IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~   作:四季の歓喜

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今回、割と好き勝手やってしまいました…


アイカワラズ~京都決戦 その2~

 

 

「どうする?」

「次の角を左」

「了解」

 

 街中を激走するEOSと、その肩にワイヤーで身体を固定したセイス。彼が指示を出せば、アイゼンの駆るEOSは機体の幅ギリギリの道すら難なく走り抜ける。EOSが急カーブする度に強烈なGがセイスを襲うが、それは持ち前の身体能力で耐え続けた。そうでもしなければ、すぐ後ろを低空飛行で追い掛けてくる青い機体に追いつかれるからだ。

 

「待ちなさい!!」

 

 無論、楯無のミステリアス・レイディである。セイスの姿を確認した楯無は、シャルロットを即決で後方に下げ、単独でセイスとアイゼンを追撃していた。

 

(皆に彼らの相手は荷が重すぎる…!!)

 

 異常な身体能力と、謎の攻撃手段を手に入れたとは言え、所詮は生身、そしてISの劣化版とも言えるEOSが相手。普通に考えれば、ISの敵に成り得ないと思うだろう。そう思った時点でもう駄目なのだ、彼等を相手にする場合は。これまで、そうやって油断した結果、幾度も煮え湯を飲まされてきた。何度も油断しないと決めても、どうしても心のどこかで相手を侮り、最後の最後で取り逃がす。何度も戦っている自分でさえこうなのだ、彼等の厄介さを知らない彼女達では尚更だろう。

 そもそも彼ら…特にセイスの方は比喩でも何でもなく、殺しても止まらない。軍人であるラウラはともかく、ただの代表候補生である彼女達が、見た目ただの人間なセイスに攻撃を躊躇う可能性は大いにある。彼なら、その躊躇を隙として容赦なく突いてくる筈だ。

 

「ッ!!」

 

 なんて思った傍からセイス達の姿が消え、同時に鳴り響く警告音。告げられた内容は、ミサイルアラート。そして遠方からもの凄いスピードで迫る鉄の塊。

 

「おっと!?」

 

 急上昇して躱し、上空からミサイルが飛んできた方向に目を向ける。しかし、京都の街並みが広がるだけで何も居ない。いや、居るのだろうが姿が見えない。

 

(いつものことだけど本当に厄介ね、あのステルス装置!!)

 

 とは言え、対策手段ならある。幾ら姿が見えなかろうが、存在すること自体を誤魔化すことはできない。レイディの操る水を周囲に散布すれば、実体を持つものなら必ず関知できる。そして、その精度は学園襲撃事件の際、名無し部隊を相手に実証済みだ。

 だからホラ、こうやってレイディの操る霧を散布した瞬間、自分を取り囲むように浮遊する無数の氷塊が手に取るように認識できて…

 

「って、しまった…!!」

 

 いつの間にかフォルテのコールド・ブラッドが出した氷に囲まれており、しかもそれらを足場にして跳び昇ってくる人影に気付くも、既にソイツは腕から赤い刃を伸ばし、自分目掛けて飛び掛かって来ていた。

 

「ッ!!」

 

 振り下ろされる刃をランスで受け止め、そのまま弾き飛ばす。全身黒色のヘルメットとスーツで身を固め、腕から奇妙なものを生やすソイツは力に逆らわず、そのままフワリとした動きで無数に浮かぶ氷塊の内の一つに着地する。そして顔の見えないヘルメットの下で、セイスはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「いよぉ楯無、遺書は用意しといたか?」

「お生憎様、あと百年は不要よ」

 

 直後、再び宙に浮く楯無に飛び掛かるセイス。楯無は空いた方の腕に蛇腹剣を呼び出し、武器を両手に彼を迎え撃つ。

 

「そらぁ!!」

「ちぃ!!」

 

 二人が交差した瞬間、楯無の予想を超えたセイスが先手を取った。B6を投与したことにより、更に強化された身体能力がこれまで以上のスピードを与え、そして強化金属すら切り裂く血の刃がIS以上の手数を持って振るわれ、ミステリアス・レイディのシールドエネルギーを大きく削り取った。

 これにはセイスと相対し続けた楯無でさえ驚愕に目を見開き、同時に戦慄する。セイスの身体能力は確かに驚異的だったが、それでもISを撃墜するには圧倒的に火力不足だった。武器を持てば話は少し変わるが、それでも所詮は人間が持ち運び、使用できるサイズのものに限られる。故に彼単独で、それも小細工なしでISを戦闘不能に追い込むことは、実質不可能と考えられていた。

