IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

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久しぶりの本編です。当分はこっちをメインに更新します……シリアスですが…




置き土産 前篇

 

 あの時代に、あの場所で経験した光景はあまり思い出せない。そりゃあ、徹底的に半殺しにされ続けた場所でのことなんて真剣に覚えようとするわけ無い。精々、自分をあんな目に遭わせたクソ野郎共の顔と呼び名位しか頭に残ってない。

 

 

―――初めて俺の骨をへし折りやがった『ジェームズ』

 

―――俺から引き千切った身体の一部を犬のエサにした『ヘンリー』

 

―――毎日ゴツイ銃器を持って来ては、俺の身体に穴を空けまくった『守衛』

 

―――毒物に対する耐性を確かめるために、あらゆる薬品を俺に投与した『医者』

 

―――いつもコイツらに指示を出していた『チーフ』

 

 

 他にも何人か居たが、俺はその全ての野郎の顔を覚えていた。いつかこの苦痛の日々が終わりを告げた時、一人残らず同じ目に遭わせてやると心に誓っていたからだ。ただ現状に悲しむだけの毎日をやめたその日から、それだけを心の支えにして生きてきた。

 

 

―――なのに、そんな唯一の心の支えを“アイツ”は俺から奪い去りやがった…!!

 

 

 あの瞬間、あの狂った場所で最もマシな奴だと思っていたアイツは、俺にとって最も憎悪すべき奴になっていた。作り物である俺に知性と理性を与えた奴、あの場所で唯一俺が本名で覚えていた相手…

 

 あの忌むべき研究施設で最後に見た光景…違法研究の証拠である俺を消す為に、スペインの辺境地行きのコンテナにブチ込んだアイツ。そのせいで俺は、俺を嬲り者にした奴らを殺すチャンスを奪われた…

 

 アイツにされたからこそ、俺はあの場所から去る直前の光景は決して忘れなかった……そして、アイツの名前も決して忘れやしなかった…

 

 

 そいつの名は…

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

『どうした、ボーっとして?』

 

 

「……何でもない、状況はどうなってる…?」

 

 

『全て滞りなく順調だ。マドカも姉御も準備万端だし、後は時期を待つだけさ…』

 

 

「そうか…」

 

 

 

 先日の騒動から数日後、IS学園主催の大イベント『キャノンボール・ファスト』の日がやってきた。IS学園のみならず、街全体が盛り上がる大規模なモノである。しかもISがダイレクトに関わる催し故に、ISの権威とも言える学園の関係者はこぞってコレに色々な形で駆り出されるのだ。

 

 つまり、学園で何かやらかすなら、これ以上の好機は無いと言っても過言では無い…

 

 当然ながら、厄介な楯無やのほほんさんもCFの方に行ってるらしい。全ての統率役として織斑千冬は例の学園の地下最深部で指揮を執ってるが、逆に言えばそれさえに気をつければ他は問題ない。

 

 

 

『しかし虎穴に入らなきゃ何とやらだが、流石に無茶じゃね…?』

 

 

「危なくなったら逃げるし、流石にマドカや姉御たちに暴れられたら指揮を放棄することも出来ないだろう?精々、山田とかその辺が来るだろうよ…」

 

 

 

 ステルス機能を作動させ、今俺が向かっているのは通称『レベル4』とか呼ばれてる学園の最深部だ。そこには表沙汰に出来ないような機密がわんさか保管されており、世界中の諜報部がその場所に全力で探りを入れているような場所だ。もっとも、今のところ忍び込めた奴は居ないらしいが…

 

 

「春先に出てきた無人機のデータや残骸も残ってるらしいし、ここのところ収穫が全く無かったから出来るだけ成果は残したいからな…」

 

 

『だからって学園祭の時のような無茶すんなよ?幾ら再生能力が凄いつっても、限界はあるんだからよ』

 

 

「分かってるっ。マドカにも散々文句言われたし、自重するって…」

 

 

