「……。」
自分の携帯を取り出し、登録してある電話帳からとある名前を表示させる。もう一度だけボタンを押せばそいつに電話が発信される直前で指が止まり、思い直しては携帯を閉じてポケットにしまう…
誰も居ない住宅地の通りで、マドカは何度もその動作を繰り返していた…
「セヴァス…」
もう何回目になるか分からないその行動…自身の携帯のアドレス帳からセヴァスの名前を検索し、ディスプレイに表示させる。そして、何度も彼に電話をしようとしては思い留まる。
「……いや、やはり駄目だ…」
これから自分がやろうとしていることは明らかな命令違反だ、スコールに命を奪われるのはほぼ確定だろう。それだけに飽き足らず、セヴァスにも迷惑が掛かるかもしれない…
―――何せ、監視対象である織斑一夏を殺すのだから…
「これ以上は無理だ…」
完全なる自分の我が儘、完全なる自分の身勝手…それも本命である織斑千冬に対するものですら無く、一時的な感情に身を任せた中途半端なモノ。だけど、自分を抑えることは出来そうにない…
例え確実に死ぬと分かっていても、セヴァスに迷惑が掛かると分かっていても、この衝動を抑えることなど出来やしない…。
それでも、せめて…
「せめて何も知らずにいてくれれば、マシにはなるか…」
もしもここでセヴァスに通信を繋げてしまえば、何かと悟られてしまう恐れがある。例え邪魔をされようが、彼に自分を阻止出来るとは思えない。だが織斑一夏の身に何かあった場合、その責任は奴を担当しているセヴァスに行くことになる。ましてや自分が奴を殺すのをむざむざ許す結果になってしまったら、彼は更に責められることになってしまうだろう…
「……そもそもセヴァスに言う必要なんて、無いじゃないか。遺言でも残す気じゃあるまいし…」
そうだ、何を悩む必要があるというのだろう?彼に通信を繋げたからと言って、別に何かが進展する訳でも無い。むしろ悪い事にしかならない…
「……それとも…単純にアイツの声が聴きたかったのか、私は…?」
セヴァスは自分にとって一番の理解者だ。形は少し違うが、同じ復讐者でもある彼は自分の事をよく分かってくれる。だからこそ誰よりも気を許し、誰よりも信頼していた…
どこまで本気かは知らないが、私の復讐を手伝ってくれるとも言ってくれた。私が欲したモノを手に入れるまで、私の馬鹿に最後まで付き合ってくれると言ってくれた。例え酔いが回ってた故の戯言だったとしても、冗談だったとしても嬉しかった…
だけど仕事に忠実であり、フォレストに恩を感じているセヴァスの事だ…流石に私の行動を見過すことは出来ない筈である。別にそれを咎めるつもりは無いし、そんな資格は私に無い。相手を裏切りをするのは、私の方だから…
「だけど、私は止まれないんだ…全ては、私が私たる為に……だからセヴァス、すまない…」
まるで自分に言い聞かせるように呟き、彼女は奴が訪れるであろう場所へと歩みを進めた…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ったく…本当に自分の立場を理解してねぇな、あの能天気共は……」
遊び盛りなのは結構なことだが、襲撃された日ぐらい自重したらどうかと思う。警備がそれなりに厳しいIS学園でならまだしも、自宅で誕生日パーティとか襲ってくれと言ってるようなものじゃないか…
まぁ…IS所持者が一夏本人も含めて7人も居ることを考えれば、過剰戦力と言えなくもないか……
「あ、やべ…ちょっとフラフラしてきた……」
貧血の様な感覚に襲われ、意識がスゥッと遠のいた。どうにか気合で踏みとどまり、織斑家の目と鼻の先でぶっ倒れるような真似を避けることに成功する。昼間はティナのせいで散々血を流す羽目になったので、当然と言えば当然である。さっきコンビニに立ち寄って軽く飯を食ったが、全然足りない…
因みに今俺が居る場所は、一夏の自宅から民家4件分ぐらいの距離しか離れていない。何度かチョロチョロと奴の自宅前に近づいては戻り、近づいては戻りを繰り返している。一応、この行動には意味があるのだが…
「……つーか、いい加減に気付いてくれないと困るんだけどなぁ…」
「何が困るのかしら、不審者さん…?」
―――後ろを振り向けば、暗部最強(笑)さん
「……何故か一瞬殺意が湧いたんだけど…」
「気のせいだ。にしても、やっと気付きやがったか…」
「一往復目で気付いたわよ、ただ抜け出す機会が無かっただけ。それにしても…」
スッと目を細め、此方を睨みつける楯無。そしていつもの扇子を広げた…
―――『疑心暗鬼』
「……当然か…」
「えぇ、そりゃそうよ。何であんな中途半端に自分の存在を私に教えたのか、是非とも教えて貰いたいわ…」
気配を完全に消すわけでも無く、かと言って殴り込みに行く訳でも無い。それは一般人には決して察知することは出来ず、軍人であるラウラでもギリギリ気付くことは出来ない微妙な加減。あれに気付くことが出来る者が居るとすれば、目の前の楯無くらいだろう……故意にそうしたのだが…
「ところで、織斑一夏は今どうしてる…?」
