IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

75 / 104
お待たせしました、人気投票記念のセイス過去話です。

本当は一話で終わらすつもりでしたが、例によってまた長くなりそうなのでキリが良いとこで分割します。しかし、後編は下手すると前編の倍近くになるかもしんないです…;



6とM 前編

「あ…」

 

「む…」

 

 

 ここは、亡国機業が所有する施設の一つ。世界中に点在する実行部隊の所属者達がミーティング、または情報交換を行う際に使用している。地味な外装とは打って変わって、中はそれなりに金を掛けたのか、思ったより綺麗で装飾品も多く設置されていた。恐らく、この施設を直接管理しているスコールの趣味が強く出ているのだろう。

 そんな高級ホテルの通路のような場所で、二人の少年と少女が対峙していた。年はまだ互いに10歳にも満たない子供の筈なのだが、目つきと雰囲気はそんじょそこらの大人達よりも冷めきっており、彼らの生い立ちの凄惨さを無言で物語っていた。その年不相応にも程がある視線を、二人は一言も喋らずにぶつけ合っており、その場はまさに一触即発の空気に包まれていた。

 

 

「……」

 

「……ふん…」

 

 

 暫し無言で見つめ合っていた二人だが、やがて少年の方が鼻を鳴らして足を進めた。一応面識はあるものの、それほど仲が良いとは思ってない…むしろ、初対面時の一悶着でせいで険悪とも言える。なので、彼は必要以上に相手をせず、さっさと目の前の少女をすれ違うように通り過ぎようとしたのだが…

 

 

「ペッ」

 

「顔に唾ッ!?」

 

 

―――少女の色々な意味で汚い宣戦布告により、二人の何度目になるか分からない喧嘩が始まった…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「で、お前はキレてエムとガチンコファイトを繰り広げた、と…」

 

 

 あれから暫くして、かつて『AL-№6』と呼ばれていた少年…セイスは、別室で彼の御目付け役(仮)でもあるトールの小言を頂戴していた。本来トールは自身のボスであるフォレストの護衛を引き受ける筈だったが、フォレスト本人が護衛自体をティーガーに任せ、手の空いたトールにセイスの面倒を押し付けたのだ。正直なところ、トールはその指示に対して大いに不満を抱いた。ティーガーが自分を差し置いて護衛役を任命されたことは、正直どうでも良い。あの人外が自分達より実力が上のなのは自覚しているし、彼の生真面目な性格もそんなに嫌ってない。問題は目の前で膝を抱える様にして座り込み、顔を俯かせている八歳の小僧だ。

 

 

「頼むから、そう何度も問題ばかり起こさないでくれ。特にスコールのとこに頭下げに行くような事態は勘弁してくれよな、俺あの人のこと苦手なんだよ…」

 

「……」

 

「……それと、いい加減に返事を覚えろ…」

 

 

 去年のクリスマスに、フォレストがスペインの辺境地で拾ってきた子供。自分達の敬愛するボスが変わり者や、訳ありの人間を拾ってくるのはいつものことだし、フォレスト派の構成員の大半はフォレストに拾われて仲間入りした者が殆どなので、今更セイスのような子供が表れても不思議には思わない。

 訳ありで一時的に保護した子供達は大抵、裏仕事とは直接関係の無い荷物持ちや、雑用など小間使いの真似事をさせながら、世間一般の常識を身につけさせるようにしている。これは、その子供達が裏世界に生きる道を選ばない、もしくは向いてないと判断した際、即座に社会へと帰れるようにする為でもある。無論それまでに、亡国機業とフォレスト派がどのような集団であるかは、包み隠さずに教える。そのせいもあってか、フォレストの拾った子供達の大半は、タイミングを見計らって真っ当な孤児院や福祉施設、場合によっては政府の元へと送り出され、保護されている。短いながらも共に過ごした時間の中で身に着けたスキルと知識は少なからず役に立っているようで、今のところフォレストチルドレン卒業者の中に、社会不適合者が出たという話は耳にしない。

 しかし、そんな彼らの中でも、セイスは異質だった。遺伝子強化素体であるティーガーと同じく人外として産み出された彼は、自身を嬲り弄んだ者達への復讐を誓い、迷わずにこの世界に残ることを選んだ。そしてフォレストに拾われてからの三ヶ月間、何かに憑り付かれたかのように力を求め続け、訓練の最中に未熟ながらも才能の片鱗をチラチラと覗かせ始めており、一部の者達はティーガーに続き、彼の将来に末恐ろしいものを感じ取っていたくらいだ。

 これまでの出来事を思い返して、思わずブルーな気分になったトールは愛用の煙草を一本取り出して、目の前に子供(セイス)が居るのも気にせず火を点けた。

 

 

(まぁ、生い立ちには少なからず同情するが…)

 

 

