IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

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お待たせしました、短いですが続きの更新です。


大運動会暗躍

 先日、恐ろしい夢を見た。気分転換も兼ねて学園の敷地を散歩をしていたら、突如緊急事態を告げる警報が鳴り響いたのである。何が起きているのかサッパリ分からなかったが、春頃に経験した学園襲撃を思い出させるような嫌な予感を感じ、ひとまずその場から走り出した。そして校則に従い避難するべく、一番近かった学生寮へと駆け込もうとした矢先、そこには既に大勢の先客の姿があった。明らかに学園の人間とは違う黒装束、全員がその手に武器を持っており、そんな奴らが十人以上もの人数で音も無く、一斉に近くの物陰や植え込みに姿を隠し始めたのである。正体は判らないが、危険な集団であることは瞬時に理解できた自分は、咄嗟に近くにあった植え込みの草むらに身を隠しかなかった。

 そして息を殺し、耳を澄ませながら様子を伺う。すると暫くして、誰かが何かを言い合うような声が僅かに聴こえてきた。距離があるせいで詳しい内容は殆ど分からなかったが、幸か不幸か、何故かこの言葉だけはしっかりと耳に届いてしまった。

 

『……万が一ということもあるだろう。無論その時は遺憾だが…大変遺憾だが、口封じするしかないがね?』

 

 その後も声の主は誰かと口論していたようだが、そこから先は何も頭に入って来なかった。

 自分は特別頭が良い訳でも無ければ、鋭い勘を持っている訳でも無い。あの集団の正体も、目的も何も分からない。けれど、そんな自分でも、この状況で彼らが口封じをしようとする対象が誰なのかは察することが出来てしまった。

 

(見つかったら殺されるッ!!)

 

 悲鳴を漏らしそうになった口を両手で塞ぎ、恐怖で震える身体を抑えつけるのに必死になった。今までで一番強く感じた命の危機に、思わずその場から逃げ出したくなったが、僅かに残った理性が辛うじてそれを止めた。一般生徒に過ぎない自分が全力で走ったところで、武器を持った男達から逃げ切れる訳がない。だから、このまま隠れ続けるしかないのだろう。

 しかし時間が経つにつれ、冷や汗が滝の様に流れ呼吸も荒くなり、心臓の鼓動は激しくなるばかり。段々と大きくなる恐怖により、徐々に正気を失いかけていった。そして遂に限界を迎え、気が狂ったかのような叫びを上げそうになった時だった…

 

 

―――目の前の集団よりも更に黒い影が一つ、音も無く舞い降りた…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あ、やっと見つけた…」

 

 昼休憩の時間も残り僅か、谷本癒子は一人で教室に居た。次に予定されている競技の『コスプレ生着替え走』、それに参加予定であるシャルロットの手伝いをすることになっているのだが、教室に予備の水筒を忘れてきたことを思い出し、こうして取りに戻ってきたのである。岸原も似たような用事があったので先程まで一緒だったのだが、思いのほか水筒を探すのに時間が掛かりそうだったので先にグラウンドへ行ってもらったので、今は一人だ。

 

「やっぱ運動会とかって、すぐに飲み物無くなるよね~」

 

 一人呟き、ふと視線を周囲に向ける。自分の他に誰も居ない教室での独り言に返事が返ってくる筈も無く、生徒の殆どが居るグラウンドはここからそれなりに距離があり、窓から入ってくる風の音しか聴こえてこない。騒がしいことが当たり前の場所が、こうも静かであると、何とも言えない不思議な気分になる。

 しかし同時に、いっそ不気味なまでのこの静寂は、あの時の夢を否が応でも思い出させる…

 

「……早く戻ろ…」

 

 あの妙に生々しい夢を見てからと言うもの、静かな場所で一人にいる事が怖くなってしまった。更に夢と同じ場所に足を運んだ時に至っては、恐怖で発作でも起こしたかのような状態になる始末だ。さっきは岸原に心配を掛けないように大丈夫とは言ったが、正直言うと全く大丈夫じゃ無い。

 

「本当に、たかが悪い夢を見たぐらいで、どうしてこんな…」

 

 学園に鳴り響く警報、危険な雰囲気を漂わす武装集団、明確に感じた殺意の言葉、そんな奴らに見つかるかもしれない恐怖と、恐ろしく身近に感じた死の気配…

 

―――そして、それら全てを血の海に沈めた、もう一人の黒装束の男…

 

 銀閃を走らせ、赤い血霧を生み出す黒い疾風は、飛び交う無数の怒号と銃弾をものともせず、男達を次々と血祭りに上げていった。あまりに恐ろしい光景を前に、先程とは比較にならない恐怖に駆られた自分は、これ以上見てられないとばかりに目を固く閉じ、銃声と悲鳴に耐えられず耳を塞いだ。それでも、目の前に広がる真っ赤な景色は消えない、男達の断末魔は無くならない。恐いと思う全てのモノが、脳裏に焼き付いて離れない。それでも、その場から逃げ出すことは出来ない。その場で蹲って、身体を震わせ続けることしか出来ない。そんな状態が続いて暫く、自分の中で何かが切れ、気付いたら意識を失っていた。

