ペルソナ4 Another Story,Another Hero 作:芳野木
今年も皆様よろしくお願いします。
「もしかして彼氏とか? へぇ、かっこいいじゃんか、里中さん」
ニヤニヤとからかうように俺と千枝を見比べる茶髪の少年。ジュネスのエプロンをしてるから、ここでバイト中の学生だろう。
からかうと言っても、悪意は全くない。あるのは好奇心だけだ。
じゃ、こっちもそのからかいにのろうかな。
いたずら心はいつまでも大切にしてるだけじゃ意味がない。
物と同じですぐにダメになるだ。使えるときには使っておかないと。
「ありがと。千枝と付き合ってる橘日向。以後よろしく」
二人の表情が一瞬だけ固まった。
「ちょっ! 日向君!?」
「えっ、マジで!?」
慌てて立ち上がる千枝。焦りで顔が一気に赤くなっている。
「花村! 勘違いしないでよ!? ただの友達だから!! ね、日向君!」
そんな否定されるのもな。悲しいな、うん。
少しだけ悲しみを帯びた表情を浮かべると、両手で顔を覆った。
一応、演技のため。それと笑っている顔を隠すために。
「えー。俺との関係は遊びだったのね……酷いなぁ。千枝」
「うっ…」と声を詰まらせた千枝だったが、俺の肩が震えているに気が付いたのか、
「煽んなっ!!」
「いてっ…」
ズバッと頭をチョップされてしまった。脳天チョップだった。
思ったよりも痛い。
「ごめん、ごめん。つい冗談が過ぎました。許してくれよ」
顔を上げて手を合わせる。少し頬が緩んでいるのは見逃してほしいとこだ。
「…はぁ、もういいから。花村も変な噂流したら」
「わーってるって! そんな恐ろしい顔すんなよな」
どんな顔だったのだろう。残念なことに、俺の場所からは千枝の表情は見えなかった。
花村。そう千枝に呼ばれた少年はエプロンを脱いで俺の隣に腰掛ける。
「じゃ、改めて俺は橘日向。千枝との関係は友達。そっちは?」
「俺、花村陽介。里中とは同じクラスなんだ。よろしくな、橘」
「こちらこそ。よろしく、花村」
軽く挨拶をすませると、花村は千枝に視線を向けた。
「で、何してんだ?」
「花村こそ何やってんのよ? バイトは?」
「今は休憩時間。あー、疲れたぁ……」
くたりと花村がテーブルに突っ伏す。
学校終わってすぐのバイトは確かに疲れる。しかも、こんなジュネスみたいなスーパーだったらなおさらのこと。商品を出して、店に並べるだけでかなりの重労働だ。
「あ、そうだ! ならさ、日向君にジュネス案内してあげてよ。あんた詳しいでしょ?」
「案内って…。ってか、越してきたのか?」
テーブルに頬をくっつけたまま見上げられる。
「いや、学校行事の関係で連休だからさ、こっち遊びに来てんだ」
越してきたのは明日まで秘密だ。
「つーことは今、暇?」
顔を上げた花村の目が何かを期待している。
「あぁ、今は暇」
「そうか、そうか。暇か」
納得したように頷き、何を思ったのか俺に向かって手を合わせた。
「デートの最中悪いんだけどさ。ちょっとバイトの助っ人してくれないか?」
「だから、デートじゃないっての」
テーブルの下で鈍い音がする。痛みのせいか声も出せず、花村はまたも突っ伏した。
脛でも蹴られちゃったかな。足技は得意だから、千枝の蹴りはかなり痛い。しかも、常にピンポイントを狙う。
わざとじゃないのが、一番凄い。ってか、怖い。
「どこやられた?」
こそっと囁くと、花村の手だけが動く。ダイイングメッセージを残すかのように指がテーブルをなぞった。
な、き、ど、こ、ろ。
うわ、痛い。
花村が回復するには、それから数分間は必要だった。
「で、助っ人の話なんだが、今日来る予定だった先輩が来なくてさ」