「さっき皆の飲み物を買いに行く為に、自分の部屋へ財布取りに行ったわ。早く戻らないと一人で行かれちゃうから、さっさと戻りたいんだけど…?」
「……そりゃ不味い…」
思わず声に出してしまった。俺の様子を見た楯無はより一層怪訝な表情を見せ、此方を警戒し出す。正直やってしまった感はあるが、今更止まれない…
「これは…ちょっと余計な真似をしたかもしれないな……」
「何の話かしら…?」
「こっちの話…と言いたい所だが、生憎今回はそうも言ってられない……何せ、織斑一夏の生死に関わる事だからな…」
「ッ!?……どういうこと…?」
内容が内容なだけに、流石の楯無も動揺を隠しきれなかったようだ。今ので完全に彼女の興味を惹く事に成功したと確信し、すかさず俺は言葉を続ける…
「いやちょっとな、織斑一夏の命を狙ってる奴…それもIS所持者が向かってるらしいんだ。当然、織斑一夏を殺す為に……」
「なッ…」
「組織の方針的にも、個人的にも、奴には当分死なれる訳にはいかないんだよ。てなわけで警告ついでに協力でも頼もうかと思ったんだが、余計な真似しちまったようだな…」
「……その話が本当である証拠は…?」
「無い」
あるわけが無い、言える筈も無い。しかし、こうしてる間にも確実にアイツは一夏の元へと向かっているに違いない。故にここで楯無に信用して貰わないと、かなり困ったことになる。だから俺は、用意しといた切り札を早々に使うことにした…
「証拠は無いが……土産なら用意してやる…」
「……土産…?」
「あぁ、お前にとっても悪い話じゃないさ……今回の件が終わったら…」
―――今回の件が終わったら、俺の身柄を拘束しろ…
「ハァ!?」
おぉおぉ、見事な位に驚いてるな…否、呆れてるだけか。だが、中々に面白い顔になっている……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本当に…本当に今日の彼は何を考えているのか分からない。全く予想が出来ない分、不本意ながら見慣れた存在となってしまっていた彼を不気味に感じる…
「セイス君、本当に何を企んでるの…?」
「別に何も考えてないさ。俺はただ、織斑一夏の襲撃を阻止出来ればそれで良い…」
それは実際のところ、本当かもしれない。現に今までも、彼は結果的に一夏を護る様な結果を残したり、堅気の人間を極力巻き込まない様に行動している。組織の方針と言う事もあるかもしれないが、そこだけは信用して良いと思う……しかし…
「……幾ら監視対象を守る為とはいえ、捕まって平気なの…?」
「最後は脱走する気だから構わない」
―――堂々と脱獄宣言しやがった、コイツ…
「流石の俺も態々捕まって、組織の情報をベラベラ喋るような真似はしないさ。そんなことしたら本末転倒も良い所じゃないか…」
「私にメリットが無いじゃない…」
「別にこういう状況じゃ無かったとしても、捕まったら全力で逃げるさ。そもそも、俺は組織の情報をやるは言ってない。それを手に入れる“チャンス”をくれてやると言ってるんだ…」
「……。」
物は言い様とは良く言ったものだ。それっぽい事を言ってはいるが、そんな不確かなモノので普通は動く気にはなれない。しかし、良く考えてみると得をしないのは確かだが、損もしないと思えてきたから不思議である。幾ら脱走することを宣言したところで、一度捕まえさえすれば対策なんて幾らでも講じる事が出来る…
「早くしろよ。俺の予想が正しければ、そろそろ来る頃だ…」
「……ちょっと考えさて頂戴よ…」
「おいおい、考えてる暇なんて無いぜ?…そもそも何を悩む必要があるんだ?お前はただ俺の警告を意識しながら、いつものように仕事をすれば良いだけじゃないか……」
「罠かもしれないじゃない…」
「罠?罠なんて仕掛ける必要なんて何処にある…?」
その通りなのだが、何か腑に落ちないのだ。いつもならこの彼の言葉一つ一つに込められた意味を探り、不安要素を確実に潰しておくのだが……如何せん、その時間が無い。こうしている間にも、護衛対象が命の危機にさらされる可能性があるのだから…
「……分かったわ。取りあえずは、あなたの事を信用する…」
「感謝する。」
本当に不本意だが、背に腹は代えれない。それに罠だったとしても、敢えて正面から受けて立とうでは無いか。それが学園最強の名を背負うものとしての振る舞いであり、自分の矜持と覚悟である。
「で、何処に行けば良いのかしら…?」
「多分、奴なら織斑一夏の向かう場所に先回りしている可能性がある。そこに行けば良いだろう…」
「そう……だったら、急いだ方が良いわね…」
彼が買い出しに向かった場所は、恐らく自宅から最寄りの自販機。よりによって、今自分体が居る場所とは真逆の方向である。モタモタしていたら間に合わない…
急いで彼の元へと向かうべく、踵を返して動き始める。それに続くようにして、背後に立っていたセイスも自分について来る形で歩き始めた…
「あぁ、ところで楯無…」
「ん…?」
「ついでに一つ、頼みたいことがあるんだが…」
「内容にもよるけど、手短にお願いね。急げって言ったのはセイス君なんだから…」
「すまねぇな…じゃ、遠慮なく言わせて貰うが……」
―――ちょっと死んでくれないか…?
