IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

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書いててSUN値がゴリゴリ削れていく…


ナノマシン 後編

 

 

 何度も念を押しておきますが、この新型ナノマシン…と言うよりも、これを投与したセイスの取り扱いには、充分に注意して下さいよ。細胞一個分レベルでのナノマシン操作という非常に精密で複雑な行為は、ただでさえ脳に大きな負担を掛けるんです。休息も取らずに使用し続けると最悪の場合、脳が破壊され、精神に異常をきたすかもしれません。フォレスト派で過ごした日々によって大分マシになりましたが、まだ彼の心の底に残っているんですから、本当に気を付けて下さい。

 

 え、何が残ってるかですって?

 

 

 自分を傷つけようとする存在への、狂気的なまでの憎悪と殺意、ですよ。

 

 

 先に言っておきますが、彼は諦めたのであって、許した訳ではないのです。かつて人間によって生み出され、人間によって傷つけられ、人間によって捨てられた彼は、人間と言う存在そのものを心の底から憎んでいました。もしも、フォレストと言う一人の人間に救われなかったら、きっと彼は今もこの世に生きる全ての人間を憎み続け、何の関わりも無い我々ですら人間と言うだけで殺そうとしたかもしれませんね。しかし実際、彼は人間によって救われ、人間によって育てられた。だからこそ彼は人間を憎むことをやめ、更にはフォレスト派での日々を送る内に真っ当な理性と倫理を身に着けたのです。

 

 その結果、憎悪を向ける基準が『人間か否か』から、『敵か味方』に変わりました。

 

 えぇ、最初と比べたら随分と変わったものですよ。ただ私から言わせれば、まだまだ危険です。今も命令には忠実に従っていますし、任務中も例え相手が敵だろうと無闇に殺したりしません。しかし一度でも機会が訪れれば、彼は躊躇せず、そして嬉々として敵を殺そうとします。最早アレは、殺害衝動と称しても過言ではありません。

 

 貴方も心当たりがあるんじゃありませんか、学園祭でダリル・ケイシーと向き合った時、独断で楯無と戦った時、その時に見せた彼らしからぬ姿に。一応は割り切ったとは言え、やはり彼は今も心の底で、かつて自分を傷つけた連中を憎んでいる。そして彼は今も、無意識の内に目の前の敵と、自分を傷つけた連中を重ね、永遠に終わらない復讐を続けているのでしょう。

 

 今は身に着けた理性と倫理が、その殺害衝動を抑え込んでいますが、今回の新型ナノマシンの使い方を誤った場合、彼がどうなってしまうのか、正直我々にも予測できません。確実に言えるのは、彼が理性と倫理を失ってしまったら碌でも無いことになる、ただそれだけです。

 

 それでも使う、彼に使わせると言うのであれば、もう我々は何も言いません。精々、後悔だけはなされぬよう、ご注意下さい…

 

 

 それでは今後も御贔屓に願いますよ、ミス・ミューゼル。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「きひひ、きひゃはははははははははははは!!」

 

 途切れる事の無い弾幕をものともせず、深紅の障壁を展開したまま近くに居たドローンに体当たり。衝撃で怯んだところを、即座に障壁を剣に作り変え四肢を切り飛ばす。達磨状態にされても尚、機能を停止しなかったドローンだが、何かするよりも早く振り下ろされたセイスの足に頭部を踏み砕かれ沈黙。

 戦闘開始から3分、ドローンの数は今ので十を切った。

 

『近接兵装展開』

『近接兵装展開』

『目標を殲滅』

「うるせええええぇぇんだよぶわあああああぁぁぁぁぁか!!」

 

 耳障りな機械音と共に三体、背後から斬りかかってきたが、セイスは狂った嘲笑を上げながら再びナノマシン入りの血液を展開。操作できる限界量を全て用いて、電柱よりも太い巨大な棍棒を形成し、振り向き様にフルスイングした。為す術も無く直撃を受けたドローンは三体とも派手な破砕音を響かせながら、吹き飛ぶと同時にバラバラに壊されてしまった。

