IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

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間違って全体の半分だけ投稿してました…;
紛らわしい真似して申し訳ありません( ノ;_ _)ノ


誓いの下に 前編

「なんか、不気味なくらいに暇だな…」

 

「不気味って…別に良いじゃんか。俺は当分、楯無とは鬼ごっこやりたくないから」

 

 

 先日の第二ランニングベア事件から暫くして、どうにか調子が戻ってきたセイス達は隠し部屋で溜まりまくった雑務に追われていた。主に恐慌状態に陥った楯無の一撃による余波でお釈迦になった機材の補充及び再設置、加えてそれらに使用した必要経費などだ。

 主要任務である一夏の監視は現在、彼が学園を離れたことにより中断している。どうやら白式の件で倉持技研の関係者に呼ばれたらしく、当分は戻ってこないそうだ。その間は別の任務で来日中のティーガーに一夏の監視を任せ、自分たちは他の仕事を終わらせてしまおうということになっていたのだが…

 

 

「分かってる。そうじゃなくて、周りの奴らがやけに大人しくしてるって話だよ…」

 

 

 そう言ってオランジュは備え付けのモニターを操作し、とある画面を開いてセイスに見せた。一見するとIS学園近辺のマップにも見えるが、ところどころ複数の色で分けられた点が表示されていた。おまけに赤色は赤色同士である程度密集しており、青色は青色同士でと言った感じで他の色もそれぞれの場所に纏まっていて、まるで何かの勢力図のようにも見えた。いや、実際にそうなのだろう…

 

 

「組織からの報告によれば、今この近辺にアメリカの『名無し部隊(アンネイムド)』、中国の『影剣(インジア)』、ヨーロッパ系PMC『オコーネル社』所属の傭兵部隊が潜伏してるらしい。狙いは言わずもがな、先日の無人機の情報を含めた学園の機密データだろう…」 

 

「おいおい、随分と物騒な顔ぶれだな。よく見れば、中東のテロリストや過激派宗教団体まで居るじゃねぇか…」

 

 

 オランジュの口から出てきた名前と、遅れてマップに表示されたリストを見て思わずセイスは苦々しい表情を浮かべた。『名無し』は最近になって米国で幅を利かせてきた、戦力にISを組み込んだ条約違反ものの精鋭部隊である。隊長であるIS乗りは勿論のこと、それを支援する隊員達もツブが揃っているとのことだ。

 もっとも、フォレスト派の現場組には劣るようで、その点で考えるなら『オコーネル社』の傭兵達の方がよっぽど厄介だ。ISの登場により、旧世代にて確固たる地位を保持していた兵器や実力者が悉く淘汰されていったあの時代、EUに生き残っていた旧世代の軍需産業連と、仕事先に困り始めたフランス外人部隊が手を組み誕生したこの民間軍事企業。手を組むまで人員を必要最低限に減らしながら生き残り続けたこともあってか、『オコーネル社』に所属する者達は叩き上げのベテランと、そんな彼らが認めた本物の実力者しかいないのだ。おまけに彼ら自身のプロ意識と誇りも高く、良くも悪くも自分たちの仕事には一切私情を挟もうとしない。そのせいで、何度か目的が被った事により敵同士となった日もあれば、利害が一致して手を組んだこともあり、フォレスト派とは良好にもなれなければ険悪にもなれない中途半端な関係を築き上げていた。出来れば戦いたくないが今回も十中八九、此方の敵に回ることだろう…

 『影剣』に関しては…最早、言うまでもないだろう。オランジュが警告したにも関わらず、前回のことに懲りず再び敵対行動を取ることに決めたようである。セイスを含めたフォレスト派の面々は『影剣』のことが基本的に嫌いなので、日頃から痛い目に遭わせる機会を待ち望んでいたが、その機会とやらもそう遠くなさそうだ…

 

 

 

「けどな、その物騒な奴らのことなんだが、潜伏を開始してから既に一週間は経ってる。にも関わらず、ここ暫くなんの動きも見せないときたもんだ。互いの動きを警戒して半ば冷戦状態に陥ってるのかもしれないが、どっかの勢力が空気読まずに強硬手段に出たら、触発されて一斉に行動を起こしかねない」

 

