ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章   作:フォレス・ノースウッド

76 / 83
この前の修行回に続いて、フェイトちゃんにはシンフォギアネタがございます。
探すまでもなく直ぐ分かると思いますが。


SATGE39 - HAND

 暗めな紺色の範囲が、オレンジ色を半分以上染め上げた空の眼下の地上に立つ建築物、いわゆる病院ってやつだ。

 その建物の固有の名は、海鳴大学病院、この中の受付嬢、訪問者、患者などの人が各々集まっている広いロビーに置かれたソファーの一角にて、諸星勇夜はある人物を待ちながら座っていた。

 

「ごめんなさい、待たせてしまいました」

「いえ、もっとお時間が掛かると思っていましたし、いきなり訪ねてきたのは俺の方ですからお気になされないで下さい、お久しぶりです、石田先生」

「こちらこそ」

 

 勇夜の許へと来たその人物な、見た目が30代前半でショートヘアの白衣を着込む女性に、彼は身を立たせて頭を下げる。

 石田幸恵、長年八神はやての担当医を務めている海鳴大学病院の神経内科医師である。

 二人は始めに挨拶を交わすと、ほぼ同時にソファーに腰掛けた。 

 

「あの日ははやてちゃんを助けて頂いてありがとうございます、今日まで一度もお会いにならなかったけど、あの後どうなさっておられたのですか? ここの学生さんでしたよね」

「交換留学で、先月の末まで海外にいたんです、こっちに帰るのに色々ありましたよ、ホームスティ先の家族が日本に興味持って越してくるし、しかもアルフの飼い主の一家とは昔からの仲でルームシェアするわ、家賃浮くから一緒に住まないかと双方の奥さんたちに催促されるわで」

「災難でしたね、聞いたところを見て、退屈はしなかったようですけど」

「はは………鋭いですね、当たりです、みんな超がつくほど人が良い方ばかりなもので」

「でしょうね」

 

 勇夜が話している近況報告の中身は、本当なことも部分部分あるのだが、ほとんどはこの地球での表向きの経歴、海鳴大学の学生という設定を踏まえて作り上げたホラ話である。

 ミッドでは戸籍上15歳、ウルトラ一族としても5900歳は地球人ならまだ高校生な年齢だが、見た目が大人びていることと、同声の声優が演じる某死神のノートを使う青年に負けず劣らずの演技力で、今の会話を見る限りは嘘とは思えない真実味があった。

 ただ……元ヤンで誰が相手でもタメ口が基本で、戦闘には時に厨二病全開な発言をかます彼が丁寧語を使う姿はどうしても、彼を知る身から見るとどこか滑稽味も感じてしまったりする。

 

「それで、今……はやてちゃんは、その人たちの家におられるのですね?」

「はい、そうです」

「一人でいたところを、ばったり勇夜君とお会いになったと聞いた時は驚きました、彼女は今なんと?」

「そのわけを聞いてはみたんですが、だんまりを決め込まれちまって、何も話してくれないんです、それ以外の話題には朗らかに返してくれるんですけど」

 

 軽い近況報告から、本題であるはやての話に変わり、二人の顔から笑みが消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は先刻、勇夜とフェイトたちが夕陽に照らされる海鳴臨海公園ではやてと鉢合わせた直後に戻る。

 

「(バルディッシュ! はやてから魔力は!)」

「(計測不可)」

 

 なぜだ? 相手は殺気も戦意も持っていないとはいえ、この瞬間までなぜ存在に気がつかなかった?

 それに……どうして彼女から魔力を感じない? 彼女は障害を抱えているが、たかがその程度でリンカーコアは消えたりはしないのに。

 表情として露わにせぬよう努力し、幸いそれは実ってはいたが、勇夜たちは心の動揺を前に四苦八苦していた。

 

「勇夜……さん?」

「よお…久しぶりだな」

「はい、こちらこそお久しゅうです」

 

 竹を割った性格な彼にしては、ぎこちない声音で挨拶を返した。

 彼女への疑惑や魔力の無反応なども原因であるが、まさかこの場でばったり会うとは予想もしなかったからである。

 誰にしても……この状況に出くわしてしまえば、程度の差はあれ狼狽しそうではあるがだ。

 とにもかくにも、今は平常心の維持が最優先と、心臓の鼓動をどうにか正常にさせる。

 

「アルフちゃんも元気やったか?」

「ワン!」

「ほんで、そっちの金髪の女の子って、ひょっとして――」

「はじめまして、フェイト、フェイト・テスタロッサ、君のことはすずかから聞いてる」

「ああ、やっぱフェイトちゃんやったんね、こちらこそはじめましてな、八神はやてです」

 

