「おい大輝。何をボヤボヤしている。行くぞ。」
掛けられた赤司の声に反応し、コートへ向かう1人の少年。
誰であろうと立ちふさがる事儘ならず、云わずと知れたキセキの世代のエース・青峰大輝。
「あ...ああ。」
全中の決勝戦で、もう既に前半が終わって折り返しというのに、青峰はどこか遠く思い耽っていた。
帝光中学対明洸中学。つまり、英雄と灰崎のいるチームとの試合。
開始されてからの16分は、終始帝光中の有利であった。
「(もう半分も過ぎちまったのか...)」
青峰の目に映る得点板には、中央に3と表示され、同時に両チームの点差も表示されていた。
帝光中 59-30 明洸中
本来、中学でのルールでは、1つのクォーターに対して8分なので、100点ゲームはし辛いものであった。
しかし、他を圧倒する帝光中に掛かれば、それを容易く可能にしてしまう。事実、本大会の初戦は本気で臨み、198点という数字をたたき出した。
そこから考えると、前半終わって約30点差というのは、大したものだと思う。
だからこそ、青峰にとってこの16分の価値は大きなものであった。
試合が再開されて、前半同様に明洸が独特なDFを展開する。
赤司に対して、4番持田・8番後藤のダブルチーム。緑間には英雄。黄瀬に7番荻原。青峰に灰崎。そして、紫原をノーマーク。
「敦!」
赤司から紫原へのパス。
ダブルチームのプレッシャーをはねのけて、紫原へと渡る。
前半の得点の7割方は紫原の得点である。
そして、帝光中から得点できた理由が直ぐに現れる。
「速攻!」
明洸の3人が走り出す。
明洸得意の三線速攻。
灰崎・英雄・荻原が横並びで走りながら、パス交換。
それに対して、青峰・緑間・赤司で対応するのだが、少々無理な体勢でもシュートを打ってくるので、止め切れない状況が続くのだ。
当然、外す場面も少なくなく、それが点差に繋がっている。
もはや、三線速攻ならぬ、三線特攻。
「英雄!」
荻原からのパスを受けた英雄が、ペイントエリアに突入し、レイアップ。
「させん!」
緑間がブロックに跳んで、コースを塞ぐ。
しかし、途中で動きが変わり、コーナーに向かってパス。走りこんでいた灰崎がこれを受けて3Pを決めた。
「ナイス~。」
「おう!」
大差を付けられても変わらぬ士気の高さを見せる英雄と灰崎が意気揚々とDFに戻っていく。
途中で荻原も合流し、ハイタッチを決めている。
1対1ならばそう簡単にシュートにすら行かせない帝光も、この早い展開では、距離を離されてしまい、シュートに持ち込まれている。
「...ふぅ。どうやら、作戦に変更は無いようだね。」
多大なリスクを背負ってのプレーは、そのリスクの大きさのあまり些細なミスが致命傷になる。
しかし、やられると中々に嫌な物である。博打であろうとも、全てのシュートが入る確立は0ではないのだから。
赤司もあまり良い顔をしない。
「いいじゃねぇか。むしろ、そうでなくちゃな...赤司、パスをよこせ。」
青峰は俯きながら小さく笑った。
「状況次第だ。別にお前の為にやっているのではない。あくまでも勝利の為に最も良い選択をするだけだ。」
紫原という、現状最も得点出来る選択しがある以上、エースといえど青峰にパスをしないという赤司。
「...なんだと。...こっちは、前半だけでも我慢してきたんだぜ?」
今の帝光にチームワークと言うものは無い。
水面下に潜んでいたものが徐々に表面化しだしていた。
「止めるのだよ。そんな事で試合を止めるな。」
そこに緑間が仲裁に入る。
「まずはマークを外してからの話だ。それは、真太郎。お前にも言える。」
「...どういう事なのだよ。」
赤司は緑間のスローインを受けながら、告げる。
「今日、3Pを何本打てたのかい?お前達2人は、灰崎と英雄のマークによって、ほとんどボールにすら触れていない。得点もターンオーバーからのものが全てだ。」
赤司の言葉は事実で、青峰と緑間はタイトなマークに半ば封じ込められており、ドリブルも出来ない状況に持ち込まれていた。
帝光の得点は、2Pがほとんどであり、それが明洸の致命傷に至らなかった理由である。
故に、赤司はノーマークの紫原か、ややマークの甘い黄瀬を選択する事が多くあった。
「それでも出来るというのならば、やってみせろ。」
それは、ダブルチームがそれなりにでも機能しているという事。
