ペルソナ4 Another Story,Another Hero   作:芳野木

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ども、いつもの通りに長く間があきましたが…。

今回はオリキャラ登場の回です。



-012- 変な書類にサインはすべからず

3月12日

 

 

 俺の数少ない特技の中に「すぐ周りにとけ込める」なんてものがある。

 

 引っ越しを何度もするうちに自然と身に付いてしまった特技だ。高校生になった今ではあまり感じないが、昔それも小学生というなにかと多感な時期の引っ越しは色々とある。

 短期間でいかに自分の居場所を作れるか、とか。

 転校生に興味を持つのは最初だけだ。一週間もたてば、転校生もただのクラスメイトの一人になってしまう。

 その一週間の間にとりあえず友達をつくる。最低でも五人くらい。友達がいれば、そこから何人でも友達はできる。

 友達の友達。その友達の友達。ほら、いくらでも交流は広がるだろ。

 

 

 

 

 八十神高校に転校してきて三日目。靴箱の中に手紙が入っていた。

 

「おっ、さっそく入ってんな。ラブレター」

 通学路の途中に出会って、そのまま一緒に登校してきた花村が靴箱の中を覗き込む。

 

 

 いや、‘出会った’というよりも、‘遭遇した’と言った方が正しいかもな。

 道に散乱するゴミ袋。乗り捨てられた自転車。なぜかバケツに頭から突っ込んでいる花村。

「またか」

「まただ」

 そんな哀れな花村の状態を一瞥し通り過ぎる生徒達。会話から、それがはじめて起こった事故じゃないようで。

 とりあえず、見ていられなくて助けたけど。

 その見てしまったからには助けようって、今思えばデジャビュを感じる。

 

 

「そんないいものじゃないと思う……っと、はい予感的中」

 紙が二つに折り畳まれただけの手紙を開く。

 

『夜道に気を付けろ』

 おどろおどろしい赤い文字がど真ん中に書かれているだけだった。わかりやすい、文面。

 

「確かにいいもんじゃねぇな。まっ、転校初日で天城越えに成功した男の運命だ。諦めろ」

 ぽんぽんと肩を叩かれる。

「ただの幼なじみみたいなもんだから、絶対に男として意識されてないのにな」

 

 早くも脅迫まがいの手紙を貰ってしまったのは、転校初日の休み時間にした天城との会話が原因らしい。 

 

 天城を遊びに誘っただけで周囲がざわつき、天城が誘いを受けたことで……クラスメイトの男子に囲まれてしまった。

 

 あの時は怖かったなぁ。みんな目が真剣でした。

 花村が俺が天城や千枝と昔からの知り合いだと、説明してくれなかったらどうなっていたことか。

 

「それに、二人っきりって意味でもなかったし」

 千枝も一緒にだ。前の日に手伝いで来れなかった埋め合わせみたいな感じ。

 

「橘は‘天城越え’の難易度の高さを知らねぇからな。今まで何人の男が挑戦し失敗したか」

「へぇ」

 随分な人気があるんだな、天城って。

 相槌を打ちながら上履きに履きかえる。典型的な上履きに画鋲ってのはさすがになかった。

 

「ってかさ。花村も挑戦したんだよな。その‘天城越え’」

「うっ…」

 花村が口ごもる。

 

「『転校二日目、見事に散った』って聞いたな。‘天城越え’挑戦者の中でも三本の指に入ると…」

「古傷を掘り返すんじゃねぇよ!? 誰だよ、情報源!?」

 詰め寄る花村をまぁまぁと落ち着けると、俺は昨日出会った先輩が名乗っていた自称込みの肩書きをそのまま言う。

 

「『自称、愛と希望と真実と笑いを人々に届けるハチ高新聞専属の記者』の先輩」

「……あの先輩か。そういや目付けられてたな、お前」

「目付けられてるのか、あれ。部活の勧誘じゃないんだ」

 わかってないなと、花村は息を吐いた。

 

「あの先輩。一匹狼って学校じゃ知られてんだぜ」

 一匹狼。そんなタイプの人には見えなかったんだけど。俺は先輩の様子を思い出す。

 とにかく賑やかだった。一匹狼というよりも道化みたいな性格で、こっちが何かを言う前に話をどんどん進めていって。

 

「都会からの転校生が珍しかったとか?」

「や、それなら俺も都会から十月に転校してきたばっかだし」

 そうだった。

 それも先輩に聞かされた。ジュネスの店長の息子で、俺と同じく都会からの転校生。それが花村陽介。

 あと、他に妙なあだ名も聞かされたんだけど……何だったっけ?