 お互いに自己紹介を交わすフェイトとはやて、二人はすずかの仲介を通じて、お互いのことは既に知ってはいたが、面と向かって会うのはこれが初めてだ。

 

「二人とも知り合いやったんですか?」

「まあな、アルフの飼い主もこの子なんだ」

「そないですか」

 

 この後の石田先生との会話同様に、上手いこと事実を一部脚色、曲解させながら、現在はフェイトらテスタロッサ親子とハラオウン親子と、ナオトにゲンとルームシェアしていることを一通り勇夜ははやてに説明した。

 同じ屋根の下で暮らす表向きのわけの詳細は、細かく設定を決めていることもあって、かなり説明が長くなるので割愛させてもらう。

 

「ところでよ、何でこんな時間に一人でほっつき歩いてたんだ? あの事故で石田先生から外出には必ず家族と同伴しろって釘刺されただろ」

 

 勇夜は、この場で再会してから一番気になっていた事柄をはやてに尋ねた。

 現在の時間は、午後4時30分を過ぎたところである。

 日の入りの時間も早いし、車椅子な独り身で家から結構距離があるこの公園にいた事実にはやはり重大な理由がある筈だ。

 

「その……」

 

 当の本人は、先程までの柔和で親しみ易さが溢れる京言葉風な関西弁による口振りから一転して、言葉を詰まらせていた。

 返答に困っている間を利用して、勇夜は彼女を観察してみた。戦闘経験の積み重ねで、洞察力は人並み以上なほどには備わっている。

 上はややグレーがかった白のコート、袖口から見えるインナーは乳白色のセーターに赤のスカートと黒のストッキング………服の状態から、着用には人の手を借りつつ丁寧にそれなりの時間を掛けている……念の為、人間体でも使える超能力の一つの千里眼(使用の際、瞳の虹彩が光る為、変身魔法の応用で眼の色を非使用時と変わらぬようカモフラージュしている)で、介助者用の手押しハンドルを注視してみると指紋を発見した。付き方から外見年齢なら10~11歳ほどの子が握って押し、付着してから半日も経ってないところも見て、自宅から突発的に出てきたわけではない、途中までは家族の誰かと同伴していた。

 他に目にできる手掛かりは、服や髪に付着している常人には視認できない微細なほこりの量、それに混じって肩辺りに髪の毛が数本…長さと細さから見て女性のものと推定、寒気でやや赤くなった頬、唇と肌の乾き具合、外出用の車椅子のタイヤの汚れ具合から、午後0時~~13時までの間から介助役の同伴者と一緒に出かけ、そこから現在まで、時間の約半分は室内に、後の半分は外に出ており、何かをきっかけに同伴者から振り切った………普通にはぐれたのなら、質問した時あんな反応を見せるのは不自然だからだ。

 いくら彼がウルトラマンとはいえ、人並み以上どころじゃない、なんてツッコミは受け付けない。

 

「(アルフ、はやてからグレンやシグナムたちの匂いは付いてるか?)」

「(う~~ん………色んな匂いがこんがらがってて、さっぱりだ)」

 

 はやての体に付いた不特定多数の人の香りで、同伴者を匂いで特定するのは断念される。

 

「(でも、ほんのちょっとだけど、時間が経った本の匂いが………一冊や二冊じゃないね、書庫みたいなとこにいたみたい)」

「(………ってことは、少し前まで図書館にいたんだな)」

 

 それでも鼻が利く狼の使い魔なアルフのお陰で、はやてが一時どこにいたかは把握できた。

 

「(胸に長方形のでっぱり………リンク、はやてからレギオンが寄って気そうな電磁波は流れてるか?)」

『(感知できません、電源を切っていると思われます、女子相手に申し訳ないのですが、視覚共有と透視をお願いできますか?)』

「(ああ)」

 

 今度は勇夜の視覚情報をリンクとシンクロし、同時に千里眼による透視で、はやての内ポケットに入った携帯を確認する。

 リンクは携帯の形状から、該当機種を瞬時に割り出した。

 

『(GPS機能付属の、比較的新しいモデルです、状態から見て、使用期間は約一年ほどかと)』

「(電源はオフだから、GPSで家族に位置を知られずに済んだってわけか)」

 

