ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章   作:フォレス・ノースウッド

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なんか妙にレイハがノリのいい回……ノリがいいのは原作からでした。


STAGE36 - 心の内

 海鳴市に住む市民たちには有名で、何度も地元のタウン情報誌に掲載されるほどの人気を誇る高町一家の経営する喫茶店。

 喫茶―――翠屋。

 

「あれ高町? 今日はお前ウェイトレスやる日?」

「にゃはは、そうなんだ、ご注文は如何いたしますか?」

 

 本日の翠屋では、高町家の末っ子であるなのはがウェイトレスとして接客業を営んでいた。

 なのはは今日に限らず、もう数十日もすれば年末だが、今年、時期的にはP.T.事件後から少し経った頃から、休日の日に月に2、3回程度の頻度でこうして店の手伝いをするようになっている。

 

「なのは、黒糖キナコパフェとイチゴパフェ、抹茶チーズケーキ4番のテーブルのお客様にお願い」

「は~~い」

 

 主な仕事内容は、客の一人で家族連れのクラスメイトの男の子とのやり取りを見れば分かる通り、注文を取ったり、食器の洗浄、簡易的な店の清掃。

 ちなみに、仕事に勤しんだ分は一応お小遣いに多少反映されてたりする。

 実を言うと、数年前からなのはは翠屋でのお手伝いを熱望していた。

 その熱意の原動力は、やはり小学校に上がる前の、幼年期の経験諸々だ。流石に去年までは、その気持ちは受け取っておくよ、と穏便に断られていたが、月に2、3度、一日に3、4時間、60分ごとに10分ほど休憩を挟む、汗かくほどの重労働は禁止、無理は禁物などのルールが定められた上で現在に至っている。

 それでだ…やっぱり~~と言うべきか、まああり得ないわけないな、とも表現すべきか……なのはが手伝う日は結構集客率は伸びる。

 ルックスもクラスでは上位となる美少女であるし、良い意味で尖り過ぎない物腰と気立てのよさ、そして『にゃはは』という声に添えられて見せる彼女の笑顔には、とても好評、リピーター率すら高める効果を出していた。

 お客さんの評判の声の中には、『なのはちゃんの笑顔見ると、不思議と元気が沸く』というものもあるくらい。

 そんな当人も知らぬ内に、客たちの間であるあだ名が彼女に付けられていた。

 当人が聞いたら、絶対赤面モノな代物。

 その名は――――〝喫茶翠屋の天使〟

 母桃子が娘に言った―――「なのは自身がみんなの力になる魔法」―――という言葉に偽りは無かった。

前述のこのあだ名こそ、なのはという女の子自身が持っている〝魔法〟の象徴たる言葉である。

 

 

 

 

 

 

 そして時間は少し進んで、一時間ごとに置かれる彼女の一休みの時。

 店内の裏手に設けられている休憩室にて。

 

『(まずは新たに加えられた機能の一つであるカートリッジシステムβの詳細から、おさらいとして説明致します)』

「(うん、お願い)」

 

 休憩時間を利用して、なのはは改修作業が終えられたばかりのレイジングハート改め、《レイジングハート・アドバンサー》から、パワーアップした彼女自身のスペック説明の講義を受けていた。

 

『(βカートリッジは、勇夜殿とリンク殿が、以前からデバイスへの導入を検討されながらも、相性の悪さ等の理由で採用されなかったミッド式魔法でも扱えるカートリッジシステムをコンセプトに考案された新型外部魔力供給機構です)』

 

 なのはの脳内に、USBメモリに酷似したある直方体状の物体が浮かぶ。

 全体の主な配色は金色で、面の一つには、上から緑、黄緑、黄色、燈、赤の順番による配色の変化がある長辺を横向きにした長方形が縦に並んでいた。

 これこそレイジングハート専用のβカートリッジで、彼女自身が人の脳髄に直接イメージを送る魔法、《メモリフラッシュ》でなのはに見せているCG画像である。

 

「(でもみんなにも使いやすい様にって作られたのに、どうしてこれを使ってる人が勇夜さんと光兄しかいないんだろう?)」

『(それはこのシステムの短所が原因でしょう)』

 

 バッテリー方式によって、拳銃の弾丸を使用した以前のタイプと比べて、カートリッジに蓄えられる魔力量は格段に増加し、機構もシンプルとなったことで搭載デバイスの内部構造の複雑化による強度の脆弱化の問題もクリアされた―――というのに、今日まで使い手が異世界からの巨人二人と極端に限定されていた事情は。

