風雲の如く   作:楠乃

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死と罰の境界線上

 

 

 

 もうそろそろ九月といった頃合い。

 天界のお嬢さんが起こした異変もようやく落ち着き、神社騒動についても落ち着き、天気が荒れる事もなくなった。

 まぁ、例のお嬢さんが性格診断とやらで擦れ違った人の気質を表面化したり、暇を持て余して私の家に転がり込む事が多くなったり、変化も多少なりとはあった。

 

 

 

 と、まぁ、そんな事は置いといて、

 今日は、8月30日、だったりする。

 

「一年間、ね……」

 

 今日も今日とて縁側でのんびり雲や庭先、猫や良く分からないモノを観察するだけの一日にする予定ではあった。

 けれども思い出してしまったなら、それはそれで何か行動しなければなぁ、とも思う。

 とは言え、前回は事前に半年ジャストになるよう手紙を書いた訳で、たった今思い出してしまった今回は、今から手紙を書き上げるのもどうかとも思う。何と言うか非常に格好が悪い。

 

 ていうか前回の手紙もスキマ経由でポストに入れようとしたら、紫がニヤニヤしながら内容を見ようとするもんだから、それの阻止に必死だったというのに。

 その内、彼女が意地悪とか何かをしてきそうな勘も働いてるんだよねぇ……ああヤダヤダ、この直感だけは外れて欲しいもんだ。

 

「どうしたら良いと思う?」

「知らない」

「ご主人に生意気言うこの口はコレか」

「気持ち良い」

「あ、コレマッサージになるのか、畜生」

「畜生だけに?」

「そんな高等な駄洒落は言ってない」

 

 そんな事をあれやこれやと悩んでいたら、既に時刻は午後三時を過ぎてしまった。

 

 

 

 とは、言え、なぁ……何かやろうとは思うけど、何かやりたい事は別にないのよねぇ……。

 また手紙書いても良いけど、それはそれで、また手紙か、みたいな感じになりそうだ。

 マンネリズム、とも言う。まだ二回目だけど。

 

 逢いに行く、のもなぁ……どうにもここ最近の私は女子っぽい考えになりつつあるし、このまま逢いに行くとなるとどうにも恥ずかしいという感情が先に出てしまいそうだし。

 逢ってそのままズルズル、なんて一番誰も幸せにならないしねぇ……って、まぁ……そもそも、この考えがアウトか。

 

 んー……どうしたものかねぇ……。

 いや、一番無難なのは、何もしない、っていうのがあるのは分かってるんだけどね。

 何かしたい、とどうしても思っちゃうのは………………まぁ、私の精神がそっち側に寄っているからなんだろうけど。

 

 

 

 ま……自覚出来たのなら、今回は諦めますかね。

 良く良く考えてみりゃ、ちょうど高校の卒業で忙しい時期だろうし、もしかすると大学へ行く為に何処か遠くへ引っ越しの準備とかをしている最中かもしれない。

 わたしゃ大学へ行くと決める前に、こちらへ来てしまったけれどね。

 来て、というか、叩き込んだ、というか。

 

 ……そう考えると逆に何か監視してないといけない気がしてくるなぁ……。

 いかんいかん、私はあいつの母親か。

 いや、母親というか、本人みたいなものだけど。

 

 

 

 まぁ? 同じ魂というか、根本的な匂いがおんなじだから、探そうと思えば異次元でもない限り探せるとは思うし、そこまでしなくても大丈夫かな……。

 

 う〜ん、なにもしない事がこんなにも不安になる事だとは……恋愛末期の女子か私。

 ヤンデレかよ私。

 

 

 

 ……まぁ、いいさ。

 どうも最近そっち側に傾いているんだったら、強制的にも反対方向へ引っ張るだけだ。しばらく志鳴徒に変化もしてないし、それ用に色々と仕掛けを打っておいた方が良いかね……。

 

 何にせよ、行動は起こすか。

 

 

 

 『彼』よスマン。気が向けば逢いに行くといったけど、ありゃ先の事になりそうだ。

 嘘には、したくないけど。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 さて……決意したのは良いものの、どうやって彼女を誘き出したものか。

 問題は非常に多い。それ故に、共通点も多ければ、回答が正反対なのもある。

 

 特に、先日の異変の際に『八雲紫の式神』として詩菜が完全に認識されたのが問題だ。

 

 

 

