リハビリテーション・【更生運動】または【社会復帰】
運動ではなく、そもそも医学用語ではない。
人間としての尊厳の回復という意味。 封印指定・人形師より
あれから数日が過ぎ、退院した私は自宅に戻っていた。
妹紅とはあれ以来、一度も逢っていない。
「……やれやれ」
今日も暢気に日向ぼっこ。
内心は色々と複雑怪奇だけど。
「ご飯、出来たぞ」
「はいよ~」
どうやら彩目が昼御飯を用意してくれたようなので、縁側から立ち上がって居間の食卓へと向かう。
……けれども、立った瞬間によろけてしまい、結局また座り込んでしまった。
「……大丈夫か?」
「っと……まぁ、慣れない内はしかたないでしょ」
今回、永琳の治療に掛かったお蔭で、右腕が再生したのだ。これで私も五体満足。
けれども半年も身体のバランスが崩れた状態で生活していたのだ。それに慣れてしまった今の私は、バランス感覚が根本的にずれてしまっている。
割とすぐに慣れるものだと思っていたのだが、コレが中々に治らない。
義手も考えてみれば、本当の腕よりも軽かった記憶があるし、ズレたままで過ごしていたからかねぇ……? まぁ、本物の腕の感覚を完全に覚えている辺り、どうなのかなとは思うけど。
右手を床に着き、立ち上がる。慣れる為にも積極的に使わないとね。
……まぁ、それでも右手の力加減が分からない。今度は力を入れすぎて逆側に倒れる始末。あ〜あ。
そうして何とか食卓に着き、お昼ご飯を頂く。
彩目との会話は、妹紅の件以来、少しばかり減ってしまった。
「……」
「……」
話し掛ければ彩目も答えてくれるし、彼女には話すのを躊躇う様子も無いのだけれども、やはり彩目は私に何処か申し訳無さというか、引け目のようなものを感じているようだ。
妹紅の事を黙っていた事を、私はもう気にしていないというのに。
……いや、妹紅の事を考えれば多少気分が落ち込むのは否定出来ないけど、彩目がした事に対して私は何も思っちゃいない。思う事はあっても、全て飲み込んだ。
……まぁ、彩目の性格的に仕方無い、かな?
当事者の本人である私が何を言っても、彼女は悩んじゃうだろう。
……一番手っ取り早く解決するには、妹紅と私が仲良く出来れば良いんだろうけどね……。
まぁ……今は時間が解決してくれると願うしかない。
▼▼▼▼▼▼
昼飯を食べ終え、少し腹ごなしに運動でも行う事にする。
向かう先は、紅魔館。
とは言えレミリアに戦いを挑みに行く訳ではない。
今の状態、バランスを崩した状態で彼女と戦っても、失望(?)させるだけだろうしね。
逢いに行くのは、彼女の屋敷の門番だ。
「あれ? 詩菜さん、大丈夫なんですか?」
「やぁ美鈴。正直に言うとあんまり、だね」
特に何事もなく紅魔館に到着。
妖怪の山から時間を掛けて歩いてきたから腹ごなしも何も、本当は無いんだけどね。歩いた理由も当然バランス感覚を元に戻す為である。
紫に関しても、あれ以来普通に日常会話を過ごす程度に収まっている。
多少関係がぎこちないのは彩目ぐらいだ。霊夢と魔理沙、萃香はアレ以来逢ってないから判断出来ないけど。
……それにしても、美鈴とはいつの間にか昔のように話せている。何気に嬉しい。
彼女の当主と敵対しなくなったからかね? 良きかな良きかな。
「それで、紅魔館に何か用があるのですか? そういう話は聞いていませんが……」
「ああ、そりゃあ連絡してないしね。それに用があるのは美鈴にだし」
「私に?」
「うん」
首を振って鳴らし、両腕を構えて戦闘準備。
右腕が再生してから、こういう荒事は初めてである。
……まぁ、永琳が『腕を失う前と同じにした』って言っていたけど……力加減を思い出せず、慣れてないのは仕方無い事かね。
「まだ感覚が戻ってないんだ。ちょっと練習に付き合ってくれない?」
「……相変わらずですねぇ」
「相変わらずって何さ」
「いえいえ。良いですよ。私も詩菜さんに負けてばっかじゃ悔しいですから」
「負けてばっかって……」
……ああ。三船村の手合わせでの恨みね。
大体、本気で戦ったのは初めて逢った時だけでしょうに……後は手合わせとか何度かしたけどどれも本気じゃなかったし、最後のアレに至っては逃げただけだ、私は。