 

「ほらほらもっと抵抗してみろよ、役立たずの木偶の坊共、きひゃはははははははは!!」

 

 ついでとばかりに近くに居た二体を叩き潰し、倉庫の二階通路から自分を狙い撃とうとしていた一体目掛けて巨大棍棒を投擲。砲弾のように飛んできた棍棒に、足場ごと粉砕されたドローンの残骸が、まだ生き残っていたドローン達の元へと落ちていく。それとほぼ同時に、ナノマシンの制御範囲から離れ過ぎたことにより、形状維持が解除され液状に戻ったセイスの血液が雨のように降り注いだ。

 

『敵、戦闘力の低下を確認』

『これより殲滅を開始する』

 

 戦闘に使用可能な血液を全て先程の投擲に使ってしまった今のセイス自身に、ドローンの銃撃を防ぐ力は無い。にも関わらず、残った最後の4体全てに銃口を向けられたセイスはしかし、まだ笑っていた。

 

『『『『射撃開始』』』』

 

 宣告と共に吐き出された鉛玉の嵐は、真っ直ぐにセイスの元へと到来。対するセイスも、自ら弾幕に向かって真っ直ぐに駆けだした。先程破壊したドローンの残骸を、盾代わりにしながら。

 

「きひっ」

 

 セイスのナノマシン入りの血液…『B6』には耐えられなかったが、ドローンの装甲はそれなりに耐久性が高いようで、同じドローンのガトリングにも正面から耐えていた。とは言え、流石に全てを防ぎきる事は難しく、激しい銃撃を浴びせてくるドローンに近寄る度、徐々にセイスに被弾と傷の数が増えていく。

 

「きひひっ」

 

 それでも、セイスは止まらない。攻撃手段も治癒力も捨てた状態で、無謀にも思える突撃を止めようとする気配は一切感じられない。そのまま二十メートル、十メートルとあっという間に距離を縮め、そして…

 

「きひひっ、きひゃははははははは死ねよオラァ!!」

 

 正面に立って居た一体を、盾にしていた残骸で思いっきり殴りつけ、勢いよく吹き飛ばした。殴り飛ばされたドローンが壁に叩き付けられると同時に、戦斧を構えた残りのドローンが、セイス目掛けて一斉に斬りかかる。

 

『近接兵装を展開』

『これより殲滅をガiジDぅ…!?』

 

 しかし、刃がセイスの身体に届くことは無かった。セイスとの間合いが二メートルを切った瞬間、ドローン達は一度ビクンと身体を震わせたかと思うと、戦斧を振り上げた体勢のまま動きを止めてしまったのだ。その様子を見やったセイスは嘲笑を浮かべ、手を軽く振るう。すると、突如ドローンが身体をガクガクと激しく震わせ、全身から火花を散らし始めた。その様子はまるで、人が耐えがたい激痛に苦しみもがいている姿のようで、鳴り続けるエラー音は悲鳴のようだった。

 

「終われ」

 

 そして彼のその呟きと共に、ドローンの身体が内側から弾け飛んだ。ドローンが立って居た場所に残っていたのは彼らの残骸と、セイスの血で作られた赤い水溜りだけだった。

 

「ひひっ、人間にやったら、さぞかし面白いことになっていたろうなぁあはははははは…!!」

 

 飛び散ったドローンの残骸を蹴りつけ、高笑いを上げるセイス。その蹴りつけた足が、ピチャンと音を立てながら血溜まりに触れた瞬間、セイスの血はまるで蛇のように彼の足へと絡みつき、そのままスルスルと身体を登っていく。やがてセイスの腕に纏わりつき、腕に小さな切り傷をつけたかと思うと、そこから彼の身体の中へと戻って行った。

