知りたがりの魔王様   作:grotaka

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長らくお待たせしてしまって申し訳ありません!知りたがりの魔王様、再開(?)でございます

今回は少々量が少ないですがどうかご勘弁を(汗


第二話

 

【現在世界に君臨する七人の魔王について、『"求智の王"彩衛伊吹』の項より抜粋】

 

 

 彩衛伊吹は、極東の島国・日本の出身である。

 

 彼が出生したのは1860年代。当時は日本が開国と西洋化政策によって急速な発展を遂げていった時代である。この頃に生まれ落ちた彼は、幼少の頃より西欧の文化に慣れ親しんで育った。

 

 当時、日本は表社会のみならず裏社会――呪術社会においても西欧の知識を取得しようと試みていた。数多くの呪術師達が渡欧・渡英し、西欧の魔術を学び取っていったのだ。

 

 そして、彩衛伊吹もその一員だった。

 

 彩衛伊吹は、日本の貴族、その中でも呪術の世界を統治する一族の出身だった。彼は分家の跡取りだったというが、並外れた才覚故に本家の宗主にも認められ、本家の嫡子とほぼ同等の扱いを受けていたという。

 

 欧州でもそうだが、東洋においては女性の呪術師が特に強力な呪力を内包している事が多い。特に日本はその傾向が強い事で有名だ。そんな環境下にあって、彼は他の追随を許さぬ程の実力者だった。

 

 そして、彼はその才能を認められ、西欧の魔術を学ぶ目的で当時の日本政府が何度か派遣していた使節団に正式な一員として参加した。

 

 彩衛伊吹がイギリスにやってきたのは1883年。当時はイギリスのヴィクトリア朝時代、それも最盛期である。そして、当時ロンドンにはかの悪名高き魔王、デヤンスタール・ヴォバン侯爵がいた。それに対抗する為に現在の賢人議会のシステムが作られ、完成したばかりの時代。数多くの議会員が活発に活動し、教導面も特に充実していた。

 

 そういった、魔術を学ぶには絶好の環境で、彩衛伊吹は欧州の様々な魔術を学んだ。賢人議会の書記にも、彼の目覚しい成長は記録されている。将来有望な術師として、上層部からも期待されていたようだ。

 

 しかし、彼が最終的に向かった先は、彼らが予想だにしない方向だった。この年を境に、優秀な呪術師であった青年・彩衛伊吹は神殺しの魔王・彩衛伊吹と成り上がる。そして、以後150年もの長きに渡り、神秘の探求者として名を馳せるようになる――。

 

 

 

  ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 ――そして、彩衛伊吹が帰還したという報せは、瞬く間に世界中に広がった。

 

 

 欧州の魔術師達は様々な反応を示した。ある者は悲嘆し、ある者は歓喜した。またある者は密かに暗躍の機会を伺い始めた。そうして、偉大にして最悪なる魔術師の帰還を受け入れた。

 

 その他の地域、例えば東南アジアなどのごく一部の魔術師・呪術師達が帰還に対してこの上ない喜びを露わにはしたものの、中国やアラブの彼らは無関心であった。

 

 アメリカの邪術師も同様だった。だが彼らの首領だけは、自分達(・・・)の宿敵の復活に怒りと苛立ちを露わにした。

 

 そして同族達は、古参にして最も妖しき難敵の復活に闘志を燃え上がらせた。特に、同じく100年以上を生きる魔王達は、いずれ来たる再戦の予感に狂気じみた歓喜を露わにした。

 

 

 世界中が、彼の帰還に合わせ鳴動する。そして、ある意味で神殺し達と最も縁深き魔術機関・賢人議会でも、その話題は一瞬で最大の議題となっていた。

 

「――彩衛伊吹。150年前に北欧の主神オーディンを殺害してカンピオーネへと成り上がり、以降世界各地で神秘にまつわる事件を起こし続けております。六年前の"まつろわぬアーサー"顕現事件では、我々賢人議会も《王立工廠》も、そしてかの神祖すらも出し抜いてアーサー王の討伐を成し遂げるという驚異的な事件を引き起こし――」