「……凄く想像したくない…」

 

 

 こう言った状況を想定してバンビーノとアイゼンを増援として送ってもらったが、流石に連邦軍ばりの物量で来られるとキツイものがある。特に『名無し隊』のISと『オコーネル社』の傭兵達は厄介なので、なるべく早い段階で対策を考えておかないと不味い。

 

 

「ま、例の三勢力以外は雑魚だし、当分は膠着状態が続くだろうけど、警戒するに越したことはない。俺も精々、目を離さないようにしておくさ」

 

「そうか、それは安心した。ところで、さっきからバンビーノは何をしてるんだ?」

 

「ふ、良くぞ聞いてくれた…」

 

 

 気休めに過ぎないかもしれないが、オランジュの言葉に一先ず安心するセイス。少しだけ気持ちに余裕が出来たのか、視界の端に自前のパソコンをいじるバンビーノを捉えた。任された仕事は途中で面倒くさくなったのだろうか、半分以上が手付かずで放置されていた。まぁ、終わらなければ彼が虎の兄貴による制裁を受けるだけなので、誰も気にしなかったが…

 

 

「例によって、お前は誰に仕込まれたのか分からないその紳士な精神で、先日の身体測定の日は映像記録を取らないという暴挙に出た」

 

「だって、いらないだろ普通に」

 

 

 組織が必要とするのはデータなので、仮に身体測定の結果を持って来いと言われても、その結果が記入された記録用紙を盗むなりコピーするなりすれば問題ない。だから今回もセイスはいつものように、一夏が参加しても映像記録は撮らなかった。それがバンビーノはお気に召さないようだが…

 

 

「うるせぇ!! そのせいで俺達は夢にまで見た、自主規制無用の桃源郷を拝むことが出来ず、枕を濡らす羽目になったんだ!! その時の俺達の気持ち、お前に理解できるか!?」

 

「無理だ」

 

「ねぇねぇ、さっきから『俺達』って言ってるけど、俺も入ってるの?」

 

「当たり前だろうが、ムッツリアイゼン君」

 

 

 段々とヒートアップしてきたバンビーノの言葉が聞こえてきたのか、アイゼンが会話に混ざってきた。彼はバンビーノと違い、既に自分の分の仕事は終わらせていた。流石は器用貧乏、第二ランニング・ベア事件の時に出た被害の報告書もお手の物…

 

 

「それ、俺は全く関与してなかったのに、なんで書かされたんだろうね。いや、それよりも、俺はバンビーノほど変態じゃ…」

 

「黙れムッツリ」

 

「黙れ鬼畜プレイ」

 

「黙れAVコレクター」

 

「……ぐすん…」

 

 

 3人による主張の全否定を受け、地に崩れ落ちるムッツリ。しかし、すぐにケロリとした表情で起き上がり、何を思ったのかセイスに問いかけた…

 

 

「ていうか、ぶっちゃけた話セイスはどうなのさ?」

 

「は?」

 

「セイスは男として、こういうの興味ないわけ?」

 

 

 そう言ってアイゼンはセイスに向かって、どこから取り出したのか、両手に女の子の写真を扇のように広げて見せてきた。その写真に写った全員がIS学園の生徒であり、その殆どが薄着だったり寝巻きだったりと些か無防備な姿が多かった。やはりコイツ、スケベ……つーか、さり気無く開き直りやがった…

 

 

「そりゃティーガーの兄貴じゃあるまいし、俺だって人並みに性欲はあるよ。実際、オランジュや旦那達からソッチ系のブツを何度か借りてるし…」

 

「ちゃっかりしてんなオイ…」

 

「ただ…」

 

「ただ?」

 

 

 厳密には人間と分類出来ないが、セイスにも人並に性欲はある。技術部の連中曰く、普通の人間に可能なことは全て可能と言われているので、(自主規制)や(放送禁止)なことも出来るらしい。だからオランジュ達ほど飢えてはいないが、女性の色香に全く反応しない訳ではないていうか普通に反応している。

 日頃から行動を共にしているマドカ、たまに仕事の関係で会うスコールやオータム達は例外だが、他の女性にはセイスも少なからずドキドキすることがあるし、日頃の一夏みたいな状況に陥ったら冷静でいられる自信がない。だが、それでも…

