Dies irae ~Von der großen sehnsucht~ 作:tatuno
この章は視点が主人公ではありません。
よろしくお願いします。
───「既知を感じているはずだ。
預言者として既に目覚めているのだから。
だが、彼はそれを自覚することが出来ない。
自らの存在を嫌い、否定し続けている限り、変化に気付かない。
我が従者よ。貴様に与えられた使命だ。
自身を認識させることが、真の預言者として覚醒する条件でもある。
その後のことは、ミネルウァの出番であるが……。」
「…ミネルウァの正体。
今は大隅羽矢、とでも名乗っていたか。
彼女は私とはまた違う、別次元から迷い込んだ求道の渇望を持つ神だ。
彼女は強い。
地力であるならば、彼女に勝る者はいないだろう。
勇猛であり、有能な神だった。
だが、ある日を境にその力は薄れてしまう。
大事である友人を殺した。
誤って殺してしまった。
そう、只の事故に過ぎない。
彼女は嘆いた。
自らの渇望を変異させてまで、無かったことにしたかった。
そして、彼女は元いた世界から逃げ出すに至ったのだ。」
「貴様には、逃げ出すという気持ちが、痛い程理解出来るはずだ。
その新しい世界で、彼女は人間として暮らすことを決めたのだ。
友人を模した木像を外殻として、私が座する世界で生きることを。」
「しかし、処女神とも言われたあれが、恋をするとは…。
そのようなものに興味がないように思えたが、なかなか面白いこともある。
実に滑稽だ。」
「その求道神に見初められた存在。
それこそが龍野祐。正の
私の知りうる限り、彼が現在唯一存在しえる、生きとし生けるもの総ての概念を見ることができる存在だ。
故に、強さを求める彼の渇望は相応しい。」
「憧憬だけで他の概念そのものに成るなど、普通であるならば不可能。
忠勝の記憶概念を無意識下で読み取っているために、実現することができる。
言わば彼の創造位階は擬似的な接続。
だが不完全であるからこそ、成る魂そのものが必要というわけだ。」
「さらに彼の接続は、偽物ですら見ることができるほどだ。
お前も見ただろう。
大隅羽矢が死んだと、彼が勘違いをした時のことを…。」
「島谷翔という預言者は部分的な力を引き出しているに過ぎない。
接続率が最終段階に達そうとも、本来の真の預言者なら、意図も容易く蹴散らせるだろうな。
ミネルウァが持つ鍵で無理に接続率を上げた結果だ。
本来ならば、次元の狭間に収納された武器を取る物だが、その空間を開ける力をデーニッツが利用したというわけだ。
全くあの男はつまらないことをする。
力を手にするつもりであっただろうが、所詮奴は偽物にすら選ばれることがなかった無能に過ぎん。」
「だが、お陰であれを消すことも出来るようになった。
記憶の概念は本来、生けるものがある限り存在し続ける。
しかしあれは偽物。
完全に同調を果たした時に倒すことが出来れば、偽預言者ごと抹消することが可能だろう。」
「──さて。
話は終わりだ。
貴様等の物語は、今こそ終幕に向かわなければならない。
さあ愚者よ。
私のためにも、我が女神のためにも、命を賭けろ。」───
───お前のため?
