Dies irae ~Von der großen sehnsucht~   作:tatuno

38 / 42
第三十二章です。
この章は視点が主人公ではありません。
よろしくお願いします。


第三十二章

───「既知を感じているはずだ。

預言者として既に目覚めているのだから。

だが、彼はそれを自覚することが出来ない。

自らの存在を嫌い、否定し続けている限り、変化に気付かない。

我が従者よ。貴様に与えられた使命だ。

自身を認識させることが、真の預言者として覚醒する条件でもある。

その後のことは、ミネルウァの出番であるが……。」

 

「…ミネルウァの正体。

今は大隅羽矢、とでも名乗っていたか。

彼女は私とはまた違う、別次元から迷い込んだ求道の渇望を持つ神だ。

彼女は強い。

地力であるならば、彼女に勝る者はいないだろう。

勇猛であり、有能な神だった。

だが、ある日を境にその力は薄れてしまう。

大事である友人を殺した。

誤って殺してしまった。

そう、只の事故に過ぎない。

彼女は嘆いた。

自らの渇望を変異させてまで、無かったことにしたかった。

そして、彼女は元いた世界から逃げ出すに至ったのだ。」

 

「貴様には、逃げ出すという気持ちが、痛い程理解出来るはずだ。

その新しい世界で、彼女は人間として暮らすことを決めたのだ。

友人を模した木像を外殻として、私が座する世界で生きることを。」

 

「しかし、処女神とも言われたあれが、恋をするとは…。

そのようなものに興味がないように思えたが、なかなか面白いこともある。

実に滑稽だ。」

 

「その求道神に見初められた存在。

それこそが龍野祐。正の記憶の概念(アーカーシャ・クローニック)の預言者。

私の知りうる限り、彼が現在唯一存在しえる、生きとし生けるもの総ての概念を見ることができる存在だ。

故に、強さを求める彼の渇望は相応しい。」

 

「憧憬だけで他の概念そのものに成るなど、普通であるならば不可能。

忠勝の記憶概念を無意識下で読み取っているために、実現することができる。

言わば彼の創造位階は擬似的な接続。

だが不完全であるからこそ、成る魂そのものが必要というわけだ。」

 

「さらに彼の接続は、偽物ですら見ることができるほどだ。

お前も見ただろう。

大隅羽矢が死んだと、彼が勘違いをした時のことを…。」

 

「島谷翔という預言者は部分的な力を引き出しているに過ぎない。

接続率が最終段階に達そうとも、本来の真の預言者なら、意図も容易く蹴散らせるだろうな。

ミネルウァが持つ鍵で無理に接続率を上げた結果だ。

本来ならば、次元の狭間に収納された武器を取る物だが、その空間を開ける力をデーニッツが利用したというわけだ。

全くあの男はつまらないことをする。

力を手にするつもりであっただろうが、所詮奴は偽物にすら選ばれることがなかった無能に過ぎん。」

 

「だが、お陰であれを消すことも出来るようになった。

記憶の概念は本来、生けるものがある限り存在し続ける。

しかしあれは偽物。

完全に同調を果たした時に倒すことが出来れば、偽預言者ごと抹消することが可能だろう。」

 

「──さて。

話は終わりだ。

貴様等の物語は、今こそ終幕に向かわなければならない。

さあ愚者よ。

私のためにも、我が女神のためにも、命を賭けろ。」───

 

 

 

───お前のため?

 

違う。

女神のことは百歩譲っても、まずお前のためじゃねえ。

俺は俺のために、そして皆のために命を賭ける。

幸ある未来を掴むためにも、俺は戦う。

お前の意志ではなく、俺の意志で。

 

だから……

 

「俺は俺の出来ることをするだけだ。」

 

既に島谷の詠唱は始まっている。

 

極限にまで高められた修正力。

その力は永劫破壊の流出位階に等しいだろう。

ここで止められなければ、世界は宇宙の起源等しく無に帰る。

無論、俺如きでは倒せないのは分かっている。

もう剣が未来を見せている。

どうしようもない俺の道を───

 

 

「■■■■■■■■■」

 

 

島谷──いや、負の記憶の詠唱は暗く、とても黒く、この世のものと思えない言葉を連ねる。

その意味を理解することは皆無だった。

 

「…龍野と同じく、お前も強さを求めた。

けれど、自身を見つけることが出来なかったんだ。

自己決定してしまった。

結果、負の概念に利用されるも同然に呑まれた。」

 

そしてそれは俺も変わらない。

俺は水銀に呑まれた。

 

「龍野、お前自身は?」

 

「…俺は……。」

 

龍野は口を噤む。

 

「…悩むのは良いことだ。

俺は悩まなかったから…。

家族をこの手で殺した時、すぐにでも無かったことにしたかった…。」

 

「え…?」

 

そういえば今まで明かしていなかったか。

まあ、話す気にもならなかったが…。

 

