ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章 作:フォレス・ノースウッド
世界は残酷だ。だからこそ〝それでも〟と立ちあがる人たちの姿が眩く映るはずですから。
「母さん、姉さん、これって……」
「はやてちゃん……どうしちゃったんですか?」
フェイトとなのはが、少女たちでも分かるはやてに起きている事態をプレシアたちに投げかけた。
「それが……さっぱりなの」
「さっきまでは、すやすやと眠っていたのだけれど……」
「魔導書による浸食を除けば、これといった異常は見当たらないのだが…」
テスタロッサ親子とゲンが今言ったように、数十分前、子どもにしても早すぎる睡魔に見舞われたはやては、それこそ快眠そのものな、アリシアたちが使う寝室で穏やかに床に着いていたのだが、数分前から急に息が乱れ、額は汗でてかり、その寝汗でフェイトから借用したボタン型パジャマは濡れ、穏和な顔も苦痛に苛まれている状態となっていた。
「ナオト」
「分かっている」
勇夜の呼びかけと目配せで瞬時に彼の指示内容を汲み取ったナオトは、はやての下へと寄り、彼女の額の真上に右の掌を添えた。
その瞬間、ナオトの手から、エメラル鉱石のエネルギーに酷似する緑がかった蛍光色の薄明光線がはやての頭部を照らす。魔法プログラム製の人間体時でもナオト――ジャンは、本来の肉体であるスターコルベットのスーパーコンピュータを使用可能で、それで彼女の肉体を検査して異変の因を探っているのだ。
「彼女の意識は現在、夢を体験できるレム睡眠の段階に入っているのだが、脳波が通常とは異なる波形を示している、恐らくは何らかの外的要因で干渉を受けている状態だろう」
「何者かに、夢を見せられいてるってことですか?」
「そうなるな」
夢……はやての様子から見て悪夢の類なのは明確だ。
なら、今その悪夢を見せる程にこの少女に何かしら影響を直接与えられる存在はやはり、〝闇の書〟という呪いを宿す―――〝夜天の魔導書〟。
一気にそこへと結論を導き出した勇夜は、同時に即決する。
「勇夜、何をする気なの?」
詳細まで読み取れずとも、勇夜の顔つきで〝何かをする〟決心をしたことを読み取ったフェイトはその内容について発問した。
フェイトにつられる形で、この場にいる一同も勇夜に視線を向ける。
「はやての夢の中に入るんだよ」
視線の群れに応える形で、勇夜はこれから行うことを端的に述べた。
「にゃ? そんなことできるんですか?」
「ウルトラマンでも個人差はあるが、弟子ほどのテレパスの使い手なら、夢への進入は造作ない」
大雑把に話した勇夜の代わりに説明すると、テレパシーの念波動をレム睡眠時のはやての脳内送り、その念波の糸を一種の道筋にして自らの意識をはやてが見ている夢の世界に入り込ませようとしているのである。
身体のサイズ、容姿を変えられ、太陽エネルギーの問題を除けば、宇宙、地上、水中、ミクロ化による生物の体内、さらには肉体を数値化してネットの仮想空間でも活動でき、巨人態の際にはテレパシーで会話を行うウルトラ一族ならではの能力、と言えた。
「今はやてに夢を見せるだけの繋がりがあるのは夜天の書だ、もしかしたら夢の中に、書に関係してる手掛かりがあるかもしれない」
勇夜はその力で、ヴォルケンリッターが忘れてしまっている過去を探ろうとしているのである。
夢の内部が、魔導書そのもの記憶かどうかは、定かではない。
しかし、中身によっては騎士たちを説得できるだけの情報も掴めるかもしれないのだ。
頑なな彼らに、はやてをむしろ追い込ませている蒐集行為を止めるには、勇夜たちが提示する情報が真実だと信じさせるだけの〝確証〟が必要な以上、目の前に現れたチャンスに賭けてみる手はある。
よしんば上手く行けばの話だが、銀髪の美女の姿をした夜天の書の管制人格とも接触できる公算もあった。
「でもさ、下手に入って、ナハトを起こしちゃったら……」
「慎重に臨めばその危険性からの回避も可だ、ナハトにとって脅威なのは、書を存続を脅かそうとする者と、内部のシステムを変えようとする者だ、昨日の戦闘よりは吊り橋の強度は良い筈、渡る価値はある」
まだ完成に至ってない上に、無理に魔導書をどうこうしようなどとする素ぶりを見せなければ、ナハトヴァールは破壊すべき障害とは見なさないだろう。
