風雲の如く   作:楠乃

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 タイトル 『紅い赤いヒト』





紅魔館・冬の陣 その6

 

 

 

 さ~てさて、レミリアとの連戦、二回目だ。

 

 前日と同様に紅魔館に向かう訳だが、今回は道案内は存在しない。咲夜という案内人も居らず、俺はスキマを開いて吸血鬼の元へと向かう。

 というか、まぁ、前回のような案内の話を単純にしていないというだけだが、それはどうでもいい。

 一応は誰にもスキマの事を知られないようにしながら、な。

 

 屋敷へと続く道のすぐ横、森の中に裂け目が出来、中から俺が現れる。

 その森から抜け出て、道に沿って歩き始める。

 顔をあげれば、どこもかしこも真っ赤で非常に眼に悪い御屋敷。

 既に辺りは日が落ちて真っ暗で、それが尚の事屋敷を気味悪くしている。

 ……そしてその手前に立ちはだかる門。その隣に立っているのは門番の美鈴。

 

 おっと、美鈴の他にも咲夜がいるな。

 ……やれやれ、何やらピリピリとした空気しか感じないねぇ……。

 

 にしても……前回の破壊の痕の一切がないな。修復作業をあの短時間にやったのか?

 凄いな。あれだけの痕を隠すって。妖怪の山みたいに数でなら何とか出来そうなものを……。

 

 とかまぁ、そんな事はどうでもいい。

 

「……さてさて、お邪魔に参りましたよっと」

「志鳴徒さん、ようこそ紅魔館へ」

「詩菜さんと同様に、わたくしがお嬢様の所まで案内をします。こちらへどうぞ」

 

 ……まぁ、今から殺されに行くようなものなのになぁ。とか思ったりしてみたり。

 

 

 

 

 

 

 紅魔館の中を再度通り抜けていく。

 

 相も変わらずの真っ赤な内装。

 シャンデリアからランプ、壁紙からドアノブまでもが全て紅く、全くもって眼が痛い。

 それに外観と一致しない、内部の複雑さと規模の大きさ。

 

 あれか? 精神に異常をきたすように術でも掛けてるのか?

 元々崩壊したモノ達の背中を押す為の術式でも掛かってるのか?

 

 ……まぁ、ないか。

 何かの術が掛かってるようにも見えないし、人間? の咲夜が普通にしているんだし。

 ……俺が読み取れないだけ、ってのもあるとは思うがな。

 

 

 

 詩菜の時とは違い、辺りを歩きながらゆったりと観察してみる。

 あの時は吸血鬼の迫力に圧されて、事細かに見る事が出来なかったからな。

 

 そうやって見ていくと、あちらこちらに妖精の姿が見える。

 いや、メイド?

 ……メイドの格好をした、妖精?

 

 ……妖精にそんな事が果たして出来るのか?

 妖精達を見ながらそんな事を思っていると前方を歩く咲夜から声が掛かる。

 

「大きな屋敷である紅魔館では、妖精を雇っています。妖精がここに居るのはその為です」

「……なぁ? 奴等は使えるのか?」

「……」

 

 ……いや、黙るなよ……!?

 明らかに役に立ってない雰囲気をひしひしと感じるんだが……。

 

 

 

 ……というか、廊下の奥で弾幕ごっこらしき事をして遊んでいる妖精が……。

 

 

 

「……少々、ここでお待ちください」

「あ、はい……どうぞ……」

 

 咲夜はそう言って、俺が脚を停めたのを確認してから、

 

 いきなり廊下の奥に移動し、気付いた時には妖精にもナイフが刺さっていた。

 そして始める説教の声。

 

 

 

 ……やっぱり分からねぇ……。

 

 何故『足音』が完全にない?

 何故、ナイフを飛ばす時に起きる筈の風を切る音も、いきなり発生するんだ?

 というか、寧ろいつ投げてるんだ?