 

 

「そういう手段(盗撮)で手に入れたモノは、見ても性欲より罪悪感が勝ってその気になれない」

 

「……。」

 

「……改めて、俺達って穢れてるな…」

 

「言うな、悲しくなる…」

 

 

 後輩の思いのほかピュアな理由に、汚れた先輩達の心に少なからず傷をつけた。しかし、そのまま気分が沈みそうになった3人だったが、バンビーノだけは即座に復活した。 

 

 

「だが俺は惹かぬ媚びぬ顧みぬ!! 楽園を見る為ならば、全てを捧げてみせる!!」

 

「そういや結局、なにする気なんだ?」

 

「ふっふっふっ、IS学園の機密システムに直接侵入して、当時の映像を盗み出してやる!!」

 

 

 どうやら、マイパソで学園のシステムサーバーに直接侵入し、当時の映像記録を盗み出すつもりのようである。コンピューター関係は裏方のオランジュには劣るものの、バンビーノもそれなりの腕を持っている。彼ぐらいの実力があれば、そのようなことも一応は可能だろう。

 

 

「あ、そう。じゃあ頑張れ」

 

「……あれ…?」

 

 

 あまりに素っ気無い反応に、バンビーノはキョトンとする。いつもならここでツッコミやら鉄拳なり飛んでくるところだが、何故か今回はリアクションが低い。戸惑いながら周囲に視線を向けてみると、アイゼンはバンビーノと同じく疑問に思ったようだが、どういう訳かオランジュは彼から視線を逸らした。余計に意味がわからなくなったバンビーノだった…

 

 

「おいおい、なんだその低いリアクションは?」

 

「別に。ただお前の身に何が起きたとしても、俺達は絶対に助けてやらん。例え癒し系怪奇少女に襲われようが、その守護霊に襲われようが、俺もオランジュも一切無関係を貫き通す」

 

「…?」

 

 

 意味不明な言葉に首を傾げるも、そっれきりセイスは何も言ってくれなかった。オランジュなんて露骨に口笛なんて吹くし、何かを知っているのは確実。しかし、二人は何も言ってくれないし、誰も邪魔はしてこない。ならば…

 

 

「まぁ良いや、それじゃあ遠慮なく…」

 

 

 視線をパソコンに戻し、操作を再開するバンビーノ。ところが…

 

 

「ふぁ!?」

 

 

 突然バンビーノが声を上げた。それに反応した3人の視線が彼に集まるが、バンビーノは奇声を上げた状態で固まっている。しかし、どうせうっかり操作をミスったんだろうと思ったオランジュは作業に戻ろうとしたが、モニターに目を移した途端にバンビーノと似たようなことになっていた。ふと監視カメラのモニターに目を移せば、学園の警備システムが起動し、いたる場所で隔壁が降りて通路を封鎖していた。

 

 

「なにが起こった?」

 

「学園の全システムがダウン…いや、ハッキングされた上に乗っ取られた。どうやら、本当に空気読まないバカが現れやがったようだ」

 

 

 それを聞いた瞬間、彼らの間に緊張が走った。先走った奴がどこの誰かは知らないが、今はこの際どうでも良い。自分達の持ち込んだ機材や隠し部屋のコンピューターは独立したシステムを持っているので無事だし、他の勢力はまだこの事実に気付いていない。だが、それも時間の問題であり、他の奴らもその内この事態に気付くだろう。

 現状、最もIS学園の機密と織斑一夏に手が届きやすい場所に居るのは、自分たち亡国機業だ。万が一この騒動の結果によって学園の潜伏を諦める様なことにでもなったら、この優位性が損なわれる可能性がある。それは断固として阻止しなければならないし、何よりIS学園のシステムを乗っ取るなんて大それた真似が出来る奴が現れたとなれば、そいつを放置することは出来ない。

 

 

「くっそマジかよ。じゃあ、さっさと……バンビーノ…?」

 

「どうかしたのか?」

 

 

 慌てて準備を整えようとしたセイス達だったが、ただ一人、バンビーノだけが動かなかった。怪訝に思ったアイゼンが声をかけると、彼はポツリと喋りだした。

 

 