それに今回は、無理にアクセスして書の内部に続く扉をこじ開けるのではなく、元から開いている道を辿る恰好でもある。
ナオトの発言通り、今にして思えば昨日の戦闘による蒐集の阻止よりは比較的安全策だった。
下手に封印を解く駒な騎士を武力行使で追いつめ、拘束しようとすれば、ナハトが痺れを切らして活動開始し、事態を悪化させかねなかった。
ちと反則な物言いだが、別の世界の海鳴では完成直前とは言え、白の砲撃魔導師が紅の鉄騎を追い詰めた時、ナハトを覚醒してしまった事実があったりする。
結果として、ゼットンたちの妨害によって最悪なアクシデントが免れたということ。今日の出来事たちを合わせても、塞翁が馬……って奴だ。
「現実(ここ)での時間なら、大体2、30秒の旅だ、俺の〝頭〟が録画した夢の映像の記録とバックアップは頼んだぞリンク」
『お任せ下さい、マスター』
相棒からの了解の言葉を受け、勇夜ははやての直ぐ横へと座り、念波動含めたエネルギーを一番発しやすい部位である右の手を、彼女の額に据え、意識を彼女の脳と繋げようとした時だった。
「待って」
制する言葉が勇夜の耳へと入り込む。
彼は声の主であるフェイトに目を向けた。そして間もなく、正確には〝フェイトたち〟であることも悟る。
「ごめん勇夜、お願いがあるの」
「私たちも、連れてってくれませんか?」
二人の魔法少女が、自分も夢の世界に行きたいと懇願してきたのである。
最初勇夜は彼女らの頼みを、気持ちはちゃんと受け取りつつ断りを入れるつもりであった……が、彼女たちの〝目〟を見て、それも思い止まらせる。
今の二人の瞳は、前に見た時よりも、どこか……いや確実に。
なのはなら、フェイトの出生を知ってもなお『腹を括れるか』と投げかけたあの時。
フェイトなら、プレシアからの宣告で一度闇の底に落ちても、それでも這い上がってきたあの時。
その当時見た眼よりも力強さが増し、活力が溢れている気さえしたのだ。
師匠に厳しく扱かれたことで、どうも一皮剥けた様である。
とは言え、二人の要望を応えるには、小さくない壁も存在するのがたんこぶだった。
「気持ちは分かるんだが、流石に俺も何人も連れて行くのは……」
勇夜一人でなら、人の意識の内部へと潜りこめることができる。だが彼でも、複数の人間を連れての潜行は難しかった。経験がないのも、彼を躊躇わせ、踏み出せずに足踏みさせてしまう。
「助け舟が必要なら、私が出そう」
そこへ久遠が、今彼女が言った通り、助け舟を出してきた。
「私には、生ける者が見る夢を、複数の者の脳に写す能力がある、勇夜殿のテレパシーと併用すれば、夢の共有体験もできよう」
「そうか、よし」
久遠が明かしたその能力は、『夢移し』という名称、彼女の母から授けられた魔力による妖術の一つで、元は自身はテリトリーとしていた領域に人が迂闊に侵入してこぬよう、踏み入れてしまった人間に自らが編み上げたイメージを見せて、追い払うのに使っていたらしい。
肉食獣としては臆病な狐の生態が反映された怪しげなる異能の力と言えよう。
何はともあれ、〝壁〟の問題はどうにかできた。
夢を複数人で見るメリットもある。
自分が見たものの信憑性を高められる為、例えば幽霊を見たのが、一人より数人の方が、俄然真実味が感じられるようになる。
「二人とも、行く前に聞いておくぞ」
けど二人を連れて行く前に、彼女らの熱意も理解できるからこそ、確認をしておかなければならない。
「見ての通り、はやてが見てる夢は決して良い代物じゃない、もし魔導書の記憶を見てるとしたら、そいつはおぞましい悪夢だぞ、この間テレビでやってたスティーブン・スピルバーグの戦争映画の比じゃね」
人食いザメの猛威、少年と異星人の交流、バイオテクノロジーで現代に蘇った恐竜の映画などを作ってきた映画監督の戦争映画を引き合いに出して、勇夜はフェイトたちに覚悟が求められることを明示する。
その映画の冒頭で描かれるノルマンディー上陸作戦の模様は、あの当時の阿鼻叫喚で生々しい地獄絵図をできるだけリアルに描かれている。
ほぼノーカットで地上波放送されたのが奇跡と言えるくらいだ。
「多分、蒐集された人間たちの悲鳴を、何人…どころじゃね、数えきれねえほどの声を聞くことになるかもしれねえぜ、それでも……はやての夢の中に入りたいか?」
「うん、できるなら、私も魔導書の管制人格に会って、話しをしてみたいの」
