「あぁクッソ…マジで覚えてろ……」
「だが残念、もう忘れた」
「……こんの野郎…」
マンホールから這い上がること数分、この辺の近場にある名店とやらを探して彷徨っていた。因みに、下水道に落とされたせいで服は一度取り替える羽目になった…
「ところで俺、臭わない…?」
「いや、平気だろ」
「そうか…」
何かあるといけないから他の幹部を相手にする時に着る正装は別の場所に保管している。おかげで駄目にしないで済んだ。だからといって街中で異臭を放つのは御免だが…
「ん?おい、ここじゃないか…?」
「おぉ、多分そうだ!!」
ホテルから暫く歩くこと十数分、目的地に到着した。俺達の目の前には『小森屋』という名前の小さな定食屋が建っており、中から料理の良い香りが漂ってきた。店の雰囲気もあってか、以前マドカと訪れた五反田食堂を思い出させる。
「それにしても、お前って最近こういう店好きだよな…」
「スコール達と仕事していると、ブルジョアな店ばかりなんでな…」
「あぁ、そういうことか」
そういえば基本的にスコールの姉御って、超がつくセレブ御用達のホテルやらレストランにしか行かないんだよな。そもそもフォレストの旦那以外の幹部が、こういう庶民派の店に行ったなんて話は聞いた事が無い。
「ていうか、その言い方からするとお前…」
「おや、気付いたか……そうとも!!お前みたいなヒラと違って私は高い店に行き慣れてるのだ!!」
「な、なんだと…!?」
「だが、別にアイツらと一緒に行ってるわけじゃないぞ?やけに多めの金だけ渡されて『勝手に済ませろ』って感じだ」
あの二人にとって私は色々な意味で邪魔だからな…と、呟きながらマドカは語る。曰くスコールの姉御が拠点に選ぶ場所は例によって超セレブリティなホテルやら住宅街。曰く近くにある店もそれに比例して超セレブリティ。曰くあまり遠くに行くと呼ばれた時に戻るのが面倒だからその近くにある馬鹿高い店に入るしか無かった、と…
「あぁ…店の雰囲気に呑まれて生まれたての小鹿の様になった日が懐かしい……」
当時の事を思い出しているのであろう彼女は、やけに遠い目をしていた。だが想像してみると、それはそれでかなり精神的にくるかもしれない…。
---持った事すら無い額の食事代を渡され
---身分不相応なキラキラ雰囲気の豪華な店
---自分にとって限界レベルの服装は店の人間にさえ苦笑され
---おまけにそんな場所に単身で向かう
最早罰ゲームだろ、コレ……少なくとも、昼食代が多くても千円超えない俺にはそう感じる…。ていうか、まさかと思うが今のコイツの図太さって、そうやって高い店に通ってる内に周囲の視線やら雰囲気やらに対して免疫が出来たからとか間抜けな理由じゃないよな?
「そこんとこどうよ…?」
「喧嘩売ってるのか貴様、そんなわけ……そんなわけ…………そうかもしれん……」
最後の一言は、本当に蚊が鳴くかのような小さい声だった。聴こえちゃったけど…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いらっしゃいませ~、何名様ですか~?」
「二名で」
「では此方へ~」
どこの店にも居そうな、随分と普通な見た目の店員に案内されながら二人席に着く。その間、マドカはずっと打ちひしがれていたが…
「……orz」
「いい加減に元気出せって…」
席に着いてもそのままの雰囲気である。気持ちは分からなくもないが、そろそろ元に戻って欲しい。そんな目の前でいつまでも無防備を晒していると、思わず…
(仕掛けちまうぞ…?)
