「お客さーん、鴨川に着きましたよ」
「おう、ありがとさん」
「鴨川か、確かカップル川とか呼ばれてるんだったか?」
「五反田君、いつか布仏さんと一緒に来れるように頑張れよ」
「ちょ、さっきも訊こうと思ったけど二人とも、何で虚さんとのこと知ってんの!?」
「「機業秘密」」
「クッ、息ピッタリだよこの二人。流石はうちの店の常連随一のバカップル…」
「「え、別に付き合ってないんだけど…」」
「いや、絶対に嘘でしょ!?」
◇◆◇
「これが金閣寺か…成程、確かにゴールデンだ」
「そのせいかもしれんが、見てるとスコールの顔が浮かんできて無性に腹が立つ」
「だからってIS装備を向けるんじゃない」
◇◆◇
「で、これが銀閣寺か……なんというか、アレだな…」
「金閣寺と比べると、地味だな」
「言わないで、俺も思ったけど言わないで」
「でも、金閣寺より私はこっちの方が好きだ」
「姉御の面影無いから?」
「うん」
◇◆◇
「ついに来たぜ、清水寺ぁ!!」
「ほう、良い景色だな。そう言えばセヴァス、前からやたら清水の舞台に行きたいとか言ってたが、なんでだ?」
「そこから飛び降りて生きてたれたら、願い事が叶うって言い伝えがあるんだよ」
「おい、まさかと思うが…」
「大丈夫だ、高度一万メートルから落とされても生きてられたから、俺」
「バカか、私が言うのもアレだがバカかお前!?」
「なーに心配はいらない、良くあるだろ? 自撮に夢中で、バランス崩して高いところから落ちるなんて話は。そんな感じに装えば行ける…」
「な訳無いだろがぁ!!」
◇◆◇
「ははは、悪い、からかい過ぎた。冗談だよ、冗談」
「お前が言うと冗談に聴こえないんだよ、まったく…」
マドカにジト目で睨まれながらも、日頃の意趣返しと言わんばかりにケラケラと笑うセイス。人が少なかったら本気で飛び降りてみようとか考えていたのは黙っておいて、取り敢えず普通に清水の舞台の眺めを堪能していた。ついでに持参したカメラで風景を何枚か写真に収め、オランジュ達の土産に加えておく。
「それで、次はどこに行く?」
「確か、この近くに行きたかった和菓子屋があった筈」
「着物貸してくれるとか言ってた奴か?」
「そうそう、それ。えーと場所は…」
次の目的地の場所を確かめるべく地図を取り出した、その時だった。二人にとって聞き慣れた、それでいてこのような場所には相応しくないパァンと言う炸裂音が鳴り響く。
「オラァ、動くんじゃねぇ!!」
「全員両手を上げて跪きやがれ!!」
「逆らった奴は皆殺しにするぞコラァ!!」
清水の舞台の中央、大勢の観光客に混じっていつの間にか、三人の覆面男が銃を構えて怒鳴り散らしていた。突然の出来事に、清水の舞台は一瞬にして混沌に包まれた。先程の発砲音を耳にして腰を抜かした者、その場から慌てて逃げ出す者、パニックを引き起こしてひたすら叫ぶ者、そう言った一般人達を相手に男達は容赦なく銃口を突きつけ、逃がすまいと床に引き倒す。
「へへ、あの化物メイドと執事のせいで豚箱にぶち込まれること数か月、獄中生活は勿論のこと、脱獄してからも長かったぜ…」
「警察の目を掻い潜り、またあの二人と遭遇しない様に遠く離れた地へと足を運び、武器の調達と計画を練る為に時間を掛け、やっと今日を迎えられた」
「本当に長かったすね、兄貴!!」
「だからこそ、もう抜かるんじゃねぇぞ!! 普段より中身多めにしているであろう観光客共の財布を、一個残らず回収しちまえ!!」
「「うっす!!」」
前回の銀行強盗で失敗し、逃げ込んだ先のカフェで丸腰のガキにのされ、刑務所に入れられても、脱獄してからも、三人は全く懲りていなかった。それどころか、次こそは成功させてやると言う意地と、機会に恵まれ次第、あの時の金銀のガキに復讐してやるとさえ誓っていた。しかし、二兎を追う者は一兔も得ずだ。一先ず今回は、今後の為にも軍資金金稼ぎに集中するとしよう。
リーダー格の男は清水の舞台中央、その手すりに陣取り、カモが変な気を起こさない様に周囲を見張る。その間に子分二人が逃げ遅れて動けなくなった観光客達に拳銃片手に近寄り、金目の物を奪い取る算段だ。
「そこのガキ、財布出しな」
「っチ、女連れかよ。羨まし…じゃなくて、生意気な野郎だ」