 

 それだけが分からない。分からんが……まぁ、対処は出来るし、いいか。

 

 ……あ、妖精が弾けた……。

 ……これが大妖精の『一回休み』って奴か……。

 妖精は自然そのものであるから、死ぬという事象に関係性が薄く、例え致死量を超えるダメージを受けたとしても、すぐに復活出来るとか何とかかんとか……。

 

 そーいえば、あの妖精達は何をしているんだろうなぁ……チルノとか、妖精ちゃんとか。

 ……まぁ、紅魔館の近くなんだけどな。『霧の湖』自体は。

 今回もこの館に来る途中で見えていたし、行こうと思えば行けるんだがな。

 

 

 

「……お待たせしました」

「うん、いや、その……お疲れ様?」

「……では、向かいます。こちらです」

 

 ……流した!? 流された!?

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 はい。再びやって来ました。

 こちら、レミリアお嬢様のお部屋で御座います。

 

 ……あ~あ、変な感じに緊張するなぁ、オイ。

 相手がどういうのか分かっていても、こういうのはやはり慣れんね。

 

 部屋に入ると、レミリアは室内のテーブルに座っていた。

 バルコニーへのドアは閉められており、咲夜はいつの間にかテーブルで紅茶を注いでいる。

 

 

 

 ……まぁ、向かいの空席に座れば良いのか?

 

「初めまして。貴方が彼女の兄の『志鳴徒』かしら?」

「……此方こそ初めまして。『詩菜』の兄『志鳴徒』と申します。どうもこの度は妹が不手際を起こしてしまったようで……度々申し訳御座いませぬ」

 

 ……ふむ?

 何だか、詩菜の時とは態度が違うような……? 幾らか優しい雰囲気のような気がする。

 それに合わせた態度をつい取ってしまったが……。

 

 

 

「いや、此方こそ兄妹と聴いた時は驚いた。……私にも妹が居てな……貴方の家族を傷付けてしまった。すまない」

「……姉妹……だったのですか?」

「ああ……新聞には詩菜の事だけが詳しく書かれていてな。私とした事がつい見落としてしまった」

「……」

 

 ……ああ、アイツは詩菜の事をクローズアップして書いたのか……。

 

 まぁ、確かにそういった事を意図して書かない。って事はやりそうだが……はぁ……。

 

「……いえ、話を聞くところによると、こちらがそちらを怒らせてしまったようで……」

「む……まぁ、私の方も大人気なかったかも知れないからな……」

 

 

 

 そういえば、新聞の発行元は文なんだから、アイツから原文を奪って読めばもっと簡単に現況が分かったのか。失敗したなこりゃ。

 

 文からの新聞を受け取り、それの内容について読んだレミリアは中に書かれている人物、詩菜・志鳴徒について調べようとした。

 主にその新聞を良く読もうとせず咲夜を差し向けた辺りが怒りの度合いを示している……って言った方が良いのかね、これ。

 ま、それは兎も角として、その結果としてこの間のレミリアと詩菜が激突し、腹に大穴を開けられるという自体にはなってしまった。

 

 ……恐らく、俺が予想したその後の話としては、

 館の崩壊を感じて美鈴が状況を把握。

 その後のレミリアの姿を見て詩菜が約束を守ったのを知り、また彼女が怪我をしていないのを見て攻撃してないのも知った。

 美鈴が『昔の話』をレミリアにして、更にそこから新聞をよく読むように仕向けた……いや、ここだけは上手く繋がらんな。

 

 どういう繋がりがあったのかはよく分からないが、レミリアは新聞を再び詳しく読む事になった。

 それで今度こそちゃんとした認識をしたのだろう。

 俺の状態。詩菜・志鳴徒の関係性。その他諸々。

 

 冒頭の話から察するに、兄妹という認識すらなかったようだ。文章を飛ばし飛ばしに読み過ぎだろうとツッコミたい。しないけど。

 

 

 

 さて……やっぱり、案外優しいヒトなのだと再認識したところで。

 

 ここからが本題。

 

「……では、此方から一つお願いがあるのですが……」

「ん? 何だ?」

「……詩菜と、もう一度戦ってはいただけませんでしょうか?」

「……」

「彼女も今度こそ本気を出すとの事ですので……」

「……良いだろう。ちゃんとやるのならばな」

「有り難う御座います」

 

 さてさて……どうなるかねぇ。

 

 こちらとしては、元々戦う気で来たのだ。

 大人しくされていても、少しばかり困る……と、少々わがままが過ぎる事を考えてみる。

 

 

 

「これからは単なる独り言でありますが、

 私達兄妹にはちょっとした呪いのようなモノがありましてね。

 二人が出逢う事は決して無いのですよ。

 兄と妹を引き合わせようとしても、絶対的に上手くいかない。

 まぁ、こんな事をいきなり説明したのはですね?

