風雲の如く   作:楠乃

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 はてさて……私が彩目の母親だと暴露した訳である、が……。

 ……どうしてこんなに驚かれるんだろう……?

 

「貴女と彩目。性格が違いすぎるもの」

「……いや、まぁそうかも知れないけどさ」

 

 確かに彩目は、私なんかと違って真面目な性格だと思うけどさ……?

 

 

 

 それにしても、さっきのヒソヒソ話の中に気になる単語が聴こえたんだけども……。

 

「ねぇ? 彩目が妖夢の師匠をやっているの?」

「……」

「おーい……もしもーし?」

 

 ……妖夢さんの意識が飛んでいるんですけど……。

 おーい、もどれー。

 

「……」

「紫……」

「まぁ……仕方ないと思うわよ?」

 

 ……仕方ない……かなぁ……?

 

 妖夢の意識が戻らないので幽々子に訊いてみよう。

 

「……で、幽々子。妖夢の師匠って、彩目なの?」

「そ、そうねぇ……師匠と妖夢が呼んでいるだけ、みたいな所があるかしら」

「……呼んでいるだけ?」

「私たちが異変を起こした時に、彩目さんが解決しようとして妖夢と戦ったのよ……」

 

 

 

 

 

 

 ……その時に、ボロボロにされた妖夢が、

 『師匠と呼ばせてください!』

 『だが断る』

 ……的な会話があったやらなかったやら、どーたらこーたらうーだらあーだら。

 

 

 

 

 

 

「……ふぅむ」

「そういう事があったらしいわよ?」

「成る程ね」

 

 しっかし……あの彩目がねぇ……。

 思う所がない……とは言えない。

 

 

 

「ハッ!?」

「あ、戻った」

 

 お猪口を揺らしつつそんな事を考えている内に、ようやく妖夢が現世に戻ってきた。

 まぁ、私が衝撃をぶつけて無理やり起こしても良かった訳だけど、ね。

 

「は、母親……?」

「母親殿ですよー♪」

「……」

「けどまぁ、こんな所に関係が出来るとは思わなかったよ」

「そうね」

 

 彩目は『刃物を扱う程度の能力』を持っているから……まぁ、二刀流の妖夢には相性が良かったのかもねぇ。刀も刃物の一部って理由で。

 ん? って事は結局彩目と妖忌は戦わなかったのかしら? こんな話が出たって事はそれまで妖夢と彩目が出逢っていなかった、って事になる訳だし。

 ……まぁ、大分前に私が試してみようと思った事ではあるけど。

 

「ねぇ、詩菜ちゃん? もう一度妖夢と戦ってみない?」

「へ? うん、まぁ、別に良いけど……酒を呑んでるのに?」

「私からも是非!! お願いします!!」

 

 ……酔っ払った状態で、何処まで本気の勝負が出来るかねぇ……。

 ましてや、何処ぞの鬼じゃあるまいし……。

 

 まぁ……別に戦うのは良いけどさ……まだ私は右手が回復してないんだよ?

 

「……ハァ……良いよ。なら外に出ようか」

「はい!!」

 

 ……回復してないのに戦おうとする私も、人の事は言えないけどね。

 

 

 

 お猪口を床に置き、庭に出るために立ち上がる。

 妖夢もそれに倣い、二振りの刀を掴んで立ち上がった。

 紫と幽々子は立ち上がらず、私達の試合を酒のつまみにするようだ。まぁ、別に構わないけど。

 

 庭の中央に陣取り、妖夢が両手に抜き身の刀を、それぞれ握る。

 私はスキマからいつもの扇子を取り出す。今回はプラスチック製の安い奴だけどね。

 

 

 

「妖夢~、手加減しちゃダメよ~?」

「しません。先程のように油断なんて、しませんから」

 

「詩菜~?」

「はーい?」

「……何か、応援する気も失せたわね」

「いや……応援してよ」

「じゃあ……負けたら、藍の代わりに働いて貰うわね♪」

「……脅迫!?」

「貴女は普通の応援じゃあ喜ばないかなって思ったのよ」

「喜ぶよ! そんなひねくれてないよ!!」

 

 ……全く……酷いなぁ。

 

 

 

 

 

 

 さて……。

 

 

 

「いざ……」

「勝負です!!」

 