かわしながらのパスは精度が下がり、スティールを食らう可能性が上がる。
懸念事項があるのならば、赤司はそれを選ばない。
その言葉は全て正論であるのは、青峰にも分かっている。それでも、引けない気持ちが止まらないのだ。
青峰がパスを貰おうと走るが、マークの灰崎が追従。
今日までに途轍もない練習量を積んできたのが良く分かる。
なんとかパスを貰うところまでは行ったが、背後から肉薄されて前を向けない。
「(これだ!これを待っていたんだ!)」
ドリブル直前を明らかに狙われて、シュートなんて無理がある。
誰かがスクリーンに来てくれるはずもなく、己で打開しなければならない。
こんな不利なポジションに追い込んでくるプレーヤーは一握りだろう。
けれども、それが嬉しかった。
「大輝!時間が無い!敦にパスを!!」
ダブルチームを受けている赤司へのリターンは難しい。
確実なのは紫原へのパス。紫原は既にポジションを取っており、何時でもいける用意をしている。
「(馬鹿言ってんじゃねぇ!)」
それを青峰は拒否。強引に勝負へと向かって行き、灰崎をロールでかわす。
「だらぁ!」
「なっ!?」
しかし、スペースの無い状態ではキレも出ず、灰崎にボールを触れられて弾かれた。
「英雄!」
そのまま拾った灰崎から英雄へのパスが通り、この試合初のターンオーバー。
最前線には荻原、続いて英雄という形。灰崎も直ぐに追う。
明洸得意の三線速攻がコートを広く展開される。
荻原へパスが通って、レイアップを確実に決めた。
「ナイス!シゲ!!」
チームメイトに手痛く褒め称えられている荻原も笑顔で答えていた。
「...大輝。」
「...っち。好きにしろよ。」
今の失点は明らかに青峰起因によるものだ。
赤司は静かに睨みつけ、青峰は仕方なく赤司に従う形を取った。それでもふて腐れている感は否めない。
帝光は前半同様に紫原を中心にボールを集める。ノーマークなのだから、1度渡れば止める術は無い。
「このっ!」
「うわぁ!」
「む!」
明洸のダブルチームがパスコースを消してくるので、黄瀬に変更した。
現状、紫原ほどではないが、黄瀬も得点原として機能している。1対1なら黄瀬が上。
「...あ~ぁ。君さぁ、いつまで俺のマークするんスか?いい加減、灰崎か補照っちに変わんないんスか?」
「...どういう意味だよ。」
荻原に対して、黄瀬のこの物言い。荻原でなくてもカチンとくる。
黄瀬は単純に、青峰や緑間みたいに燃える展開になりたいだけ。荻原と前半何度かやり合ったが、全て黄瀬を止めるに至らず。
格付けはもう済んだのだから何の面白みもないと、独りブーたれていた。
「多少はできるのは分かった。でも!」
ドライブで抜き去り、シュートを放った。
シュート体勢まで行かれると荻原では高さが足りない。呆気なく追加点を取られる。
「それくらいなら、今まで何度も倒してきたっスよ。」
一切目を向けず、興味なさ気に通り過ぎていった。
荻原は全国を見回しても遜色の無い全国クラスである。ただ、今の相手がキセキの世代だったというだけ。
「補照っち!俺のマークして欲しいっスよ!」
大声で英雄を呼び、速攻を食らう前にDFに戻っていく黄瀬。
既に荻原の存在は眼中にない。
「悪い、もう決まってる事だから。でも、一つ忠告。」
「えぇ?何スか?もっと大きな声で言ってもらわないと聞こえないっス。」
DFに戻りきった黄瀬には普通に話しても聞こえない。
それでも、次の言葉は何と無く伝わった。
「ウチのエース、舐めんなよ。」
そのしたり顔、黄瀬を挑発するような目で見つめている。
「みんなぁ!...そろそろ行こうか。」
このタイミングで、明光は馬鹿の一つ覚えの様な三線特攻を止めた。
そして、英雄の声で全員の目の色が変わった。
それぞれが深く深呼吸して、再度集中を高めていくのが、離れてみていても分かる。
ボールが英雄に渡った時、動きの質が別物になる。
「そろそろお前が動くと思っていたのだよ。」
「ご期待に沿えるかどうかは、分かんないな。」
今度は緑間と英雄の1対1。
と思いきや、後藤が緑間にスクリーンを掛けて英雄を自由にする。
「ちぃ!」
「そゆこと。」
緑間のマークを外してミドルシュート。
紫原のブロックすれすれを行き、リングを潜った。
「怖い怖いよ。あっ君のブロック。」
「その棒読み止めてよね。マジでムカつく...。」