 このGPSの件と、先のリンカーコアの件、車椅子に実年齢相応より小柄な彼女に対し自分らと会うまで、誰もはやてを気に留めなかった不可解さは幾つも残るが、これらの推理を踏まえれば、一人でいた理由は――――――それはともかく……はやてをこのまま一人にしておけない。どうにか送っていきたいのだが……今彼女の家に行くことは、色々と厄介でリスクが大きい。

 行くなら、地雷原のど真ん中に足を踏み入れる心持ちと覚悟で臨まなければならなかった。

 

「(もしはやてが主なら、家に行った時にあいつらとばったりなんて……)」

『(あり得ますね、昨夜の戦闘からまだ一日も経っておらず、彼女の現況であちらには精神面の余裕はない筈ですので、今彼らと接触すれば戦闘は不可避です、風の癒し手でしたら、念話遮断に結界による身柄拘束もお手のものですから、備えもなしに八神家に向かうのは危険です)』

「(でも………このままはやてを一人にはしておけないよ)」

 

 そのリスクたちは、今女性陣が口にした通りだ。

 未だはやてが闇の書の主である可能性は、外れてほしいと勇夜たちは願ってはいるが、だからといって最悪の局面を予測する思考を停止するわけにもいかない。

 一方で、フェイトの言う通り、彼女を一人な状態のままにしておけなかった。冬の冷気に半日も晒された体に、この季節には活発になるインフルエンザらウイルスが体内に侵入して牙を向く可能性だってあるからだ。よってフェイトの意見には全員賛同である。

 

「(仕方ねえ、石田先生に一度はやてを預からせてもらって、家族への連絡も先生に頼むか) はやて、今日石田先生は勤務中か?」

「はい、昨日の診察で『明日も仕事があるから大変』と言うておりました」

 

 はやてはさっきの質問の時とは正反対に、はっきりと答えた。

 今の状況下で、一番波風立てずにはやてを自身の住まいに送れる案を、より具体的にかつ簡潔に説明すると――

 海鳴大学病院に寄る。

 担当医の石田先生の面会を求める。

 先生に家族構成の変遷等の近況をさりげなく聞きつつ、はやてを一時保護してもらい、家への連絡も依頼。

 そして、早目かつ自然に病院から退散してその足で帰宅―――な、流れだ。

 

「(帰ってる途中に迎えに、来た騎士たちと会ったらどうしよう…)」

『(その対策も立ててあります、メモリフラッシュ)』

 

 リンクは情報転移魔法――メモリフラッシュで、三人の脳内に大学病院を中心とした地図を見せた。中丘町のはやて家と病院には赤い丸が点滅し、両方の地点を道路に沿ってマーカーが結ばれている。

 

『(このマーカーは八神家宅から病院までの最短ルートです、長年通院しているのなら、このルートをいつも使っているでしょう、少し迂回することになりますが、帰りの際は私のナビゲーションに従って下さい)』

「(分かった)」

「(うん)」

「(あいよ)」

 

 一同は念話によるこれからの打ち合わせを一通り終えた。

 そうと決まれば実行、さて………鬼が出るか蛇が出るか。

 はやてが主である説が外れればそれで良し、当たってしまったとしても一応捜査の進展にはなる。

 

「そんじゃ、家まで送りたいんだけど、いきなり家族には見知らぬ俺たちが行っちゃびっくりさせるだろうからさ、病院までは送るぜ、車椅子も押してやるから」

 

 と、はやてにこの後の主旨と同伴の旨を伝えつつ、彼女の車椅子の取っ手に手を掛けようとしたその時だった。

 

「お、おい…」

 

 いきなりはやては、両手で勇夜の左腕をがっちり掴んできたのである。

 

「は、はやて……どうした?」

 

 さすがにいきなりのことで、彼女の行為の意図が分からぬまま、当人に問うしかない勇夜。

 

「―――とないんです」

「っ……? なんだって?」

 

 最初は、余りに儚い小声で、何を発したか上手く聞き取れなかった。

 小柄で座る格好な彼女は顔を俯かせているので、勇夜からは表情が見えない。

 だが、明らかに寒さによる凍えとは違うものと断定できるまでに、小刻みに

震える両腕と彼の手を握る両手が、顔に頼らずともはやての意志を物語り…代弁していた。

 

「帰りとう…ないんです」

 

 今度ははっきりと明瞭に、はやての沈痛な切願が込められた声が勇夜たちの耳に響いてきた。

 帰りたくない………具体的な成り行きは何であれ、彼女の夕方まで一人での外を出歩いていた理由が何であるか、これではっきりと示された。

 