 一度セイスから離れ、制御からも離れたB6だが気化しない限り中のナノマシンは死なず、制御可能範囲に近寄れば再び操る事ができる。そして、その血を浴びた状態でセイスに近付いた結果、ドローンは付着した血液に関節や接合部分から内部に侵入され、全身を内側からズタズタにされる結果になってしまったと言う訳だ。クリア・パッションみたいに水蒸気爆発は起こせないが、内部で勢いよく弾けさせればそれなりの威力になる。IS相手だと心許ないが、この程度の相手なら充分だろう。

 

「ははははは、あははははは!!……お前らも、そう思うだろう…?」

 

 ギョロリと彼が目を向けた先には、先程盾にしたドローンで殴り飛ばされたドローン。倉庫の壁に叩き付けられ、そのまま床に落ちて動かなくなっていたが、メインカメラを搭載している頭部はしっかりとセイスに向けられていた。おそらく、このドローン達を差し向けた奴ら…黒犬隊の連中はこの倉庫から既に離れ、今もどこかでセイスの事をモニター越しに観察し続けているのだろう。

 

「次はお前らで遊んでやるよ、じっくり、ゆっくり、徹底的に、俺が飽きるまで、楽しく…」

 

 一歩、また一歩と足を進め、倒れ伏すドローンの元へ。彼の歩みを阻む者は何も居らず、数秒で傍らへ。そしてドローンの頭部を鷲掴みにして引っ張り上げ、覗き込むように顔へ近づけて…

 

「死ぬまで玩具にしてやるから、俺が行くまで待ってろ」

 

 狂気の笑みを浮かべると同時に、ドローンの頭部を粉々に握り潰した。笑いながら潰したドローンの頭を投げ捨て、宣言通り黒犬隊が居る場所へと向かおうと踵を返したセイス。そんな彼を止めたのは、常備していた通信端末から鳴り響くコール音だった。

 

「どうかしましたか、姉御?」

『予定変更よセイス、一度こっちに戻ってちょうだい』

 

 通信は予想通りスコールからのもの、しかし内容はセイスにとって意外なものだった。

 

「まだ黒犬共と取り込み中な上に、アメリカの奴らが残っているんですが?」

『もう充分よ。この短時間であれだけの数を始末できたこと自体、私としては期待以上の結果だわ。残りはアイゼンにでも任せるから、あなたは一度こっちに戻ってきなさい』

 

 確かに彼女の言う通り、セイスの仕事の速さは尋常では無かった。それこそISでも使わないと実現できない戦果を既に上げており、このまま続ければ日暮れまでに近辺の敵勢力は根絶やしに出来たことだろう。とは言えスコールとしては、今はまだそこまでする必要性を感じておらず、むしろ有事の際に備えてセイスを手元に置いておきたいのが本音だった。しかし…

 

「そんなつまらないこと、言わないで下さいよッ!!」

 

 対する返答は、狂笑混じりの拒否。

 

「どういう訳か腰抜けばかりで、勝てないと悟った途端にどいつもこいつも尻尾巻いて逃げて行きやがる。お蔭で、折角この力を手に入れたっていうのに一人も殺せてないんです、一回も殺せてないんです、一度も殺せてないんです、一本も腕を捥ぎ取ってないんです、一個も目玉をくり抜いてないんです、首を絞めてもないし握り潰してもないし磨り潰しても無いし溺れさせても毒殺もできてない嗚呼でも四肢を斬りおとすくらいはしたかもしれないし骨を幾つか折ったような気はするなでも腹の中に爆弾仕込むのは忘れたおまけに犬の餌にしてやるのも忘れた忘れた忘れたまだだまだ満足できない殺さないともっと殺さないと俺がやられたことは全部全部やり返さないと奴らを同じ目に遭わせないともしかしたら奴らがマドカを傷つけるかもしれない奴らにマドカが同じ目に遭わせられるかもしれないそんなの絶対駄目だ許さない許さないだったら先に思い知らすんだ奴らに地獄の苦しみを教えてやるんだそうすれば誰もマドカを傷つけられない筈だきっとそうだだから殺さないと殺さないと奴らを殺さないと…」