ま、無断欠勤みたいなもんだ。花村はそう言ってため息を吐いた。
「いいよ。別に力仕事とかなら得意だし、アルバイトも結構やってたから」
アルバイトのしすぎで前の学校では、苦学生と誤解されていたほどだ。
「千枝もやる? 天城待ってるあいだ暇だろ」
タイミングがいいことに携帯の着メロが鳴った。着メロが有名カンフー映画のテーマソングってのが千枝らしい。
「あ、雪子? そっか……や、気にしなくていいって。うん、日向君も気にしないと思うから……じゃあ明日ね」
天城が来れなくなったのは、千枝の反応で簡単にわかった。
「じゃ、やろっか」
慰めるように軽く千枝の頭を撫でる。頭に置かれた俺の手をくすぐったそう見てから、
「花村。後でビフテキ奢ってよね」
恨めしげに花村を見つめる千枝。千枝のアルバイト代はビフテキ代へとかわるのか、ビフテキは結構高いぞ。
「何で俺!?」
いきなり矛先を向けられた花村は立ち上がる。周りの目が少し花村に集まった。
「っつか、もう食べてますよね! 里中さん!?」
花村が指差した先には、綺麗にたいらげられたビフテキの皿がある。
「よーし! じゃ、俺は千枝に飲み物を奢ろうか」
「そこは普通ならビフテキ割り勘だろ!?」
俺の提案に、すかさずツッコミをいれる花村。
その表情があまりにも切羽詰まっていたんで、俺は冗談だと言うのを忘れて笑ってしまう。
◇◆◇◆◇◆◇
千枝は食品売場で売り子。男二人は力仕事専門で、さっきから倉庫と売場を行ったり来たりしている。
で、今は棚の整理と補充中。様々なお菓子が並んでいるお菓子売場は、子供が棚に置かれている商品をぐちゃぐちゃにしてしまっていた。
ポテトチップスの袋が並んでいる中に飴が詰まった袋が紛れていたり、ガムの横になぜかウィンナーの袋詰めがあったりと、なかなかに混沌としたお菓子売場だ。
ガムとウィンナーの繋がりがわからない。って、子供だから深い意味はないか。
「な、橘ってさ。里中と天城のことどう思ってんだよ?」
商品の補充中。花村が俺に向ける視線は、どうもまだ俺達の関係を勘違いしているようだった。
どうなんだ。結局、二人のどっちが好きなのか。どう思ってるのか。
俺は自問しながら、段ボールから取り出したクッキーの箱を棚に置く。
二人のことは好きだ。そう考えると、俺はどうしようもない男に感じてしまうな。千枝も好き。天城も好き。
優柔不断もいいところだ。
けど、それだけ。好きなだけだ。
「もちろん、友達だと思ってるよ」
俺は好きになるだけなんだ。そこから先は進んだことはない。恋人になりたいだとか、そんな独占欲は抱いたことがなかった。
花村のつまらなそうな表情に笑顔を返す。
「じゃ、花村はどうなんだ?」
「は? 俺?」
「千枝のこと好きか?」
「いや……里中は友達だな。っつか、恋愛対象としては見れねぇよ」
「ほほう。他に好きな相手がいると……お相手の名前は?」
「何で橘に言わなくちゃならねぇの」
理由か。そうだな、確かに理由が必要だ。
ま、こういう質問の理由の大半が好奇心だからな。
「そりゃ、ノリで」
「お前、意外にいいかげんだな」
「そうか?」
そこのところ、あまり自覚はない。
「あっ、花ちゃん。助っ人見つかったんだ」
棚の整理を終えた後、また倉庫から商品を運ぶ作業をしていた俺達の元に女の人がやってきた。
俺達よりも少し大人っぽい雰囲気だから、先輩だろうかな。
「ふーん、はじめての人だね。花ちゃんの新しい友達?」
ウェーブした長い髪が首を傾げることでさらっと揺れる。
「さっき知り合ったんすよ。あっ、橘。この人、一緒にバイトしてる小西先輩」
俺は花村の様子に首を傾げた。妙に元気がよくないか?
