絶望への反逆!! 残照の爆発   作:アカマムシ

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実家のような安心感(ホームレス)


第六話 見えた!

 

 存外被害は少なく、トランクスは密かに安堵していた。ピッコロとクリリンの怪我を見て少しだけ宙ぶらりんになった心持ちは隅に置いておく。未来での悟飯の腕の事もあり、トランクスにとっての腕の怪我は一際酷く気をささくれ立たせた。

 

「あの、ク、クリリンさんとピッコロさん! その傷……。気休め程度ですが、薬を持ってきました。直ぐに治療しましょう」

「俺はいい。ヤムチャ」

 

ピッコロは言うとヤムチャと対面し、両腕を差し出す様に出す。ヤムチャは少しだけ嫌そうな顔をしたが、直ぐに頷いた。

 

「行くぜ?」

「頼む」

 

ヤムチャは息を殺し、差し出したピッコロの腕に手刀を振り下ろした。黒焦げた肉を砕き、中の筋肉の繊維と骨を剪除する。ぶちぶちと、嫌に耳に残る音と共に、ピッコロの腕が吹き飛ぶ。小枝の様に軽々しかった。流石のトランクスもこれにはたじろいだ。ピッコロの特殊な能力は聞いた事があったが、目にするのは当然初めてだった。治す為に切り落とすなど、想像の範疇に無いだろう。舌なめずりする様な潰れた濡れ音と共に腕が生えてくる、グロテスクな映像に覚えた感情は、ひっそりと心の小棚にしまった。

 

「けっ、神経の繋がり伝わるこの感覚。何度感じてもイヤなもんだぜ」

 

掌を内外に転がしてピッコロが言う。

 

「それはこっちのセリフだ。人の腕を斬り落とすなんてよ。しかも俺自身の手でだぜ、少しもいい気分にゃなれやしないっての」

「うんうん」

 

クリリンが痛みに耐えへらへら笑いながら相槌を打つ。後追いでブルマが膝を抱えて座り込み小さく頷いた。それにしても、とクリリンは考える。最初は大魔王の子として現れた、謂わば復讐者であったピッコロとこうして共闘している事に満更じゃない自分が居る。寧ろ、今ではピッコロが仲間としか思えなかった。それでも、口には出さないが。

 

「やっぱ怒ると怖いもんな」

 

クリリンがぼそりと呟くと、元々耳の良いピッコロがクリリンを佇見する。クリリンから見れば怒りを含んでいるとしか思えないその表情に身体が自然とびくついた。一方ピッコロは怪訝な顔になり、クリリンが流汗する。と、突として風とともに影がクリリンの光る頭頂部に現れる。見上げると、いつの間にかベジータが戻ってきていた。それも少しだけ怒りが見え隠れする激情を孕んで。クリリンが言わずとも、ブルマがそこを突っついた。

 

「アンタね、一番強いのに真っ先に居なくなるってどういう事なの!」

「……俺には関係無い事だ」

 

そこはかと恬として恥じない様に思わず関心してしまいそうになる。それだけベジータの寄せ付けないオーラが燃えていた。いったいなにがそうさせるのか、それはピッコロの睨まんとする気の向きからしてトランクスに原因がある。無論、非戦闘員のブルマ以外はそれとなく全員気がついているが。会衆の視線を集めたトランクスはそれを気にも止めずに、ピッコロの腕をまじまじと見ている。無理もない、トランクスは初めて見たナメック星人の生再生に興味が出てしようがなかった。クリリンは自分が忘れられている事に焦った。

 

「おい、なあ君。俺は薬が欲しいんだけどなー……」

「えっ、あ、あああっハイ! 今出します」

 

事無げに取り繕うトランクスだったが、軽く染まった頬の赤みは隠し切れるものではない。

 

 ピッコロを中心に、戦士達は向顔した顔も知らない少年の顔を見遣る。クリリン達の記憶にない人物である筈だが、クリリンとピッコロの名を知っている。少年の表情に含まれる、どこか懐慕の情が見える事が余計に不自然さを思考に産んだ。

ピッコロもそれに疑問を憶えたが、それだけでは小さな物だ。明瞭さに欠ける少年の存在や発言もそうだが、何よりも氷解しないのは少年が見せた未知の実力である。ベジータが妙にいきり立っている原因が知りたかった。

 

「聴きたい事がある」

「答えられるかは分かりませんが」

「答えられる限りで構わん……。貴様、サイヤ人だろう」

 

