ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章   作:フォレス・ノースウッド

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今回のサブタイですが、日本語で『かすかな希望』と言う意味です。

今回もドラマCDの話が元。

ですが原作よりも先んじてフェイトたちとアインスの対面を描くと言う………なんて展開、今のところ自分の書いたのしか見たことない(なのはが夜天の主に選ばれたIF等々は読んだことはございますが)


STAGE42 – Faint hope

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーー!!!」

 

戦場に轟く少女の悲鳴。

 

「見るなぁぁぁぁ!!」

 

 満身創痍な兵に手を掛けようとする〝過去の家族〟に手を伸ばし、今にも泣きそうな、悲愴さに染められた叫びを上げるはやてを、城壁から飛び降りてきたゼロは彼女の目を遮る形で抱きしめた。

 腕力を御しながら、振り下ろされた鉄槌が引き起こす生々しい音が鳴るのを覚悟して、ゼロは身構える。

 しかし、耳に入ってきたのは、衝撃で人体が潰される音では無く、金属質な何かがハンマーの動きを無理やり止めた衝突音だった。

 まさかと思い……音の正体を確かめるべく、ゼロはそのままの体勢で首を後ろへ振り向かせる。

 

「シグナムぅ……何すんだよ!?」

 

 ヴィータが苛立ちを隠そうともせず仲間の行為に問い質す。

 彼の予想通り、グラーフアイゼンの打撃を阻んだのは、シグナムのレヴァンティンの峰。激突の音の具合から阻害したのは得物、サポート役のシャマルと徒手空拳のザフィーラにはハンマーと打ち合える金属製の武器はない、とすれば消去法でシグナムだと行き着いたのだ。

 

「熱くなるなといつも言っているだろう、対象を蒐集前に殺してどうする?」

「ちっ!」

 

 リーダーからの忠言を、忌々しく舌打ちで返すヴィータ。

 

「うぜえんだよこいつら!」

「魔力の浪費は避けるべきだ、休息をとれる余裕は、我らには無いのだぞ」

「うぜえんだって言ってんだろ!」

「いいから、早く蒐集を終えて帰りましょう、主様の下へ」

「へっ……あ・る・じ様ね……」

 

 己の心にささくれを起こす者には、敵には容赦無く、味方であっても棘のあり過ぎる態度で応じる、まるで猟犬のような獰猛さ。

 当時の彼女を見ていたゼロには他人のような気がしなかった。

 前々からどこか自分と彼女は似ているところがあると思っていたが、一時期の心の荒み様は完全に鏡写しだ。

 そんな自分を見ていると錯覚させる彼女が、どうしてここまで苛立ち、怒りを撒き散らしているのかは、当人でも分かっていないだろう。

 いずれにしても、地獄を生み出した本人たちは、この時の主人の理不尽な命によって……侵攻を行ったのだと、戦闘と会話の一部始終だけで把握できた。

 

「はやて……」

 

 そして……腕の中にいる現在の主であるはやてを見る。

 さっきと打って変わって安らかに眠っていた。夢の中で眠るというのは、些か奇妙な状況だが瞼を閉じて意識も封じている今の彼女の様子を表現するには、先の言葉が一番適切だ。

 ゼロの筋肉で塗り固めたトリコロールの両腕を寝床代わりに、床に付くはやての歳相応より小柄な体は………悲しいくらいに軽かった。

 顔も知らない……でもその顔を今すぐ一発かましたくもなる当時の主のエゴが引き金となったこの殺戮を、間近で見ていたのも少なからず影響している。

 夢に入る前に、仲間の存在のありがたみを再認識していなかったら、もっと心が痛みで沈んでいたかもしれない。

 なぜだ?

 なぜ……この子なんだと?

 血を通わせた両親とは死ぬまで永遠に会えず、立って歩く生活すらできない現実に健気に向き合って暮らして、仲間にとっては血縁がなくたって大事な家族である彼女に、どうして………どうして〝運命〟はこんな〝十字架〟を背負わせたのだ?

