タイトル 『妹族』
「なんだと……?」
「だからさぁ、そこの妹ちゃんと今度は遊ぼうかなあってさ♪」
詩菜はまだヘラヘラと笑って、左手の扇子で自分を扇いでいる。
右腕を能力で吹き飛ばされ、真っ赤に染まった右の袖口をゆらゆらと揺らしながら、姉妹を面白そうに眺めている。
「……良いよ。やろうよ」
「フラン!?」
先程から詩菜が妹ちゃんと呼んでいる、『
「大丈夫よお姉様……扱いなら、私の方が分かるから」
「……」
「よーしよしよし。んじゃあ、やろっか♪」
扇子を懐に仕舞い、左肩をぐるぐると回す。
フランも枝に宝石を吊り下げたような羽を広げ、空中に飛び始める。
「……フラン、殺しちゃ駄目よ?」
「……分かってる」
そう言うとレミリアは後ろへと下がり、咲夜の元へと戻っていった。
大穴を間に挟んで、床に立つ詩菜と空に浮くフランが相対する。
片や狂気に染まる妹。
片や狂気に苦しむ妹。
「さぁ、行くよッ!!」
「フフン♪
フランからの声に応じ、詩菜がまた地面を蹴って跳び跳ねる。
一瞬で加速し、部屋中を跳び交ってフランを攪乱しようとする。
しかし、
「私からは逃げられないよ? 『目』を移動させればこっちのものなんだから」
「? ……め?」
「こういう事♪」
バチュ!!
「は?」
いきなり詩菜の視界の『片方』が真っ赤に染まる。
真っ赤に染まると言うよりも、寧ろ『何もかもが見えなくなった』という表現の方が正しいような色彩が、視界の左側を埋め尽くしている。
フランが起こした行動と言えば、ただ単に右手を突き出して握り締めただけのように見えた。
彼女が自分の姿を眼で追い掛ける事が出来ないのは、フランの目線の動きで詩菜も確認済みである。
では何故、どうすればフランは『詩菜の左目だけを潰す』事が出来たのか?
顔面に一切の傷を付ける事なく左目だけを完全に粉砕し、血は全く止まらず涙のように顔の穴から溢れている。
それでも彼女は壁や床、天井を蹴り続け、止まる気配を見せない。
「ん~、言葉の綾って奴? 『め』と『眼』って事かな?」
「ううん、全然違うよ? これは私の『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』だよ」
「なにそのチート」
「ちーと?」
「ふーむ。ありとあらゆる、ねぇ」
何も起きていないように会話する二人だが、詩菜の左目と右手は全く回復せず、止まらない出血は絨毯や壁紙を次々と汚していく。
このまま行けば、詩菜は大量出血で行動出来なくなるだろう。
だからと言って、何もしないでいるつもりは一欠片もない。
壁を蹴って床を蹴って、巧みに自分の姿を惑わす。その高速の視界の中、フランがこちらの姿をやはり追う事が出来ていないのを確認する。
彼女は先程握り締めた右手を潰したまま、何とかして姿を追おうとしているがやはり詩菜の姿だけは追えていない。
その中で下のロビーへと戻り、大きな瓦礫を蹴りあげてフランへと飛ばす。
彼女へぶつかるよりも前に、これまた何かの術式で破壊される。
回り込んで観察してみれば、先程のように右手で何か掴み取る動作をしたのは見えたが、それ以外では何もしていないかのように見える。
今度はシャンデリアを蹴飛ばし、これまた下のロビーから天井を貫通して地面を吹き飛ばす。
ガラスが飛び交い、瓦礫が降り注いでくる中、飛びながらも回避しつつフランは手に力を溜めて何処かから少し曲がった棒のようなものを呼び寄せた。
「《禁忌『レーヴァテイン』》!!」
「へぇ!」
手に持つ紅く燃え盛る炎の剣で飛んでくる瓦礫を全て破壊していく。
