ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章   作:フォレス・ノースウッド

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サブタイの意味は、流れる、流れ出る


STAGE43 - Flow

「よくまあそう落ち着いてられるね?」

「あんたはもう少し棘を引っ込めておこうよ」

「そう言われてもね、こっちは同志さんの棘を抑えんのに苦労されたんだよ」

 

 未来的な清潔感と無機質さが漂う執務室では、デスクに座る一人と、挟む形で立っている二人は、机上の3Dモニターで何者かと通信していた。

 

『こういう時こそ、冷静さを失わず対処するのが君らの信条であろう? 私はその姿勢を心がけているだけだよ』

 

 通信先の男が、ラフなやり取りをした二人に提言をした。

 対する二人と言えば、通信相手が述べた意見には賛同はしている。

 長年のパートナーである〝彼〟が長年の経験の蓄積で辿り付いた持論であるからだ。

 だが正直、今すぐにでも思いっきり焦りに焦り、存分に騒ぎ立てて走り回りって発散し、そうして〝冷静〟になりたいと考えているのも偽らざる心境も持っていた。

 まさか、自分たちの何年も掛けた悲願である計画の完遂に必須な要となる〝少女〟が、名目上ハラオウン親子を筆頭とした民間協力者たちとの合同捜査チームに、正体も掴まれた上で保護されるなんて……口の中が苦い唾で一杯になる。

 当初の予測では、彼らがその少女と接触するのはもう少し後の筈と踏んでいた。それがどれくらい子細なものかと説明すると、あの地方都市に住む魔導師な地球人の少女を、憎き存在の一端な〝やつら〟が襲撃するところから予測は付いていたからだ。

 その襲撃事件を切欠に、PT事件の功績でアースラチームが捜査担当となり、彼らと〝主〟の居所を突き止めようと調査を開始するものの、数回彼らとチームが接触することはあっても、〝主〟の下へは辿りつけない………当初の見た手ではそうだった。

 あの魔導師の少女たちの人柄ゆえ、協力はするだろうがせいぜい戦闘止まりだろうし、素質はあってもまだヒヨコ、手玉に取るのは容易い。

 上手いこと暗躍を進めれば、これから先にある悲劇は形はどうあれ避けられたというのに……あの〝巨人たち〟によって覆されてしまった。

 年長者らしい仏教という地球の宗教の僧侶の姿をした拳法の達人はともかく、〝彼〟の昔からの腐れ縁的な級友でもある〝魔導殺し〟率いる集団は、一見若さと勢いと戦闘だけの連中だと思っていたが、油断していたと言わざるを得ない。

 偶然に助けられたこともあるが、彼らの助力が入った地道で根気のいる捜査と、集めた情報を照らし合わせて起きる閃きによって、〝主〟が地球のどの地域に居て、〝やつら〟がどういう目的であんな所業をまた行っている理由すらも行き着いてしまう始末。

 おまけにこの数日は、思わぬアクシデントというやつが連発し過ぎた。

 彼らはそれすらも前進の糧にしてしまった。

 本当に神でもいるのなら、文句一発言ってやらなきゃ気が済まない。

 

「彼の言う通りだ、今は下手に手を打たない方が良い、むしろ動きを見せれば機とばかり彼らは足元をすくってくる、それに彼らも真実を知った今となっては、打つ手なく静観する他ない」

『私もそれに賛成だ、〝主〟が彼らの傍から離れた分、結果として騎士たちも存分に蒐集を行えるではないか、戦力と準備期間の長さのお陰で、まだ私たちの方が有利だ』

 

 ある目的の為、独自に集まった非正規班の長と右腕からの言葉によって、頭はどうにか冷ややかとなる。

 阻まれてたまるか。

 ■■■たちの為にも、私たちの悲願は、絶対達成させなければならないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らもまだ知らない―――ある存在にとっては、この者たちも都合のいい駒であり、道化であるということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身の在り方を180度一変させるに等しい……激動の数時間を体験した魔源種の妖狐―――久遠。

 彼女はようやく、八神家宅の玄関前に辿りついていた。扉の前まで寄った久遠は、ほっそりと綺麗な指が生えた右手をドアノブに接触させる。

 すると、手からドアに、魔力の波が一瞬流れ、鍵のロックが解除された。

 この家の扉は、魔法で特殊なセキュリティ構造となっており、予め登録された〝魔力の波長〟を送ることで鍵の開け閉めができる仕組みとなっている。

 指紋認証に近い防犯システム、と言えよう。

 久遠が扉を開けると――

 

「久遠ちゃん、おかえり」

 

――シャマルが待っていた。

 