 顔を上げるゼロ、その目に映るは無数の死屍累々。安らかに死を受容することすら許されなかった者たちの亡骸。今にもボロボロに朽ちたその肉体から、怨霊となった魂が一斉に現れそうだ。

 もう体が物言わない彼らにだって、家族がいた、友がいた、守りたいという気持ちと、その原動力となる大事な人たちがいたのも確かなのに。

 なぜ……総称に〝守護〟という言葉を付けられたあいつらが、守るから程遠い…ただ奪うだけの戦闘マシンとして酷使される血溜まりの海を渡るループを何度も苦汁し、心が芽生えた今でも災いを呼び起こす〝十字架〟を抱えなきゃならないんだ?

 ライゼンシュタイン博士は、まだ見ぬ未知の次元と、その世界にある魔法への純粋な探究心で魔導書を作ったというのに、なんで彼に生み出されたこいつらがこんな悪名を呼ぶ殺戮を科されなきゃならないんだ?

 自分にとっての〝大事な存在〟のお陰で、軽減はされていたが、それでも嘆かずにはいられない、不条理に怒りの火を灯さずにはいられない。

 戦いはどう言い繕っても、どんな論理を言い並べても、結局現実はこうなのだから、いちいちそれに心痛めては身がモタナイ―――と諦観を促す者もいるだろう。

 その方が楽かもしれない……現に魔導書に宿る生命体たちは、苛立ちを外に発散して保ってきた一人を除けば、そうやって生きてきたのだ。

 だけど、そうはいかない。

 自分は戦士だ………でも同時にウルトラマンなんだ。心の性質を麻痺させて、何も感じられない存在になり果てるわけには行かない。

 戦う覚悟は身に刻めど、それでも〝感じられる心〟を捨てることはできないんだ。

 

 

 

 脳内に邪悪な笑い声が響き渡る。

 もしも……そいつを捨ててしまったら、失ってしまったなら、自分の未来の可能性の一つでもあった〝もう一人のあいつ〟になってしまう。

 そう己を言い聞かせていた最中、異変は起きる。

 周りの景色が、突如白味が増していく。

 雑にデジタルカメラの明度が変えられるが如く、ゼロの視界が極度に明るくなっていき、やがて白一色とホワイトアウトした。

 

 

 白銀一色に染められた世界は、段々と明度を落としていく。

 適切な光量となったことで、今自分がいる場所を視界が脳に伝えてくる。

 はやては今でもゼロの腕の中にいる。

 様々な暗色が混ざり合った暗めの空間、なのに微かに明りが感じられるのは、足を踏みしめる海にも見える模様をした大地が、光っているからであった。

 二次元世界にある〝鏡の星〟の湖の水面を彷彿とさせる幻想的な光景。

 辺りを見渡すと、リヒト、なのは、そしてフェイトも、その水面の上に立っていた。

 全員、こちらに飛ばされた………というよりは、感じからして投影された過去の記憶の映像が、解除されたと解釈すべきか?

 

「ゼロ……ここって、どこなんだろ?」

 

 フェイトがこの空間の詳細について問いかけてきた。

 

「魔導書の中ってのは、何となく分かるんだが………………っ、誰だ?」

「よろしければ、姿を見せて頂きますか?」

 

 状況から空間の正体を漠然とながら推測していたゼロとリヒトは、突如感覚が捉えた気配を発すが姿が見えない何者かに声を掛ける。

 問いに応える形で、ゼロの視線の先の位置に大量の小粒の光が集まり、段々粒子は人の形を為していく。

 そして一瞬の閃光の後、〝彼女〟が姿を現した。

 

「あなたは……」

 

 と、フェイトが呟く。

 ゼロたち四人の前に現れた女性、それは紛れもなくあの管制人格――マスタープログラム。

 ジャンバードのブリッジで見たデジタルフォトは、画像の粗さで大まかな全体像しか捉えられなかったが、こうして直接肉眼で見てみると。

 

「き、きれぇ……」

 