その炎の剣を振り回している最中にも、瓦礫は姿の見えない何かに弾き飛ばされてフランの方へと飛んでいき、炎に触れて爆発して壁まで吹っ飛んだかと思えばまたフランの元へと飛んで行く。
燃え盛る物を振り回すフランは飛んで来る弾幕に注意しつつも、右手では必死に詩菜の『目』を捕まえている。
姿は見えなくとも、見えずに視えるものがある。
端から見ているレミリアと咲夜には、詩菜の姿が捉えきれず、フランの方に瓦礫が集まっていくようにしか見えていない。
集中すれば何とか影は見える。恐らく真っ只中に居るフランはもっと確認出来ているだろう。狂気をうつされる雰囲気もなく、彼女は戦っている。
だが、それでも破壊の限りをし尽くす姿には、思う所がない訳がない。
「そこっ!!」
「惜しい! こっちさね!」
「ッ!?」
近付けば炎の剣が詩菜を燃やしてしまう。
姉の姿を見たからか、近付けないようにかなり警戒されている。詩菜にしてはかなり珍しい状況だ。
近付けないよう警戒されていて、そしてその警戒が成功して近距離物理攻撃が一度も入らせてもらえない。
端から見ているレミリアでも、ここまでは出来なかった。それだけの攻撃力と反応速度がフランにあった。
攻め切れない。
だから、攻め切るしかない。
「先手必勝とは誰が言い始めた言葉なのやら。まあ、どうでもいいんだけどねぇ」
「……?」
壁を跳び跳ね続けていた詩菜は急に動くのを止め、フランの前に姿を表した。
そしてフランの方へゆっくり歩きながら、残った腕で扇子を取り出しバッと開いた。
下の階への穴が真ん中に丁度空いている、それぐらいの距離感で詩菜が止まり、彼女とフランがまた相対している。
フランにとって今の状況は、全く動かない詩菜を簡単に壊す事が出来る状況だった。目は確実に捕らえれるし、剣を振れば一思いにやれる。
しかし、彼女はやらなかった。
レミリアに言われた事もあるにはあるが、それよりも詩菜の迫力に圧されて出来なかったのである。
何? この、圧力……?
その様子を咲夜と共に、部屋の端で見ていたレミリアは、不意に頬を撫でるような感触を感じた。
それと同時に、衣服がはためき髪が流されていく感触も。
「……風?」
「……窓も扉も、全て閉じられていますわ」
レミリアの呟きにそう返す咲夜。
確かに風が入ってきそうな箇所は全て閉じており、また、詩菜が壊した壁などもない。彼女が壊したのは床と天井のみで、それも外へ穴が空いている訳ではない。
床には大きな穴が空いているが、そちらも使われていないホールで風が入ってくる筈がない。
言うなれば外と遮断されたような空間の筈。
にも関わらず、部屋の中央に風が集まっていく。
それはちょうど穴の真上。詩菜の目の前。
「凡てのモノには綻びがある。それはつまり何物にも死があるという事」
「……私の能力の事?」
いきなり話し始めた詩菜のその内容についていけず、フランが疑問を返す。
しかし詩菜はそれに対する返答をせず、ただ喋り続ける。
「死があるって事は、寿命があるという事。寿命とは、生から死までの一つの流れ」
「……」
そう言い続けている間にも、風は部屋の中央に集まっていっている。
「凡てのモノには、流れがある。『静止』しているモノなんてない──────行くよ」
「ッ!?」
詩菜が宣言をすると、一気に妖力と神力が彼女の身体から溢れ出てきた。
危険だと察知したフランも後ろへと飛び下がり、レーヴァテインを構えて防御をしている。
レミリアと咲夜は位置を変えてはいないが、臨戦態勢になっている。
風は既に竜巻と言える程に集まっている。
最後の一押しとばかりに、詩菜は扇子を振りながら舞のように一回転し、
「踊れ、《万物流てンぎゅぅ!?」
「……貴女、何をしようとしているのかしら?」