「はやてちゃん、くうちゃん、グレンさんに騎士さんたちが苦しんでるのを、どう思ってるのか、直接聞きたいんです」
勇夜からの投げ掛けに、少しも動じることなく、瞳の確かな強さを保たせたまま二人は、思いの丈を込めて返し、改めて勇夜は二人が似た者同士な女の子だと実感した。
普段は自己主張は余りしないくせに、ここぞって決めたことには梃子でも動かず、揺るがずに、貫こうとする。
時に迷ったり、挫折したりしても、そこで完全に折れたりせず……周囲の力を借りながらも、立ち上がれる強さは、この子たちにもあると、目を見ただけで強い確信が持てて、綻びそうになった。照れ隠ししがちな自分の癖で、顔の裏に引っ込んではいたけれど。
まあでも、自分ばかりが譲歩して、実のとこ夕方から沈み気味だった気分が持ち直されていく感覚を知覚されるのも何なので――
「分かったよ、でも条件付きだぜ、まずきつ過ぎてもう限界だと思ったら我慢せず正直に言ってくれ、それともう一人お目付け役で―――光、付き合えるか?」
「無論です、丁度願い出るつもりでしたよ」
光も了承してくれた。
遥かな時の流れに刻まれてしまった…悲しみと怨嗟と呪いの記憶。
はやてが見てるのはきっと、本にすれば重い厚みの中の一頁でしか無い。
だけどまずは、その一端を受け止められなければ、あの家族を救う僅かな光明さえ掴みとれないと、そんな気もした。
改めて、生半可な覚悟では〝彼ら〟と向き合えないぞ、と己を戒め、気を極限にまで引き締める。
「なのは、気を付けて」
「フェイトも……」
「体に命があるってことは凄く儲けものなんだから」
「「うん」」
「四人とも、危ないと思ったら、直ぐに戻ってきなさい」
「気を抜くな、短時間だが現実(こちら)は任せてくれ」
「何があっても私たちが彼女たちを守り抜く、グレンのご家族にも会えるよう願っているぞ」
「ああ、みんな、手を繋いでくれ、肩の力も抜いて、リラックスしてな」
勇夜、フェイト、なのは、光、久遠。この順で、五人は円を描いて両の手を繋ぎ合せ、一同に深呼吸を促せる勇夜は、右手を再びはやての額に添い、久遠は左手を彼の手の上に置き重ねる。
「準備はできたな?」
前置きの問いに、フェイトたちは黙然と頷く。
「行くぜ」
勇夜は瞼を覆わせる刹那に、テレパシーの波動できた道を、はやての夢へと繋ぎ合せ、彼らの意識は深遠なる世界へと身を投じて行った。
勇夜からの合図が端となり、寝室の蛍光灯の光と、瞼に流れる血液で微かに赤味がかっていた闇が、完全に混じりっ気のない漆黒のものとなった。
まだ意識が現実にあるのか? それとも夢の渦中へと進行しているのか?
判別ができない最中、視界からは中心に位置する地点から光点が現れ、目測では指だけで掴めそうなサイズから数倍に高跳びして膨れ上がり、点から棒状で、赤、緑、黄、ピンク、橙、乳白、純白と多色な光の水流の無数のシャワーが、降り注いでくる。
中心の光点の大きさは止まらず大きくなっていく。
光が自分へと向かっているのか、あるいは自分が光へと向かっているのか。
それも定かにならぬまま、闇をほとんど打ち払うまでに過大化した光は、自身を完全に呑みこんだ。
光が闇を完全に覆い尽くした直後、直ぐに純白の視界は暗闇に変わったが、直ぐにそれは血の赤味がある閉ざされた瞼による闇だと気づく。
さらに、自分の足が大地に付き立っている感覚、その次にやや強めだが直立できないほどではない風量の大気の流れを知覚した。
目を閉じたままだった少女――フェイトは、恐る恐る、ゆっくりと瞼を上に開かせていく。
彼女の瞳が捉えた光景は、緑色の広大な絨毯の大地だった。
ところどころ木も二、三本程度は見え、途中枯れ野原になっているのか、褐色の岩場がいくつかそびえ立っている。
空を見上げると、灰色の雲たちで青空は完全に地上からは些細な隙間すら残さず隠れてしまっていた。
雲たちの動きは早く、風の強さも相まって今にも天然のシャワーを降らせる用意があるように感じられる。
「みんな無事に入れたようだな」
空模様を見ていたフェイトの耳に、エコーを帯びた、しかし彼女には聞き慣れた艶味のある声が入り込む。
視線を空から地平線に下ろし、背後に振り返ると、ウルトラマンゼロ、ミラーナイトことリヒト、なのはの三人がそこにいた。
ゼロとリヒトが巨人態の姿なのは、この世界では彼らにとっての〝本来の姿〟が反映される仕様となっているからであろう。
