千雨は凡人(ただ)の女子中学生です   作:おーり

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光る雲を突き抜けFlyAway


凡人ちう、魔法世界へ飛び立つ

 始まりは、高音さんが素っ頓狂な声を上げたことだ。

 

 

「えぇっ!? 食料を忘れたっ!?」

「す、スイマセン、なにしろ急な出発だったもので……」

 

 

 亜熱帯の原生林を暫く進んだ開けた場所で、今夜は此処でキャンプを張ろうかと腰を落ち着けたところでとんでもない事実が発覚した。

 よりによって食料を忘れるとか、旅立ちの準備は入念にしろと、どんなRPGでも言及するはずなんだがなぁ。

 申し訳なさそうな子供に責任を負わすつもりはないのだが、立場上は責任者であるのだからどうしたって追求の目はアイツに向く。しっかりしてくれよ子供先生。

 

 

「ふむ。それではこういうときこそ私の出番のようですね」

「えっ、ゆえちゃん何か持ってたの?」

 

 

 ぎゃーすか騒いだ高校生とは対照的に、不敵な笑みを浮かべた綾瀬が静かに立ち上がる。何気に食糧事情を気にしていたのか、神楽坂が一番に食らいついていた。

 そういえば図書館探検部だとかいうアグレッシブな部活動に勤しんでいた筈だったな、アイツ。こういう不測の事態に備える準備もしているのだろう。

 思わず期待した目で行動を追うと綾瀬は、ガキの肩に乗っかっているオコジョを徐に手に取った。

 

 

「――ついに貴方を食べるときが来たようですね……」

「ヤーーーダーーーーッ!!?」

 

 

 はんぐりぃ、とハイライトの消えた目に浮かぶはヤバイ文字。非常食認定された小動物は絶望の声を上げる。

 喋る小動物を捌くのは、ちょっと……。

 

 夏休みに入って既に二日が経とうという頃、アタシらはなんと魔法世界にてサバイバルを経験していた。

 『原作』を知る己が身としてはこんなところに馳せ参じる意気込みなど端から持っていなかったはずなのだが、来ざるを得なくなってしまったからには仕方がない。

 精々事件に巻き込まれないように、と己の知る『正史』とやらに似通わないルートへ到達できるように修正が効けばいいなぁ、なんて。そこはかとなく希望していたりもするのだが、果たして。

 

 そんな惚けた明後日の思考をぼんやり浮かべていたら、来ざるを得なくなった『元凶』が無駄に元気な声音でスマホから叱咤激励してきた。

 

 

『大丈夫っすよお嬢! 何を隠そうワタクシはサバイバルの達人っす! こういう状況を打破するアプリの一つや二つ、すぐにインストールできるっす!』

「それは達人とは言わねーよ」

 

 

 堂々とカンニングする気満々の、アニメーションアプリの筆頭みたいな青髪ツインテールの、某ボーカロイドみたいな、具体的には初音●クみたいな外見の美少女の似姿が快活に笑っている。

 というか、此処って電波届かないだろ。

 覚えのある『正史』には居たはずの絡繰茶々丸というロボッ娘も居ない現状にては、どう考えてもそのうち役立たず筆頭になりそうな電子精霊に思わずため息が漏れた。

 本当に、どうしてこうなったのだか……。

 

 

 

     ×   ×   ×   ×   ×

 

 

 

『――お掛けになった電話は只今電源が入っていないか電波が届いていないか、はたまた大気圏突入中に付き通話ができません。ご用などがある方は、カァー、という鳴き声の後にメッセージをお入れください

 ――カァー!』

 

「どういう留守電だよ!?」

 

 

 夏休み初日、烏丸に急遽用事が生まれたアタシが取り急いで電話をかけてみると以上のメッセージがスマホから流れた。憤慨して部屋のベッドへと叩きつけたアタシは悪くない。

 その用事の元凶は、叩きつけられたスマホに次は我が身か、と戦慄でも走ったのであろうか。『パソコンの画面』から宥めるように声を上げた。

 

 

『おっ、落ち着くっすよお嬢っ! そんな乱暴にしたら壊れちゃうっす!』

「うるせえ! その原因に宥められるほど空しいものはねーんだよ!」

 

 

 ついでに言うと、このスマホは先日超に渡された新型ケータイの試作品というか試供品みたいな代物だ。モデリングと耐久テストとかも兼ねていると言われたので、さぞかし頑丈に作ってあるのだろう。という思惑も無くは無い。

