連続投稿ですので前話からどうぞ
たった今まで敵同士だった者たちですら、その光景に互いを屠る事さえ忘れていた。
いくらアーニャが無双出来たからと言って、いくら英雄が助けに来たからと言って、数の暴力を易々と覆せるほどの決定打は自陣には無く、首魁である【造物主】が動いた以上こちらの濃厚な敗北色は覆られそうにないな、というのが本音でもあったのだ。
だが事態は怒涛を巡り急転直下に、速やかにカーテンコールの鐘を鳴らせられようとしている節が見受けられていた。
「【概念】って言葉にはぶっちゃけ大雑把な意味合いが多分にあるんだが、だからこそ覆すことが困難な言葉でもある。この世は大多数の【観測】によって実存が成り立っており、故に存在性の肯定を促すものは人の認識であるからな。【認識】という数の優位性を孕む【概念】がどうしたって物理現象の上位に位置する。これはその性質故に魔法にも通用する法則でな、件の概念を阻むにはより性質を違えた概念で上書きしなくては破棄しきれない、という『いたちごっこ』が派生する温床となってしまう。いや、むしろこういうフィジカルフィードバックみたいな法則こそが概念論争の主体なのかもしれんけどな」
腹を巨大な鍵で貫通され、苦しむ【造物主】を相手に、烏丸は滔々と論議を語る。
というか、振り下ろした『それ』って『
突き刺した時に邪神の名を呟いていた気がしたが、それの説明に移って貰えないだろうか。
「ともあれ、その【概念】を支配下に置くのが、今のところ地球に5人いる【魔女】だ。【法則使い】とも呼ばれる彼女らは魔法世界産の『魔法使い』から派生する『魔女』とは次元が完全に異なり、時に星を支える神や異界の怪物を弄ぶ。悪魔の実在を認められても自分らより上位の【神】を認識できない『魔法使い』にはその次元を知れというのは酷かもしれんけど、実際『そのざま』なんだし口を挟んでも仕様がねぇ。此れで逆鱗に触れたとかじゃなく、単純に邪魔だ、っていう理由の介入なんだからアンタらには同情を禁じ得ない」
沈痛な面持ちで、苦しみ身動きすら取れない黒ローブに言葉を吐く。
その身体は次第に何処か重なるように、ブラウン管に映る像がブレるように存在が乖離し、抜け落とす様に男性の身体を吐き出した。
鍵から逃れられたそいつは赤い髪をした少年のような容姿の青年で、その姿に『知らなかった』誰もが目を見開く。
私たちの端っこで、「父さん……!?」とネギ先生が呟いていた。
「――フェイト、デュナミス、お前らが【
預けられて実に邪魔だった、と烏丸は云う。
邪魔ってお前。
そしてその魔法少女モノは、主に筋肉が跳梁跋扈してやしないかね……?
「封印具、だと……!? で、では、術式は、お前が用意したというのは嘘だったのか!?」
「本物は今も明日菜が持ってる。アーティファクトとして出てくるとはさすがの俺も予想外だった。というかそもそも、お前らは【始祖の血筋】とやらを既に手配していたじゃないか。明日菜っていう【黄昏の姫御子】には最初から頼らない方針だったのだし、それこそ俺にも伝手を辿ろうとせず自分たちで片付けるべきだったんだと思うよ?」
……というかちょっと待て? 『最初から神楽坂には頼らない方針だった』……?
その点について思い返せば、そういえば原作での魔法世界突入初期に襲撃に遭った時点で、フェイトらは偶然だと嘯いていた気がする。
もしもその言葉が本当だったとするならば、烏丸の言ったことにも説明はつく。
だが、それなら烏丸は、どうやって【術式】の『発生と維持』を執り行える……?
そんな私の疑問を感じ取ったのか、烏丸の説明はなおも続く。
「術式の根幹はこの【祭壇】にも遺されていた。術式の起動には『核』となる【造物主の掟】も必要になってくるが、手元に無いからこそ『リライト』は不完全なままだ。よって、【完全なる世界】の活性化は最早ない。英雄共、やーっておしまい」
その言葉に戦闘を再開するのは高畑先生やアルビレオ、そして学園長の少数精鋭。
アーニャは完全にスタミナ切れらしいが、事態を察知したアーウェルンクスシリーズや復活怪人らが対峙しようとも一足遅れでは間に合わない。
つまり、【
……説明の隙間に他人様にバトらせるってどういう鬼畜だ……!
「ちなみに【
――しかも此れまでの前提をさらっと覆しやがった!?
