風雲の如く   作:楠乃

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 タイトル 『運命・力』

 BGMを付けるとしたら、『DIGITAL DEVIL SAGA アバタール・チューナー2』の『Madness』かな。





紅魔館・冬の陣 その7

 

 

 

「さぁ、嵐の中で踊りましょう?」

 

 詩菜がそう言い放ち、扇子で目の前の空気を切り裂くように振り抜いた。

 『衝撃』によって発せられた刃は地面を抉り、レミリアへと殺到していく。

 

「くッ!」

「フフフ! ねぇ、楽しくないッ?」

 

 レミリアはそれを天井近くまで飛び上がる事で回避する。

 小さな背中から大きな蝙蝠のような羽を広げ、攻撃の範囲外へと逃げる。それと同時にこちらからも赤い弾を詩菜へと放つ。

 

 彼女は空を飛べないが故に下から見上げ、飛んで来る弾幕は軽く地面を叩いてその衝撃で全て避けていく。

 

「あらら、空に逃げちゃってまぁ」

「……随分と好戦的だな」

「色々と『お許し』を得て来まして、ねッ!!」

「ッッ!?」

 

 確かに詩菜は空を飛ぶ事は出来ない。

 

 だが壁を蹴り登る事は出来る。

 

 詩菜の長所は、初手からトップスピードで出来る事である。

 正確には衝撃を起こす初手、その次の速さが異常なのだ。

 一度地面を踏んで跳び上がり、室内を縦横無尽に跳び回れば、止めれる者はほぼいない。

 

 

 

 鎌鼬は風の悪神。

 姿は見えず追う事が出来ず、後ろへと回りこまれ蝙蝠の羽が切り裂かれる。

 

「ぐゥッ!?」

「ほら♪ もういっちょ!!」

 

 羽が切り裂かれて体のバランスが崩れた所へ、更に詩菜の踵落としが決まる。

 

 とんでもないほどの速度と、能力によって恐ろしい程の威力となった踵落としはレミリアを吹き飛ばし、床へと叩き付ける。

 それは洋館全体を揺らし、床を粉砕して下の階への新たな入り口をも作ってしまった。

 

 土煙が湧き上がる中、詩菜が床へと降り立ち、穴の縁に立った。

 どうやら床に開いた穴は主の部屋の下、大きなホールへと繋がってしまったようだ。

 

「あらあら、随分と脆い床だね。でもまぁ、そんな簡単に倒れないでしょ?」

「……ふん。当たり前だッ!!」

「おっとォ♪」

 

 土煙の中からいきなりレミリアが飛び出し爪を振るう。

 そんな急な事にも詩菜は焦らずに鎌鼬の爪で対処する。

 

 だが、詩菜の持つ能力は『衝撃を操る程度の能力』である。

 爪の鍔迫り合いなど、それをする時点で相手の負けが確定している。

 

「ッッ!?」

 

 再度レミリアは弾き飛ばされ、地下一階へとまた落とされる。

 

「くっ……!」

「フフン♪ 駄目だよ、私に格闘戦を仕掛けちゃねぇ?」

「……ッ、らしいな……それが、『衝撃を操る程度の能力』か」

「せ~か~い♪」

 

 そう言うと詩菜は右足を持ち上げ、崩れかけた床へと踏み締めた。

 すると床は爆発したかのように粉砕し、詩菜は下の階へと落下し始めた。

 

 降りた先のホールは、パーティーをする為の部屋なのか充分に広さがあった。今は何の行事もないためかただ広々としているだけでテーブルや椅子などは一つもなく、ただ崩落の影響で点灯していないシャンデリアがゆらゆらと揺れている。

 

「吸血鬼と言えば、世界中で有名な妖怪・怪異の一つ」

「チッ!!」

 

 詩菜は一階に着地した瞬間に、またレミリアへ弾丸のように突っ込む。

 喋りかけるような、なんにも起きてないような口調で喋りながら、突っ込んでいく。

 

 レミリアは詩菜の爪や衝撃から避ける為に返事をせず、

 主の部屋とホールを繋ぐ穴の縁から見ていた咲夜には、詩菜の独壇場のように見えていた。

 

「有名だから吸血鬼は強いのか、強いから吸血鬼は有名なのか。どうでもいいけどね♪」

「くッ!」

「吸血鬼の代名詞と言えば『吸血』もあるけど、やっぱり『不死身』だと私は思うんだよね♪ 一説には首だけしか残らなくても一晩あれば全回復する事が出来る、その不死身さは有名だもんね」