 四人の心情を、なのはが言葉にする。

 美しい、そうとしか言いようのない美しさだ。

 外見年齢では二十歳間近ほどの顔は、肌の艶、頬の膨れ具合、目と鼻と口の配置など、恐ろしいまでに整った容貌。

 色が血のような深紅で、常人より虹彩が余り光を反射しない瞳を宿す目は吊りあがっているが、きつい印象を与えるゼロやシグナムと違い、むしろ静謐さを放ち、銀色の長髪は見ているだけで、触るとすらりと滑る感触が伝わり、足場から発される淡い光が髪を一層美しく輝かせる。

 女性にはやや高めの背丈な体格は、二の腕も両脚もシミ一つ存在せず、ほっそりと引き締まっていながら柔らかな肉感も同居し、胸の乳房も大きく実られている。

 これだけ男を惑わせ、女性にも羨望の念を抱かせる色香ある肉体を持ち、それを助長させる黒のノースリーブと丈の短すぎるスカート、片足だけサブカル用語で言うところの〝絶対領域〟を形成するハイニーソという組み合わせの格好ながら、彼女から発される清楚で清澄で神秘的なオーラが、上手くそれらを中和させていた。

 人間離れした美貌はともかく、佇まいはおしとやかな一昔前の麗人と言えよう。

 

「あの……あなたが、〝闇の書〟さん……ですよね?」

 

 確認の為に、なのはが投げ掛けた問いに対し。

 

「そう……呼んでもらっても構わない、私は魔導書の管制プラグラムであるから」

 

 銀髪の管制人格は、少し歯切れの悪さを見せながらそう投げ返す。

 外見に違わず、声もまた綺麗だと表せた。

 喩えるなら、穏やかな河川の、ゆったりとした水流のせせらぎ、と言える。

 そんな透き通った声から紡がれる言葉の音色は、淡々としたものだったが、どこか物悲しさも感じられた。

 ここで、なぜなのはが本名でなく、通り名の方で呼んだのかと言うと、城塞都市へ向かう最中に、もし今の状況となった場合、ナハトの影響の考慮して、今日明らかになった〝事実〟はできるだけ伏せると打ち合せていたのである。

 

「ならどうして、はやてにあんな家族が人を殺してる夢なんか見せたの?」

 

 次にフェイトが彼女に尋ねた。

 怒り、と言えるほどでもないがやや語気が強まっている。こうきつく発してしまうのも無理はない。

 ロストロギアの異相体やヴォルケンリッター、それと怪獣たちとの相対で、ある程度死線は潜り、〝本物の戦場〟を目の当たりすることになると、ゼロたちに前もって忠告され、覚悟の準備も整えた上で目にしたフェイトたちに対して、家族は地球人の物差しからは人外の存在であることと、魔力資質と障害を抱える以外は、はやては普通の地球人の少女である。

 境遇はともあれ、はやては同じ屋根の下で暮らしてきた者たちが戦場でひたすら人を殺し尽くす模様を、何の心も準備もできぬままいきなり見せられたのだから。

 

「主はやてに騎士たちの過去を見せてしまったのは、私の至らなさが原因だ、すまないと思っている、本来ならあれは蒐集と第二段階の覚醒を終え、担い手が魔導書の真の主になられた時、〝我ら〟の真実を知って頂く為にお見せするものであったのだが……」

「はやてが無意識にフライングして、あんたら過去の記憶を覗いてしまった……ってわけか?」

 

 ゼロからの補足に、管制人格は頷いて肯定した。

 はやての資質の高さは、マスタープログラムな彼女の予想を大幅に上回ったらしく、それゆえはやては意図せずして魔導書にアクセスし、いくつもの閉ざされた扉を開けて行く内にここまで潜行してしまったとのことだ。

 

「ごめんなさい……私、ついカッとなっちゃって」

「先程も申したが、これは私の至らなさで起きたこと、気にしなくていい」

 