 天井を仰ぐ様に吐き出した煙をボンヤリ眺めながら思い出すのは、未だに無反応を続ける少年の過去。 後になってセイスの生い立ちを調べた結果、彼の正体と碌でも無い6年間が発覚した。化物として生み出され、その体質を利用して実験と称した虐待…否、そんな生易しいモノじゃない、文字通り毎日殺されながら生きてきたのだ。そんな日常を6年も続けた挙句、誰も居ない場所で2年も独りぼっち。これで心が腐らない方がおかしい。フォレストと言う人間の手によって地獄から抜け出せたからこそ、辛うじてこの程度で済んでいるが、下手をすれば彼は人間そのものに対し、無限の憎しみを抱いたかもしれない。

 だが今となっては、その復讐を果たすことは永遠に叶わない。何故なら、セイスが殺したくて仕方なかった人間達は全て、既に政府の手によって一人残らず抹殺されていたのだから。その事実を知ってからというもの、彼は変わってしまった。自分を拾ってくれたフォレストには辛うじて返事をするが、それ以外の者に対してはこの様に徹底的に塞ぎこんでしまい、まともな会話さえ成立しない。それが原因で他の若手メンバーと揉め事に発展したことも一度や二度の話ではなく、後輩の面倒見が良いと評判のトールでさえ手を焼く始末である。

 

 

(とは言え、このままじゃ駄目だろ…)

 

 

 先程も述べたが、拾われた大半の子供達は表社会へ送り返される。愛弟子のオランジュや、帰る場所が無いアイゼンなど一部の例外は確かに存在するが、それは本人達にこの世界で生き続ける意思と、それを可能にするだけの力があるからに他ならない。力に関してセイスは、人工生命体としての高い身体能力と治癒能力を持っている為、鍛え続けさえすれば容易に及第点に届くだろう。問題は、この目に余るレベルの無気力である。このままでは精々ヤクザの鉄砲玉代わりにしかならないだろうし、生憎とフォレスト派はそんな捨て駒みたいな奴を求めていない。

 かと言って、これをどうにかしない限りセイスは亡国機業はおろか、表社会に行っても上手くやっていけないだろう。最悪の場合、路地裏で野たれ死ぬか、再び実験サンプルとして生かされ殺されの生活に戻るのが関の山である。せっかく自由と希望を手に入れた手前、そんな結末は辿って欲しくない。

 

 

(しっかし、その無気力坊やは何故か、スコール派のエムが関わると態度が一変するんだよなぁ…)

 

 

 現在、亡国機業実働部隊の重鎮たちは、幹部会が打ち出した今後の方針に関して話し合っている。会議は長期期間行われる予定で、自分達もスコールが管理するこの施設に一週間前から滞在しているのだが、事件はその初日に起きた。

 奇しくもこの時、同じ年齢、同じ時期に亡国機業に拾われた子供二人が同じ施設に滞在しており、互いの保護者とも言える人間が少し目を離した間に邂逅を果たしてしまったのだ。元々タイミングを見計らって顔合わせ位はさせるつもりだったので、最初は深く考えなかった。しかし数分後、大人達は自分の考えの甘さを嫌と言う程に思い知った。

 

―――顔合わせて1分…それが、セイスとエムによる大乱闘が始まるまでに必要とした時間である……

 

 最早、餓鬼の喧嘩と呼べるような次元では無かった。セイスは自分の身体能力を躊躇せずに振るい、対するエムも自身が持つ戦闘の才能を如何なく発揮し、まるで部屋の中に小さな暴風雨が猛り狂っているかのような光景だったと記憶している。

 居合わせた者達総出でどうにかその場は収める事は出来たが、結局こんな大事になった理由は、二人が口を完全に閉ざして黙秘を続けたことにより、最後まで分からず終いだった。

 そして現在も、当事者二人の仲は最悪だ。通路ですれ違えば喧嘩、食堂で出くわしても喧嘩、会議室の前でも喧嘩…どう見ても、互いに互いを目の敵にしているとしか思えない。なるべくセイスとエムが出くわさないように配慮はしているつもりだが、それにも限界がある。流石にこれ以上問題を起こすと、自分がフォレスト達の小言を聞かされる羽目になるだろう…

 

 

「とにかく、もうすぐ会議も終わるから、それまでは大人しくしてくれよ…」

 

 

 せめてそれだけは避けたいトールは、無駄と分かっていながらもセイスに釘をさすべく、視線を天井から前へと戻した。ところが…

 

 

「……本当に末恐ろしい餓鬼だ…」

 

 

 件の問題児はとっくに、音も無く部屋から姿を消していた…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「……」

 

 

 無言で部屋を出て行った少年は、部屋を出ても無言だった。時折、亡国機業のメンバーとすれ違うこともあったが、彼は反応を示さない。自身の素性は知れ渡っている為か、途中で指を差されたり、『化物』呼ばわりされた気もするが、それでも彼は反応を示さない。

 

 

(俺、どうすれば良いんだろ…)

 

 

 反応を示さないと言うか、目にしたもの耳にしたもの一切合財が、これっぽっち頭に入っていないと言う方が正しいのかもしれない。なにせ先程のトールによる説教の数々でさえ、彼は微塵も聞いていなかったのだから。

 

 

(あいつらは、もう居ない…殺したかった奴は、もう居ない……)

 

 

 自分に地獄の6年間を見せたクズ共を殺す…それだけが、どんな目に遭っても諦めず、生き続けてこれた理由だった。なのにアイツらは、恨み言の一つも聞かずに逝ってしまった。この胸の中に渦巻く、怒りと憎しみだけで出来た、この黒い感情を消し去る唯一の方法を失った今、自分は何を理由に生き続ければ良いと言うのだろうか…

 

 

(なのに、そんな今の俺が羨ましい?)

