IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

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先生との決着は保留にしましたが、二人のギクシャクした関係には決着を付ける予定です。
このアメリカ珍道中が終わったら『オランジュの報告書(七巻学園サイド)』をやって、八巻に入ろうかと思ってます。

外伝の方は、もう暫くお待ちください…;


微睡みの中で心の内を… 前編

 

「……はぁ…」

 

 

 昼間の逃走劇から何とか無事に生還する事は出来たが、拠点であるホテルに戻ってからもマドカの気分は一向に優れない。帰って早々にセイスを置いてきぼりにして部屋へと戻り、一人でベッドに身を投げて仰向けになってグッタリしながら溜め息を一つ吐いていた。

 

 

「……何でセヴァスは、私なんかの為に…」

 

 

 自分がイーリスとナターシャの二人に追い詰められた際、セイスは自分の復讐を即座に諦め、自分の事を助けてくれた。この前の出来事や、オランジュに言われたことにより、彼が自分の為に無茶をするという事は既に理解していたつもりだったが、やはり心の何処かで有り得ないと思っていたのか、あの光景を前にした時、動揺を隠すことが出来なかった。

 

 

「私には、お前の隣に居る資格なんて、無いのに……」 

 

 

 文字通り身を投げ出し、命懸けともいえる方法で窮地に陥った自分を救ってくれたセイス。彼の復讐を手伝うと言って飛び出したにも関わらず、結果的に自分が彼に復讐を断念させる要因になってしまった。その事実だけでも今の自分の気分を暗くさせるには充分過ぎるのだが、それ以上に自分で自分を許せない事があった…

 

 

「……私は…お前が私の為に命を懸けた事を、悲しく思うよりも先に喜んでしまったんだぞ…」 

 

 

 セイスに生き続けて欲しいのは、間違いなく自分の本心だ。彼は自分の在り方を肯定してくれる唯一の存在であり、今の自分が最も心を許せる人間であると自身を持って言える。それに前回の騒動でセイスが死んだと思った時、自分は胸が張り裂けそうな程の悲しみと、抑えきれない怒りを覚えた。少なくとも、そう言った感情を抱く程には大事な存在だと思っている。ましてや、彼が死んだ原因の一つが自分だった場合、一生立ち直れないかもしれない。

 

 そう思っているにも関わらず、セイスが自からの命を危険に晒しながら、自分を助けてくれた事を素直に喜んでしまった…

 

 自分の為に死んで欲しくないと思っていながら、ビルから飛び降りて落下するセイスを目の当りにした時、悲しむよりも先に嬉しいと感じてしまったのだ。その矛盾した感情に気付いてからというもの、マドカはそんな自分に対する自己嫌悪に苛まれていた。この場に自分がもう一人居たならば、躊躇することなく殴り掛かっていただろう。

 

 

「お前の復讐を満足に手伝う事も出来ず、お前が私の為に命を投げ出すことを喜ぶ……ハハハッ…どうやら、私は自分が思っていた以上にクズのようだ…」  

 

 

 自嘲気味な笑いを漏らしながら、いつの間にか頬に流れていた熱いものを拭う。しかし、手で拭っても拭っても、それは止まることなく溢れ続けた。愚かで滑稽な自分が可笑しくてしょうがない筈なのに、胸を締め付けるような感覚が一向に消えない。最早どっちが本当の自分の気持ちなのか、自分で分からなくなっていった。様々な感情に苛まれ、思考がグチャグチャになったマドカは部屋で独り、ひたすら笑い続け、ひたすら泣き続けた。そして…

 

 

「……やはり私は、セヴァスの隣に居ない方が…」

 

 

―――コンコンッ…

 

 

「……うん…?」

 

 

 出し抜けに、彼女の言葉を遮るようにして部屋の扉がノックされた… 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「言い残すことはあるか、ゴミ兄…」

 

「ま、待てマイ・シスター!!」

 

「俺達は、ちゃんと、仕事を完遂しぐぎゃあああああああああああああああああああ!?」

 

 

 アメリカ政府による奇襲から逃れ、どうにか拠点であるホテルに帰還することが出来た俺とマドカ。

 建物から飛び降り、ISのパワーでコンクリの地面に叩き付けられ、その上で下水道の中を逃げ回ったもんだから流石にヘトヘトだ。状況悪化の原因の一つを作ったバカ兄弟が、昨日の再現の如くロビーの真ん中で自分達の妹にボコボコにされている光景を視界の端に捉えたが、それさえどうでも良いと感じる位だ。ていうか今の俺は、もっと深刻な事態に直面しているので、それどころではない。

 

 

「さっきからマドカが口を利いてくれないんだけど、どうすれば良いと思う?」

 

「エムに関してテメェが分かんない事が私に分かる訳ねぇだろッ!!」

 

 

 あのオータムに思わず尋ねてしまう程に深刻な事態…それは追手を振り切るために下水道へと逃げ込んでからというもの、マドカが俺に対して殆ど口を利いてくれないのだ。このホテルに辿り着いてからも『先に戻ってる』と言って一人だけさっさと部屋に行ってしまった。

 一応最低限の返事はしてくれるのだけど、ここに来るまでに彼女の口から『あぁ…』と『分かった』しか聞いてないの。少し元気が無い程度に感じた先日までの様子と比べると、明らかに悪化しているとしか思えない…

 

 

「やっぱ気にしてるのかね、あの時の事…俺は気にしてないって言ったのに……」

 