 今から妹の詩菜を喚ぶ訳なのですが、それは自分、

 つまりわたくし志鳴徒が去らないと達成出来ないという事なのです。ですから……まぁ、

 レミリア殿は『文々。新聞』を読んでいるから知っておられるでしょうが、

 八雲紫の式神としての能力『スキマ』を使って喚びます。

 いきなり襲い掛かるかも知れませんが、どうか御容赦願いたい。

 それではわたくしは此れにて。御誘い頂きましてありがとうございました。」

 

「……何だって?」

 

 

 

 まぁ、相手のペースを引っ掻き回せば勝ちって奴だ。いつの時代も。

 

 紅茶、ごちそうさまでした。でも個人的にはやっぱり砂糖が足らない。

 席を立ち、数歩後ろに下がる。

 

 お嬢様のレミリアは呆気にとられ、従者の咲夜も茫然自失としている。

 

 

 

 そして俺は、そのまま後ろ手に開いたスキマに落ちていく。

 

 彼女達は視界から消え去り、向こうからも俺がスキマに落ちていったと見えるだろう。

 

 真上へとすっ飛んでいくスキマの出口がふさがり、一切の光がない中、それでも周囲の良く分からない物体が見えている状況の中、ただひたすらに落ちていく。

 

【……暇人ねぇ、貴方】

【おや、紫さんじゃあらさんか】

 

 何処からともなく声が聴こえてくる。

 ……まぁ、ある意味聞き慣れた声だ。間違えようもない。

 

 そもそも契約関係であるんだし、間違えたらそれはそれでダメじゃね? とか思うけどな。

 

 

 

 いつものようにスキマ内部を落ちていく。

 出口は見えないし、底も真っ暗で何にも見えやしない。

 それでも声だけは辺りに響き渡っている。

 

【それで? 馬鹿な貴方は一体何を仕出かす気なのかしら?】

【いやぁ、久々に本気の本気って奴を出そうかなって】

【……】

 

 ま、強大な相手を倒す為にはそれ相応の代価が必要って奴ですよ。

 今回の場合はそれが理性を差し出す、ってだけさ。

 

 

 

 変化、詩菜。

 

 

 

【……相変わらず意味が分からないわね。わざわざ私の能力まで使ってやる事かしら?】

【やる事なのさ。私にとっては、ね】

 

 式神としての能力発動。

 理性と狂気の境界を弄くる。

 

【……まぁ、無いとは思うけど、もし私がレミリアを殺しそうになったら止めてね】

【……ふん。好きになさい】

【ども】

 

 

 さぁて……ふふ、やりますか……。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふん。なるほどな」

 

 レミリアの見据える先には、天井に開いたスキマから落ちてきた詩菜がいた。

 ────前回の詩菜とは比べ物にならない程の殺気を彼女等に送る、詩菜が。

 

 瞳はいつにも増して紅く緋色に染まっていて、薄く笑っている。

 

「さ~てさてさて、リベンジに来ましたよ~?」

「……どうしたんだ貴様」

 

 レミリアと咲夜は、明らかに前と雰囲気が別物の彼女に困惑していた。

 前はもっと冷静で普通に受け答えしていたし、少なくともここまで愉しそうな雰囲気で殺気を発してはいなかった。

 

 ……これでは、

 これでは、地下の────────────

 

 

 

「お嬢様ッ!!」

「ッッ!?」

 

 叫ばれてレミリアが気付いた時には、咲夜に抱えられた状態で部屋の隅に移動していた。

 