 

「エリクソン、エリクソン、それは貴女から説明されずとも良く知っているわ」

 

 ――ロンドン屈指の高級住宅街、ハムステッド。その一角に建つ邸宅のテラスにて、アリスとミス・エリクソンも伊吹について論じていた。

 

「まあ、確かに……。姫様はあの御方と何度も関わっていらっしゃいますものね。時には怪しげな取引までしたり……」

 

「そ、それは世界の平和の為に必要な措置だったからよ。幾ら神具とはいえ、その為に大英博物館の所有する貴重な財産を失う訳にはいかないでしょう?」

 

「それはそうですが。姫様、取引ついでに彩衛様に妙な事を頼みませんでしたか? 例えば私などが屋敷に結界を張っても、簡単に抜け出せるような通り道の製作、など……」

 

「まま、まさかそんな! その話はいいわエリクソン!本題に戻りましょう!」

 

 淑やかな雰囲気のある貴婦人は、顔をてきめんに引きつらせて女官長に笑いかける。エリクソンは半目でその様子を眺めながらも、了承の首肯を返した。

 

「じゃ、じゃあ話しましょう。――彩衛様がカンピオーネとして名乗りを挙げられたのは19世紀末。その時期は賢人議会が発足して十数年程しか経っていない頃で、ヴォバン侯爵のみならず彼の行動も追う必要性を感じた事から議会は今のような大規模な情報収集を行うようになったそうよ。だから彼に対する評価は結構詳細に記録されてるわ」

 

「確か、『ヴォバン侯爵とは打って変わって、獣のような猛々しさではなく桁外れの知識欲から来る熱情を有する若き王』でしたか。カンピオーネになって初めて起こした事件がバチカン強襲……まだ魔術世界に強い干渉力を持っていた頃のカトリック総本山を、宝物庫の中身を覗きたい(・・・・・・・・・・・)という理由のみで襲撃するという、とある御方に似た行為によって起きた大事件。とはいえこちらは正面から堂々と踏み込んで、相手を一切傷つけず無力化しての堂々たる侵攻ですが。――姫様が彩衛様から得た御感想は?」

 

「さながらトリックスターのような御方ね。ひねくれ具合でいうなら断然アレクサンドルのほうが上回っているけど、神秘に対する知識や対応力では彩衛様が圧倒的に勝る。それに、彼には150年以上探求と闘争に明け暮れて得た経験と莫大量の知識がある。彼の場合、それらの多さはイコールどころか二乗三乗の戦力になる――これが私や彩衛様に関わった方々の共通認識よ」

 

「なるほど。それを体現するのがかの王の権能……"北天の魔導神(ゴッド・オブ・ウィザード)""千変万化(トリックマスター)""哀れなる供儀の山羊(スケープゴート)"ですね」

 

「ええ。全部名付けたのは私の曾お祖父さまよ。今の所把握している彩衛様の権能は六つ……あと幾つか存在すると予測されているけれど、さて、どうなのかしら」

 

 彩衛伊吹が戦場で使う権能は、先程エリクソンが名前を挙げた三つに限られている。ただその三つがあまりに多彩な力を発揮する為に、正確な数の把握がしにくいというのが現状だ。

 

 とはいえ、権能の数など本人達には関係ないのだろうが。ある程度戦闘に使える武器が増える、程度の問題で、彼らにとって重要なのは権能をどう使うかによるのだから。

 

「……で、そのような方が、つい先日になって里帰り、と。……ねえ、エリクソン。ただの里帰りとは、どうしても考えられないのだけど」

 

「ええ、それに関しては私も同意見ですわ」

 

 アリスは六年前まで賢人議会の議長を務め、現在も議会の特別顧問役を務めている。その為議会が持つ広大な情報網と諜報員を自由に利用する事が出来る。それらを駆使して伊吹の帰還の情報を素早く入手し、世界各国に流す事が出来た。

 

 現在、彩衛伊吹は自身の故郷にして領土である日本に腰を据えている。そして今日本で起きているらしい神獣騒ぎの解決に手を貸しているとの事だった。

 