「ただいま………すまない、はやてを護らなきゃならないのに、こんな様だ」

「気負わないで、元はといえば〝私たち〟が撒いた種だから」

 

 久遠は、自分がついていながら今日起きてしまった事態のことで頭を下げ、シャマルもまた彼女に謝意を表した。

 その事態こそ、はやての突然の家出。

 実を言うなら、彼女が今日どうしてそんなことをしたのか、二人ともおおよそ見当は付いていた。

 お互い〝理由〟を悟っていることも、今の遣り取りで察し、気を遣ってそれを表に出すのはよそうと同時に判断し、敢えて口にしないでいる。

 

「今、石田殿のところにおられるのだな?」

「ええ、先生にも、なんで家出しちゃったは、明かしてくれなかったそうだけどね……」

 

 ちくりと、久遠の胸が痛んだ。

 自分は今彼女たちに隠し事をし……嘘を付いている。

 はやてが本当は、今どこにいるのかを……本当は、騎士たちにとって彼女が魔導書の主であると、一番知られたくない者たちのところにいるということを。

 本当は、はやての為にの……いや……この家の屋根の下で暮らす者たち全員の為にも、闇に染められてしまった〝夜天の真実〟を、話したかった。

 だが今は、感情に身を任せて、それを伝えるわけにはいかない。

 長い時を生きてようやく得られたものと、それを齎してくれた者たちを救いたいと、守りたいと思うあまり頑なになってしまった彼らに真実を見せては……むしろ彼らが回避したものよりもさらに大きな非劇の引き金を引いてしまう。

 その想いを無下にせず、穏便にことを収める方法が見つかるまでは、秘めておくしかないのだ。

 たとえ引き換えにどれだけ良心が傷つけられても、今は耐えるしかない。

 ウルトラマンゼロたちが、光明を見いだせるよう願い、自分も助力しながら彼らに託すしかないのだ。

 しっかりしろ……仮にも自分は蒐集の耐えがたい痛みに耐えた身ではないか、これくらいの心痛、耐えてみせろ。

 

「他のみなは、如何してる?」

 

 と言い聞かせながら彼女が家族の近況を聞く。

 シャマルによれば、その日の夕食ははやてが家に居ない為、仕方なく昔より味のクオリティは上がっているが舌が肥え過ぎている八神家の面々には少々物足りないコンビニ弁当で済ませたという。

 石田医師からはやてをしばし預かると連絡が来てからは、シグナムとザフィーラは蒐集の為に出かけ、ヴィータも明朝から出るので休息をとるべくもう既に床に着き。

 そして紅蓮ことグレンファイヤーといえば。

 

「よ、帰ってたのか、お疲れさん」

 

 丁度彼は洗面所から出てきた。

 風呂上がりなようで、橙色の髪は濡れ気味で首にタオルを掛けている。

 

「ぐ…紅蓮」

 

 恐らく……今日の出来事に一番心に重く響かせているのは紅蓮だ。

 久遠より、ヴォルケンリッターより、ずっと前からはやてとずっと一緒にいて、この家で暮らしてきたのだから。

 

「だぁ~~~たくよそんなしけた面しなくてもいいって、もうそれ顔に出すの禁止! こんな空気家に溜めてちゃはやてがまた落ちこんじまうだろ? 毎日俺たちみてえな濃ゆ~~いメンツを衣食住養わなきゃってガンバッてりゃ、あいつも偶には休みたくなるって」

 

 その紅蓮の態度は一見すればいつも軽口叩いては周りを和ませ、心身を暖かくさせるムードメーカーな口振りではあるのだが、間近で見る二人の目は、普段ならごく自然にできる軽妙なトークを、今の彼は無理やり自分の心を鞭打って無理強いして行っているのだと、はっきり捉えてしまった。

 

「明日は学校ではええからよ、俺も先に寝かせてもらうわ、おやすみさん」

「「おやすみ……」」

「オ~レのソ~ウルは~~真っ赤なファイヤー~~~♪」

 

 普段なら機嫌が良い時によくやる即興で作った自分のテーマ曲を口ずさみながら、自室がある二階に繋がるくの字状の階段を上がっていく紅蓮は中段まで登ったところで、一旦そこで立ち止まり、歌うのも止めてしまう。

 数秒ほど一階から見上げる彼女たちに後ろ姿をを見せた彼は、再び踏み出して登っていった。

 そんな彼の背中を見ていた一人の久遠の耳に、壁との接触による衣擦れ音が侵入する。彼女は、音を起こした壁にもたれかかるシャマルに視線を移した。

 

「シャマル?」

 