「……」

「……ねぇ、おっちゃん」

「おう……どうしたよ?」

「どうしてこう、人の目が集まってくるかな?」

「……知らないとは恐れいったぜ。マジで気付いてないのか?」

「いや、知ってるのよ。知ってて質問したの。訊いた私がバカだったわ、ごめん」

「……お、おう……」

「……」

「オレンジペコ、一つ」

「……あいよ。そのほうじ茶は下げるぞ。砂糖は?」

「要らない」

「………………了解」

 

 問題点、その一。

 ・式神だと完全に認定された為に、『詩菜』の見た目や妖力が幼く少なく見えても、実力者なのだと認定されてしまい、人里全体から畏れられ始めている。認知度が極度に増えた。

 

 簡単に言えば、『詩菜が妖怪だと人里、もとい幻想郷に認知された』かな。

 ……まぁ、これぐらいなら、本来なら特に問題はない。

 畏れられ始めた、って事は、妖怪にとっちゃ常時ご馳走が飛んで来るのと変わらない。有名で且つ退治方法が分からない状態は、完璧って言っても良いかもしれない。

 初めてこんなにも髪の毛伸ばした、っていうのに、それでも見分けられて気付いてるんだもんねぇ………………人間、と言うか幻想郷全体の個人判別能力が著しく高いのか、それとも……?

 

 まぁ、いい。

 これはそんなすぐに解決すべき問題、って訳でもないし。

 

 

 

 問題点、その二。

 ・店からちょっと離れた所で自分の神社の宣伝をしている東風谷早苗は『彼』と面識があり、非常に親しい関係だった。間違いなく志鳴徒に変化すれば『彼』と間違える程度には、親しい様子だった。

 

 志鳴徒に変化しにくい理由の一つなんだよねぇ……これ。

 ありえないぐらいに似てる、ってか同一人物だし、間違いなく逢ったら面倒な事になる。体格が若干違うってぐらいで、成長したって考えればおかしくないし、浴衣も……まぁ、元私なら持っててもおかしくない。いや、そもそも幻想郷にいる時点でおかしいけど……。

 

 個人的には、これ以上『詩菜=志鳴徒』を知っている人物は増やしたくない。

 ただのお遊びで始めた事ではあるけれど、予想以上に私の行動を縛ってくれる。まぁ、これはこれで考え様があって面白いっちゃあ面白いんだけど、ねぇ……いや、一部の人にとっては何一つとして面白くない、って分かってるのも問題の一つか。

 

 せめて妹紅のような、彼を殺した、みたいな怨み辛みが出てくるような展開にだけはしたくない。

 それはもう、隣の彼女だけで充分だ。

 

 

 

 問題点、その三。

 ・隣の席に座っている、不老不死の元人間『藤原妹紅』は、恐らく『詩菜≠志鳴徒』という認識を広まらせるのを、良しとしない。

 

「……ていうか、私を監視する事以外に何か用事とかないの?」

「……監視なんてしてない。ただ、たまたま寄ったら居たから、相席しただけ」

「……まぁ、良いけど」

 

 糖分摂りながら現状を見ようと思って人里に降りてきてみたらこの結果だよ。

 んー、まさか妹紅とエンカウントするとはなぁ……いや、徐々に仲良くなりたいっちゃあ、なりたいんだけど……。

 ていうか、この席に座って数分で「相席、良いか?」って登場するとか誰が予想できるよ……?

 

 八雲紫の式神という認識が広まりつつある詩菜の姿で、人里で行動するのは不向きになった。

 人が避ける避ける。妖夢と私を微笑ましい姉妹を見るかのような眼で見ていた門番ですら避けるもんね。いやぁ、傷付いたよ。嘘だけど。

 ま、個人的には、人里で行動するのは兄貴(志鳴徒)という感じにしたい。

 そして出来れば、詩菜が妖怪で実務兼行動、志鳴徒が人間で観察兼報告、にしたい。

 

 詩菜もまぁ、妖力神力等を抑えれば人間の子供として潜入できなくもなかったんだけど、前回の事で容姿も知れ渡っちゃったし……もうちょい変化の術を極めるべきだったかね? 