 私と妖夢が同時に飛び出して一気に接近する。

 前回みたいな『相手の隙を付いた瞬間移動』はもう使えない。あれはタネが分かって意識すれば防げる術だからね……彼女には通用しないだろう。

 もし彼女が前回の失敗から学ばないような愚者だったり、意識していなければ通るだろうけど、まぁ、使う気はない。

 

 

 

 扇子に妖力を纏わせて耐久力を底上げし、私に向かって振るわれた刃を弾き飛ばす。

 弾かれた妖夢は力・衝撃に押し負けて、思わず後ずさる。

 

 たかが扇子に強く弾かれた事に、妖夢はハッと眼を見開くが隙にはならず、すぐに体勢を立て直した。

 

 ……ふぅ……。

 これだけで私の手の内は晒した。

 スイッチ、入れないとね。

 

「行くよ。弾け飛びな!!」

「ッッ!!」

 

 

 

 意識を切り替える。

 普段の能天気な私から、攻撃的でハイテンションな私へ。

 

 

 

 左手の扇子をバッと開いて一凪ぎする。

 風が舞い上がり、私のまわりをサワサワと流れ始める。

 

「……行けッ!」

 

 号令と共に扇子を振り下ろす。同時に足を振り落として地面から砂利を打ち上げる。

 舞い上がった風が宙へと浮いた小石や枝を吹き上げ、妖夢に殺到する。

 

「ッ……ふっ!」

 

 それを左へ逃げつつ、当たりそうな弾幕・小石を斬りながら回避する。

 あららら……流石に弾幕には慣れてるのね。良くもまぁあの弾幕を掻い潜ったり斬ったりできるな。

 

 ……使えない右手がある私の右手方向、死角へ回り込もうとする妖夢。

 でも、それを私が易々と許すとでも?

 

 

 

「もういっちょ!!」

「……ッ」

 

 再度、扇を靡かせて風を発生させる。

 今度は風の刃だ。

 首や頸動脈、急所に当たれば間違いなく致命傷となる程の威力はある、私の弾幕だ。

 地面をザリザリザリと削り取り、妖夢の進行を遮るように進む真空刃。

 とは言え、あんまり当てる気もないというのも本音。殺すの嫌だし。

 

「……ふっ!」

 

 彼女はそのまま勢いを殺す事なく衝撃に突っ込み、息を吐くと同時に振るった刀で私の真空刃を消し去ってみせた。

 

 これには驚いた。真空の塊を斬るとは。

 いや、かき消した、ならぬ、斬って消したのか。

 

 

 

「……今度は、こっちからです!!」

「チッ!」

 

 妖夢が叫び、虚空を刀で切り裂くとその刀の軌跡から弾幕が発生し、辺りに飛び交い始めた。

 刀で斬った『線』から弾幕が生じているのか。

 即座に地面を蹴って大きく離脱。その速度に驚く気配がしたけども、攻撃のチャンスには成り得ないかな。

 

 瞬く間に弾幕がそこら中に行き渡り、私の行動範囲が狭められている。

 一定の決められた方向に飛ぶ鏃のような弾幕を回避するのは、それほど苦じゃあない。

 けど、この場において問題となっているのは、弾幕の『数とスピード』だ。

 

 こうして避けている間にも、妖夢はどんどん空間を斬って弾幕を生み出す元を造り出している。

 そこから射出される弾幕は、中々にスピードもあるし数もある。迂闊に飛び出せば、事故る事は間違いない。

 ああ、やだやだ。弾幕なんて私の柄じゃない。

 私に出来ると言えば、高殲滅攻撃ぐらいしかないっての。

 

 

 

 

 

 

 ただ、今私達がしている試合は『弾幕ごっこ』ではない。

 あくまで、私達の互いの実力がどんなものか、それを調べる為の戦いだ。

 故に、『当たったら終わり』というルールはない。

 

 

 

 妖力を溜める。

 

 扇子を懐に仕舞い、自由になった左手を使い弾幕を避けていく。背面避け。宙返り。側転。

 避けきれなくなったら、回避出来ない弾幕を左手でガードし、ダメージを少なくする。

 

 もっと妖力を溜める。

 

 更に弾幕が増える。

 こうなると避けるだけでは対処出来なくなるから、ちょっとした小技を使う。

 地面を蹴り、抉り取られた地盤が弾幕と衝突して消え失せる。

 ついでに左手にわざと弾幕を当てて、その際の反動で大きく離脱する。ああ痛い痛い。

 