 

 マドカ絡みのことを除けば、常に忠実に指示に従い続けた、今までの従順さからは想像できないセイスの変貌ぶりに、通信機越しからも息を呑む音が聴こえた。だが、その事に気付かず…いや、最早認識することもできないセイスは狂った笑顔のまま、まるで呪詛のように延々と、怨嗟の言葉を吐き出し続ける。

 

「殺さないと殺さないと殺さないと殺さないと皆みんなみんな殺さないとだからまずは手始めにアイツらを殺さないと…」

『セイス』

 

 段々と呼吸は荒くなり、目の焦点も合わなくなってきた。理性の消えかけた薬物患者のようにブツブツと呟くセイスはやがて、無意識の内に再びナノマシンを起動させていた。彼の両腕を自ら突き破り溢れだした大量の血液は、世界を呪わんとする怨念にして、獲物を求め鎌首をもたげる蛇のよう。その赤い大蛇を携え、セイスは逃げた黒犬達を追いかけようと一歩踏み出し…

 

 

『マドカが待ってるわよ』

 

 

 スコールのその一言で、完全に動きを止めた…

 

「マドカが…待って、いる…」

『えぇ、あなたの帰りを今か今かと、首を長くして待っているわ。だから、大人しく戻って来なさい』

 

 マドカが待っている…たったその一言で、スコールの命令に真っ向から逆らおうとしたセイスは、その動きを止めた。起動したナノマシン入りの血液も、セイスのその様子に合わせる様に動きを止めた後、ゆっくりとした動きで彼の身体の中へと戻って行く。やがて全ての血が体内に収納された頃には、彼の狂気は完全に鳴りを潜め、呼吸も安定し、目にも理性の光が宿っていた。まるで先程の様子が嘘だったかのように、すっかりいつも通りの彼に戻っていた。そして…

 

「はい、分かりました。今すぐに戻ります、姉御」

 

 そう返事をするや否や踵を返し、まっすぐにスコールのアジトへと向かって行った。その足取りは、マドカに見送られてアジトを出発した時と同様、とても軽い物だった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「あの二人は互いが互いの枷になる…確か、貴方の言葉だったわよね?」

 

 セイスが帰路に着いたことをホテルの一室で確認したスコールは、一人ほくそ笑んでいた。しかも、余程機嫌が良いのか、こうしている今もオータムやレインから状況を知らせる報告が届いているにも関わらず、滅多に出さないお気に入りのワインまで空けて一人祝杯ムードに浸っていた。

 

「彼に例の新型を渡さなかったあたり、流石の貴方もこの結果は予想してなかったのでしょう? ねぇ、フォレスト…」

 

 技術部が新たに開発した、セイス専用新型ナノマシン『B6』。自身の息の掛かった研究員から受け取った際、しつこいぐらいに危険性を聞かされたが、確かに彼が危惧するだけのことはあった。実際、セイスのあの豹変っぷりは想像以上で、少しでも気を抜けば間違いなく凄惨な結果を迎える羽目になりそうだ。それが分かっていたからこそ、この新型が開発されてから暫く経っていたにも関わらず、フォレストはセイスに渡そうとしなかったのだろう。

 だが、スコールは確信していた。借り者とはいえ、曲がりなりにも自分の部下として扱ってきたのだ。その間に彼が心に抱えている闇も、抱いている想いも全て理解できたし、何よりあの問題児がセイスにとってどれだけ大きな存在なのか、それを知ることが出来た。故に例え彼が狂気に呑まれ暴走したとしても、彼女の…織斑マドカの存在が、彼の理性を繋ぎとめるとスコールは確信していた。そして今、その考えは間違っていなかったことが証明された。

 