 紅蓮の後ろ姿も何とも言い難い重さがあったが、風の癒し手の沈痛たる顔も、彼のものと匹敵する悲愴さが滲み出ていた。

 目元周辺に掛かった暗さは、この廊下の照明と影のコントラストによるのもある………のだが、その闇が表出しているのはそれだけでないのも確か。

 

「さっき……石田先生から電話があった時なんだけどね……」

 

 数刻前、例の連絡があった時、久遠以外の面々は全員家にいた。

 はやての魔力によって現界しているヴォルケンリッターに、何の体の異常が現れていない以上、主である彼女も無事であるとは分かっていたものの、〝石田先生の許にいる〟と聞かされた後もなお、当時のリビングルームには暗雲の空気が立ちこめていたらしい。

 やはり………薄々ながらはやてが家出を起こした理由を、全員悟っていたからだろう。

 いつもは饒舌で、何かしら軽妙な声を出して紅蓮さえ、その時はダンマリとしていたという。

 

〝こんな空気家に溜めこんでたんじゃ、帰ってきたはやてがまた落ちこんじまって、もうそんな暗いの出すのは禁止だ、それに今はやては家にいないんだから、その間にちゃちゃっと終わらせてさ、早いとこはやてを助けようぜ、仮面被った悪徳セールスマンには気をつけてな〟

 

 代わりに、暗澹が占める沈黙をどうにかしようとしたのは、ヴィータであったそうだ。

 先程の紅蓮の発言と似通っているのは、彼がヴィータの発言を少なからず意識していることと、性格面で両者がとても似ていることによるもの、と言える。

 

〝あたしも明日出るからさ、先に寝かせてもらうわ〟

 

 と言って、背中を向け、廊下に連なるドアを開けてリビングを出ようとした際、その時彼女は一度立ち止まり。

 

〝なあ……助かるよな………助けられるよな………はやて〟

 

 さっきの発言とは正反対のトーンで、今の言葉を発し。

 

〝わりい……変なこと言って、お休み〟

 

 直後、背を向けたまま無理やり声音を明るくさせて弁明し、はやてと共同で使っている寝床もある部屋へと行った……という。

 

「今の紅蓮君の背中、あの時のヴィータちゃんと……そっくりだったの」

 

 その時の模様を反芻して久遠に伝えるシャマルの顔の影は、さらに黒くなったと感じさせられた。

 

「こうするしかないんだって………書の守護者である私たちが、一番よくしっている筈なのに……」

 

 この発言に至っては、久遠に述べたというよりも、迷える自分に言い聞かすものであると分かる。

 

「気がちょっと参ってるみたいだから、私も寝るね」

「ああ、お休み」

「お休み……テーブルに久遠ちゃんの弁当あるから、お腹空いてたらそれを食べてね」

「ありがとう……」

 

 シャマルもまた、自室のある二階へと登っていった。

 

 

 

 

 キッチンルームに入ると、シャマルの言った通りテーブルにコンビニ弁当が置かれていた。

 最近、そのコンビニのCMで紹介されているハンバーグ付きのドリア。

 久遠はそれを電子レンジで温めて、スプーンで具を掬い、口の中へと入れる。

 

「物足りないな…………やはり」

 

 確かに宣伝の謳い文句に偽り無しな味ではあった。

 けれど、思わず漏れてしまった通り、〝あの子〟が毎日作ってくれた料理に比べれば、どうしても物足りなさを否めることができなかった。

 

 

 

 

 

 激変の連鎖が起きた日曜が終わり、時は月曜の午前4時22分。

 朝と言いたいが、日照時間が短い冬真っただ中なので、空を見る限りはまだ夜中そのものだ。

 夜空に立ちこめる星の下、昨日は勇夜たちとはやてが邂逅し、何かと劇的な場面の舞台となっている気がしなくもない海鳴臨海公園では、ジャージを着込んで早朝ランニングをやっている最中の少年二人がいた。

 

「ちょっといいか?」

 

 180近くある長身とポニーテールな長髪で見た目は大人びている方が走行を一旦止める。

 

「何だ勇夜?」

 

 対して150センチ代で、まだ幼さ特有の中性さが残っているが物腰は実年齢より上乗せされている方が問うてくる。

 

「つーか、何で俺、お前と一緒に走ってんだろうって……」

「今ここでそれを言うのか?」

「今さらだとは俺も思ってるよ、まっクロノ」

「また君はそんな呼び方で」

「だったらせめてジャージくらい黒以外のやつにしろよ、顔と手以外真っ黒クロスケだぜ」

「それは……確かに否定はできないな」

 