 更に妖力を一点だけに集める。

 

 

 

 ……視界の端で紫が立ち上がるのが見えた。

 大方、私のしようとしている事に気付いたんだろう。見るのは二回目の筈だしね。

 

 

 

 妖夢は私を取り囲むように空間に傷を付け、どんどん追い込もうとしている。

 移動速度は、瞬時に出る速度なら私に軍配が上がるだろうけど、場の把握能力はやっぱり妖夢の方が上だね。

 

 ……やっぱり、私は弾幕が苦手だ。

 逃げつつ撃ちつつ相手の弾幕を誘導する。なんて無理だって。

 

 

 

 脚を振り上げて落とす。

 心の中で『アバッツ!!』と唱えて、自分を中心に衝撃波を発する。

 全方位に向けて急激な振動の波が押し寄せ、全ての弾幕は煽られて明後日の方向へ向く。

 

「ッッ!?」

 

 それは当然妖夢にも襲い掛かり、何メートルか弾き飛ばされる。

 弾幕を発していた傷跡も全て消し去り、試合は元の状態に戻った。

 いやまぁ、私の左手は回復しようとしない限り、もう何かを握ったり出来ないかもだけど。それは置いておく。

 

 

 

 ……よぉし……ようやく隙が出来た。

 

 

 

 

 

 

 右手、肉体の再生を始める。

 

 永琳お手製の薬のお蔭で完全回復した妖力を、全て右手に結集させる。

 ブチブチと、筋肉繊維が超回復を急速に行う音が聴こえる。

 包帯が真っ赤に染まる。出血が酷い。視界が真っ赤に染まる。頭が割れそうな程に痛くなる。

 ……くっ……やっぱ、神力がないと……キツすぎる、かな……!

 

「詩菜ッ!!」

「……詩菜……さん?」

 

 紫と妖夢が私を名前を呼ぶ。

 紫は私の無茶な力の使い方を止めようとしているのかな?

 妖夢は……単に私の右手が真っ赤なのをおかしいと思っているだけかしらん?

 

 

 

 何はともあれ、この術は止まらない。

 血で染まった包帯を突き破り、右手が生えてくる。

 

 真っ赤な右手をグーパー握り締めて、調子を確認する。

 相変わらずこんな再生の仕方をすると、猛烈にとてつもなく痛い。

 

 

 

 ……よし。

 

「……お待たせしたね。《鬼殺し》詩菜。本気を出してあげるよ」

「ッ……」

 

 

 

 ふふん、『それでは、本日のグランドフィナーレでございます』……ってね♪

 

 

 

 空間を圧縮する。左手の中でかなり小さく。

 紅い右手でさっきまで使っていた扇子を胸元から取り出す。

 

 妖夢は受身の体勢を取っている。

 さてさて……私に追い付いてこれるかな?

 

 

 

 『ゼロシフト』発動。

 空間を圧縮した緋色玉を爆発させ、妖夢の真後ろに瞬間移動する。

 

 けれども妖夢にも既に覚悟が出来ていたのか、それほど動揺もせずに刀を振るってきた。

 それよりも早く突進の向きを反転し、不十分な体勢のまま振るわれる刀を扇子で弾き、がら空きになった背中を思いっきり蹴る。

 えびぞりのまま吹き飛んだ妖夢をまた空間圧縮の緋色玉で自身を吹き飛ばして追い抜き、今度は肘を腹に叩き付ける。

 急停止させて今度は逆の左手で掌底を顎に打ち込み、妖夢の前から跳んで離脱。

 

「ッぐうぁっ!? ッく……!」

「……ハッ……ハッ……ふうッ……!」

 

 顎に攻撃が入って、脳がグラグラ揺れている筈なんだけど、妖夢はまだ私に刀を向けていた。

 対する私はというと、先程の急激な再生の副作用で右手の激痛に襲われていて、汗が止まらずに荒い息を吐いていた。

 

 両者共に、ある意味満身創痍に見える状態だ。

 

 

 

 

 

 

「……ここまで、ね」

「止まりなさい。二人とも」

 

 そこで幽々子と紫からのストップが入り、妖夢は膝を着いて刀を落とし、私は右手を押さえてしゃがみこむ。

 

 意識が再度切り替わり、戦闘での精神状態から普段の私に戻る。

 あー、無茶な再生なんてするんじゃなかった。神力あれば万能なのに。

 

 

 

「……ふぅ……」

 

 溜め息を吐きつつ、再生した右手の傷を確かめる。

 激痛が未だに走っているけども、出血していたり、傷が残っていたりはしていないみたいだ。

 

 ……まぁ、残っている方があり得ないか。

 

 

 

 傷の調子を見終わり、妖夢の方を見てみると真っ青な顔をしていた。

 ……ありゃ。何処か力加減を間違えたかな?