「がァっ!?」

 

 物凄い勢いで跳び回っている事を全く感じさせない声で、詩菜の爪は遂にレミリアの右手と右羽を奪い去った。

 斬り飛ばされた部品は、レミリアから離れた途端に霧のように虚空へと消え去った。

 

 しかしそれも回復する。

 誰の眼で見てもそれは明らかに、回復していっている。

 けれども、詩菜は止まらない。

 

「ッ……!」

「うーぬ。一時的にとはいえ、羽が無くても飛べるってどういう事なんだかねぇ? ふふ」

 

 更に鎌鼬は加速していく。

 既にレミリアも反応が間に合わない程の速さへと。

 

「まっ、逆に吸血鬼は弱点が有名すぎるよね。流水とか日光とか、釘に十字架、あとは大蒜(にんにく)だっけ? どうでもいいけどさ」

「ッいい加減にしろ!! 《紅符『不夜城レッド』》!!」

「ぎゃふッ!?」

 

 地面から紅い妖力が一気に噴き上がり、詩菜はそれを避ける事も出来ずに思いっ切り突っ込んで、力の奔流に弾き飛ばされてしまった。

 レミリアの居る方向とは正反対の壁に弾き飛ばされた詩菜は壁に叩き付けられたが、その叩き付けでのダメージは彼女の能力により完全に遮断され、逆に反射によってまた高速移動のエネルギーへと変換される。

 

「ハハッ! なかなかやるじゃん♪」

「フン! 私を誰だと思っている! あまり私の事をなめないで貰おうか」

「や~なこった!」

 

 

 

「《打撃『心頭滅却』》!!」

 

 空中を跳び回りながら、懐から札を取り出して宣言する。

 壁を強く踏み締め、右手に強く妖力を集め、レミリアの真後ろを取る。

 そしてそのまま背中、背骨の少し左を狙い、右拳でぶん殴る。

 

 

 

 バスン!! と空気が抜けたような音が辺りに響き渡り、両者の動きが完全に止まる。

 

 

 

 止まっていないのは、レミリアの胸から突き出た手に握られた、心臓だけである。

 

「『滅却』って、滅ぼしなくす事、って意味なんだよねぇ」

「ッ……がハッ!」

 

 空中で身体を密着させた二人。

 

 そして吸血鬼の身体が、ゆっくりと動き始めた。

 レミリアは身体から腕を抜こうと、少しずつ身体を前へと運び出している。

 羽も腕も片方しかなく、それでもまだ戦おうとする吸血鬼。

 

 詩菜はまだ動かない。

 

「あらら、まだ殺り合おうっての? 良いけどさ。死ぬんじゃないの? 流石にさ」

「カ、ふっ……ふん、お前……飛べないんじゃ、なかったのか……?」

「ん? 飛べないよ? 一度なら空中に立てるけど、それだけだし?」

 

 詩菜は一時的ならば空中に浮く事が出来る。

 しかし、その状態からは何も出来ない。足を踏み出す事も攻撃する事も。

 何かをすれば、バランスを崩して落下するだけなのだ。

 

 肩の辺りまで突き刺さっていた腕は、ようやく肘と手首の中間まで辿り着いた。

 その間レミリアはずっと吐血し続け、心臓は動く度に血を吹き出し、そして詩菜は全く動かずに心臓を手に持ったままであった。

 

「……ふっ……うッ!」

「頑張るねぇ。凄い凄い♪」

「……お前はッ、どれだけ……私を虚仮にすれば気が済むんだ……ッ!」

「ハハハ、何の事かなぁ?」

 

 詩菜は単に動けないだけである。

 動けばそのまま落下してしまうだけだからだ。

 そして空中での詩菜は、足場が無いから一切の移動方法がない。

 

 彼女は何もしないのではなく、何も出来ない。それが真実だった。

 

 

 

 

 

 

 そんな両者にとってどうしようもない状況で、

 

 

 

「お姉様!?」

「ッ、フラン!? どうして……!?」

 

 

 

 『悪魔の妹』が、その均衡を破った。

 

 

 

 彼女を連れてきたのは咲夜である。

 この殺し合いを止める為に。両者ともに生かす為に。彼女は行動したのだ。

 『邪魔をするな』と言われても、主の危機とあれば幾らでも命令ははねのけて行動する。

 だから、彼女の妹を、ここに連れてきた。

 