夢共有のサポートをしてくれた久遠も、この世界なら妖弧の姿で現れる筈だ。
一応、自分たちがこの世界とどう関われるのか確かめる為、地面に散乱してる石粒を掴もうとした……のだが、フェイトの手が石をすり抜けてしまった。
幽霊同然と化したその手よく見ると、輪郭が光の線で覆われ、やや白味を帯びていた。体を見渡すと、全体が白味と光の輪郭を纏っている。
他の三人も同様であった。
フェイトたちがこの世界では〝異物〟である証しだと言える。
変な感じだ。物には触れられないのに、足が大地に接触し、風が身に当たる感覚はあるという奇妙極まる状態だからである。
かと言って、肌が外気の状況を捉えられない様を想像したら、それだけで小さくない不安が込み上げ、痛覚が機能しているだけでも良しと結論付けることにした。
「フェイト、何ちょくちょくこっちを見てんだよ?」
「ふぇ?」
と、ゼロからの問い掛けで、フェイトは無意識に、彼の方にばかり目を向いていたと気がつく。
そういえば、勇夜――ゼロがウルトラマンの姿でいるのをこの目で見るのは、そこそこ久しかった。
柔な鍛え方はしていない―――と言ってただけあり、無駄を排してバランス良く引き締まった綺麗な筋肉だ。かの怪鳥音が特徴的なアクションスターに匹敵するスタイルの良さ。
今を除いて、ウルトラマンゼロとしての彼の勇姿を最後に見たのは――
〝待たせたな、フェイト〟
烈火の将――シグナムの猛攻で追いつめられたところを、間一髪助けてもらって、お姫様抱っこ………された時。
その模様を再生した効力で、フェイトの頬がまたも急上昇して、反射的にゼロたちから背を向けた。
「フェイトちゃん……大丈夫?」
「う…うん、ど…どうにか」
「(ひょっとして、久しぶりにウルトラマンになった勇夜さん見てときめいちゃった?)」
こくこくと頷くフェイト。
「(にゃはは、図星みたいだね)」
内容によっては念話を使っての気遣い込みな親友からの言葉に、フェイトはよく見ないとYESの頷きだとは分からないくらいの微細な動きでコックリと首を縦に振った。
どうにか今の恋煩いの発作は数秒程度で治まったが、人の夢の中に入ってまで何自分はゼロにときめいてしまっているのか? 少々自虐的な心情となるフェイト。あの微かな間の間に、『腕の筋肉は固かったけど、何だかほっとする心地よさを感じた』なんてのを考えてさえいた。
幸いなのは、ゼロたち男性陣は他の方角に視線を向けてフェイトの醜態を目にはせず彼女のテンパリは助長される事態に至らず、また前よりは多少彼女自身の乙女心が制御できた点である。
「それより、ここが本当に魔導書の記憶なら、どこかに騎士たちがいる筈だよね?」
「うん、今光兄たちが探してるんだけど、どう? 光兄、ゼロさん」
二人は、今彼女らに背中を見せる恰好となっているゼロとリヒトに目を移し、なのはは進展はあったか? という意味合いの質問を投げかけた。
が、尋ねられたゼロたちは答えなかった。
彼らの下に真っ向から吹いてくる向かい風が流れる先の方へと、目線も体も固定させたまま、微動だにしていない。
「あいつらなら、多分あの向こうだ」
ゼロは、目には見えぬ視線の筋の遥か先の方角に向けて指を差す。
この時、なのはとフェイトには分からなかったが、常人よりも機敏となっている二人の五感は、はっきりと捉えていた。
向かい風が微かに運んでくる―――多数の人の血の匂い。
それと、ここからは細かな音量ながら、耳に響いてくる……様々な音が入り混じり形成された―――戦場の轟音。
最初の地点から真正面の向かい風が吹いてくる方向に、一行は飛行で向かっていた。
4人とも現実世界で飛行技術のコツと経験は得ているので、特に違和感も戸惑いもなく順調に曇天の直ぐ下の空を翔け抜けている。
「あ、あれって?」
「城塞都市、というやつです」
眼下の地平は、暫く自然の産物たる光景しか見えなかったが、やがてようやく人の手による人の住処と営みの集合体、街が彼らの目に写った。
今リヒトが口にした通り、その集合体は城塞都市の体を為していた。
言葉通り、四方を城の城壁に守られた都市だ。
遠目からだが、傍目には中世時代のヨーロッパの建築形式とよく似ている。
外部からの侵略者から街と城を防護すべくそびえ立つ分厚い城壁の外では――
「戦争……やってるんだよね?」
「ああ…」