「今は……家(うち)に帰りとうないんです……お願いです…………お願いです…………帰らせないで下さい」

 

 悲痛な気持ちを搾りとって発された懇願の言葉を前に、勇夜もフェイトもアルフも、困惑な顔を浮かべる以外に、応じる手立てを持ち合せていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから約一時間半が経ち、空がもう完全に紺色へと変色していた。

 夜に応じてありとあらゆる部屋から電灯が点いた海鳴大学病院のメインの出入り口から、勇夜が出てくる。

 あの後、フェイト、アルフ、そしてはやては、勇夜の連絡で実は購入していた日本車で迎えに来たリンディに住まいのマンションに送ってもらい。彼はその足で大学病院へ向かい。石田先生に表現のオブラート込みで先の出来事を報告したのである。

 その際、しばらくは自分らのマンションではやてを預けるものの、〝ご家族〟には先生が彼女を預かっていることと、当人が帰る決心をするまでそっとしてほしいと伝えるよう頼んでもおいた。

その方が向こうも安心するだろう……とも言った甲斐もあり、頼まれた先生も快く了承してくれた。

 

「(プレシア……今、はやてはどうしてる?)」

 

 勇夜は念話でプレシアにはやての今の様子を尋ねた。

 

「(娘たちとw○iのカラオケで遊んでいるわ、今はフェイトが『恋の桶狭間』って曲を歌ってる最中)」

「(どう聞いても……それ、演歌だよな? 何でまたそんなチョイスだよ)」

 

 予想斜め上の変化球な返球に、勇夜は苦笑ってしまう。

 なにせ異世界人で地球ではイタリア系アメリカ人で通しているフェイトが、日本特有の歌謡曲を歌うのだ。想像するだけですごいインパクトがある。

 

「(アリシアとはやてちゃんからのノリと勢いでせがまれてね、最初こそあの子恥ずかしがってたけど、結構ノリノリでこぶし利かせて歌ってるわよ、さっきもイイ○コってお酒のCMの歌も熱唱てたわね)」

 

 そのお酒のCMソングも、正確には演歌ではないのだが、日本らしい情緒感溢れる歌である。

 

「(でさ、あの子から家出について、何か………)」

「(何もよ、はやてちゃんそのことと家族に関わる話は一切答えてくれないの、口を開いてくれるまで、辛抱強く待ってなきゃいけないわね)」

「(だな……今からそっちに帰るわ)」

「(気を付けて)」

 

 念話を終えた直後、勇夜は溜め息を吐く。まだ課題が何かと山積しているが、今夜はもうその対策を考える気力は維持すら億劫になるほど残ってそうにない。

 素直に白状してしまうと、はやてから懇願を受けたあの時でさえ、彼女が主であってほしくないと、まだ願ってしまう自分も心にいた。

 だけど……現実という確証を前にしては、無理やりにでも納得させるしかない……それだけ、はやてが主だと証明する決定的な証拠をいくつも掘り出してしまったからだ。

 さっき石田先生に、家族のことを詳しく聞かしてもらったのだが、するとどうだ?

 彼女が生まれた歳に養子になった義兄の名前は〝紅蓮〟、オレンジ色の地毛に、ガキ大将風な雰囲気なムードメーカーの少年………物の見事にグレンファイヤーの人間体。

 今年同居し始めた面々に関しても、一人は金髪の女の子で、そんな白人風の見た目なのに名前は〝久遠〟。

 他の面々と飼っている犬はヴォルケンリッター各メンバーと同じ名……当然だ、同一人物なんだからな。

 シグナム、ヴィータ、シャマルにザフィーラ……ヨーロッパ製の車と同名な名前のやつなんてそういない。なぜか一人だけイタリア車で、後はドイツ車という半端な組み合わせには頭をかしげるが、そんなことはどうでもいい。

 証拠はもう一つ、自分がロビーで待ってる間に光から、はやてを探してて藁にすがる思いで頼ってきた久遠が、はやてが自分らの家族で魔導書の主だと、認めたそうなのだ。今彼女は高町家で光たちに事情を話しているらしい。はやての体内からコアが消えたトリックも込みだ。

 さらにとダメ押しに、はやての車椅子を押そうとして彼女の手に握られた時、こっそりコートに付いていた髪の毛から内一本を回収して、リンクに調べてもらったのだが。

 

『(マスターが採取した毛髪から、細胞一角からDNAの塩基に至るまで魔力反応が検出されました、細胞組織の構成を見るにこの髪は魔法によって擬似的に再現されたものです、色と長さ、形状から、恐らく…風の癒し手のものかと)』