 しかし、先程の攻防により、削られたシールドエネルギーの数値を確認した楯無は思い知る。今の彼は、最早その考えすら許されなくなったと。

 

「また厄介なモノ仕込んできたわね。あなた、会う度に人間から離れていってない!?」

「生憎だが、こちとら元々人間じゃ無いんだよ!!」

 

 すれ違い様に斬りつけた後、反対側に浮いていた氷に着地すると同時に再び跳躍して楯無に迫るセイス。楯無はランスと蛇腹剣で防ごうとするも、元々手数と小回りに関してはB6を投与する前からセイスの方が勝っていた。セイスが氷塊を蹴る度、レイディのシールドエネルギーは着実に削られて行った。 

 

「このまま切り刻んでやるよ、きひひッ!!」

 

 獣染みた動きで飛び掛かり、ランスと蛇腹剣を腕に展開した刃、もしくは脚で弾き飛ばし、確実に生身の部分へと一撃を叩き込んでいく。楯無も反撃を試みるが、その度に躱されてしまい、逆にカウンター気味に一撃を追加されてしまう始末。まさにジリ貧状態、このまま続ければ撃墜は免れないだろう。とは言え、ここで目を離せば再び妨害行為に専念されてしまい、仲間達に被害が出る。

 

「あ、そうだ」

 

 何を思ったのか、楯無はセイスを敢えて無視し、彼とは真逆の位置に浮かぶ氷塊に向かって蛇腹剣を伸ばし、そのまま叩き壊した。その彼女の行動に、セイスの動きが止まる。彼のその反応を見た楯無は、確認にも兼ねてもう一つ氷塊を破壊した。

 

「おい、ふざけんなバカ、やめろテメェ!!」

 

分かりやすい位に狼狽えるセイスを前に、楯無は先程の彼に負けず劣らずの悪どい笑みを浮かべながら次々に氷解を破壊していく。慌ててセイスも斬りかかるが、多少のダメージにも構わず楯無は更に氷解を破壊し続ける。そして気付いた時には、残った氷解はセイスが足場にしている一個のみとなり…

 

「ばいばーい♪」

「ちっくしょおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

最後の足場を壊され、怒りの咆哮と共に落ちるセイス。重力に従い、地面へと真っ逆さまに急降下していった。

 

「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!……なーんてな…!!」

「え…」

 

 と、思ったのも束の間。セイスのスーツ、その両腕と両脚に膜のような布地が展開される。そして力強く四肢を伸ばすと彼の身体は空気を捉え、重力の手から逃れた。グライダースーツを意のままに操り、セイスはそのままレイン達と専用機持ち達が戦闘を繰り広げる方向へと滑空して行き…

 

「逃がさない!!」

 

 飛んでるとは言え所詮はグライダー程度の速度、ISと比べたら勝負にすらならない。我に返った楯無が即座にセイスを追い掛ければ、その距離は一瞬で詰められる。だが、空を飛ぶセイス目掛けてランスを振りかぶった瞬間、真下から彼女目掛け何かが飛んできた。

 

「きゃあッ!?」

 

 アイゼンがロックオン機能無し、完全マニュアル操作で放った特殊砲弾。センサーがギリギリまで反応しなかったことに加え目の前のセイスに気を取られていたこともあり、楯無は避ける事ができず、EOSから放たれた砲弾は直撃した。絶対防御により見た目ほどのダメージは無かったが、それでも爆発と衝撃で思わず一瞬目を閉じてしまった楯無。しかし目を開けた瞬間、更なる衝撃が彼女を襲う。

 

「ちょッ、何よコレ!?」

 

 目を開けた彼女の視界に映ったのは、搭乗者である自分ごと、無数の白いスライム上の物体に全身を万遍なく覆い尽くされたミステリアス・レイディの姿だった。

 慌てて振り払おうとするも、スライム状の物体…特殊弾からぶちまけられた無数のトリモチは異常な粘着力を見せ、しかも機体の関節部分やブースターにも入り込んだようで全身が上手く動かせない。しかもこのトリモチ自体も特殊なようで、こうなった途端レイディのシールドエネルギーがみるみる内に減っていった。どうやらこのトリモチ、どういう仕組みなのか分からないが付着した相手のエネルギーが吸収する機能を持つらしい。

 

「サンキュー、アイゼン」

『どういたしまして。で、どこまで行かれますか、お客さん?』

「ここから東に向かって1Km先へ」

『オッケー』

 

 全身に纏わり付くトリモチに楯無が四苦八苦している姿を尻目に、ステルス装置を起動させたセイスとアイゼンは再びその姿を消した。

 

 

◇◆◇

 

 