詩菜の脳天を傘で叩いて止めたのは紫だった。
真後ろにスキマを開き、そこから身体を乗り出して叩いたのである。
「……やり過ぎよ。この屋敷を塵にする気?」
「あ~、ハイハイ。時間切れって奴ね。分かりましたよ」
術式を中断し、竜巻を拡散させる。
妖力・神力の放出を抑え、身体の調子を通常の状態に戻す。
「……どういう事だ? 説明しろ紫」
「ご覧の通りですわよ? 勝手に詩菜が暴れただけですわ」
「んじゃ戻りまーす♪」
「さっさとしなさい」
「紫さぁ。私に対して冷たくない?」
「だったらいつもの状態にさっさと戻りなさいよ……狂気を抑えなさい」
「ハイハーイ♪」
「……狂気を……抑える……?」
レミリアが詰問しようと詩菜に近付こうとし、
フランは紫の発言に疑問を感じて止まり、
咲夜は敢えて行動を何もせずに傍観し、
紫は自身の式神が元に戻る為に、自分の能力が使われるの静観し、
詩菜はいつもの調子に戻る為に、眼を閉じて境界を操る。
理性と狂気の境界を弄くり、バランスをとる。
狂気は、何事も無く、消える。
▼▼▼▼▼▼
「おっとっと……」
う~む……やっぱり片目がないっていうのは中々辛い。それに手も片方無いし……。
バランスが取れない。狂ってる最中は普通に出来たのになぁ……?
「……戻ったのかしら?」
「ああ……うん。助かったよ」
あのまま術式を発動してたら間違いなく屋敷が吹き飛んでいたね。
お遊びが過ぎてしまった。いかんいかん。
さてさて……我ながら、酷い有り様だ。
目の前には大穴。下のホールにも埃やら木片などで結構な被害が出ている筈。パーティーどころではない。当たり前だろうけど。
この部屋の壁や窓、扉は一切壊れていない。壊さなかったのは……何でだろうね? 自分でも分からん。
けれども、部屋の何処を見ても私の血で染まっている。アートのようなものが描かれてしまっている。
……ていうか、未だに出血が止まってないんだよね。
右腕の傷痕は残った左目で確認出来るけど、右目の傷痕は確認出来ない。
鏡があれば良いんだけど……まぁ、人の家でそんなものを貸してくれと言える状況ではない。
「……詩菜?」
っと……フランが話し掛けてきた。
さっきまで敵対していたけれども、『今の私』にそれは関係無い。
だからその危険な炎の剣は仕舞っていただきらい。
「やっほーフランちゃん。あ、妹ちゃんの方が良かった?」
「……ううん。フランで良いよ」
あ、笑った。
「……どうやら、また腑抜けに戻ったようだな」
「まだそれを言いますか……」
レミリアが近付いてきて、実に耳が痛い事を言ってくる。
腑抜け、って……いや、まぁ、否定出来ないとは思うけどさ……。
ん? いや……。
レミリアと話すべき所は、そこじゃないな。
「レミリアさん」
「……なんだ」
「『文々。新聞』について、訂正して下さい」
そう。私はまずそこで怒るべきだったんだ。
怒らないけど、指摘すべきなんだ。
「……」
「先程の戦闘で私の実力は証明出来たでしょう?」
文が居れば一発で終わらせれたのになぁ……。
どうして文は来ないのかしらね。
アイツに友人を助けるという思惑とかはないのかしら……。
……ネタの為にわざと簡単な道を選ばなかったとか?
……あり得そうで怖い……!
「……」
「……今度、文と共にまた来ます。その時に返事でも下さい」
ま、私も……このまま待っていても、簡単にレミリアから返事が貰えるとは思っちゃいない。
だから、今日は帰る。
……つーか、さっさと帰ってこの傷を何とかしたい……!
痛いんだって!
片目しかないし左手しかないから身体のバランスが悪すぎなのよ!!
立っているだけでも疲れるのよ!?
自業自得!!