 しかし『彼女』の言うとおり、暴れても何も解決はしないのも事実。

 とりあえず落ち着いて、現状を認識することから始めてみよう。

 

 期末試験も滞り無く済ませられ、夏休みに入った初日。試験ということで休んでいたホームページの更新をしようかと、試験勉強のために封印していたパソコンを立ち上げたところ、画面には既に彼女がいた。

 青い髪でツインテールの、ボーカロイドみたいな外見のコイツがだ。

 それがつい数分前のこと。

 

 一瞬で原因というか、元凶というか、どちらでなくとも解明のための要素と言うべきが如き人物を脳裏に浮かべた。そんなアタシが連絡をしようとしたのは、非常事件に真っ先に専門だと想定すべきなはずの魔法先生且つ担任か副担任である両名ではなく、先日エヴァンジェリンととうとう本契約を結んだと又聞いた同級生の男子であったのだが。

 そのケータイにかけてみたらご覧の有様だよ。ふざけているとしか思えなく、思わず憤慨するのも致仕方ないと思うのはアタシだけじゃぁないよな?

 というか、このタイミングでそんなメッセージが出てくる以上確信犯に思えてくるのは穿ち過ぎか?

 

 考えれば考えるほど犯人に思えてくる某同級生。まるでサスペンスの冒頭で血まみれでナイフを握っていた奴がそのまま犯人であったかのような錯覚を感じつつも、受け入れなくては話は進まない。戦わなきゃ、現実と。と青い狸も言っていた。気がする。

 疑心暗鬼になりそうな思考を一度脳の隅っこに厳重封印しておき、件の彼女へと向き直る。

 

 

「……オーケイわかった。とりあえずお前は誰だ」

『わかったと言いながら剣呑っすねお嬢! とりま説明させてもらうっすけど、

 ――暫定“ほ”の5号! 生まれたてぴっちぴちの電子精霊があなたのパソコンにデリバリーにきましたっ! 可愛がってねご主人様っ♪』

「よし、帰れ」

『なんでっ!?』

 

 

 なんでもくそもあるかバッカヤロウ。

 つうか今口調が別人だっただろ、さっきまでの「~っす」みたいなのは何処へ吹っ飛ばしたんだよ。

 唐突なぶりっ子モードなんてのが効くのは思春期男子くらいのものだということを理解したのか、『暫定5号』は膨れっ面で画面の端に蹲り拗ねていた。男子であっても効かない気がするけどな。

 

 

『生まれたての電子精霊になんという仕打ち……。ああー、早々にイエナキコとなってしまうプログラムっ娘に優しくしてくれるご主人様は何処かにいないものかー。ちらっちらっ』

「口で言うんじゃねー。つうか勝手に他人のパソコンに寄生しておいてどの口が言いやがる。とりあえずファイヤーウォールで削除してやるから精々地獄の業火に身を焼かれてろ」

『ファイヤーウォールにそんな効果ないっすよ!? つうかウイルス扱い!? より酷いっすー!』

 

 

 ニ゛ャーッ!と泣き喚くクッソうぜぇパソコン娘に邪魔されつつ、キーボードを叩いてプログラムを発動。万象一切灰燼と為せ。

 

 そうしたらスマホへと避難された。

 叩きつけたアタシが言うのもなんだけど、これも一応は試作品。へし折って中身ごと粉砕するのも考慮に入れかけたが、便利な機器を自ら手放すのも惜しいと思うのが人情だ。

 結局焼き払うことができなかったアタシは、直接文句でも言ってやろうかと、暫定犯人の住処へと足を運んだのであった。

 

 

 

     ×   ×   ×   ×   ×

 

 

 

 アタシ、長谷川千雨は凡人だ。

 平凡で普通で常識人。それが周囲とアタシ自身が認識している、アタシのイメージ。

 たとえ奇妙な体験をし、その果てにこの世界をモチーフにした『正史』と呼べる歴史の流れを一度俯瞰できていようとも、アタシ自身にそれらを変更できるような修正能力染みた影響力は備わっていない。そんなモブキャラで、一般人の一人。そうアタシは自負もまたしている。

 

 ………………いや、マジで。

 

 アタシには電子精霊を駆使して学園の防御プログラムに対抗できるような技術なんて備わってないし、魔法少女の弟子になってアーウェルンクスシリーズを退ける修練も積んでいない。仮面を被って超能力染みた現象を発揮する過去も無ければ、負完全筆頭と知り合いになって人格を形成した過去も無い。英霊を従えて月の聖杯戦争を生き抜いた経験も無いし、宇宙人との事故に遭遇してサイボーグに改造された経験も無い。