「……アイツら本当に人間っスか…?」

「セイスはともかく、アイゼンの方は正真正銘人間らしいが、アレ見たら信じられなくなってきたな。流石はフォレスト一派、長年スコールおばさんをイラつかせ続けてきただけはある…」

 

 ISのセンサー越しでセイス達の攻防を目にしたフォルテは顔を引き攣らせ、レインはしみじみとそう呟いた。スコールに散々彼らを見くびるなと釘を刺されていたのだが、あの光景を見てその言葉を本当の意味で理解したといったところだろう。

 

「お、お姉ちゃん!!」

「そんな、あの楯無さんが…」

 

 そして、それはIS学園の専用機持ち達も同じ。ましてやIS以外の存在が、彼女達の中で一番の実力者である楯無をああも簡単に手玉に取ったのだ。彼女達の間に広がる動揺が、大きくならない訳がなかった。

 

「おっと、いつまでも余所見は禁物っスよ!!!」

「くそッ」

 

 それでも続行される戦闘。一時的にとは言え楯無が動けなくなった今、レインとフォルテはここぞとばかりに攻勢に出る。対する専用機持ち達も即座に意識を切り替え、それを迎え撃つ。

 

「それでも、まだ6対2。此方の方が有利ですわ!!」

「いいや違うね」

 

 迫るブルー・ティアーズのレーザーを避け、防いだレインがニヤリとほくそ笑んだ。そして同時に、何を思ったのか後方に大きく下がった。少し離れた場所で戦っていたフォルテも同じように自身の背後に向かって下がり、専用機持ち達を中心にレインとフォルテの二人が挟むような位置を取った。

 

「認めてやるよフォレスト一派、6対4だ!!」

「ッ、全員回避しろぉ!!」

 

 何かを感じ取ったラウラが叫んだ直後、専用機持ち達目掛けて無数のロケット弾が飛来してきた。その数は優に百発を超え、彼女達を包囲するように四方八方から迫ってくる。

 

「いやぁー、流石にしんどかったよ。セイスが敵対組織壊滅ツアーやってる間に、俺ずーっとコレの設置やってからさぁ」

 

 京都の街中にこっそりと仕掛けられた、亡国機業製の小型自動砲台。アイゼンが丸一日掛け、京都の街を巡りながら仕込んだその数、156発。装填装置は無いので遠隔操作では殆ど使い捨てに等しく、大きさの割には威力は高めだが、所詮は人が持ち運べるサイズの通常兵器。6機のISを本気で墜とすには、これでも数が足りない。現に遠く離れた場所から様子を窺うアイゼンの視界には殆どの弾を迎撃、または回避する専用機持ち達の姿が。致命傷どころかまともなダメージすら入っておらず、目くらまし程度の効果が精々と言ったところだろう。

 

「その目くらましがあれば充分なんスけどね!!」

「きゃあ!?」

「鈴ッ!!」

 

 しかし、不意を突かれた専用機持ち達に生まれた隙は、二人にとっては大きなもの。ロケット弾の対処に追われる鈴が真っ先に狙われ、フォルテの砲撃が直撃する。そして立て続けに、それに動揺して更に大きな隙を晒した簪にレインが迫り、そのまま彼女を機体ごと殴り飛ばした。

 

「クソッ、これ以上好き勝手に…!!」

 

 次々と仲間達がいいようにやられていく光景を前に、自身に迫りくるロケット弾を一通り斬り捨て、一足早く体勢を立て直した箒。今しがた簪を殴り飛ばし、今度はフォルテと共にラウラに襲い掛かるレインに睨むような目つきで狙いを定め、エネルギー波で牽制をしようと刀を振り上げた。

 

 トンッ

 

 その時だった、やけに近い場所から、そんな音が耳に届いたのは。ふと音が聴こえてきた肩越しに視線を向けるが、紅椿のセンサー越しの彼女の目には何も映らない。何も映っていない筈なのに、何故か箒には今の音が、誰かが紅椿の…自分の肩に誰かが足を乗せた、そんな音だったように感じた。

 そして彼女のその感覚は、間違っていなかった。突如何の前触れも無く顔面に強い衝撃が走り、その場で大きくのけ反る様に体勢を崩す箒と紅椿

 

「ぐぅああぁぁ!?」

「箒さん!?」

 

 その後も、何度も何度も箒の全身を襲う謎の衝撃。まるでIS専用ブレードに斬りつけられたかのような感覚に全身を、特に装甲に覆われていない部分を執拗なくらいに蹂躙されていく。実質エネルギーが無限と言える紅椿のエネルギーがみるみる内に減らされていき、訳の分からない状況で嬲り者にされる箒の精神も一気に追い詰められていく。

