ハッ、と気付いてみれば既に朝。
自分で何を考えたのかを考えようとして眠ってしまったとか、なんて酷い寝落ちの仕方だろうか。まぁ、やっぱり別に良かったんだけど。
あくまで私は自然体に近い形で天子に接しただけだし、天子は聴きたい事を訊けば良いんだから、その形に導ければ良かっただけの事。
それがどーしてあんな形になったのかだけは謎だけどね……。
何はともあれ、あれだけ夜中に(私から一方的な)お話をしたというのに私だけ朝早く、というかいつもの様に朝日と共に目覚めてしまった。
隣で寝ている天人様は、昨日とは打って変わって口を開けながらグースカ寝ている。
その寝顔に落書きか何かいたずらしてやろうかと、やる気の一欠片もない事を考えながら、そそくさと着替えるとしよう。
朝食の準備をしないとね。
それと、髪も伸ばさなくちゃ。
▼▼▼▼▼▼
「おはよう」
「………………」
「絶句してる所悪いけど、朝食できてるよ?」
「……あんた、そんな髪の毛長かったっけ?」
「ああ、これ? 伸ばした」
「はぁ……? 伸ばした、って……そんな簡単に伸ばせるものじゃないでしょ」
まぁね。と軽く流して、居間へ朝食を運び出す。
帰ってきてない奴のご飯は無し。つまり彩目の分もぬこの分も無い。
元の肩で適当に切った髪型を、ただ単に伸ばしてポニーテールにしただけだからある意味で雑にまとまってるだけだし、簡単に言ってしまえば、セミショートからセミロングにしただけだし。目に前髪は掛かってるから瞳が緋色に染まったらさぞかし怖いだろうと思う。思うだけだけど。
まぁ、でも、このまま放置してたら後でまた彩目から『整えろ!』とお怒りの言葉がすっ飛んでくるんだろうなぁ。
目の前の彼女が起こした異変で魔理沙が我が家に来る前に切った時も、後でなんやかんやでいちゃもん付けてきたし……私としては雑な方が格好良いと思うんだけどね。格好良いだけなんだけど。
いやまぁ、手入れとかちゃんとしないと女として駄目なのは分かるけど、神様パワーで何とか出来ちゃうから、結局は物臭になっちゃうのよねぇ。その気になりゃあ汚れない訳だし。
ま、個人的には彼女ぐらいに伸ばしてみても面白いかもね。
とか考えながら天子を見ていると、こっちもこっちで狼狽え始めるから面白い。
どうしてこう、私が考え事しながら相手を観察し始めると、皆動揺し始めるのかしらねぇ?
「な、なによ?」
「いにゃ、別に何も」
いいや、やっちゃえ☆
神力を込め、髪の毛が一気に伸びる。あ、ゴムが弾け飛んだ。
全体的に伸ばしたもんだから、前髪が胸元まで伸び始めた。まぁ、予定通り後ろ髪は腰まで伸びたから良いんだけど。些か食事前には相応しくない髪型になってしまった。
弾けたゴムは庭先まで吹っ飛んだので、後で回収せねば。
「ひぃ!?」
予想外なのは、むしろ目の前で腰を抜かしている天人様の方だ。
「……驚き過ぎじゃない?」
「あんたねぇ!? 目の前で日本人形がいきなり髪の毛数倍に伸びるのを見たら誰だって驚くでしょ!?」
「あー、うん、たしかにそれは怖いけど……」
……まぁ、確かに和服だし、小さいし……。
おおぅ、ちょっと想像したら鳥肌立った。イカンイカン。ホラー苦手なんだった。
ん? そもそもこの身長でこの髪の長さは人間的にありえるのか? 身長140cmで髪の長さを大体70位として、1年で12cmとすると……ありえなくは、ないのか。いや、まぁ、人間じゃないけど私。
………………まぁ、いいか。風呂場へ行って、鏡見ながら適当にお手入れしよう。
「あ、食事は出来てるから、先に運んで食べちゃってて良いよ。ちょっと手直ししてくる」
「はぁ……あー、一気に目が覚めたわ……」
いや、伸びてたのを見た時から覚めてたけど………………なんて、その後に小声で続けた言葉も聴こえた。朝の食事前だけで数回驚かせしてるって私、凄くない? どうでもいいけど。
そんな事はさておき、手直ししよう。
そうは言っても爪でザクザク切るだけなんだけどね!