 ことの次第を知って、フェイトが詫びを入れた直後、一同が居る空間の色合いが変色して変質し始めた。

 いきなり起きた異変に困惑するゼロたちは、首を絶えず動かしている。

 様々な色が混ざって流動し、明度の急激な変化で点滅を繰り返す空間は、やがてどこかの建築物の内部へと形を変えた。

 ドームと半円で構成された東ローマ帝国時代のビザンティン様式に似たデザインな建物は、どうやら宮廷の王座の間のようだ。

 そこには王座に座る女性と、王であるらしい彼女に屈んで頭を下げるヴォルケンリッターの姿があった。

 

 

「こちらの記憶は、もう随分と昔のものだ、この時の主は、惑星ベルカに点在する一国家の女性領主だったな」

 

件の映像の再生は、一度起動すると暫く自動で再生される仕様らしい。

 

「ヴォルケンリッター、ただ今戻りました、本日の成果は西の城を一つを攻め落とし」

「蒐集頁は五四頁、これで現在の総頁数は三一六頁となりました」

「遅い……遅いわ!」

「はっ」

「〝闇の書〟に選ばれた私には……絶対たる力を得る権利がある」

「はい」

 

 もうこの時期から既に内部のシステムは改悪され、名称も〝闇の書〟と化していたようだ。

 主たる女性は、顔が青白く不健康で、重度の麻薬中毒に陥ったような痛々しさと不気味さがあった。

 その様相を見るに、ナハトヴァールは蒐集を少しでも一早く進めるべく、主の肉体、または精神を浸食する性質が事実であると、この過去は証明していた。

 元はそれなりに美人であったようだが、ナハトからの精神汚染で、注視しなければその美貌の面影の一片すら判別できないくらい変容してしまっている。

 

「神にも等しい闇の書、一刻も早く私を〝真の主〟にし、その力をこの手に齎すのよ」

「心得ております」

 

 丁度一戦を終えて帰還し、国家元首でもある当時の主に謁見する騎士たち。

 鎧はかなり血の痕、砂や煤で汚れており、一目で城を落城させるまでに激戦が繰り広げられたと想像がついたが、主は彼らに労いの言葉一つ送らず、むしろペースが遅いと攻め立てていた。

 ゼロたちが最初に見た時代の夢よりも無感情で人間味が希薄なシグナムとシャマルは、淡々と応じるばかりで、今すぐもう一つ城を落とし、兵から魔力を蒐集しろと命じられても、顔色を一切変えず了承しそうな雰囲気だ。

 また空間が揺らぎ、歪み、変質し出して映像が別の時間に切り替わる。

 次に空間が投影した映像は、地下に位置する室内のようだ。

 床面積はそれなりに広く、直径は15m近い。

 四方を、長方形状の石のブロックが円筒状に何十メートル積み重ねられており、天井付近に僅かに正方形状に切り取られた部分から光が差し込み、かろうじて視覚を機能させる明りとなっているが、薄暗いと言える雀の涙な明るさ。

 外は猛吹雪に晒されているのか、隙間から光に混じって白銀の水晶の群れが度々強風と風音に乗って入り込んで来た。

 

「明朝には出発する、それまでに回復しておけ」

「ヴィータ、こっちへいらっしゃい、寒いでしょう?」

「いらねえ、こんぐらい一人で寝れる」

 

 そこにいた当時の騎士たちの姿。

 

「ちょっと待ってよ……何これ?」

「これが騎士さんたちの〝部屋〟なんですか?」

「この時の主は、そうだったな」

 

 〝この時〟の彼らを目の当たりにして、四人は愕然としていた。

 どう見ても石で形成された屋内は、〝牢獄〟と呼ぶ方が相応しい場所だったからだ。

 ここには騎士たちと壁たる石、厳重に鍵が掛かった扉。他に目にできるものと言えば、じめじめとぬかるんだ床、ところどころ黄緑に変色した石にこびり付いている汚れやコケ。

外は極寒の世界にも拘わらす、火といった暖をとれる物はない。

彼らの服装も、各人によって差異はあれど、管制人格のものに似る袖なしの黒い薄着一着しか着込んでいなかった。

 