まぁ、いっか。
「あんまり能力を使う気は無いからね」
「お得意の戦闘前の騙し合いですか?」
「何故バレたし」
「気が揺らぎ過ぎですよ。昔はもっと安定していたのに。衰えましたか?」
「そりゃね。色々と最近は精神的に参っていてねぇ。困ったもんだよ」
「そうですか。それでも手加減はしないんでしょうね」
「手加減はするさぁ。威力を高めすぎないっていう手加減をね!」
地面を蹴り、美鈴の目の前へと一気に移動する。
でもってやっぱりバランスを崩したので、立て直す為にも美鈴の後ろへと回り込む。
彼女も昔より実力が上がっている。一気に近距離へと近付いた私に向けて、慌てること無く速攻をしてくる。恐らく殴りに掛かって来た腕を掴もうとしたのだろう、絡みつくような腕の伸ばし方。けれども私は殴る事などせずにいきなり回避行動を取った。
それに意表を突かれたのか、少しばかり行動が遅れ、何とかバランスの立て直しに成功した私。
後ろへと振り返ってようやく意識を戻した美鈴。回り込まれないように距離を取り、弾幕を放ってきた。七色の弾幕だ。
……っていうか、
「え? 弾幕有り?」
「あっ、と。そうでしたね。すいません、つい癖で……」
「……癖で弾幕か……幻想郷の皆さんは随分と弾幕ごっこがお好きなようで」
そう言いつつ、飛んできた弾幕を能力で発生させた竜巻で打ち消す。
まぁ、これはこれで私の弾幕である。
「……貴女も撃ってるじゃないですか」
「まぁねー」
「やれやれ……ハッ!」
そういう事(?)で、微妙に弾幕混じりの練習試合となっていく。
美鈴がジャンプし、上空で回し蹴りのモーションをする。
当然地上にいる私に当たる事はないが、その動きと共に虹色の弾幕が放たれる。
全方向にカラフルな弾幕。実に綺麗だ。
……当たるつもりなんて更々無いけどね!!
「よっ、はっ、うおっ、ほいっと!」
「……まぁ、当たりませんよね」
「とっとと! 中々に無様な避け方だけどね」
弾幕を避ける為に、高速で地面を蹴って回避。
けれどもバランスをやっぱり崩して、仕舞いには四つん這いになって回避をする。私は何処のザ・フィアーだよ、とツッコミを自分でいれる。あぁ虚しい。
避けきって、右手で地面を叩いて距離を取る……つもりが力加減を間違えて、思い切り後ろへと吹き飛ぶ。
そして背中から着地。まぁ、衝撃の方向を操って体勢は即座に立て直したけど。
「……慣れてないのは、どうやら本当のようですね」
「右腕の使い方、力の入れ方を忘れちゃってさ? 暴発が酷いの何の……」
まぁ、能力を意識して発動したり、反射で使わない限り暴発はしないから、日常生活に支障はバランスや力加減以外では、あんまり無いけどね。
今度はこっちから近付き、拳を振るう。
右腕はあまり使い物にならない。何故なら威力の暴発を抑える為に、必要以上に衝撃を弱めにせざるを得ないから。
その所為で、美鈴に右手で攻撃しようとしても、どうしても少し躊躇いが出る。そこを突かれてしまうから。
……でもこれ一応は右腕の練習だから、使わないと練習にならないんだよねぇ……。
とか考えながらも、時間は進んでこの試合は先へと進んでいく。
右手で地面を殴る。その衝撃で美鈴に弾幕を放つ。
……そのつもりが威力をまた間違え、煙幕を作り出してしまう。まぁ、弾幕は出来たから良いけどさ。
「あっぶな!?」
「や、すまぬ」
「謝る気ないでしょう!?」
「いや、あるからね? そこまで外道じゃないからね?」
まぁ、幾ら何でも動き続けてないと避けれない速度で撃ち出しちゃった訳だし……弾幕ごっことしちゃあ反則だろう。多分。
煙幕に紛れ込み、気配を隠して美鈴に近付く。近付こうとする。
でもまぁ、彼女は『気を使う程度の能力』を持っている。私の気を探れば一発で探り当てられてしまう。彼女自身も自分の気を隠す事が出来る。
その所為で、煙幕に飛び込んだは良いものの、彼女自身を見失ってしまった。
そして、そこを突かれる。
「……そこ!!」
「っと、お!?」
煙の向こう側からいきなり美鈴が現れる。それも私の真後ろから。
伸びてきた腕が私の肩を掴み、一瞬で投げられて上空へと打ち上げられる。
