「いやー、死ぬかと思った」
ハハハ、と豪快に笑いながらジャックがお酒を飲む姿を遠目に見る。
昼間から飲むのは相変わらず変わってないみたいね。
というか帰ってきたのだったら千雨ちゃんは手伝ってほしい。
正直人手が足りなくってちょっと、てんてこまいというか。
「アスナちゃーん! 11番テーブル注文よろしくねー」
「はーいっ!」
舌っ足らずな声音が自然と口から出るが、もう慣れてしまったのが少し怖い。
拳闘士として戦うネギ以外の比較的暇な私たちは、この酒場で基本的に働かせてもらっている。とはいっても元の姿だと悪目立ちが過ぎるので、6号ちゃんに用意してもらった年齢詐称薬で全員幼女の姿になって、なのだけど。
労働基準法がどーの、って千雨ちゃんは言っていたけど、そもそもネギが麻帆良じゃ先生やってるんだから、魔法使いの世界では子供が働くことは何処も可笑しい認識はないのだと思う。私の記憶は姫御子やっていた程度の世間ずれしたものばかりだから、認識の違いがどんな風になっているのかを判別する材料には残念ながらならなかったので断言はできないのだけれども。
酒場と言っても昼の間は親子連れだって食事に来るので、どっちかというとテーマパークによくあるレストランみたいな認識だ。ネズミの国とか、周囲の人たちを見ているとそっちの印象ばかりが際立って、この町の治安が悪いとはとても思えなかったりする。
特に私たちが働くようになってから、このお店のお客さんがやたらと増えたとかってクママチーフが言っていた。お客さんたちはみんな優しくて、私たちが働く姿に決して笑顔を絶やさない。
此処って本当に拳闘士の町?
ならず者の集まるところ、とかって聞いた気がするんだけど。
「はわぅっ!」
あ、せつなさんが“また”配膳ひっくり返した。
手脚が短くなったことで一番弊害を患っているのが実はせつなさんで、二番目が龍宮さん。麻帆良四天王と呼ばれるまで武道に精通するほど自身を鍛えぬいた2人。だからこそ、自分の距離感が掴めなくって動きに支障が出ているって、言い訳みたいな理屈を本人たちが言ってた。
でも大丈夫、何故なら――、
「おいおい、まーたおめぇかよセツナ」
「あぅぅ、す、すいません……」
「あー、いい、いい。こっちの片づけは俺がやっとくから、おめぇはお客さんに謝ってきな。ドリンクのサービスも忘れんじゃねーぞ」
「は、はいっ、ありがとうございますトサカさん」
「……いいから気にすんな。早く行け」
ああやって、すぐに他のスタッフの人に手助けがもらえる。
特にトサカさんはぶっきらぼうだけど、私たちの失敗のフォローに関しては一番お世話になっていたりもする。笑顔を絶やさない、に関しては例外的な人だけど、直にお礼を言われるとそっぽ向いているあたりは、ひょっとしたらツンデレなんじゃなかろーか、って朝倉が言っていた。
あの人の嗜好がどうあれ、何気ない紳士の集まるグラニクス。
なるほど、今ならそらの以前に言っていたことも理解できる気がする。
これが『可愛いは正義』という宇宙の法則の恩恵なのかも、……何言ってんだ、私。
× × × × ×
「しっかしまあ、お前ぇも碌でもない術式を考えるもんだなぁ。あのバカっぽさは嫌いじゃねーが」
「そ、そうでしょうか」
「ああ、ある意味ナギよりバカなんじゃねーのか?」
「父さん以上……」
ほめ言葉に聞こえねーよ。なのにちょっと嬉しそうにしている薬味教師大人Ver。
ファザコンも此処まで極まると気持ち悪ぃな。
オアシスから帰ってきて世話になっている酒場に直行したのはアタシのせいじゃない。
神楽坂にちょっと手伝ってほしそうな視線向けられたけど、悪いな。今のアタシは幼女じゃねーから、この酒場の雰囲気には合わせらんねぇ。
いや、大人Verだとしても酒を飲むつもりはねーから。此処に来たのはおっさんの意思であってアタシの責任じゃない。
つーか見事にロリータ喫茶になってるな、此処。現実世界じゃまず絶対にお目にかかれねー、ってより犯罪臭が香ばし過ぎて実現したら駄目な部類だ。まあ中身は中学生だし、元の姿に戻ってもやや犯罪臭いけど。あ、さすがにえっちな要求がある店にまでは発展してねーからな?