 

 結果はこの通り。こうまで真実が明確に明らかとなっては、違うかもしれないと、いくら駄々をこねたって無駄、そんなささやかな願いなど捻り潰されるだけだ。割り切るしかない。

 勇夜は、止めていたVMAXを駐輪場から出して跨り、フルフェイスタイプのヘルメットを被りエンジンを掛ける。

 この事件に隠された真実を明らかにする……その為に、今日まで捜査活動に従事し、こうして明るみにできたというのに、また白状すると…心境は感慨よりも苦々しさが上回っている。

 さっき飲んだブラックの缶コーヒーの比では無い苦さが、口内を蠢いていた。

 しいて理由を一つ上げるなら―――勇夜は一度ハンドルから右手を離し、バイザーを開けて掌を見つめる。

 

〝帰りとう…………ないん……です〟

 

 あの時のはやての様子と声が、記録映像並の明瞭さでフラッシュバックされた。

 しいて口の苦味の元を上げるとすれば、ずっと同じ屋根の下でともに暮らしてきた仲で、家族の温もりってやつをグレンたちや守護騎士に味あわせてくれたはやてがSOSを発して縋ってきたその手を、家族を差し置いて図らずも自分の手で受け止めてしまったことへの〝罪悪感〟、とも言うべきか……それを振り払うように、やや強めにバイザーを閉じ、スロットルを引いてVMAXを発進、完全に濃い紺の色合いな夜天となった海鳴の街を、彼は疾走して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身の部屋がある二階に連なる階段を登るなのは。

 彼女の手の上には、丸型のお盆が、その盆の上には藁の籠に入った和菓子に、緑茶の入った湯のみ二つ、ホットミルクのカップ一つだ。ミルクはなのはの分である。

 日々修練に明け暮れていた賜物か、苦も無く盆を片手の絶妙なバランスで持ちながら自分の部屋に入る。

 

「まさか、あのトラック事故の救助者が…勇夜殿だったとは」

「はい、その縁で、八神はやてが主の上位候補に上がったのですよ」

「なんという因果か…」

「光兄、持って来たよ」

「あ、御苦労さまです」

「久遠さんも緑茶でよかったですか?」

「問題ない、忝いな」

「お砂糖とか……入れなくても……」

「な…なぜそんなものを入れる必要があるのだ? 緑茶に甘味の組み合わせは不協和音であろうに」

「にゃはは……ですよね~~」

 

 十中八九、砂糖云々は甘党提督の仕業によるものだ。

 地球の一部地域ではともかく、疑問顔を浮かべる久遠の日本では至極真っ当なツッコミになのはは笑ってはぐらかし、盆を部屋の中央にあるテーブルに置く。それと差し向かいになる形で、光と久遠はカーペットに腰を下ろしており、なのはは光の横に正座で座り込んだ。

 三人は各々手に持った飲み物を一口、喉に流しこむ。

 

「先程ストレートにものを聞いた身な上に、取り調べそのものになってしまいますが……」

「気兼ねせぬともよい、私が〝被疑者〟の一人には違いないのだ」

「では改めてお聞きます、グレンにあなた方とは義理の家族な間柄でもある闇の書の主は、八神はやてでよろしいですね?」

「その通りだ、グレンの方は光殿と同様、11年前にこの街に迷い込み、はやての御両親に保護されてそのまま養子となった」

「いつ頃から、魔導書ははやてちゃんのところにいたんですか?」

「七年くらい前の、両親が不慮の交通事故で亡くなった直後には、あの本があり、はやての足の麻痺も、その頃から兆候はあったそうだ」

「騎士たちが目覚めたのは――」

「五月の初めごろであったな」

「で、はやてちゃんの足が悪くなった原因は…」

「魔導書がそなたらがリンカーコアと呼ぶ魔力生成器官を浸食し、それが身体機能の支障をきたしていた」

「そして、ヴォルケンリッターの現界が引き金となって、浸食の進行が悪化したと」

「ああ、担当医の石田殿から、臓器の麻痺も時間の問題で………進行が止まらなければ最悪心不全を起こす危険性もあると宣告を受け、それを止める為に………はやてとの約束で禁忌としていた蒐集を始めた………いきさつを大まかに説明するとこうだ」

「はやても、グレンも、あなたたちの行為にはご存じなかったのですね」

「左様、蒐集は私たちの独断によるものだ、紅蓮もあの夜でのそなたらとの一戦までは存じていなかった、これだけは断言させてくれ」

 

