- STAGE 3 -
『不自然な不自然さ』
咲夜に加護を与えた、その次の日。
彼女が山の頂上に登って何をしたのかは知らないけども、まぁ、異変解決しに行ったのだ。良い戦いっぷりをしたんじゃなかろうか。詳しくは知らないけど。
そんな事を考えつつ朝食を手早く作り、適当に作りすぎてしまった所為で焦げてしまった目玉焼きを皿へと乗せて、居間へと運ぶ。
むぅ……まぁ、これは私の分にすればいっか。幸い彩目の分は失敗しなかったし。
「珍しいな。こんな簡単な料理を失敗するなんて」
「……言わないでよ。私も失敗するとは思わなかったんだし」
蒸し焼き型の目玉焼きを作っていたけど、咲夜の事を考えていたらつい経過を見るのを疎かにしてしまった。失敗失敗。
まぁ、いいさ。どうせ醤油で誤魔化せ……れないわコレ。
マズイ。予想以上に焦げてた。灰の味がする……食べた事ないけど、なんかそんな味がする……。
「……の、残したらどうだ?」
「い、いや! 自分の料理だし食べきる!!」
「その台詞は作ってもらった料理が出された場合じゃないのか……? まぁ、いいが……」
何とかご飯で焦げた謎の物体を食べ切り、食事を終わる。
なんだろう。腹の調子が何だかおかしいような気がする……いや、まぁ、思い込みだろうけど……多分。
……それにしても、やっぱり彩目とは何だか会話の量が少ない。
さっきの会話だって、いつもならもっと盛り上がってもおかしくないのに、ね。
何にせよ、今のこの関係性に問題はそれほど無いのだけれども……何となく違和感というか、すれ違いが起きているようで何処か複雑に感じる。
何とかしたいけれども……どうするべきなのか。
……いや、一番簡単な解決方法は分かっているけれども、それは実践出来ない事だ。
それも嘘で実践は出来るんだけど、実践出来るんだけど……する勇気が、私にはない。
向こうの事を考えすぎて、今後の事を考えすぎて、否定された時の事を考えすぎて、行動が出来ない。
食事を終わらせ、いつもの様に食器洗いは食事の用意をしていない彩目に任せ、外へと出て屋根へと登る。
天候は相変わらず『竜巻』だけども……まぁ、今日は雨も降っていないし、私も衝撃を操っているから、それほど明確な竜巻は出現せず、強く風が吹いているだけの天候だ。
強い風は、木木や建物を揺らし、私の服や髪の毛を靡かせる。
……ああ、そういえば靡かせるの『靡』で思い出したけど、文の『幻想風靡』を見たのもこんな天候の時だったな。まぁ、今は私の気質によってそうなっているだけなんだけど。
「……?」
そんな事を考えている内に、何かの衝撃を感じる。
何かが風で押されたような感じでもない。どちらかと言うともっと大きな力が一点で何かにぶつかったような衝撃。それにその衝撃自体が大分離れた所で起きてる。
屋根から降り、更に地面へと手を付けて衝撃を更に探る。
「どうした?」
彩目が居間から声を掛けてくるが、反応出来ない。
一点から放出されて円を描くように広がる衝撃波を、方向と威力と長年培ってきた勘で逆探知してみて元を探る。
……これだけ大きな衝撃なのに、中央付近以外ではほとんど効果が出てない。方向としては下から上。
なんだこれ? とりあえず、何処で起きてるか位置は分かったけど……自然災害としては異常すぎるでしょ。コレ。
「……博麗神社で大地震が起きた」
「……ん? どういう事だ?」
「神社は倒壊してるね。霊夢は……流石にそこまで探れないか」
「お、おいおい……」
明らかに不自然なのは、博麗神社でそんな建物が倒壊するほどの大地震が起きたというのに、それ以外では全くそんな事など起きていない事だ。
