ご注文は……なんでしょう?   作:珊瑚

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 しかし……腹話術はいいとして、この生き物ってなんなのだろうか。もこもこしてて、丸くて白くて……そう、あれは、

 

「わたがし……」

 

 期間限定の美味しくて甘いお菓子。そのものだ。おそらく目を輝かせて手を伸ばす私。すると毛玉が私の邪な気配に気づいたのかこちらを見て後ずさり。が、逃がさない。容赦なく手を伸ばしむんずと掴む。ちょうど頭の部分なのか固い感触がした。しかし毛は柔らかい。触ってますます正体が分からなくなるのは初めてだ。

 

「わたがしじゃないです。ティッピーです」

 

「アンゴラウサギな」

 

 トレイで口を隠した訂正したチノに、すぐさまリゼからまた訂正が。アンゴラウサギ。そういうのもあるのか。なるほど。ウサギと聞けばそう見えないこともない。触っている感じもだいたいそんな感じだ。

 

「言われてみれば美味しそうにも見えてきたよ」

 

「やめろ。お前さんも」

 

 私と同じく目をきらきらさせるココアさんを見、続いて私の手から頭を下げて逃れるティッピー。すごい。チノの台詞のアフレコは勿論、ウサギの動きも中々に人間味がある。そう喋っているのだと自然に思ってしまうほどのクオリティーだ。チノは動物番組のナレーションとかしたら人気が出そうだなぁ。容姿も可愛らしいし、ふりふりの衣装着たりして――いかん。またジッと凝視してしまった。

 

「ティッピー、こっちに」

 

 チノが避難したティッピーを抱え、頭に乗せる。どうやらチノの家で飼っているペットみたいだ。私には抵抗したティッピーが嫌がる様子一つもなく、彼女の頭に座っている。いたいけな少女の頭の上に毛玉が――文章にすると中々シュールなのだが、ただ見ている分には自然だ。おかしいとは思うのだけれど、チノにティッピーはよく似合っている。彼女自身、小動物的な可愛らしさがあるからだろうか。流石にウサギと同じカテゴリとは言わないけど。

 

「美味しそ――可愛い子だね、ティッピー」

 

「こやつ……ココア以上に身の危険を感じる」

 

 ティッピーが身震いしつつ呟く。実際彼ではなくチノが呟いているのだけど、ややこしいのでそう思うことに。

 

「モフモフ対象から捕食対象か。ティッピーも大変だな」

 

 リゼは苦笑する。その口調は冗談を口にするような軽さである。勿論、私も本気で食べようとは思ってない。けどティッピーからは本気で怯えられているようで、ちらちらと警戒するように見られていた。彼も小動物。敵が多くて、警戒することが多いのだろう。こんなチビをつかまえて捕食云々などと、普通は感じないことである。などと動物相手に語っても無駄なため、私はティッピーを見やり微笑む。

 でも本当、ティッピーはわたがしにしか見えない。それか、ふさふさしたクッションとか。よし、ティッピーのことはこれからクッションと思うことにしよう。……ウサギなんだけどね。

 

「私ってそんなにティッピーに危険視されてたの?」

 

 ちょっとの間を空け、ココアが首を傾げる。ティッピーの言葉――チノのアフレコが気にかかったらしい。ティッピーから、腹話術をしているチノへと視線が向く。話の流れ的にココアがモフモフをしていたということか。モフモフの単語から予想できるのは、撫でたり触ったり触れたりして楽しむということ。羨ましい……ティッピーが。

 

「私にとってもそうです」

 

「危険というか、危なっかしいよな」

 

「初めて知った新事実……っ」

 

 真顔で語る面々にわなわなと震えるココア。ここの喫茶店もなかなか綺麗なやりとりをするものだ。コント的な意味で。

 

「普段を省みればすぐ分かるじゃろ」

 

 そしてティッピーの追撃に再度撃沈。カウンターテーブルに額を当てて、沈黙した。

 

「ココアちゃん大丈夫?」

 

「うん……サヤちゃんだけだよ。私の心配してくれるの」

 

「平然と食べて飲んでたけどな」

 

 私の声に顔を上げたココアが、リゼの言葉に硬直する。ココアの見つめる先、私の前に置かれた皿には半分ほど食べ進められたフレンチトーストが。つまりは、ココアの心配をしながらも食べて、コーヒーを飲んでいたと。

 

「漫才みたいで面白かったからついテレビ感覚で」

 

「これ、今さっきよりショックだよ!?」

 