それはそうと、修業の話だ。
光に呑まれたラカンのおっさんはどっこい生きてた。まあバグが服着て歩いているようなおっさんだから、そう簡単に消失したわけはないと思っていたけどさ。それにしたってそこを脅かすネギ先生の今の実力が、少しばかり異常な領域に達している気がする。
「『あの状態』だと瞬動は使えないんだよな? それを踏まえても遠距離の相手を撃墜することもあのビームで出来るということか。やるじぇねーか坊主」
「まだ改良の余地はあると思うんですけど……」
「いやいや、大したもんだよ。この俺に片膝をつかせたんだからな。効いたぜ、あの一撃は」
べた褒めだ。……なんか、怪しーんだが。
「お前になら、聞かせても大丈夫かもしれねぇな。……20年前の戦争のことを」
「――っ、それってもしかして父さんの……!」
「但し、情報料として100万ドラクマ請求するが」
続いた台詞に盛大にすっころぶネギ先生がいた。こういうところは漫画っぽい。
アタシもまた、思わず顔が引きつるのを感じつつも、
「べ、別に只で語ってやってもいいいんじゃねーか? 一応は勝ったんだし」
「はぁーん? あんなんで勝ちとか調子に乗ってもらっちゃ困るなぁー? 俺はあそこからの反撃の手段だって思いついていたしなー」
小学生かお前は。
こんなバカな要求に乗る必要もないと思うし、ネギ先生や朝倉はともかく一緒に魔法世界まで付き合っている他のメンツがわざわざ聞くようなことがあっただろうか、とも思うので情報料とやらの値下げを狙って口を開く。
――前に、
「わ、わかりました」
薬味教師は承諾してしまっていた。
いや、お前そんな金何処に持ってんだ?
「一ヶ月後のナギ=スプリングフィールド杯、そこでの優勝賞金の僕の取り分、そしてエントリーに至るまでに釣り上がるであろう掛け金、占めて100万に届くはずです! お支払いいたしますからその時には父さんのことをしっかりと聞かせてもらいますからね!」
「ほぉう、随分といい啖呵を切るじゃねーか……。よぉし、やってみせろ!」
「はいっ!」
……呆れてものが言えねー。
おい、気付けネギ先生。そこの筋肉達磨、「してやったり」って新世界の神みたいな表情で嗤ってやがるぞ。
……まあ、アタシらに被害が及ばなけりゃどうでもいいけどな。
× × × × ×
「あーもう! なんだってこんなところまで来なきゃいけないのよーっ!」
七月末日、私は何故か日本に来ていた。
いや、何故かというか完全に幼馴染のせいでもある。せい、という割には呼ばれたわけでもないけど、……年長者としての立場ってものがあるわ! いつまで待っても帰ってこないバカネギを私が迎えに来ないでどうするっていうのよ!
それに日本には前から来てみたいとも思っていたし。
『夏休み』になったって葉書にはあったのに一向に現れないネギに対するネカネさんの心配も理解できるし、来ること自体は吝かじゃないのだ。
……問題はそのボケネギがいるはずの住所に、知らない男の子が住んでいたってだけで。
オーシバとか言ったその人の話では、ネギはいつもは森の中のログハウスで修業をしているとか言っていた。
魔法の修業をしているってこと? 時には泊まり込みの日もあるから、長期の修業の可能性もあるとか……。なんだかあの人の話じゃ要領を得なかったけど、修業しているくらいならまず帰国しなさいよ!!
そうして森を歩いて一時間。
――夏場に徒歩はきついわ……。と、木陰で立ち止まったところへ、
「――およ? どーしたのお嬢ちゃん? 迷子?」
開口一番に失礼な人が話しかけてきた。
何このお姉さんは!? おっぱいもおっきいしまず間違いなく敵の部類……って、後ろの人たちも含めて何処かで見たような……?
× × × × ×
「ほほぉー、ネギ君を迎えに来たのかーアーニャちゃんはー」
「そうよっ、あ、いや、そうです」
「あー、えーよ無理して敬語にしなくっても」
「そ、そう?」
通りがかったのはネギのクラスの生徒さんたちだった。
ユーナにアキラにアコにマキエかー。そういえば写真で見た気がするわ。
同じところに用があるみたいで、ログハウスまでの道すがら雑談をかわす。
ケンタイカイ、というのがあるていど終わったので、麻帆良に取り残されているログハウスの主が寂しがってないか見に来たのだとか。なんか悪趣味ね。
まあ言葉にしているほど本気で悪気があるわけでもなさそうで、いたずら程度の意気込みでいるみたいにも見える。
仲がいいのかな?
それはそうと、気になるのはネギの現状よ!
あのバカネギぃ、ユーナやアキラみたいな巨乳のお姉さんがいるから帰ってこないんじゃないでしょうねぇ……!?
こ、これはそれとなく聞いておくべきかもしれないわね。そう、年長者としてっ。
「と、ところで、ネギの様子はどうなの? きちんと先生をやれているのかしら?」
「ネギ君? んー、まあ頑張ってるよー」
「そうだね。まだ失敗も多いけど」
「そこは10歳なんだししょーがないってー」
「せやね。けど、覗き癖のほうは今のうちに矯正しとらんと、後々大変なことになりそうやけどなー」
の、覗き……?