 

「ま、なんにせよ。色々と気を付けたほうがいいぞ」

 教室の方に歩きだした花村は、首を回して顔を俺に向ける。割と真剣な表情だ。

 

「夜道はもちろん。その中津先輩にもな」

 大丈夫。そんな意味を込めて俺は手をヒラヒラと振る。

 

 

 ああ、忘れるとこだった。進んだ足を止めて振り返った。

 

 持ったままの手紙を丸めると、近くのゴミ箱に入れる。こぼれ落ちることもなく、あっさりと手紙はゴミの一部となってしまった。

 

 ま、とりあえず。当分は夜道に注意かな。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 放課後になった途端、帰り支度をすませた俺の腕が誰かに捕まえられてしまう。

「ほな、借りんで」

 誰かを確認する前に聞こえてきた関西弁で、俺は抵抗を諦めることにした。

 

 無駄な争いは何も生みません。逃げられないとわかっているのに逃げたりはしません。

 

 

 

 引っ張られる。というより、引きずられるようにして到着したのは実習棟の二階。英語教室の隣。

 扉に貼られた『新聞部』という張り紙で、自分が連れてこられた場所が新聞部の部室だと知った。

 

 いきなりのことで未だ事情を飲み込めていない俺の顔を見て、中津先輩は微笑んだ。

 

 中津香奈。俺の一個上の先輩で、関西弁と掴み所のない性格が特徴的な人だ。今朝、陽介との会話に出てきた人でもある。

 

 

 前に向き直ると、一つでくくられた髪が揺れる。そのまま勢い良く扉が開けられた。

 

「う……わぁ…」

 部屋の状態に俺は目を見張る。

 教室よりもさらに小さいその部屋は、とにかく色々とヒドい。

 まず床。ボールペンや原稿用紙、新聞紙が散らばっている。俺の足下に転がっているペンなんかキャップがない。かわくぞ。もう手遅れか。

 

「歩くときは画鋲なんかに気いつけや」

 画鋲ぐらい拾ってください。床にほんの少しあるスペースを器用に歩き、先輩は肩にかけていた鞄を机に置く。

 部屋の中央に置かれている長机。年期がはいっていて実にレトロチックだ。よく見ると足の部分にも模様が彫られていた。

 洒落た喫茶店に置いていても別におかしくないな。残念なことはここが喫茶店じゃないことか。所有者の扱い方か。

 

 床に物があれば、上にも物があり。

 開かれたままのノートパソコン。プリンター。積み上げられた本。

 

 この部屋、凄く片づけたいな。

 

「やー、少しは綺麗にしてんけどなぁ」

 先輩はパイプ椅子に座り、暢気に笑った。

 

「具体的にはどこがですか?」

 探してみるとすぐに見つかったキャップをペンにつける。ついでに床に散らばっている原稿用紙も束ねる。

 

「パイプ椅子の上」

「前は座る場所もなかったと…」

 もう一脚、何も乗っていないパイプ椅子に俺は座った。座るときにため息が出てしまったのは、しょうがない。ため息ぐらいつかせてほしいもんだ。

 

 

「今日は何の用ですか?」

 手渡された缶コーヒーを飲んで一息ついた俺は、ずっと訊きたかった質問をする。

 

 昨日と今日。中津先輩と接して学んだことが二つある。一つ目は、先輩は話を逸らすのが上手いこと。二つ目は、油断しているとすぐに先輩のペースになることだ。

 ちなみに対処方法はまだない。

 とりあえず、俺が気を付けないといけないのは「変な書類にサインしない」だな。

 

「新聞部の勧誘」

 警戒している俺とは違って、先輩はリラックスしきった態度でひとさし指を立てる。目が合うと、ほんにゃりと緩く笑いかけられた。

 

「それと、取材や。『都会からの転校生。天城越えに成功』って見出しで書きたいねんけど」

 中指も立てられる。ブイサインと先輩から目を逸らして俺は首を振った。

 

「却下ですね」

 そんな見出しで書かれたら、俺の靴箱がさらに大変な状況になってしまう。

 

「せやねぇ。もうみんなに知れ渡ってること今さら書くのは、うちのポリシーに反するし」

 知れ渡ってるんだ。噂は流れるのが早いな。手元の缶コーヒーに視線を落とし、この部屋入って二度目のため息をつく。 

 

「じゃ、新聞部へ入部はどないよ?」

「その前に一つ質問してもいいですか?」

 期待に満ちた瞳に俺の顔が映った。警戒しすぎて強ばっている表情を若干緩める。

 