まずは一人目、いや一組目。逃げ遅れた観光客達が脅されて床に跪く中、現実逃避でもしてるのか清水の舞台の端っこで立ったまま此方に背を向け、二人で身を寄せ合っている。だから真っ先に目についた訳なのだが、銃を向けながら近付いてみると…
「あった、ここだ」
「中途半端な距離だな、また人力車でも拾うか」
「そんなタクシー拾うみたいな言い方するな。それに、向かう途中にも幾つか面白そうな場所があるぞ」
「マジか、どれどれ…」
現実から逃避するどころか、現状を認識すらしていなかった…
「おい、聞いてるのかテメェ!!」
「こんな状況でデートコースの相談とか舐めてるのかこの野郎!?」
とんでもなく図太い神経しているのか、それとも単に馬鹿なのか。おそらく後者だろうと判断し、苛立ちと、少しばかりの妬ましさを含めてバカップル相手に怒鳴り散らす二人。
「おい、面白そうな場所って言うが、近くにあるの和菓子屋ばっかじゃねぇか」
「と、思うだろ? ちょっと小耳に挟んだんだが、着物を貸してくれる和菓子屋の近くに、燕尾服を貸してくれるとこがあるらしいんだ」
「待てコラ、もしかしてお前…」
「復活のセヴァスチャン」
「却下だバカ野郎」
しかし、バカップル二人は…セイスとマドカは強盗二人の怒声にも、向けられる銃口に一瞥もくれることなく、現在進行形で繰り広げられる全てをガン無視してくっちゃべってるだけ。そして、強盗二人の頭の中で、何かがブチッとキレた。
「そこのテメェら、いい加減にしないとマジでブッ殺しッ」
―――ズガンッ!!
そんな音と共に男二人は、比喩でも何でもなく宙を舞った。化物染みた腕力を持ってして放たれたダブルアッパーは、まるで物理的に首が飛んだかのような錯覚を与えると共に、一瞬にして二人の意識を刈り取ってみせた。
「んな、テメェ!?」
リーダー格の男が、血相を変えながら銃をセイスに向ける。しかし男にとっての死角、セイスの背後から彼自身を踏み台にしてマドカが宙へと跳躍。男は慌てて銃口を彼女へと向け直し、間髪入れずに響く一発の銃声。
「ぐあぁ!?」
しかし、弾丸を吐き出した銃は男のものにあらず。殴り倒された拍子に持ち主の手から放れ、宙を舞っていた拳銃を掴み取ったセイスが、男の持っていた銃を撃ち抜いたのだ。銃を弾き飛ばされ、男が呆然としている間に、マドカは宙で身体を丸めながらクルリと一回転。迫る気配に男がハッとして再び上を見上げたのと、前転で勢いのついたマドカの踵落しが男の顔面に叩き込まれたのは、ほぼ同時だった。
―――グシャッ
踵落しの反動を利用しながら綺麗に着地したマドカと対照的に、男は嫌な音を出した後、前のめりに崩れ落ちた。意識は辛うじて残っているが、最早まともに動くことは不可能だろう。
「糞がっ、どいつもこいつも、どうして邪魔ばっかりしやがるんだ…!!」
セイスとマドカに、夏に自分達の邪魔をした銀髪メイドと金髪執事を幻視して、忌々しそうに、そして吐き捨てるように呻いた男は、震える手で何かの装置を取り出す。それはまるで、爆弾の起爆スイッチのようで…
「今度こそ、道連れにぃッ…!!」
如何にもな装置のスイッチを、男は躊躇なく押した。指先からカチリと、小気味良い音が鳴る。男の思わせ振りな言葉に襲われていた観光客達は息を呑み、反射的にその場に伏せた。再び、カチリとスイッチ音。人々はビクリと身体を震わせた。三度、カチリとスイッチ音。アレ?と思い始めた何人かが、伏せていた顔を上げた。カチリ、カチリ、カチカチカチカチカチと、まるで焦る様に連打される、起爆スイッチ。
「な、なんで?」
「おいド素人、探し物はコレか?」
頭上から若い女の声が降ってくると同時に、うつ伏せ状態のままだった男の目の前に、何かがドサリと投げ捨てられた。すっかりバラバラに解体されていたが何やら見覚えのあるそれを見た途端、男は顔を青くしながら慌てて自身の身体を探ってみる。そして自身の身体に巻き付けておいた爆弾が無くなっていることに気付き、爆弾の他に誰かの足が二人分、目の前にあることにも気付いたところで、恐る恐る声が降ってきた方へと視線を向けた。
「悪りぃな、ウチの連れ少しばかり手癖が悪いんだわ。あぁ、それと…」