「賭けは私の勝ち。あの子は、ありがたく私が貰ってあげるわ。ついでに、他の子たちも皆…」

 

 マドカが自身の手元に居る限り、セイスはこちらから離れる事ができない。逆にセイスがこちらを離れられない限り、マドカは自分の元で、自分に従い続けるしかない。片や他所から…それもライバル視している人間からの借り物、片やいつまで経っても反抗的な態度が直らない問題児だが、その実力は折り紙つきだ。今後の自分の計画にも、大いに役立ってくれることだろう。それに…

 

「私、愛に狂う子って、結構好きなの」

 

 血の様に赤いワインで満たされたグラス、それを掲げたスコールは、そっと笑みを深くした…

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「おぉ怖い、さっさとずらかって正解だったぜ…」

 

 一方その頃、セイスから逃れた黒犬隊の面々は、本物の拠点である改造大型トレーラーを走らせ、ダミーの倉庫からどんどん遠ざかる最中だった。

 

「しかし、まさかIS無しで全滅させられるとは。侮っていたつもりは無かったんだが、やっぱ奴らに対する認識を改めざるを得ないか…」

 

 向こうの戦力を調査するつもりで用意したドローンだったが、護衛用の予備を残してあの少年に全て壊されてしまった。ただでさえ敵はISを保有していると言うのに、IS以外にもあんなものは存在するとあっては、こちらとしても頭が痛い。と言うかISも含め、アレは最早テロリストが持って良い戦力の大きさでは無いだろう。

 

「兵器開発部の新作が駄作だっただけでは?」

「じゃあ今すぐ後のそいつとサシで勝負してみろ」

 

 そう言って指を向けた先に居るのは、待機状態で佇むドローン。

 このドローンにしたってあの少年には簡単に破壊されていたが、並の機銃ではビクともしない装甲、大抵のものなら切断できる電熱式戦斧、武装ヘリさえ墜とせるガトリング砲と、生身の人間では到底太刀打ちできない装備で身を固めている。あの少年がおかしいのであって、決してドローンが弱い訳では無いのだ。少なくとも、軽口を叩いた部下が顔色を悪くする程度には。

 

「……無理です…」

「なら口を閉じてろ、さっさと本部にデータ送れバカ」

「了解…ッ!?」

 

 と、その時だった。突如なんの前触れも無く、凄まじい衝撃と共にトレーラーが揺れた。そして間髪入れず鳴り響く、無数の銃声。

 

「敵襲!!」

「応戦しろ、ドローンも全て起動させろ!!」

 

 黒犬隊の長の指示の元、隊員達は武器を手に外へ飛び出し、続くように起動した二体のドローンが出撃していった。しかし、その僅か数秒後に爆発音。慌てて外の様子を窺う隊長の目に飛び込んできたのは、二体のドローンの内の片方、その残骸だった…

 

「嘘だろ!?」

 

 更に周囲に目を向けると、必死に抵抗を試みるも次々と撃たれ、倒れていく部下達。そして、ガトリングを乱射する生き残ったドローンが、”全ての間接を撃ち抜かれ”、機能停止に追いやられる瞬間だった。 

 

(この様子、亡国機業じゃない…まさか!?)

 

 驚愕する間も鉛の嵐は四方八方から降り注ぎ、生き残っていた部下達もどんどん死んでいく。ドイツが誇る黒犬隊の面々が、まるでゴミの様に蹴散らされていく。黒犬の隊長は、この悪夢のような光景を生み出せる集団を二つ知っていた。一つは亡国機業、そしてもう一つは…

 

「クソッたれめ、薄汚い傭兵風情どもか…!!」

「あまり吠えるなよ、駄犬」

 

 声と気配に気づいて振り向くと同時に、至近距離で放たれた銃弾が眉間を撃ち抜く。襲撃者達が身に纏う戦闘服に刻まれた禿鷹のエンブレム、それが黒犬隊の長が最後に目にしたものだった。