 高町兄妹からの質問の連投を、久遠は嘘偽りなく、包み隠さず答える。

 彼女からの了解も予めとった上で、今この一連の会話は、シルバーライトとレイジングハートが逐一録音していた。

 二機が同時に記録しているのは、証拠としての信憑性を高める措置である。

 

「久遠さん、質問を変えるんだけど、どうして蒐集のお手伝いをしてたあなたが、騎士さんたちに内緒で、光兄たちと会ったんですか?」

「……………………手短に言うと、その方法ではやてを助けられるかどうか、疑問が沸いたのだ……」

「その切欠はひょっとするとですが―――」

 

 光は、シルバーライトから、彼の格納領域に保管していた代物を取り出す。

 ライトから放出された光が四角上の物体となり、具現化されたのは一冊の本だった。

 

「この童謡のお話が関係していますか?」

 

 厚さは比較的薄めなその童謡で絵本な書籍の表紙は、江戸時代の北陸の薬売りの風体をした青年と、巫女服を着て狐の耳と尾が生えている金髪の女性が手を握り合って見つめる構図な絵で、上部にふりがな付きで『弥太と久遠』と題名が書かれていた。

 実はこの絵本、例の海鳴市の久遠塚の伝承の内容を童謡化したものだ。

 

「言い伝えとして現代まで語り継がれていたことは存じていたが………童謡となっていたとは……」

「約二十年前にマイナーな出版社が出したものなのですが、『可能な限り元を忠実になぞった後味の悪く救われないストーリー』が不評で、数年で絶版になったのです、私も昔一度読んだきりだったのですが、巫女姿のあなたと、伝承について調べる内に思い出しまして、家の倉庫から引っ張り出してきました」

 

 なのはは兄の概要を聞きながら、速読魔法で一気に絵本を読み終える。

 

「ご感想は?」

「今すぐ作文にするのは無理だけど、国語の教科書に載ってた《ごんぎつね」を読んだ時より胸が痛くて、悲しいお話だった…………でも、この本の久遠さんは亡くなってるんだよ、なら……今ここにいる久遠さんは―――」

「その妖狐の娘…………が私だ、今の名ははやてからもらったもので、母が弥太から名付けてもらったのと同じなのは、偶然の産物によるものだよ、嬉しくも……あったがな」

 

 絵本にも、その童謡のモデルにもなった言い伝えにも娘の方の久遠が記述どころか存在の欠片もなかったのは、当時の彼女は生まれてから数年で、超極度の人見知りで人間相手には薬売りの青年以外姿を現さなかった為、記録に残らなかったからだ。

 当事者の一人でありながら人間の記録に何も記されていないカラクリはこの辺にしておく。

 代わりに、絵本のモデルの久遠の体験談が、どう昨日の勇夜たちとの接触に繋がったのかというと、彼女曰く……重なって見えたそうなのだ。

 

 母が愛した人間を殺やめてしまった後に海鳴市となる地の村人たち。

 

 はやてを助けたい一心に蒐集に明け暮れる騎士たちの姿。

 

 この両者に対して、しいて共通項を一つ、述べるとすれば、〝自分らを脅かそうとする災いから脱するには、ある方法一つしかない〟という考えに囚われてしまっていること。

 もし……騎士たちが我武者羅に突き進む先が、母たちとあの村人との間で起きてしまったものと同様、ともすればそれ以上の悲劇へと繋がっていたとすれば………一度脳内に起きた波紋を、家族に下手に悟られるよう抑えつつも、騎士たちの戦う姿を目にする度、不安と悪い予感は日々大きくなっていったという。

 闇の書そのものの、666頁分の魔力を集めることで封印が完全に解かれるなどといった不可解な性質は、その不安たちの可燃物で燃える火に注がれる油ともなった。

 それらの疑念と不安の正体を暴く為の情報を集めるべく、久遠は単身昨日まで勇夜たちを探し、見事に彼らを見つけ出し接触、初日は用心深い姿勢に徹して……そこから段階を踏んで彼らと闇の書の謎を解いて、その謎の中身が自らの不安を的中させるものなら、その材料で騎士たちを説得させる手筈であった。

 しかし今日、思わぬアクシデントが起きてしまった。

 

「はやてちゃんが家出しちゃった……心当たりはないんですか?」

 