 そういう所謂“魔改造”を施されたタイプの主人公ではない、ただの一般人で脇役で、何某かの神の如き高位領域の存在に目を付けられるような素養なんて持ってはいない。そんな普通の女子中学生なんだよ。

 

 だから、アタシの人格をコピーされた少女がリリカルなのはの並行世界みたいなところに転生させられて面倒ごとに巻き込まれて世界を救う手伝いをさせられていても、アタシ自身には関係の無いことなわけだ。

 ………………………………………………たとえそのコピーの記憶をリーディングシュタイナーのようにアタシ自身が読み取っていて、己の生きていた世界の『本筋』を原作漫画で読んで知っている。という余分な俯瞰記憶を有していたとしても、だ。

 

 意味の無い現実逃避は学祭のときにもう止めた。

 なので、ここからは少なくとも有意義な思考に切り替えられると思うのだけど。

 

 俯瞰というか、件の並行世界にて漫画になっていた『魔法先生ネギま』を読了したのは恐らく痛手にはならない。どれだけ漫画が元だといわれようとも、アタシが生きているこの世界はアタシが認識する限りは何処までも現実だし、割り切った程度で現状をどうこうできるほどの影響力も修正力も技術力も才能も、何度も言うようだがアタシ自身には備わっていない。そんな漫画みたいな女子中学生がそうそう居て堪るか。

 そもそも知っている『正史』と『現実』との差異はかなりあるからな。

 漫画を『正しい話の流れ』だと仮定するなら、先ず真っ先にイレギュラーであるのは『烏丸そら』という同級生なのだろうけど、あいつはあいつで巻き込まれ方の主人公キャラをやっているような気もする。いや、あいつ自身もかなりチートには見えるけど。

 

 学祭というか武闘会で、帝釈廻天や彗龍一本髪を駆使していた負完全染みたチート少年。見た目は踏み台転生者みたいな赤い弓兵もどきの件の少年は、その半分の人生を育てたと言っても過言ではない真祖の吸血鬼の話によると直接戦闘よりは開発の方に才能を置いているらしい。

 そんなアイツならば電子精霊の一体や二体、簡単に作ってヒトのパソコンに知らぬ間にインストールすることも可能なんじゃないか。そう思ったアタシの思考は間違ってはいないはずだ。

 そんな思惑で夏の麻帆良の森を行き、見えてきたエヴァンジェリンのログハウスの前にはクラスメイトの影も若干垣間見える。家主であるエヴァンジェリンとなにやら言い合っているような気配も窺える。

 なんだ? また面倒ごとか?

 

 

「よう神楽坂、なんかあったのか?」

「あっ千雨ちゃんっ? そら知らないっ?」

「あ? アタシも用事があったから来たんだが……。いないのか?」

「麻帆良の何処にもいないのよっ! 電話もつながらないし、なんだか嫌な予感が――!」

 

 

 ………………思い起こされるのは『大気圏突入中』というイミフな一文。

 え? マジ?

 

 

 

     ×   ×   ×   ×   ×

 

 

 

「そらなら今朝方魔法世界へ旅立ったぞ?」

「なんでそのまま見送ってるのよ!? なに考えてるのエヴァちゃん!?」

 

 

 さらりと明かされた衝撃の事実。

 家の前で話すのもなんだと別荘に招待され、辿り着いた先では子供先生とかバカンフーとかが超人みたいな模擬戦を展開していた。のはさておいて。

 茶を淹れる絡繰、よりも若干表情の乏しく感じる、妹たちだろうか。そいつらを促しつつ応えた幼女吸血鬼は、割と平然あっけらかんとアタシらの疑問に答えてくれた。

 応えてくれたのはいいが神楽坂の反応が過剰な気がする。なんか心配事でもあったのか?

 

 

「なんでも6号が里帰りをしたいと言い出したらしくてな。そらに保護者みたいな立場でついてきて欲しいと頼んでいた」

「尚更駄目じゃん!? 6号ちゃんってアーウェルンクスシリーズの娘じゃん! そらをそのまま『完全なる世界』に参入させるつもりじゃないのよーっ!?」

 

 

 あれ、ちょっとまて。この神楽坂何処まで知ってるんだ?