本当はナイフとかで髪の毛は切っちゃいけないぞ! 確か切る時に毛根を引っ張ってしまうとかで物凄く痛むとかいう話だぞ! だから劇場版でやってるナイフでザクザク切るのはやっちゃいけないぞ!
私はやるけどな! 自分の爪でザクザク切るけどな!! ザクザク切る、っていう語感が良いな! どうでもいいけど!!
ていうか、単純に鎌鼬の爪と風の刃の切れ味が良すぎて、頭皮が引っ張られる事もなく、あっさりと切れる。
我ながらアホみたいな精度だこと。精度って言うか、切れ味か。表現元に戻ってるじゃん。
何はともあれ、元々が天子の髪型を真似しようと思ったのが原因なのだし、やるからには適当に真似するとしよう。前髪も目に掛かるかどうかで切り、伸びすぎた頭の上の方も切っておく。後ろ髪は……まぁ、適度に梳く事にしよう。
それから……まぁ、今から頑張って術式も構築すれば、髪の色を変える術も作れるけれど……流石にこの黒髪から変える気にはならないかな。髪色は変えないでおこう。
変えたら余計に彩目が怒りそうだ。似てない母娘の折角の共通点なのに、とか何とか言って……イカン、私の妄想の中の彩目が可愛すぎる。何だコレ。
と言うか、どうも幻想郷には日本人風の顔立ちの癖に、日本人っぽくない髪型が多い。
端的に言えば、大和撫子風なヒトが少ない気がする。アレンジなのか、髪留めがいつも一緒な人も多い気がする。人もだしヒトも多い気がする。彩目は彩目で純日本人だけど、日本人らしからぬ体格が……これ以上は、本人も気にしてるから言わないけど。
いやまぁ、妖怪という種族からして個別化は非情な問題なんだろうけど。個人化を優先させるか、それとも妖怪としての正体不明を優先させるか……まぁ、私とか紫みたいな妖怪としての一人一種族ならそんな事考えなくても良いんだろうけど。
ていうか彼女も彼女で日本人名なのに日本人らしさなんて殆どないんだよなぁ……精々いつも持ってる扇子ぐらいか? 日本っぽい持ち物。
傘も和傘じゃなくて洋傘だし、いや、日傘なんだっけかな? 日傘と言えば幽香もか……彼女は彼女で外国から向日葵を持ち込んだとか言ってた割には日本人名なのよねぇ……?
それを言い始めたら、日本人風の姓名を持ってるのに日本人らしからぬ顔立ちや髪色の人物も多いんだよなぁ。
神様なのに黒髪が少ないのは日本人としてどうなんだろうよと私は思うよ守矢神社さん。
私だけか、純日本人らしく着物や扇子で色々と振る舞ってるのは。
まぁ、どうでもいいか。
ん、よし。
スキマで後ろ髪も直に見ながら切ったけど、ここまでして彼女が此処に来ないって事は、つまりはそういう事なんでしょうね。
切り落とした髪の毛もスキマでまとめて………………いや、残しておくか。後で何かに使おう。
▼▼▼▼▼▼
「お待たせー」
「……別に待ってないけど」
「そう? 色々と考え事も一緒にしてきたから、結構待たせちゃった気分なんだけど」
なにやら気分が高揚してるのか、考え事があっち行ったりこっち行ったりしているような気がする。いや、気分が良いのはそもそも昨日からか。
相も変わらずヒトの顔を注視しては視線が合う度に少しそらす、というのを何度も繰り返している、食卓の向かい側に座っている天人様。
先に食べてて良い、って言ったのに待っていてくれるのは、素直に嬉しいけども。
それどころか私の分までちゃんと卓袱台まで運んで用意してくれたのには更に驚いたけども。
まぁ、何にせよ。
「んじゃ、いただきます」
「……いただきます」
