絶望への反逆!! 残照の爆発   作:アカマムシ

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第三話 誤算

 トランクスは過去へと飛んだ。時代はフリーザ親子が地球へとやってきた、そして孫悟空がこの星へと帰ってきた日。超サイヤ人へとなり、サイボーグ化したフリーザと、それ以上の力を持っているコルド大王を彼が倒した。その英雄譚は何度も悟飯に聞いていた。体験者の言葉には重みがある。しかし未体験の者にはその言葉は大きいだけで、現実味が感じられない事が常だ。それはトランクスとて例外ではなかった。

 

「孫悟空さん。俺が超サイヤ人になってから既に十年以上経っている。だと言うのに、俺は人造人間には勝てなかった。悟空さんがこの力を手に入れてから人造人間が現れるまで、そう時間がない」

 

彼に未来を任せる事が出来るのか。それは見てから決めればいい。トランクスには遠くに大きな気が幾つも近づくのが感じられた。恐らく、フリーザ親子の凶悪な気を感じて集まったのだと予想した。そして同時に、悟空が帰ってくるのを心待ちにして居るのだろうとも。もう少しで孫悟空がやってくる。未来を知っているトランクスもまた、急いで皆の集まる荒野へ向かった。目まぐるしく変わっていく風景。トランクスの居た時代ではとうの昔に忘れ去られた平和な世。木々に実る果物を争う、飢えた子供が居ない。心まで貧相になって行く、大人の錆びた針の様な視線に刺される事もない。

 

「悟空さんが来る前にフリーザが来てしまいそうだ。これも俺がこの時代へと来た事で変化したのか」

 

フリーザ一味の気が随分近くにある。そう時間を経る前に地球に着いてしまいそうだ。

 

「この平和な地球を壊すマネはさせない。また未来が少しだけ変わってしまうが……。フリーザは、俺が殺す!」

 

トランクスは一気に飛行速度を遥かに上げた。この瞬間ではトランクスの舞空術は誰よりも早い。それは孫悟空のスピードよりも高みにある。目的地では既にクリリン、ヤムチャ、ベジータ、悟飯が到着している。ピッコロが少しだけ遅れているのは、一番遠い北の果ての大地で一人、修行していたからだ。ピッコロが目的地に到着すると直ぐに気が小さくなり、消える。フリーザに見つからない為だ。トランクスは飛行中気を探り探り調べていたが、素直にピッコロとベジータの気に驚いた。無論、ベジータやピッコロの気を直接感じた事は無い為に、明確に誰が誰とは探れない。気の大きさで予想を立てて判断している。その中でもベジータとピッコロの気が多きく、そして洗練されているのを覚る事が出来た。トランクス以上の早さで気の大小を操作しているのだ。歴戦の戦士が行える判断が余りにも自然過ぎて、その場にいないで気を探っているトランクスですら気が突然消えたと、一瞬でも錯覚している。素直に頼もしい。戦いは単純な戦闘力や気の差では決まらないとは、悟飯が良くトランクスに言い聞かせている言葉の一つだった。まさしくそうだろう。肌で経験の差を感じた。

 

「流石です。母さん、悟空さんだけじゃないよ。やっぱりこの人達は凄かったんだ!」

 

いつもはトランクスのクールな顔に、少しだけ笑みが零れる。早く会いたい。会って話したい。その想いだけが、今のトランクスの心を泡立てた。

 

 

 

 フリーザの宇宙船が地球へと降り立った。宇宙の支配者を自称するフリーザの一味にしては物静かだ。その静けさが、無言の余韻がより怪しい風となり、戦士達の頬を撫でる。まだベジータは超サイヤ人にはなれていない。ピッコロもまた、実力はフリーザ第三形態に敗北を喫した時からさほど上昇しておらず、況してや悟飯やクリリンでは太刀打ち出来ない。実力の差はまさしく別次元と言えるだろう。

 

「フン、この際はっきり言ってやろうか……これで地球は終わりだ」

「クリリン。お前達、こ、こんな奴と戦っていたのか!」

「冗談じゃないぜ……。俺、界王星で修行して強くなったのに。これじゃあベジータが可愛いレベルじゃないか。折角生き返ったばかりなのに、もう死ぬ事になるのかよ……」

 

