風雲の如く   作:楠乃

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 原作の東方紅魔郷とは全然時間軸が違うので、これはまた別の話です。ご注意を。





紅魔館・冬の陣 その1

 

 

 

 この幻想郷にも、冬がやってきた。

 雪がしんしんと降る中、私は例の団子屋で窓から雪を見ながらホットティーを飲む。

 

 あぁ……温まる……。

 寒そうな外を見ながら、こうしてぬくぬくと温まるのは最高だよね〜……。

 

 

 

 

 

 

 私は寒いのが苦手だ。

 鎌鼬などの特性ではなく、好みとしての嫌いだ。

 まぁ、それなりに耐性はあるから、マイナスとか氷点下でも耐えれるとは思うけど。あれ? 同じ意味だっけ? ま、どうでもいいけど。

 

 だから私は、寒いのが嫌いなだけであって、冬が嫌いという訳ではない。

 

 雪を静かに積もっていく風景や、水溜まりが凍って、それを割ったり、屋根からの氷柱(つらら)とか、そういうのはわりと好きな風景である。

 ガラスの向こうで、音を吸い込んで無音の雪が積もっていく光景は、本当に神秘的だ。

 

 

 

 私がこの団子屋にわざわざ来ているのも、暖かくて温かい飲み物が飲めて、風景を楽しむ事が出来るからである。まる。

 

「……おっちゃん、今度はココアちょうだい」

「……別にココアを注文するのは良いんだが……その砂糖の量はおかしくないか……?」

「私は甘党なんだよ」

「いやそれ甘党ってレベルじゃ……」

 

 失礼な。

 甘いものに罪はない!!

 

 ……うん。この甘さが良いんだよね♪

 

「……信じられねぇ」

 

 五月蝿いな。

 

 

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 カウンター席でちびちびとココアを飲んでいると、どうやらお客さんが来たようだ。

 

 

 

「おや、咲夜さん。アンタも……!?」

 

 ……おっちゃんにとっては、馴染み客で、

 

 私にとっては、初対面というか……『敵』って所かな?

 

 

 

 何故なら私の首には、その『咲夜さん』とやらがナイフを突き付けているからだ。

 

 

 

「……貴女が、『詩菜』ですか?」

「ん? まぁ、そうだけど?」

 

 ま、首にナイフが触れている状態だからと言って、警戒するのも馬鹿らしいので、フツーに振り返って『咲夜さん』とやらを確認する。

 後ろに振り向く事で頸動脈から血が出ても気にしない。それが私クオリティ。

 

「ッ!?」

「嬢ちゃん!? 何してんだ二人とも!?」

「……メイド……ズズーッ」

 

 振り向くと、それはそれは見事なメイドさんが。

 

 因みにココアを持ったまま振り返った事で、多少血の味がするココアになってしまった。

 ……うーん、鉄臭い。

 

 

 

 メイド……メイド長?

 

「……幽々子が言ってた『メイド長』って、君の事かな?」

「……どうして貴女はこの状況でそんな事を訊けるのかしら」

「うん? 脅しておいてそんな質問するの?」

 

 普段通りっていうか、まぁいつも通り?

 

 いや、別に私はこの子の実力を侮って余裕ぶったりはしていない。

 寧ろこの『咲夜さん』とやらの本気の実力なら、へらへらとにやける私は殺されてしまうだろうと感じている。彼女から感じる雰囲気や気配から察すると、どうやら負けちゃうだろうな、という勘がある。

 けどまぁ、死んだら死んだでそれまで。

 

 私は寧ろ疑問に思っている事は、『どうして何の音もなく私に近付けたのか』である。

 私の能力はどちらかというと常時発動型だから、何の衝撃もなく私に近付くなんて、不可能だと思っていたんだけど……まぁ、上には上がいるのかね。

 

 

 

「で、何の用? そんな事を訊きに来た、それだけじゃないでしょ?」

「……貴女の兄は、何処に居ますか?」

 

 ……詩菜じゃなくて、志鳴徒が狙いか?

 

 ……まぁ、ここはいつも通りの嘘のような本当の嘘でも吐きましょうか。

 

「さぁ? どっかのスキマにでもいるんじゃない?」

「……連れてきなさい」

「嫌よ、めんどくさい」

「……貴女、自分の状況が分かってるの?」

「分かってるよ? 今ココアが半分なくなった」

 

 ブシュ、と更に傷が深くなる。

 ナイフに力が入り、首に食い込んだからだ。

 

 ……わりと痛いな。

 

 

 

「まぁまぁ落ち着きなって。人里で争っちゃいけないって言われなかった?」

「なら、貴女が自宅に戻ろうと人里を出た瞬間に、切り裂いてあげましょうか?」

「む、それは痛そうだから嫌だなぁ」

 

 

 

 ……あ、遂にココアが無くなった。

 残念……。

 

 

 

 んじゃまぁ、そろそろ抵抗しますか。

 

 

 

「おっちゃん、ごちそうさま」

「あ……ああ……」

「さて……そろそろ正当防衛で反撃しても良いかな?」

 

 ココアが入っていたコップをテーブルに置いた時の衝撃を操る。

 

