IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

82 / 104
大変長らくお待たせしました、一年と一か月ぶりの本編で御座います。
正直言って久しぶり過ぎて絶不調な気がします、変なとこあったら容赦なく指摘お願いします…;


それぞれの準備期間

「また暇になったな…」

「そうだな…」

 

 前回の襲撃事件から暫く、IS学園ではこれと言った騒ぎは起きておらず、概ね平和だった。精々、いつもの一夏とラヴァーズによる色ボケ騒動が繰り広げられ、その集団に改めて楯無が加わったぐらいしか特筆することが無く、セイス達が本腰入れて動かざるを得ないような事態が発生する事は無かった。唯一懸念されていた同業者達も、束博士との交渉の為にフォレストが来日した際、彼に随伴してきたティーガーが潜伏先に殴り込みを仕掛け、片手間で壊滅させてきたので当分は心配する必要は無さそうだ。学園の機密回収も前回の事件の際に行ってしまったので、当分は不要の筈である。

 しかし、そうなるとセイス達に残された仕事は一夏の監視だけになる訳だが、既に彼らはこの作業に飽き始めていた。潜入当初は監視に加え隠し部屋の整備、機材の設置、情報収集などやることが山積みだったので退屈なんて言ってる暇は無かったが、殆どの仕事環境が整ってしまい、一夏達の行動パターンを大体予想出来るようになってしまった今は違う。一夏が外出するか、命の危機にでも陥らない限り、モニター越しに彼を見つめる以外にやることが無く、日常に全く新鮮味を感じられないのだ。

 

「平和なのは構わないんだが、こうもやることが無いと、それはそれで退屈極まりねぇよな」

「いっそ、また楯無おちょくりに行くか?」

「昨夜に行ったばかりじゃないか」

 

 前回の襲撃事件の際、一夏に助けられたことが決定打になったようで、ついに楯無も彼にホの字になったことが分かった。当初は水着エプロンやら裸ワイシャツやら痴女と呼ばれても否定できない格好で接していた癖に、今ではちょっと一夏と触れ合うだけで赤面したり、ワンサマ・ラヴァーズ特有の嫉妬攻撃も見られようになったりと、思わず彼女が本物なのか疑ってしまう位の変わりようである。現に今もモニターに映る彼女は、屋上でセシリアと和やかなランチタイムを過ごす一夏を目撃してしまい、何とも悲しげな表情を浮かべてその場から逃げるように去って行った。

 因みに彼女のファンクラブ『シールドノッ党』の古参メンバーが彼女の豹変ぶりを機に脱退したり、逆に新規の党員が一気に増えたりと一時期荒れた。しかもその時、何故かファンクラブの連中からセイスに対し、『どうして彼女を止めなかったんだ!?』と言った感じの割と理不尽な苦情が多数寄せられた。心の底から知らんがなと思ったが少しムカついたので、昨晩に八つ当たりを兼ねて楯無の寝室に忍び込み、涎垂らして『一夏君…』と寝言呟きながら眠る楯無の顔に出来立てホカホカの赤飯をスパーキングしてきた。

 

「じゃあ折角だし、更正…もとい成功したと言うセシリアの手料理を少しちょろまかしに…」

「今お前らが食ってるものは何だ?」

 

 言われて全員が手元に目を向ければ、そこにあるのは亡国機業技術部特製の長期保存専門ランチボックス『シンクウ改ニ』に入れられた、程よい酸味とコクが癖になるトマトスープ。俄かには信じられないがこのトマトスープ、IS学園全生徒公認のメシマズ女王ことセシリアが作ったものなのだ。どうやら彼女の専属メイド、チェルシーがついに彼女に味見を覚えさせたようで、色合い重視やら余計なアレンジやらの今までと違い、キチンとレシピ通りに作られたソレは、これまで彼女が生産してきた生ゴミが嘘の様に普通に美味しかった。

 シャルロットの監視の下、共有キッチンでセシリアがスープを作るところをモニター越しに最初から最後まで見ていたのだが、やはり今までの前科があるので彼女が料理を成功させたことがすぐには信じられず、思わず検証と称して鍋に残っていたものを少しばかり頂戴してきてしまった。そして持ってきてから容器を開封し、香りに異臭が無い事と、モニターに映る一夏がセシリアに渡されたそれを口に入れ、美味しいと言ったのを確認した後、正式に4人の昼食となった。不味かったらファンクラブの連中に押し付ける気満々だったが、その必要は無さそうである。

 

「しかしセシリアが料理を成功させた途端、その事が校内放送にまで流れたのは吹いた」

「まぁ俺たち以上に『接死ぃクッキング』の威力を身をもって知る機会が多かったろうし、その分衝撃的だったんだろう。全盛期のアイツの料理、マドカでさえ本能的に避けてたし」