 涙目でココアが叫ぶ。

 いや、だって見ていて安心感というかお約束感があって、それほど心配になれなかったし……。シャロや千夜とのやりとりみたいな感じだ。長年の付き合いみたいな、互いの信頼を感じられた。

 

「仲良しなのが見てて分かったから。だからかな」

 

「え? そうかな?」

 

「ころっと変わるな」

 

 パッと泣き顔から笑顔に表情を変えるココアへ、リゼのつっこみが。

 

「仲良しだって。チノちゃん、リゼちゃん、ティッピー」

 

 が、そんなこと気にせずココアは屈託のない笑顔を三人に向ける。

 

「まぁ……そうですね」

 

「だな。仲良しだ」

 

「ワシも入っとるのか」

 

 うん、やっぱりこの喫茶店の人達は仲良しだ。頷き合う三人、それと戸惑う一匹を見つつ、私はまたトーストを一口。

 決して落ち着いた雰囲気ではないけれど、こうして楽しくリラックスできる中で食事をするのもまた一興。来てよかった。

 

「……ふぅ。ごちそうさま」

 

 少ししてトーストもコーヒーも完食。幸せな気分で手を合わせ、食後の挨拶を。空になった皿とカップをココアはすぐさま回収する。

 

「ここは私がっ! 妹達にいいところを見せないと」

 

「達ってなんですか」

 

 チノが淡々と指摘するが、ココアはすぐさまお店の奥へと消えていった。食器や足の慌ただしい音が遠ざかっていく。……大丈夫だろうか。子供を見守るようなハラハラする気持ちで、私は店の奥を見ようと背をぴんと伸ばす。が、よくは見えなかった。

 

「大丈夫だ、サヤ。ココアもそれほどドジってわけじゃない」

 

 私の近くに立つリゼが察したようで、私に笑顔を見せつつ言う。それほどってことは――

 

「つまりそれなりにドジなんだね」

 

「否定しない」

 

「散々な言われようじゃの。事実だが」

 

 間を空けず即座に返答するリゼ。それにティッピーが哀れむように呟いた。

 ふむ。それなのにどうして彼女らはこう、平然としていられるのだろうか。手伝ってあげた方がいいのでは。

 

「今はまだ静かなので多分大丈夫でしょう」

 

「問題起こしたらすぐわかるからな、ココアは」

 

 まるで警報つきの洗濯機みたいな扱いである。が、納得した。さっきカゴ壊したときは大騒ぎしてたし。

 

「わああああ! 洗剤が! 泡が!」

 

 ……実際すぐ分かったし。

 おそらく厨房であろう場所から響いてくるココアの慌てた声。しかし洗剤で泡が、って当たり前のことのように聞こえるけれど、何をしたらトラブルになるのだろうか。

 

「行ってきますね」

 

「ああ、頼む」

 

 嘆息するチノはゆっくりと歩いていく。リゼが苦笑しながらその背中を見送った。なんだかんだ言いながら二人の横顔は楽しげで、見ていて微笑ましい。ココアも好かれているということか。まぁあんな子が嫌われるところを想像するところが難しい。

 

「サヤは最近この街に来たのか?」

 

 リゼと二人きり。彼女は私の視線に気づくとこちらを見て微笑んだ。

 

「うん。甘兎の手伝いのために昨日から」

 

「甘兎か。なるほど。通りで二人と知り合いなわけだ」

 

 彼女もまた、甘兎、千夜のことを知っているのだろう。表情の明るさが増す。

 

「ココアちゃんもチノちゃんも今日たまたまお店に来てね。友達になったんだ」

 

「ということは千夜のところに下宿か。千夜も喜んでるだろうな」

 

 喜んでる……のかなぁ。ココアが言うには喜んでるらしいけど。彼女と昔会ったのはたった数日間のこと。そんな人物と再会できて嬉しいと思うものなのだろうか。

 

「相方募集してたからな」

 

「あの人は何を目指してるんだろう……」

 

 私としては勘弁願いたい。

 

「散々な目に遭ったよぅ……」

 

「こっちの台詞です」

 

 少しして、二人とティッピーが戻ってくる。何があったのかは分からないけれどすごくお疲れな様子であった。

 

「おかえり。何したんだ? ココア」

 

「泡が流し台をオーバーして溢れていました」

 

 ど、どういうことをしたら、そんな惨状に……。驚く私とリゼの視線がココアに向く。すると肩を落としていた彼女は何故か照れたように笑った。そういう意味で驚いているのではない。

 

「えへへ、はしゃぎすぎちゃった」

 

「そろそろ面接の季節かもしれませんね」

 