 一応、その日は昼まではいつも通りの日常は保たれていた。

 最初に〝一応〟と付け加えたのは、あの一家では、家族の内数名が、家族との約束を破り、理由はどうあれ密かに自らの手を汚す行為を続ける〝影〟があるからでもあるし、昨夜の激闘は彼らに小さくない影を残したからである。

 それでも午前の時点は、その影を一番知られたくない相手には悟られずに済んだ。

 が……午後に入って一変する。

 勇夜の推理通り、12時代にはやてと久遠は家から出て、図書館に向かい借りた本を返し、新しく借りる本の見聞をはやてはしていたのだが、13時半を過ぎた辺りから、忽然と姿を消した。

 その時子ども形態だった彼女は、人手の無いところで大人形態に変え、光たちに緊急の念話を送るまで、休まず探し続けた。

 結果は彼女の独力では、無し得られなかった形となってしったものの。

 

「図書館にいた時に、咄嗟に私を振り切るに至る〝何か〟自体は分かる……だが、どういった流れではやてがそれを………」

 

 久遠は俯いて、指を額に突きつける。騎士たちによるアリバイの網を潜ってはやてがその〝何か〟を知ってしまった出来事を探っている為。どう頭を探っても、今の時点では掘り出せずに終わった。

 

「中身が、昨夜私が紅の鉄騎殿に与えた言葉の槍並にショッキングだったのは、察せられます」

「ヴィータがか? 確かに今朝の彼女は空元気ではあった……ただ、それは家族全員にも該当している……か、一体何を―――」

 

 質問しようとして、久遠は《言葉の槍》の意味を感づく。

 

「《正論の刃》って、やつです」

 

 光は静粛と、昨夜のヴィータとの一戦で、〝悪魔の仮面〟を被り、彼らの行いの先にある未来の可能性を突きつけ、彼女を完膚無きまで追いつめたことを告白した。

 淡々と語る声音にはどこか、自らを嘲る声色も感じられる。

 彼の言う通り、〝正論〟は、どんな刃物よりも殺傷力のある刃に、鉛の弾以上に心を貫通させる弾丸となり、人が己と他者を律し、御し、治め、共生する上で必要な〝正しさ〟は、時として悲劇を生み出す種となってしまう。

 善人悪人問わず、誰にも彼にも潜む罠の一つでもあるのだ。

 鏡の騎士の告白を、二人はほんの寸刻の間、粛々と聞いていた。

 

「久遠……さん」

 

 ふとなのはは、久遠へと目の先を移す。

 

「光殿……そなたはご自身を悪魔だとおっしゃりたいのか?」

 

 目の線が久遠に固定された瞬間に、彼女は口を開いた。

 

「彼らを苦しめる咎を、無理やり直視させましから、そう呼ばれるのは――」

「呼ばれるべきはむしろ私たちの方だァ!」

 

 光の返しの言葉を、悲鳴にも似た絶叫で久遠は掻き消し、握り拳にした両手をテーブルに叩きつける。そのショックで机上の湯のみがカーペットに落ちた。

中の茶は飲み干されていたので、布地に染みを作る事態にはなっていない。

 

「どう考えても……悪魔に値し、責められるべきは〝私たち〟だぁ……だって…そうではないか、家族を救いたい願いの為にぃ……はやての想いを…願いを、踏みにじった……誰かにとっての友や家族でもある者たちを、それこそ光殿の妹君らをぉ理不尽の牙で傷つけた…………幼子を守ろうとする母でもある獣たちに、引導すら渡した………挙句、紅蓮を旧友と親族との板挟みにして苦しませて…………病魔の呪いから助けようとしたはやてにすら……」

 

 代わりに、むせび泣く彼女の目じりから滴り落ちる雫によって、机上は泪でできた水たまりを作り出していた。

〝恨めしい〟

 弥太を殺し、母を狂い死にさせ、自らの住む大地を焦土にさせたあの時代の人間たち以上に……己自身が恨めしくて仕方ない。

 もしも時間の壁を越えられる術があるのなら、今すぐ宣告を受けたあの日の夜に行って、その時の騎士たちがこれから行う所業を止めて、〝自分が戒めになる〟などとご高説を唱える己を言い聞かせてやりたかった。

 はやては確かに命の危機に瀕している。彼女を助けられる方法があるのなら、それに賭けたい気持ちは打ち消したくない。

 問題は選んでしまった手段。

 なぜ、思い至れなかったのか? 自分らが選択した手段が、よしんば彼女の命を死の谷底に落ちる前に繋ぎとめられたとしても、引き換えとなるものの大きさを。

 今日の出来事は、引き換えとして差し出された贖いの一つであり、騎士たちにとっては、身体的痛みより深く奥に刻まれる傷そのもの。

 