「俺さ、学園のサーバーに自分のパソコンを直接繋げてたんだよね。で、その最中にシステム乗っ取られたみたいでさ、負荷に耐え切れなくて電源が打っ飛んでよ…」

 

 

 彼は学園の記録を盗み出すため、学園のシステムに直接侵入していた。それに合わせるようにして発生した、今回のコレなのだが、どうやらその影響が出てしまったようだ。思わず呆然としていたが、電源が落ちて何が起きたのだろうか…

 

 

「パソコンの中に保存してた画像データ、全部消えた…」

 

 

---消滅したIS少女の写真174枚、プライスレス。開けなくなった仕事の報告書、鉄拳制裁…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

『敵が動いた、『名無し』と『影剣』だ』

 

「他は?」

 

『動いてない。懸念事項の『オコーネル社』は様子見を決め込んでるんだろうが、他の弱小組織は事態の把握そのものが出来てないのかもしれない。これだから3流は…』

 

 

 しょうもない事で打ちひしがれるバンビーノをなんとか復活させ、セイスたち現場組の3人はステルス装置を起動させ、それぞれ別の方向へと散開した。当然ながら、迎え撃つ気満々である…

 

 

『とりあえずアイゼンは俺の指示に従いながら遊撃、バンビーノは楯無を影から援護、セイスは第三アリーナに居る名無しの別働隊を叩け。なるべく学園の戦力を利用しながら戦え、けれどバレるな』

 

「了解」

 

『あいよ』

 

『任せろ』

 

 

 通信機越しに聞こえる仲間達の声を最後に、早々に通信を切る。そして、第三アリーナ内の通路で自分と同じようなステルス装置を使用した人間に狙いを定め、音も無く接近する。向こうは此方に一切気付いていないが、組織から支給された特殊バイザーは、セイスに背中を向け、銃を構えながら通路を歩く『名無し』の隊員を捉えていた。そして…

 

 

「よぉ、クソ野郎」

 

「ッ!?」

 

 

 声に反応して隊員は振り向き、反射的に銃の引き金を引こうとした。しかし消音器がつけられた銃口が狙いをつけるよりも早く、彼の顎にセイスの拳が直撃した。顎の骨が粉砕され、余りの激痛にまともな叫び声も出せないまま床へと倒れるように崩れ落ち、そこへ人外による追撃が彼の四肢を粉砕した。想像を絶する痛みに襲われ、耐え切れなくなった名無しの隊員はついに意識を手放した。

 

 

「おっと」

 

 

 気配を感じ、咄嗟に身を屈めると同時に、さっきまでセイスの頭があった場所を銃弾が通り過ぎ、壁に穴を空けた。続けざまに二発、三発と銃弾がセイスに向かって放たれるが、その全てをセイスは通路をジグザグに走りながら回避していく。そして銃弾の飛んでくる方向を6発目を避けると同時に、まっすぐにそこへと向かっていく。

 急速に接近してくるセイスに焦ったのか、バイザーに映った相手は拳銃を捨て、それよりも一回り大きな物体…サブマシンガンを取り出し、迫りくる敵の頭に向かって狙いをつけて引き金を引いた。

 

 

「甘ぇよ」

 

「なッ!?」

 

 

 急所目掛けて放たれた弾丸は、タイミングを完璧に見切ったセイスが姿勢を低くしたことにより、全て空を切った。地面スレスレまで姿勢を低くして勢いを殺さずに、まるで蛇のように敵へと這いよった彼は手前で前転すると、自分に向かって銃口の狙いを改めて付け直す相手の顔面を、向けられた銃ごと両足で蹴り抜いた。勢いよく伸ばされた両足はサブマシンガンを手から弾き飛ばし、そのまま隊員の顎を打ち、衝撃で天井へと吹き飛ばし叩き付けた。当然ながら、重力に従って床に落ちた頃には既に、隊員の意識はなくなっていた。

 

 

「敵、二名撃破。さて、次は……おっと…!!」

 

 

 一息つく暇も無く飛んでくる無数の弾丸。だが、一度に飛んでくる弾の数と気配から察するに、残っている相手は一人のようだ。先程のように相手の場所を探りあて、弾幕を避けながら向かっていくセイス。