 この前は一時のテンションに身を任せたら、随分と身体を傷つけてしまった。ただの人間にしか見えない外見故に、あの米国専用機持ちコンビはISの部分展開のみで俺に対応した。楯無の時もそうだが、相手が全力を出そうとしなかったからこそ、俺はIS相手に逃げ延びることが出来るのだ。『AL-NO.6』としての力もあるが、そんなものISの本気の前には殆ど無意味になる。

 

 その事を悪酔いして学園中に悪戯しまくった翌朝に、マドカに散々諭されたのである。因みにそのマドカだが、今日はいつもの隠し部屋には居ない。陽動の為にキャノンボール・ファストをスコールの姉御と襲撃する手筈になっており、いつでも動けるように街の方で待機しているのだ…。

 

 

「ま、とにかく心配すんな」

 

 

『よく言うぜ、ここんとこ昔の事ばっかり思い出してるくせに…』

 

 

「何の事だ…?」

 

 

『とぼけんじゃねぇよ。この前からずっと辛気臭いツラしやがって、誤魔化せると思ったのか…?』

 

 

「……バレてたか…」

 

 

 

 実は、先週辺りから昔の夢を良く見るようになった。あの日マドカに言ったように、俺は実質不可能になった奴らに対する復讐を半ば諦める形で決着をつけることにした。復讐対象みんな既に死んでるし…

 

 とは言ったものの、あの時の記憶が忌々しいモノであることに変わりない。切っ掛けは明らかに先日の学園祭襲撃の時に遭遇した『ダリル・ケイシー』と『フォルテ・サファイア』だと思うのだが、あれから結構な日数が経っている。何故今頃になってあの時の夢を見るようになるのだろうか…?

 

 

『お前に何かあると、俺がマドカ達に殺されかねないんだ。俺を助けると思って、もうちょい自分を大事にしてくれよ?』

 

 

「分かった、遠慮なく無茶してくる」

 

 

『オイ』

 

 

「ははは、冗談だよ。心配してくれてありがとよ、相棒…」

 

 

『ふん、分かりゃいいさ。そんじゃとっとと仕事始めて、とっとと終わらせようぜ?』

 

 

「おうよ」

 

 

 

 先日のレゾナンスでの事と言い、日頃の行いと言い…いつもアホばっかやってるが、こういう所は本当に頼もしい。そんな風に相棒兼親友のことを評価しながら、俺は目的地へと歩みを進めた…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「で、そっちは大丈夫そう…?」

 

 

『今のところは、ですね。俺としては其方の方が心配ですが…』

 

 

 

 多くの観客に紛れ込みながら、キャノンボール・ファスト会場の観客席にて本日の作戦の打ち合わせをするスコール。何食わぬ顔でISの通信機を使いながら共に話し合っているのは、さっきまでセイスと会話していたオランジュだ。

 

 

 

「あら心外ね、私がヘマをするとでも思ってるの…?」

 

 

『無論、姉御がミスするとは思ってませんよ。俺が不安なのはエムの方です…』

 

 

「……あぁ…」

 

 

 

 そう言って視線だけを隣にチラリと向けると、目立たない程度に変装したエムが居た。自分と居る時はセイス達と居る時と違って無表情だが、今日は特に無機質で機械的だ…

 

 エムは織斑千冬を憎んでいる。そんな彼女の目の前に、その弟である織斑一夏を晒すのだ。本人は織斑一夏を眼中にないと公言していたが、先日は眠ってる彼に銃口を突きつけたと聴く。ぶっちゃけ、今回も何を切っ掛けに暴走するか分からないと言っても過言では無い…。

 

 

「まだ彼には利用価値があるから、うっかり激情に任せて殺されると困るのよね。だからと言って、自分に『命を握られてる』と言い聞かせながら私の命令を聞いてるあの子が、無闇にそう何度も馬鹿な真似はしないと思うのだけど…?」

 

 

『どうでしょうかね?この前報告した彼女とアイツの事を考えるに、気は抜かない方が良いかと…』

 

 

「彼(フォレスト)の言う通りになるとでも…?」

 

 

 