「今の所はなりを潜めている、という事でよろしいのでしょうか。あの方にとって、神獣など手間も掛けずに始末するのは簡単でしょうから」

 

「ええ、そうでしょうね。――四年前、彩衛様はおそらくヴォバン侯爵と交戦し、快復に何年も掛かる負傷を負った。侯爵様の方も同様。その状態でも、彼が死亡していないと予想出来るだけの行動を起こしていたのだから、ただ戻ってきただけというのは考えにくいわ」

 

 アリスもエリクソンも、厳しい顔をしてお互い頷き合う。

 

 かの王は常に何かを考えている。それが平凡なものであれ危険なものであれ、自分達は知らなければならない。彼の行動は世界を乱す。それは百年前から変わらない事実なのだ。

 

「それに、あの方が動き出したとあれば、同時に動き出す者達もいるでしょう。例えば、最近何度もメンツを潰されて、怒り心頭の黒王子様とか」

 

「……確かに、そうですわね」

 

 アリスが皮肉げな笑みと共にあげつらった名前に、エリクソンは引きつった笑みで返した。

 

 黒王子アレク。本名アレクサンドル・ガスコイン、コーンウォールの魔術結社《王立工廠》の長にして賢人議会の最大の敵、神速の権能を有するカンピオーネである。

 

 現在八人いるカンピオーネの中でも異質の存在と言われる彼は、実はこの所敗北続きだという――彩衛伊吹との競い合いに。

 

「それに、あの神祖様(・・・・・)も間違いなく動き始めるでしょう。今まで、彩衛様の居場所が解らなくて下手に動く事も出来なかったでしょうから」

 

「………ッ」

 

 現状最も厄介な存在(・・・・・・・・・)が挙がった。

 

 六年前といいそれ以前といい、彼女(・・)とアリス、そしてアレクには並々ならぬ因縁がある。そして、彩衛伊吹と彼女の因縁はそれを遥かに上回る。

 

 間違いなく、世界の何処かで騒乱が起きる。その規模は今まで起きたそれを凌駕するだろう。

 

「エリクソン、事は一刻を争います。すぐに議会に連絡を。諜報員を送りましょう。それにアレクサンドル達にも警戒を払う必要があります」

 

「畏まりました。直ちに」

 

 凛々しく引き締まった表情でアリスが立ち上がり――そのまま宙に浮遊する。

 

 今の彼女は霊体――精神が実体を得て単独で活動している状態だ。身体の方は寝室のベッドで眠っている。彼女は普段こうして霊体で過ごす事で事情を知らぬ者達の目を欺き、時には自由に外に抜け出して世界各地に出没するのだった。

 

「のんびりしてられないわ。私もすぐに――」

 

「姫様は有事に備え、くれぐれも軽率な行動は控えて下さい。今はその時ではありませんから、お休みになって下さい。こんな事もあろうかと、結界を張っておきましたので、お屋敷からは出られませんよ」

 

「えっ、エリクソン!? 何をしているの、これは世界の危機――」

 

「の、前兆です。それもまだ火が導火線に付く前の状態。姫様は余計な気を起こさず、無為に行動なさらないで下さい」

 

 エリクソンの瞳は、眼鏡の反射で全く読めない。それが彼女の冷たく厳しい表情と合間って、アリスの目には実に冷徹に映った。

 

「これ以上駄々をこねるようでしたら、結界を固定化して永続状態にします。宜しいですね?」

 

 大人しく従う他は無かった。という訳で、騒ぎに乗じて密かに外に出かけようとするアリスの計画は、見事に潰されてしまったのだった。

 




というわけで第二話、今回は外部視点から見たお話ということでプリンセス・アリスとミス・エリクソンにご登場して頂きました。

この二人もメインではないものの、かなり登場する事になると思います。キャラ再現が出来るかどうか不安なところではありますが、頑張ります。

次回の第三話はもう少し量が増えているはずです。こちらは早めに投稿出来ればと思います……

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