『ゼェ…ハァ…ゼェ…ハァ…』
『お、おい箒…大丈夫か…?』
『あぁ、大丈夫だ…次いくぞ……』
『本当に平気か?辛いなら止めても…』
『大丈夫だと言っている!!とにかく、いくぞ!!』
同じ部屋で、とある男女が二人きりで向き合っていた。片や息を切らしながら床に両手を付きながらへたり込み、もう片方は相手のその様子に心配そうな表情を浮かべている。言うまでも無く、箒と一夏である…。
「おおおぉぉ…篠ノ之箒、あんたの歩む道はまさに修羅の道ということか……!!」
それを音声のみで間接的に見守る者は思わず感嘆の声を漏らす。何せ、彼女のやっていることは常人からしてみれば苦痛でしか無い筈である。それに敢えて果敢にも挑戦する姿は、凄いの一言に尽きる。
『…分かった。箒がやるって言うなら、俺も最後まで付き合うよ』
『一夏……よし、行くぞ!!』
呼吸を整え、意を決したかのような声を出しながらすっくと立ち上がる箒。正面に居る一夏と真っ直ぐ向き合い、次の動きの為に体から余分な力を抜く…。
流れる静寂は一瞬……そして…
『私の名前は篠ノ之箒よ、よろしくね♡』
『……。』
『…グフゥ……まだまだぁ!!』
『……。』
『こんにちは、今日も良い天気ね♪』
『……なぁ、箒…』
『ぬあああああああああああ!!何のこれしきいいいぃぃぃぃ!!』
『…本当に大丈夫か?』
『大丈夫だ!!…いや、大丈夫よ!!……ウグァ…』
一応言っておくが、そこに居るのは箒と一夏だけである。箒と一夏だけである。大事なことだから二度言った…。
「流石は箒さん、俺達に出来ないことを平然とやってのける!!そこに痺れる憧れるぅ!!」
「じゃ、ねぇーだろッ!!」
「あっしまーーー!?」
セイスにグーパンでツッコミを入れられたオランジュは部屋の隅まで吹っ飛んでいった。けれど依然としてセイスの額には、青筋がくっきりと浮かび上がっていた…。
「何なんだよ、これは!?えらい緊張した風に『修行に付き合え!!』って言ったと思ったら、さっきから女口調の後に呻いたり叫んだりする箒の声しか聴こえてこねぇじゃねーか!!」
そうなのだ…一夏に修行に付き合えと言った箒は特に場所を変えるわけでもなく、その場で何かを始めたのである。何だろうと思い、よく耳を済ませて盗聴器越しに聴こえてきたのは箒の『一夏、ゆっくりしていってね♡』という言葉と、その後に響いた羞恥心による後悔を感じさせた断末魔である…。
「何なんだよ…だと…?……そんなの決まってるじゃないか!!」
「あ゛?」
「イメチェン」
「一生黙ってろ大馬鹿野郎!!」
「はいざっくかすたむ!?」
本当にここ最近は碌なことが無ぇ!!偶には役に立つ情報を俺にくれよお前ら!!
「昔は自分たちのISの事とか、学園の設備の事とか結構喋ってくれてたのによぉ…」
「痛つつ…まぁ、彼女らも何だかんだ言って普通の女の子ってことなんだろ?」
「そりゃ、な…」
「それにイメチェンってのは、あながち間違ってないと思うんだけどな?」
そうかもしれないが、だとしたら箒の今のライフはゼロを通り越してマイナスの領域に突入しているのではなかろうか?彼女はこういう口調をするところを見たことがない、ていうか聴いたことが無い。
『私って可愛いでしょ?……ふおおおおおおお!?』
『……俺はどうしたらいいんだ…?』
笑ってやればいいと思うよ?……あ、駄目だ。怒らせかねない…。
『男女』とか揶揄されて苛められかけた過去を持っていたことを考えるに、多分幼い時から今の口調なのだろう。そういう人間に限って、らしくない口調というのは人一倍恥ずかしく感じるものだ。
……俺だって今更、自分の事を『僕』とか呼びながら坊ちゃま口調にしろとか言われたら、やれと言った奴をボコボコにするかもしれん…。
―――ゴトゥ…!!
何か今、盗聴器の向こうから何かが崩れる音が聴こえてきたぞ…?