大体は球体状に広がっていく筈の衝撃が、明らかに変な所でスッパリと途切れてしまっている。
「……これこそが、本当の異変って奴かね」
「おい、納得してないで私にも分かるように話せ」
「つまり、この異常な天候を発生させた奴が、ついに攻撃を開始したって訳」
「……いや、分からないぞ?」
「彩目ちゃーん……」
「何で私が悪いみたいになっているんだ?」
そんな事を言いながら、とりあえずスキマを開いて博麗神社を確認する。
見事に倒壊している。霊夢の姿は……あ、大分向こうに飛んでる姿が見えた。あっちは魔法の森かな? て事は魔理沙宅かな? アリスとか森近かもしれないが、まぁ、どうでもいい。
「うわ……見事に倒壊しているな。霊夢は大丈夫なのか?」
「あっちに飛んでるのが見えた。大方誰かに八つ当たりしに行ったんじゃない?」
「……それは、それでありそうだ」
うん、まぁ、ね。霊夢だしね。
……こんな会話、彼女に聴かれたら速攻で夢想封印とか飛んできそうだけど。
何にせよ今のこの状況は、衝撃の専門家である私が断言する。
『この地震は、自然のものではなく、何者かが作為的に引き起こした物である』
……恐らく、今日は幻想郷で力を持つ者達が一斉に動き出すだろう。
元から天候について訝しんでいた者、緋色の霧に疑問を抱く者、地震という現象で動き出す者、何かに突き動かされているかのように動き出す者達。
こりゃあ、幻想郷は荒れるな……。
▼▼▼▼▼▼
とか言っておいて、当の私は何の行動も起こしてはいないんだけどね。
彩目は私が動かないのを見て、行動をしようとしなくなっちゃったし……。
異常に気付いておいて、何も行動しないこの家族。
一人は幻想郷を愛する八雲紫の式神で、一人は人里を守る半人半妖の守護者っていうのにねぇ。
まぁ、今のところ紫からは何の連絡もないし、異変を起こした相手に弾幕で勝負出来る実力でもないから私は動かないのであって、彩目はそうじゃないと思うんだけどなぁ……。
……いや、現在進行形で幻想郷で流行っている格闘有りの弾幕ごっこなら勝てると思うけどさ。
何にせよ、私達二人は居間で本を読んだり当てもなく伊達眼鏡を取り出して掛けてみたりとか、そういう下らない事をしていたのだが────、
「────来たね」
「何がだ?」
本を閉じ、伊達眼鏡を外して卓袱台に置き、そして長らくそのままにしていたポニテを爪で思い切り斬って、髪型を肩までのショートカットにする。切っていった髪はそのまま庭にポーイ………………うん、やっぱスキマに捨てておこう。
いやぁ、それにしても結構快感。何気に頭が軽くなったように感じる。それだけ髪の毛が重いって事なのかね?
「何やってるんだお前!?」
「なにって、準備さ」
「何のだ!? 髪の毛に何か関係があるのか!?」
「そりゃあ勿論」
お客様をお迎えする為の準備さ。
髪はまぁ、関係ないけどね!!
「……ほんっとうに家族なんだなお前ら……」
「魔理沙!?」
「やっほう魔理沙。ようこそ我が家へ」
「よう詩菜。髪型が変わったがイメチェンか?」
「イメージチェンジさ。それより魔理沙……山に、何をしに来たの?」
庭へと降り、下駄を履いて鳴らして魔理沙の正面に立つ。
今の私は、それはそれは悪人面をしているだろう。だからと言ってどうという事はないけど。
「なぁに、ちょいと山の上を目指しているだけだ」
「へぇ……山は通過点に過ぎないと?」
「お、分かってくれたか。説明の手間が省けたぜ」
ふむ……咲夜と言い、魔理沙と言い……どうやら異変を起こしている奴が山の上に居るのは確定かな?