 当然その妹はこの惨状を見て、一体何が起きているのかを理解してしまった。

 床には大穴が空いて下のホールまで貫通しており、壁や天井には弾幕や衝撃でヒビが走り、穴の上で姉と見た事のない誰かが血を流しているのだから。

 

 

 

 彼女は姉の胸から腕が生えているのを見て、更にその背後にいる人物に目を止め、

 

「……お姉様、その後ろの人間は壊しても良いよね?」

「ッ!」

「あらあら、姉妹揃って狂暴だねぇ。ふふ」

 

 そう言って詩菜が笑った瞬間に、

 

 

 

 レミリアに刺していた腕が砕けた。

 

 右肩から先の部分がまるで皿を割るように砕け、心臓を掴んでいた手首もガラスのように粉々になっていく。

 それによりレミリアの身体も解放され、同時に詩菜は重力に引かれて地下へと落ち始める。

 

「おっとぉ」

「ガアッ!?」

 

 自由落下による隙を無くす為に、詩菜は扇子を握っていた左手でレミリアを突き飛ばした。

 レミリアは突き飛ばされた衝撃で地下の壁へと叩き付けられ、詩菜はその反動の衝撃で一階の床へ降り立つ事が出来た。

 

 

 

「ん~、ふぅん? キミが妹ちゃん?」

「……貴女は?」

「私は詩菜って言うんだ。よろしく♪」

「ねぇ……詩菜はどうしてお姉様と戦っているの?」

「ん、さぁ? 意見の食い違いって奴じゃない? ハハハ」

 

 右腕が完全にない状態で笑う詩菜。

 眼は怪しく緋色に輝き、表情は痛みなど全く感じていないように見える。

 それを見てフランは少し悲しげな顔となった。

 

「……貴女も、私と同じなの?」

「ん〜? 何の話?」

 

 悲しげな顔となった理由を訊こうとした時、地下から羽を羽ばたかせてレミリアが戻ってきた。

 斬られた右手と右羽は既に完治しており、身体を貫いた腕の痕も回復しつつある。

 

「ッ、フラン! 奴とは話すな!!」

「お、ようやく復帰ですか? フフ♪」

 

 部屋の入り口に立っていたフランのすぐ横に降り立つレミリア。

 それを見て、また詩菜はニヤァと笑う。

 

 

 

 フランがレミリアにだけ聴こえるような声で喋り始める。

 

「……お姉様、あの子……」

「ああ……少しばかり」

「狂ってるって?」

「ッ!」

 

 しかし声も衝撃の一つ。

 詩菜に聞き取れない訳がない。

 

「私の持論だけどさ。仮に狂っているからって差別するのは良くないよね。区別なら良いけどさ? 狂っているヒトには狂っているヒトなりの付き合い方っていうのがあると私は思うんだよね。だから本当に狂っているヒト以外に『狂っている』なんて言っちゃダメだよ。そりゃ本物に大変失礼な行為って奴だよ。まぁ、こんな事を言っている私も本当に狂っているかどうかと訊かれたらう~んとしか答えようがないんだけどねぇ、ハハハハハ」

「……そっか……私と同じ、なのか……」

「……フラン」

 

 長々とした詩菜のスピーチを悲しげな眼で見詰めるフラン。

 そのフランの半歩前に立っているレミリアは、フランを気遣いつつも未だに詩菜をじっと睨み付けている。

 

「狂っているって言われても、それは単に思考がとんでもなく飛躍して、尚且(なおか)つそれを実行に移しているだけなんだけどねぇ。それはある意味理知的とも言える。ってこれも前に誰かに話した気がするなぁ。まぁ、どうでもいいかな♪」

 

 演説が終わり、また扇子を構えて戦う姿勢を見せる詩菜。

 いつもならば回復し始める筈の右腕が、全く再生しない事も気にせずに、彼女は構える。

 

 

 

「……まだ戦おうと?」

「あれ? じゃあもう終わり? つまんないなぁ」

 

 既にレミリアは争う気がなかった。

 強大な能力を持つ妹のフランが出てきて彼女を殺してしまっては、兄の志鳴徒に何をどう言えば良いのか。という事もあったが、それよりも詩菜には勝てないという事がレミリアも分かってしまったからだ。

 

 腑抜けだった以前の詩菜ならまだしも、今の彼女と戦うのは危険すぎる。

 今の彼女は、確実にこちらを殺しに来ている。

 私はまだ、後ろにいる者の為にも、家族の為にも、まだ死ねない。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、そこの妹ちゃんと遊ぼうかな♪」

 

 

 


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