ゼロとフェイトの遣り取りでも分かる通り、今まさに戦闘が行われていた。
少女たちには遠目過ぎて、せいぜい多数の兵士たちが戦っている姿と、ところどころ起きる爆発ぐらいしか判別できないが、悲痛さが漏れ出すゼロの声と、表情を作り様がないのに、人間なら顔を顰めているのが読みとれてしまう鉄面の横顔から、地上では地獄絵図の有様であると、理解できた。
四人と同じ様に、過去の記憶の世界のどこかにいるかもしれないはやてを探すのは、ゼロとリヒトに任せて、自分たちはここで待っていた方がいいのかもしれない。
直感で、吐き気すら催される光景が待っていると、体も心に訴え掛けていた。
「覚悟はできてるか? 二人とも」
「今ならまだ、引き返せますよ」
改めてゼロたちが選択肢を提示してくる。
この先にある戦場を、己が目で確かめるか、否かを。
「準備は……できてる」
「一緒に、行かせて……」
それでも二人は、戦場を直に見ることを決めた。
この場で止まるなら、もうこの〝闇の書事件〟に係わるのはやめた方がいいと………書の記憶の一場面すら直視できなければ、騎士たちに想いを伝えるべきじゃない、とさえ考えていた。
少女たちの覚悟を受け取ったゼロたちは、それ以上問うことはせず、地上へと高度を下げて行く。
それに付いて行く形で、フェイトたちもゆっくりと下りていった。
城塞を守る側の兵士たちは、必死に自らの国を侵攻されまいと、必死に侵略者たちと、戦闘を繰り広げている…………と、言いたいのだが、この実状をご覧になって、どれほどの人がまだこれを《戦闘》だと言える者が出てくるか?
きっと、誰もがこう思ってしまうであろう。
こんな惨状は、断じて《戦闘》などとは呼べない―――と。
城の正門が、破壊と言う形で破られた。
侵攻者の一人が、先陣に立って敵兵たちに斬り込んでいく。
曲線で構成されながらも無骨な銀の甲冑を着込み、大型の片刃の剣を携えし八重桜の長髪の女剣士。
「紫電―――一閃!」
烈火の将シグナムだ。
彼女は地面すれすれを超低空飛行し踏み込みながら、紫がかった炎を纏いし大剣―――レヴァンティンを振るう。
一太刀、二太刀、三太刀、と連続して繰り出される剣撃は兵士たちの身を、兜、鎧、盾、槍などの得物ごと簡単に両断していく。
一瞬で命が消え、切断された亡骸の群れが、大地に散乱する。
焼けただれた切断面から火が広がり、既に肉と骨の塊となった〝物〟が無慈悲に業火に焼きつくされていく。
かろうじて剣閃の直撃を免れた者も、瞬く間に全身に燃え広がった炎によって、珍妙だが苦痛に満ちた舞を踊り、苦悶の絶叫を上げた。
これでもまだ地獄の一片でしかない。
〝もう一人〟が四足で地を掛け、唸り声を上げて飛びがかる毎に元から長く伸びた前足の爪を魔力でリーチと切れ味を増した刃で兵を切り刻み、首や四肢を飛び散らせ、鋭敏で凶悪なる犬歯が喉笛を噛み切り、血がスプリンクラー状に吹き荒れ、彼の青味の毛並みと、爪と歯が大量の返り血に染まる。
完全に狼の姿となった盾の守護獣――ザフィーラの猛攻。
荒ぶる獣の闘争本能の激流を操作しながら、突き刺される錯覚を与える殺気を放出して兵を襲うその姿は、彼にも肉食獣の血を受け継いでいることを痛感させる。
彼の怒りの咆哮に理性を刈り取られながらも、生体凶器の餌食にならぬよう兵たちは後退しつつ、刃先が発光する槍を構え、一斉に魔力弾を発射した。
ザフィーラの居た地点から爆発が上がる。
規模からして、生身の人間なら体の主の特定すら困難させるほどに陰惨な死体と化すが―――そんな惨い死を受けたのは、守護獣ではなく、少しでも一糸を報いようとした兵士たち。
爆発地点から対象へと向かって大地から生えてきた白く光る結晶の先端が、次々と兵たちを串刺しにした。
煙と粉塵が晴れた先には、拳を大地に突き刺し佇む、獣人形態に変身したザフィーラがいた。盾の守護獣と名乗れるだけあり、あの程度の魔力弾では傷一つ付いていない。
かの結晶の正体は、便宜上は《拘束魔法》となっている彼の技――鋼の軛。
拘束魔法が『動きを封じる』代物なら、間違っていない。大地から伸びる結晶の針で、十字架の磔よろしく強引に封じ込めるのだから。
守護獣はさらに、背後から彼を撃とうとした九人の兵士を振り向きざまに、右、左、右の順で拳を突き出し、甲から放たれた衝撃波が相手の魔力弾が発射される前に兵たちに着弾、今の波動の衝撃で鎧は破砕し、彼らの骨も音を立ててズタズタに砕かれた。
