絶望への反逆!! 残照の爆発 作:アカマムシ
魔人ブウの封印玉は人気のない場所でひっそりと点在していた
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16号からの連絡は早く来た。魔人ブウの封印玉は人気のない場所でひっそりと局在していた。ピンク色の筋肉質の、大きな塊が不気味に見える。封印されているからか、全く魔人ブウの気を感じない事も関係しているか。16号も隣で立っているが、変わらず無口のまま興味なさそうに目を閉じて小鳥と戯れている。恐ろしく似合わん。と、そんな事は大した問題ではない。私の自慢の尻尾には、相手の生体エネルギーを吸収する事で私自信を強化する力がある。私の新しい記憶の中には、魔人ブウの途轍もない能力と戦闘エネルギー、そして才能が隠されている事が詳細に埋め込まれている。
「恐らくだが、こいつのエネルギーを私が吸収すれば……」
尾の尖端を封印玉に突き刺した。その瞬間、感電したと錯覚する程、厖大なエネルギーが私の中に流れ込んできた。思わず刺した尻尾を離してしまう。エネルギーを吸収した私が、片膝を着く事になっている。無垢な邪念を宿した仄暗い気が、嘔吐感を喉元までこみ上げた。
「どうした、セル」
「いや……。問題ない」
胃液の灼けつく苦い味を感じながら封印玉を見ると、私が突き刺した傷が既に治っていた。再生能力はピッコロ含むナメック星を超えるか。成る程厄介な魔物だ。この私が完全体になったとしても、手も足も出ないだろう。無論、完全体になった『だけ』では、な。
「この力、必ずこのセルが卸してみせるぞ。ワハハハハハハ!」
高らかに、誇らしく、大声で笑う。小鳥が逃げたらしく16号には疎まし気に見られたが、私の輝かしい未来に笑いを抑える事など出来なかった。
「セル、お前の戦闘エネルギーが今大幅にアップした。この分だと、直ぐにでも第二形態に変化する事も可能だ」
「で、あろうな。私自信、驚いているよ。恐怖にも似た感情だ。この玉を吸収し終わった頃には、完全体の壁すら超える事だろう」
「目的を忘れるなよ、セル」
「解っている」
理解しているとも。全ては私の悲願達成の為、この素晴らしい強化すら、パーフェクト・セルの序章に過ぎないのだ。私こそがナンバーワン。何者にも私の膝を折る事など、直ぐにでも出来なくなるのだ。
「魔人ブウ計画はこのまま私一人で進める。16号は当初の計画を進めろ」
「わかった。……しかし、お前がそこまで強くなるのならば、その計画も最早意味などないかも知れんがな」
そう言って、16号はゆっくりと舞空術で飛んでいった。方角は私に記憶を改めさせた研究室へと向かっている。なんでも、かつて存在した悪の科学者の根城だったらしい。人造人間19号、20号を作成したのもその科学者だと言われている。私の強化に本来使われる予定だった人造人間達を造ったのであれば、案外私を造り上げたのもその科学者なのかも知れない。
と、そんな事はどうだっていい。今やるべき事はこのブウを取り込む事のみ。私が目覚めた時には既に19号達は何者かに破壊されていた。恐らくトランクスがやったのだろう。そのトランクスも、今はどうやらこの時代には居ないらしく、気も感じられない。通常戦闘してなくてもある程度は一般人を超えている戦闘力も、全く反応しないのはおかしい。死んでいるか、この星から離れているか。一番可能性が高いのは、タイムマシンで過去の世界に行っている、だ。詰まるところ、今この地球という星で私の莫大な気を感じられる者は、亀仙人や鶴仙人と言った過去の栄冠だけなのだ。邪魔する者はなく、ただエネルギーを吸えばそれだけで強くなれる。全く、不条理なモノだな。思わず笑いが止められないわ。
「今のままでは魔人ブウの細胞を採取出来んのが口惜しいな。サンプルにでも取っておきたいが、こいつは細胞の一欠片でも残っていれば元に戻ってしまう。私が完全体になったとしても、その細胞に私自信が乗っ取られてしまうだろう。全く口惜しい」
