ペルソナ4 Another Story,Another Hero   作:芳野木

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春休みに入る前の話。


-013- 春休みに入る前に

3月17日

 

 

「ありえない」

「いきなり、失礼だな。千枝」

 脈絡なく言われた言葉に戸惑う。長い……いや、短い一週間の終わり、終業式という行事を終えて教室に戻る途中のことだった。

 

「うん。ありえないね」

 千枝の隣にいた天城でさえもこの発言。俺の何がありえないんだろうか。

 今日学校に来てからの行動を思い出してみる。

 朝、いつも通りに登校。靴箱も平和だった。

 

 

「あっ、橘君。ばいば~い!」

「橘君。また休み明けにね~」

「はい。先輩方もまた休み明けに」

 思い出している途中、声をかけられた先輩に挨拶をする。

 

 で、教室に入って朝の挨拶をして……

 

 

「よっす。春休みあいてたら遊びに行こうぜ!」

「おー、了解。いつでも携帯に連絡してくれよ」

 隣のクラスの生徒に遊びに誘われる。

 

 

 席に座って…

 

 

「ごめん。借りてた本まだ読めてなくて……四月に返してもいいかな?」

「別にいいって。読めたら返してよ」

 クラスメートからも声をかけられた。

 

 

 

 うん。特に変わったところはないかな。様々な人に声をかけられながらも思い出してみた結果、二人に「ありえない」と言われる要素はなかった。

 

「橘君。一週間前に転校して来たんだよね?」

 首を傾げている俺を見かねて天城が口を開く。

 

「あぁ、そうだけど」

 俺はさらに首を傾げることになった。それと「ありえない」にどんな関係があるんだ。

 

「体育館から教室まで何人の人に声かけられたか覚えてる?」

「ん? えーっと……」

 思い出してみる。自分の持つ限りの記憶力を総動員してみた。

 

「とりあえず、沢山」

 総動員した結果がこれだ。記憶力の低下っていうよりも、実際に沢山の人に声をかけられた。

 

「36人」

 いつのまにか─本当に気が付かない間に─隣にあいちゃんが立っていた。

 

「私いれたら37人」

 そう言われて、何のことを言っているのかを理解する。

 そうか俺は37人もの人に声をかけられてたんだな。沢山という表現は間違っていなかったようだ。

 

「だってさ」

 言いたかったのはそれだけだったのか、さっさとあいちゃんは教室に入ってしまう。

 

「「ありえない」」

 ……今度は二人同時できたか。仲が良いのはいいことだが、そんなとこで息をあわす必要はないと思う。

 

 ってか、俺だけ理解できてなくて寂しい。疎外感を感じる。

 

「仲間外れ反対。その『ありえない』理由を教えてくれよ」

 お手上げと両手を挙げた。降参という意味も持っている。

 お手上げ侍、だ。

 

 

「たった一週間で知り合える人数じゃないって」

 なんだ、そのことか。ホッとしたことを表情に出さずに、俺は困ったような苦笑を浮かべた。

 

「そうかな? 中津先輩の手伝いしてるから、色んな人と知り合う機会が多かっただけだろ」

 それに結局は記事に書かれたし。あれは嫌でも知名度は上がる。

 

 

 新聞が発行されたその日の休み時間や放課後にクラスメートや先輩方、はては教師にまで声をかけられた。

 大半が「頑張れよ」とか励ましの言葉だったのは、俺が中津先輩に選ばれてしまったからだろう。

 あの人が今まで一体何をしでかしたのか。ちょっと気になるな。

 

 

「確かに日向君が新聞部入って、一気に知名度上がったもんね」

「入ってないけどな」

 千枝にまで新聞部に入部していると誤解されている。入部届けに名前も書いていないのに……もしや、俺に学校内の取材を手伝わせたのはそれが狙いだったのか。

 新聞部として活動を手伝う俺。傍から見れば、新聞部の新入部員だ。

 

 

 時間はかかるが、みんなに知れ渡ってしまえば効果はすぐでてくる。俺がいくら否定しようがみんなの認識ではもう新聞部員ってわけだ。

 

 

「……油断したな」

 深く息を吐いた俺に、今度は二人が首を傾げることになった。

 

 

 

 余談であるが、手帳を確認したところ‘塔’のアルカナが増えていた。相手は中津先輩だ。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 都会にないものがここには沢山ある。

 例えば、和かさや静けさなどの感じることができるもの。例えば、豊かな緑や透き通った川など本来あるべき自然の姿。

 

 確かに新しいものが溢れる都会は便利かもしれないが、やっぱり俺は田舎が好きだ。満天の星空を見上げながら俺は改めて実感する。

 

 愛屋で食事をした帰り、ふとした思い付きで高台に行ってみることにした。目的は天体観察…とまぁ、簡単に言えば星空観察だ。

 

 

 月明かりだけでは頼りなかったので、ペンライトで足元を照らしながら夜道を歩く。高台に近付くにつれ、街灯の数が徐々に少なくなってきた。

 

――ガサッ

 

 突然聞こえてきた音に足を止める。場所は高台へと上がる階段の前。

 音の聞こえた草むらへライトを向ける。暗がりの中、何かが動いていた。

 

 熊、は流石にありえないが、野犬や猪ぐらいならこの辺りでも出るのかもしれない。

 最悪の結果に備えて、少しずつ後退する。

 

 

 ガサッ、ガサガサッ!!