 だが、今度は勝手が違った。さっきの二人の様子を見ていたのか、セイスが向かってくるのを確認するのを見た途端に相手は逃げ出した。

 

 

「ハンッ、逃がすかよ…!!」

 

 

 弾幕で牽制されながらも、セイスは徐々に敵との距離を詰めていった。幾つかの通路を走りぬけ、曲がり角を通り抜けた後、逃げた敵を追うようにしてアリーナの観客席へと飛び出した。急に明るい場所に出たせいで一瞬だけ目がくらんだが、すぐにその場へと伏せる。それと同時に銃弾が彼の頭上を通過した。

 

 

「本当に、つくづくアンタって化け物ね」

 

 

 そして聞こえてきたのは、今回で3度目の相対となるアメリカ少女。銃撃を警戒しながら、ゆっくりと物陰から立ち上がると、こっちを見ながら『ティナ・ハミルトン』が愛銃のマガジンを交換していた。

 手元を一切見ず、それでいて正確且つ速やかに行われる装填を見て、前回のことを自然と思い出したセイスは苦い表情を浮かべた。

 

 

「お褒め頂きありがとう御座います。その化け物を追い詰めたテメェも、充分化け物染みてると思うが」

 

「冗談。私は拳銃一丁で、IS操縦者に膝をつかせたりなんか出来ないわよ」

 

 

 どうやら、先日のアメリカでの出来事は彼女にも伝わっていたようだ。あれだけの騒ぎを起こしといて、向こうが此方を放置する訳無かったが、出来ればもう少し日を置いてからのほうが良かった…

 

 

「まぁ、良いや。取り合えずアレか、お前の目的は『名無し』と同じか?」

 

「それも言われてるけど、どっちかって言うとサブターゲットね。私の本命は、アンタよ」

 

「……へぇ…」

 

 

 『名無し隊』と『CIA』は両方ともアメリカの組織だが、必ずしも協力関係にあるとは言えない。むしろ、互いに互いを毛嫌いしている節がある。だから今回のように違う目的で動くことは、それほど珍しくは無い。だが、IS学園にお眠るお宝の数々と、それを手に入れようとするライバル組織を放置してまで自分が目的だと彼女は…CIAはそう言う。計画ごと破棄された自分と、未知のIS技術を天秤にかけても尚、セイスという存在が欲しいと思うような物好きは、彼の知っている限り一人しか残っていない。

 

 

「また『シェリー・クラーク』の差し金か」

 

「まーね。詳しくは聞かされなかったけど、あの人にはよっぽど借りがあるみたいね、うちの上司は」

 

 

 どうやら、切りたくても中々切れない縁というのは存在するらしい。セイスとしては、もう彼女とは関わりたくなかいのだが、向こうにその気は無いようだ。病魔に蝕まれた彼女はそんなに長く持たないと耳にしていたが、今回のようなことが続くとあれば真剣に考えねばならないだろう… 

 

 

「なんにせよ、面倒な奴だ…」

 

「前回と違って随分と冷たいわね。クラークさん、アンタに凄く会いたそうだったけど?」

 

「知るか、早いとこ余生全うして逝ってしまえ。奴のことなんざ思い出したくも無い…」

 

「あらそう、じゃあ仕方ないわね?」

 

 

 その言葉と同時に、目にも留まらない速さでセイスに銃口を向け、ティナは銃弾を放つ。不意をつかれながらも、セイスは辛うじて避け、ティナを睨み付けた。

 

 

「言うこと聞かなければ力ずくってか?」

 

「アンタ達にとっては、お馴染みの礼儀作法でしょ?」

 

「あぁ、そうだな!!」

 

 

 言うや否やセイスは近くの観客席を蹴って粉砕し、飛び散った破片を掴んでティナに向かって投げつけた。恐ろしいスピードで飛んできたそれをティナは避け、外れた破片が着弾した座席が粉々になる瞬間を横目に、そのまま反撃を試みようとするが、銃を撃つよりも早くに二発目の破片が襲い掛かってきた。身体をひねってギリギリで避けるが、破片は次々と飛んでくる。攻撃方法は非常に原始的だが、セイスの力によって火力に圧倒的な差が生まれていた。