てなわけで俺は、ホテルから来る時に持参した“ある物”をマドカの目の前に置いた。仕込みを終えた俺はこの店のメニューを取り、ざっと見渡して適当に注文する物を選んで即座に店員を呼ぶ。
「は~い、お待たせしました~ご注文をお伺いします~~」
「この唐揚げ定食を一つ」
「唐揚げお一つ~、其方のお客様は~?」
「……orz」
---まだ落ち込んでるよ、コイツ…
「おい、マドカ!!」
「……ん…?」
「早く注文しろっての」
「え…あ、あぁスマン!!」
そう言って焦りながらも目の前に置かれたメニューを開くマドカ。店員をこれ以上待たせてはならないと思ったのか、良く悩むこともせず俺と同様に適当に選ぶ羽目になった。そして…
「えっと…じゃあ、この麻婆豆腐をライス付きで!!」
マドカはそのメニューの中から無難なものを選んだつもりだったのだろう。ところが、その注文に対して店員が見せた反応はというと…
「は…?」
---もの凄く、不思議そうな表情を見せました…
「えっと~お客様?当店で麻婆豆腐は取り扱って無いのですが…」
「え?……あ、品切れということか…」
店員の反応に思わず面食らっていたが、すぐに思い直して平静を装う。流石は超セレブ店で身に着けた肝ッ玉、ちょっとやそっとじゃ動じないか……何にせよ、現在進行形で笑いを堪えるのに必死だが…
「じゃ、じゃあ…麻婆豆腐はやめてエビチリで……」
「……お客さん、ふざけてます…?」
「な、何故に…!?」
「あぁ、すいません店員さん。とりあえずコイツには刺身定食を…」
そろそろ店員さんの目つきがヤバイので助け船を出してやろう。一応の注文を取った店員さんは、ちょっとだけ恐い顔をしながらも店の奥へと戻っていった。その店員の様子にマドカは最後まで混乱していたので、とある真実を教えてやるとしよう…
「マドカ、知ってるか…?」
「……うん…?」
「ここって一応、“和食がメイン”なんだぜ…?」
「え゛…?」
「そして、お前が手に持ったモノを良く見てみろ…」
その言葉と同時にマドカはその手に持ったメニューに視線を落とした。見るために慌てて開いたそれを一端閉じ、裏返して表紙に目をやる。そして、そこに書いてあった文字は…
---『バー○ヤン』
「どっから持ってきたんだ貴様ああぁぁッ!?」
「あっはははは!!コイツ最後まで気付かないでやんの!!ぶわはははははは!!」
顔を真っ赤にしながら憤慨する彼女がちょっと可愛く見えたのは、死ぬまで内緒だ…
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「う~ん…美味いんだが、五反田食堂の方が良かったかもな……」
「同感だ。また今度行こうか、お前の奢りで」
「ざけんな」
全て完食し、食後のお茶を啜りながら余韻に漬かる俺ら。まだ集合時間まで余裕があるので、もう少しだけ居座るとしよう。なんて思ってた時だった…
「いらっしゃいませ~、何名様ですか…?」
「4人で」
「おい、ふざけんな。何でテメェらと一緒の席に座んなきゃいけねぇんだ」
「黙れクズが。その首捥ぎ取られたいか…?」
「なんだとドラ猫野郎!?」
「うるさいぞ、腐れ秋女…」
「ちょっと、落ち着きなさい二人とも…」
「「チッ…」」
店の入り口の方からやけに聞き覚えのある声がしたので、そちらの方に視線を飛ばしてみたら、これまた見覚えのある男女4人組が目に入った。その4人の姿を見て俺は驚愕で目を見開き、マドカは露骨に舌打ちをして嫌そうにした。と、その4人の中で店員に人数を伝えていた中年の男と目が合い、あちらもこっちに気がついた…
「おや、セイスとマドカじゃないか。君達も来てたのかい…?」
「だ、旦那に兄貴にスコールの姉御!?それと妖怪百合秋!!」
「ちょっと待てクソ餓鬼!!今、私のこと何て言った!?」
本来ならこんな庶民派な店に来ない筈の、亡国機業幹部コンビであるフォレストの旦那とスコールの姉御、そしてその付き添い役であるティーガーの兄貴とオーマケだった。確か、ホテルの近くにある高い店にでも行ったんじゃ…
「おいコラ、誰がオーマケだ。オータムだ、オータム!!」
「それにしても旦那方、何だってこんな店に…?」
「無視すんな!!」
「いやぁ、行ってみたはいいが満席でね。諦めて他の店を探している内に彼女らと出くわして、そのままここまで来てしまったんだよ。ココを選んだ理由は、単に時間が無かっただけさ」
「テメェら、いい加減に…!!」
「オータム、うるさいわよ」
「……。orz」
曰くスコールの姉御達も旦那達と同じようなものであり、これ以上他の店を探す暇が無かったからここを選んだそうだ。別に食事を一緒する気は無いようだ……ていうか旦那と姉御はまだしも、ティーガーの兄貴とオータムが席を一緒にしたらこの店、絶対に潰れると思う…
「お客様、申し訳ありませんが現在込み合っておりまして、二人ずつに分かれて頂きませんと…」
「そうか。じゃ、ティーガーとオータムはカウンター席で」
「私とフォレストはソコに座りましょうか」
「「「「え゛?」」」」
-―-今、何て言った…?
「だ、だだだだ旦那!?この店を潰す気ですか!?」
「フォレスト、何のつもりだ…?」
「スコール!?さっきのそんなに煩かったのか!?だったら謝るから機嫌直してくれ!!」
「何を考えてるんだお前らは…!?」
細かい理由は違えど、俺とマドカを含む4人は2人に猛抗議だ。他の3人はどうか知らないが、俺にとって兄貴とオータムは水と油どころか火と油…いや、ナパームとニトロみたいな関係だ。しかも二人は人外とIS保持者だ、喧嘩したら一瞬でココは戦場と化す。それを知らないわけ無いだろこの人は!?
そんな俺らの様子を見て旦那と姉御はやけに黒い笑みを浮かべた。そして、先に口を開いたのは旦那の方だった…
「何のつもりかだと?何を考えてるだと?……ふふふ、そんなの決まってる…」
---面白そうだからに決まってる…
遺書を残そうと思って紙を探した俺は間違っているだろうか…?
何か微妙に続いてしましましたが、こんな状況にも関わらず次回ほんのちょっぴりシリアス…ていうかセイスの過去を少し…