 思い出すのは、先日フォレストに告げられた“とある事実”。その事実をスコールは半ば信じられなかったが、彼が一緒に持ってきた証拠が決定打となった。実は今回のキャノンボール・ファスト襲撃による目的は、この事実とやらに対する決着も含まれていたりする。勿論セイスが現在進行形で行ってる学園最深部への潜入も重要だし、スコールにとっては此方がメインだ。しかし、此方のサポートを買って出たフォレスト達にとっては少し違うらしい…

 

 

 

『本音を言えば、俺もにわかには信じられませんよ。ですが今まで旦那が直接口出した物事って予測が外れた試しがありませんし、何より今日はいつにも増してマジでした。だから多分…』

 

 

「……確かに、無視は出来ないわね…」

 

 

 フォレストが裏社会で一目置かれていたのはISが世に出回る前だが、女尊男卑の風潮に染まったそれ以降も彼の権威は下がるどころか上がった。幾らこんな世の中になったとは云え、ISの適正が企業や政府の要職に着く条件になる日はまだまだ来ないだろう。それはこの裏社会においても同じであり、何より組織内において策謀と人脈で彼に勝てる者は居ないに等しい…

 

 

 

『それに姉御、説得力無いかもしれませんが……アイツは俺以上に大馬鹿野郎な時があるんで…』

 

 

「本当に説得力の欠片も無いわね、阿呆専門君…」

 

 

『……姉御にまで言われた…』

 

 

 

 何にせよ、自分はいつも通りにすれば良い。そうすれば勝手に全て終わるし、解決する。それに幾らフォレストの言葉だと言っても、流石にそんなことが起きるとは思えないのだ…

 

 

 

『ん?ちょっと失礼……どうした?………げ、マジかよ……少し待ってろ…』

 

 

 

 と、その時…無線機越しのオランジュが誰かと話し始めた。相手はセイスだと思うが、どうかしたのだろうか?

 

 

 

『あ~姉御、襲撃予定時刻をちょいとばかし遅らせて貰えませんか…?』

 

 

「何かあったの?」

 

 

『少し面倒なのが出たそうで…』

 

 

 

 ため息交じりに発せられたその言葉は、本当に面倒くさそうだった…

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「……楯無の差し金か…」

 

 

 

 最深部の場所も行き方も既に分かっていた。一応関係者専用のエレベータがあるのだが、それを使うなんて馬鹿な真似はしない。幾らISすら騙せるステルス装置を持っていようが、人間の目には普通に映ってしまうのだ。エレベーターの扉が開いた瞬間にバッタリ鉢合わせするなんて状況、考えたくも無い…

 

 てなわけで現在俺は、無数に伸びた通気口(ダクト)の中から目的地に繋がるモノを選び、その中をズリズリと這いながら最深部を目指していた。途中、下へ直角に向いてる部分に差し掛かった時は何度か死に掛けたが…いや、何度か意識が跳んだことを考えるに何度か死んだかもしれない。流石に50Mからの急落下は痛かった…

 

 そんな感じで苦労しながら、漸く関係者専用のエレベーター出口が見える場所…つまり最深部である『レベル4』の入口に辿り着いたのだが……

 

 

 

「やっぱエレベータ使わなくて正解だったな…」

 

 

 

 俺はまだ天井裏から降りておらず、換気口から下を見下ろす様な形で様子を窺っているのだが……嫌なものが視界に映りこんできた…

 

 

 

「ったく…嫌がらせにも程があるぞ、アメリカ野郎……」

 

 

 

―――エレベーター前にバリケードを築き、中々の完全武装で身を包んで待ち構える『ティナ・ハミルトン』が居た…

 

 

 

「M16って……軍用ライフルの持ち込みなんて良く許可したな、IS学園よ…」 

 

 

 

 ちゃんとした所属先も後ろ盾もあるし、不可能で無いと言えば無いが滅茶苦茶だ。学園の制服の上に防弾チョッキを装着してる上に、しっかりヘルメットまで着用してやがる。良く見れば小銃だけじゃなくてハンドグレネードまで所持しているし……何故かISと向かい合った時より危険に感じるから不思議だ…

 

 

 

「…ギリギリ手前なんだよな、ココで降りると……」

 

 

 