 

 背中を蹴った時も肘の時も、無茶苦茶な衝撃を与えたつもりは無いんだけど……。

 

 

 

「……妖夢、大丈夫……?」

「ッ……ええ……はい……」

 

 ……大丈夫じゃなさそうだ。

 あれま……外の時とは違ってダメージを残すようにはしていないつもりだったんだけど。

 いやまぁ……こうしてさっきの戦いを思い返すと、わりと私、酷い攻撃してるな。いかんいかん。

 

 

 

「詩菜」

 

 ……こっちも、大丈夫じゃなさそうです……。

 怖い! 紫様超怖い!

 

「……どれだけ無茶な再生しているのよ。まだ痛むのでしょう? その右手」

「……て、テヘヘ、てへぺろ」

 

 やはり、賢者の眼を誤魔化すのは至難の技みたいですなぁ……。

 ああ、振り返ればやはり恐ろしい顔の紫様が!

 

「ほら」

「いだぁッ!? ちょっ! 引っ張るなら言ってから引っ張ってよ!?」

「……完全に治っているわね」

 

 そりゃ治らなかったら詐欺だよ。何の詐欺かは知らないけど。

 

 

 

 

 

 

 ……私としては、右手よりも妖夢の方が心配だ。

 私との試合で、何が原因であんな青い顔になっているのか。

 

 私の所に紫が来たように、妖夢の元に幽々子が近付いている。

 

 ……そう言えば、幽々子は亡霊の筈なのにどうして足があるんだろうか……?

 

 

 

「妖夢、大丈夫?」

「はッ、はい……もう少し、待ってください……」

「……どうしたの?」

「……詩菜さんの、衝撃に圧されたのだと……思います……」

 

 

 

 あ、あぁー……?

 私の操る衝撃に、そんな効果があったっけ?

 

 それに、幾ら私の衝撃を何度も浴びていたとしても、それで青い顔になる理由がない。

 精神のショックとか感情の衝撃ならまだしもねぇ……そんなの込めたつもりはないし……。

 

 

 

「……単純に、あの子は感受性が強いのよ」

「……あ……そんなオチ?」

 

 

 

 

 

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 屋敷に戻り、一段落。

 

 妖夢の衝撃に対する反応は、私が頭に触れる事で直接衝撃を操り、精神を安定させた。

 因みに肉体の方は半人半霊だからか、特に怪我もなかった。すげぇ。

 割りと女の子相手に酷い肉体攻撃をしたと反省しているぐらいなんだけど……。

 

 

 

「で、妖夢? 詩菜ちゃんと戦ってみて、どうだったかしら?」

「そうですね……とにかく素早く、高威力の攻撃が中心でしたね」

「まぁね」

 

 天狗の恩恵と、私の癖って奴かな。

 ……天狗といえば、今頃文とか天魔とかは何をしているかねぇ……。

 

 ま、逢いに行くつもりだけどね。当然。

 

「……もう真っ暗。流石幻想郷」

「外の世界はまだ明るいんですか?」

「街灯、っていうのがあってね。いつでも明るい場所もあったりするよ」

「へぇ……ずっと火を灯しているの?」

「いや……そういう訳でも無いんだけど……あ~、どう説明したら良いかな……?」

「「?」」

「フフ……」

 

 

 

 

 

 

 こんな事をしている内に一日が終わり、白玉楼に泊まる事となった。

 翌日は妖夢の案内の下、人里へ行く事になっている。

 

 はてさて、明日は誰と出逢えるかな。

 予想するに、文に逢ったら追い掛けっこになるに違いない。

 

 まぁ、その時その時にならないと分からないだろうけど、ね……。

 

 

 

 

 

 

 ……あ、結局紫に『脱走のお咎めは無しなのか』訊いてないや。

 ……まぁ、どうでもいいか。

 なかったらなかったで、その時は藍にでも問い詰めよう。

 

 


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