絶望が戦士達の心を襲う。フリーザと対面し、その実を直接体感したクリリン達こそ、身を引き裂かれる様な緊張でどうにかなりそうだった。だが、クリリンは悟飯を見て、無理矢理にでも恐怖を飲み込む。昔から夢だった彼女も遂には出来なかったが、冷たい静寂の中で、孫悟空と出会った日を何故か思い出していた。小癪な手ばかりを使った自分と、それを苦にせず、気にも留めない親友の姿が、フラッシュを焚いた様な明暗で頭に流れる。悟空が結婚したと聞き驚いきに打ち震えた事もあった。嫉妬もあったが、それ以上に嬉しかったと記憶している。遡る記憶の中で、天下一武道会の最中見事ピッコロを倒し優勝したのは数年前だというのに、もう随分昔に思えた。今ではそのピッコロとは奇妙な関係を築いている自分が居る。悟飯が生まれた時は、悟空にそうさせたチチに何より驚いた。どんどんと実力も離れ、悟空を助けてやるどころか、補ってやる事すら出来なくなって行くのが理解出来る日が長く続いている。クリリンには大きな悩みだった。悟空に直接言えば、クリリンが悩むなんてらしくないと。笑って心の底から言いそうだ。

息子放っといて宇宙で修行旅行かよ! ヤムチャ達だって生き返ったのに顔見に来ないのか! ……言ってやりたい事は、上げれば枚挙に暇がない。それでも悟空なら、許してしまえる不思議な魅力がある。いつも包んでくれるような悟空の腕に支えられてクリリンは生きてきた。多林寺を抜けて亀仙人に師事してからの奇縁は、こうして今も太く長く続いている。時間は既に、クリリンにとっての悟空を家族に変えていた。

悟空はいつも大いなる敵を倒してくれる。あいつならなんとかしてくれる。そうやって、何度も悟空に任せてきた。それが悔しかった。隣に居る自分が、どんなにちっぽけな存在に感じられた事だろう。死にそうな目にも会った。実際死んだ事もある。クリリン程壮絶な人生を送っている人間は、地球中どこをどれだけ探しても居ないだろう。

だが、それが同時に誇らしかった。クリリンの人生が変わった日から、いつも悟空の笑顔があった。悟空が天下一武道会で優勝した時、まるで自分が優勝したかの様に嬉しかった。自分が殺されたと知り、優しい悟空が仇を取る為に激怒した事が、悲しさだけでは収まりきらない熱さが胸に響いた。

捨てたくなかったのかも知れない。拳を解きたくなかった事は確実だ。修行でほつれ、古びたボロボロの道着を何度も新しくして貰った経験がある。今この瞬間、悟空が着ていた道着と同じ道着を着ていられる自分が、どこまでも誇らし気に、クリリンの背中を熱く燃やした。

 

「悟飯」

「! はい、なんですかクリリンさん?」

 

フリーザ達の戦闘服を身につけた、親友の愛息子を呼び止める。いつもクリリンを兄か叔父の様に慕ってくれる悟飯が、クリリンは愛しかった。甘さは悟空以上。温厚で、争いを好まない、サイヤ人の血は引いても性は継がない善良な子。時折、そんな子供が悟空と同じ表情を見せる時がある。親しい者が危うい時だ。悟飯には、継いで欲しくない悟空の癖が、しっかりと刻まれていると思った。自分の危機に疎く、どこまでも深い優しさが周りを照らす。その光が、自らの足元に向かない所まで。

 

「どうだ。悟空は、まだ帰ってないんだよな?」

「っ。は、はい……。連絡もなくて」

 

悟空が居ない今、皆に愛される悟空に愛される息子を、守ってやれるのはクリリン達だけだ。気だけでは、正直悟飯の方がいくらも上である。それでも、まだ幼い悟飯には、大人が傍に付いていなければならない。恐々としながら付いてくるヤムチャと天津飯、チャオズを見て、クリリンは人知れず口端を上げた。

 

「やっこさん、とうとうお出でなすったぜ」

 