昨日とは違った雰囲気で食事出来て、わたしゃ(一方的に)話した甲斐があったってもんだ。
因みに朝食は昨日の残り物を温めた物と、文が持って来た長葱と牛蒡の金平。
味についてはもっと火を通せば良かったと思う。
それはさておき、閑話休題。
食事とは互いに話しながらするものである。というのが我が一家のちょっとしたルールになっている。まぁ、口を開けて咀嚼はご法度だけど。
『楽しみながら、とまでは行かないけど、黙って食べるものでもない。』というのが家長である私の考え方だ。中身をくりぬいた大木を住居にしていた時から、我が家に来た客人には全員これらを通してもらっている。
通してもらっている、って言っても、遊びに来て食事を一緒にとってるヒト達に話し掛けりゃあ返してくれるから、強制したルールって訳でもないんだけど。
と、まぁ、なんでまたこんな一部の人には当然の事のような事を今になってまた掘り返しているかというと、それはまぁ、昨日の食事時にはなかった光景が今の今になって出てきたからであって。
「……しかしまぁ、あれだね」
「何よ」
「随分と垢抜けたね」
「ムッ!? ゴホッゴホ!?」
「え、それで咳き込む?」
何と言うか、まぁ、天界に住む天人というのは遊んで暮らしているみたいな話を上司から聴いてたもんで、正直食事のマナーとかも悪いかもなぁ、とか思っていた。
昨日の時点ではかなり緊張していたし、これじゃあ測れないなぁ、と実は観察もしていたんだけど、今日になって彼女の様子が一変した。というか一変させたのは私なのだけれども。
「んんっ……ふぅ。で? 垢抜けた、ってどういう意味よ?」
「いやぁ、てっきり食事のマナーも習ってないかとばかり」
「喧嘩売ってるの?」
「そう、まさにそれ」
「……はい?」
博麗神社と戦う前、のような性格に戻った。
どうにも私の気分の移り変わりに流されてると言えば、まぁ、どう言い訳しても私の所為に変わりはないのだけれど、昨日我が家に来てからどうも天子の行いのどれもが彼女らしくて違和感があった。
簡単に言ってしまえば、自然なままで洗練された食事の仕方をしていたから、少し驚いた。
それがまぁ、吹っ切れたのか、神社で初めて話した時のようになった。
……となると、垢抜けた、は確かに表現がおかしいか。
「ようやく神社で逢った時の天子になった、って意味」
「ああ、うん、まぁ……ね」
そう言い直してみれば、彼女も自覚があるらしく、若干眉を顰めて味噌汁を呑み始めた。
まぁ、これで自覚がなければ二重人格だろう。
となると私は二重人格どころか多重人格になる訳だが。
「……私らしくない、っていうのは認めるわ」
「ふぅん。それで?」
「? それで、って」
「いやぁ、決めたら即行動の比那名居天子さんはこの後どうなされるんでしょう?」
「あんたやっぱり喧嘩売ってるんでしょ? その言い方」
「む、あたしゃ元々こういう性格だよ」
「……そーね、そうだったわ」
「昨日も言ったじゃん。悪く言えば情緒不安定だって」
「にしても気分の上がり下がり激しすぎるのよ……」
「だから、今は喧嘩売ってる」
「分かった。食事終わったら庭に出なさい。今度はちゃんと緋想の剣で斬ってあげる」
「嘘です」
「は?」
「嘘です」
「………………ごめん、やっぱりあんたの性格掴みきれない」
「嘘って二回言ったから、実は本当です」
「……つまり?」
「味噌汁、美味しい?」
「……美味しいわよ」
あー……超弄り甲斐がある!!