 

 

 思い出すのは一週間前に出逢った、自分と同年代で黒髪の少女。自分は彼女の事を知らなかったが、向こうは違ったらしく、最初は憐れみと羨望が混ざり合ったような視線を向けてきた。そして、開口一番にこう口にした…

 

 

―――誰のモノでもなく、誰を連想させるわけでもない、自分自身を持っているお前が羨ましい…

 

 

 その言葉を聴いた途端、気付いた時には座っていた椅子を全力で彼女に向かって投げつけており、そのまま殺し合い染みた大喧嘩へと発展してしまったのだ。ティーガーとの稽古に慣れてきたこともあり、正直言って負ける気はしなかったが思ったより相手が手強く、結局その場で決着がつくことは無かった。化物として産み出された自分と互角に喧嘩出来る人間なんて普通は有り得ないのだが、今の彼にはそれさえどうでも良い事だ。他の物事と同様に、喧嘩の事などすぐに頭から忘れ去り、彼女のことも記憶の中から消し去ろうとした。

 ところが、向こうはそう思わなかったらしい。翌日も通路ですれ違う羽目になったのだが、事もあろうに彼女は先日の仕返しとでも言わんばかりに、近くにあった消火器で殴りつけてきた。そして、それからというもの、似たよう出来事が幾度と無く発生してしまい、いつの間にか知りたくも無かった彼女のコードネーム…『エム』という呼び名を、嫌でも記憶する羽目になってしまったのだ。

 

 

(羨ましい? 俺が、羨ましい?)

 

 

 これまでのエムの暴挙を思い返している内に、セイスの胸中はその疑問で段々と埋め尽くされていく。当時は一瞬にして頭に血が登り、何も考えることが出来なかったその言葉。打ちひしがれる自分をあざ笑う為の、度の過ぎた皮肉かと思ったが、もしもあの言葉が彼女の本心からのものだとしたら…

 

 

「……俺には分からない何かを、エムは知っている…?」

 

 

 直接言葉に出してみて、沸いてくる感情を改めて自覚する。エムの言葉に対する純粋な興味か、この虚しさを消す何かがあるかもしれないという希望なのか、その正体は分からない。けれど、考えれば考えるほど、セイスは居てもたってもいられなくなっていた。

 

 

「行こう、エムのところへ…」

 

 

 ここ最近の出来事のせいもあって、セイスはエムのことが嫌いだ。けれど、この疑問に対する好奇心が久々に、彼の心を占めていた虚無感に打ち勝った。自分には分からず、彼女には分かっているかもしれない何かを確かめるべく、ゆっくりと彼はエムを探すために施設を彷徨い始めた。その足取りは非常にゆっくりだが迷いが無く、いつもと違ってしっかりとした足取りを見せていた。

 そして暫く彷徨うこと30分、ついに彼はエムの姿を見つることに成功する。しかし、ここに来て彼はその足を止めてしまった。ぶっちゃけ、今更になって声のかけ方が分からない…という訳では無い。どうせ殴られるか蹴られるか、もしくは撃たれるだろうが、逆に言えばそれだけだ。実験体時代の地獄と比べたら、エムのコミュニケーションなど大したことない。無論ストレスは溜まるし、痛いものは痛いが…

 まぁ何にせよ、例えエムと少なからず会話することになろうとも、好奇心に突き動かされる今のセイスにとって大抵のことは瑣末なことに過ぎないという訳だ。

 

 

「あ、グぅッ…!?」

 

「この、糞餓鬼がッ!! 調子に乗るんじゃ無いわよ!!」

 

 

---でも流石に自分と同い年の少女(エム)が、剣呑な雰囲気漂わす大人の女に頭を踏みつけられ、殺されそうになってるのは予想外だった…

 

 




○マドカ(八歳)vsモブのスコール派(24歳)
○お察しかもしれませんが、この出来事はスコールとセイスのやり取りに出てきたアレです
○最初はマドカがセイスに喧嘩を売るのが常でしたが、途中からセイスの方から始めるパターンが増えていき、最終的にトールのような認識が広がる羽目に…
○訳ありの子供に対する対応に関しては、フォレスト派だけの話。トウ派や中東支部などは洗脳とか脅迫とか普通にやってます。
○表社会に帰された子供たちは、基本的に被害者扱いから始まります。仮とはいえ犯罪組織に身を置いたので、場合によっては面倒な手続きや更正プログラムを受けさせられますが、逆に言えばそれだけで済みます
○直接犯罪そのもに関わらされなかったのもありますが、一番の理由はフォレストが裏で手を回しているからだったり…

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。