ベジータが小さく声を跳ね上げた。場に居る人間全てが嫌な汗をかく。ブルマでさえその異常性を感じ取り、目を閉じてじっとしていた。遠目に見えるフリーザは、以前ナメック星で見た時とは風貌が違っている事が分かった。その後ろでは、牛魔王ですら可愛く見える大きな背丈の、フリーザに似た怪物が椅子に座ってワインを仰いで居る。

 

「ベジータ。あのフリーザの隣に居る奴。あいつは誰なんだ!」

「俺が知るか! あの野郎、フリーザよりも遥かにデカイ気をしていやがる。恐ろしい程の強さだ」

 

あのフリーザよりも強い? クリリンは自分の耳を疑いたかった。あの恐ろしいフリーザが更にパワーアップしていると言うのに、それを超える存在が当然の様に現れた。現実という怪物が、冷たい舌で首を舐める。いつでも殺せると、邪悪な気が纏わり付いて鬱陶しい。今直ぐにでも、勝手に身体が翻りそうになる。頭がおかしくなりそうだ。クリリン達は逼迫感に襲われた。

 

 

 

「ここが地球と言う星か……。小さい星だ。今ここで破壊してしまえば、直ぐ終わるだろうに」

 

頬杖を突くコルド大王がワインを傾ける。その巨体を支える大きな椅子の直ぐ前で、フリーザの機械化した尻尾がパシリと鞭声をあげた。側近達が恐れて息を呑む声を我慢する。目を付けられたが最後、機嫌を損ね殺される。彼等にとって、日々の所作一つが死刑台への階段への一歩で、死んでいく同僚の濃煙が如き叫声が死への賛美歌だ。血煙と白昼夢に見える爆炎が気功弾の数だけ陽炎を産み、焦げ臭い影の香りが脳髄を溶かす。次はお前だと、死神の声が聞こえてくる様だ。鼓膜を破りたくなった回数は、それこそ日常の数だけあった。

 

「駄目だよパパ。それじゃああのサイヤ人の悔しがる顔が見れないじゃないか」

「ふん。それ程のものなのか、その超サイヤ人と言うのは。随分とやる気になっているな、フリーザ」

「それはそうさ。ワクワクしてしょうがないんだよ。今直ぐ我も忘れて駆けまわりたいくらいだ」

 

運良く今日はフリーザの機嫌が頗るいい。それは本人が言う通りだ。

 

「久々に辺境の星を旅するのも悪くない。いいかフリーザ、宇宙最強は、私達の一族でなければならんのだ。その為に、今回ここまでお前を直した後、私もこうして付き合ってやっているんだ。それに、わざわざ遠くに居た精鋭達も……」

「わかっているよ、パパ。最も、本当は僕だけでもよかったんだけれど」

 

青い地球が目に映る。掌一つで壊せる程度の脆い星だが、住み安そうな美しい星だ。

 

「破壊した時の美しさは、どんなに綺麗な物になるんだろうね。ソンゴクウ」

 

 

 

「さあ着いた。……手始めに、あの時僕を邪魔した奴等を炙り出そう。お前達、街の一つや二つ、壊してくるんだ」

「はっ!」

 

腕利きの各戦闘員が目にも止まらないスピードで空気の層を蹴り摺動した。限界まで引き絞った弦を急激に弾いた弓の様に、それらは解き放たれる。近くに居たベジータ達もそれに気づいた。

 

「ちっ、自分じゃ戦う価値もないってか!」

「なにを言ってる、ベジータ! ……一先ず、現時点で奴らに地球を破壊する気は無い様だ」

 

そうピッコロが言う。最も、それは気休め程度の時間しか与えてはくれないが。

 

「まだ気を高めるなよ悟飯、少し乱れている」

「は、はい」

 

ピッコロが悟飯に声をかける。緊張はあるが、大きな恐怖は感じられない。慣れ親しんだピッコロの声に、悟飯は少しだけ安心出来た。

 

「いいか悟飯、ぎりぎりまで気を抑えるんだ。奴らに気を察知する能力がないのは俺達が一番知ってる。まだ負けたわけじゃないぞ!」

 

クリリンもまた声を細め身をかがめて隠れる。気の操作では悟空が元気玉を繰り出す才を認める程、技を発揮するクリリンだ。悟飯はクリリンにも支えられている。それがわかった悟飯は嬉しかった。

 

(僕は一人じゃない。こんなにも凄い人が一緒に闘ってくれるんだ。お父さんが来るまで僕も頑張らなくっちゃ!)

