Dies irae ~Von der großen sehnsucht~   作:tatuno

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第三十一章です。
よろしくお願いします。


第三十一章

────「お前、何者だ?」

 

島谷は目の前の女に問う。

本人は俺の知り合いである大隅羽矢の名を名乗っているが、それは今問いている島谷と同じように、一様に信じることができない。

あの時に羽矢は死んだ。

その事実がある。

 

それにそもそも、元の容姿と違うのだ。

面影は確かにあるものの、それだけで彼女が本物であるかは判断できない。

 

「メルクリウスの知人…じゃないけど、図書館で調べれるんだったらそこで調べたらどう?

別にこの次元に限った話じゃないんでしょ?」

 

「次元……。

お前はもしかして別の次元から来ているのか?」

 

「…さあ?」

 

暫く目を瞑る島谷。

 

「…なるほど。大体は分かった。

大隅の持っていた鍵は予想では銀の鍵かと思ってたが、それはゼウスの鍵だったか。」

 

「さあね。」

 

「そして、お前の正体はつまり、別次元から迷い込んだ求道神というわけか。」

 

先ほどから島谷の問い掛けに全く答えという答えを出していないこの女だが、島谷の様子を見る限りでは既に正体に気付いているようだった。

 

ちなみに俺は分からない。

ゼウスの鍵?別次元の求道神?島谷と羽矢の会話の内容が全く理解できない。

 

「…だったら何?」

 

「別に何もない。

ただ、大隅──いやアテナとでも言うかな?

ヘルメスはミネルウァとか言いそうだが…。

お前が相手をして、俺を倒せるとでも?」

 

「そんなのやってみないと分からないじゃない…。

私は、後に起きる結末を望みたくないだけ。」

 

地面に刺さっている槍を片手で抜き、島谷に構える。

 

「祐君下がってて。

私が島谷君の相手をする。」

 

「…お前は本当に羽矢なのか?

求道神って何なんだ。

それに羽矢だったとしても、お前を戦わせるわけには……。」

 

「私、神様。

だから大丈夫。」

 

「か、神?

い、いや、そういう問題じゃ……」

 

俺の言葉を聞かず、島谷へと速いとも言えず、遅いとも言えない速さで羽矢は駆ける。

しかしそれは普通の人間には不可能な速さ。

それを羽矢はしているのだ。

 

「なんて馬鹿なことを…。」

 

島谷は羽矢へと手を翳す。

それは無論あの「消す」能力。

本多忠勝を殺した能力。

 

「まずい!羽矢避けろ!」

 

だが正体を疑っているにも関わらず、名前を叫ぶ俺の心配を余所に、掌の範囲から羽矢はたったの一歩で外れる。

それは正に無駄のない動き。

予備動作というものが存在していない。

気付けば避けている。

そんな感じだ。

 

その後も羽矢は一歩、また一歩でその場から避け続ける。

その姿は場には似合わず、銀色の髪を優雅にたなびかせ、とてもとても可憐で美しく、つい見惚れてしまう。

 

「──流石に、なかなかやるな…。」

 

島谷が次にとった行動は、瞬間移動。

無論それはそう見えるだけで、実際は記憶を書き換えているだけだ。

島谷本体は何ら瞬間移動はしていない。

恐らく仕組みとしては、簡単な残像を見せているに過ぎない。

それでも、移動した場所が分からないため厄介ではあるが…。

 

ところが驚いたことに、羽矢にはそんな小細工は通用していなかった。

羽矢はまるで見えているように、場所を熟知しているかのように、何も存在していない空間に槍を穿つ。

 

「な…、何!」

 

そこに普通なら居るはずがない島谷の姿が出現する。

今の攻撃もなんとか避けていたようだが、流石に二種類もの自らの攻撃を対処されていることに動揺しているようだった。

 

「くッ、強い…!」

 

「島谷君とは地力が違う。舐めないで。」

 

 

その後も同じように、しばらくイタチゴッコのような状況が続く。

無言で槍を放ち続ける羽矢。

技を対処されながらもなんとか応戦する島谷。

見た目上では羽矢が押しており、島谷はなんとか無傷で済んでいるという感じだった。

だが双方とも、一向に引く気配はない。

 

「──なら…!」

 

島谷がこの状況を打開しようと、次に取った行動。

 