 一端オランジュとの通信は切り、気配は完全に消しているので今はまだ気付かれてはいない。真上や背後に降りれれば儲けものだが、生憎と彼女の前方10Mの地点に着地する事になりそうだ。しかも普通の兵士や警備員ならまだしも、相手はCIA期待の超新星。その位の間合いなら、俺に全弾叩き込むなんて余裕だろう…

 

 しかし、何度見ても準備が良すぎる。さしずめキャノンボール・ファストの方に駆り出された楯無辺りが保険の為に彼女を残したのだろう……多分、脅して…

 

 

 

「……仕方ねぇ、覚悟決めるか…」

 

 

 

 さっきオランジュに無茶するなと念を押されたばかりだが、早速やぶらせて貰おう。何より、これ以上うだうだ考えてばかりいたら計画に支障が出るし、マドカやスコールの姉御に迷惑が掛かる…

 

 

 

「そんじゃ…行きます、か!!」

 

 

 

―――ガシャアァンッ!!

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 出来るだけ大きな音を立てながら換気口を蹴破り、天井から飛び降りた。虚を突かれたティナは一瞬だけ驚いた様子を見せたものの、すぐに表情を引き締めて此方にライフルの照準を合わせてくる。

 

 

 

「ところがどっこい!!」

 

 

「クッ…!?」

 

 

 

 着地するや否や蹴破った換気口の蓋を手に取り、思いっきりブン投げてやる。メジャーリーガーの全力投球並の速度で放たれたそれはティナのライフルに直撃し、俺に向けられていた銃口を逸らした…

 

 それでもどうにかティナは必殺の銃弾を放つべく、再度俺に狙いを着ける。それを逸らすことが出来る物はもう落ちて無いが、今の隙にそこそこ間合いは詰めれた。これだけ近けりゃ、俺にとっては充分だ…

 

 

 

―――タタタタタタッ!!

 

 

 

 漸く俺に狙いを絞ったライフルが火を吹いた。放たれた銃弾は俺の左肩に何か所か穴を空けたが、問題は無い。しかし中~遠距離の間合いを得意とするその銃で、しかもこんな至近距離で俺に当てたのは流石というべきか…

 

 

 

「けど、そこまでだ!!」

 

 

「クッ…!?」

 

 

 

 無事だった右腕を使い、少し本気で殴りつける。ティナは咄嗟に小銃を横に構えて何とか防いだが、その威力が想像以上だったようでかなり険しい表情を見せていた。吹っ飛びはしなかったが、ティナが衝撃で動けない内に俺は小銃を彼女の手から引っ手繰るようにして奪った。そしてそのまま彼女の足に銃口を向けて…

 

 

 

「ちょ、いきなり撃つ気!?」

 

 

「無論」

 

 

 

―――タンッ!!

 

 

 

「……ん…?」

 

 

 

 俺が引き金を引いた時には既に、彼女はその場から飛び退いていた。避けられ事に舌打ちをしながらも、すぐに狙いを着け直した時に違和感を覚えた。そして、念のため手に持った小銃にチラリと視線を移すと再び舌打ちをしたくなった…

 

 

 

「……流石だな、おい…」

 

 

「全く信じられないわ…か弱い女の子の足に向かって躊躇なくトリガー引くなんて……」

 

 

「そんな恰好してる上に、あの僅かな瞬間にマガジン引っこ抜く女をか弱いとは呼ばねぇよ…」 

 

 

 

 まだそれなりに弾が入っていた筈のマガジンは、少し離れた所で此方と向かい合ってるティナの手にあった。どうやら、小銃を奪われる寸前に抜き取ってアレ以上撃てないようにしたらしい…

 

 

 

「一応訊くが、ここに居る理由は楯無か…?」

 

 

「政府経由で生徒会長に依頼されたのは確かだけど、それ以前に上の事情よ」

 

 

「あぁ、そう…」

 

 

 

 アメリカは俺の生存を知ってはいたが、行方はさっぱり掴めていなかった。精々、俺が亡国機業に所属している事ぐらいしか分かってなかったのだろう。だが最近は活動拠点を持ったせいか、ある程度は行動範囲を把握出来たのかもしれない。先日の学園祭のこともあるし、それ以前に楯無と何度か接触しているから当然と言えば当然か…