「仕方がなかったのだ、彼ら騎士の異能の力は、人々に無用な恐怖を植え付けてしまう、戦闘以外はこうして人目につかぬところに閉じ込める他になかった」

「だけど!」

 

 騎士の戦闘能力が、強大な恐怖の情を人々に与えてしまうのは、納得せざるを得ない。

 現にフェイトたちは、先程の殺戮を目にした時、傍目からは何の躊躇いもなくあれ程の不条理な暴力を震える彼らに対し、〝恐い〟という感情が心に波紋を起こしていた。

 彼らだけでなく、資質に恵まれ過ぎた魔導の力を宿す自分自身に対しても、同じ気持ちを抱かされた。

 恵まれている自分たちでさえこの有様、何の力も持たない者からは、どんなに人の姿をしていても〝怪物〟扱いされてもおかしくない――と、理屈では理解できている。

 けど、だとしてもこの仕打ちは酷いにも程があるではないか。

 ほぼ人と同じ身体構造をしているのなら、食物による体力の補給も彼らには必要な筈だ。

 こんな牢屋に閉じ込められているところから見て、碌に食事も与えられていないだろう。体力も無駄に消費できないから、体の周りに魔力フィールドを張って寒さから身を守ることさえできない。

 鳥肌が立ち、震えている様子から〝寒さ〟を知覚し、それにひたすら耐えているのは確か。

 事の良し悪しはともかくとして、曲りなりにも〝主〟の願いを必死に叶えようと力を尽くしている者たちに、なんでこんなにも残酷になれる?

 圧倒的な魔導の力と技を持っているからか? それを何の躊躇もなく殺し合いに振るえるからなのか?

 理由はどっちにしても、少女たちは理解に苦しんでいた。

〝異能の力〟を持つ騎士たちに恐怖を感じるのは分かる、だがだからといって彼らの力を正当化の言い訳にしてこんな所業を行える人間たちの方が恐ろしいと、より強力な恐怖の寒気が彼女らの背中を過ぎっていた。

 その後も、過去の記憶という名の立体映像が次々と空間に表示されていく。

 いくら時代が移ろっても、彼らに強いられた運命はほとんど変わらなかった。

 ナハトヴァールによって心身を狂わされたその時代ごとの主に、非人道的な扱いを受け、休む間もなく蒐集の為に戦線に駆り出され、己が魔導の力で地獄を何度も地上に出現させ、人々からは恐れられ、蔑まれ、時には迫害同然に虐げられ、いくら主に尽くしても報われず………細かい変化はあっても、その大筋だけは揺るがずに、繰り返されるループ構造。

 そして……空間に表れはしなかったが、完全に蒐集を終えた先に待ってるのは―――

 

「優しいお前たちには刺激が強すぎたな、ここまでにしておこう」

 

 魔導書に刻まれた追想録は管制人格によって終わりを告げ、空間は暗闇と光る水面で構成されたものに戻った。

 記憶の数々を目にした今、いかにはやてたちに巡り会えたことが彼らにとってようやく巡ってきた日の下の幸福であったか思い知らされる一同。

 邂逅は偶然によるものだった。次の転生先は乱数設定でランダムに選ばれる方式だそうだから。

 それでも……毎日が喜びの連続であったであろう。

 ずっと続いてほしい、と願うほどの眩さがある日々だったろう。

 記憶を垣間見たことで、はやてたちが送ってきた日々のイメージが、より鮮烈に圧倒的な具象で描かれた姿となってゼロたちの脳内に現れる。

 

「あの……聞いていいですか?」

「答えられる範囲であれば」

 

 何度もそれが頭の中を巡る最中、なのはは〝彼女〟に問いかけた。

 

「今、騎士さんたちがはやてちゃんを救おうとして、何をしてるのか……分かってるんですよね?」

 

 管制人格は、ほんの少し、口を固く閉ざして沈黙した後。

 

「存じている………契約を結んだ魔導師と使い魔同様、騎士たちの精神は私とリンクし、彼らの想いはこうして今も我が身に伝わってくる」

 