 

 余談だが、全盛期のセシリアの料理は、一口で代表候補性を授業欠席に追いやる威力を誇る。それを見届けて以来、彼らはセシリアの料理を『接死ぃクッキング』と呼んでいた。込められた意味は、字面で察するべし。

 

「そう言えば、そのエムは?」

「相変わらずだ、今後も当分は来れないってさ」

 

 いつもならこの辺で、もしくは既に傍迷惑なちょっかいをセイスに仕掛けるマドカも、今は新しい愛機を束博士に作って貰う為、彼女のラボに連れてかれたので不在である。メールや電話のやり取りは毎日の様に欠かさず行っているが、やはり遊びに来るのは無理そうだ。

 

「となると、後は例の運動会に対する準備くらいしかやることが無ぇ訳だが…」

 

 学園祭以来になる織斑一夏争奪戦、一学年限定IS学園大運動会。一夏と同棲する権利を賞品とし、発案者である楯無を始めに一部の女子達の私情が多分に含まれた今回のイベントは、例によって開催目的も大会内容も普通では無い。事前に回収したプログラムに目を通すと流石はIS学園、下手をすれば怪我人どころか死人が出かねない程に楽しそう…もとい物騒な中身であり、思わず組織の方にプログラム内容をそっくりそのまま送ってしまった。最近は送ったソレがどこぞの愉快な大人達の目に留まり、真似して似たようなイベントを組織でも開催するのではと期待…じゃなくて不安でしかたない。そして今日もセイスやアイゼン、バンビーノ達現場組はフォレスト一派主催の亡国機業大運動会の実現を夢に見ながら、眠れない夜を過ごすのである。

 それはさて置き、IS学園大運動会である。仮とは言え天災博士を此方の陣営に引き込むことに成功し、付近の同業者は半ば壊滅状態、しかも今回の一夏は裏方だから楯無が隣に付きっきりだろうし、いつもと比べたら不安要素は非常に少ない。ぶっちゃけ、今回は態々イベントに潜り込んだりせず、護衛も警備も全部学園側に任せても問題無いだろう。だが運動会という事は、彼女達は盛大に身体を動かすという事だ。身体を動かすという事は、服装は動きやすいものに変えるという事だ。動きやすい服装という事は、必然と布地は薄くて軽い物に変わると言うことだ。全体的に美形とスタイル抜群な少女が揃う、IS学園生徒達が軽装で、汗を滴らせながら派手に身体を動かす。そこまで理解して、このバカ共と金欠が大人しくする筈が無かった。己の欲望と財布の中身を満たすべく、織斑一夏の監視及び護衛の徹底化という大義名分の元、彼らはこの大運動会に潜入することを即座に決断した。そして大会当日に向け、専用機持ち達に負けず劣らずの気合の入れようを見せた彼らは準備を入念に行っていた。

 

「ステルススーツ」

「オーケー」

「カメラ」

「バッチコイ」

「体力」

「有り余ってるぜー」

「はい完了」

 

 お蔭で、40秒も掛けずに支度が整ってしまった。再びやる事が無くなってしまった4人は、同時に深い溜め息を吐いて、ふて寝するかの如くその場に大の字に倒れた。もういっそ本当に昼寝でもしてしまおうかとオランジュが思った時、自分の肩を誰かがツンツンと突っついてきた。横に顔を向けると、何やら神妙な表情を浮かべるセイスが居た。

 

「なぁ、やっぱり今回の盗撮はやめねぇか?……後が怖い…」

 

 この言葉だけでは、大抵の者なら首をかしげるだけに留まるが、オランジュにはセイスが何を言いたいのか瞬時に理解した。生身でISと戦うようなセイスでさえビビる存在、言わずもがな学園の裏番長こと布仏本音である。未だに例の怪奇能力と東明日斗の存在を楯無はおろか、彼女の姉である布仏虚でさえ知らず、当然ながら学園の生徒達も全く知らない。だが一方のセイス達はと言うと、この半年間で嫌と言う程に被害に遭っていた。彼女達の戯れに巻き込まれたり、おいたが過ぎて怒りを買ったり、簪嬢にちょっかい出そうとしたら物理的に潰されそうになったりと、数え出したらキリがない。因みに現在は、大半は自業自得な面もあるし、能力と明日斗の存在が周囲に広まることを避けたいのか、こちらのことを知っているにも関わらず楯無に報告しないため、現在は下手に刺激して本格的な怒りを買わないように静観を決め込んでいる。

 