「はじめまして、さっき花村と知り合った橘日向です」
「ども、小西早紀です。花ちゃんは、この通り初対面の君にも助っ人を頼んじゃう空気読めない奴だから」
俺と花村を見比べて小西先輩はクスッと笑う。
「ウザかったら言いなよ?」
「わっ、ひっでぇー」
ウザいと表現されたのに、見てみると花村は嬉しそうに笑っていた。
小西先輩と話すことが楽しいと伝わってくる様子に俺も
笑ってしまう。
「俺のイイトコもちゃんと言ってくださいって」
花村の要望に、腕を組んで悩んだ小西先輩は、
「お調子者、イイヤツ、お気楽……」
言葉を連ねながら指折りで数えていく。
「ん~。でも、最終的に花ちゃんはウザいかな」
ウザいで締めくくられた花村は文句を言いながらも、やっぱり笑っていた。
「先輩は今から休憩っすか?」
「うん。十五分だけ」
答えて小西先輩はエプロンを脱ぐ。
「そうっすか。俺らはこの商品出し終えたら少し休憩っすね」
あぁ、少しは察した。ってか、これは察するしかない。
自然に空気を読む行動を俺は実行する。
「花村。この荷物どこまで運べばいいんだ?」
「へっ? 食品売場のとこまでだけど…」
きょとんとした表情の花村の肩に手を置いた。二人で持っていた荷物を一人で抱え直す。このぐらいの重さなら一人でも十分だな。
「そっか。じゃ、俺だけで行ってくるよ」
「や、いいって。俺も行くから」
手伝おうと荷物に伸ばした手を避けた。
「花村は小西先輩と一足先に屋上で休憩しとけ」
まだ俺の行動の意味がわからない花村に、俺はからかうような口振りで言う。
「俺は馬に蹴られて死にたくないからな。それと千枝も呼んでくるから、それまでは二人で話しでもしておけよ」
人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて死んでしまえ。確かそんな言葉がどこかにあったような気がする。
「うっ、あぁ…」
「よっし。じゃあな」
グッドラック。
からかわれて恥ずかしいのか、呻くような返事をした花村に親指を立てた。
荷物を食品売場の売り子に渡して、俺は千枝の姿を探していた。って、数分前には食品売場にいたのにいないんだよな。
千枝の場所を把握しているわけじゃないし、これで花村のとこに行って千枝がいるか確認するわけにもいかない。小西先輩と話しているのに邪魔するなんて悪いからな。
「ま、メールしとくか」
人が比較的少ない階段付近の壁に背を預けて、千枝にメールをする。
色々なとこに行って、入れ違いになるよりはまだマシな方法だ。俺が千枝を待てばいいだけだなんだから。
ぼんやりと待つ。音楽でも聴きたいとこだが、あいにくバッテリーが切れてしまってプレイヤーはポーチの中だ。ポーチを探ってみると肉ガムが出てきた。
「…………君が出てくるのはまだ早い」
肉ガムよ、さらば。今は食べれないんだ。食べないつもりじゃない。ほら、やっぱり万全な準備を整えてから戦うべきだろう?
心の中で言い訳しながら、さらに探る。
今度は青い手帳が出てきた。手のひらサイズの手帳だ。丁寧に革張りされた群青色の手帳。
「これは以前、貴方が使っていた物よ」
ベルベットルームから出る直前に、そうマーガレットさんに言われて渡されたんだ。
マーガレットさん曰く、自分が今使えるペルソナの詳細が書かれているというペルソナ全書のミニチュア版のような物。
召還はできないが、ペルソナの成長具合がわかるんだとか。‘ペルソナ成長手帳’なんて以前の俺は名付けていたらしく、記憶がなくても俺らしい安直なネーミングセンスに安心した。
俺にとって以前の俺は「俺であって赤の他人でもある存在」だ。マーガレットさんが知っている俺を、俺は知らないのかもしれない。
そう考えると何だか……なぁ。
複雑な心境で手帳を開いた。一ページ目は俺を表すアルカナ‘愚者’。イザナミの白い姿が描かれている。パラメーターを見るに、力と魔の伸びがいいな。光、闇、雷にも耐えられることがわかる。
二ページ目はマーガレットさんを表す‘女帝’。イシスは魔の伸びがいい。氷は反射し雷には弱い。けどスキルに回復スキルが入っているのは頼もしいな。
って、何でこんなに俺はペルソナについて知っているんだ? パラメーターとかスキルとか属性とか。マーガレットさんからは聞いたことがない言葉だらけだ。
記憶が染み付いているか? ますます以前の俺がわからなくなった。
混乱してきた思考を鎮めようと開いたページで、俺はさらに混乱することになる。
「あれ?」
白紙だったはずの三ページ目に何か書かれていたのだ。アルカナ‘戦車’。アルカナの隣に書かれた名前に目を疑う。
里中千枝とよく知った名前が書かれていた。
四ページ目にも、アルカナ‘魔術師’。隣に書かれている名前は花村陽介。
さらに五ページ目。アルカナ‘死神’。霧野。
千枝、花村、霧野さん。今日知り合ったばかりの人が二人も。千枝も花村もかろうじてだが、名前が載っていることに納得できる。だけど、霧野さんは?