 中津先輩は悪い人じゃない。掴み所のない人だが、俺に対して悪意を持っていない。持っているのは、純粋な興味。

 

 こんな平凡な高校生男児である俺のどこに興味を持ったのかな。

「個人情報以外やったら何でも」

 興味を持たれた理由が知りたくて俺は質問をする。

 

「俺を新聞部に勧誘する理由を聞きたいです」

 

 特に表情の変化はなかった。雰囲気も変わっていない。うーむと唸って、腕組みをするだけだった。 

 

「それは、部員が欲しかったから」

 その答えが本音だとはもちろん思わない。俺は首を振った。

 

「先輩は『一匹狼だ』って友人に言われたんですよ。そんな人が今さら部員が欲しいなんて思いますか」

「ロンリーウルフね。かっこええやん」

 肩書きに付け足そかな。嬉しそうに先輩は手帳に書き込んだ。

 俺はわざとらしく咳払いをした。先輩のペースに乗ってしまう前に理由が知りたい。

 

「正直なとこな。うちはあんたの名前が気に入ってん」

 出てきたのは妙な理由だった。俺の名前が気に入った?

 そんな理由で俺を勧誘したのか。

 

「橘日向がですか」

 大きく何度も頷く先輩。

「そ、そ。日向に咲く橘のような感じがなぁ。妙に胸にきてんよ」

「はぁ…」

 絶対に違うな。俺の名前が気に入っただけにしては、俺を見る時に出している興味が大きい。

 

 

 上手く話を違う方向に逸らされた気がする。確実に今は先輩のペースだ。俺は少し考えて、肩の力を抜くことにした。

 これ以上、訊くのは諦めよう。

 

 

「それに、そろそろ協力者も増やしたいとこやったし」

「協力者?」

 がさごそと先輩が書類を探るたびに、周りに積まれていたものがどんどん雪崩を起こしていく。

 こうして、こんな部屋になったんだ。目の前で起こる部屋が汚くなるまでの過程に目を背けたくなった。

 

「新聞部の使命は情報を生徒に届けることや。その為には色んな情報が必要やねん」

 部屋が自分のせいで汚くなったことを気にせずに先輩は話を続ける。

 この新聞部に必要なのは情報じゃなくて、掃除をしようという心構えだと思う。

 

「生徒全員が興味を持ってくれる情報。そんなんはうち一人じゃ集めるのは無理や」

 情報を集めて、新聞をわかりやすく編集する。確かに一人では難しい作業だ。

 

「この学校には何人も協力者がいるってことですか」

「何人もやない。今んとこは一人だけ」

 先輩は手を止めて、扉に視線を向ける。俺も扉の方向へと振り向く。

 

「そろそろ来ると思うねんけどな」

 タイミングがいいことに、ちょうど部屋の扉がノックされた。

 

 

 

 

 入ってきた人物の姿に目を疑う。赤いエプロン姿に銀のおかもちを持った少女。

 その格好から考えられるのは一つだ。

 出前? いや、まさか。

 

「まいどー。出前おまちー」

 独特なイントネーションで出された言葉。聞き間違えでなければ、出前だと言っていた。

 なぜ、ここで出前なんだ。思わず声にも出た疑問に答えてくれるのは誰もいない。

 

 どうも、ここでは俺の常識は通用しないようだ。

 

「おおきに。そこらへんに置いといて」

 呆気にとられている俺を無視して、先輩は普通に接している。少女も指さされた場所に何も気にせずに肉丼の入った器を置いた。

 

 色々とヒドい状態のテーブルの上に、ちゃんとバランスを考えて置いた姿から馴れを感じる。少しでも置く場所を間違えれば文字通り全てが崩れるのに、これはプロの仕事だ。

 って、そんなことよりも。

 

「おやっさんの娘さん?」

 視線が向けられた。先輩と少女の両方から。

 先輩から受け取ったお金をなおし、俺の前に移動してくる。そして見上げられた。

 

 この出前が愛家からなのは、おかもちを見ればわかる。全面に赤い字で‘愛家’と書かれているから。

 けど、おやっさんの言っていた「ハチ高に通う娘さん」なのか確証が持てなかった。写真で見たといっても、ほとんどが半分隠れた姿だったからな。髪は昔と同じで短い。雷文型の髪留めは……写真ではつけてなかった。

 あぁ、でも雰囲気は似ている。

 

 

「何や知り合いかいな」

 じぃーっと、見上げたまま何もリアクションがない少女に若干の居心地の悪さを感じてきた頃。先輩がようやく口を開いた。

 別に先輩は空気を読んでいたわけもなく、ただ割り箸を割るのに悪戦苦闘していただけだ。その結果、不格好な割り箸が机に置かれている。

 

「知り合いというかなんというか」

 どう表現していいのやら。覚えていなかったせいもあって、知り合いだと断言するのは後ろめたい。

 

「ども。中村あいか」

 俺を未だ見上げたまま、彼女は先に名乗る。相変わらずの話し方だった。

 

「あ、うん。どうも。俺は橘日向」

 軽く頭を下げる。ふと、彼女は俺のことを覚えているのか気になった。 

 何も言わないあたり覚えているのか? 覚えていないから何も言わないのか?