 この状況を不利と結論付けたティナは、即座にセイスに背を向けて駆け出す。セイスの投げつけてくる破片を避けながら、彼女は観客席からアリーナの中央へと飛び降りた。ここからアリーナまではかなりの高さがあるが、ティナなら問題なく着地出来るだろう。それを見たセイスは逃がすまいと後を追いかけ、彼女に続くようにして観客席から飛び降りた…

 

 

 

 

---その瞬間、彼の腹部を強烈な衝撃が襲った…

 

 

 

「ゴ、ハッ…!?」

 

 

 突然のことに呼吸もままならず、遅れてやってきた痛みを感じた時には既に、セイスは宙高く打ち上げられていた。だが、すぐに重力に捕まり、あっという間に地面に叩きつけられ、更なる痛みに襲われる。一度目の衝撃で全身の骨に皹が入り、落下時の衝撃で砕けたようだ。幾ら再生能力に優れるとはいえ、痛いものは痛いし、ましてやこうも心の準備をする前に不意打ちされたとあっては尚更だ。

 

 

「流石に機関銃は準備できなくてね…」

 

 

 アリーナの外延部…ティナが飛び降り、着地したであろう場所から声が聞こえてくる。それに釣られて目を向けてみれば、やはり彼女は居た。此方に背を向け、腕を空に掲げているところを見るに、どうやら自分は飛び降りたと同時に、宙で腹部を殴り飛ばされたらようだ。

 ただ、どうもティナの見た目がおかしい。10代半ばの少女としては平均的な体格をしていた筈の彼女は、本来より一回りも二回りも大きく見える。おまけに身に纏っているのは白いIS学園の制服だけでなく、機械的でゴツゴツした黒色の骨格のような…

 

 

「……おい、マジかよ…」

 

 

 ティナが身に纏ったものが分かり、思わず吐き捨てるように呟いた。確かアレは先日、ISが使用不能になった専用機持ちが授業の一環という名目で、データ取りの為に搭乗させられていた。あくまで借り物であり、それ以降授業で見かけなかったので、てっきり貸し出し元の国連に返却されたとばかり思っていたのだが…

 

 

「外骨格攻性機動装甲、『EOS』!!」

 

 

ISで得た技術のノウハウを出来るだけ利用し、開発された多目的パワードスーツ。その性能はISの足元にも及ばないが、既存のパワードスーツと比べれば充分過ぎる位の性能を持っている。実際ラウラは、これを使用しての演習時に同じ代表候補生達を相手に無双していた。そして、当時のラウラの操縦によって披露された機動力とパワーを顧みるに、生身の人間にとって『EOS』は非常に驚異的な相手だ。

 ましてや搭乗しているのは、あのティナ・ハミルトンだ。さっきの正確無比な打ち上げパンチもそうだが、注視すべきはその過程だ。セイスはティナを追いかけるように飛び降りたが、そのタイムラグは精々5秒ほど。予めアリーナに誘い出す準備をしていたのかもしれないが、それを抜きにしても、その5秒弱の間に『EOS』を起動し、即座に迎撃してみせた。最早、その操縦技術は当時のラウラに匹敵すると思っても良いかもしれない。もっとも…

 

 

「やることは変わらない、か…」

 

 

 

---傷を回復させたセイスはそう呟き、首をコキコキ鳴らしながら立ち上がった…

 

 

 

「あら、やる気? まぁISと真正面から戦うアンタが、『EOS』如きに怯むわけないか…」

 

 

 

---それを見やり、『EOS』を纏ったティナは滑らかな動きで構えを取る…

 

 

 

「おいおい、降伏勧告は無しか?」

 

「したら降伏してくれるの?」

 

 

 

---セイスは目に狂気を宿らせ、凶暴を笑みを浮かべた…

 

 

 

「嫌なこった」

 

「でしょう? まぁ、降伏しても聞かないフリするけど…」

 

 

 

---それにつられるようにして、自然とティナの笑みも深くなる…

 

 

 

「……お前って、意外と血の気多いんだな…」

 

「本来は違うけどね。でもアンタに負けて以来、この日を待ち望んでいたのは確かだわ…」

 

「おぉ怖い怖い、女の復讐心は恐ろしいね本当に。出来れば戦いたくねぇわ」

 