最も、16号と私の頭脳があれば、この魔人ブウに似た魔人の細胞サンプルを造り出す事など造作も無いだろうが。封印玉に再度尻尾を刺しながら、そんな事ばかりを考えていた。
魔人ブウの玉は大きな刺激を与えると封印が解ける恐れがある。今の私では到底太刀打ち出来はしない。故に慎重に当たらなければならない。と言っても、私の吸収能力は静かにゆっくりと、病魔の様に侵攻する。私自身の身体が大きい為に隠行には向かないが、それでも気をわざと落として襲いかかればまず気づかれる事もない代物だ。元より魔人ブウはエネルギーの塊の様な物。少しづつ、だが回数を多くしてエネルギーを吸収していけばいくらでもエネルギーを搾取出来る。私にとって最適な食事だ。魔導師だかなんだか知らないが、全く以てオイシイ物を造り出してくれたものだ。感謝しようではないか。こんな辺鄙な場所に捨て置いた事も併せて、な。
「フフフ、一回一回で戦闘力が大幅に上がる。一般人を一匹吸収する時間で、ベジータのエネルギーと同等のエネルギーが生まれるのだ。なんとも効率的だ」
魔人ブウはエネルギーを吸い取られる度に、新たに再生すると共にエネルギーを生み出す。人造人間19号、20号に備え付けられている永久エネルギー炉など目ではない。フリーザ以上の戦闘力を作り上げる科学者も凄いが、このブウを造り上げた魔導師は相当な技術者だと再認識した。と、ここで私に変化が起こった。
「な、なんと!」
驚きの声も勝手に飛び出す。まだほんの十回にも満たない回数しか吸収していないと言うのに、既に第二形態への変化が始まりだしたのだ。全身が美しく光りだし、醜い虫の様な身体が徐々にひび割れていく。表面がぱきりと乾いた音を立てると、ぼろぼろと崩れ落ち、第二形態の姿が顕になった。だが。
「駄目だ。この程度の戦闘力では、魔人ブウを見た私には到底満足出来ない。底の見えないブウのエネルギーを前にして、少しも強さが実感出来ていないのだ! クソッ……、だが、私は無限に強くなる。孫悟空の細胞があるのだからな! その為にも、魔人ブウ。貴様の生命、存分に摂らせて貰うぞ!」
幾分か短くなった尻尾をナメック星人の能力で伸ばし、また魔人のエネルギーを吸い出す。もう慣れたのか、それとも第二形態になった為か、魔人独特の気色悪さを感じなくなっていた。これで効率も更に上がるだろう。まさしく16号が言った通り、最早幾つもある計画の必要性すらなくなりそうだ。この姿も嫌いではないが、早めに完全体になろうと決めた。
一方、研究所に向かった16号はと言うと。
「お前達……。俺は急いでいるのだ。俺から離れてくれないか?」
大きい熊と親子虎、そして子供のドラゴンに囲まれていた。じゃれつくように周りをうろつかれている。一見すれば凶暴な動物に襲われる大男という構図だが、誰も険悪な雰囲気を出していない。まるで大好きな親にちょっかいをかける子供の様だ。こうなったのは他でもない、16号の責任である。熊は鮭を取ろうと川に居たが、勢い余って水の流れに足を取られ滝壺に落ちそうになった所を助けたのが原因であり、虎は死にそうになっていた子虎に気を分け与え、親にはホイポイカプセルの中に入っていた食事を分け与えた事が原因だ。ドラゴンは大きさと凶暴そうな顔に似合わずただの好奇心で近づいてきた所を、巨大食人植物に襲われそうだった所を16号に助けられた為だ。巨体に囲まれ、歩きづらそう、というより飛びづらそうにしているのは、熊と虎が足元を掴んで離さないからだ。今飛んでしまえば先ず間違いなく怪我をする。根が優しい16号は突き放す事も出来ず、ただただ呆然としているしかなかった。
「……! セルの気が大きくなった。第二形態になったか。既に俺を超えている。なあ、お前達。本当に急がねばならんのだ。わかってくれ」
