぐに寝息をたて始めた彩目。
私は…許されていない。
けれど、こうやってすぐ近くで寝始めるのは、
妖怪の眷族同士にある一定の親近感があったとしても、
私にとって凄く嬉しい……。
朝日が昇ると同時に、目蓋が開く。
目の前には彩目の安らかそうな寝顔。
…近くに強大な妖怪の気配。それも、私が知っている大妖怪の気配。
それでも、抑えているのは分かる。彩目に対する遠慮かな。
起き上がり、後ろへと振り向く。
大妖怪の彼女は壁に開かれたスキマから、優雅にこちらを覗いていた。
「八雲」
「…これが貴女の望んだ結末かしら?」
「…さぁ? 少なくともバッドエンディングじゃあ、ないよ」
「そう」
「……ありがと、お姉ちゃん」
「ッッ!? や止めなさい! はっ恥ずかしいじゃない…」
「ヘヘヘ…」
「全く……その子、ちゃんと面倒みなさいよ?」
「…分かってるよ」
何処までも背負ってみせる覚悟だよ。