と、内心がつい出ちゃった、かのような感じでドヤ顔をしてみたら彼女の持つ茶碗からミシリ、という音が聴こえたり額に青筋が見えたりしたので流石にこれ以上弄るのはやめよう。
やっぱアレよね〜。
理解不能に初めて対面した初見の感情の動く様が一番見ていて面白いよねぇ〜。
「ご馳走様でした」
「え、あ……ご馳走様でした」
「ハイ、お粗末さまでした」
「……」
こうして日常にするりと戻してやれば驚愕の衝撃がまた一つ。
私が天子の使っていた食器も全て持って台所に運べば、更に衝撃がもう一つ、二つ。
ホント、弄り甲斐がありすぎてお姉さん少し心配になっちまうよ。
▼▼▼▼▼▼
何も言う事なく、食器洗いを始める。
昨日の夕食に比べたら恐らく、全員の食事が終わるまでの時間は半分以下にはなってると思う。
この家のルールと言えば、調理をしていない人が洗い物をするという、これも明文化されてないルールモドキがある訳だけど、流石に入り浸っている文と同じように客人に食器洗いをさせる訳にもいかない。
まぁ、一人で食事をする時はいつもしている事だけど、なんて考えながら台所で洗っていると、面白いように背後からの視線を感じる。
私がきちんと全員分の食器を洗うという事が驚きなのか、それともわざわざ身長を台座で補ってまで洗わなくとも私に任せてくれればちゃんと洗うのに、とでも考えて……まぁ、それはないか。
それとも、食器を洗うという概念がなくて洗っている後ろ姿というのを初めて見るのか……もしかすると気分の上がり下がりの激しさに驚きすぎて、もしかすると彼女は攻撃を誘っているのかも? と疑心暗鬼になっているとか……ま、これもないか。
そして普通に考えれば、一晩でと言うか目の前で腰まで伸びた黒髪に目がいってしまう。って感じかね? 髪型も要は真似だし、言ってないけど似てるとは思ってるかもしれない。
さて、そこまで無駄に考えた所でようやく結論を聴くとしよう。
寧ろこの本心を口に出さなかった事を褒めて頂きたいぐらいだけど、ね。
「それで、結局どうするの?」
「────……え?」
「だから、昨日の話で納得出来たのなら、そこから天子はどうするのかな? って話」
「……あんた、話の筋道ズラしたかと思えば割とちゃんと戻すのね」
「当然」
洗い物をしているから迂闊に振り向けない状態だけど、そうでなくとも真面目な話というのは出来る。と言うか、大きな皿を洗うには些か詩菜の手は小さすぎるのだ。
まぁ、言いたい事は至極単純な事だけだ。
「何か手伝えるなら、手伝うよ?」
「……貴女が?」
「……どうしてこう、こっちが真面目になった時は誰も信用してくれないのかね」
「いつも信用出来ないような行動してるからでしょ」
「それはそうなんだけど」
「自覚あるのね……」
あ、なんかこの会話も凄いデジャブを感じる。ついこの間神社でしたような気もする。
いや、まぁ、それは良い。置いとこう。何か恥ずかしい記憶も思い出してしまいそうだ。
「未だに何で悩んでいるのか、見当は付けれても完全に把握出来てる訳じゃなくてね。折角こんな私にまで逢いに来てくれたんだし、それ相応に手助けしたいって単純な気持ちさ」
「へぇ?」
「まぁ、私の御主人様が八雲紫だから、それに関する事はあまり手伝えそうにないけど」
「……やっぱりあんた、私が悩んでた事、分かってるでしょ?」
「いんや? となると、本当に紫関係の事なのね」
まぁ、昨日の会話で分かってた事だけど、と聴こえるように呟きながらコックを捻って水を出して泡立った洗剤を流す。
天子の悩みが紫に関する事柄なら、私は手出し出来ない。
さっきから天子の真下にスキマを作ろうとしても出来ないし、どうにもスキマの能力者の持ち主が制御してる模様。
ていうか、見てるぐらいならさっさと手出ししなさいよ。とも思う。
立場的には紫の味方だけど、心情的には天子の味方となりたいんだよねぇ……珍しく私にしては気に入った子なのでね。
……いや、気に入った他人は昔から割と居るか。寧ろ私が気に入らない他人の方が少ないのか。他人を嫌わないって信条、人間の頃から持ってたし。
ま、手伝える事がないならないで、普通通りに接するだけだけど。
些か、何か上から命令される前に家から退去してもらう方が良いかもしれぬ。
「何にせよ、決めたのならここに長居は必要ないんじゃない?」
「……ほんと、人の気持ちを引っ掻き回してくれるわね」
「ん? そりゃあ、わたしゃこういう性格だし……それも、誰かから聴いた事?」
「まぁね。いいわ。確かに、決めたのなら早速行動するのが私、ねぇ……」
なんか、彼女の言い方に引っ掛かったけど……まぁ、言う気がないならいっか。