「どういう季節!? 解雇!?」

 

 ゆるい雰囲気を放っていたココアが、解雇の気配にペコペコと頭を下げて平謝りする。ふむ、やはり安定感がある。

 

「……さて、そろそろ私は帰ろうかな」

 

 このままだとずるずるとこのお店にいてしまいそうな予感がし、私は席から床に立つ。すると謝っていたココアが何事もなかったかのように私を見て、残念そうな顔をした。

 

「もう帰っちゃうの? いいんだよ? お客さんいないからいても」

 

「おい」

「こらココア」

 

 リゼとティッピーからすぐさまつっこみが入る。

 

「あはは……そうもいかないから。お互いお仕事ないときは遊べるから、いつでも呼んで」

 

「……そうだね。これから千夜ちゃんのお家にいるんだし、いつでも会えるよね」

 

 今度はにっこりと笑うココア。天真爛漫な子だ。

 

「リゼちゃんも、チノちゃんも、ティッピーも遠慮なくね。もう友達だから」

 

「はい。今度遊びに行きます」

 

「私も。サヤには興味がある」

 

「ワシはこの店に来ればいつでも会えるぞ」

 

 それぞれ、私を歓迎するような言葉を返してくれる。よかった。嫌われたりはしてないみたい。社交辞令とかかもしれないけどひとまず安心。

 

「ありがとう。それじゃ、会計お願い」

 

 レジの前に向かう。会計にはチノがやって来て、慣れた手つきでレジの操作を行った。テンポの良い操作音が鳴り、チャリーンとどこか懐かしい音が。

 

「ええと、お会計は……800円ですね」

 

「うん。はい、どうぞ」

 

 とりあえず千円札で。おつりを受け取り、今度こそ帰るべく私はドアへ身体を向ける。

 

「――あ、サヤさん」

 

 すると意外にもチノに呼び止められた。なんだろう。まさか彼女も寂しいだとか、そんなことを私に言っちゃったり。嬉しさを抑え、私は後ろを振り返る。レジの前に立ったチノは、おずおずと言った。

 

「サヤさん、大人ですよね。ラビットハウスは夜、バーをしていますので、よかったらそちらにも」

 

 宣伝かぁー……。いや、でもいいこと聞けたかも。私も年頃。お酒にはそれなりに興味がある年齢だ。もしかしたらバーをしているときも可愛い女の子が出迎えてくれて、美味しいものを飲んだり食べたり――あれ? 完全に脳内の想像がキャバクラだ。私っていつの間にこんな女性らしからぬ思考を身に付けたのだろうか。

 

「うん! 行かせてもらうよ!」

 

 ひょっとしたらチノちゃんの母親さんがいたりして。そんな期待を抱き、元気よく頷く私。宣伝がうまくいったからか、チノはホッとしたように息を吐いた。ティッピーも心なしか彼女を褒めているように見える。

 

「よかったです。サヤさんのご来店お待ちしてます」

 

「私も今度行ける時を楽しみにしてるよ」

 

 ココアより小さいのにしっかりしている。私は頷いて、カウンターの方へと顔を向ける。ココアもリゼも私に笑顔で手をひらひらと振っていた。この我が家のような安心感……すごく幸せな気分。

 

「じゃ、また今度。美味しいコーヒーを飲みに来るよ」

 

 こちらも手を振り返し、今度こそお店から出て行く。

 ラビットハウス……想像以上にいいお店であった。足取り軽く私は甘兎庵へと向かう。そろそろ辺りが暗くなってきた。もう家に帰る時間だ。

 

「『家』、かぁ……」

 

 自分が自然と考えたことに、私はフッと笑った。

 甘兎庵に、ラビットハウス。安心できる自分の第一第二の家がこの街にある。引っ越ししてたった一日でこんな恵まれた環境にいられることは、幸せなことなのだろう。

 何もしていないのに。やはり人生とは何があるか分からない。

 こんな幸運が起こったのだ。せめてこれからは、胸を張ってみんなに会えるよう生活しないと。

 今からなら、頑張れるような気がする。

 

「よーしっ!」

 

 充電期間はおしまいだ。これからは私は私の幸せのために頑張ろう。

 

「見ていてよ。お母さん、お父さん!」

 

 私はこの街で立派になってみせる!