「──なッ!?」

「──祐君ッ!」

 

俺の姿に掌を重ねる。

突如の攻撃に、俺は反応することが出来ず、その場から動くことが出来なかった。

 

出よ(βγείτε έξω)─── 雷雲(Αιγίς)!」

 

羽矢の叫びに呼応するかのように俺の目の前に楯が出現する。

目には見えないが、島谷の「消す」能力が(アイギス)にぶつかり、相殺したかのように感じた。

が、それだけではなかった。

 

「───思い通りだ。」

 

「うッ…!」

 

急に後ろから声がしたかと思えば、腕を背で押さえられ、地面に身体を組み伏せられる。

 

「大隅なら、龍野を庇おうとするのは当たり前だからなあ。

それを利用させてもらった。」

 

「ッ…。」

 

「さあ、武器を収めろ。

こうやって邪魔をされてもしょうがない。

もう時間が無いんだ…。」

 

「島谷ッ…!

時間が無いって一体何だ…!

お前は…まるでこの状況を望んでいないような…」

 

「黙れ。」

 

更に強く、地面に押さえつけられた衝撃で、発した言葉が詰まる。

 

「ッ!」

 

「早くしろ大隅。

これ以上待ってられるか。」

 

「……。」

 

羽矢は島谷の言うことを聞き入れ、武装を解除する。

槍、楯が姿を消し、もはや何も持っていない。

 

「…そのまま動くなよ。

これが一番の近道だ。

恨むな、大隅…。」

 

まるで悲しむような憂い声で投げかけ、手を大隅へと向ける。

 

「や、止めろ島谷ッ!

何やってんだよお前ェ!」

 

動くことが出来ない身体を動かそうと必死に藻掻く。

助けたいのに、助けられない。

 

──クソ…。

こんな、止めることが出来ない自分がもどかしく思える。

 

こうやって抗っても、結局は抗うことができない。

所詮、自分は一人では何も出来ないのだ。

忠勝さんや祥二、羽矢、それに島谷。

彼等に頼らなければ、結局は弱い、ちっぽけな存在なのだろう、俺は。

一人で強くなりたいのになれない。

希薄ながらも悩む自分が、ここにいる。

 

なら、何故俺はここに存在している?

自分の価値とは?

自分の意味とは?

 

分からない。解らない。

 

いくら考えても答えはいつも出ない。

それでも自問自答をし続ける。

帰結を求める。

 

自らの強さというものを。

自らの存在意義を。

 

そして俺が、何なのかを…───。

 

 

「──島谷。

それは俺の役割だ。」

 

ふと、思考が戻る。

その時には、島谷は宙を浮いていた。

いや、宙に蹴り跳ばされたのだ。

空中で体勢を立て直し、着地をした島谷は、今の現状にした張本人を睨み付ける。

 

「祥二、か。」

 

「よう。…もう、辛そうだな。」

 

その張本人とは、いつも俺を助けてくれる、大切な憧れの一人。

 

「…無事、だったのか。」

 

「当たり前だろ。

あんな奴に手こずるかよ。」

 

祥二は俺の方を一切向かず、島谷を見据えて語る。

 

「…ちゃんと段を踏め、島谷。

失敗して、また回帰するきっかけになったらどうするつもりだ。」

 

「お前……知っているのか?」

 

「ああ。さっき聞いた。」

 

「聞いた?

…そうか、ヘルメスの奴か。」

 

「それで?

お前もそれでいいんだな?」

 

「──ぐッ!」

 

島谷が呻き声を少し上げたかと思うと、静かな間がしばらく空いた。

その間はまるで、その時が何かの境目のように…。

 

「…当たり前だろ。だから──」

 

そして、彼はもう既に彼ではなかった。

 

「──だから、後は頼む。

もう……無理みたいだ。」

 

 

変わった。

変わってしまった。

姿は島谷のまま。

けれど彼とは違う。

そこに彼の雰囲気はもう感じられない。

負のオーラと言えばいいのだろうか。

人間が抱く負の感情が溢れ出している。

 

「──最終段階か。」

 

本多忠勝を殺した時に第二段階。

今この時、さらに段階が上がった。

祥二の言葉通りならば、遂に記憶の概念への接続が、最終段階へと到達してしまった────


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