ザフィーラお得意の、防御の魔法の応用、手の周りに小振りだが堅固な障壁を形成、拳撃の勢いと一緒に甲から魔力を放出として飛ばし、障壁は重い砲弾となって相手の体の内部をボロボロにしたのである。
彼の魔の盾は、同朋の騎士への攻撃も防御する。
「飛竜――――」
カートリッジをロードして排莢し、鞘に収められたレヴァンティンを上段に構え、べルカ式魔法陣を敷いてこれから大技を放とうとするシグナムの周りには彼お手製の結界が張られ、魔力弾の横薙ぎの雨から発射までの隙を突かれぬようにしていた。
「―――一閃!」
抜刀と同時に刀身はシュランゲフォルムの蛇腹刃となり、極太の魔力炎を乗せて撃ち出される。
骨は蛇腹刃、肉は炎でできた大型の竜の濁流は、兵群を一気に呑みこんだ。
呑みこまれた兵たちは、業火に身を完膚なきまで焼かれ、切り刻まれ、人の形を為した炭となって散っていった。
城壁の上に降りてその光景をこの目で見ていたなのはとフェイトは絶句する。
体は小刻みに震え、唇も開いたまま振動を繰り返す。
瞬きするのすら忘れるくらい、自身が見る地獄を前に、意識体でなければ瞳が乾きを訴えるサインを出すまでに、長いこと目が開かれたまま硬直していた。
ゼロたちがともすればくどいくらいに渋っていたのも頷ける。
少女たちの価値観のものさしでも、こう思わずにはいられなかった。
これは戦闘ではない、闘争とも呼べない。
一方的な殺戮だ……虐殺だ。
プログラム生命体で、ジェノサイダーと化した騎士によるものとは言え、最早人為による災禍だ。
同時に二人は、この地獄の顕現に否が応にも思い知らされる。
もし……明確な戦意と殺意を以て、非殺傷を解き、全力で戦ったとしたら。
十発以上の魔力スフィアを一斉に撃ち出したら。
雷気を帯びた魔力の鎌で、斬り付けたら。
ディバインバスターの奔流を浴びせたら。
サンダーフォールの雷流を、幾度も浴びせたら。
既に大量の残留魔力が散布しているこの場で、もし手加減抜きに〝星の光〟を使ってしまったら。
今起きてる災厄を糧にイメージされた映像は、想像するだけでもおぞまし過ぎる阿鼻叫喚の地獄絵図が脳内にできあがっていた。
体の中に、使い手そのものを、〝大量破壊兵器〟に変える器官がある。
その使い方次第では、下手をすれば、自分たちは魔法でこの惨事以上の惨劇を生み出せるという事実を痛感させられ、二人は戦慄するばかりだ。
心身は悲鳴を上げている。
心臓は強く握られる感触に晒されて苦しかった。
自他含めた〝魔導〟を持つ者への恐怖も浸食していく。
それでもなお二人は、背けることなく、地獄をこの目に焼き付けていた。
どんな戦いも、このような惨禍の集合体であると、そして自分らもまたこの地獄を生み出せる力を有していると前から自覚していたゼロたちも、しばし何の言葉が浮かばずに黙して眺めている。
彼らも目にする戦場では、かろうじて息があり、命がまだ肉体に宿っている者たちもいた。
あくまで……まだ息がある程度で、五体満足な者は一人としていない。
それにむしろ、これから死の瀬戸際でどうにか生者のまま者たちに降りかかる厄災を顧みれば、むしろひと思いに一瞬で命を奪われた方が、まだ幸あったと思えるであろう。
「きさまぁ………なにぃ…もの?」
鎧の形状と色が他の兵と比べ異なるところから見て、この軍の将らしき男が、虫の息の中尋ねた。
「覚えてもらう理由はない、貴様らはただ―――」
シグナムの前に、浮遊する金の十字架の書物が現れ、ページが開かれる。
生き残りの兵たちの胸からリンカーコアの光が出現し。
「―――闇の書の糧となれ!」
光点から白紙のページに向かって、一斉に魔力の粒子が流れていく。
「Gyaaaaaaaaaaaaa―――――――――!!!!」
簒奪された者たちの、金切り声としか呼び様のない絶叫が響き渡るが、烈火の将は眉一つ変えず、非情にも魔力を奪い取ることを止めない。
完全に〝蒐集〟が終わった頃には、既に彼らは事切れていた。
もって後数分の命の灯火しか残っていなかったのだ。そこに魂の一部分とも言えるコアから魔力を抜き取られれば、苦しみに苛まれたまま昇天するのも無理無きこと。
開いたままの瞳から流れる血の涙と、口から洩れる唾液と、激痛に歪み切った容貌から、一体どれほどの苦痛を体験して死んでいったのか?