 いや、正しくは『目が覚めた』だろう。次に目を開けた時、自分は外ではなくクラスメイトの皆と一緒に避難場所である学生寮の自室に居た。しかも、椅子に座って爆睡していたらしく、口元には涎の跡があった。どうやら警報が鳴った後、避難先に到着した安心感から反動で眠くなったのだろう。そして、そのまま深い眠りにつき、あの夢を見た。

 

「……そう、あれは夢。現実の筈が無い…」

 

 避難警報が終わった後、真っ先にあの場所へと向かった。けれど、そこに黒装束の姿も無ければ、一滴分の血痕も無かった。クラスメイトに尋ねても、そんな奴らを見たと言う人は誰も居なかったし、非常時に駆り出される専用機持ち達に遠回しに聞いてみた結果、全く知らないそぶりを見せた。

 やっぱり、あれは夢なんだ。あんな光景が、平凡な自分の目の前に広がるなんて有り得ない。怖い人達も、黒い人も、血の海も、全て夢。

 

「早く忘れよ…」

 

 

 そう言って谷本が教室の出口を振り返った直後、彼女は金縛りにでもあったかのように、その場で硬直して言葉を失った…

 

 

「うそ、どうし、て…?」

 

 あの夢を思い出した時のような…否、その時以上に心臓が暴れ狂う。どれだけ呼吸しても、酸素が全く足りない。喉がカラカラなのに、汗は止まる気配が無い。そして何より、震えが止まらない。遂には水筒が手から滑り落ち、思わず後ずさった拍子に倒した椅子と机が、ほぼ無人の教室にやけに大きく音を響かせた。

 それでも谷本は、視線を外す事だけは出来なかった。彼女の視線の先には、一人の人物が音も無く立っていた。黒いニット帽に黒いロングコートのような服装、口元を白いマフラーで隠したそいつは間違いない…

 

―――黒装束の集団を一人で皆殺しにした、あの男だった…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「こんなもんか」

「お、結構上手くなったじゃん、代筆」

「……これ、代筆って言って良いのか…?」

 

 昼休憩も残り僅かとなった今、学園の片隅でバンビーノとセイスの二人は、二枚の手紙をせっせと書き上げていた。その内の一枚には『体調が悪くなったから、代わりに競技に出て欲しい』と、もう一枚には『大役過ぎて私には務まりません、ゴメンナサイ』と言った感じの内容が、谷本癒子の名義と筆跡で書かれている。無論、コレを書いたのは谷本自身ではなく、この二人だ。裏工作が日常茶飯事のフォレスト一派、それも現場組に所属する二人にとって、誰かの筆跡を真似て手紙を書くなんてことは朝飯前なのである。

 

「それにしても、面倒なことになったな…」 

 

 結論から言うと、件の時間帯の記録映像に谷本癒子の姿は確認できなかった。付近の物陰や植え込みなど、身を隠せそうな場所は徹底的に調べたが、彼女がそこに居たと言う痕跡は見つからなかった。設置したカメラには僅かに死角が存在するが、だとしても素人の学生如きにやり過ごせるようなレベルでは無い。

 

 だと言うのに、あの時間帯限定で、谷本癒子の姿が学園に設置した全てのカメラのどれにも映っていないというのは、一体どういう事なのだろうか?

 

 結局、全員昼飯を抜いてまで記録映像を片っ端から調べたにも関わらず、谷本の姿をどこにも確認する事が出来なかった。あの時、あの場所に谷本が居なかったという確証が得られず、当時の現場を見た時に見せた反応と、零した呟き。最早、彼女を疑うべき要素しか残っていない。

 故に今、全てをハッキリさせるべく、アイゼンが谷本の元へと向かった。場合によってはそれなりに時間が掛かり、すぐに谷本を解放できない可能性がある為、セイスとバンビーノは偽の谷本の手紙を書き上げ、それを岸原とシャルロットの元に忍ばせて時間稼ぎを試みる。

 

『今、アイゼンから連絡があった。反応から察するに、やっぱり見られた可能性が高いようだ…』

 

 そしてオランジュは、隠し部屋でアイゼン達のサポートを行っている。その彼からの報告に、セイスとバンビーノは頭が痛くなるような思いがした。

 モニター役のオランジュも、その場に居たアイゼンも谷本の存在に気付けなかったというのは、それはそれで異常な出来事だが、この際それはどうでも良い。セイスもバンビーノも、この生活で似たような事態を何度も経験しており、その度に尻拭いを仲間にして貰った。二人が現在、最も懸念していることは、ただ一つ…

 

「やっぱり、今回も…」

「あぁ、多分…」

 

 

―――消すことになるんだろうな…

 

 

 




○谷本さんがカメラに映らなかったのは、幽霊ボーイが関わってます
○そして今更ながら、実はあのホラーコンビの力も完全に万能という訳では無かったり…

今日を逃したら当分書く暇ないし、そこそこキリが良いので更新したものの、アイ潜でこの区切り方は失敗だったかもしれない……だって、誰も谷本さんの心配してない気がするんですもん…(笑

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