セルのパワーアップに気づき、16号は優しく動物にそう言い聞かせる。しかし全く伝わらない。16号は一つ小さなため息を吐くと、意を決した様に目を細めた。
「……わかった。お前達も連れて行こう」
セルは気にしないだろう。そう考えた末の行動だった。方に子虎を乗せ、両手で親虎と熊の首元を掴み空を飛ぶ。なるべく低空飛行をしながら、慎重に移動した。ドラゴンは元々飛べるので問題ない。しかし、どうも絵にならない滑稽な姿だった。この日、残り少ない人間達の内の、多くの人間が、空をと飛ぶ大男と凶暴な動物達の塊を目にしたのだった。
16号の珍道中はその後も続いた。16号が空から景色を眺めながら飛んでいると、少し前を行った所に小さい峡谷があった。谷底が全て見える程の深さで、赤土色の乾いた土で出来た地面に、ごつごつとした岩が転がっていた。厳格な自然をまじまじと感じさせるこの大地に、似合わない集団が一つ。モヒカンヘアーのトゲ付きショルダーパッドを装備した、如何にも不良と言える男と、禿頭の髭面が乗った汚れだらけのキャタピラが、数人の女子供を襲っていた。16号はこうした光景を見て逃す事は出来ない性質だった。携えた動物達をそのままに、着の身着のままスムーズに不良の前に降り立つ。突然目の前に現れた大柄の男に思わず驚いた運転している不良がハンドルを大きく回し、キャタピラ全体がぐらりと揺れる。拍子に、勢いに任せてもう一人の不良が車上からすっぽりと見を投げ出す事になった。尚も止まらず、16号に向かってくるキャタピラ。どんなにハンドルを切っても、そう簡単に曲がる程軽くない重量車であるキャタピラは、棒立ち状態の16号にぶつかってしまった。……運悪く。ぐしゃりと、そして鉄が無理やり擦られ曲がる独特な悲鳴が上がる。ぎこりぎこりと捻じ曲がる、本来曲がってはいけない装甲も紙切れが如くひしゃげる。と共に、車の中の重要な心臓部まで16号はとうとう到達してしまった。ぷすぷすと煙を上げて動かなくなった車を気にも留めず、16号は首だけで被害にあっていた子供達の無事を確認した。一方子供達はいきなり現れたと思ったら人間離れした行動を取ってみせる謎の大男に当惑していた。当たり前だが、子供に責はない。しかし、なぜだか16号を見る視線には、間違いないが僅かと言えない程の恐れや疑念が含まれていた。無感情そうな16号の顔は子供達からは見えない。だが、16号の特徴的な頭や恰好が、どうしても今襲って来た不良と重なって見えるのだ。対する16号は、エンストでは起きない量の煙を心配していた。どうやら相当内部まで破壊してしまったらしい。このままでは今にでも爆発してしまうだろうと察した。16号はその太ましい剛腕で力任せに想いキャタピラを持ち上げる。指が、掌が、拳が、鉄で出来た石より硬い車の装甲に食い込んでいく様は奇妙と言える。それも大した苦労も見せずに行っているのだ。投げ出され身体中を打ち付けた不良の一人も、顎が外れそうな程大きく口を開け、目をひん剥かせて赤くしていた。16号は食い込ませた手でそのまま車を持ち上げる。ほぼ縦にまでなる程上げた所で、少しだけ動きを止めた。どうしたのかと周りの人間が皆喉を鳴らして見守っている。16号は眠たそうな目を少しだけ開き、そのタイミングで小さく叫んだ。同時に爆風と爆音が生まれる。油臭さと鉄が燃える煤の臭いが直ぐに狭い谷底の空気を汚した。子供達にも、そして16号の前で呆けた顔を見せたまま動かない、座席だけなったキャタピラに座ったまま半ばで折れたハンドルを握る、車の中に居た筈の男ですら、何が起こったのか理解が追いつかなかった。16号の真横で天高く煙を巻き上げ、無残な姿を晒す事になった一台のキャタピラを見るまでは。
「す、すす……、すごい」