男の視線の先には、いつの間にか床に転がる自分の近寄り、冷たい目で見下ろす、自分の弟分達を殴り倒した男と、自分を蹴り潰した女の姿。思わず顔を引き攣らせたのと同時に、二人は互いに左足と右足を振り上げ…
「「邪魔だ、消えろ」」
人に蹴られる蹴鞠の気持ちが分かった気がすると、逮捕後に男は語った。
◇◆◇◆◇
「やれやれ、今日は面倒なことばっかり起きるな」
どっかで見たことのある気がする強盗トリオをぶちのめし、隙を見て現場から逃げ出した俺達は、幾つかの店に寄り道しながら、例の着物を貸してくれると言う和菓子屋に辿り着いた。早速マドカは和服を借りに店内の奥へ。その間、マドカを抱えて清水の舞台飛び降り逃走からの全力疾走は流石の俺も疲れたので、店の外でベンチに座りながら休ませて貰う事にした。
ただし、執事服で。
「しかし、またコレを着せられるとは…」
結局さっき言っていた執事服を貸してくれる店に立ち寄り、拝み倒されて渋々ながら着る羽目になった。執事服そのものは別に嫌いでは無いが、姉御の着せ替え人形と化した幼い時の苦い思い出が甦り、そもそもこんな場違いにも程がある場所で身に着けるようなものでは無い。実際、道行く人々の視線が痛い。通り過ぎる間ずっとこっち見てるし、一部の女性に至っては立ち止まってガン見してきたくらいだ。とは言え店内の方が人が密集しており、尚且つ逃げ場が無いので結局ここで座ってる方がマシなんだろう。あー、早く戻って来ないかなマドカの奴…
「待たせた」
と思ってたら、丁度戻ってきた。視線を向けると、そこには文字通りの着物美人。深紅の生地に、桜の花びら模した桃色と、木の葉を模した若草色の模様で装飾された、綺麗な着物。折角だからと髪を本来の黒色に戻し、眼鏡も外したみたいだが、それがまた着物との相性を際立たせていた。独特な雰囲気と言うか、一種の色気さえ感じたくらいだ。まぁ何だ、まどろっこしい表現抜きにして一言で表現するならば…
「ほはー、やっぱり凄ぇ似合ってんな」
「お、そうか?」
「うん、お世辞抜きで似合ってる。やっぱお前って、一応美人さんなんだな」
「一応ってなんだ、一応って。だがまぁ悪い気はしない、ありがとう」
日頃のアレで色々と残念な印象しか無いが、やっぱりコイツの容姿ってトップクラスなんだろう。本性を知らずに言い寄ってくる奴は後を絶たないし、現に今も足を止めてこっちに視線を向ける輩が男女問わずに倍に増えた。いや、そもそも店の前に執事と着物美人が居たら普通に目立つか…
「しかしアレだな、この組み合わせって、なんだか明治頃の貴族…こっちだと華族って言うんだったか、それみたいだな」
「貴族ねぇ……お探しの品は見つかりましたか、お嬢様?」
「えぇ、とても素晴らしかったわ。後で貴方にも分けてあげる、セヴァスちゃん」
「お嬢様、ちょっとニュアンスに違和感があるのですが…」
「気のせいよ、セヴァスちゃん」
「その呼び方やめい」
「じゃあ、セヴァス」
「嗚呼、そうやって今の呼び方が生まれたんだっけか、そう言やぁ…」
「我ながら非常に安直なネーミングだったと思う。しかも、最初は嫌がらせのつもりで呼び続けていたからな。だが、後悔はしていない」
「なんて清々しいまでのドヤ顔」
なんて馬鹿なやり取りをしながら互いに笑いつつ、さて次はどうしようかと時計を見る。そろそろ姉御の居るホテルに戻る時間も考慮しないといけないので、行くとしたら次の場所で最後になるだろう。さて、どうしたもんか…
「へーいそこの綺麗な彼女、俺達と遊ばない?」
「そんなダサいコスプレ野郎なんて放っておいてさ、一緒に京都廻りしようよ!!」
「俺達って結構リッチだからさ、お金の心配はいらないからさ、ってぐぉわああぁぁぁぁ!?」
「こ、この女、一切躊躇なく男の象徴を蹴り上げやがった…!!」
「こっちが下手に出てれば調子に乗りやがって、やっちまえ!!」
取り敢えず、目の前のクソ共を血祭りにしてから考えるとしよう…
〇強盗犯トリオは、原作4巻でラウラとシャルに撃退された奴らです
〇セヴァスと言う呼び名が生れた経緯は、二人の会話の通り。姉御に色々な衣装を着せられ、執事服を身につけた時にマドカが居合わせてしまい、その事をからかう為にセヴァスチャン→セヴァスちゃん→セヴァスと変化して今に至る。
二人の京都珍道中、あともうちょっとだけ続きます。