さてさて、どうするか……。
「それで、お前らはどうするんだ? 私と戦うのか?」
「そうだねぇ……どうしようか彩目」
「……山に入ろうとするのなら、止めないといけないだろう」
そう言って、彩目が刀を創り出して庭へと降りる。
ん。どうやら私の出番はまだまだ先らしい。
「お、娘からか?」
「ああ、別に彩目に勝ったら進んでいいよ。私は戦う気なんて無い」
「母親殿がそれでいいのか!?」
「私の出番はまだまださ。それに、魔理沙以外にもここに来る奴らは居るだろうしねぇ」
「……はぁ、分かった分かった」
山の面子的には、ここで何としても人間は押し留めたいだろうけどね。
とは言え、一応形だけでも応戦したという証は残さねば。
まぁ、私はそんなの今さら何を言うかという気分なんだけど……これが天狗社会の重荷とかって言うのかね。
さて……、
結界で彼女たちを囲い、場は完成した。
「勝負のルールは?」
「格闘有りの弾幕、だぜ」
「格闘有りの弾幕、だな」
「オッケー……審判を務めさせて頂きますこの詩菜──適正なホニャラララを致しましょう」
「一気に緊張感が崩れたなオイ!?」
「始めッ!!」
「それでいいのか!?」
「うっ、うおりゃあああ!!」
「ほらほら彩目さん、魔理沙さんからの先攻ですよ? どうします? 私的にはまずはトラップカードを置いてですね?」
「ルールが違うじゃないか!? いつからカードゲームに、わわっ!?」
とかまぁ、そんな冗談は置いといて。
彼女等も私が黙ると、どうやら本気で決闘を始めたらしく、一気に戦闘の場が弾幕で輝き始める。
……しっかしまぁ、いつ見ても幻想郷の少女達が行う弾幕ごっこは実に綺麗なものだ。
勝敗を決めるルールの一つに『弾幕の綺麗さ』があるっていう事がこんなに素晴らしい事とはね。
ま、今回は格闘有りで結界の破壊がメインだから、それほど優雅さはないのかも知れないけども……それでも一種の可憐さって物があるね。素晴らしい。
彩目は刃物を操る能力を持っているから、こういうのには得意だろうね。まぁ、私も能力柄そうだし、親子揃って格闘には強いって事かね。
私の気質により、暴風が吹く中で二人が飛び回っている。でもその結界内に竜巻が発生する事はないから……まぁ、逆に何も決闘には作用してないのかね?
審判役の私が抑えている訳だし……まぁ、そういう風に考えてみたら気質の封印解除も良いかもしれない。面白いかも。しないけど。
魔理沙の持つミニ八卦炉から光線や弾幕が放たれ、彩目はナイフを次々と生み出して発射している。
二人が近付いた時は、彩目は刀で攻撃し、魔理沙は箒や自作の薬で応戦する。
……こうやって見ると、何気に彩目と魔理沙、格闘がそれなりに互角だな。
いや、これが異変って事でこういうルールにしてるから、威力を双方ともに合わせてるからかも知れないけど……まぁ、そういった斬撃とか打撃を相手に当てた回数で言ったら、そりゃあ彩目の方が多いっちゃあ多いんだけどね、弾幕で言えば魔理沙が強い、のかな?
相手の結界に格闘で与えられたダメージ量はほとんど同じに見える……いや、私が決闘を囲む結界の外から見てるからかもしれないけど。
……とか、ろくな解説すら結局せずにボーッと眺めている内に、彼女等の決闘も終わった。
彼女等を囲んでいた結界が壊れて決闘が終わる。
「くっ……」
「ぃ良しっ! これでここは通っていいよな?」
「あらあら、彩目が負けるとはねぇ……最近弛んでないかい?」
「うっ……それは……」
彩目が負けてしまった。
う〜ん。まぁ……こんな事もあるのか、な?
パチュリーにも負けたって聴いたし、本当に何か変な事が起きてるんじゃ……。
……それは、私が原因かもな。
「じゃ、私に山の上へと行くぜ」
「あ、うん、どうぞ。途中で天狗達に妨害受けても私は何も知らないけどね」
「知らないのかよ!? そこはお前に勝ったんだから許可が降りたようなもんなんじゃないのか!?」
「知らないよ。私達はあくまで中途半端な存在さ。天狗に命令を出せる立場のようなものだけど出さない。人里を守護する立場でもないけど似たような状態、ってね」
「……」
大体、彩目だってあの三馬鹿大天狗に勝てる実力を持っていたのだ。
それに弾幕ごっことはいえ、勝てる魔理沙ならこの先も進めるだろうさ。守矢神社の一件の時に、文と弾幕で戦いそして勝ったって言うのも聴いたしね。
「やれやれ……分かったよ」
「まぁ、頑張ってねー。成功を祈ってるよ」
「多少は手助けが欲しいぜ。祈るだけじゃなくて、もっと効果のある奴」
「本当に?」
「……どういう意味だ?」
「魔理沙はそういうの、あんまり好きじゃないでしょ? 自分の力で切り開きたい、ってね」
「ま、確かにそうかもしれないが……」
これでも私は人を見る目はある方だと思っているのである。そういう所は見抜けるよ!!