「そこはホラ、長年の経験でアウトな写真とセーフな写真を分別して撮れば平気だろ。今までも祟りがあった奴と無い奴あったし…」

「長年ってお前な、俺この生活一年も続けてねぇから…」

 

 とは言え確かにこの長いような短いような期間で、セイスが盗撮した写真の枚数は相当なものなのだが、その中でホラーコンビの鉄槌が下った件はそこまで多くない。逆にオランジュとバンビーノが盗撮すると、何故か八割もの確率で天罰が下っていた。もしかしたら周囲の目があって動くタイミングを逃したとか、そもそもあの摩訶不思議な力は無制限にバンバン使えるようなものでは無いのかもしれないが、この差に二人は納得していないようだ。セイスとしては、あの二人が煩悩丸出しで生徒達の際どい瞬間やらエロい姿ばかり狙っているからじゃないのかと思っていたりする。まぁ尤も、自分達には満たしたい物が色欲か金欲かの違いしか無く、やってることは盗撮に変わりないのだが…

 

「しょうがねぇな、だったら特別にコレ見せてやる」

「あん?」

 

 そう言ってオランジュが取り出したのは、一枚のハガキ。怪訝な表情を浮かべて受け取り、そこに書かれていた文字に目を通した途端、セイスは驚愕と衝撃で固まった。やがて、ぎこちない動きでオランジュに顔を向けて一言だけ問う。

 

「……マジで…?」

「マジで。お供え物のお菓子と一緒に送ったら、返ってきた」

 

 そのハガキに書かれていたのは、二種類の筆跡。一つは当の昔から見慣れた、阿呆の癖に綺麗な字で書かれた長い文章。懇切丁寧な前書きと挨拶から始まったそれは、要約すると『今度の大運動会の光景を写真に収めたいんですけど、ちょっとばかし目を瞑ってもらいませんか』と、元も子もない言い方をするならば『盗撮したいんで見逃して下さい』と言う内容だった。

 誰に送っても通報待ったなしの内容を、この阿呆は一番送ってはならない者に送った訳である。そして、これまた律儀に返事が返ってきたと言う。綺麗で長い長文の書かれたハガキの隅、僅かに空いていた空白に明らかに違う、ほんわかとした筆跡でこう書かれていた。

 

 

 

 

 

『卒業アルバムに載せれる程度なら良いよー』

 

 

 

 

 

 

 

―――イタリア某所

 

 

「ふぅん…まぁ、そっちの言いたいことは分かったヨ」

 

 その一角に佇むカフェテリアに、一際目立つスーツ姿の二人の男女がテーブルで向かい合っていた。一人は、燃えるような紅い髪、絶世の美女と呼んでも過言ではない整った容姿。それだけでも充分に人の目を集めたが、加えて彼女は右目に眼帯を着けており、本来なら右腕が通っていたであろう片袖は空っぽであった。この片目隻腕、喋り方に癖のある紅髪の彼女こそが二代目ブリュンヒルデ、『 アリーシャ・ジョセスターフ』。織斑千冬が現役を退いた今、世界最強の称号は彼女の手にある。

 

「まぁ確かに現状、私の望みが叶う可能性はゼロに等しいヨ。きっと、アンタらの言う通りにするのが一番なんだろうサ。手土産も色々と貰ったし、ぶっちゃけアンタのこと、そこまで嫌いじゃないし。あ、砂糖はそっち」

「それはどうも、二代目ブリュンヒルデにそう言って貰えるとは光栄だ」

「だけど、ちょっと気に食わないことがあるんだよネー」

 

 瞬間、場の空気が変わる。まるで空気が凍りついたかのような錯覚を覚えさせる程に濃密な、冷たい怒気がアリーシャから発せられたのだ。そんな彼女と一対一で向かい合って尚、欠片も緊張した様子を見せない、彼女の目の前に座る初老の男。彼はアリーシャの不満が込められた視線と言葉を、何でもないことのように受け止めながら、自分の珈琲カップに手を伸ばし、砂糖をどばどば入れ始めた。因みに彼はイギリス人だが紅茶よりも珈琲が好きで、砂糖の量はイタリア流がお気に入りだ。

 彼のその様子に溜め息を溢しながらも微笑みと怒気はそのまま、アリーシャも自身のカップに手を伸ばし、口を付けた。お気に入りの店の、お気に入りの珈琲の味は、やはり良いものだった。目の前のこの男、フォレストが居なければ、もっと良かった。けれど話し合いに応じたのも、話し合いの場所にこの店を選んだのも自分だ。そしてカップを戻し、再び口を開く。

 