 この時点での彼女から件のラスボス組織の名が出たことに若干の驚きを覚えつつ、二人の会話をしばし静聴することにする。

 

 

「そんなことはそらも承知だろう。その上でついてゆくといったのだから、もう魔法世界に未来はないな」

「ああもう、また危ない橋渡って……! エヴァちゃんはそれで良いわけ!?」

「そら自身が決めたことに口出しをするとか、本妻の余裕がある私には考えの及ばない厚顔無恥さ加減だなぁ」

「本契約したからって調子に乗ってるんじゃないわよこのロリータ……っ!」

「抜かせ凡乳。高々数日単位の誤差でしかない幼なじみだという自負も粉微塵に砕いてやろうか」

 

 

 待て待て。

 

 

「おいちょっと待てお前ら、なんか変な方向に飛び火してる」

 

 

 キャットファイトが併発しそうだったメンチの切りあいに、思わずストップをかけたアタシは間違ってない。

 というかちょっと見ない間にエヴァンジェリンの烏丸に対する好感度が天井知らずになっているのだけど、って本契約をしているのならそうなっても可笑しくない……のか?

 というより、魔法世界がピンチだとかいう件の前提は放っておいて問題ないものなのか? そして仲間内からも、敵対したら最悪認定される烏丸ェ……。

 

 

「コホン。

 大体だな、私はそもそも麻帆良から離れられん。無理すれば可能だろうが、その無理を推し通そうという余力があるにも関わらず、そらは私を連れ出さなかった。これがどういうことか、わかるか?」

「ハブにされたってことでしょ」

「女の嫉妬は醜いぞ。

 麻帆良ではある程度緩和されているとはいえ、私は一応600万の賞金首だ。魔法世界でどんな扱いを受けるのかなんて、火を見るよりも明らかだからな。そらはそらなりに、私に対する柵を払拭するという腹積もりも今回の旅にはあるのだろうなぁ」

「ぐぬぬ」

 

 

 ……憶測でよくそこまでいとおしそうな表情を出来るものだなぁ。まあ間違ってないのかもしれないけど。神楽坂もぐうの音も出ない感じだし。

 あとちょくちょく喧嘩腰になるなよ。なんでアタシが間に挟まれなくちゃならないんだ。

 

 

「で?」

「ん?」

 

 

 ちょっとだけ痛みそうな胃の辺りを押さえていると、唐突にアタシのほうに話が振られる。

 

 

「長谷川は何故此処までそらを探しに来た? 何か用事でもあったのか」

「ああ、そうだった。とりあえずコレをみてくれ」

 

 

 言われて思い出し、用件を伝えるよりも見せる方が早いかとアタシはスマホを差し出した。

 

 




~烏丸そら
 前作主人公。何気に特典つきの神様転生をしていたはずなのだが、件の特典がなんなのか最終的に行方知れず。チートなんだかなんなんだか、とにかく飄々としている転生者
 見た目が弓兵もどきになったのはご本人の希望ではない。詳しくは前作を参照。今作じゃ影が薄くなる、そこはかとない危機感

~神楽坂明日菜
 京都にて過去の記憶を取り戻した黄昏の姫巫女。そらと仮契約をした幼なじみで前作ではヒロイン級の風格を見せた
 アーティファクトは『造物主の掟』で、ついでに備わったスタンド能力は人の悪意を凝縮したような見るもおぞましき闇の使者。発動したらSAN値が削れるので、まともな戦力として期待しないように

~エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
 言わずと知れたエターナルロリータ吸血鬼。ロリババアなんて何処かでは呼ばれちゃいますが精神的に肉体に引っ張られて幼い感じが何処までも抜けないこの幼女をBBAと呼ぶなんてとんでもない!
 そらと本契約を果たした自称本妻。現在テストケースの名目で男子部(そらと同じ教室)に茶々丸共々通っている。本名エカテリーナは作者が推す一説

~長谷川千雨
 本作主人公にランクアップした凡人中学生。魔改造を施されることもなかった戦力がほぼ無い一般人
 むやみやたらと過剰な経験“だけ”はしているのだが、それが良い形で発揮されるのかは謎

~鈴木6号
 水のアーウェルンクス。原作より若干幼い、イメージとしてはアーニャくらいの年齢か?
 魔法世界に以前行ったときにそらをスカウトしようとして声をかけた逆ナン幼女。そのままずるずると麻帆良にまでついてきて、最終的にそらと仮契約した

~青いツインテールのボカロもどき
 チルドレンレコードかっこいいよね



はじめてしまいました続編です
初見の方はあらすじを参照に探りを入れてみてください
ちなみに注意タグは寄せられたご意見を元に考慮しますので、
どしどし感想などを下さったら嬉しいです

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