多分。
「さて、早くしないと加護が逃げちゃうよ? 先んずれば事を制す、ってね」
「? ま、まぁ、それじゃあ急ぐ事にするぜ。じゃあな!!
そう言って、魔理沙は箒に乗って上空へと飛んでいった。
……いやはや、人間にしてはとんでもない速度で飛ぶねぇ彼女。
現代じゃあアホらしい映像を投稿する番組でしか見ないぐらいじゃない? いや、最近はそういうの見てないから知らないけど。最近って言っても1400年ぐらいだけど。
「さて、彩目は大丈夫? 何か酷い怪我とかは?」
「……いや、大丈夫だ」
「そう? それなら良かった」
でもまぁ、とりあえずは私の目でも見て確認。
……うん、特に服が破れたぐらいで、地肌に傷はないみたいだね。良きかな良きかな。これなら彩目でも縫って直せるだろう。
居間へと二人して戻り、彩目は元の位置に座り、私は庭へと足を放り出して縁側に座る。
読んでいた本は、まぁ、既に読み終わっていた本を繰り返し読んでいただけなので、そのまま卓袱台の上へと置いたまま。伊達眼鏡も同じくその上に置いてある。
外の天気は、まだまだ風が強い。既にこの天気も半月は続いているから、当たり前の天気と既に言えそうなんだけどね。
そして、私はようやく口を開く。
言えなかった事を彼女に言うべく。
「……彩目、さ」
「なんだ?」
「こんなの、私が言っていい事じゃないかもしれないけど……もうちょっと肩の力を抜いたら?」
「っ……」
「……彩目が私達……妹紅と私の事で、ずっと悩んでくれているのは、私だって分かっているつもり」
ここで、彩目の顔を見れないのが……私が弱い証拠かもしれない。
けれどもそう自覚しても、ちょっと今は振り向けそうにない。
「今のこの状況でこんな事を言うなんて馬鹿みたいだけどさ……私達は私達で何とかするから。彩目は心配しないで」
「そんな事を言われてもっ、お前らはッ!」
「大丈夫……とは言えないけどさ。少しは、親と友達を信じて、待っててくれないかな?」
「……だから、お前らは二人共似たもの同士で、諦めが悪くて、頑固者なんだ……」
「ハハ……」
そうだね……それは、妹紅の記憶を消した時にも、自覚した事だったなぁ。
諦めが悪い妹紅に、それを告げたら師匠から受け継いだ事だと言われ、それを彩目に似ているかと訊いたら微妙に似ていると言われたんだっけか……。
「……どうにか、してみせるさ」
▼▼
「天狗の私が言うのも何だけど
ここの所風が強くてねぇ
どんな事しても収まらないのよこれが」
「何処も天気に悩んでいるのは同じなんだな
でも、風の神様に………………ああ」
「……何に納得してるのよ
大体予想付くけど」
「いや、あいつじゃあお願いしても
糠に腕押しだな」
「暖簾に腕押しじゃなくて?」
「この風じゃあ暖簾なんて飛んでいっちまう
ま、私はこれから雨のない世界へ
旅立つつもりだがな」
「どうやって?」
「山を登って雲の上まで行くんだよ」
「それでどうやって?
どうやって天狗の目をかいくぐって登るのかしら?」
▼▼▼▼▼▼
「さあ行くぜ
そこに山があるんだからな
それにしても天狗と武士は頭が固くて困る」
「……武士?」
「大丈夫だ、今回は山はただの通過点だからな
でもやっぱり、直に見たとはいえ信じがたい親子だぜ」