違う。
女神のことは百歩譲っても、まずお前のためじゃねえ。
俺は俺のために、そして皆のために命を賭ける。
幸ある未来を掴むためにも、俺は戦う。
お前の意志ではなく、俺の意志で。
だから……
「俺は俺の出来ることをするだけだ。」
既に島谷の詠唱は始まっている。
極限にまで高められた修正力。
その力は永劫破壊の流出位階に等しいだろう。
ここで止められなければ、世界は宇宙の起源等しく無に帰る。
無論、俺如きでは倒せないのは分かっている。
もう剣が未来を見せている。
どうしようもない俺の道を───
「■■■■■■■■■」
島谷──いや、負の記憶の詠唱は暗く、とても黒く、この世のものと思えない言葉を連ねる。
その意味を理解することは皆無だった。
「…龍野と同じく、お前も強さを求めた。
けれど、自身を見つけることが出来なかったんだ。
自己決定してしまった。
結果、負の概念に利用されるも同然に呑まれた。」
そしてそれは俺も変わらない。
俺は水銀に呑まれた。
「龍野、お前自身は?」
「…俺は……。」
龍野は口を噤む。
「…悩むのは良いことだ。
俺は悩まなかったから…。
家族をこの手で殺した時、すぐにでも無かったことにしたかった…。」
「え…?」
そういえば今まで明かしていなかったか。
まあ、話す気にもならなかったが…。
「でも、もう迷うな龍野。
俺の希望受け継ぐのはお前なんだ。」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
遂に詠唱が終わる。
負の情念が世界に流れ出す。
「
──負の記憶の流出に対して、初動したのは大隅だった。
「──ッ!!来て、アイギスッッ!!」
瞬時に楯を呼び戻し、自分とともに俺と龍野の前で防御体勢を図る。
が、押し寄せるのは、今までとは比べものになるはずがない概念破壊の爆風。
その風は汚染されたような濁った黒色。
負の記憶が風に乗り、まともに当たれば忽ち心が病み、自殺志願をし始めるだろう。
早く消えてしまいたいと…。
流出位階と同等の力を止められるはずもなく、既に楯は存在自体を消されかかり、ボロボロの状態。
「ぐッ…う…!」
言わば、時間の問題。
このままでは俺たち共々、世界は負の情念に飲まれ、虚空の空間へと変わり行くだろう。
だからその前に…。
「……さて──」
希望という一本の細い糸を手繰り寄せよるために。
「…行くか。」
龍野が何か言おうとしたが聞かなかった。
災厄の爆風に身を投げ出し、無我夢中で前へ進む。
来るべき未来を望みながら。
未来を紡ぎ、希望を繋ぐために、歩みを止めない。
苦しい。とても苦しい。
負の情念が身体に、心に押し寄せる。
頭が割れそうだ。
消えてしまいたいとまで思う。
その意識が、松本祥二という存在を無にすることに拍車を掛ける。
左腕が消える。
脇腹が消える。
意識が薄れ、朦朧とし、有るかどうかも判らない足をそれでも一歩、また一歩と負の記憶の方向へと置いていく。
龍野がまだ何か言っていたようだが、たった今、声が聞こえなくなった。
俺の耳は既に聴覚が失われていた。
もう何も聞くことは出来ない。
広がるのは無音の世界。
平衡感覚まであやふやになっている。
──「聞けッ!龍野!!」
最後に言葉を振り絞る。
「お前は過去を捨てなかった。
俺とは違う強さをお前は持っているんだ。」
自分で口に出している言葉すら最早聞こえない。
「俺はお前を見て覚悟を決めた。
お前が覚悟を決めさせてくれた。」
喋っている言葉を確認することも出来ない。
「俺は俺の意志で未来へ進む。
お前はお前の意志で、想いで進め。
もう俺は逃げない。迷わない。
無かったことになんてしない。」
必死で頭に思い描いている言葉を伝える。
「だから……。」
心から願う世界で…──。
「──また会おうな。」
多分、龍野は今何か言ってるだろう。
だが、それが俺の耳に届くことはなかった。
──遂に爆風の中心地。
負の記憶の眼前まで来た。
俺の視力は既に聴力と同じで失われていた。
真っ暗で、静かだが、汚れた風が吹いてくる方向は肌で感じ取れた。
気配も分かっているため、ここであることは間違いない。
目の前にいるはずだが、攻撃はしてこない。
所謂、チャンスだ。
この気を逃すわけにはいかない。
剣を残った右腕で、上へと振り上げる。
島谷の身体とはいえ、今こいつは負の記憶。
遠慮はいらない。
「──ァァァアアアアッッ!!」
思い切り、剣を叩きつけるように振り下ろす。
叫んでいるが、自分の声は無論聞こえない。
だけれど、予想するなら言葉にならないような叫び声だろう。
本当はここで決着を着けておきたい。
この一振りで倒して、次の世界を待ちたい。
しかし、剣が見せた未来はそんな因果ではない。
振り下ろした剣が軽くなる。
手に伝わったのは、斬った感覚ではなく──折れる感覚。
剣が折られた。
どうやったのかは分からないが、確実にそれが分かった。
聖遺物が壊れたことにより、身体に多大な負荷が掛かり、血反吐を吐く。
内臓をかき回されるような痛みが走る。
聖遺物が壊されれば、契約者は死ぬ。
ところが、死を待つ余裕は与えられなかった。
「──うッ…!?」
起こったのは、更なる追い討ち。
胸元を何かが貫通する痛みに襲われた。
恐らく刺されたのは折られた剣の刃だ。
分かりきっていた。
これが俺の聖遺物、ティルフィングの能力。
三度だけ可能な願いを叶え、その後に持ち主を殺す。
これこそが剣が見せた未来。
どうしようもない絶望だ。
でも、俺は想う。
この死が糧となり、果たされることを切に願う。
三度目の願いが叶うことを。
皆と笑って暮らせる、理想の世界に……俺は───。