 

(やれる)

 

 ステルス装置を起動させたまま、再び氷の足場で宙に上がり、紅椿に取り付いたセイスは、淡々と刃を振るう。

 

(やれる、俺でも、やれる)

 

 ワイヤーを紅椿に絡ませ、自身の肉体を駆使して、必死に見えない何かを振りほどこうとする箒を嘲笑う様に、彼女の機体よりも赤い紅い血の刃を振り下ろす。

 

(俺でも、ISを殺れる)

 

 シールドエネルギーを効率よく削るべく、絶対防御を確実に発動させるよう生身の部分を的確に、容赦なく斬りつける。 

 

(これならマドカと一緒に、こいつらと戦える!!)

 

 箒の浮かべた表情が驚愕から混乱に変わり、混乱から苦悶に変わり、苦悶から恐怖に変わっても、セイスは止まらない。

 

「きひ、きひひっ!!」

 

 絶対防御がある限り、相手が死ぬことは無い。そんな建前すら、今の彼の頭の中から抜け落ちていた。既に彼は本能に身を任せ、本気で目の前の彼女を殺そうとしていた。マドカの障害になりうる有象無象を、自分の大切なものを傷つけようとする害虫達を、どれだけ惨たらしく殺してやろうか。もう、それしか考えられずにいた。

 

「きひひひ、きひゃ、殺っ、きひゃは殺す、殺す、殺し、殺してや、ひひッ、ひゃははははははははははははははははぁッ!!」

「こ、のぉ…!!」

 

 気分の高揚を抑えきれず、狂ったような笑い声を上げる。そのせいで箒に自分の位置がバレ、ISのフルパワーで掴まれると同時に引きはがされ、そして全力でぶん投げられた。

 幸い、咄嗟に投げたせいで狙いをつけられなかったのか、セイスが吹き飛んだ先には氷の足場。それに難なく着地を決めたセイスはステルス装置を解除して刃を構え、箒に向ける。対する箒は既に肩で息をしている状態で、刃を向けられた瞬間ビクリと身体を震わせた。

 今ので大分削られたが、まだシールドエネルギーには余裕がある上、いざと言う時は絢爛舞踏を使えばどうとにでもなる。だが、それでも、箒は震えていた。

 

(なんだ…この…感覚、は……!?)

 

 ゴーレムや銀の福音、命の懸かった戦いというものは既に何度か経験した。けれども、今まで経験したどの修羅場の中でも、こんな心を直接抉るような生々しい殺意をぶつけてくるような奴は居なかった。生身で単身、本気でISを纏った自分を殺しに掛かって来る奴なんて居なかった。こんなに人を殺すことを躊躇しない奴なんて、今まで居なかった。自分はあれだけ良いように嬲られたにも関わらず、反撃のチャンスを手にした瞬間、咄嗟に取った行動は相手を紅椿の刀で斬りつけることではなく、一刻も自分から引き離すことだったのは、人を死なせてしまうかもしれない恐怖が頭をよぎったからだ。

 だというのに目の前の敵は、そんなこと知った事かと言わんばかりに、自分のことを殺そうとしてくる。同じ人間とは思えないその姿勢が、絶対防御に守られていることを忘れてしまう程に、恐いと感じた。

 

「アイツの邪魔する奴は、俺が、殺しッ――――――」

 

 全身に力を籠め、精神的に追い込まれ始めていた箒に再び飛び掛かろうとした刹那、セイスの動きが止まる。まるで凍りついたかのように固まり、腕からは力が抜け、力なくぶら下げられたその先端から伸ばしていた血の刃が力なく崩れ落ちる。

 

 

「マド…カ…?」

 

 

 セイスの視線は、様子が豹変した彼に戸惑う箒、その後ろに向けられていた。

 

 

「あ、あああぁぁ嘘だ、嘘だろ、嘘だろぉ…!?」

 

 

 乱戦の中、誰もが気を回す余裕が無く、この場に居る全員が今になってやっと気付くことができた。織斑一夏と織斑マドカ、その二人の決闘が、どのような結果になったのかを。そして彼もまた、気付くと同時に目にしたのだった。

 

 

「マドカああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 

 白騎士に敗北し、墜ちていく黒騎士…マドカの姿を……

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 今日と言う日を、今日の戦いを、どれだけ待ち望んだことか。自分が自分である為に、多くの物を捧げ、生きてきたと言うのに。

 

 

―――貴方に、力の資格は、ない

 

 

 勝てなかった、完膚なきまでの敗北。天災の作った最強の機体を用いて、勝負に水を差すような邪魔者が現れることも無かった、なのに負けた。まるで羽虫を追い払う様にあしらわれ、まるで自分がこれまで積み上げてきた全てを否定するかのように、奴は自分のことを見下ろしてきた。