載っている理由がわからないな。わかるのは、どこかでまた出会うことになることだけだ。
再会に希望が通るのなら、とりあえず寝ているところに遭遇するのだけは勘弁してほしいな。普通に道端でばったりとかを希望する。
もう一度、最初から最後まで手帳に目を通す。‘戦車’‘魔術師’‘死神’。新たに増えたアルカナはその三つだけだった。そして、その三つ全部のペルソナは不明。本来ペルソナが描かれている場所には、タロットカードの絵柄が描かれている。
ペルソナは乞うご期待といったところか。それとも、召喚してはじめてペルソナがわかるのか。答えはでない。
「ごめん! 日向君」
声が聞こえたので、顔を上げると千枝が駆け寄ってきた。手帳をしまって背中を壁から離す。
「待った? 待ったよね?」
申し訳なさそうに謝って千枝は俺を見上げた。急いで来たのか、息があがっている。
「そんな待ってないって」
「う~、本当に?」
何を疑う必要があるのか。俺は嘘なんてついていないのに。
「だって、日向君ってさ。たとえ一時間待っていても『待ってない』って言うでしょ」
うーん……それはどうだろう。一時間か。
「そうなんですかね?」
実際一時間も待ったことがないんで具体的な感情がわかずに、曖昧に首を傾げた。
「うん。日向君なら言うね」
まぁ、千枝が言うならそうなんだろう。俺は『待ってない』って言っちゃうんだな。
「日向君は優しいから」
そんな言葉は言われた方も気恥ずかしいが、言った方も(慣れていない限り)多少気恥ずかしく思うようで、
「あの男の子が、こんな好青年に成長するなんて誰が予想できただろう」
続く千枝の言葉が照れ隠しの為か、妙な言葉遣いになっていた。
「昔の俺って千枝から見てどんな感じだった?」
「良きライバル、かな」
千枝の言葉に苦笑を浮かべる。ライバルというか、ただ俺が一方的に対抗心を燃やしていただけだったような気がするが。
「何かにつけて張り合ってたもんな」
とにかく何でも対抗していた。遊びにしても、何にしても。
何でそこまで千枝と対抗していたかは、初対面の時に傷つけられた幼いながらのプライドのせいだ。千枝は悪くない。
ってか、俺に毎度ながら付き合ってくれた千枝に感謝。
「ふっふっふ……日向君の決闘ならいつでも受け付けるぞよ」
「今の俺は、女の子と決闘できないって。おじさんの教えに反しますからな」
女の子は戦うものじゃなく、守るもの。
それがおじさんの教えだ。女の子に対抗心を燃やす俺を見るに見かねての言葉だったと思う。
「ほら、早く屋上行かないと花村が逃げるぞ。ビフテキ奢ってもらうんだろ」
「頭撫でるのも幸司さんの教え?」
頭を撫でている俺の手を見ながら、言われた疑問に肩をすくめた。
「さぁ、どうだろうな」
これぐらいは、俺の癖だと思いたい。たとえ、おじさんが俺の頭をよく撫でてくれた記憶があったとしても、これぐらい。
俺がやりたいからしてるでいいじゃないか。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日。俺は昨晩段ボールから出したばっかりの制服に身を包んでいた。
いやぁ、学ランって久しぶり。
ちなみに前の学校はブレザーだった。転校ばっかしてると実家の方に今までの学校の制服が蓄まって、蓄まって。制服ファッションショーでも開ける勢いだ。もちろん、虚しいからやらないけどさ。
「クラスは二組だな。それにしても……中途半端な時期に来たもんだ」
つい数分前まで生徒が雑談したり、走ったり、していたであろう廊下は木製で木の香りが鼻孔をくすぐる。
「急な引っ越しだったんで。ま、俺自身、空気読めてない転校生だって自覚はしてますよ」
担任となった教師の言葉に苦笑を浮かべて前を見据えた。
実をいうと中途半端な時期に来たのは、それ相応の理由があるんだな。主に両親の説得とか。
あの二人なら二つ返事で了承するだろうと踏んでいたのに、なぜかてこずってしまった。普段からほぼ一人暮らしのような生活だったのに、今さら何を……まったくよく分からない。
「着いたぞ、橘」
名前を呼ばれることで考えからさっさと抜け出した。両親のことは考えるとキリがない。堂々巡りで迷宮入りだ。
答えなんて最初から存在してないだろう。
担任が教室の戸を開いた。生徒のざわめきが一気に聞こえてくる。
さて、心機一転しましょうか。
頬を緩めて、握っていた右手を開く。手のひらに乗っていたピンバッチを襟に付けた。
橘日向。
みんなに見える丁度いい大きさで黒板に名前を書く。
「ホームルームの前に転校生の紹介だ。ほら、挨拶しろ」
チョークを置いて俺は教室を見渡した。見知った顔は三人。揃って目を丸くしている。
「はじめまして橘日向です」
顔を上げた俺の顔は、いたずらの成功した子供のような笑顔を浮かべているはずだ。
そんな当たり前のことは触らなくてもわかる。
「学年変わるまでの約一週間、短い間このクラスでよろしく」
3月10日 橘日向、八十神高校に転入。
もう2013年ですねー。
2013年の楽しみと言えばP3の映画とか、デビサバ2のアニメとか。
今年も健康に過ごせたらいいなって思います。
健康第一。無病息災。ですよね。
では、では。
次回は転校して数日間の話。
そんでもって、春休みへと突入していきます。