「さっきこう言ったよネ、『自分に付いてくれば、君の望みは叶う』って」

「言ったよ、そして事実さ」

 

 アリーシャの望み、それは幻と消えた織斑千冬との決着。無粋な横槍により台無しにされ、ブリュンヒルデの引退により、やり直しの機会が永遠に失われた第二回モンドグロッソ決勝戦を、目の前に座るこの男は幾つかの条件を対価に、実現させてみせると豪語したのだ。よりによって、その横槍を入れた本人が、だ。

 

「確かに、私と織斑千冬の戦いを邪魔できた君達なら、その逆をするなんて造作もないことなんだろうネ。だけどサ…」

 

 仮初めとは言え、世界の頂点という立場に居れば、自然と耳に入る物事は増える。第二回モンドグロッソで起きた事件の顛末も元凶も、既にアリーシャは知っていた。それだけでも充分に彼ら亡国機業のことがに気に食わないのだが、彼女の琴線に最も触れたのは先程の、彼のアリーシャに対する誘い方にあった。

 

「『君のISを持参して組織入りしてくれるのなら、望みを叶えてあげよう』ってのは、幾らなんでも私を馬鹿にし過ぎじゃない?」

 

 自分の手に入れた最強の称号を、未だに認めない輩が少ない事を知っているし、アリーシャ自身この金メッキにも等しい肩書に価値を感じていない。だからと言って、己の実力にプライドが無いのかと問われれば決してそんなことは無い。むしろ自分の実力に対して絶対の自信と誇りがあるし、目の前で薄ら笑いを浮かべながら、遠回しに『欲しいのはISであって、お前はオマケ』と言われては、流石に面白くない。

 

「どうして欲しい?」

「態度を改めるか、私と対等に接するに相応しいことを証明して欲しいかナ?」

 

 実のところ、言う程アリーシャは怒っていない。先述の通り、自身の実力と手に入れた世界最強の称号に対して妬み嫉み、誹謗中傷なんて日常茶飯事だ、今更本気にするようなことでもないのである。しかしながら、その原因を作った亡国機業の人間に言われると少々カチンとくるものがある。まぁ自分の望みを叶える為には彼らの協力が必要不可欠だし、フォレストと言う人間個人に対してはあまり悪い印象は無い。だが、こいつがそこら辺の頭空っぽの女尊男卑の連中が男ってだけで相手を見下すように、自分がIS乗りと言うだけで憎しみと妬みに駆られ、自身の実力を全く考慮せずに先程の言葉を吐いたのなら、考えを改めなければならないだろう。少なくとも、女尊男卑団体のように差別と偏見を原動力に活動する組織などに肩入れして、全てにおいて上手くいくとは到底思えない。

 故にこれは、ある意味フォレストを試したもの。彼が自分の要求に対し、どう言った反応を見せるかによって、自分はこの先の道を選ぶ。ふざけるなと激昂するのか、素直に謝罪するのか、それとも自分が納得するだけの実力を示すのか。個人的には期待を込めて、最後の選択肢であって欲しい。

 

「さてさて、誰を差し向けてくるつもりダイ? ドイツ軍の負の遺産である虎(ティーガー)かナ、それともロシア空軍最大の汚点にして伝説の犬鷲(ベールクト)?」

 

 聞いた話によればこのフォレストと言う男、彼自身には大した戦闘能力は無いものの、各国の政府や諜報機関が最大の警戒心を抱くような化物を多く従えているらしい。ドイツ軍が産み出した遺伝子強化素体の、それも男の生き残り。アメリカの研究所から逃げ出した、不死身の生体兵器。結果的に更識楯無に国家代表の椅子を作った、ロシア空軍禁断のエースパイロット…数え上げたらキリがなく、実に興味深い連中だ。それに彼らの実力に触れれば、この男の程度も分かると言うものだろう。尤も、どんな形であれ純粋に戦ってみたい気持ちが強い事も否定できないが……特にロシア国家代表を墜としたと言われる犬鷲の実力は、IS乗りとして確かめずにはいられない…

 そんなアリーシャの気持ちを表情で察したのか、フォレストは少しだけ困ったように苦笑いを浮かべた。そしてカップに残った中身を一気に飲み干し、カチャンと音を立てながらテーブルに戻して、短く一言だけ告げた。

 

 

「君程度に彼らを使う訳ないじゃないか」

 

 

―――直後、アリーシャの身体から力が抜き取られた…

 

 

(あ、レ…?)