 抱えられている現状を確認し、顔をあげて前を見てみれば、先程まで座っていたテーブルは忽然と消え失せており、反対側の壁には粉々の木片が何十何百と刺さっている。

 詩菜は、ちょうどレミリアが座っていた椅子の辺りで、蹴り抜いたような姿勢から自然体へと戻ろうとしている。

 その眼はやはり紅く、レミリアから決して離れていない。

 

 

 

 笑っている彼女を見て、レミリアは現状を今更にして認識した。

 咲夜が能力を使い、自分を安全な位置に避難させるまで、何一つ気付けなかった。

 

 

「……何だ、今の……」

「大丈夫ですか?」

「ああ……大丈夫だ」

 

 もう認識出来ないという失態は犯さない。そう咲夜に返した所でようやく頬が切り裂かれているのに気付く。

 恐らく木片か紅茶の陶器か、何かで切れてしまったのであろう。これなら数秒も立たぬ内に消える。

 

 咲夜の手から降り、今度こそ詩菜と相対する。

 身体中に妖力を充満させて、臨戦態勢に。

 

 傷口を撫でればすぐにいつもどおりの頬が姿を出す。

 咲夜が能力を使い主人を避難させる、『それより先に』詩菜の攻撃が届いた。

 いくら不死性があっても、それを認識しなければ奴には勝てない。

 

「……彼女は、とんでもない速さで動いて攻撃してきます。『私の能力が発動するその隙に』『距離を零に出来る』……それほどの速さで動いています……天狗以上のスピードですわ」

「……ふん」

 

 それも新聞通りか。忌々しい。

 内心舌打ちしつつ、一歩前に出る。

 

 相対する彼女の姿は迫力はあっても何処かヘラヘラと笑っていて、

 それはある意味、どうしようもない程の隙だらけの姿勢で、

 それでも、周囲は攻撃してこない。攻撃できない危うさが有る。

 

 

 

「……何なんだ、貴様は……」

「さぁねぇ? 自分の正体なんて自分にすら解らないよ。そう言う考えの元で私は動いているからさぁ?」

「……ふん。前回とは違ってやけにお喋りじゃないか」

「いやぁ、戦うってやっぱ面白いって再認識してさぁ。よっと」

「ッと!」

 

 詩菜は喋りながら足下に転がっていた椅子を蹴り、粉砕された木材レミリアへと飛ばした。

 それはあっさり避ける事が出来たが、木片が飛んでくる速さも予想以上の速さだった。

 

 蹴られた箇所がえぐり取られた椅子はそのままゆっくりと倒れ、二度と椅子としては使用されなくなった。

 

「避けられちゃったかぁ。良いね、楽しくなってきた!」

「……狂ったか。それとも戦闘に狂気を求めないと無理な不能か?」

「失礼だな。私は楽しみたいだけさ」

「ふん、それを戦闘狂と言うんだろうに……」

「いやいや、別に戦闘だけって訳でもないし? フフン♪」

「……咲夜、アイツは私が止める。邪魔をするな」

 

 話がイマイチ噛み合わない詩菜との会話を止め、彼女は勝負に集中する事とした。

 咲夜に邪魔をするな、というのは矜恃(プライド)の事もあったが、単にこの戦いを楽しみたいというのが、彼女にもあったからだ。

 

 先程の木片、驚きはしたものの避けれない速度ではなかった。

 前以て覚悟をしていれば回避は可能────そう認識し、前へ一歩進む。

 

 

 

「お! やっと乗り気になってくれた?」

「ふん……お前の兄と約束したからな。勝負してやる」

「あに、兄ねぇ。ふふふ♪」

「……?」

 

 詩菜の言動に疑問が浮かぶが、それを問い掛ける前に詩菜が行動を起こした。

 

 

 

 左手を懐に突っ込み、中にしまっていた扇子を取り出す。

 渋い茶色で全てが塗り潰された、年代物のような扇子をレミリアに差して開き、彼女はこう言って笑い始めた。

 

 やけに蠱惑的で、何処までも危うい香りをまき散らしながら、そう歌う。

 

「さぁ、嵐の中で踊りましょう?」

 

 


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