Dies irae ~Von der großen sehnsucht~   作:tatuno

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ある男の話です。


行間

───海上を駆ける。

デーニッツのいる戦艦へと足を進める。

デーニッツとの距離は残り僅かと迫っていた。

 

「どうなっているのだ…。

貴様の創造位階は、一体……!」

 

「……うるせえ。

お前に教えるかよ。」

 

言いながら、目の前にくる砲弾を真っ二つに切り裂く。

 

先程から砲弾は、全くと言っていいほど直撃していない。

前から、上から、下から、止め処なく鉄の雨は向かってくるが──今の俺には当たらない。

 

──総ての出来事には原因がある。

所謂、因果律と言われるものだ。

その原因から辿る結果というものが俺には見えている。

こうすればこうなる、ああすればああなる。

総ての選択肢の先が、まるで未来予知のように読めるのだ。

 

自分の取るべき道という道が。

願を叶えるために。

無名の剣を伝説の妖剣と変える。

それが俺の創造位階の能力。

三つの過ちから生まれた破滅の渇望。

 

よって、無数に飛び交う砲弾、魚雷は当たることはない。

視える。

殆ど無傷で通れる道筋が、俺には分かる。

 

既にデーニッツのいる甲板に飛び乗り、彼の目の前へと迫っていた。

 

「や、やめろ!来るなッ!」

 

迫り来る俺の姿が死神に見えるのだろうか。

デーニッツは怯えるように後退りしていた。

 

「今更逃げ腰か。

…冗談じゃない。」

 

デーニッツの襟を掴み、剣を首元へと向ける。

 

「もう終わりだ。止めを刺す。」

 

「ま、待て!

あ、ああそうだ!君の過去の話でもしよう…!

永篠に調べて貰ったのだ!」

 

「……あのゴキブリ野郎が…いちいちほじくり返してきやがって…。

……だが───それがどうした?」

 

俺はデーニッツの首を、無慈悲に裁断する。

断末魔さえ上げずにデーニッツの体は崩れ落ちた。

 

「動揺でも誘おうとしたのか?

…何度も何度も斬ったんだ。

今更、言葉なんかで動揺も何もしない。」

 

既に動かない骸に語り掛ける。

 

「けど…哀れだな。

お前も、永篠も。

───あんたに踊らされてるなんて知らずに。」

 

「永篠高士に関しては、そのつもりは全くもってなかったのだが。

結果的に、そうなってしまったのだ。

仕方があるまい。」

 

後ろには、まるで幻影のようなボロマントを纏う男が一人。

 

「答えろメルクリウス。

島谷は何だ。

あいつは一体…。」

 

ゆらゆらと幽霊のように、揺れているように見える。

 

「島谷翔は記録の概念(アーカーシャ・クローニック)の預言者。

が、そもそもそれに意思というものは存在しない。

そこにあるだけが普段の役割だ。」

 

不適に笑うボロマントの男──元いメルクリウスは言う。

 

「アーカーシャ・クローニック?

過去や現在、未来の総てが記録されてるとかいう、アカシックレコードのことか。

じゃあ、島谷はその概念の化身にでもなったっていうのか?」

 

「無論、預言者が器となり、普遍的無意識(アーカーシャ・クローニック)そのものになることなど断じて有り得ない。

預言者とは、名の通り、飽くまでも預言を呈す者でしかない。

それでは何故、今の島谷翔という器に概念の意思が存在し、虚空の存在を名乗るその正体とは?」

 

「……。」

 

「…答えは実に明快で単純だ。

島谷翔が預言する記録の概念は偽り。

つまり偽物であるということだ。」

 

「偽物…。

…その一言で片付けていいのか?」

 

「厳密に言えば、欠陥した一部だ。

だが、一部であるが故に総てを司ってはいない。

アーカーシャ・クローニックとは世の魂の記憶総てを収める記録のこと。

本物というべき概念からは切り離されているようだが。

癌の例えが正しいかもしれんな。」

 

「ちょっと待て。

偽物だったとしても、癌だったとしてもだ。

欠陥した一部が今の島谷ということなのか。」

 

「そう。

癌が独自に創り出した預言者。

カール・デーニッツもその一人だ。」

 

なるほど。

言わば、彼等は暴走したアカシックレコードの代弁者(アクセサー)

暴走し、大本の根幹から切り離されているからこそ、本来の在るべき姿を逸脱している。

記録を守る禁忌の力を使役しながら。

繰り返し記録されている因果を書き換えられ、その過程で一部が癌細胞さながらに変異してしまった。

 

「──つまり。

お前が回帰を起こし過ぎたことが、今回の原因の一端でいいんだな?」

 

「否定は出来ぬよ。

だが、我が女神のため。

仕方あるまい。」

 

自分勝手なやつだと心底思う。

自らの偏屈な愛のために、世界を巻き込むとは馬鹿らしい。

今すぐぶん殴りたいが、それすらできないのは理解している。

非常に歯痒く感じた。

 

「それにしても、貴様は実に滑稽なものだ。」

 

「…何?」

 

「回帰に嫌気が刺して狂ったかと思えば、友を巻き込むまいと翻弄し、自分自身が既に掌の上にいたことを知らず、ましてや友の正体にも気付いていないとは…。

とても私の従者だとは思えぬ。」

 

「従者だと?…俺が、お前の?

いつ俺がお前に……。」

 

メルクリウスは鼻で笑う。

 

「いついかなる時もだ。

貴様の行動原理は、恐怖劇(グランギニョル)の完成の手助けにある。

そのための存在、そのための価値でしかない。

思い当たること節が無いわけでもなかろう。」

 

「ッ──そんな、馬鹿な……。」

 

そうだ。

思い当たることなんて……山ほどある。

 

「何故、お前に今までの永劫回帰の記憶があるのか。

何故、そもそも私の術である永劫破壊が使えるのか。

不思議に思うことは幾つかあるはずだ。

所詮貴様は、私の意向に背くことは出来ず、役立つ道具でしかない。」

 

「じゃあ、今までお前の道化も同然のように……。

まさか…俺が父や母、兄を殺したのも、龍野と出会ったのも、島谷と引き合わせてしまったのも、全部お前の仕組んだことだって言うのか。」

 

「総ては、後の女神の世界の邪魔となりえるものを、排除する必要がある。

その過程でまさか、ミネルウァと再び出会えると思わなかったが……オリジナルの預言者を見つけ、忠勝を利用し、ここまでの段階に引き上げたのは評価に値する。

愚者よ。」

 

全くもってくだらない。

所詮は道化、道具。

ここまで自分の人生が崩壊したものだとは思わなかった。

考えてみれば分かることを何故気付かなかった。

今まで何を馬鹿やっていたんだ。

龍野が永劫破壊(エイヴィヒカイト)を使える前に、そもそも俺が使えてる理由を知らなかった。

それは正しく、メルクリウスが与えたものに他ならない。

 

「…ちょっと待て。

おい、メルクリウス。

オリジナルの預言者って……誰のことを言って…?」

 

「直接相手をしてもいいが、恐らくただでは済むまい。

私もやることがある。

無駄なダメージは避けたいのだ。

となれば、私以外で偽物を相手取るのに相応しい人物がいる。

本物である彼こそが、主役を張るのは間違いないだろう。」

 

メルクリウスの言う、本物の──真の預言者。

俺ではない以上、考えられるのは一人。

 

「龍野が……アカシックレコードの預言者…。」─────


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