 暗になのはからの質問を肯定する回答を、口にした。

 それを聞いたなのはは、思わず身を乗り出して問い質しそうになった。

 

〝だったらどうして、苦しみもがいてる彼らを止めようとしないのだ?〟

 

〝このまま蒐集を続けても、願いは叶わず、はやてを死なすどころか、また悲劇の引き金を引いてしまうと言うのに、どうして放っているのか?〟

 

 このような意味合いの籠った詰問を声にして出す寸前、彼女の肩に何かが接触し、口にまで来た言葉の数々は放たれぬまま胸に引き戻された。

 肩に触れて来たのは、リヒトの銀色の手。なのはは手の主に目を向けると、鏡の騎士は黙して首を振り。

 

「(さっきも言いましたが、彼女が一国の王だとしたら、今はお飾りな身であり、抗おうにも、悪辣な摂政によって人質を取られている状態です、その人質が誰なのか、なのはもお分かりでしょう)」

 

 リヒトの言う通り、なのはら幼い少女たちにも、ナハトヴァールが人質としている者たちが誰であるのか分かっている。

 ヴォルケンリッターと、現在の主であるはやて。

 もし管制人格が何かしら蒐集の妨害を起こそうとすれば、主や騎士はおろか、〝彼女〟の意志すら意に介さず、『魔導書を脅威から守る』という大義を振りかざして、あらゆる存在に牙を向き、破壊活動を始めてしまう。

 ゆえに、マスタープログラムの筈な彼女は、何もできないのだ。

 行動を起こそうとすれば、それだけで惨劇へと誘うスイッチを、押してしまうことになるのだから。

 その為、何もせず静観するのが最善の一手で、それ以外に選択肢は持っていないのが彼女の現状であると理解できるからこそ、苦虫を噛む思いで4人の表情は沈んでいた。

 

「もう一つ、俺からも質問がある」

「何だ?」

「答えなくてもいい、あんたに課せられた十字架から―――」

 

 ゼロは沈む心中で下ろされた顔を上げ、目線を管制人格と合わせ。

てもいい、あんたに課せられた十字

「―――〝はやてたち〟を、救いたいか?」

 

 と、銀の鉄面の口から発した。

 真っ直ぐ目線を届けてくるゼロから目を逸らしはしたが、〝彼女〟は答えなかった。

 沈黙を返答としていた。

 静寂さが場を支配し始めた時、異変はまた起きる。

 

「あ、あれ?」

 

 フェイトが自分の手を見ると、体を覆って輪郭を形作っていた光の明度が大きくなり、指先から粒子が立ち登り出していた。

 今述べた現象は、眠るはやても含めた五人に共通して起きていた。

 

「我が主が深い眠りに着こうとしている、早く戻られた方が良い」

 

 夢の主であるはやてがレム睡眠から完全にノンレム睡眠に入ろうといていると、管制人格は忠告する。

 ということは、これ以上この場に止まるのは危険であると意味していた。

 早く意識を自身の体に戻し、現実に帰らなければならない。

 

「ここから真上に光点が見えるだろう、あそこに向かって飛べば帰れる、急げ」

「分かりました、みんな、行きましょう!」

「うん……」

 

 本当はまだ〝彼女〟とお話して、聞きたいことが山ほどあるのだが、そうは言っていられない。

 渋々フェイトとなのはは、リヒトの提言を承諾し、彼を先頭に彼女たちは飛翔した。

 はやてを腕に抱えるゼロも、三人に続いて飛び立とうとしたが、一度上空に向けた顔を下ろし、再び鋭く吊りあがった金色の瞳で〝彼女〟を見つめ。

 

「最後にこれだけは言わせてもらうぞ」

 

 まず前置きの一言を述べ。

 

 

 

 

 

「これ以上あんたたちを罪の底なし沼に沈ませない、はやてたちを絶望の底に落とさせもしねえ、〝夜天〟を閉じ込めてやがるドス黒い闇は、〝俺たち〟が振り払ってやる!」

 