 

 なんの前触れも無く襲ってきた倦怠感、いや睡魔にアリーシャは必死に抵抗するも身体は全くいう事を聞かず、彼女はテーブルに突っ伏すように倒れた。この異常事態にアリーシャは薬を盛られたことを悟るが、同時にそれは有り得ないと思う自分が居り、ただひたすら動揺し、声も出せずに混乱する他無かった。

 

「僕と話をすることに決めた君は、会合の場所にこの店を選んだ。しかも下手な小細工をされないように、この店に来てから僕に連絡を入れ、呼び出した」

 

 そんな彼女を尻目に、先程の笑顔を浮かべたまま、フォレストはコートのポケットから財布を取り出しながら、まるで悪戯が成功した子供の様に、楽しげに言葉を紡ぐ。

 

「この店は君が先月に目を付けた、お気に入りにして秘密の場所だ。常連客として店主と顔見知りで、小煩い政府の人間達にも知られてない、君にとっては数少ない憩いの場。こう言った内緒話をするには、うってつけだったろう?」

 

 あまり中身の入っていない財布から、自分とアリーシャ二人分の金額を取り出し、再び財布をポケットにしまう。その間も彼は語り続ける…

 

 

「週三日ペースで通ってる辺り、随分とこの店を気に入ってくれたみたいだね。嬉しいよ、この店を君に用意した甲斐があったというものだ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、アリーシャは驚愕に目を見開いた。そして同時に思い知る、何も考えずに相手の事を見くびっていたのは自分の方だったということを…

 

「あ、因みに店主は無関係だよ。彼は僕から資金と、店を繁盛させる為のアドバイスを受け取っただけさ。彼もまさか、そのアドバイスに従った結果、二代目ブリュンヒルデを常連客に迎えられるとは思わなかったろうし、昨晩の内に一個だけ紛れ込んだ毒付きカップを見事に引き当て、君に出してしまうとは夢にも思わなかったろうね」

 

 最後に付け加えられた『ついでに毒って言ったけど、それ睡眠薬(セイス用)だから安心してね』という言葉は、もうアリーシャの耳には入っていなかった。身体は動かず、声も出せず、段々と遠のく意識。けれど、もしも身体に自由が戻ったのならば、アリーシャは声を大にして笑い声を上げそうだった。そもそも前提が間違っていた、化物を従える男が普通である訳無かったのだ。今はこの男の実力を見誤ったことを心の中でひたすら後悔しているが、同時に歓喜している。何故なら…

 

「理解できたかい?」

 

 ついに目蓋も上げられなくなって視界も狭まってきたが、アリーシャには相変わらず微笑みを浮かべるフォレストの顔が、鮮明にイメージすることが出来た。

 

「コレがその証だ、アリーシャ・ジョセスターフ。その気になれば、僕達は簡単に君を殺せる」

 

 耳元で囁くように告げられた、彼の言葉。それを聞いたアリーシャは、フォレストの言葉を肯定するかのように笑みを浮かべた。素直に認めよう、負けも負け、完敗である。亡国機業…いやフォレスト達の実力は、口先だけでは無い。彼らは二代目ブリュンヒルデを、害することさえ可能な力を持っている。それだけの力があるのなら、夢にまで見たあの光景を、全ての感情が躍り狂うように昂った、織斑千冬との決戦を再び…

 

「それじゃ連絡先は代金と一緒に置いておくからね、良い返事を期待しているよ」

 

 近い未来に訪れるであろう、念願の光景を夢見ながら、アリーシャの意識は闇に沈んだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、もしもしスコール、今大丈夫? いや、この前オータムの為にテンペスタの新型を持ってくるって話、その目処が立ったから連絡を……言われなくても、遅くなったのは自覚してるよ。だからその御詫びに、ちょっとしたサービスをしといたからそれで帳消しにしといて……そんな警戒しないでよ、君の『聖剣』と比べたらアレだけど、役に立つのは確かだから……どうしたの、急に黙り込んじゃって?……まぁいいや、取り敢えず一つ目の要件はこれで終わり。それで二つ目の要件なんだけど……だからそんなに身構えないでって、別に大した内容じゃないからさ…」

 

 

 

 

 

―――ちょっと暫く失踪するから僕の居ない間、君に貸した皆の面倒をヨロシク、ってだけだよ…

 

 




○外伝で残姉ちゃん書いた時は、原作でも彼女がポンコツ化するとは思ってなかった…
○セシリアがまともな料理作れるようになるのはもっと予想外だった…
○因みにポンコツ化した楯無に対して、セイスは色々と複雑な心境
○入院中に考え付いた新キャラ犬鷲、彼が亡国機業に入る経緯だけで短編が一つ書けそう…
○あの後アリーシャ氏は、夕方まで爆睡
○店主は旦那の『死ぬほど眠いらしいから放っといて』の一言を鵜呑みに…

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。