 ゴン!! とカウンターがへし折れ、破片が辺りに飛び散る。

 更に至近距離に居た『咲夜さん』自体にも、衝撃を与える。

 

 驚愕で動けなくなってろ。その隙に私はさっさと代金を払うとしよう。

 

 

 

「おっちゃん、これ迷惑料とカウンターの修繕費も入ってるから。ごちそうさまでした」

「お、おう……」

 

 

 

 カランカランと下駄を鳴らし、店内からおさらばする。

 まだ彼女は停止したままだ。

 

 あー、でもこのまま血だらけで人里を歩くのもなー……。

 ……ま、いっか。

 時間を掛けて、ゆっくりと自宅に向かうとしよう。

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 人里から出て、自宅に向かう。

 寒いのは嫌だけれども、防寒具が黒のマフラーしかないってのは問題だな。

 しかも今着けたら血が付いちゃうという……ね。

 

 折角の我が娘の手編みのマフラーである。

 大切にせなあかん。いやーもふもふ……いかんいかん、今は緊急事態だし、そんなにやけている場合ではない。

 チクショウ。このモフモフを首に巻く事が出来ないとは……あー、さぶ。

 

 

 

 雪を踏む音が辺りに響く。周りから何も聴こえてこない。

 無音の世界って素晴らしいね。私は能力でそんな世界は簡単に作れるし、衝撃を受け入れればそんな無音とは程遠い世界に居る訳なんだけど。

 

 まぁ、どうでもいい。結論は寒いという一点だけだ。

 雪は降ってないけど、それでも気温はかなり低い。太陽ももうすぐ落ちようとしているし、辺りもだんだんと暗くなる時間帯だ。

 

 

 

 

 

 

「待ちなさい」

 

 

 

 ……約五分、って所かな。

 

 後ろを振り向くと予想通り、例の『咲夜さん』がいた。

 

「やっ。かなり復帰が遅かったね」

「……私に、何をしたの?」

「別に何も。ただ驚かしただけ、タネも仕掛けもありません。ってね」

「……」

「で、もう一度訊くけど……私に何の用かな? それとも兄貴に用?」

「……二人とも、紅魔館の主が御呼びです」

 

 ……何だ、そんな事だったのか。

 まぁ……つまんない、という感想。

 

「二人共ってのはキツいかなぁ。私だけじゃダメかな?」

「二人ともです」

「……参ったねぇ」

「さっさと私をその兄の所へと案内しなさい」

 

 

 

 何でこう、幻想郷の特殊な人達ってのは上から目線なのかね。

 下手に出てめくってやろうとか、そういうのはないもんなのかね? どうでもいいけど。

 

「……ヒトが下手に出てみりゃあ色々と命令しちゃって……無理だって言ってるでしょ」

「じゃあ自宅に案内しなさい」

「何で本名すら知らない奴を家に招かないといけないのよ」

「……じゃあ名乗ったら入れてくれるのかしら?」

「さぁ? ちゃんとした礼儀を知ってる奴ならね」

「……私が……礼儀を知らないと?」

「少なくとも、いきなりナイフを突き付ける奴が礼儀を知ってるとは思えないねぇ。まだ自己紹介もしてもらってない」

「……」

 

 彼女の目が細く、赤くなっていく。

 やーい、怒ってやんの! バーカバーカ!!

 ……とか鼻で笑っていた、次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 目の前に、いきなりナイフが十数個も出現し、私の方へと飛んできた。

 

「おわッ!?」

「訂正しなさい」

「……」

 

 うむ、訂正しよう。

 彼女は物凄く、怒っている。激怒している

 

 というか、ぶっちゃけると、

 ぶちギレてる。

 

 

 

 全方位からナイフが、次々と飛んでくる。

 ……どうして虚空からいきなりナイフが出現して飛んでくるのよ!?

 

「わわわっ!?」

「訂正しなさい」

「ちっ……この、喰らえ!!」

 

 雪を蹴り、雪崩を発生させる。

 衝撃で威力を強化した、雪崩のような雪飛沫。

 

 

 

 が、それはいつの間にか全く別の所に『移動』した彼女には掠りもせずに、完全に避けられた。

 

「なッ!?」

「……」

 

 彼女は遂に喋らなくなった。

 けれども、あの紅い瞳はまだやる気だ。

 

 

 

 ……瞬間移動かな?

 今の動きは、能力でないとあり得ない。

 

 でも瞬間移動だとしても、着地した時の音は出る筈だ。

 さっきの移動で、衝撃は何一つ出ていなかった。

 喫茶店でもそうだった。音は一切出てないのに『そこ』に居る。

 

 ナイフが空中に出現して一斉に飛んでくるのも、恐らくは能力だろうね。

 むしろ能力でなきゃありえないと言わざるを得ないけど……。

 逆にこれ……どういう能力よ?