 

 

 

「で、俺を処分でもする気か…?」

 

 

「場合によってはね。けど…ちょっと試すように言われてる事があるから、そっちが先ッ!!」

 

 

 

 そう言った瞬間、ティナは一瞬で拳銃を抜き放って俺に撃って来た。乾いた銃声と共に鉛弾が俺に向かって飛んでくるが、その前にそこから飛び退いて射線から退避する。

 

 

 

「あら、ライフル弾は平気なのに拳銃弾は避けるのね!!」

 

 

「思わせぶりなセリフを吐いといて良く言うな!!」

 

 

 

 彼女の言う通り、さっきライフルで貫かれた肩は体内のナノマシンによって既に塞がれている。今までの経験上、普通の鉛弾で俺は簡単に死ねないと自負している。しかしそれは、あくまで“普通の鉛弾”場合、だ…

 

 ティナは上司から貰ったデータや、今回のことで俺の再生能力の高さはとうに理解出来ている筈である。にも関わらず彼女は、ただの拳銃にしか見えないそれを俺に向かって撃ってくる。ということは、何かしらの対策を練って来ていると思っても良いだろう。そもそも『試すように言われてる事』というのが何なのか凄く不安だ…

 

 

 

「てなわけで、さっさとケリ着けさせて貰うぜ…!!」

 

 

「んな…!?」

 

 

 

 数えて6発目の銃弾を避けたのとほぼ同時に全力で駆け出し、ティナの方へと一気に迫る。さっきまでやや加減しながら動いてた為、俺の予想以上の動きの速さに対応出来ずに明らかな隙が出来た。すかさず弾切れ状態の小銃を横薙ぎに振るい、彼女の右手から拳銃を弾き飛ばす。そして、そのまま更に小銃を振りかぶり…

 

 

 

 

―――タタンッ!!

 

 

 

 

「……へ…?」

 

 

 

 

―――振り下ろす前に、両膝を撃ち抜かれた…

 

 

 

 

「ぬおおおぉぉッ…!?」

 

 

「……ぎ、ギリギリだったわ…」

 

 

 

 膝の皿が割れるどころか木端微塵になった感覚に不意打ちされ、思わず崩れ落ちる。何とか視線を上に向けると、さっきとは逆の方の手に銃を握っているティナが見えた。どうやら予備の拳銃を隠し持っていたようで、それに至近距離で撃たれたらしい…

 

 

 

「勘違いしてるみたいだから言っとくけど、本命は今の方よ…?」

 

 

「…何?」

 

 

「そろそろ気付くんじゃない?何かが変だって…」

 

 

「いったい何を言って……ッ!?……テメェ、まさか…」

 

 

 

 よく見ると、今彼女の手に握られているのは普通の拳銃では無かった。銃口は縦向きに二つあるが、グリップにマガジンを装填する部分が見られず、二発しか装填出来ない代物のようだ。明らかに使い難くそうなソレは、どう見ても普通の銃では無かった。

 

 

 

 

―――そして何よりも、撃たれた両膝が何時まで経っても再生しないのである…

 

 

 

 

「ちょっと失礼」

 

 

 

 

―――タンッ!!

 

 

 

「ぐッ…!?」

 

 

「……成功のようね…」

 

 

 

 何時の間にかさっき弾き飛ばした拳銃を拾い上げてきたティナは、今度はそれで俺の片肘を撃ち抜いた。身体を貫く慣れた感覚の後に、いつもなら速攻でやって来る筈の欠損した部分が治癒していく感覚。

 

 

 

―――そのいつもの感覚が、無い

 

 

 

 

「……技術部の新作か…」

 

 

「そうよ。あんたのナノマシンンの活性を阻害する、人外対策の切り札よ。本当はドイツの『遺伝子強化素体』対策のために開発されてたらしいけど…」

 

 

 

 これは本当に面倒なことになった…この状況、下手をすれば俺は死ねる。何とも情けないことになったもんだ、後でオランジュやマドカ達に何て言われることやら……

 

 

