Dies irae ~Von der großen sehnsucht~   作:tatuno

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すいません遅くなりました

第三十四章です
よろしくお願いします


第三十四章

───負の爆風、情念はもう伝わってくることはない。

羽矢も楯を下げ、黙って俺を見つめていた。

 

今も意識は広がり続けている。

この時、総てを見て、総てを知った。

繰り返された魂の系譜。

回帰することで変わり行くこの世界。

 

それだけではなく、大切な仲間たちの想い。

今現在も諏訪原市で戦っているやつたちの想い。

敵として立ちはだかった奴らのも全部全部。

 

「……『水銀の蛇』の意思に添うことになるのは、なんとなく嫌というか、少し気に食わない。」

 

通例の預言者としては神の意思に従えるから本望かもしれないが…。

 

「でもまあ、『黄昏の女神』様のためと考えれば、悪くはないか…。」

 

神が願う想いの成就のために。

そのためにはやるべきことがある。

俺の仲間の身体を持った負の普遍的無意識(アカシックレコード)

あれを片付けなければならない。

 

「『水銀の蛇』は座する者として、特に問題はない。

寧ろ神として、歴代神の誰よりも優秀だ。

もう一つの記憶よ。法の運行の邪魔をするな。」

 

「……。」

 

解っていたことではあったが、あれには自己意思というものが無い。

島谷がなんとか制御しようとしていたが、最早島谷(あれ)は、世界を破壊するための装置に過ぎないのだ。

あの中にあった島谷の心は既に消えていた。

 

「返事は流石にないか…。」

 

そして、俺もまた…。

まだ自己意思はあるが、今でも観ている情報量が多すぎて頭が割れそうだ。

隠しているつもりではいるものの、顔に辛い表情が出ているのか、そんな俺の姿を見て羽矢は、ただただ憂い顔を浮かべている。

 

「羽矢。」

 

俺の声に羽矢の身体がビクッと反応する。

 

「…ごめんな。

お前にまた悲しい想いをさせることになる。」

 

「祐君…。」

 

──俺には解る。

彼女は俺のためだけに、懸命に運命を変えようと行動していた。

大事な者を次こそは護ろう、と。

 

「でも頼む。

例えこの世界の結末が、羽矢にとって悲しいものだったとしても、次の世界は必ず、羽矢が笑って暮らせる世の中が来る。」

 

「で、でも……。」

 

「俺には解るんだ。

だからそのためにも、俺にお前の想いを貸してくれ。

あれをなんとかしない限り、幸せな未来は来ない。」

 

「……。」

 

「お前の想いも背負わせてくれ。

心を受け止めさせてくれ。

希望の世界へと進むためにも……。

頼む。」

 

「……か、勝手なこと言わないで。

どんな想いで今までやってきたと思ってるの…?」

 

答える羽矢の声は、怒りが籠もっているかのように震えていた。

 

虚空(アーカーシャ)の預言者として目覚めたのなら、私の記憶だって見たんでしょ?

私は友達をこの手で殺して、渇望が変容するほど苦しんでた…。

あなたは…私にその悲劇を、また繰り返せって言うの?」

 

「……ごめん。」

 

「ふ、ふざけないでよ!!

私は、この後祐君を…──」

 

 

──瞬間。

 

俺が流出させている空間を裂き、羽矢に迫ってきた修正力の波動。

突如の攻撃により、動くことができなかった羽矢を庇いながら、素手でそれを打ち消す。

 

「…もう時間がない。

…本当にごめん。」

 

「ッ──待っ…!祐君!!」

 

 

 

羽矢の制止を振り切り、世界を破壊するだけの装置に向かって駆け出す。

 

 

──彼女に謝っても謝りきれない。

結局最後は彼女に押し付けることになってしまう。

これは羽矢にとって、紛れもない悲劇であり、絶望でしかないだろう。

それでも方法はこれしか残っていない。

後始末を頼めるのは羽矢だけなのだから…。

 

「自分勝手なのは分かってる。

でも、俺が俺でなくなる前に…。」

 

あれを倒す。

それだけは俺がやらなければならないから──。

 

 

負の記憶へと進むことは、正直言って足が竦む。

あれへ進む度に、嫌な思い出が次々と蘇ってくるのだ。

消え去りたいと確かに思う。

だが、それでも前に進む。

仲間が進んだように。

仲間が導いてくれたように。

進むべき道を踏みしめる。

 

「未来への道を守るために俺は強くなる。

憧れる誰よりも強く。

憧れる想いと自分の想いを抱いて。

今ここが示す時だ。」

 

仲間を守るために死なない。

仲間を守るために未来を創る。

そして…。

 

「仲間を守るために強くなる。

…良い想いじゃんか羽矢。

この想いを変える必要なんてどこにもない。」

 

憧れる者たちの力と想いを使い、迫り来る負の情念の力を悉く弾き飛ばす。

希望への架け橋をつなぐように、友から譲り受けた槍が楕円を描く。

 

「──俺は想いを知った。

良い想いも悪い想いも何もかも。

それが等しく大事だってことも。

俺は消さない。

記憶も想いも、未来も過去も。

それは大切なものだから。」

 

間近まで迫る。

負の記憶の周りは暗く、狭く、息苦しかった。

だが、そんなことは今の俺には効かない。

 

「それは仲間たちから学んだことだ。

いろんな想いとともに…。

だから俺は憧れを抱く。

感謝と一緒に、憧憬する心がそこにあるんだ。

それが俺の──」

 

 

負の記憶の身体を一文字に振り払う。

浄化を促すように、元在る場所に帰すように…。

 

 

超過せし貴い憧憬をめぐって(Von der großen sehnsucht)───」

 

 

島谷のものだった身体はその場に力なく崩れる。

そこに負の情念は既にない。

それは勝利を意味しているのと同時に、俺の役割に終わりを告げる意味を表していた。




次章、終章です

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