晤言するピッコロと少年。ヤムチャ達の目にも真剣さが出始める。少年は目を泳がしはしないが、視線はなぜか下を向く。黙秘は罷り通らない。ピッコロは更に追求した。

 

「言えんか? では質問を変えよう……。なれるのだろう、超サイヤ人に」

「それは……言えません」

「答えんでも分かる。あのフリーザを一瞬で殺したのだ、その一瞬に上がる貴様の潜在能力で判断できる」

「ごめんなさい。言えないんです……」

 

少年の肩が竦む。土の軋む音がした。まさに一触即発であった。

 

「貴様……!」

「まあ待てピッコロ、聴きたい事は山ほどあるんだ。それに、悪い奴じゃないみたいだしさ」

 

クリリンが荒れるピッコロの肩を掴み取り抑制する。どうにかピッコロは踏みとどまるが、忌々しげにクリリンの手を払い落とした。朗らかな苦笑を浮かべ、クリリンは少年を見た。少年の近くへ歩み寄ると、血で汚れた包帯を巻いた手で肩を叩いた。

 

「クリリンさん……」

「おお、俺の名前知ってんだ? そいやさっきピッコロの名前も呼んでたよな。昔どこかで会った事あったっけか」

「無い。と思います」

「ああそう。まあ俺もちょっと前まで天下一武道会で活躍してたから、知ってくれてても不思議じゃない。そう身構えんなよ!」

「ごめんなさい」

「だーっ、謝るなっての」

 

そう言ってつんつるてんの頭を掻くクリリンの態度で、少年も初めて安堵の息を吐く事が出来た。

 

「君、悟空が帰ってくるとか言ってたよな。あと少しってのは幾らでも言えるが、どうしてここじゃない、少し行った場所だと言い切れるんだよ?」

「それは……。知ったんですよ、たまたま。それよりどうです、今からそこに行って、悟空さんを待ちませんか? 飲み物もありますよ」

 

明らかに誤魔化そうとしている。見逃す程楽天家の人間は居ないが、危険を感じない以上追求は出来ない。少年に対する疑惑は逗まる事を知らずに山高く積もり続けた。

少年が言った通り、場所はそんなに遠く無く、程近い地続きの荒野に皆降り立った。時間にして三分も経っていないだろう。少年は頻りに腕に巻いた、洒落たメカメカしい腕時計を気にする。片足を抱いて小岩に腰掛け、仰ぎ見ては忙忙しく身嗜みを整える。その姿は何故か親戚の叔父叔母に初めて会いに来た子供の様な幼さがあり、武に励む前からあまり親類縁者と関わりがなかったヤムチャ達も流石に気になった。

逸早くそれに気がついたのがブルマだったのは、少年の与り知らぬ所ではあるが聞けば喜んだだろう。ブルマはいつもの高いテンションで、気さくに少年へと話しかける。

 

「ねえ、飲み物あるんでしょう? ビール無いの?」

「! そ、そうでした。色々ありますよ。ホイッ」

「へえ、ビールも入ってるんだ。悟飯くんにはジュースもあるわよ。って、あれ?」

 

独特の爆発音が鳴るカプセルが弾けると、中から小さな携帯冷蔵庫が飛び出る。ブルマの実家、カプセルコーポレーションの看板商品であるホイポイカプセルだ。しかし、ブルマはふと思い出す。こんな商品、開発した憶えがない。父が作っていたと言う話も聞いていなかった。そう言えば、少年が着用しているジャケットはカプセルコーポレーションの社員に配られる服だったとブルマは記憶の隅から掘り起こした。

 

「ねえ、その服うちのよね。あなたみたいなイケメンの社員、私知らないんだけどさ」

 

どこで手に入れたのか、それを聞こうとするが、少年の顔が曇るのを見て言い倦ねた。

クリリンと悟飯が出てきた冷蔵庫の中身を物色するのが見えて、ブルマは折と見て話を変える。

 

「ちょっと、あんた達それじゃ盗人かなんかよ! 逃げやしないんだからゆっくり選びなさいって」

「あ、えへへ。怒られちゃいましたね、クリリンさん」

「おーこわ。ブルマさんなんて逸早く冷蔵庫から飲み物取った張本人なのにな」

「なんか言ったかしら」

「いいえ!」

 