 いや、変化どころか容姿体格性別すら変えて、更に力の質も若干変える私の鎌鼬変化がある意味極めた結果みたいなもんだけどね。

 

 

 

 しかし、『詩菜=志鳴徒』であると知りつつ、別人物として進めようとすると妹紅は容赦なく止めようとする、と思う。

 理由は……あまり考えたくない。

 

 で、一時期PTSDと医者、というか永琳に診断されてるぐらいなのに、まだその相手が対面に居る状態でそれを考えている辺り、私が狂っている証拠なのかな、と思わなくもなくて、

 

「……理解不能だねぇ」

 

 と、つい呟いてしまった。

 

 目敏く妹紅が視線を寄越してきたのが分かったけど、私としても言葉にするつもりはない。

 彼女に対して悪い事をしている自覚はあるけど、どうにかしなくちゃいけない問題でもある。これもこの前の宴会で決めた事の一つだ。トラウマを掘り返してでも進まなきゃならない。

 

 

 

 とは言え、どうしたものか……。

 

 

 

 ……いや、行動あるのみか。

 

 

 

 

 

 

「──────妹紅は、さ?」

「なに、いきなり」

「志鳴徒が、この人里で活動するのに、何か否定意見はある?」

「………………」

 

 音はすべて、私と妹紅の間から滲み出る事はない。そういう結界を張った。

 だから、今なら好きな言葉なら、好きなだけ言えるよ、と。

 

 黙ってしまった妹紅に、そう軽く言った所で、あ、コレはまた霊夢の時みたいに相手にブチギレられる奴かも、と気付く。

 相手が物理的に見える行動をした時点で注目が集まってしまう。誰にも聴かれなくても注目が集まった時点で、その会談そのものが発覚してしまう。

 ああ、これはもう詩菜すら人里に来れないかも、と考えた所で、未だに妹紅が身動ぎすらしてない事に気付く。

 

 じっ、と、コーヒーを見ていた。

 

 永遠亭で逢った時に感じた、井戸の奥底から湧いて出るような感情の波は、一つも感じない。

 

 

 

「──────正直、どうすれば良いのか、わからない」

「……」

「この数ヶ月で、感情の整理は出来た、と思う。師匠がお前だって言うのも、多分、納得出来た」

「……そう。それで?」

 

 おっちゃんがこちらの会話が聴こえてこない事に気付いたけど、内密の話だという事を察してくれたのか、見ていない振りをしてくれた。感謝。

 

 ……こういう所の現実逃避に近い、別の場所に着目してしまう癖は妖怪になっても変わらない、ってか。いかんねぇ……。

 

 ま、それよりも、隣の彼女だ。

 些か、風向きが変わりそうな気がする。

 

「お前を恨む気持ちも、少し、ある……師匠を、想う気持ちも……少しだけ、まだ、ある」

「うん」

「……でも、本当は、長い年月で、風化してるんだ。確かに、お前に逢った時は激情に駆られた。でも──────何て言うんだろうな、コレ」

 

 そう言って、少し苦笑いを浮かべて、ずっと見詰めていたコーヒーを少し飲んだ。

 

 まぁ、言葉にするのが難しいのは、私も同じだ。

 ははは……天子との寝物語に活躍した勘も、こういう時こそ動くべきだと思うのにねぇ?

 

 

 

「私は……過去の事を、妹紅に許してもらおうとは、正直に言えば、思ってない」

「……」

「恨まれるべき事をしたと思ってるし、それ相応の罪を背負ったと思う。誰かさんが居なけりゃ、私個人なら、妹紅に断罪してもらって、この世から居なくなってたと思うし」

「……それは……」

「恨んでくれた方が気が楽、とまではいかないけどね? ……昔の関係に戻りたい、なんて事は思わない」

 

 ──出来るとも、思えない。

 

 それは、多分、妹紅も同じだったようで、身近に居る所為か、非常に分かりやすい衝撃を隣から感知してしまった。

 

「だから、まぁ……何て言うか……志鳴徒が人里で活動するのを、許して欲しいかな」

「……随分と変な話だな。どっちもお前だろうに」

「……まぁ、ね」

 

 そう言われてしまえば、苦笑して紅茶を飲むしかない。

 長時間経っているような気もしたけど、まだこの紅茶が熱々という事は、それだけ私が緊張しているって事になるんだろう。

 緊張なんて、ここ数百年感じた記憶もない気がするけど、ね。

 

 紅茶も砂糖を入れてしまえば、私の舌に合う味になるのだろうけど、今はそんな気分でもない。

 

 この苦味が、今の私に合っている……なんて、格好良いことを考えて、バカじゃねーの、なんて思って……ホント、馬鹿みたいだ。

 

 

 

「どうでもいい事、話すけど」

「……その話し始め方もそっくり────いや、変わってないね……いいよ、関係はなくても関連はあるんだろ?」

「まぁ、ね。それは昔々のつい最近の話」

「いつだよ……」

 