……まぁ、顔からの出血はさっきよりも治まってるし……何とか……なると、良いなぁ……。
「んじゃ、咲夜もフランもまたね」
「……今度こそ、紅魔館のお客様としてご来訪なされるのをお待ちしておりますわ」
「咲夜!?」
「詩菜も、また私と遊ぼうね!」
「……ふふ」
……フランと遊ぶのは、結構命懸けのような気がするけどね。
「ではレミリアさん。またいつか逢いましょう」
「……ああ」
紫が開いたスキマに飛び込む。
……む、やっぱり遠近感がわからん。スキマの縁に頭ぶつけそう。
スキマのフチって言うのも意味が分からんけどな!
▼▼▼▼▼▼
「……本当、貴女は一体何がしたいのよ……」
「テヘペロ、べー、ッ!? べーべー!!」
「……ほら、終わったぞ。紫様も、詩菜の舌を引っ張らないであげて下さい」
自宅なう。
現在、彩目に包帯を巻いて貰ってます。あとベロが痛い。
紫曰く『
少なくとも半年、長くとも一年。おおよそ九ヶ月はこの状態だろうってさ。
むぅ……眼は兎も角として、腕は何とかしたい。バランス悪いし。
妖力・神力を使った『超回復』で手先まで完全回復出来るかなぁ……?
「……出来ても、あの回復方法じゃあ肘まででしょうね」
「……顔に出てましたか紫さん?」
「貴女、分かりやすいもの」
「……」
……もう一度、ポーカーフェイスを練習するかなぁ……。
実力者が多い幻想郷で、今のままじゃあ大きな取引・駆け引きは出来そうにないなぁ……。
「……ま、今回みたいに大怪我したくなかったら大人しくしている事ね」
「ふっふっふ……私がそんな事を言われて大人しくしているとでも?」
「……チッ、逆効果だったか……」
「聞こえてますからね~?」
「ハァ……今日は帰るわ。何だか本当に頭痛がしてきたわ……」
「うっす、お疲れッス。藍さんにヨロシクッス」
「……彩目ちゃん」
「はっ、はい?」
「……私、キレて良いわよね?」
「……い、いや一応病人ですし……?」
娘すらも否定せずに疑問文という辺り、私が相当なひねくれ者だという証拠である。
左目に眼帯をつけ、二の腕から先がない右手。
肩は包帯でぐるぐる巻かれ、これからしばらくは左手で生活しなければならない。
私はどちらかというと両利きだから……まぁ、多少ぎこちない位で済むとは思うけど……。
いやはや、あの時紫が止めてくれなかったらもっとヤバい状況になっていただろう。
レミリアやフランがあの術式を停める為に、私を消すとかがあってもおかしくなかった。
というか寧ろ、それしか思い付かないかな? 多分、私は消されていただろう。もしかすると幻想郷のバランスを保つために紫辺りからも消されていたかもしれない。
まぁ、紫が発動前に止めてくれたお蔭で私はこれだけの怪我で済んだ訳だ。
「紫」
「……何よ」
「ありがとね。止めてくれて」
「……ふん。貴女はさっさとその怪我を治しなさい。じゃ!」
スキマを開き、その向こうへと姿を消した紫。
「うーむ、あの紅潮した顔は流石みんなのゆかりんですな!」
「……そんな事をやっているからあの方にあれだけ呆れられているんだろう……」
「まぁ、自業自得って奴ね」
「自分で言うのかそれを……」
立ち上がり縁側に出ようとして、バランスを崩す。
それでも何とか左手で調整し、襖を開いて外に出てみる。
今は真夜中で、ゆっくりと雪が降り続いている。
この調子だと明日になったら雪掻きを頑張らないといけないみたいだ。
……妖怪だとか能力があるから良かったものの、人間だったら死ぬだろうなぁ。筋肉痛とか疲労困憊とかになって。
それぐらい、雪が降っている。
私とレミリア、フランとの戦いなんてまるでなかったかのように、静かに。
「……さむっ……」
「ほら、怪我人はさっさと部屋に戻れ」
「はいはーい」
まぁ、とりあえず、
冬が過ぎるまでは大人しくしていようかな。