「え、えと、今最後とんでもないこと聞こえた気がするんだけど……」
「あっ、いっ、いやいや! あれはほんと事故みたいなもんだから! ねっアキラ!」
「えっ、あっ、うん。そうだね。多分某ラブコメの神とかに呪われてるだけなんだよ、きっと」
「だ、大丈夫だよ! まだ10歳なんだしわたし達も気にしてないからさー!」
「さすがにダークネスなことまでにはなっとらんし、増長する前にお祓いを申請しとくわ」
さっきからなんかアコの発言が辛辣に聞こえる。
じ、実は嫌われてるのかしら、ネギって……。
「あっ、見えてきたよ! あれがそう!」
話を切り替えるためだろう。ユーナが木々の隙間に見えるログハウスを指さしていた。
うん。とりあえずネギと会ったら一発蹴っておけばいいか。
話を切り替えてくれたことに感謝しつつ、私たちは小屋へと足を踏み入れた。
「エヴァちゃーん、元気してるー?」
「………………あー……」
「「「「どうしたのっ!?」」」」
中に居たのはうつろな目で虚空を見つめて空返事する、金髪の女の子であった。また女、って思っている場合じゃないっ!?
× × × × ×
「暇なんだよ、暇すぎるんだよ、付き合いのあるやつらはみんな麻帆良に居ないし、爺や古本と何が悲しくてわざわざ顔つき合わせなくちゃならんのかって思うからこそここ1週間碌に人と会ってない。それより何よりソラニウムが足りない。私も魔法界に行くんだった……」
「落ち着いてエヴァちゃん。すっごいキャラ崩れてるから。もう誰?ってくらいに崩壊しきってるから。あと変な栄養素をねつ造しないで」
「あ、ソラニウムなら私も足りない気分」
「ええいっ! 此処でボケに回らないでよアキラまでっ! あとそっちの2人も謎栄養素をプリーズミーなんて言った日にはガンズアンドローゼスで撃ち抜くからねっ!?」
よくわからない単語で脅迫染みたツッコミを入れるユーナに対して、アコとマキエの2人は(´・ω・`)(´・ω・`)って顔していた。
どうやってるの? その顔芸?
パジャマのままでうつろな目をしていた女の子は、どうやら暇だとかいう理由以上に、特定の誰かに会えないことが一番辛いらしい。
そう捉えると、なんだか恋する乙女みたいで微笑ましいものを感じるのは私だけじゃないはずだ。
ていうか、魔法界云々ってこの4人の前で言っていい言葉なのかしら?
メイドの女の子たちがユーナのお願いで動き出し、金髪の子を着替えさせている。
その最中に、こっちが気になったのか、彼女は私の方を見て首を傾げていた。
「で? その赤いのは誰なんだ?」
はっ、そうだった。此処に来た要件を忘れるとこだった!
「ウェールズから来たアンナ・ユーリエウナ・ココロウァよ、ネギを連れ戻しに来たわ! あのバカは何処にいるのっ!?」
「なんで喧嘩腰なんだお前……。ネギ先生ならいないぞ」
「なんでいないのよっ!?」
「なんでと言われても……、旅行に行っているから、としか答えられん」
「はぁっ!? 何よそれーっ!?」
わ、私が暑い中わざわざ此処まで来たっていうのに……! 旅行ですってネギのやつ……っ!
「いいわ! だったら帰ってくるまで此処で待たせてもらうから!」
「は? いやなんでそうなる。帰れよ」
「帰れるわけないでしょっ!? ウェールズまでとんぼ返りとかなんの拷問よ! アイツが悔しがるくらいに日本を満喫させてもらうんだからっ! 人に心配させた罰よ罰!」
「わけがわからん……」
というか今から宿を探すとかもう無理だもん。異国で女の子一人放り出すなんて、とんでもないことをやるわよネギのバカ!
「あー、まあいいんじゃないのかにゃー。エヴァちゃんも暇つぶしができるんだって思えば」
「せやね、一人だとまーたボケ老人みたいになってまうで?」
「オマエラ他人事だと思って好き勝手言いおって……。まあいいか。エヴァと呼べ……、おい、聞いてるのか?」
……それにこの金髪の娘、かなりぺったんだし。仲間よねっ!きっと!
「……今なんか不快な電波を感じたぞ」
~幼女喫茶
トサカの兄貴はきっとツンデレ紳士
~ソラニウムが足りなくて1週間、あれっまだ1週間?
火星と地球の周期って実はほぼおんなじだから、原作みたいな大幅なずれってないらしいよ?
この世界線では縮尺を忠実的に再現してみたけど
~アーニャ、すれ違う
まずは学園長に挨拶に行くべきかもしれないけど、そんな描写原作でも一切なかったのでスルー
闇の福音と気づくのは果たしていつに…