ブルマが拳に息をかけて言い、つい本音が口に出たクリリンが掴んだビール缶を取り零した。無言のまま、後ろで怯える悟飯の表情は誰にも見られていない。生真面目な天津飯の額にも大きな汗が流露している。ピッコロとベジータだけが朗らかな雰囲気から離れて、空ばかりを振り放け見みていた。

 

「で、あとどれくらいで悟空は来るんだ」

 

ごつごつした手を腰に当てて冷えたビールを飲むヤムチャが言う。少年は時計を見ながら、顎に手を当てて考える仕草をした。缶の滴露を人差し指で拭い、充分に喉越しを楽しんだ後の息を吐きながら少年の返事を待った。

 

「計算では、あと十五分程すれば着く筈です」

「十五分か。少しだけ待つ事になるなー。暇潰しに歌でも歌うか!」

「よっ、待ってました!」

「クリリンあんたもう酔ってるでしょ。ヤムチャの歌なんて聞いてどうするのよ!」

「あはは、クリリンさん茹でダコみたいですね!」

 

相変わらず空ばかりを見る二人の悪人を除き、すっかり宴会気分の戦士達なのだった。

 

 ベジータとピッコロは同じく天を仰ぎ見ているが、現実には二人の考えは違っていた。ピッコロ含め、ナメック星人は耳がいい。そして天界の神と同体であったピッコロは殊更に聞き分けと目が良かった。それでも神の察知能力に遥かに劣るが。そのピッコロは、ただ悟空と己の実力がどれだけの差なのかを想像し、胸を躍らせているのだ。遥か高みへと続く闘いの蜀道を。だがベジータは違う。サイヤ人の王子でありエリートである自負と誇りを携え、今は弱者を甘んじるベジータではあるが、その目は確かに何かを捉えている。その向こうにあるモノに気づいた者は誰一人として居ないが、クリリン達の元に現れてから今まで、じっと同じ方向を睨みつけていた姿に、ベジータの焦げ付くような瞳の色を悟ったヤムチャが気がついた。どこからか取り出した(ブルマが持っていたホイポイカプセルだろう)マイクと携帯ラジオを手に話しかけた。

 

「なんだ? 空になにかあんのかよ」

「……いちいちムカつくぜ。あの野郎……」

「はあ? 話が見えねえって」

 

空から目を逸らさないまま、ぼそりとベジータが呟く。自己完結する言葉はヤムチャに通じなかった。

 

「……雑魚が俺に話しかけるんじゃねえ」

「き、来ます! かなり早いですが、悟空さんの宇宙船の信号が近づいてきます!」

 

そう話を切られ、少しだけ腹立たし気になったヤムチャが文句を言おうと肉薄すると、少年が後ろから声を上げた。誰言うことなく悟空が来る筈の空を見上げる。自然と、ずっとベジータが憎々しげに睥睨していた方角に視線が集中する。耳を澄まさずとも、遠方から小さな音が近づいてくるのが分かった。騒音は雷鳴が如く、クリリンの酔いが覚める程の耳鳴りを伴って墜落した。もしあれが悟空が乗っている物と同じであれば、着実に近づいていた筈の宇宙船が、なぜか地に落ち爆発している事になる。クリリン達は皆一様に顎が外れんばかりに口を開けてアホ面を晒している。あのピッコロでさえ目をひん剥いた。

 

「こ……これ、悟空大丈夫なのか?」

「……って、そんなわけないでしょ、宇宙船なんだから大気圏も通ってるのよ! 勢いだけで隕石よりもパワーがあるっての! だいたいこれフリーザ達が使ってた宇宙船でしょ! 神様の宇宙船でさえ光速の何千倍なのよ!?」

「あわわわ」

「ひええええ」

 

ヤムチャが恐る恐る言うと、ブルマがはっとして鳴号するかの様に言う。悟飯が泡を食って蒼白した。急いでクリリンが宇宙船へと行こうとすると、つとめて自然にベジータが行く手を塞いだ。いきなり前に出たベジータに敵意は感じられなかったが、止められるいわれもないクリリンは声を荒げた。

 

「なんだよベジータ! 邪魔するなって……」

「――あれを見ろ」

 

差し迫った顔をして言い止むクリリン。忌々しげにベジータが腕を組みながら指で示す方向を見遣ると、豆粒ほどの大きさでしかないが、小さな人影が宙に浮いていた。意味が分からずベジータを一瞥すると、興味を無くしたのか外方を向いていた。

 