 そして、その一発の銃声が戦闘終了の合図となった。黒犬隊とドローンは既に全滅し、立って居るのは禿鷹のエンブレムを掲げる襲撃者達。やがて、いつの間にか持ち主の消えた黒犬隊のトレーラーへと足を踏み入れ、中を物色していた襲撃者の一人が、黒犬隊の隊員が直前まで使っていたノートパソコンを手に持って出てきた。そのまま彼はパソコンを持ったまま、トレーラーから離れた場所で事の成り行きを眺めていた、一人の人物の元へと歩み寄って行った。

 

「欲しかったのは、コレで良いのか?」

「えぇ、そうよ。それにしても流石は『オコーネル社』ね、高い料金を払った甲斐があったわ、うちの国の役立たず共とは大違いよ」

「そいつはどうも」

 

 その人物は、アメリカ人の女だった。年齢は30代から40代、髪の色は金、足腰が弱っているのか杖で身体を支えており、そしてどこかの研究員を思わせる白衣を身に纏っている。

 男が黒犬隊のトレーラーから持ち出してきたパソコン…先程のドローンとセイスの戦闘記録が残されているであろうそれを受け取った彼女は、まるで我が子をあやす様に、そして愛おしそうにそっと抱きしめた。 

「嗚呼、もうすぐよ、もうすぐで会える。ざっと十年振りかしら、あなたと顔を合わせるのは…」

 

 パソコンを子供の様に抱きしめ、優しく撫でながら囁く彼女の瞳から、理性の色は既に失われていた。

 

「あなたは私のこと、まだ覚えてくれているのかしら。私は一度たりとも忘れたことは無いわ、だってあの日から、あなたの事を夢で見なかった日は一度も無かったもの」

 

 ついに一線を越え、様々なものに手を出した。もう、祖国に帰ることは出来ないだろう。

 だが、それがどうした。あの違法研究所の件で政府から様々な貸しを作り、経済的な支援、病魔に侵された自身の治療など様々な面で便宜を図って貰ったが、そんなもの何の意味も無かった。挙句の果てに、自分が最も望んだものを要求した時は、CIAとIS…それも国家代表を動員したにも関わらず失敗する始末。もう故郷には、あの国には何も期待しない。自身が用意できるものを全てを使って、自らの手で望みを叶えてみせよう。

 

「何度も、何度も何度も、あの日の出来事が夢に出てきたわ。そして夢の中であなたは、あの時と全く同じ表情を私に向けながら悲しげに、憎しみを込めて、泣きながら、今にも消え入りそうな声で呟くの、『先生』って。けど、それもあと少しで終わり…」

 

 その為にも、まずは彼の近況を知っておくべきだろう。最後に様子を聞かされた時の彼は、既にISと殴り合えるような存在へと成長していた。きっと、今はもっと凄いことになっていることだろう。幸い、ついさっきまでの彼を記録したデータが手に入った。本人に会う前に、しっかりとチェックしておくとしよう。

 

「私、もう疲れたの、この地で互いの全てに決着をつけましょう」

 

 

 全ては、あの悪夢から解放される為に…

 

 

「ねぇ、アルクス……いえ、AL‐No.6…」

 

 




○抑えつけていた殺害衝動と、マドカに依存している部分がグチャグチャに混ざり合っている状態です
○でもやっぱりマドカ第一主義なんで、彼女の事をチラつかせばアッサリと戻ってこれます……今のところは…
○森の旦那が死んだと思ってる姉御、調子に乗って他のフォレスト一派貸出組を取り込もうと画策中
○黒犬隊全滅、禿鷹…もとい、随分と前に名前だけ出てたオコーネル社参戦
○そして依頼主は、お察しの通りセイスの…
○因みに、AL・SIX→ALSIX→アルシックス→アレックス→アルクス

次回は外伝で弾&虚のデートを書きたいと思います。このまま本編書き続けると、精神的にちょっとキツイから休憩させて…;

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