自分たちの信じていた何某かを決定的に否定されて、流石の人形でも呆然とせざるを得ない。
復活もリライトの行使も意味が無くなり次々討伐されて逝くそんな中、烏丸は「――説明を続ける」と言葉を続ける。
「この魔女製
『ガァァアアアアアアアアアアアア』と黒ローブだけになったそいつが電子音声染みた掠れるような悲鳴を上げる中、烏丸の何処か軽い説明が淡々と続く。
ああ、ホントに決定的且つ致命的な性能で対処されてんのか、と見ぬ魔女とやらの徹底性に思わず
「俺の予想でしかないんだが、造物主あらため始まりの魔法使いは意識だけの存在なんじゃないかな、と。それこそ『メロスの意思』みたいな拡散性と集束性を両方備えた【力の根源】。だから殺しても死なない、斃しても終わらない。でもまあ、封印すれば問題ねーよね!って見破られたのが決定打だよなぁ。単独で封印されちまったら手も足も出せそうにないだろ?」
「さらっと言ってるけどそれ魔女さんとやらの見解なのか、それともお前の見解なのか」
「【向こう】のもある俺の見解。まあ、あっちの話は人外封印の為に此れを寄越すよ、ってだけだったから効能序でに性質を解析されてんじゃねーかな、っていう予測だけど」
「……つうか、ただの封印だと今回みたいに暴かれたりしないか?」
「だからこそ時間制限有りの『絶対に何時かは解ける封印』なんだろーよ。その封印先だって、墓荒らしの心配もない次元の果て、あー、【
こえーよ。
「そしてこの『封印』の効果はそいつが生きて来た年数に比例して加算される。造物主がどれだけ生きたかは聞き齧った程度しか知らないが、精々10000年くらいは封印が解けることは無いんじゃないかな」
そして封印が解ける頃には魔法世界の問題なんてどうにかしている時期をとっくに過ぎている、と。
……ゲスの極みだなおい……!
そうしているうちに、造物主は鍵に吸い込まれるように折り畳まれてガチャガチャガチャと立体パズルを弄ぶようなエフェクト音に掻き混ぜられて、次第にその姿が縮小して逝く。
腕を伸ばそうにもそれも折り畳まれて、ローブの果ての相貌は表情も映さず泣いているのか嘆いているのかさえも覗えない。
どこぞの『私が天に立つ』と謀反企てたオサレな死神の最後みたいに消え逝くそれに、烏丸は実に嫌な笑みで最後に告げた。
「それでは――10000年後までご機嫌良う」
そうして――造物主を封印した【鍵】もまた、空中に掻き消えるようにしてその姿を消失させる。
跡には何も残さない騒動は、それにて一様の結末を迎えた。
× × × × ×
抵抗の意志を見せなかったフェイトと仲間認定されていた6号を除く【完全なる世界】の面々は次々と討伐され、というかフェイトの方はやる気がなくなって不貞腐れた感が微妙にある。
その従者である少女らも討伐の対象からは外れて、諸共にひとまとまりにさせられて軟禁状態だ。
監視についてるのは同じ魔法世界人であるエミリィさんを筆頭としたアリアドネー隊。
まあ、監視と言ってもこれ以上彼女らが何をしたとしても意味も無く……、むしろ組織の生き残りであるフェイトがやる気なくなってしまってるから本格的に詰んでいるのだろうけど……。
……言葉にすると尚更憐れを誘うなオイ……!
やや気まずくなってそんな彼女らから目を離せば、始まりの魔法使いに身体を乗っ取られていたのだろうと思しき元英雄・ナギ=スプリングフィールドが衰弱しきった様子で、同じく半死半生からようやく快復させてもらったネギ先生との感動の対面を果たしていた。
周囲には同じく事情を知っていたであろう英雄の面子が、親子の様子を取り囲むようにして覗っている。
同じように取り囲む中に連れ立っているのは神楽坂とマクダウェルというナギを知る女子で、残りの面子は私みたいに所在無さげにその更に外から様子を覗うだけである。
……今更なんだよな。
今更『ネギ先生の目的の一つの達成』と共感を覚えるには、あのガキは色々と悪手を取り過ぎた。
別に憎たらしくは思ったりしないが、ふーんよかったね、という程度の感想しか私ら外様組には抱けやしない。
マクダウェルも神楽坂も、ナギに対して色々と思う処があったのかもしれんが……。
……距離を近づけようとしていない以上、アイツらの心境は其処まで英雄らに向いているというわけでも無いらしい。
で、だ。
私は私で目的を果たしたいのだが、烏丸は何処にいった?