「はあ? ベジータの奴、あれがなんだってんだよ……、って、この気、まさか!」

 

クリリンも思わずたじろいだ。慣れ親しんだ暖かい太陽みたいな気。いつも皆を照らし続ける、笑顔にする気。一番の親友の気。――孫悟空がそこに居た。

 悟飯は今にも飛びつきたい衝動に駆られた。大きい純真無垢な黒い瞳には涙が溢れている。結局、ラディッツとの闘い以降は戦場でしかまともに会話を交わしていない、大好きな父が近くに居る。頬を伝い、靴を涙が濡らす。いてもたってもいられないと悟飯の小さな体が弾ける様に空を跳ねる。心の雨が横に流れては切れた。

 

「お゛っ……、お父さぁぁぁぁん!!」

 

悟空の胸元にひしとしがみつく。くしゃくしゃになった顔を摺り寄せる様に押し付けた。悟空の大きな腕が悟飯を包む。いつまでもいつまでも、愛する父に抱かれて、悟飯は喜色の叫声を上げ続けた。――その後ろで、一人だけ求める様な顔をした少年の心に、冷たい稲妻を奔らせて。

 

 

 

「よっ、皆元気してっか!」

 

 変わらないお気楽そうな悟空の挨拶に、皆肩の力が抜ける思いがした。どれだけ自分が皆を心配させているのか、恐らく悟空は全く知らない所だろう。だからこそ悟空だと言えるのだが。晴天に負けないのどかな人間性に呆れてものも言えなくなるのも何度目かさえ忘れてしまっている。

悟空に引っ付いて離さない悟飯を微笑ましく見る皆。悟空は悟飯の頭をかいぐり撫で回す。乱雑で粗暴だが、仕草は優しさで満ち溢れている。武張った指の節で悟飯の鼻先をくすぐった。

 

「元気にしてたかじゃないぜ悟空。ついさっきフリーザ達が襲ってきて、危うく死に掛けたんだぞ!」

 

クリリンが苦笑う、その手に巻かれた包帯の結び目が乾いた風に靡いて、白うさぎの耳の様に揺れた。どこか悟空の顔は硬く、赤黒く汚れた手を見つめている。すると、ベジータの黒い瞳が射抜くように悟空を刺した。

 

「貴様、もっと前から近くで見ていただろう」

「なんだ、ベジータは気がついてたのか?」

「ついさっきな。そこなガキがフリーザと一緒に来た野郎と戦い始めた頃だろう、カカロットの気が通常は悟られないレベルで突然現れやがった。ご丁寧に俺の真後ろにだ!」

「げ、気づいてたんか? オラ結構本気でダマす気だったのに」

 

意想外に瞠目する悟空の顔は明るい。楽しげに驚いていた。しかし、一方で聞き捨てならないクリリン達は驚いて、縋るようどもり気味に遮った。

 

「ま、待ってくれ、悟空がもっと前から見てたって?」

「お、おう。すまねえクリリン。実はフリーザ達が地球に向かってた事はわかってたんだ」

「それじゃあなんで……」

 

喉元に出かかった言葉が、ソフトボールサイズの氷でも詰まったかの様につっかえる。憤懣やるかたない気持ちで詰め寄ると、悟空はいつもの如く頭を掻きながら応えた。

 

「いやー、まいったまいった。本当はオラの乗った宇宙船を追い越したフリーザ達を見てすぐに駆けつけようとしたんだけどよ、なんだかどエライ強い奴が居るもんだから」

「……様子見しようと潜んでやがったのか、この馬鹿ヤロウ!」

「まったく冗談じゃないわ! 帰ったならさっさと言いなさいよ! あたしが死んだら世界の損失よ、宇宙の終わりよ!」

 

ピッコロの激とブルマのうぬぼれに耳をつんざかれ疎ましげな顔の悟空。全員が呆れを含んだ表情で悟空に突っかかる中、天津飯が振り返って気がついた。

 

「しかし悟空、どうやって宇宙船から出て地球に降り立ったんだ? 宇宙空間に出たら流石のお前も無事じゃいられんだろう」

「あっ、それ俺も気になる。ベジータの後ろにいつのまにか居たんだって?」

「ああ、それはな……」

 

 

 ――地球のみんなが待ちに待った孫悟空。帰ってきた悟空と仲間たちの姿を間近で見ながら、トランクスは複雑気に見ていることしか出来ずに居た。


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