IS学園の寮には生徒共有のキッチンが存在している。大抵の者は食堂や購買で済ませるが、中にはこのキッチンを使用して自炊したり、軽食を作る者も居る。
そして今日もまた一人、このキッチンに数々の料理本を片手に立つ者が居た…。
『さぁ、張り切って参りますわよ!!』
―――イギリス代表候補生『セシリア・オルコット』、その人である…。
「さぁ始まりました!!ワンサマーラヴァーズが一人、オルコッ党のシンボルことセシリア嬢によるクッキングタイムの時間でぇす!!イエアアアアアアアアア!!」
「……もう、何もツッコまねぇぞ…」
「司会は私、オランジュ!!解説役は我が相棒、セイすーどり……!?」
「やらねえからな!?もう仕事に直接関係ないことはやらねぇからな!?」
「ぐふぅ…つれねーこと言うなよ、どうせ暇だろ?」
武士娘の修行といい、ペッタンコの愚痴といい、どうでもいい出来事ばかりで段々萎えてきたという時にこのノーテンキが提案してきたのは、『セシリアの調理過程をリアルタイムで見ない?』というものだった…。
まぁ、実際に今の一夏は山田先生の元で補修を受けさせて貰っているので暇と言えば暇である。だが…
「つーか俺は見たことあるんだよ、セシリアの料理しているところ…お前に食わせたろ、卵サンド……」
「…あぁ、そう言えば」
オランジュが一口で逝ってしまったアレは、我ながら最強の再現率を誇っていたと思う。今度マドカに送りつけてやろう…。
「だから見るならお前一人で見てろ。俺は寝る…」
「しゃーねーな、分かったよ…」
さて、耳栓でも装着しておこうか。セシリアの調理に対して、オランジュが黙ってられるわけ無いんでな…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ふむふむ、まずは野菜とお肉を切りそろえるのですね…?』
一冊の料理本を読みながらテキパキと手を動かし始めるセシリア。ここしばらくの間に包丁さばきだけはうまくなったようで、次々と材料が適度なサイズで切り分けられていく。
「ふぅん、結構なもんじゃないか…」
あの卵サンドを作り出したというのだから、どんだけ酷いものかと思ったらそうでもない。ぶっちゃけ拍子抜けである…。
「どうしたもんかねぇ……オルコッ党の奴らに動画を頼まれてるんだけど…」
ファンクラブの連中は飢えていた。美少女達に飢えていた。とにかく飢えていた。俺に『何でもいいから映像と写真を送ってくれ!!』と言ってくるぐらいに飢えていた…。
本当に何かしら絵(エサ)になるものを送っとかないと、帰った時に俺の身が持たないかもしれない……主に、理不尽な恨みと妬みによって…。
『ふぅ…それでは、そろそろ本番ですわね……』
気づいたら既に下ごしらえが終わっており、セシリアはそれらの材料と水の入った鍋に火を点けていた。どうやらスープ系の料理らしいが、はたして…。
『まずは、味噌ですわ』
そう言って味噌の入れ物からオタマひとすくい分の量を鍋に投入した。中々手慣れた様子である…。
「もしかして、俺の知らないところで料理の腕を上げた…?」
それはそれで良いかもしれないが、個人的にあれらの手料理がどうやって作られるのか気になっていたので微妙に残念な気分でもある…。
『次はチョコレートを…』
「おいぃ!?」
待て待て待て待て待てチョコレート!?味噌の後にチョコレート!?フランス人の俺でもその組み合わせはオカシイって分かるぞ!?
『さらに、マスタード!!』
「ゑええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
『イカスミにブルーベリージャム!!』
「ちょ、待っ…!!」
『中濃ソーーーーーーーーース!!』
「やめろおおおおおおおおおおおお!?」
『…決まりましたわ!!』
「何が!?」
本人は何かをやり遂げた感マックスな表情を浮かべているが、俺としては叫ばずにはいられない…。ていうか全ての食材に謝れてめぇええええええええええええええええ!!
『これでしばらく煮込んだ後に隠し味で仕上げですわね…』
「あの鍋の中に何入れても隠し味にならねぇよ!!」
隠れる前に味が全部消滅するわ!!……これの同類を定期的に食わされてると思ったら、初めて一夏に同情という名の感情を抱いてしまったじゃないか…。
「…ていうか、スタンバイしてる調味料に碌なもんが無ぇ!?」
視線をズラすと、セシリアの横に置かれた調味料はどれもこれも一緒に入れてはならない物ばかりだった。
―――醤油
―――ウコン
―――カスタード
―――粉チーズ
―――ケチャップ
―――マヨネーズ
―――タバスコ
―――コチュジャン
―――コーヒー牛乳
「味覚を殺す気か!?」
これはヤバい。単体なら普通として見れるが、これら全部を同じ鍋に入れるのは正気の沙汰とは思えない。味を想像するだけで恐ろしい…。
そんな俺の思いとは裏腹にセシリアは宣言通り、数分後に残りの調味料を残さずぶち込んだ。そのまま手に持ったオタマで鍋の中身をかき混ぜ、コトコト煮込んでいく。そして…
『ふふふ、出来ましたわ!!』
―――完成しちゃったようで…
鍋からはできたて特有の湯気が立ち上っており、モニターから見た限りでは美味しそうである……本当に、見た目だけは美味しそうな…
『カレーの完成ですわ!!』
「いや、有り得ねえからッ!!」
―――鍋の中身に入っていたのは、まさしくカレー(ビジュアルオンリー)だった…
『流石は私!!カレー粉無しでカレーを作れる方なんて、そうそう居ませんものね!!』
「確かに居ねぇよ…あんなもん入れて見た目をソレに出来る奴は……」
どおりで用意した調味料が茶色やら赤やら黄色ばっかなわけだ。本当に彼女は色合いだけを頼りに料理をしてるみたいである…。
―――でも、本当に見た目だけは本物のカレーである。
『さぁ、時は金なり。今すぐ一夏さんに御賞味して貰いませんと…!!』
―――俺はこの時、初めて織斑一夏の為に十字架を切って祈った…
そしてその日、トイレに駆け込んだ後に医務室へ直行した一人の男が居たそうだが……それが誰だったのかは、言わなくても分かるよな…?
あぁ、それと…例のカレーは被害者が増える前に残りは俺が回収しといた。んで、せっかくだから全部ファンクラブの連中に送ってやったんだが…。
「オルコッ党の連中から連絡が一切来なくなったんだけど、どう思う?」
「……残さずに食ったんだろ…」
とりあえず、今度帰る時に人数分の胃薬を買って行くことに決めた…