 

「天城ちゃんや里中ちゃんだけじゃ飽きたらず、あいちゃんにまで手ぇ出しとんのかいな。ヒッヒッヒ。夜道に気いつけや」

「手なんか出してません。知り合いなだけです」

 人聞きの悪い言い方はしないでほしい。

 

 

「協力者ってこの…えーっと…」

 何と呼ぶべきか悩んでいると、

「あいちゃん」

 先輩が口を挟む。

 

「あいちゃんって呼んだり。せっかく小さい頃からの知り合いやったら、フレンドリーにせな」

「知ってたならからかわないでくださいよ」

「お約束ってやつよ」

「そんなお約束はいりませんから」

 お約束だとか、ホント誰が望んでんだろう。俺は気を取り直して、話を続けることにした。

 

 

「えっと、そのあいちゃんが、先輩の協力者なんですか?」

 おやっさんの娘さんもとい、あいちゃんは首を縦に振る。呼び方は別に問題はないようだ。人によって馴れ馴れしく呼ばれるのに抵抗を持つ人はいるからな。

 

「そうや。こう見えて、かなりの事情通やで」

 先輩の言葉にどこか誇らしげな表情を浮かべるあいちゃん。

 

 

「流石。八十稲羽ならどこへでもをモットーの出前をしてるだけあるわ」

「どこへでも行けるのか?」

「もち」

「それは凄いな」

 その言葉が冗談や嘘でないことは雰囲気で察した。なんと言うか……一瞬だけプロの目をしてたんだ。

 世界は広いと言うし、出前のプロフェッショナルもいていいだろう。

 

 

「で、どないよ?」

 そのまま違う話へ進めばよかったのに先輩は逸れた話を元に戻した。話を逸らすのも、話が逸れているのを直すのも得意なのか、この人は。

 

「先輩と同級生と仲良くなれるチャンスやと思うで。ちなみに今やったらウチの好感度があがるかも」

 口調こそはふざけているが態度が真剣だ。そこまでして俺を勧誘する理由が本当にわからない。

 

 

 断るべきなんだろうな、これは。そう頭では理解できていた。考えてみろ。勧誘する理由を教えてくれないことで、もう俺は何かを隠されている。

 その何かは些細なことなのかもしれない。聞くと「なんだ」と笑ってしまうような俺にとっては軽いものかもしれない。

 けど、そんな状態でどう信頼関係を築き上げれるのか。……いや、そんなことは俺が言えた話じゃないな。俺にも少なからず隠し事はある。

 人に言えないことがあるんだ。俺なんかが俺ごときが……。

 

 

「手伝いだけならいいですよ」

「おっ、ホンマ? オッケーなん?」

 先輩の表情を見て苦笑を浮かべる。少しぐらい「断られると思っていた」なんて表情をすればいいのに。おかしいくらいに素直な人だ。

 

 

「じゃ、この書類にサインして……」

「それはお断りします」

 

 

 




新聞部部室は実習棟二階。英語教室の隣という設定です。
どうも英語教室が使われてないんで、大きさは英語教室半分ぐらいだと。

オリキャラ設定

中津香奈(なかつかな)
新聞部部長の高校二年。
『自称、愛と希望と真実と笑いを人々に届けるハチ高新聞専属の記者』。
独特のノリとテンポで関西弁を話し、掴みどころのない性格をしている。
苦手なのは整理整頓。年齢の割に結構なチビッ子。
なぜか、日向に興味を持つ。




本編に入ると何かと情報がいるので、こんな先輩を書いてみました。
あいかちゃんとも接点を持たせたかったのもありますね。
コミュは発生するかどうか…そこは、まぁ追々と。

次回からは短編を繋ぎ合せた春休み編。
その前に、終業式もあるけれど、って終業式のくだりは果たして必要でしょうか…。

終業式→春休み→本編へ。
オリキャラをあと一名。足立さんとも絡ませ、マリーも登場と。
なかなか詰め込みすぎてる感じはありますけども、春休み編をお楽しみに。


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