 

 草むらから音を立てて、黒い影が飛び出してきた。

 

「ガァオーッ!!」

 影の正体は予想外なものだった。どこかで見たような不審者が、獣の真似なのか雄叫びをあげて両腕をあげている。

 

「食べちゃうぞー!!」

 困った。まさか、また出会ってしまうなんて。

 

 とりあえず目に向かってライトを当てることにした。

 

「わ、ちょ! 何も言わずに目にライト当てるの反則だよ!!」

 あげていた両腕を下ろして不審者──霧野さんは目を覆う。

 

 今回はスーツ姿ではなく、パーカーにジーンズとラフな格好をしていた。元々スーツ姿でも若く見える人だが、こうして普段着だと高校生ぐらいにも見えてしまうな。

 

「お久しぶりですね、霧野さん」

「うぅ~、さっきまでのスルーするんだ」

 ええ、スルーさせていただきました。なんせ対応が面倒だったんで。

 

「で、何でこんなとこにいるんですか?」

「散歩だよ」

 草むらを通る散歩があるのだろうか。ユニークというよりも変わっている。

 深くはツッコまないことにした。

 

「そんな日向君は何してるの? あっ、もしかして満月の夜だから『血が騒ぐぜ、グッヘヘ。誰か襲ってやろうか、グッヘヘ』な状況に…?」

「なってません」

 そんな状況になるように見られてるのか、俺。変質者丸出しだな。

 

「この上の高台で星を見に来たんですよ。別に血も騒いでませんし、誰かを襲いに来たわけでもありません」

「星かぁ…。確かにここってよく見えるよね」

 霧野さんは夜空を仰ぎ見る。

 

 

「月も大きいねぇ…」

 その言葉はどこか感傷的に聞こえた。俺が見ていることに気付くと、照れたように笑顔が返される。

 感傷的、なんて感じたのは気のせいかな。

 

 

「ご一緒していいかな?」

 そう訊きながらも、すでに霧野さんは階段を上っている。そして月明かりを背に受け振り返った。

 

「霧野さんの場合断っても来るでしょ」

 階段を上って霧野さんの隣に並ぶ。一度俺を見上げて微笑むと、そのまま高台へと軽やかに上っていった。

 

「うん。だって日向君は断らないからね!」

 一番上から俺を見下ろし、屈託ない笑顔でそう断言した。

 

 

 

 

 

「そっか明日から春休みなんだ」

 高台に設置されているベンチに腰掛け、夜空を見上げながら霧野さんは思い出したように呟く。

 

「む、ズルいなぁ。昼過ぎまで寝れちゃうわけね」

「それは寝過ぎです」

 朝ご飯兼昼ご飯になるのはどうかと思う。春だからって怠けるにも限度があるからな。

 

 それに明日はジュネスでバイトだ。ゆっくりしてる暇もない。

 

「霧野さんはまだ就職活動中ですか?」

 ここらで就職できる所は限られている。バイトだけなら結構あるが、正規雇用を目指す就職となれば……今の八十稲羽では探すのは困難だろう。

 

 

「ううん。就職先は決まったんだよ」

 あっさりとした答えに思わず顔を横に向ける。笑顔と向き合うことになり、俺は途端にばつが悪くなった。

 感情をなるべく悟られないように何気なく顔を夜空へと戻す。

 

 

「どこになったんです?」

「それはヒミツ」

「ヒミツにする意味は?」

「ないけどね。ヒミツにしたら後の驚きが楽しみでしょ」

 俺が驚くような就職先なのか、無理にでも驚かされるのか。

 どちらもありそうで今からドキドキする。もちろん少し悪い意味で。

 

 

 

 

 

「崖から落ちそうになっている二人がいたら、あたしならその手を離さないで大きな声で助けを求めるかな」

 静かに独り言のように霧野さんはまた呟いた。

 

 さっきまでの会話とは全く違う内容に戸惑うが、すぐに何の話なのかわかった。最初に会った日に俺が尋ねられた質問に関する話だ。

 

「自己犠牲もいいんだけどね」

 月が雲によって隠された。ライトを消しているので一気に辺りが暗くなる。

 隣にいる霧野さんの表情も暗がりのせいで見えなかった。

 

「それじゃ、ハッピーエンドにならないんだよ」

 距離感が曖昧だ。すぐ隣で語られているはずなのに声を遠くに感じる。

 

 

「他人を守ろうとして自分のことを大事にできないのはダメだからね」

 約束だよと、触れ合った指を霧野さんから絡まらせた。小指と小指。いわゆる指切りというやつだ。

 

「じゃ、そろそろ帰るね」

 嘘ついたら「スクワット500に腕立て腹筋100」という無駄に体育会系な罰を与える指切りを終え、彼女はベンチから立ち上がった。

 

 相変わらず月は隠れている。ライトをつける気にもならない。たださっきよりも暗闇に慣れた目を使うだけだ。

 

「ではでは──Good spring vacation! See you again!!」

 なぜか英語が混ざった挨拶をして彼女はその場からいなくなった。

 

 気配も音もなく一瞬で。忍者か、あの人は。

 

 

 本当に、何者なんだろうな。夜空に向かって俺は疑問を投げ掛けた。

 

 

 




次回からは短編…というよりも若干長い気もしますが、とにかく短編三本で春休みの出来事を書いていきます。

題名は、「同居人が増えました」「記憶のない来訪者」「ジュネスのガッカリな男」。最後のだけ誰を指しているのか……わかりますよね?

なるたけ早く。ジュネスがまだ書きあがっていないので一週間か十日ほどで…投稿、できれば、いいなと……。

ちなみに春休み編はパート1と2になる予定です。


では、感想お待ちしております。
更新が遅いのは、すみません。反省は毎度しているんですが、治る見込みがなさそうです。
ストックは作ってるのに、それ全部本編のだったりで今投稿できないんですよね。

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