「あ、やっぱり降伏してくれる感じ?」

 

「それは無ぇ」

 

 

 

---表情とは裏腹に、二人は緊張と闘志で激しく高揚していた。まるで、外に飛び出そうとする獣を身体の中に無理やり閉じ込めているような感覚を肌に感じながら、二人はひたすら向かい合っていた。そして…

 

 

 

「だったら、互いに取るべき選択肢はひとつ…」

 

「主張が平行線の相手は、説き伏せることが不可能と感じた場合…」

 

 

 

 

 

 

 

 

---「「泣いて許しを請うまで、徹底的にボコるッ!!」」

 

 

 闘争心を一気にを抑えきれなくなった狂犬と黒鎧が、アリーナに轟音を響かせながら衝突した…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

『これはどういうことか説明してくれるんだろうな、ゴキブリチャイナ』

 

『さて一体なんのことか分からないな、ゴミフレンチ君』

 

 

 セイスとティナが衝突を始めたその頃、学生寮の入り口付近に彼らは居た。『名無し部隊』とは違った装備を身につけた全身黒装束…『影剣』達は、付近の草むらで息を殺し、通信機越しに二人の男の会話に耳を傾けていた。どちらも若そうだが、片方は自分たちの邪魔をしてくる目障りな存在であり、もう片方は自分達をこの場所へと潜入する手引きをしてくれた協力者だ。ただ面白いことに、この二人は"同じ組織に身をおいている"らしい。

 

 

『私達はただ、自主的に君たちの支援をしたいだけだ。別になんの問題も無い筈だが?』

 

『それはスコール氏、もしくはフォレスト氏の要請があった場合に限った話だ。現状、テメェらの助けはいらない』

 

『だが実際、君達フォレスト派とスコール派の面々は苦戦しているようじゃないか。それ以上見栄を張るくらいなら、潔く我々に協力を要請した方が良いのではないか?』

 

『悪いな、言葉が足らなかった。クソみたいな役立たずしか居ない『頭(トウ)派』の助けは、余計な仕事が増えるから要らないって言ったんだ、『尻尾(ウェイ)』…』

 

 

 ウェイと呼ばれた男はその言葉を聴いて舌打ちをし、暫く黙った。先日に作戦を妨害され、プライドを徹底的に踏みにじられた『影剣』だったがある日、このウェイという男が唐突にコンタクトを取ってきたのだ。最初は信用していなかったが、コンタクトを取る度に有益な情報や金銭を手土産にやってきた為、次第に警戒心が薄れていった。彼が亡国機業を名乗った時は驚いたが、その頃には既に彼の正体などどうでも良くなっていた。そもそも中国国内において、亡国機業は大した活動をしていなかった。そのため、政府も他国ほど本腰を入れて亡国機業の対策に乗り出そうとせず、それどころか相手が亡国機業だと知らずに利用し、利用されるケースも少なくない。

 

 

『ましてや、その増援はどこに居るんだ? こっちのモニターには、影剣の奴らしか見えねぇが?』

 

『彼らは影剣なんかじゃない、トウ派の人間だ。くれぐれも敵と間違え、危害を加えたりするなよ? 君だって、そのような手違いで抗争の火種にはなりたくなだろ?』

 

『千歩譲ったとして…その3流集団がトウ派だとして、なんで学生寮に向かった?』

 

 

 現在、この非常事態において一般の生徒達は、それぞれの寮室に避難していた。諸外国が重要視している専用機持ち達は教員に呼び出され、倉持技研に足を運んでいる一夏と侵入者の迎撃に向かった楯無以外は全員、地下に存在する機密区画に居る。つまり、この学生寮に人員を送る意味は皆無である。

 

 

『君達でも気付かなかった見落としがあるかもしれないから、代わりに私達が徹底的に探索してあげようと思ったまでさ。感謝してくれても構わないぞ?』

 

『今は一般生徒で溢れかえっているんだが?』

 

『彼らはプロだ、一般人如きには察知されない。もっとも、彼らも人間だ、万が一ということもあるだろう。無論その時は遺憾だが…大変遺憾だが、口封じするしかないがね?』

 

『テメェ…』

 