「非情な仮面など被らなくともいい、いっそのことはっきりと断じてくれ………私は、彼らを誑かし悪魔にしたてあげた女狐だ……」

 

 これまでずっと表出させぬよう、内に抑えてきたものをが、その今日起きたことが発端となり、ここに来てこらえきれず涙となり流れ、一滴が、震える左の握り拳の甲に落ちる。

 直後、その手に触れるものがあった。

はっとして久遠は自らの泣き顔を上げる。

 

「久遠さん……」

 

 なのはの小さな両手が、久遠の手を包み込んでいたのだ。

 

「光兄の言葉は胸にくるけど正しくて、はやてちゃんを助けたい願いでたくさんの人や動物さんを傷ついてしまって、それを『ひどい』って思っちゃう人もたくさんいる、それくらいなら、私にも分かります…………でも――」

 

 一呼吸の間を置いて、なのはは久遠の目を見つめながら言葉を紡ぐ。

 

「でも……だからかもしれません、私はあなたたちを、酷いとか、悪魔とか、そんな言葉で攻めたくありません、あなたとグレンさんに、騎士さんたちも、辛くて……痛くて……悲しい思いをしてるのも、分かるから」

 

 その目は、かつてフェイトに〝友達になりたいんだ〟と伝えた時と同じ、少しでも、相手が抱える重さを、少しでも和らげようと、その気持ちを分け合おうとする瞳そのものであった。

 

「(なのははこういう子です、たとえ理由も話さず暴力を振るってきた相手に対しても、その人を理解しようとする努力と、手を差し伸べることを忘れない)」

 

 なのはの言葉に座る格好ながら心が立ち尽くしていた久遠に、光は補足の言葉を念話で説きながら、妹の手に包まれた彼女の手に自らの手を添え。

 

「私が辛辣に口にした贖罪の未来は、今となってはどう足掻いても避けられない運命でしょう………けれど、戦友のご家族を、それ以上の絶望の悲劇(みらい)な奈落へは、絶対に落とさせません」

 

 静かさの奥に、明瞭に強さも感じさせる口調で、彼も決意を述べた。

 

「…………………」

 

 暖かい。二人の手の微熱が心の臓にまで伝ってくる感覚を覚えた。

 どうして、自分たちが強いた理不尽の被害者である彼らは………恨みつらみ等、清濁の『濁』に相当する存在こそ否定せずとも、自分にこうして語りかけられるのか? 今はどうしてもその理由を、己の思考からは推し量れずにいた。

 それでも、手を差し伸べてくれた血は繋がらなくとも兄妹なこの二方の厚意は、ちゃんと分かる。

 証拠に、目じりにがまた潤みだし、言葉にできない想いは頬を伝って嗚咽と一緒に、溢れだしてくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一分ほど時間が経った矢先。

 

『失礼しますが、ユーノ殿から通信が入っています』

「にゃ!? どうしよう、久遠さん……」

「私は構わぬぞ、それと、私のことは、そなたが一番呼びやすいと思う名で、呼んでくれないか?」

「はい…………じゃあ、〝くうちゃん〟……でいいですか」

「ああ、喜んで」

『マスター、一度間を置いてこちらから連絡し直しますか?』

「あ、今繋いで」

『了解』

 

 レイジングハートは宙に、ユーノ立体モニターを出現させる。

 

『すみません、何やらお取り込み中だったみたいで』

「お気づかいなく、例の朗報の件ですか?」

『はい、〝闇の書と付けられてしまった魔導書〟のことで報告があります、久遠…さんでしたよね? あなたにもお聞かせしたいのですが』

「心得た、私も……〝彼女ら〟すら忘れてしまった真実を、この目で知りたい」

『では、月面のナオトさんのところへ来て下さい』

 

 とユーノが言い終えると同時に通信は終わり、レイジングハートはモニターを切った。

 

「ユーノとやらはさらっと言ったが、ここから月までどうやって行くのだ?」

「直ぐに着きますから、くうちゃんは目を瞑ってて」

 

 

 なのはがそう前置きを述べると、光は服の内側からミラージュアイズを取り出し、両腕を水平に重ね。

 

「ミラー! スパーク!」

 

 アイズの前で手をクロスさせる。

 ペンダントから発される光は、なのはと久遠ごと包み込み、部屋の窓ガラスへと飛び、一瞬の内に煌めきは彼らごと消え去った。

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。