両手で肩を抱きながらの英雄は、紫原のツボをちょくちょくつついてくる。
そして、明洸はDFをも変更してきた。
「という訳で、手加減よろしく!」
帝光エース青峰のマークに英雄がついた。緑間のマークはそのまま灰崎が担当し、密着DFを続ける。
今まで灰崎が青峰のマークをしていたのは、灰崎の瞬発力がチーム内で1番だったからだ。
「...てめぇに俺を止められんのか?」
敏捷性という点では、英雄は緑間と同等。
そこまで劣っているわけではないのだが、その少しが大きな差に繋がるのだ。
「1対1なら無理かもね。でも、これ5対5だし。」
「なるほどな。」
青峰は納得した。
2人のマークに晒されている赤司との間に必ず英雄が割って入っており、満足にパスを受けられない。
チームプレーを駆使すれば、やりようがあるだろう。しかし、帝光中はそれがない。
「元帝光だけはあるって事かよ(緑間が3Pを打てない訳だ。)」
「褒めるならもっと大袈裟に頼むよ!」
今大会の試合のデータだけでなく、内部でしか知る由の無い情報をもっている英雄だからこそ出来る手法。
組織的DFにおいては、灰崎よりも英雄の技量が上。
青峰は大きく動いてパスをもらおうとするのだが、英雄によって行きたい所に行かせてもらえず、外へと追いやられていく。
「(だったら)もっと大きく動いて引き離すまでだ。」
速さで振り切ろうと一直線に疾走。これなら数秒だけでも、マークを外せる。
「青峰っち!?」
青くなった黄瀬の顔を近距離で見てしまった。
ポジションがかぶるというミス。ミスと言うよりも、英雄によって誘導された。
「何やってんだ!どけ!黄瀬ぇ!!」
「先にいたのはこっちっスよ!」
互いが邪魔し合い、スペースがなくなってしまった。
サイドライン際にどんどんプレッシャーが掛かっていく2人は、荻原と英雄によってリズムを崩されていく。
「...仕方ない。敦!」
「ん....え?」
紫原の視界には、ボールを遮るような手が伸びてきていた。
今までが完全にノーマークだっただけに、虚を突かれた。
「ナイス!祥吾!!」
スティールした灰崎から、もう走り出している英雄にロングパス。
再び灰崎からのターンオーバーで、帝光ゴールが無防備になっている。
「行かすかよ!」
しかし、青峰が英雄に追いついていて、赤司も迫っている。
「決めるさ!」
ロングパスを受けて、1歩目からのロールターン。審判の死角を突いて青峰を腕で押しのけている。
これでは、スティールするにも懐に入れず届かない。
「てめっ!!」
完全に青峰の前方に立った英雄はそのままシュートに向かう。
「行くな!大輝!!」
背後から呼び止められる声が耳に届いていたが、ブロックに行かずにはいられない。勢いのままに青峰はブロックに跳んだ。
そして、見下ろした先に満面の笑みで待ち構えていた英雄の顔。
「(んだよそれ。その勢い、タイミングで止まれんのかよ)」
英雄は跳ぶ寸前で停止しており、今のがフェイクだとそこで気が付いた。
青峰は既に跳んでしまって、ゴールを防ぐ術がない。
分かっていてもどうにも出来ない状況。英雄がギャロップステップで青峰と接触しながらボールを放った。
『ファウル!白6番!!バスケットカウントワンスロー!!』
そして、良い様にされた上、フリースローまで献上してしまった。
加えて、帝光は屈辱のTOを取らされた。流れを切る為に仕方が無いのだが、体力的に不安がある明洸を喜ばせる事になるとしりつつも。
「なんだこの様は。分かっているのか、大輝。」
「言われたとおりやってんじゃねぇか。」
未だに浮き足立っている青峰に再び赤司が問いただす。
青峰はエースの看板を背負っているのだから、無理も無い。
それでも、青峰の視野は変わらず狭い。今までもそうだが、1人でバスケをやっている。そして、他のメンバーにもそれは言える。
「緑間っち。そろそろマーク変わって欲しいっス。あ、灰崎でもいいっスよ?」
ギスギスしたムードに耐え切れず、黄瀬が緑間に話しかけた。
変わってくれるとは思っていないが、少しでも雰囲気が変わればという思いで。
「ふざけるな。大体、アイツのマークは俺か赤司以外には無理なのだよ。」
「んだと。言ってくれるじゃねぇか...緑間!!」
それが、結果として更に最悪の雰囲気になってしまう。
緑間の発言で青峰のプライドに傷がついた。立ち上がり形相を向ける。