 

 

―――きっと、愛されていないのよ

 

 

 ふと甦る、かつての言葉

 

 

―――世界に愛されていないのよ

 

 

 その言葉は、誰かに投げかけられたものだったか、自分で自分に向けたものだったか、今はもう思い出せない

 

 

―――誰にも愛されていないのよ

 

 

 確かなのは、その言葉こそが自分にとって、全ての始まりだった

 

 

―――終わりのない憎しみしかないのよ

 

 

 姉を憎み、人々を憎み、世界を憎んだ

 

 

―――約束された未来などないのよ

 

 

 その憎しみを糧に、我武者羅に力を求め、あの紛い物を殺し、姉に復讐する日を夢見た

 

 

―――希望などないのよ

 

 

 そうすれば自分は正真正銘、本物の『織斑マドカ』になれると思っていた。本物の『織斑マドカ』にさえなることができれば、全てが報われると信じていた。かつて諦めかけた全てを、この手に掴むことができると信じていた。

 

 

―――絶望しかないのよ

 

 

 絶望なんて捻じ伏せて、希望も、未来も、自由も、何もかも手に入れて、そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かに、愛されたかったんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

「……。」

 

 スコールに引っ張られ、先程の戦場がどんどん遠のいていく。織斑一夏が…いや、白騎士と自分が戦った空域は、もう既に遥か彼方だ。あれが白式の暴走による現象だったとするならば、きっと今も向こうで激戦が繰り広げられていることだろう。すぐにでもそこに混ざり、奴をこの手で叩き落としてやりたいところだが黒騎士は破壊されてしまい、スコールもそれを許してはくれないだろう。

 それに強がってはみせたが、もう既に心が折れ掛けていることは、自身でも良く分かっていた。時間が経てば経つほど、憎悪と殺意で抑えつけていた忌まわしい記憶が甦り、自分を押し潰そうとしてくる。あの時の絶望が心を凍てつかせ、自分を内側から殺そうとする。

 

「姉さん…」

 

 まるで凍死寸前の如く震える手で、あの戦闘の最中でも死守したペンダントを取り出した。

 このペンダントには、たった一枚しか持っていない織斑千冬の写真が入っている。手元に残っているもので唯一、たったひとつの繋がりを証明する掛け替えの無いものだ。これを見れば、どれだけ心が凍てつこうとも、再び心に火が灯る。再燃した復讐の炎が、絶望を焼き尽くす。今まで挫けそうになる度、何度もそうやって立ち上がってきた。それを知っているからこそ、アイツだって、このペンダントを贈ってくれて…

 

「あ、」

 

 

 そうだ、そうだった。もう、ひとつだけじゃない。今の私には繋がりが、大切なアイツとの繋がりが…

 

 

「あ、あぁ…」

 

 

―――今まで散々俺の馬鹿に付き合ってくれたんだ、そのぐらい幾らでも付き合ってやるし、手伝ってやる。だって、それこそが俺の…

 

 

―――お前が何処で何をしようが、俺はお前の味方で在り続ける。だから、お前は自分の好きなように生きろ

 

 

―――お前が『織斑マドカ』になれるその日まで、絶対に死んだりしない。そしてどうか、お前が望みを叶えるその日を迎えるまで、俺を隣に居させてくれ

 

 

 そっと、ペンダントを握る手が、強くなる。アイツの顔が、向けてくれた言葉の数々が甦る。心が凍てついてしまいそうになる暗い記憶が、アイツとの温かい思い出に塗り潰され、優しく融かされていく。どんなに力をつけても、強くなっても、降り切れなかった絶望が消えていく。こんな感覚は、初めてだった。

 いつの間にか頬を、熱い何かが伝い、流れた。まだ全てを諦めた訳じゃ無い、この敗北を素直に受け入れる気も無い。だけど、今はただ…

 

「……セヴァス…」

 

 今はただ帰ろう、アイツの隣に。

 

 

 




○もうこの辺から独自解釈遠慮なく突っ込んでいく所存
○生身の一夏を躊躇なくISで攻撃する箒達が、生身の敵を死なせることを本当に躊躇するのか書いてる途中で少し不安になったのはここだけの話
○アイカワラズ=相変わらず=愛、変わらず

次くらいで京都編終わらせたいところ。
そして本編百話突破記念、京都編零れ話『鉄人BBA対大食い娘~逆襲のマドカ~』を書いて、クリマス特別編『戦力過多な森一派のクアドラプルデート編』の準備を…

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