 大きい方――諸星勇夜と、小さい方――クロノ・ハラオウンのどこか漫才じみているちょっとした談笑混じりのやり取り、というやつである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何でこんなことになっているのか説明しておくと。

 11年前の次元振でミッドチルダに迷い込んでからというものの、勇夜――ゼロは特定の場所に長期間滞在する際はこうして毎朝走るようになっていった。

 当初は無理をしすぎないよう配慮しながら、体を鳴らして少しづつ肉体幼児化によって一時失われたウルトラマンとしての力を取り戻す為であったが、今は半ば彼の日常の中に常習化されて組み込まれている。

 それに強いて他の理由を上げるなら、走るのが心地よかったのだ。

 リズムよく両足で大地を蹴り、一瞬だけ肉体を宙に浮かせて、風に触れながら進むのは、空を飛ぶのとはまた違った楽しみ方がある。

 太陽の光の恩恵を受け過ぎて、寒さに弱いウルトラ一族特有の体質もあるというのに、日本の朝の寒気と走ることで火照る自分の体がぶつかり合う感触すら、今の彼には快感となっていた。

 勇夜は今日も、いつも通り自分が設定したコースでまだ日が射さない朝の海鳴を走るつもりだったのだが。

 

〝僕も一緒に付き合ってもいいか〟

 

 と、クロノが併走を希望してきたのである。

 希望された当初は特に気を止めず二つ返事で了承した勇夜であったが、走りながら冷静に考えている内に、なぜこの〝鉄頭〟がそう言ってきたのか気になって仕方なくなってしまい、先述の会話へと至ったのだ。

 

「で? どういう風の吹きまわしなんだ?」

 

 一旦休息に入り、二人は海と陸の狭間なフェンスに腕を掛け、勇夜は改めて質問をする。

 

「打ち明けるとだな、言いたいことが言える環境が欲しかったんだ」

 

 今のクロノの言い分から見るに、こうして共にジョギングしているのは、あくまでその〝言いたいこと〟を口に出やすくする為のお膳立て……みたいだ。

 

「じゃ〝言いたいこと〟ってのは?」

「何と言うべきか………」

 

 最近若干声変りの兆候は出てきたものの、まだまだ幼い声に反して、淡々とだがはっきりとした口調で話すクロノ、それが今はどう言葉して表現すればいいのか分からないようで、少しぎこちない。

 

「ざっくり言うと、申し訳ない……って」

 

 たどたどしさの尾を引きながらも、クロノはどうにか言葉という形にしていく。

 

「〝この次元に生きる人々と日常を守る〟、そのつもりで局員として従事してきたけど、不可侵と線引きした地球を二度も僕たちの世界の危機を巻き込んで、君たちの力を借りてもらってばかりなことに」

 

 目線を下向きにして話す彼に対して、勇夜は暫く黙秘で返すしかなかった。

 実直で生真面目で、公人を地で行き、ポーカーフェイスにしてても感情が顔に出てしまうのが偶に傷なとこでもあり人間味とも言える一面があるけど、自身のプライベートは内に秘めようとするタイプな彼が、不器用さ全開でそんなことを口にするなんて……調子狂う。

それを言うなら自分だって、異邦人な分際で首突っ込んでる身だ……公務員はなまじ結果を残してるとこ含めて良い気しない方が普通。

 クロノもそれが分かってるから、わざわざここで切り出したのは分かった。

 

「だんまりを決め込まないでくれ……いつもみたいにからかってくれた方がまだ良いと思えてくる」

「わりいな……ちょっと頭フリーズしやがってさ」

「だからこういう場でなければ言えないことだと言ったんだ…」

 

 彼からはこう言うまでに至る経緯があるのだろうが、勇夜からはほぼ突然の台詞であったので、いつも以上に物言いが不器用と化していた。

容姿も性格も、一見正反対な両者……しかし根っこの善良さを、表向きの物腰で隠してしまう点では、ある意味この二人は同類な不器用者だ。

 

「じゃあ俺も、こういう場でしかきけないこと聞いていいか?」

「…………僕の心の中にある、君の仲間の家族への心情………だな」

 

 物の見事にこちらが言おうとした内容を当てられてしまった。

 

「堅物さんにしちゃ頭柔らけえじゃんか」

「これでも執務官になれるだけの頭は持ってる」

「でも一回落ちただろ?」

「それぐらい難関なんだ、それに一昨日の件は、ともすれば僕以上に君が気にしてるとは予想がついていた」

 