これは、やばい。
上空に居る私は、何の
しかもまだ煙は周囲に漂っている。私を打ち上げた美鈴は下に居る筈なのに、その姿は煙に遮られて見えない。
……まさか自分で起こした煙に邪魔されるとはねぇ……。
何とか姿勢を立て直し、自由落下しつつ周囲を探る。
これでも私は旅を続けてここまで来た妖怪だ。見通しの悪い状況で戦ってきたのだ。索敵なら私だって負けてられない。
さっきみたいに見失っても、気や気配以外で索敵する術が、私だってある。
空中で両の掌を合わせる。その時にわざと拍手をするようにして。
拍手をすれば音が鳴る。音が鳴ればそれは衝撃の効果。
衝撃の効果という事は、私はそれを操れるという事。
制御下においた衝撃、音が私の両手を中心にあっという間に広がっていく。
粉塵の真っ只中とはいえ、何処まででも音は飛んでいき、そして固体に当って跳ね返る。
「っ!? 《竜巻》!!」
「うひゃ!?」
……全く、いつの間に上に居たのやら……。
私の真上から迫っていた美鈴を、竜巻で上空へと弾き飛ばす。
危なかった。音の反射による索敵がもう少しでも遅かったら、私は今頃美鈴にやられていたかもしれない。
……しっかし、煙に身を隠していたとはいえ、打ち上げた私よりも早く上に隠れるとは末恐ろしいヒトである。
昔より随分と腕を上げたようで、私は嬉しいよ。嘘だけど。
地面に着地し、上を見上げる。既に美鈴も上空で体勢を立て直しており、こちらへと構えていた。当然か。飛べるって羨ましい。
粉塵は消え去り、辺りの地形も相手の姿も良く見える。
「ふぅ……やはりうまく行きませんか」
「そんな簡単にはさせないよ」
「でしょうね。行きますよッ!」
そう言って、美鈴が突っ込んでくる。
地面を蹴って後ろに下がる。少しばかり体重移動を間違えてよろけたけども、そんな隙を見せる訳にもいかない。まぁ、もう何度も見せちゃったけど。
「《彩翔『飛花落葉』》!!」
「スペルカード!? うわわっ!!」
何とまぁ、いつの間にこの練習試合は弾幕ごっこになったのやら。
さっきまで私が居た位置に美鈴が蹴りを繰り出す。当然『さっきまで居た位置』なのだから、既に移動した私に当たりはしないけれども、蹴りと同時に放たれた弾幕が全方位に放たれている。
さっきの回し蹴りよりも、遥かに弾幕が濃い。実に厄介な。
それでも何とか避け切り、さぁ美鈴は、と視界を上げた所で、
目の前に美鈴のキックが迫っていた。
「危なっ!? あっ!?」
「っぐ!?」
反射的に『右手』で蹴りを払いのけてしまう。
その所為で美鈴が弾き飛ぶ。
つい本気で衝撃を反射してしまった。生々しく肉を潰した感覚が手に響く。
門へと高速で回転しつつ吹き飛び、衝突しようとした瞬間。
「ったく、何をしているのかしら貴女達は?」
「さっ、咲夜さん!?」
美鈴が咲夜に受け止められていた。
……時を止めて受け止めたんだろうね。相変わらず末恐ろしい能力だ。
とりあえず美鈴がゆっくりと地面に降りて座ったのを見て、彼女達に近付く。
「大丈夫? 咄嗟に思いっ切りやっちゃったけど……」
「え? あ、ああ……ま、大丈夫ですよ。何とか受け流しましたし」
どうやら衝撃は勢い良く肉を貫通して骨を砕いた様子。
それでもまぁ、大丈夫と言えると本人が様子を見て言っているという事は、昔からそういう経験も随分と重ねてきたのかな?
吹き飛んだ際の衝撃は、どうやら咲夜さんが時間を止めて完全に受け止めたみたいだから、大丈夫だとは思うけど……やっちゃったのは私だしね。やりすぎた。
いやはや、右腕の力加減をさっさと覚えないとね。
「……で? 貴女達は一体何をしているのかしら?」
「へ?」
「言い方を変えましょう。貴女達はこの惨状をどうするつもりかしら?」
咲夜に言われて、二人して辺りを見渡してみる。
所々に私の右手の暴発で穴が出来ていて、竜巻や地面近くで放たれた弾幕の所為で酷い有様だ。
「「……」」
「ちゃんと片付けなさい。美鈴は怪我があるから、詩菜、貴女一人でね」
「ハイ……」
逆に、その片付けで右腕の感覚が戻ってきたのを実感した。
何だろう……物凄く、複雑な気分だ……。