 

 

 

 

 最初の声音は静かながら、段々と声量を上げていき、強い決意の籠った言葉を、管制人格に思いっきり投げつけた。

 

 

 

 

 

「だから――――待ってろ!」

 

 

 

 

 

 深紅の瞳を宿す瞼を開かせ、呆然とゼロの決意の弾を受ける彼女をよそに。

 

 

 

 

 

「シェア!」

 

 

 

 

 

 ゼロははやてを抱えたまま飛翔し、上空の光点の奥へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 管制人格は暫く、ウルトラマンゼロが飛んで行った空を見上げていた。

 やがて彼女の頬に、流れ落ちるもの。

 一つ、二つ、三つ――赤眼の瞳を潤す水が、瞼の中に溜めこめきれず、次々と溢れだし、光の水面へと落ちて行く。

 涙を流しているのだと、自覚したと同時に、彼女は膝を大地に付け崩れ落ちた。流れる水量は増していき、俯かれた頭は振り子の如く縦に揺れ、両の手は重ねられ、咽びを雫と共に漏らし出している口元が覆われる。

 瞳から降り注ぐ局地的な大雨は、まだ止みそうにない。

 もう一体何度目になるか……ここでこうして泣くことを繰り返す様になってから。

 夜天の光が血に墜ちた今となっては、自分は騎士たち、優しさを失わない主とその家族らにこの先待ち受ける運命に嘆くぐらいしか。

 もう一つとして、せめて……自分はどうなってもいい。彼らだけでも救いの手が舞い降りてこないか、これから起きる災厄を回避されないかと……願うことしかできなかった。

 一方でその願いは、彼女の心を締め付ける呪いの一つともなっている。

 

〝私〟は…………全てを破壊する。

 

 比喩ではなく、言葉通りの意味だ。

 破壊は時に新たなものを生む、とも言うが、己が齎すのはそんな生易しいものではない。

 連綿たる時の河流の中で、自分は幾度もなく奪い尽くしてきた。

 多くの、生きとし生ける者たちの命もだが、それだけじゃない。

 奪ってきたのは、各々の生ける者たちが持つ、願い――希望もだ。

 今を生き、未来へと繋ぐ力となるそれらを、どれほど自分は根こそぎ奪い取り、二度と芽が一つも上がってこない焦土へと変貌させていったか………計り知れない。

 実際に破壊を行使してきたのは自身を縛りつけ、自由を奪っているナハトヴァールだ。

 だが重複されてきた破壊と惨劇は、罪深き自分が持つ力によってこの世に顕現されたもの。

 ならそれは、己が引き起こした所業と同義、そんな私が……そのような〝光〟を胸の内に秘めること自体が、糾弾されるべき咎であり、重罪だ。

 

 管制人格が日々流す涙には、彼女にとっての大事な者たちに待ち受ける運命への嘆きと、前述の心情から沸き上がる罪悪感によってできていた。

 

 

 

 しかし、今日この瞬間流される紅涙には、もう一つ落涙を促す〝何か〟が存在していた。

 その正体が具体的に何であるのか、今の彼女にははっきりと理解できずにいる。

 なぜなのか? なぜここまで、今まで流されてきたものよりも多く涙が溢れ出るのだろうか?

 あえて分かっているのを挙げるとするなら、今流れ出る水流を引き起こす切っ掛けとなったものが―――

 

 

 

 

 

〝夜天を閉じ込めてやがるドス黒い闇は、俺たちが振り払ってやる!〟

 

 

 

 

 

 ―――まだ何の打開策も、光明も、ほんの些細な可能性すら見つかっていないと言うのに。

 

 

 

 

〝だから――――待ってろ!〟

 

 

 

 

 力強く、心丈夫で、揺るぎ無い決意が込められて、彼女の心へと送られた。

 若きウルトラ戦士――――ウルトラマンゼロの、言葉。

 それが彼女の内に、涙線を刺激させる熱いものを浮上させているのは、確かであった。

 

 

つづく。


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