 

 

 

「……さっさと諦めなさい。貴女の負けよ」

「おっと。そいつはどうかなッと!」

 

 縦横無尽に飛んでくるナイフは別に衝撃を使わずとも避けられる。それほどあの金属は早くない。素の鎌鼬の体術だけでも対応は出来る。

 けれども、これじゃあ一向に勝負が着かない。

 

「ッ、だッ!!」

 

 ナイフを潜り抜け、彼女の元へ辿り着いて拳を振るう。

 それも避けられる。まぁ、衝撃でダッシュしてないから当たり前か。そんな高速で動いては居ない。

 

 

 

 また後ろを取られて、今度は手に持ったナイフで切りかかられる。

 一撃目は前転して回避、二撃目を何とか振り向いて爪でガード。

 ぶつかった瞬間にナイフを弾き、銀の小刀が宙を舞う。

 

「ッ!?」

「ようやく驚く顔が見れたよ……」

 

 まぁ、力を込めれない体勢で出したガードで、いきなり弾かれたらそりゃ驚くよね。

 人の驚く顔って面白いよねぇ……まぁ、今はそんな事を観賞してる暇なんてないけど!

 

 そういう事を考えていても、ちゃんと相手の行動は見ている。

 攻撃に移る前。移動した直後。

 やっぱり着地した音は聴こえなかった。

 ……これじゃあまるで、始めからその場に立っていたみたいだ。

 

 

 

 ナイフを弾いてから、即座に大地を脚で叩く。

 地面を伝い、衝撃が八方に走っていく。

 

「くっ!?」

「……」

 

 体勢が崩れ、ついしゃがんでしまう彼女。咲夜さんと私も呼んでいいものか迷うが。

 

 しかし、一秒も経たぬ内に『移動』で範囲外へと逃げられる。

 ……ふむ、成程ね。

 

 ナイフを避けながら辺りを見渡し、先程弾いた小刀が何処にも無いのを確認する。

 

 

 

 よし。

 まぁ、大体は予想できた。

 

「さて、そろそろ本気でやりますか!!」

「……」

 

 反応が薄い。つまらぬ。

 

 衝撃を使ってのダッシュ、解禁。

 さて、天狗よりも速い動き。見抜けるかな?

 

 今までなら三秒くらい掛けていた距離を、零秒で到達する。

 

「え……?」

「ほらほら、遅いよ?」

 

 拳を握り、その顔面に向けて振るう。

 しかしその前に『移動』され、さっきまでの倍の数のナイフが私を取り囲む。

 視線を動かせば焦った表情の彼女が、雪の上を滑るように浮いており、手元から新たなナイフを取り出しては投げようとしている。

 

 ふふん……狙いは正鵠を射ていた、って感じかな?

 

 

 

 彼女は、虚空からナイフを出現させて投げる時、飛んでくる方角はバラバラだけど、出現するタイミングだけは全て同じだ。一斉に飛ばしてくる。

 

 彼女は、能力で瞬間移動とはまた異なる『移動』をするが、その時にナイフを投げ付ける時がある。またその時にはナイフを回収している。何処に収納しているかは分からないけど、大量のナイフを持っている。

 

 そして、彼女はその能力を連続、数秒は連続して使えない!

 

 『移動』で回避しても、次の『移動』で出た場所に私が居れば、それは意味がなくなる!

 

 

 

 それに、ナイフを投げるって事は、投げた時には方向は決められてるって事だ。壁がないって事は障害物がないという事と同時に、無限に移動が出来るって事でもあるんだぜ。

 一度位置をずらせば、簡単に避けられる!!

 

「ほら。誰が負けるって?」

「ッッ!?」

 

 爪先とナイフが雪を蹴り抉っていく。雪の上に着地した瞬間には次の場所へと跳び始め、空から降ってくる雪よりも多く雪が吹き飛んでいく。

 そこから発生した衝撃は、ソナーのように『移動』した彼女の位置を即座に割り出す。

 

 見付けたら即座に近付き、攻撃を仕掛けて終わり!

 

 

 

 

 

 

 でも、まぁ、

 生け捕りってのは、中々に難しいなぁ。

 鎌鼬の爪とか、風の刃とかで大体殺していたから、人間相手に気絶させるっていうのはなかなか難しいものだ。

 しかも強い人が相手っていうだけでもう、私はメンタルが砕けそうだよ。やれやれ。

 

 

 

 とかまぁ、考えている内にようやく攻撃が入った。

 

「く……あ……」

「ふぅ……」

 

 運良く最短で位置が分かり、相手の腹に拳を捩じ込んだ。『ズシ』という衝撃音が私にも相手にもよく響く。

 そのまま私に倒れてきたので、とりあえず抱き締めて雪に埋もれないようにしておく。

 

 ……いやはや、強かった。

 ナイフを投げる方向もどんどん修整されて、当たりかけたのも何個かあったし……実際に肩が一回斬られた。怖いなぁ、メイド。

 ……幻想郷には何かの達人しか居ないのか……?

 

 

 

 ま、何はともあれ、

 スキマを開き、自宅に直結させる。

 

 

 

 何でわざわざ雪の中を下駄で歩いていたのかって?

 

 この子を捕まえるためさ♪

 そもそも里に来た時はスキマを使ってきたのに帰り道では使わないって、何かの罠か策略があるだろうと予想できるでしょ─?

 

 


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