 ……方向性はまったく決まってないけど。

 

 

 

 ○

 

 

 

「サヤちゃん、ちょっといいかしら?」

 

 その晩、千夜が私の部屋にやって来た。

 窓を開き、窓枠に手をかけつつ外を眺めていた私は、思ってもみない来訪者に首を傾げる。時間はちょうど昨日彼女が寝た時刻くらい。てっきりもう寝たものだと思っていたけど、何の用だろうか。ゆっくりと振り向いて、私は千夜の姿を見る。

 寝巻き姿の彼女はいたって普通の薄いワンピース状の服を身に付けており、いつものようににこやかな笑みを浮かべていた。健全なのだけど……彼女がこの服を着ていると、妙にいかがわしく見えてしまう。スタイルいいし、白くて綺麗な脚が見えてるし。

 

「いいけど、どうしたの?」

 

「お話したくて」

 

 私が答えると、千夜は部屋の中に。私の隣へ立ち、私と同じように窓枠へ手を乗せる。

 

「夜風がいいわね」

 

「うん。気持ちいいよね」

 

 揃って夜空を眺める私達。

 昔親戚の集まりで会って、話しただけの私達。そんな私と千夜が今、この街で再会した。どれくらいの確率で起こることなのだろう。懐かしむように考える私。その隣で、千夜は不意にもらす。

 

「私、サヤちゃんに会えて嬉しかった。いえ、今でも嬉しいわ」

 

 他人伝えに聞いたこと。それを本人の口から聞き、私は顔が赤くなるのを自分でも感じた。自分に会えて嬉しいなどと聞くのは、思ったよりも恥ずかしいものだ。千夜がどんな顔をしているのか気になったが、そちらを見ることもできない。私は辛うじて一言返す。

 

「そうなの?」

 

「ええ。可愛い妹に会えるのは、誰でも嬉しいわ」

 

「そんなこと言ってここに来るってことになるまで忘れてたり」

 

「ずっと、忘れなかったわ」

 

 冗談を口にすると、千夜はすぐに否定した。私は少し驚いて、千夜の横顔をちらりと見る。すると彼女は既に私のことを見ており、楽しげに笑っていた。千夜は私のことをまっすぐ見つめ、ゆっくり語る。

 

「私より歳上なのに、私の妹になって遊んでくれた優しい人。私ね、小さい頃からサヤちゃんに憧れてたのよ」

 

「ええっ? 初耳だけど」

 

 全然会わないし……初耳なのは当然といえば当然なんだけど、そんなこと初めて聞いた。おばあちゃんなんで言ってくれないのかな。

 

「誰にも言わなかったから。だからこのことは秘密ね」

 

 自分の口に人差し指を当てて、茶目っ気たっぷりに千夜は言う。

 

「うん……そんなこと自分から話すのは恥ずかしいし」

 

「ふふ、そうね。なら安心」

 

 いたずらっぽく笑って、千夜は再び窓の外へ視線を向ける。

 

「……この街はどう?」

 

「いい街だと思うよ。みんな優しくて、柔らかくて、のほほんとした……そんな感じ」

 

「そう。嬉しいわ。私の好きな街を、サヤちゃんも好きになってくれて」

 

 言葉通り嬉しそうにする千夜。暗い夜空を眺めながら彼女は眩しい笑顔を浮かべる。その横顔に、私は安心感を覚えた。

 私よりもはるかにお姉さんっぽい人が、私に憧れていた。嬉しいけれど、まだ信じられない。私なんてチビでお子様で、精神年齢的にもとても大人なんて言えるレベルじゃないのに。本当と思えない――けど、彼女が嬉しいと思ってくれたのはおそらく事実。それだけは無条件で信じてもいいと思うのだ。

 

「お姉ちゃんは、私にとっての女神様みたいだね」

 

 そこまで考え、私は自分の思ったことを口にした。彼女に出会ったからこそ、私は今ここにいる。だからこれからに希望を持てる。千夜は私にとっての女神様。そう考えればおそろしいほどしっくりきた。

 

「女神様は……サヤちゃんよ。私、サヤちゃんに会えて本当に嬉しかったんだから」

 

「そっか。……それは、嬉しいかな」

 

 お互いにお互いのことをそんなふうに思える。それはきっと素晴らしいことだと思うのだ。

 千夜と私、互いに視線を合わせて微笑み合う。何年も経ったのに、千夜の姿は変わったのに、彼女とはあの日のまま接することができる。そんな気がした。

 

『これからよろしくね』

 

 同時に、私と千夜は口にする。そして互いに笑い合った。

 あの日と変わらず、仲良く、姉妹として。千夜と話す。

 ココアじゃないけど、本当、だらだらに感謝――である。

 

 

 






























 導入部終了です。ここからが本編。ヒロインの青山さん、及び大人陣営が本領を発揮するストーリーです。

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