「でも、もう迷うな龍野。

俺の希望受け継ぐのはお前なんだ。」

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

extremam hanc oro ueniam(これを最後の望みとして願う)

 

requiem spatiumque furori(狂う想いを鎮める時がほしい)

 

 

 

遂に詠唱が終わる。

負の情念が世界に流れ出す。

 

 

 

 

無為の刻を求めて(tempus inane peto)

 

 

 

──負の記憶の流出に対して、初動したのは大隅だった。

 

「──ッ!!来て、アイギスッッ!!」

 

瞬時に楯を呼び戻し、自分とともに俺と龍野の前で防御体勢を図る。

 

が、押し寄せるのは、今までとは比べものになるはずがない概念破壊の爆風。

その風は汚染されたような濁った黒色。

負の記憶が風に乗り、まともに当たれば忽ち心が病み、自殺志願をし始めるだろう。

早く消えてしまいたいと…。

 

流出位階と同等の力を止められるはずもなく、既に楯は存在自体を消されかかり、ボロボロの状態。

 

「ぐッ…う…!」

 

言わば、時間の問題。

このままでは俺たち共々、世界は負の情念に飲まれ、虚空の空間へと変わり行くだろう。

だからその前に…。

 

「……さて──」

 

希望という一本の細い糸を手繰り寄せよるために。

 

「…行くか。」

 

龍野が何か言おうとしたが聞かなかった。

災厄の爆風に身を投げ出し、無我夢中で前へ進む。

来るべき未来を望みながら。

未来を紡ぎ、希望を繋ぐために、歩みを止めない。

 

苦しい。とても苦しい。

負の情念が身体に、心に押し寄せる。

頭が割れそうだ。

消えてしまいたいとまで思う。

その意識が、松本祥二という存在を無にすることに拍車を掛ける。

左腕が消える。

脇腹が消える。

意識が薄れ、朦朧とし、有るかどうかも判らない足をそれでも一歩、また一歩と負の記憶の方向へと置いていく。

 

龍野がまだ何か言っていたようだが、たった今、声が聞こえなくなった。

俺の耳は既に聴覚が失われていた。

もう何も聞くことは出来ない。

広がるのは無音の世界。

平衡感覚まであやふやになっている。

 

 

──「聞けッ!龍野!!」

 

最後に言葉を振り絞る。

 

「お前は過去を捨てなかった。

俺とは違う強さをお前は持っているんだ。」

 

自分で口に出している言葉すら最早聞こえない。

 

「俺はお前を見て覚悟を決めた。

お前が覚悟を決めさせてくれた。」

 

喋っている言葉を確認することも出来ない。

 

「俺は俺の意志で未来へ進む。

お前はお前の意志で、想いで進め。

もう俺は逃げない。迷わない。

無かったことになんてしない。」

 

必死で頭に思い描いている言葉を伝える。

 

「だから……。」

 

心から願う世界で…──。

 

「──また会おうな。」

 

多分、龍野は今何か言ってるだろう。

だが、それが俺の耳に届くことはなかった。

 

 

──遂に爆風の中心地。

負の記憶の眼前まで来た。

俺の視力は既に聴力と同じで失われていた。

真っ暗で、静かだが、汚れた風が吹いてくる方向は肌で感じ取れた。

気配も分かっているため、ここであることは間違いない。

目の前にいるはずだが、攻撃はしてこない。

所謂、チャンスだ。

この気を逃すわけにはいかない。

 

剣を残った右腕で、上へと振り上げる。

島谷の身体とはいえ、今こいつは負の記憶。

遠慮はいらない。

 

「──ァァァアアアアッッ!!」

 

思い切り、剣を叩きつけるように振り下ろす。

叫んでいるが、自分の声は無論聞こえない。

だけれど、予想するなら言葉にならないような叫び声だろう。

 

本当はここで決着を着けておきたい。

この一振りで倒して、次の世界を待ちたい。

 

しかし、剣が見せた未来はそんな因果ではない。

 

 

振り下ろした剣が軽くなる。

手に伝わったのは、斬った感覚ではなく──折れる感覚。

剣が折られた。

どうやったのかは分からないが、確実にそれが分かった。

聖遺物が壊れたことにより、身体に多大な負荷が掛かり、血反吐を吐く。

内臓をかき回されるような痛みが走る。

聖遺物が壊されれば、契約者は死ぬ。

ところが、死を待つ余裕は与えられなかった。

 

「──うッ…!?」

 

起こったのは、更なる追い討ち。

胸元を何かが貫通する痛みに襲われた。

恐らく刺されたのは折られた剣の刃だ。

 

分かりきっていた。

これが俺の聖遺物、ティルフィングの能力。

三度だけ可能な願いを叶え、その後に持ち主を殺す。

これこそが剣が見せた未来。

どうしようもない絶望だ。

 

でも、俺は想う。

この死が糧となり、果たされることを切に願う。

三度目の願いが叶うことを。

 

 

皆と笑って暮らせる、理想の世界に……俺は───。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。