ふと龍宮のことを思い出し、皆の視線を独占していた親子対面から目を離して周囲を見渡す。
祭壇から降り立って『始まりの魔法使い』を封印し、ナギを解放した立役者は何処に行ったのかしら?と。
「はい、全員ちゅうもーく!」
パンパン、と手を叩く音が響いて、その主を見上げる。
烏丸は何故かまた祭壇の上へと戻っていて、全員の視線を集めにかっと笑い、
「今から俺が、魔法世界をぶっ潰します」
――そう、云った。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「…………―――は?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「本気です」
「――本気です」
「……本気の、ようだな」
呆気に取られた私たちを放置して、続けた台詞は実に簡素で簡潔。
追従した6号は初めから烏丸の目的に従うらしく、そのふたりの様子を見上げたマクダウェルが呆れた顔で、しかし理解もしていた。
そもそも、烏丸が初めから『嘘』を吐いていないのなら、その目的もまた事実であるのだから。
「――ぬお!?」
「魔法陣が……ッ!?」
驚愕に目を見開く学園長に、アルビレオが祭壇を見上げる。
一度沈静化したはずの祭壇上の天球儀がひときわ大きく輝いた。
烏丸はその前に佇んだまま、6号はそれに寄り添うように控えている。
――まるでゲームの最終ボスみたいに。
「「――な、何故だ!?」」
奇しくも、叫んだのは敵対していた者同士。
フェイトと高畑先生が、驚愕も露わに同時に問うていた。
その行動に互いを見合わせるふたりだが、今はそれよりも優先順位が別にある。
先立って、より冷静に状況判断が出来たのはフェイトだった。
「キミはさっき止めたじゃないか……! その張本人が、何故魔法世界を自ら破壊しようとする!?」
同じく投げるべき言葉を一瞬忘れていた高畑先生が、はっと我に返る。
「っ、そうだ! 烏丸くん! キミの目的は【造物主】だと言っていなかったか!? そんな『もののついで』みたいに世界を破壊するなどと云うものじゃない!」
いや、それは合っていて間違ってる。
烏丸の目的が【造物主】なんじゃない、烏丸に『お使いを頼んだ奴』の目的がそっちなんだ。
件の鍵を此処まで運んだ理由を、アイツ自身語った筈だ。
そして最大の目的は、やはり、
「……やはり、赦せないのですか? 魔法使いが……」
と、アルビレオが烏丸へ問う。
その言葉に思う処があったのは、事情を知る神楽坂にマクダウェル、学園長に桜咲や綾瀬といった一部の者たち。
私もそう思いかけたが、……いや、アイツの場合なんかそっち方向は違うんじゃないかな、とも思う。
事情を知らない一部は困惑し、唐突に始まったシリアスの予感に烏丸の背景を慮る様な視線が彼へと向く。
しかし、其処は彼としても違うらしく、悠然と微笑んだまま「アデアット」とアーティファクトを現出させた。
「さて、止めたければ力づくでどうぞ? 無論、こっちも相応に当たらせてもらうけどな」
本型のそれを片手に、「ショートカット」と続ける。
少数精鋭とはいえ戦力的には届くとも思えないその『差』を、烏丸は思い掛けない方法で覆した。
「出て来い、ジャック=ラカン」
~概念具【蕃神鍵・ヨグ=ソトース】
読み方は『ばんしんけん』と。大体烏丸が説明したけど改めて
『造物主の掟』と割と似た形の、2メーター近い巨大な黒鍵。『人以上の人外』のみに有効で刺された対象は『それまで生きた時間』に比例して封印が掛けられるので生まれたばかりの相手には通用しないが、だからこそ概念存在へ有効打となる凶悪な性能。要するに神とか悪魔とか特に有名処はこれ一本で仕舞いとなる
絶対的に何時かは解ける封印な代わりに、期限が切れるまで解けることが許されない、という追加性能。封印の対象はそれに付随する意識諸共【凍結】され、浦島太郎のような状態へと持っていかれるらしい
尚、魔女謹製の『概念具』なるモノは世界が違えば宝具とか神具とか宝貝とか神器とか呼ばれていたモノにごくごく近しい性能を発揮するので、それの説明を備えて貰えない外様の者らにとっては結局のところ【宝具】という認識で覚えられている
礼装などと違い大した手間も掛からず一朝一夕に使用できるので、便利且つ高価に思われる時があるのだが、その実性能がどれもこれもピーキーかつニッチ過ぎて逆に扱い辛い。お蔭で市場に出回ることが無く魔女の手元に腐っているわけだが、その事実を烏丸でさえも未だ知らない
涅さんそして何処かの魔王様が混じった烏丸くん。次回へ続きます
作中の完全なる世界アレコレは作者の勝手な解釈です