『ほ、箒いいいいぃぃぃぃぃぃ!?』
『………。(返事が無い、ただの屍のようだ)』
どうやら限界を迎えたようだ…ぐったりした表情のまま一夏に抱えられてる様子が目に浮かぶ……。
『おい、しっかりしろ!!目を開けろ!!』
『……う、ううん…』
当たり前のように、命に別状は無いようだ…てか羞恥心の限界を突破して死にましたって、情けなくてもう一度死にたくなるっての。
『…ハッ!!私はいったい何を?』
『良かった、平気みたいだな…』
『ッ!!か、顔が近いぞ一夏!!』
『あ、悪い』
倒れた自分を抱きかかえた一夏に顔を覘きこまれる形になっていたらしく、目を開けた途端に一夏が居たもんだから箒は驚きの声を上げる。ただ最後に、名残惜しそうな声で微妙に『あ…』って聴こえたのは気のせい……では無いな…。
『にしても…いったい何がしたかったんだ……?』
『…この前の臨海実習で言ったではないか』
『ん?』
『私の事を異性として認識する時があると…』
『あぁ、言ったけど…それがどうした?』
これか…オランジュが言ってた、臨海実習で箒と一夏の二人の間にあった何かってのは……。
『だから、これを機に口調を女らしくしてみようかと思ったのだが…』
『…何であれが口調を変えるキッカケになるんだ?』
『う、うるさい!!とにかくそういう事だ!!』
『……どういうことだよ…』
成程ね、異性として認識する時があると言われて嬉しかった、と…だったら口調も女らしく変えてさらに異性として感じさせようとか考えたわけか……代償は大きかったみたいだが…。
『別にいいんじゃないか?いつもの箒の口調でも…』
『ッ!!…やっぱり、私には女らしい口調は似合わないのか……』
『いや、可愛かったけどさ』
『ッ!!!?』
どうしてそうやってホイホイとそんなこと言えるんだお前はぁ!?……あぁ…モニターなんて無いのに箒の表情が一気に明るいものになっていくのが分かる…。
『ただ、叫ぶくらい無茶してるんだろ?そんなに無理して口調を変える位なら、今の自分らしくやってる方が良いと俺は思うぞ?』
『……自分らしく、か…』
『それに、別に女らしい口調なんかに無理やり変えようとしなくても、箒は充分に女らしいと思うんだけどな…』
『ッ!!……そうかそうか、お前がそこまで言うのならそうなんだろうな…!!』
『おう、保証してやる』
さっきまでのグロッキーと暗い雰囲気は何処へやら…。一夏の言葉により、みるみる内に機嫌を良くしていく箒。えぇい!!IS学園の天然女たらしは化け物か!?
―――そんなこんなで一件落着しそうな雰囲気だったのだが、最後の最後で箒がやりおった…
『……なぁ、一夏…』
『どうした?』
『最後にもう一回だけ付き合ってくれないか?』
『え、いいけど…』
『それでは行くぞ…』
さっきとは比べ物にならない緊張感を漂わせ、箒は一度沈黙する。だが、それも少しだけの事であり、すぐに彼女は口を開いた。そして、彼女が紡いだ言葉は…
―――私は貴方のことを、心から愛しています…
「「『……。』」」
『……ど、どうだ!!///』
修行という名目により、結果はノーカンになるので躊躇うことなく告白の言葉を放った箒…。
俺らと、その場に居る一夏は思わず硬直してしまった。ついでに俺の全財産を賭けてでも言うが、今の彼女の顔は確実に赤より赤い紅になっていること間違いなしだ…。
そしてしばらくの沈黙の後、一夏が先に口を開いた。
『あ…あぁ、何かこう…色々と凄かった……!!』
『そ、それは良い意味でか!?』
『そりゃあ、な…』
『ふ…ふ、ふふふ…そうかそうか!!』
『箒、顔が真っ赤だぞ?熱でもあるのか…?』
『だだだだ大丈夫だ、問題無い!!』
その日、箒が最後までずーーーーーーーっと御機嫌だったことと、オランジュが嫉妬に駆られて一夏をブッ殺しにいこうとして俺に半殺しにされたのは、言うまでもないだろう…。
余談だが、今日の箒の発言は全て盗聴器に記録済みである。どうせなので、データ化して組織のファンクラブの連中に送ってみたのだが……色々とヤバい事態になった、とだけ言っておく…。