蒐集の洗礼を受けたのは、彼らだけではない。
「将軍倒されました! 至急救援を! 救援を!」
円錐状の塔の頂きで戦況報告、それともう一つの任を担っていた…左手に〝分厚い書〟を持つ女性兵士。増援の要請を伝達していた彼女の体が、緑がかった複数の光の糸によって捕縛される。
「お静かに」
現代では戦況オペレーターと言える女性兵の四肢、ボディ、首を捕らえたのは、いつの間にか彼女の背後に立っていた湖の麗人のデバイス、クラールヴィントから形成されたバインド。
そして彼女の胸には、復讐心で冷静さを欠いていたとはいえクロノを追い詰めたあの『旅の鏡』と、鏡面からはシャマルの左手に、女兵の魔力の源が露出していた。
「あなた方の命も、住む城も、私たちには何の興味もありません」
視線を女兵に固定させたまま、背後から半円状に移動しながら、容姿と相まって武骨さが際立つ甲冑を着込み、淡々と声を発するシャマルが、拘束した相手と正面に向き合う。
「頂きたいのは、あなたの―――」
捕縛力を一気に強め。
「――〝リンカーコア〟」
女兵のコアに溜めこまれていた魔力が、旅の鏡を通り、左手の上に浮く魔導書へと、強引に搾り出していく。
「Ahaaaaaaaaaaaaa―――――――――!!!」
痛々しい苦悶に満ちた叫びを上げた女兵は、蒐集されたと同時に意識を失い。仰向けに倒れ、持っていた書物も、彼女手から離れ石の床に落ちた。
実はこの書物は、魔力が詰め込まれたカートリッジの一種で、予め専用の転移魔法陣を体に添付させた兵士たちに魔力を送りこみ、一時的に彼らを《魔導師》にする機能を有していた。
ベルカでは、この魔力供給技術により、万人が持てる力では無いゆえに使い手が限られる魔法の最も致命的な短所をカバーしていた。
ミッドを中心とする現在の魔法世界にも、この技術の存在は記録として残っているが、それを再現するのは夢のまた夢で、未来の技術革新に委ねなければならないのが現状。
シャマルに蒐集された女性兵は、その書をコントロールする為の管制官でもあったわけである。
塔の屋上の床に落ちたその本型カートリッジを、飛び移ってきたシグナムがレヴァンティンで突き刺し、強制的に機能停止させた。
「主戦力たる一軍と、その将とてこの程度か……百年程度の時でベルカの騎士も地に落ちたな」
「これもまた、時の流れだシグナム」
「愚痴を零しても仕方ないわよ、近頃のべルカは戦自体が稀だもの、もう騎士の時代ではないのかもね」
「これではコアの蒐集も心苦しい、弱者を蹂躙して奪うのは性に合わん」
「だがこの度の主もまた、我々に求めるのは………頁の蒐集のみだ」
五感が常人より機敏な体質である為、ゼロたちには蒐集の一部始終も明瞭に見え、彼らの抑揚の薄い会話も聞きとれていた。
「先程久遠から聞いたのですが、彼らが蒐集を決断した日、自ら魔導書の糧となったと話してくれました」
「何だと?」
ようやく二次元人特有の口のないリヒトの顔から言葉が漏れ、それを聞いたゼロが驚愕して彼に強面の鉄面な顔を向けた。
「彼女によれば、蒐集中はまるで、侍の〝切腹〟を体験させられたそうです、それも十文字にかっ捌かれる感覚だったと……」
「的を得てるよ、そいつは………今の兵士のリアクション見てるとな」
平安末期の日本より独自の習俗として存在し、戦国時代から武士の名誉ある死に方として広まった自殺方法――切腹。
この行為にも、作法というものが存在する。
その一つが、横一文字、縦一字の順で腹を切り裂く〝十文字〟。
人の体は脆弱だが、かといってそう簡単に自傷して死ねるほど柔でもなく、実際そこまでやり遂げた武士はそういなかったという。
当然彼らは、実際に自ら腹を切った経験はない、たとえこの二方の巨人が日本刀型の武器を得物としていたとしても……ではあるのだが、蒐集による兵たちの悲鳴や断末魔を聞いていると、それぐらいの激痛が押し寄せてくると思えてならなかった。