未だ皿洗いをしている私にそう言って、縁側に並んでいたブーツを履き直す音が聴こえた。どうやらもう出て行くらしい。ホント行動が早い。
「まぁ、何するかは知らないけど、異変起こしたんだから問題行動は控えなよ?」
「あんたは私の母親な訳?」
「アンタより十倍は生きてるよ、多分」
「……それもそうでした。まぁ、いいわよ。忠告はちゃんと受け取っておくわ」
「そりゃ良かった。あ、おみやげは天界の桃でよろしく」
「訂正するわ。親戚のおばあちゃんね」
「おぅ、一応は一児の母ですし、それで良いならおばあちゃんらしくお節介を焼いてやろう」
「……ハイハイ、じゃあおばちゃん、泊めてくれてどうもありがとう。また来るわ」
「ん、天界の人達によろしく言わないで良いよ」
「誰が言うか」
そんな小気味良い挨拶を交わして、
さぁ、皿洗いも終わったし縁側から見送ろうかと、振り返って台から降りた所で、
「………………最後に一つ、訊いていい?」
天子が随分と真面目なトーンで、博麗神社で睨み合った時のような、それでいて、敵意のない、強い眼差しで見てきていた。
……ふむ。
「答えられる範囲なら」
「あんた、どうして八雲の式神なのに、私に対してそんなに親身なの?」
「さぁ? 私にも分かんないよ。チープに言えば『気に入ったから』だけど」
「……分かってるじゃない」
「分かんないよ」
分かってるけど、分かんないね。私は理解不能だから。
なんて、そうやって分かりにくくしてやれば結局呆れた顔をして、天子は何も言わずに何処かへ飛んでいった。これも何処かの巫女が嫌いそうな言動ではあるけれど、ね。
縁側に出て見送る。行き先は……まぁ、方角的には神社か。霊夢に頼んで紫でも呼んでもらうのかな?
う〜ん、式神の私ですらスキマ使用にあれだけ拒否されてるのに、霊夢からの呼び出しに紫が応じるとは思えないけどねぇ。どういう呼び方を巫女がするかは知らないけど。
さてさて、これからどうなるかねぇ……。
どたん
という音に、居間へと振り返ってみれば、
これまた珍しいお客が一匹。呆けた顔で座り込んでいる。
そういえば、この前訪れた時に割烹着が椅子に掛けられていたのを今思い出したけど、なるほどお世話している時はこの格好なのかと、不意に納得してしまった。まる。
無駄に似合うな。無駄に。
で、
まぁ、
「何してんの藍?」
「……それは、私が聴きたい」
普通に予想するとしたなら、
ここまで私と天子の様子を監視していた御主人様が、天子をスキマを使って屋敷に呼び出して、家族にも聴かれたくない会話をしたいから、藍を追い出した……とか?
そして、私がスキマを使おうとしても一切の反応がない事と、藍が必死に紫と念話を繋ごうとしても繋がらない事と、紫の屋敷に境界の結界が張られていて内部からの衝撃が一切漏れていない事から、疑惑は一気に深まる。
ま、何を話しているのかは知らないけど、先輩式神として、いっちょ空気読んでやりますか。
「……どうやら二人だけで話し合いたいらしいし、藍も少しだけ休憩したら?」
「は? ……誰が呼ばれたんだ?」
「さぁ? まぁ、予想するなら比那名居天子じゃない?」
「………………ふぅん、なるほど」
「お、何か思い当たる節が?」
「お前に言ってどうする」
「……まぁ、ね」
ついさっきまで居た、とも言い難いので黙っておく事にしよう。
一応はこの前まで紫が完全にキレていた相手だしね。泊めました、なんて言えばこの優等生はどんな文句をこの不良に言ってくるやら。
まぁ、それはそれで言ってみたくなる気持ちにならなくもないけど。
「ま、とりあえず座りなよ。お茶でも入れるから」
「……ふん」
「おうおう、相も変わらず嫌ってくれる」
「はっ倒すぞ」
「ん、何だね、やるかね? ちょうど今日はそれなりに気分が高揚してるんだよね」
「良いだろう。紫様の眼もないしな……今日こそお前に一敗地に塗れさせてやる!」
「分かりにくい表現を……てか既に何度か勝ってるんだよねぇえっ!? っと、狐火を屋内で出さない!! 外でやれぃ!!」
「ぐっ! ならお前こそ追撃で熱湯をぶっかけようとするな! 《行符『八千万枚護摩』》!!」
「スペルカードなんて使ってんじゃないよッ!! 来いよ、肉弾戦しようっ!? せぇいやっ!」
「づっ、誰がお前の得意分野で勝負するか! 今日はとことんお前を妖術で追い詰めてやる!!」
「甘い甘い! 苺大福よりも甘い!! 八千万どころか無量大数ぐらい撃ってきたらどうさ!?」
「言ったな? 避けようのない程、お望みの物をくれてやろう!!」
「ハッ! ま、それだけあっても全部避けきってみせるけどね!!」
まぁ、喧嘩するほど仲良い、って言うしね?