 ここ数日の流れを顧みれば、言い当てられないことはないけど、何か若干悔しくもあるので、こればかりはとついジョークな返球してしまったが、さらに投げ返されてしまった。

 図星だ……確かに自分は気にしていたし、悔いがあった。

 クロノの魔導書との因縁による、あいつの中にある闇の存在に薄々気づいていたのに、何のフォローもしてやれなかったことに。

 はやてたちに関しては、もう吹っ切れていたけど、クロノのことだけはまだ心残りのしこりは……正直、未だ残っている。

 

〝なんせ『人間は誰でも猛獣であり猛獣使い』ともいうくらいだからな〟

 

 行きつけの酒屋のマスターで情報屋でデバイス鍛冶でもあるスティーブン・セガール似なおっさん、ベイカー・オールディスから、偶然とは言え……忠告とヒントをもらっていたというのに………生かせなかった自分が情けないとさえ勘繰ってしまう。

 

「完全とは言い難いが、ある程度のけじめは付けられていると思う、君の〝師匠〟のお陰で」

「え?」

「母さんからの指示で、ユーノたちのサポートをしていた時にな」

 

 師匠――おおとりゲンが今の話題に出されて戸惑う勇夜をよそに、クロノは昨日にあった出来事を話し始め出した。

 

 

 

 

 

 時は昨日の午後の時間帯へ。

 その頃の無限書庫では、今日もユーノとナオトを中心に、〝夜天の書〟に関する情報が記録された史料探索が行われ―――。

 

「この写真……」

「これで闇の書と夜天の魔導書が同一の可能性は強まったな、記載された写真のと本局のデータベースにあったCG画像の形状が一致している」

 

 ――丁度、核心に切り込める材料が集まり出した時。

 

「すまない、私とクロノ君は少しばかり休憩をとるが、君たちはどうする?」

「もう少し探索を続けてます」

「そうか、では私たちが戻ってきたら交代しよう」

「どうも」

 

 その日共に探索に当たっていたゲンは、クロノを連れて休みをとろうとした。

 

「あの………ゲンさん」

「いいから着いてきなさい」

 

 追記として、その直後のナオトたちの会話も記述しておく。

 

「……………」

「心配か? 彼のことが」

 

 書庫の出入り口へと飛んで行く二人を見上げるユーノに、視線の意味を投げ掛けるナオト。

 

「確かに…心配です、いつもはからかわれてはついカッとなってしまいますけど…………」

「対等に付き合えるご友人、か?」

「はい、あなたとグレンファイヤーのような間柄です」

 

 自分たちを喩えに使われて、特に否定しない当たりナオトは満更でもないようだ。

 本人から〝焼き鳥〟と呼ばれたら、やっぱり〝無礼者!〟と返してしまうだろうけど。

 

「……昨日蒐集されて倒れているところを見つけた……その時の泣き顔が頭から離れてくれなくて、マルチタスクがなかったら探索に集中できなかったかもしれません」

「あの若さで高い役職に就かれているから、人となりはしっかりしていよう、それでも心に巣食う存在は、簡単には消えてくれない……彼も例外ではないさ」

「それは……分かりますけど……」

「だが心配ない、その昔谷底に墜ちかけた〝私たち〟のリーダーを、〝ウルトラマン〟として蘇らせたお方もいるのだぞ、なのはたちのように、彼も乗り越えられると信じよう」

「………はい」

 

 微笑みながらそう言ったナオトに、ユーノもまた微笑して頷き返すのであった。

 

 

 

 

 

「何がいい?」

「コーヒーを、無糖でお願いします」

 

 目的の本一冊探し出すのに苦労する無限書庫では、訪問者たちをサポートする施設も設けられていた。

 クロノとゲンがいるのは、休憩用の談話室。

 清潔感ある白味の壁、部屋の中央には、テーブル、それに挟まれる形でソファーが設置され、壁際には自動販売機やテレビまで備えられている。

 その販売機から購入したブラックな缶コーヒーを、ゲンから受け取るクロノ。

 

「普通に緑茶が売られているとは思わなかったな」

「ミッドには、その昔地球からの移住してきた地球人が少なからずいましたから、地球生まれの飲食物も結構お目にかかれます」

 

 今の会話の通り、ゲンが買ったのは緑茶。ちなみに商品名は、ミッドのアルファベット文字で、『GOEMON』と表示されていた。

 クロノは缶の蓋を開け、中のコーヒーを口にする。

 なし崩し的にゲンに連れて行かれて、休息をとってはいるが、まだそれほど疲労が出るまでに魔力を消費していないのが実状。

 蒐集された影響で、リンカーコアのサイズは縮小しているが、伊達に魔導のスキルを磨き抜いていないので、ユーノたちのように何十冊の域に行かずとも、検索魔法と速読魔法で3、4冊は一度に読める。