誰もが驚きを隠せなかった。16号は、文字通りキャタピラを腕力だけで『引き裂いた』のだ。いや、元より身に纏わり付いている大きな虎と熊の存在が、この男が普通でない事を最初に証明していた。助けられておいて勝手に疑ったのは子供達だ。危機が去ったと胸を卸すと同時に、申し訳無さが子供の無垢な心に小さな傷跡をはっきりと残す。どうすれば許してもらえるのかを考えようにも、頭がまだまだ落ち着きを戻さず軽いパニックになっていたのだ。喉が渇く。声が出ない。それは子供達全員が感じていた事だった。知らずして、示し合わせた様に顔を会わせる子供同士。意を決して、少しだけ笑みも浮かべて、謝ろうと口を開けた。
――その時。
「動くなよ!」
子供の一人が投げ飛ばされた不良に捕らわれてしまったのだ。すっかり気を許してしまっていた。失念していたとも言えるし、現実から目を背けていたとも言える。まだ自分達の身が安全になったわけではないのだから。口を抑えられ、声を出す事も出来ずに居る捕まった子供を見やる。喉元には大きな刃を光らせた曲刀が睨みをきかしていた。大男は動く気配も無い。もう駄目なのか――そう思った事すら、意味がなかった。
「それは悪手だ。……俺がドコから来たのか、お前達は覚えておくべきだった」
大きな――と言ってもまだ幼生体だが――ドラゴンが、不良の肩を足で掴んで高くまで飛んだ。もう何度目か、呆気にとられる。掴まれた不良もなにがなんだが分からず慌てているのか、その手から曲刀も離れていた。
「どうもありがとう! おじさん凄く強いんだね!」
すっかり元気を取り戻した子供達に16号は囲まれる。何故この辺境の地に子供だけで居たのか。そう16号が質問すると、子供達の中で一番大きい少年が答えた。
「俺たちの親はみんな人造人間に殺されたんだ。元居た村の生き残りともはぐれちゃったし、子供だけだと不安だから。こうして、人の来ない場所に隠れて住んでるのさ」
ほら、あそこに。そう少年が言って指で示した方向には小さい洞穴が見える。誰かが造った物でなく、自然と出来た物だと少年が言う。この峡谷には過去、細いなりの川が存在したらしく、その時にこの洞窟は一つの傍流だったらしい。その先には、もう既に廃された集落跡があるのだそうだ。子供達はそこを住居にして、時偶この洞窟を通り少しだけ遠出をして、人造人間の被害にあった人を探していると言う。16号の無反応も気にせず子供達は無邪気にはしゃいでそう捲し立てた。
「……悪いが、俺は今急ぎでな」
そう言って16号が場を去ろうと背中を向けると、子供達が待ったをかける。不安を孕んだ悲しそうな瞳で、どもり気味に呟く。
「お、おじさん強いんでしょ? 俺達の所に来てよ! お願い、い、一緒に暮らして!」
「そうだよ、そそ、そんなにご馳走もないけれど、一杯お菓子あげるから! 僕、僕の分を、本当は上げたくないけれど上げるからさ!」
16号は困った。急いでる時程問題が起こるのは万物異世界次元の壁を越えてあるらしい。人造人間である16号の超性能AIにも、泣いた子供への対処法は搭載されていない。目覚めて初めて体験する厄介に困惑する。表情には決して出ないが。無口も働いて、気がつけば子供達の殆どが目に涙を溜めて居る。しかし16号の用事は終わっていない。全くどうして、挙句を感じて機械の身体が疲れに反応しているのが理解出来た。
「この北エリアにある深い渓谷を見つけなければならない。お前達に構っている暇はない」
「そんな! って、渓谷? それってこの峡谷を少し行った所じゃないか。なあ?」
「そうそう! 俺達の隠れ家からは正反対だなぁ。でも助けて貰ったし、案内してやるよ!」
「その代わりアタシ達の事、ちゃんと守ってよね!」
「いや、おい……行ってしまった」
行き場所はマップ付きでインプットされている。機械にため息をつかせる子供こそ、世界で一番強いのかもしれない。高性能頭脳が導き出す答えの割にお気楽な考えだったのは、16号の温厚さ故だろう。我先にと小さい足で駆け出す子供達の背中を見る16号の眼差しは、終始緩やかだった。