私等の場合、多分、違うけど。
因みに結果は、紫が来た事で引き分けになりました。
藍が両腕複雑骨折、鎖骨と肋骨の骨折、及び内蔵へのダメージ。(紫がアッと言う間に治した)
私が左手炭化、右下半身の焼け爛れと妖力切れ。(戦闘中も治りつつあり、紫の説教中に完治)
せっかく伸ばしたツヤのある筈の黒髪も焦がされたので割烹着と衣服を引き裂いてやると更に喧嘩は激化。そんな所で上司の仲裁が入った。
尚、説教は一時間以上も行われた。庭に二人共正座で御主人は縁側に立って、だ。
紫が眼を閉じて演説してる間に下から色々と覗けないかとテンションのおかしい私が身を乗り出したら、静止する目的なのか藍が地面に私の顔面を押し倒したので更にケンカ勃発。今度は私の能力を使って私達にゲンコツを落としてきた。痛かった。
なんで私の能力なのに私の防壁を貫通してダメージ与えられるんですか……?
まぁ、仲直りしなさいと言われた私は、サッと呼び戻したぬこを藍に手渡す事により解決した。
瞬く間にデレて崩れた顔は見ない事にした。動かした視界の端で一瞬でいつもの顔に戻り、睨みつけてきた藍の顔も見えた気がしたけど、覚えてないです。うん。
ついでに御主人様はその変貌に驚いていて何だかなぁ、と思ったのも内緒。そういや、猫に関する話題って藍の下の橙ぐらいしか共通の話はないのかな?
ま〜……なんやかんやで私からは藍を嫌ってないしね。今日は煽りに煽ったけども。
撫でてる藍に謝ったら謝ったらで、今度は、「……やっぱりお前は理解不能だ」なんて複雑そうな顔で言ってたけどね。その後ろで紫は紫で微笑ましい物を見る眼で見てた。似付かわしくない。
あの顔を見た感じ、天子との話し合いはどうやらちゃんと終わりを迎えたようなので………………まぁ、また今度天人様が来た時にでも、適当に話の種にしますかね。
「……そういえば貴女、髪伸ばしたのね」
「今更……まぁ、誰かさんは話題にも出さずに焦がしてくれましたけどね?」
「お前が無闇矢鱈に喧嘩を売って煽ってきたからだろうが」
「藍は逆に煽り耐性なさすぎだよ。簡単に火が付くんだもん。油揚げ摂りすぎて油分溜まってんじゃない?」
「はん、女の魅力が焦げた髪の貴様にだけは言われたくない」
「うん? またやるかい? 今度は衣服と同じようにザクザクと金髪を斬ってあげようか?」
「何を、今度は全体的に焦げて
「いい加減にしなさい!!」
「いでっ!?」「きゅうっ!?」
「全くもう、どうしてウチの式神達は仲良く出来ないのかしら……?」
いやー、私は仲良いと思いますよ。ホント。
さーてさて、EXTRAはどうしたものでしょうねぇ……。
というか、後半部分(藍)は要らなかったんじゃないかと、思わなくもない。(書いてる人は楽しかった模様)