 まだまだ史料集めをする余力はあり、あの時点では休む必要なんてなく、遠慮する意志を彼に示すことはできた。

 なのに、なぜだかクロノは、ゲンに導かれるまま今こうして彼と骨休みをしている。

 

「あの……わざわざ場所を移したってことは、僕に何か話があるのですか?」

「そうなるな、どうだろう? 何なのか当ててみなさい」

「昨日の……一件ですか?」

「正解だ」

 

 やはりそういうことか、とクロノは思った。

 昨夜のあの行為は、〝局員として次元犯罪と戦う〟と心に決めていた自分にとって、自身に対する手痛い裏切り行為であり、最も恥ずべき愚行であった。

 

「ご心配なく、もうあのような失態は二度と起こしません、これでも執務官ですから」

「私が聞いているのは、公人〝ハラオウン執務官〟としての君ではない、歳相応な、一個人としての〝クロノ・ハラオウン〟だ」

 

 ゲンの今の言葉の通り、〝公人〟として……と付け加えられるが、だ。

 修行の場での彼に比べれば、今のゲンの獅子の如き眼力は幾分控えめ。

 それでも彼のその眼差しは、厳然であり、同時に真摯さを感じさせる気も瞳から漂っている。

 

「君が置かれている環境では、そう率直にプライベートな自分を打ち明けられないのも分かる、黙秘を返答にしても構わない」

 

 現在のクロノが身を置く環境は、特殊かつややこしいものである。

 比喩表現で彼の境地を表すなら、子役時代からキャリアを重ね、演技力も高く評価されている10代の若手で、尚且つ両親は二人とも名役者な二世俳優――と言える。

 これで彼の身の上の複雑さは、漠然とながら理解できた筈だ。

 

「だが生憎と私は管理局に従事する身ではないし、身近な肉親でもない、せいぜい君の友人の身内だ、私の口からは絶対に他の者に口外しないと約束しよう」

 

 私人としてのクロノの意志を尊重、誰にも話さず秘密を貫く点を強調し、ゲンは静かに語りかける。

今の彼の様は、厳かさの中に静穏なる気色を帯びた独特の佇まいを見せていた。

 対してクロノは、顔を下に向けたまま黙した姿勢。

 やはり迷いがあるのだろう……その静かさの内に、公人としての自分と私人としての己がゲンの申し出にどう応えるべきか口論している様子がありありと捉えられた。

 実際の時間は数十秒、が体感では数十分のものの時間が刻まれた時、俯いていたクロノは顔を上げてゲンと目を合わせた。

 そして………また顔を下げたと同時。

 

「正直に言いますと、〝真実〟を知った今でも………父を殺した彼らを、許せない自分がいます」

 

 独白めいた調子で、クロノの内なる思いが言葉として語られていく。

 

「〝あの日〟僕は、学校が終わると直ぐに真っ先に家に帰りました、自分が言うのも何ですが真面目な身なのでいつも寄り道せず帰宅はいていたのですけど……その日は父と復職したばかりの母が、任務を終えて帰ってくる予定だったんです、母が作り置きしていた料理を食べた後、ひたすら僕は部屋のリビングで待ってました、最初はテレビを見てたのですが飽きて、でもじっとしてるのも億劫になって、買ってもらったけどまだ読んでなかった本でも読むことにしました、シャーロック・ホームズの長編で、ホームズとワトソンの最初の事件を描いた『緋色の研究』です、二人が馬車で事件現場に向かうところまで読み進めた時、電話が鳴りました、父か母だと思って、受話器を取ったら……」

 

 相手は聞き知れぬ管理局員で、彼から告げられたのは、父が殉職した悲報。

 年単位で育児休暇をとっていたリンディと違い、父クライドは、提督の職ゆえ多忙で、家にいない日の方が多かった。

 それでも多いと言えない休みの日は、一緒に遊んだり外出する約束を、必ず果たしてくれたという。

 あの日のあの瞬間までは、いつものように帰って来て、玄関で出迎えれくれた幼いクロノを抱き締めてくれる―――という光景が来ると彼は信じていた。

 しかし、実際に待ち受けていたのは無慈悲な悲報だった。

 小さかった当時のクロノからは、連絡してくれた局員の言い様が、酷く淡々で無機質な感じに聴こえた…とのこと。

 

「その日の記憶は、そこでばったり途切れてて、あの後僕が何をしてたのか……全く覚えていません」

 