「ッ…!?」
背後からそんな言葉が聴こえてきたと感じた時には既に、視界の上下が反転して夜空を見上げていた。凄まじい勢いをもって地面に叩き付けられたのだと理解した瞬間、遅れてやって来た衝撃と激痛が全身に走る。あまりの事に呼吸もままならず、声も出せなかったが己の本能が命の危機を警告してきた。それに従い何とか横に転がると、さっきまで自分の頭があった場所に何が振り下ろされ、コンクリの地面にヒビを入れていた…
「動くなよ、殺せないじゃないか」
目の前のその光景に心から驚愕と戦慄を覚えたが、頭上から降って来た声と気配に脳内の警鐘が再度鳴り響く。身体に走る痛みを堪え、何とか身体を起こすと目の前に殺人的な速度で誰かの握り拳が迫っていた。慌ててガードするも、勢いを殺し切れずに数メートル程吹っ飛ばされてしまう…
それでも学園最強の名は伊達では無く、無様に転がることなどせずしっかりと着地してみせた。その頃には痛みもある程度引き、呼吸も整っていた。そして目の前の相手を睨みつけるぐらいの気力も、既に取り戻していた…
「なに、を…?」
「『何を』だって?言わなきゃ分かんないか?」
―――目の前に居る、本物の殺意を向けてくるセイスを…
「……罠なのは覚悟してたけど、ちょっといきなり過ぎないかしら…?」
「ククッ…」
いつもと明らかに違う雰囲気を纏った彼の口から出たのは、自分の言葉に対する返答では無くゾッとするような薄ら笑いだった。自然と身体が強張ったが、目の前の彼はそんことお構いなしだ…
冷静になって考えたら私だけを誘い出す必要も、彼が自身の身柄を差し出す理由も無かった事に気付く。内容が内容なだけに思わず意識を向けてしまったが、まさかそれが狙いだったというのだろうか…?
「……笑ってないで何か言ったらどう?特に本当の目的とか…」
「ククク、ヒャアァハハハハァ!!……あぁすまない、俺って誰よりも大馬鹿野郎だったって事が改めて分かっちまったからな…それが可笑しくて可笑しくて仕方ないんだ。えっと、目的が知りたいって言ったか?目的、ねぇ……強いて言うなら、これが俺の『生きる理由』だからだ…」
そう言ってセイスは再び狂ったような笑い声を上げ、その雰囲気を保ったまま言葉を紡ぎ続けた…
「奴らに対する『復讐』も旦那達への『恩返し』も、俺にとって充分な『生きる理由』に成り得た代物だ!!けど駄目だ、全然駄目だ!!今の俺が手に入れたモノと比べたら、どれもこれも取るに足らない!!……人によっては、狂ってると称されるかもしれないけどな。何せ…」
―――ただの口約束の為に、仲間も恩人も全て裏切ろうとしてるんだから…
「だけど、アイツに約束したんだ…テメェの馬鹿に最後まで付き合うって。その為に、全ての準備を整えてきた。旦那や姉御、それどころかアイツ自身の知らない所でコッソリな……」
―――自分は大馬鹿野郎で、最低の裏切り者。これを実行してしまえば、そうなることは避けられないだろう。それでも…
「でも今更後悔はしない。だって、それこそが俺の決めた『生きる理由』であり……」
「ッ…!?」
―――俺のずっと『欲しかったモノ』、絶対に失いたくない『誰かとの繋がり』だからッ!!
ISを持っているという絶対的な優位点を忘れさせる程の殺気を纏い、セイスは此方に向かって駆け出した。見慣れた存在である筈の目の前の彼は、今までに無い程の狂気と歓喜を瞳に宿らせており、まるで別人のように見えた…
無論、セイスの言う『誰かとの繋がり』の中にオランジュやフォレスト達も入ってます。けれど、色々な理由があって優先順位はマドカがブッチ切り。その理由とやらはその内に…
因みに、大馬鹿野郎は無策で来てません。それなりに策は用意してます…