 

少年がひた隠したこの小さな小さな覚悟が、いずれ波紋を呼ぶ時が来るのだろうか。それは未来を知るトランクスや、神や界王ですらわからない事だった。

 

「そ、それにしても、妙に静かだ」

「ヤムチャの言う通りだ。あのスピードならもうとっくのとうに近くまで来ている筈だぞ!」

 

ヤムチャと天津飯が言う。他の戦士も直ぐに異変に気づいた。

 

「どういう事だ? ザコ共の気がどんどん消えていく!」

「おいハゲ、この星に俺達以外戦える奴は居ない筈だろう!」

「ハ、ハゲ……クリリンって名前、知ってる筈だよな。って、いや。俺達以外じゃあんなのを倒せる奴が居ないのは確かだぜ」

「なになに、どうなってるのよ! あんた達だけで楽しんでんじゃないわ!」

「た、楽しんでるってブルマ、お前なぁ……」

 

こうしている間にも次々と減って行く戦闘員の気。神隠しにあった様に、すっかり居なくなってしまう。考えられる可能性は少なかった。

 

「どうやら誰かが闘っている様だな」

「わ! ピッコロさんわかるんですか?」

「ああ、どうやら俺達では気づきにくいレベルで瞬間的に気を上げ、たったの一発で素早く片付けている。最も、ベジータだけは直ぐ理解出来たようだが」

「ひゃー! ベジータさんって凄いんですね!」

「フン、お前達とはレベルが違うんだ。同じ物差しで物を語るんじゃない……。どうやらそのナメック星人も分かったらしいがな。癪に障る野郎だぜ」

 

睨み合うピッコロとベジータ。間に挟まれる悟飯が首を縮めて強張っていた。それに気づいたクリリンが止める。

 

「おいよせよ、今はそんな場合じゃないだろ! ったく、戦闘マニアはこれだから困るんだよな。大丈夫か、悟飯」

「ありがとうございますクリリンさん。……それにしても、闘っている人は誰なんでしょうね」

「全くだ。悟空の気は近くに感じないし」

 

疑問を覚えたのは戦士達だけではない。フリーザ達も遅れて異変に気がついた。向かった戦闘員の攻撃が少しも感じられないからだ。普段はフリーザに恐怖し従っているが、元々人殺しや破壊が好きで粗暴な者ばかりを集めたフリーザ一味だ。爆発の一つもない事は、明らかに異常だった。

 

「パパ、あいつら本当に指折りの精鋭なの? 星の悲鳴が少しも聞こえて来ないよ」

「むう、確かに精鋭の筈だが……。何をたらたらしているんだ」

「ああ、もうどうでもいいや。丁度僕もウォーミングアップがしたかったんだ」

 

スカウターを付けていないフリーザ達には気が感じられない事もあり、現状がわかっていなかった。クリリン達地球人の戦士達が些細な反抗を行っていると思っているからだ。もう既に、自分が狩られる側にある事が、フリーザには理解出来ていなかった。

 

「!」

 

 その時は直ぐに訪れた。骸の雨がフリーザを襲う。天から降り注ぐ死人の驟雨は、フリーザの尻尾で全て弾かれる。皆一様に、死骸は傷を負っていなかった。有るとすれば、堅く伸縮性に優れた戦闘服の胸部が、全て粉々になっている事くらいの微細な変化。胸を一突き。衝撃だけで、心臓が破裂していた。

 

「これはどういうパフォーマンスなんだい、パパ?」

「お前がやったデモンストレーションじゃないのか?」

 

親子は未だに気づかない。生命は限り有る事を。

 

――舞い降りるは青い剣。一筋の鋭い風と共に、希望が闇を切り拓く。果たして、絶望の未来から来た戦士、トランクスの初戦が幕を開けた。


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