 最初は、比較的平静な口振りであった。

 それが、〝父の死〟を知らされた日の話しを一通り終えた頃には、無理に自分の心境を御しようとしても、小さくない波紋を前に限界が迫りつつあった。

 何度も鼻はすすられ、息も乱れ始めていく。

 

「理解自体はしてるんです……彼らが何百年体験してきた地獄に比べれば、今話した僕の経験なんて、たわいないものですよ」

 

 理解はできている…できてはいるのだ。

人の好奇心と探求心によって生まれた〝夜天の書〟が、〝闇の書〟と呼ばれるまでに人の負の欲望で変容させられて、災いの種を生み出したは自分たち人間の方だと言うのに、それを棚に上げて……畏怖と侮蔑の目を向け、化け物扱いし、闇の底へと落とし込み、延々と地獄のループな悪道を、あの魔導生命体たちは歩ませ続けられてきたのだから。

 果てがなさそうな輪廻の中で、出会った新たに選ばれし主と、その人親しい間柄なグレンファイヤーと久遠という魔源種の少女との出会いと、過ごしてきた筈の日々は……義務を逸脱して彼らの〝守るべきもの〟となり。

 もし例の自動防衛システムによって蒐集を拒否した主が命の危機に瀕しているとすれば、是が非でも救おうと決心した筈だ。

 クロノの理性的な面は、彼らに課せられた宿命のことを踏まえれば、また己の手を血で汚す悲哀なる決断を下すのも無理ないと、思案していた。

 それが分かるから……納得できてしまうから……余計に〝納得できない〟。

 

「でも………〝家族を救う〟為に蒐集を行っている可能性を聞いて、それがほぼ事実だと確定された時、実を言うと………腹正しかった………僕たちは、あの不条理な運命に……戦うことも、抵抗すらできずに………一方的にある日突然奪われたんです、あの人たちは全てが終わった後、被害者たちと〝家族〟にどう詫びるつもりなのですか? 〝主を助けるしかなかった、他に方法がなく仕方なかった、それを分かってほしい、人は殺してないのだから目を覆ってほしい〟とでも言う気なのですか?………………もしそうなら……虫がぁ……よ過ぎますよ!」

 

 平時の歳相応より幼くて、あどけない容姿に反した冷静さと公人という仮面ははぎ取られ、気がつけばクロノは、七年間無意識に溜めこんでいたものを洗いざらい涙と共に流し出していた。

 

〝こんな筈じゃなかった人生〟

 

 様々な要因な重ねっての非劇とは言え、多くの人を犠牲にし、残された者にこの人生のレールを歩ませて、苦しませておいて、いざ自分たちがそんな立場になったら、また新たに人々にそのレールへと強引に誘おうとする。

 彼の理知的な〝自分〟を以てしても、止め切れない大波。

 今日の朝の出来事が、その波をより強くする。

 母だって……愛する人の喪失をずっと引きずって生きていた。

 母が〝母の顔〟をさらけ出して、蒐集された自分を抱き締めて、まだ息子が生きているのだとこの手で確かめていたのが何よりの証拠だ。

 

「こんな筈じゃなかったからって………今さらどの面下げて〝家族〟ですか!それが彼らの忠義なのですか!? 騎士の誇りとでも言うですか!? どう納得しろと言うんです!」

 

 クロノもまた、その幼さに似合わない賢さと、その気質ゆえに我儘は言えない、耐えなければならないといった、強迫観念を持っていると言えた。

 事実、クロノは父を失って以降、感情を発露することを余りしなかった。

 彼の魔導師の事実であるリーゼ姉妹も、ポーカーフェイス以外の表情を見る機会はそれほどあるわけではなく、学校でもクラスメイトや同級生からは『無表情』『根暗』といった印象を与えていた。

 片や小学校以来、片や士官学校以来の腐れ縁な勇夜とエイミィの影響で、多少は明るくなり、時に真顔で被害者兼ツッコミ役は主にユーノな、計算されたボケを披露するようにもなってはいたが、職業柄、同世代の友人ができにくく、年上の部下な大人たちに囲まれるある種の歪な環境は、周りに壁を敷かせるには充分過ぎた。

 結果、彼はまた耐えしのぶ選択肢をとってしまったわけである。

 そうして当人すら気づかぬ内に、復讐心という淀みが蓄積されていったのだ。

 以前プレシアに言った――

 

『世界はいつも、〝こんな筈じゃない〟ことばかりだよ!』

 