『死人が出て、それが尚且つ亡国機業の手によるものと分かれば、世界各国の追跡は激化するだろうな。ましてやスコール氏とフォレストの管轄内で起きたとなれば、組織内からの風当たりも悪くなるだろうが……その時はまぁ、運が悪かったと諦めてくれ…』

 

 

 二人の会話を聞いていた影剣は、このウェイと言う男の目的が段々と分かってきた。どうやら自分達は、これから人で溢れ返った学生寮に侵入させられるらしい。そして、それは生徒を何人か殺すことを前提に行うことになるだろう。

 影剣にとっては、先行した別働隊の陽動という目的があるが、ウェイにとってはそんなの建前に過ぎない。真意は分からないが、ウェイは自分の同僚を陥れたいようだ。会話から察するに亡国機業も一枚岩とはいかないようで、自分達のこの行動で損をする者と得をする者の両方が居るのだろう。少なくとも、ウェイは前者のようだが…

 

 

『そんなに俺達が邪魔か』

 

『あぁ、この手で潰してやりたい位に目障りだ。お前如きが私と同じ盟主候補なのも腹ただしいが、それ以上に貴様らの姿勢に虫唾が走る』

 

 

 憤りを感じさせるオランジュと、それに比例してドスの聞いた声を出すウェイ。声のみしか感じ取れないにも関わらず、影剣の面々は二人の放つ怒気に冷や汗を流し始めた…

 

 

『堅気を殺すな、巻き込むな、無闇に傷つけるな…苛々するんだよ、お前らは。同じ穴の狢の分際で、何を今更ほざく。幾らお綺麗に振舞おうが、どこまで行っても所詮は屑の集まり、行き着く先は私達と同じゴミ溜めだ』

 

 

 ウェイには、彼らフォレスト派が理解できなかった。同じ犯罪者集団でありながら、彼らにはトウ派には無い確かな秩序と清廉さがあった。無法者に変わりないにも関わらず、彼らは常に自分達に厳しく、何よりも表の人間を巻き込まないことを信条としていた。彼らがカモとして狙うのは、いつだって同業者と犯罪者ばかりだ…

 そのことが、ウェイには理解出来ない。それだけの力があれば、なんだって思いのままだ。表の人間など、自分達にとっては家畜みたいなものだし、いちいちそんな存在に気を使う意味が分からない。

 

 

『そもそも何なんだ貴様らは、わざわざ自分達に"法"という枷を…』

 

『"法"じゃ無ぇ、"掟"だクソ虫』

 

 

 ここで初めて、オランジュはウェイの言葉を遮った。その声と言葉に篭められた怒気は今までのものを軽く上回り、ウェイを怯ませ言葉を失わせた…

 

 

『そんなの言われなくても分かってるんだよ、俺達がロクデナシってことぐらい。だがな、それでも俺達は、ヒトデナシの獣畜生にまで落ちぶれたつもりは無ぇし、堕ちるつもりも無ぇ。それが"法"に見捨てられ、"掟"を守り護られる事を選んだ俺らなりのケジメであり、誓いだからだ』

 

 

 先程とうって変わって、オランジュを除く全員の沈黙が続く。誰一人として彼の言葉の真意を理解した訳ではないが、通信機越しに聞こえてくる彼の声に篭められた怒気に気圧され、何も言えなくなったからだ。そして…

 

 

『そんな俺達の生き方を見て、何をどう感じようがテメェらの勝手だが、俺達の目の届く範囲で直接手を出すって言うのなら容赦はしない。生憎とフォレスト派の掟では、『見殺しも殺しのひとつ』ってことになってるからな。だから…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『害獣駆除の時間だ、皆殺せアイゼン』

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後で爆発的に膨れ上がった殺気に反応した影剣の一人が、反射的に背後を振り返る。彼が最後に認識したのは、振り向くと同時に銀色に煌めく何かが、自分の額に深々と突き刺さる瞬間だった…




○ティナのEOSは返却前のを無断使用してます
○ウェイの目的はフォレスト派の失脚です
○そんなウェイに対して実力行使に出たオランジュですが、ちゃんと後始末も含めて準備万端です
○しかし最近、原作キャラと殆ど絡んでないなぁ…
○早くレストラン『森の家』書きたい…


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