「ふん。DFとは、才能だけで出来るものではない。確固たる経験と練習によって培われるものなのだよ。当たり前の事を言わせるな。」
緑間は続けて話す。その言葉はこの試合での事だけでなく、これまでの行動についてを言っている。
英雄が帝光を去ってからでも、変わらぬ真摯さを持ってバスケをしていた緑間だからこその自負と憤り。
キセキの世代と一緒くたにされる事が正直嫌だった。
「それ...俺にも言ってる?」
紫原が顔を向けずにチラ見で緑間を睨んでいる。
「分かっていないのならば、俺の言い方もまだまだなのだよ。」
「っちょ!緑間っちぃ~。」
青峰だけでなく全体がピリついてきた事に焦り、黄瀬が緑間を宥めにかかる。
黄瀬としても今の発言を飲み込める訳もなく、青筋を立てているが。
「紫原のブロック範囲を見切られているのは、分かっているだろう?」
少し前のプレーを思い出し、紫原は舌打つ。届く届かないのギリギリで決められた事は紫原にとっても腹の立つ事。
紫原の飛び出してくるブロックのエリアの範囲は広い。広いが有限であり、敵味方入り乱れている状態では、エリアに死角が生まれる。
灰崎のポジションを確認しながらだと、より動きは狭まる。
そこで躊躇無く打たれるのが現状、最も厄介なプレーになるのだ。
「そして黄瀬。お前のポジション取りは甘いのだよ。ドリブルやシュートの上達は早かったが、そういった基本的な部分が抜け落ちている。」
黄瀬は青峰に憧れてバスケ部に入った。
青峰の様なプレーがしたいと何度も挑んでいた事は英雄も知っている。
つまり、黄瀬と青峰というスラッシャータイプの2人はある程度プレッシャーを掛ければ、ポジションが被るのだ。
黄瀬が練習に参加していたのは、2年の冬まで。そういった戦術的な考えを得るには時間が少な過ぎた。
「そんなのもっと前に言ってくれたら...。」
「練習した。とでも言うのか?違うな。それでも変わらなかったのだよ。」
はっきりと言い切られ黄瀬は言葉を無くした。
「赤司。俺はお前を否定する気はない。それでも、この苦戦は必然なのだよ。故にアイツのマークが出来るのは、俺だけだ。」
「分かっているさ。苦戦だとしても、帝光の勝利には変わりない。それに、僕も本気を出した訳じゃないさ。」
多少点差を詰められたが、最強たる帝光が揺らぐ事はない。
英雄がフリースローを決めてからの帝光OF。
赤司の切り返しで、マークの2人が尻餅をついた。
「え?」
「悪いが...そろそろ僕も我慢しきれなくてね。」
2人が見上げる中、静かに赤司の3Pが決まる。
「なんだよ、アレ。英雄も知らないのかよ。」
「しらね。気功でも使われたん?」
「ふざけてる場合かよ!」
DFに戻っていく赤司を眺めながら、後藤と持田が英雄に問いかける。
「いや、でも。ここで使ってくるって事は、そうせざるを得ないって事じゃん。良い感じ良い感じ。」
全く解明出来そうに無い技でここからと言う時に3Pを決められた。
流れを再び奪うのには最適なプレーだろう。英雄は、感心と同時にこの状況を楽しんでいた。
「ったく。やるのは俺らだぜ?」
「大丈夫。いけるよ。」
楽観的な英雄にため息もつきたくなる2人だが、恐怖感は既に無い。
良い意味で台無しにしてくれた英雄のどう褒めてよいのかを迷ってしまう。
「これが中学の試合なの!?」
「そんな訳ないでしょ!この試合だけ特別よ。」
キセキの世代が集う中学の最後の大会という事で、客席は満員御礼となっている。
大会の関係者やミーハーな客だけでなく、高校生も多数足を運んでいた。
東京都の高校で今年のIH予選ベスト4の成績で、全国に行けなかった誠凛高校のメンバーもそろっていた。
小金井が高校の試合でも中々見られない高度なプレーの連続に驚き、リコにつっこまれる。
「生で見たのは初めてだけど...。」
「とんでもねぇな。」
伊月と日向もキセキの世代の実力を目の当たりにして、息を呑んでいた。
「つか、来年あいつ等進学してくるんだよね。東京にはくんなよぉ。」
小金井が情けない発言をして、リコに頭を叩かれた。
「いい加減にしなさい!今日は、名目上応援に来てるんだから。義理でも良いから声出して。」
そもそもここに来た理由は、リコが英雄の応援に行くというものから始まっている。