違いを提示するなら、死を覚悟し自ら刃を突き立てた侍たちに対し、魔力を簒奪された彼らは……痛みに耐える心構えすら、準備できずに……死んだ。
これが、騎士たちが繰り返し強いられてきた……汚名を被る業の、一幕。
「効率第一、早く蒐集しないと、また逆麟に触れるわよ」
「ああ、ところでヴィータは?」
戦場の凄惨さに注目する余り、失念していた騎士の一人たる少女の存在を、シグナムの一言でようやくゼロたちは意識した。
丁度その時、夢の潜入者側から左手の方向に、爆音が上がる。
四人はそちらに目を向け、ゼロは爆煙が飛び交う地点を、千里眼で目をズームさせ、透視で煙を払った。
「シェア!」
「はっ――ゼロ?」
「ゼロ!?」
「ゼロさん!?」
透視で目に入った者を認識した時、ゼロは思わずその場から斜線状に降下していった。
あの爆音は、ヴィータの遠距離攻撃魔法――シュワルベフリーゲンによる魔力付加され飛ばされた鉄球が地面に着弾して起きた爆発によるもの。
この時の鉄球は、魔力で擬似再現したものでなく、デバイスの格納領域に予め保管していた本物。しかも爆発の瞬間、砕け散った鉄の破片が爆薬成形弾の役割を果たして襲い来る。
その上爆発自体、地球製の手榴弾より遥かに威力も範囲も広い。
魔力の恩恵を与えてくれた本型カートリッジの破壊により、ほとんどが実質生身となった兵たちが近距離で、そんな爆発を受けたらどうなるか?
「腕がぁ………腕がぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!」
「ママぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!! うぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」
それは被害を諸に受け、戦意に涙どころか理性すら決壊した兵の叫びが示している。
中には……体の内部の器官が露わとなっている者さえいた。
傍から見ればまだ生きて、絶叫するだけの力が残っているのが奇跡とさえ考えてしまう。
当事者のことを思えば、むしろ今ので死んだ方が良いとも言えてしまうだが……なぜなら彼らがまだ息があるのは、コアを宿しているからだ。
「うっとおしい………」
胸を締め付けそうな兵の叫びに。
「うっとおしいんだよてめえら!」
惨状を齎した本人は、逆上の怒りを隠そうともせず吐き捨て。
「戦場でピーピー喚くくらいなら!」
グラーフアイゼンを引き摺りながら一人に近づき――
「最初から―――」
魔導の鉄槌を振り上げ。
「あかんヴィータ! やめて! やめてぇぇぇ!」
叩きつけようとする紅の鉄騎に、必死に呼びかける者がいた。
それこそ、この悪夢を見ている主―――八神はやてだ。
歳に似合わず聡いところがある彼女なら、この光景が〝過去の記憶〟であることくらい察しがついている。
が、だとしても、〝家族〟がこの瞬間にも生ける者に手を掛けようする様を前に、感情が理屈を凌駕し、必死に声が枯れるくらいの声量で叫んでいた。
ゼロが飛び立ったのは、フェイトたちと違い……何の覚悟も心構えする準備すらできず悪夢に放り込まれた彼女から、これから起きる出来事を直視させぬ為。
「―――武器持って」
過去の映像記録な以上、当り前だが……はやての制止の言葉も虚しく。
「戦場に出てくんじゃねぇぇぇぇーーー!」
鉄槌の一撃が振り下ろされる。
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーー!!!」
確実に死に追い込む打撃が兵に到達する寸前。
「見るなぁぁぁぁぁぁ!」
はやての視界は、ギリギリのところを翔けてきたゼロの抱擁によって遮られた――――そして。
つづく。