 

「さてと、ちょっとお話しない…?」

 

 

「……何だ?化け物に対して、人間様の有り難い御言葉でも聴かせてくれんのか…?」

 

 

「さぁ?どう思うかはあんたの勝手だけど、一応上司から言う様に指示受けてるのよ」

 

 

「…?」

 

 

 

 そこで言葉を切り、用心の為か拳銃の弾倉を取り換えるティナ。ここ最近IS持ちと雑魚ばっか相手にしてたせいか、自分に対して最初から最後まで手を抜かない実力者を相手にしたのは本当に久し振りだったので油断したのかもしれない。いつも相手の慢心に付け込んでた分、本当に情けない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた、CIAに入らない…?」

 

 

 

 

―――今、何て言った…?

 

 

 

 

「……おたくの上官は馬鹿か…?」

 

 

「いや正直言って悔しいけど、貴方の実力は確かなものじゃん。事前に見せられたあんたの亡国機業のエージェントとしての実績の数々は、そうそう誰でも真似出来る者では無いもの…」

 

 

「俺はテロリストだぞ…?」

 

 

「元犯罪者な局員なんて、うちには腐る程居るわよ。それに非合法局員枠だってあるし?」

 

 

 

 それほど俺の実力を高く買ってくれているというのは、満更でも無い。だが生憎、俺は今の居場所が好きでしょうがないのだ。それに何より…

 

 

 

「……今更この俺が、テメェらの国に協力すると思うか…?」

 

 

「一応、あんたの国でもあるんじゃないの…?」

 

 

「ぬかせ、ボケ」

 

 

 

 あぁそうだとも、実際アメリカで作られた俺はアメリカ出身ってことになるんだろうよ。作り物である俺に、人権が与えられるかは怪しいが…

 

 だが出身者だからと言って、俺に散々な記憶ばかり植え付けたあの場所に忠誠を誓えとかナンセンスにも程がある。しかも俺がスペインの辺境地に廃棄された後、フォレストの旦那に拾われるまでの間に政府の連中は俺を捜そうともしなかった……当時まだ6歳だった頃の俺が、あの国を独りで彷徨ってた時にだ…

 

 

 

「……仕方ないわ。あんたの御機嫌取りの為の切り札、使うしかなさそうね…」

 

 

「切り札…?」

 

 

「えぇ…あんたの気が一瞬で変わるかもしれない、とっておきのよ…」

 

 

「はッ、お前らが用意できるものなんてたかが知れてる。俺の勧誘は諦めて、とっとと…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『先生』の居場所を教えてあげる…

 

 

 

 

「ッ…!?」

 

 

 

 数年ぶりに耳にしたその言葉に、思わず身体が凍りついた様に強張った。『先生』なんて呼ばれる人間は、この世界に星の数ほど存在する。だけど、俺が『先生』と呼んだ人間は今までに一人だけ…

 

 

 

「……本当みたいね、あんたにとって『先生』は大切な人間であるというのは…」

 

 

「ッ……何が大切だ…アイツは俺にとって最も殺したかった人間だ!!俺から奴らをぶち殺す機会を永遠に奪ったクソ野郎だッ!!」

 

 

 

 まるで咆哮のような大声が自然と出てくるが、無理も無い。言葉の通り、アイツは俺にとって最も殺したい奴だったから。だけど…

 

 

 

「だけど、アイツは死んでいる筈だ!!他の奴らと同様に、違法研究が発覚して政府に摘発される際に抵抗して死んで…!!」

 

 

「あんたにとって関係ないかもしれないけど、彼女は少し事情が違ったの。今は政府が管理する病院で寝たきりよ……あんたに人間らしさを教えた、『シェリー・クラーク先生』はね…」

 

 

 

 

 

 『シェリー・クラーク』…研究の一環として人造人間である俺に“人間らしさ”を植え付けるべく、俺の教育役を担当した女……そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――証拠隠滅の為に、俺をスペイン行のコンテナにぶち込んだ張本人だ…

 

 

 




『先生』が直接関わってくるのは、この後の鬼門である『マドカの一夏襲撃』が終わってからになります…

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