相田トレーニングジムで知り合っており、顔見知りの日向もそれに便乗し、気が付けば全員がそれに参加した。
「その英雄君ってのは、あの10番の子か?」
松葉杖を近くに添えている木吉もまた試合の応援に参加していた。
「そうだ。帝光中に進学して、2年の途中で転校したんだ。帝光と戦う為に。」
「ついでに言わせてもらえれば、1軍にまで昇格してたわ。」
「それ本当か?去年って、俺見たことないんだけど。」
日向とリコの返答で何とか思い出そうとする木吉だが記憶に無い。あれほどのプレーをする人物なら忘れようもないはず。
ベンチだったとしても、顔に覚えが無い。
「なんでも監督と折り合い悪かったとかで、公式記録は無いのよ。それで、『このままじゃ面白くないから』って飛び出しちゃった。」
「飛び出しちゃったって、一体どういう奴なんだ。」
プロチームの移籍じゃあるまいし、簡単に転校を決めてしまうその性格に疑問さえ覚えてしまう。
それでもキセキの世代と同じチームで凌ぎ合い、1軍にまで上り詰めた実力は確かなものだろう。帝光と戦い絶望するにまで敗北した木吉だからこそ、それがどういう意味なのかを知る。
「って、話してたら第3クォーター終わっちゃった!」
ブザーが鳴り、両チームがベンチへと引き上げていく。
帝光中 83-58 明洸中
「残り8分で25点差か...。」
「8分?10分じゃないの?」
「中学は1クォーター8分。高校は10分なんだよ。」
まだバスケを初めて半年弱の小金井に伊月がフォローする。日向は、現状明洸がどれだけ厳しいかを再確認した。
実際厳しいどころか、タイムリミットは過ぎ去っている。
「それでも点差を維持するどころか、少しでも縮めた事は賞賛に値する。それは俺達ですら出来なかった。加えて、キセキの世代は格段に成長しているからな。」
「外へのチェックを徹底して致命傷をさけてはいたが、それでもジリ貧だ。なにか大きな変化が無い限り。」
木吉は明洸達を賞賛し、伊月は何が行われたのかを冷静に分析していた。さも、終わったかのように。
「もう!あんた達うるさい!」
「なんだよカントク。」
「応援しないなら黙ってて!まだ試合は終わってない。」
リコは完全に機嫌を悪くしてしまい、周りを怒鳴り散らした。
そして、明洸ベンチを指差す。
『頑張れ~!英雄~!!』
インターバル中に大きな声が響き、明洸ベンチにも伝わっていた。
「なんだ?英雄の知り合いか?」
「リコ姉...来てたんだ。」
灰崎が問い掛け、英雄が少し呆然としている。
「女子か...彼女か?」
「違うし。」
「じゃああれか、惚れてんのか?」
「あれ?わかっちゃう?」
大差で負けているチームとは思えない雰囲気に包まれていた明洸。静まり返っていたのは、少しでも体力を回復させる為。
「ま、カッコいいとこ見せないとね。」
靴紐を結び直していると、荻原から話しかけられた。
「英雄、灰崎...もういいから。」
「ん?」
「俺達を引き上げる為に合わせてくれてたんだろ。そんなのコンビプレーの時と比べれば分かったさ。」
荻原は英雄と灰崎に負い目があった。
明洸に来た以来、全体のレベルを引き上げる為に、2人は制限をかけたプレーをしてきた。その経験によって2人の成長に繋がりもした。
しかし、それは全力を出せない理由にほかならない。荻原は顔を伏せたまま、言葉を続ける。
「25点差をひっくり返すにはそれしかない。俺達を信じてくれ。」
「シゲ...。」
「お前等を自由にする。」
荻原の言葉に持田も後藤も頷き、それぞれのやるべき事が決まった。
「勘違いすんなよ。」
そこに灰崎が荻原の言葉を否定する。
「別に負担だなんて思った事はねぇ。このユニフォームでこうしてコートに立てている事を感謝してんだぜ。」
普段全く見せない顔で、熱い言葉を送った。
純粋な信頼を寄せてくれる仲間達、灰崎はそれに救われた。感謝は行動で返すそれを実践しているだけ。
「後、自由にさせるのは俺じゃなくてコイツだけだ。安心しろ、コイツは期待を裏切らねぇ。」
「それ、俺が言うことじゃない?」
ハードルがドンドン上がっていくのを感じて、ポンと叩かれた灰崎の手を振り払う。
英雄は、深く深呼吸をして胸を張る。
「でも、ありがたーいご期待を裏切るつもりはないけどね。」
前提として:
中学時代のキセキの世代は、未成熟な体の為、長期間本気が出せないのは公式設定なので、あしからず。