「知らねぇって言ってんだろが!! 良いから早く荷物纏めに行って来い、時間がねぇーんだ!!」

 

 

 そう言ってオータムは自分の荷物を纏めつつ、俺に大きな鞄を投げつけてきた。勢いよく投げつけられたそれを俺は片手で難なく受け止め、再びマドカのことを考える。

 しかし実際、彼女の言う通り俺達に時間があまり無いのは本当だ。シャドウ達の情報によると、俺達を襲撃してきたアメリカ政府の一団はこのホテルの向かい側にある建物を拠点にしているらしい。しかも、明らかにここが俺達の拠点であると認識した上で陣取っているとしか思えないそうだ。イーリスという大戦力を撃退されたばかりとあって、向こうも割と慎重になっているだろうが、あまり安心出来ない…

 なので少々予定が早まったが、俺達はこのホテルから立ち去る事になった。大きな荷物はロビーの居るシャドウが整理してくれるらしく、俺とオータムは今から部屋に行って自分の荷物を纏めにいくとこだ。色々と話したいことがあるし、夜逃げの話をする前にマドカは部屋に行っちゃったので、これからの予定を説明をする事も考えるに丁度良いかもしれない。

 

 

「セイスさん、少しよろしいですか?」

 

 

 などと考えながらエレベーターに乗ろうとしたその時、唐突にシャドウが声を掛けてきた。彼女が来た方向に視線を向けると、案の定バカ兄弟は返事が出来ない屍の一歩手前になるまでボコボコにされていた。ザマァみろ…

 

 

「どうかしました?」

 

「あの…これ……」

 

 

 そう言ってシャドウがどこか気まずそうに手渡してきたのは、一枚の紙である。何だろうと思って良く見てみた途端、思わず目を見開いて固まってしまった。

 その紙はルームサービスの請求書だったのだが、書いてある金額が決して安くないのだ。オータム達の倍はしている気がする…

 

 

「この請求書が、なにか…?」

 

「……名義が貴方の名前になっているのですが…」

 

「ふぁ!?」

 

 

 つい変な声を出してしまったが、彼女の言うとおりだった。全く心当たりの無い金額が書かれた請求書には、はっきりと俺の名前が記入されていた。しかし、その字は明らかに俺のものでは無かった。しかも、それは随分と見覚えのある筆跡で…

 

 

「人に心配させるだけさせといてコレかあの女あああああああああぁぁぁ!!」

 

 

 エレベーターを待ちきれなかった俺は、尋常じゃないスピードで階段を駆け上り自分の部屋を目指した…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 セイスが必死で部屋を目指していた頃、当のマドカは目の前の高そうな酒瓶と睨めっこをしていた。

 

 

「どうしたものか、これ…」

 

 

 独り部屋で泣いていた矢先、ノックされたドアを開けると外に居たのはホテルの従業員だった。手には随分と値が張りそうなワインボトルを手に持っていて、彼は困惑するマドカにそれを手渡すと一礼してさっさと立ち去ってしまった。しかし、何なのか分からなくて暫く戸惑ったが、程なくしてコレは自分が注文したものである事を思い出した。

 

 

―――セイスの名義でだが…

 

 

「……絶対に怒るだろうな…」

 

 

 本来の予定なら今日、セイスは念願の復讐を達成出来る筈だった。その祝杯の意味合いも込めて、夜に二人で飲むつもりで今朝の内に注文しといたのだ。彼の名義で注文したのは、いつもの悪戯心である……というか、いつもの自分に戻ろうとする為に、多少なり怒られるのを覚悟で無理やり決行したのだ…。

 ところが結局、昼間の出来事でそれどころでは無くなってしまい、今まで完全に忘れていたのだ。 

 

 

「やっぱり、返してこよう…うむ、それが良い……」

 

 

 あんな出来事があった後では、流石に飲む気分にはなれなかった。確かに注文したワインは、不本意ながら贅沢慣れした自分から見ても良いものだと分かる。見れば見るほど上等な酒だという事が分かり、精神的にも肉体的にも疲れていた事もあって、いつの間にか手にはワイングラスを戸棚から…

 

 

「イヤイヤ、何をしているんだ私は…」

 

 

 寸前のところで我に返り、グラスを戸棚に戻す。流石にこんな時くらい自重出来なければ、自分で自分の人間性を疑うし、日頃セイス達に言われている『食いしん娘』という称号を否定できなくなる。

 そう自分に言い聞かせ、マドカはこの高値のワインを返却すべく部屋のドアを開けて…

 

 

「申し訳ありませんお客様、栓抜きの用意を忘れておりました」

 

「……」

 

「では、失礼致します」

 

 

 扉を開けた瞬間さっきの従業員が自分の前に立っていて、ワイン用の栓抜きを手渡して去っていった。突然の事に思考がフリーズし、従業員に声を掛けることも忘れてその場に突っ立っていたマドカは、彼の背中が見えなくなった同時に自分の手元に目を落とす。

 右手にはワイン、左手には栓抜き。正直言って、空腹な上に喉もカラカラである。疲労と空腹と想定外の事により、殆ど働かない頭で暫し(三秒)悩んだ後、一人納得したよう頷いて彼女は…

 

 

「……少しだけなら、良いよな…」

 

 

 

―――部屋に戻ってグラスの準備を始めるのだった…

 




セイスもマドカも基本的に酔いにくい体質にしてますが、今回の彼女は心身共に疲れてしまっているので……酔わせます…

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