 ―――という言辞は、彼なりの世界への訴求の表現とも言えた。

 彼も一介の人間な少年である、あの呪われし魔導書たちのへの憎悪の発露は、時間の問題であった。

 あれぐらいで済んだのは幸い……下手すれば、なぶり殺しをする気さえ、起こしていたかもしれない。

 彼に限ってそんなこと…だなんて理屈は通じない、人が感情を持つ限り、誰もが内に積まれてきた火薬に点火させ爆発させる可能性を秘めているのだからだ。

 こういう形で思いっきり泣き、発露できたクロノはまだ良い方なのである。

 そんな一人の子なクロノに、今まで聞き手に徹していたゲンが、そっと頭に手を置く。

 固く、貫禄と重みが積み重ねられていながら、体の芯から伝わってくる彼の手の温もりをまざまざと感じながら、クロノはもう暫く、当時は流せずにいた〝七年前の喪失〟の涙を流し続けるのだった。

 

 

 

 

 

 その〝七年越しの涙〟の話を聞いていた勇夜は、クロノからは自身の顔を見られない様、彼の立ち位置と正反対の方向を向いていた。

 

「ばかやろ…………師匠が秘密にするって言ったんだから、秘密にしとけよ………聞いてるこっちが恥ずかしくなるじゃねえか」

 

 人並み以上に涙脆い体質とのこともあり、彼の瞳は潤って、今にも流れそうなところを必死にそうはさせまいと、抑制させていた為である。

 

「何度も言ってるだろう? こういう場でもないと言えなかった………って、君にも打ち明けたわけは、君も口が固いからと………僕の痛みで、君にこれ以上負担を負わせたくなかったんだ………エイミィから聞いたぞ、一昨日のこと」

「ぐ………あのおしゃべりめ」

 

 エイミィがあの夜の自分のことをクロノに話していた事実に、勇夜は苦笑する。

 

「いつもの彼女ならからかう気満々だったろうけど、多分エイミィも君の重荷を和らげたかったんだと思う、根っこはとてもお人好しだからな、君って」

「うるせえ…」

 

 さらについ、いつも以上にツンケンどんな態度で強がってしまった。

 今のクロノの発言も、実を言うと図星。

 良くも悪くも、個人差あれどドが付く〝お人好し〟な種族なウルトラ一族。

 地球人の血も引いているとはいえ、勇夜――ゼロもまたそんな一人なウルトラマンで、感受が強い少年である。

 さっきのクロノの話も、彼の頭の中ではゲンに本音を打ち明ける姿が具体的に浮かび、涙性は刺激され、彼の心にささやかな救いを齎してくれた師のゲン――レオに大使、感謝と一緒に申し訳ない気持ちも抱いている。

 

 だって………あの人は、地球が第二の故郷になるまでの間、あんな風に……誰かに涙を流して、気持ちを受け止めてもらう暇すらなく戦い続けるしかなかったんだ。

 

 それでも、自分以外の人の悲しみを受け止められる………自分の師の偉大さを、まざまざと勇夜は感じている。

 何はともあれ……一応、ここ数日の出来事胸の奥でしこりになっていたものは、ミクロ並に小さくなっていた。

 これで心おきなく、夜天の書の〝悲しみの連鎖〟を断ち切るべく、力を尽くせそうだ。

 せっかくだから、この機会にクロノにも伝えておこう。

 

「俺からも、もう一つ今のうちにここで言っとく」

「何をだ?」

「まだ推測でしかねえんだが、例の連中の首謀者のことさ、今日報告書に纏めて出すつもりだったんだけど」

「教えてくれないか?……それが、誰なのかを」

「結構ここに来るぜ」

 

 勇夜は前置きに、胸を指差し、覚悟が求められるとその仕草でクロノに伝え、彼も視線で了承の旨を返した。

 

「行くぞ」

 

 勇夜は人差しと中指を立てて側頭部に触れ、サイコトランスミットで、〝自身のまだ確定してない推理〟の内容を、クロノの脳に送りこんだ。

 情報の並が物理的な圧力となり、彼の脳内に押し寄せ、一瞬頭を揺らされる。

 その次の瞬間には、送られた情報を知覚していた。

 

「もっと、驚くかと思ったぜ」

「いや……驚いてはいるんだが、驚き過ぎて顔に出る余裕もなかったというか………不思議とその可能性もあり得なくないと納得できてしまってるというか……それに―――」

「ああ、趣味の悪い―――」

 

 二人の足下に魔法陣が形成され。

 勇夜は、魔力の短刃――《フォトンダガ―》を生成して手に持ち。

 クロノは、指鉄砲にした人差し指に魔力を集め。

 

「覗き魔もいるしな!」

「スティンガーレイ!」

 

 両者は同時に、木々に覆われる影の向こうに、攻撃を放った。

 

つづく。


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