 久し振りの、恐らくは、千と数百年ぶりの、師匠と弟子の他愛のない雑談。

 これは、先程の話に対する指標となりそうな話をする、というのを妹紅が、おおよそ真っ当な人間だった時期に、俺がしていた。

 

 まぁ、妹紅に対して、詩菜がするのは、間違いなく初めてだけど。

 

 

 

 話すのは、本当にどうでもいい話。

 

 最近『彼』の部屋で読んだ、ちょいと有名になった吸血鬼と人間の話。

 互いに互いを殺し、過去を水に流さず……少なくとも、互いが互いに元の存在と成り得なくなるまでに互いを封印しあって、互いが死ぬまで生きると決めた、吸血鬼モドキと人間モドキの、人間と怪異のコンビ。

 

 互いを決して許さず──────けれども、歩み寄った、人間と怪異のお話。

 

 

 

「──────っていう、お話」

「……実話?」

「さぁ? 数百年後には幻想郷に来るかもね」

「相も変わらず本当か嘘かは明かしてくれないんだな」

「当然」

「ははっ……」

 

 昔のノリで話すという事が未だに出来ると思ってはいないけど、今の私達は過去を忘れて喋る、という事が出来た。

 

 だからと言って、私達が彼等のようにうまくいくとは限らない。あの物語のように進めれるのは、彼等が登場人物だからであって、私達は極一般的な、物語られない人物なのだから。

 

 

 

「……それで?」

「いんや、それでおしまい。その後の事は知らないよ。吸血鬼モドキと人間モドキが果たしてどれくらい生きたのか。どれだけ互いを許さずに歩み寄れたのか、私は知らない」

「それも気になるけど、そっちじゃない」

「……ま、そりゃそうか」

 

「そんな話をして、お前は私にどうして欲しいんだ?」

 

 ……多分、昔なら勘付いてくれて行動してくれたんだろうけどね。

 これも今と昔の違いかなぁ……今じゃあ、言いたい事を理解して尚、裏の唆そうとする意思も読もうとするから、これも成長したって事なんだろう。

 

 

 

 ただ、そこは私の、意地悪な、性格の一つ。

 

「どうして欲しいと思う?」

「……変わってないんだな。お前」

「変わってないし、変わったよ。色々とね」

「まぁ、そうだろうさ」

 

 

 

 

 

 

「私はお前を許さないよ。一三〇〇年、積み重なって、積み重ねれなかった、怨念(復讐)呪い(  )は、

 忘れもしないし、消えもしない。無かった事にもしないし、夢にする事も出来ない。

 全ては誤解だったかも知れないけれど、それでも誤ったままにしか出来ないんだから。

 けれど、物語のように、私達が歩み寄らない理由を確固たるモノにする必要はないだろうさ。

 ……どうせ、詩菜も志鳴徒で、志鳴徒も詩菜なんだから」

 

 

 

 そう言って、妹紅はコーヒーを呑み干して、席を立った。

 そのままお金を置いて、出口へと向かっていく。

 

 ……まぁ、うん。

 嬉しい返事が聞けた。それは良い。

 

 

 

 

 

 

「……最後に一つ、訊いていいか?」

「なに?」

「お前、記憶、取り戻してない?」

「いんや? ていうか、師匠と過ごした時の記憶、抜け落ちてる部分は結構あるからどれの事やら、って感じ」

「……」

 

 そんなに消した記憶はないけどな……。

 

 

 

 

 

 

 明るく楽しげでもなく、さりとて因縁の相手から帰ってきたとも思えないような、暗くもない表情のまま、妹紅はそのまま喫茶店を出て人里を颯爽と歩き始めていった。

 

 私はその衝撃を聴きつつ、なんだかなぁ、とも思いつつ、まだまだ温かい紅茶を呑んでいる。

 こういうのを対比、って言うのかしらね? まぁ、どうでもいいけど。

 

 何にせよ、妹紅との仲は少し進展。

 問題点その三は、まぁ、解決してないんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 それにしたって……、

 

「絶対呪いって、あの『呪い(  )』でしょ……」

「おや……嬢ちゃん、密談は終わったのかい? 不穏な単語が聴こえたが」

「いやぁ、『人を呪わば穴二つ』って言うけど、流石に千年も呪うってのは重すぎるな、って話」

「はぁ……まぁ、藤原さんはなぁ……深い過去があるのは分かるが、なぁ?」

「ん、まぁ……ね?」

 

 言葉にしづらいモノがあるのは何時だって変わらない、って奴かね。

 

 

 







 明日の今頃には新社会人_(:3」 ∠)_




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