 

『(マスター、カートリッジロードを調味料の計測に置き換えてみて下さい、べルカ式デバイスに組みこまれた以前のタイプは計量スプーン、計量カップに相当する〝目安〟がありました、しかしβカートリッジは使い手の目側、つまりマスター自身の〝目〟のみで適切な量をねん出しなければなりません)』

「(なるほど、そう言われると騎士さんのより扱うのがもっと難しそうだね)」

 

 レイジングハートの比喩表現は、一見突飛だが的を得ている。

 さらに喩えとして喫茶翠屋だけに目の前に五人分のケーキを作れる材料が置かれているとしよう。

 そして計測器を一切使わず、ぴったり適量で一人分のケーキを作れと言われたら……無理と答えるしかない。

 システム用の魔力弾丸のようなその計測器に値する目安が無い分、より取扱がシビアになってしまったのが、βカートリッジ。

 愛機からの説明を受けて、なのはは苦虫を噛まされるにも等しかった……実戦に出られない挫折を味わってまでも魔力制御を中心にした特訓を優先させ、かつ自身の我がままに付き合ってくれた大人たちの厚意に感謝したくなった。

 いくら想いが強くても、それだけでは前よりも高性能でピーキーで暴れ馬な乗り物と化した愛機を使いこなす〝乗り手〟となり得なかったろう。

 ゲンの言う通り、まずは〝かつての自分自身〟を乗り越える必要があったのだ。

 

「(次に改修前と後の相違点をお見せします、『百聞は一見にしかず』などという諺もあるので、こちらをご覧ください)」

 

 次にレイジングハートはメモリフラッシュでなのはの脳内に見せたのは、まずバリアジャケット、以前のタイプと、自身の性能向上に合わせてリデザインしたものの二つ。

 一見するとそんなに違いは見受けられないが、よくみると両手を保護する黄色いラインとルビー色のガラス玉が入った青色のガントレッドはサイズはほぼ一回り大きくなり、他にもこうして見比べると目で分かる変化の数はそれなりに多い。

 中央の赤いリボンも、結び目には楕円型で金色の縁取りがされたガラス球が添えられていた。

 デザイナーである彼女曰く、ウルトラマンのカラータイマーの意匠を入れてみたとのこと。

どうしてそうしたのか? と聞いてみたら本人曰く――

 

『It’s So Cool』

 

 ――だから、らしい。

 そして外見の変化以上に、防護服の防御力は向上している。

 バリアジャケットの周りには、不可視の魔力の障壁の膜が展開されており、以前は膜が8層であったが、リデザイン後は22層に増量され、加えて防護服の胸部のインナーには、魔力の防弾チョッキとも言えるプレートが胸周りに装着されている。

 この仕様で以前より魔力消費は嵩み、空間機動の機敏さも切り捨てられたが、なのはの強みの一つである防御は強固となった。

 そのまた次にレイ……長いのでアリシアが付けたあだ名を使わせてもらう…レイハはセットアップ時の自身の形態の比較画像を見せた。

 最初に、改修後は『アクセルモード』と改称された基本形態。

 アルファベットのCの中に、AIが組み込まれたルビー色の球体なコアが設置されている点などは同じだが、カートリッジシステム搭載により持ち手と先端の間にある機関部が大きくなっている。

 その機関部の下部にはβカートリッジの差し込み口が隠されており、飛行機のタイヤに似た要領で45°展開された部位に装填して格納、魔力供給される仕組みだ。

 二番手として、なのはにとって十八番と言える砲撃魔法使用時の砲撃形態。

 新たな名称は『バスターカノンモード』。

 こちらの主なる変更点は、レイハのコア周りに追加装甲を施すことで、敵からの攻撃は無論、カートリッジの恩恵で威力が増した自らの砲撃にも耐えられるようになっている。それ以外は機関部の太さと装填口を除けばカノンモードとそれ程変わりない。

 ここまでなのはの強みをより高める仕様にできたのも、勇夜とリンクのアイディア力と、テスタロッサ親子の技術力、愛機を使いこなせるよう指導したゲンの賜物と言えた。

 

 

 こんな感じで、レイジングハートのレクチャーを受けているなのは。

 しかし……大真面目に愛機の個人講義を受ける一方で、彼女は並列思考――マルチタスクを使って別の考えごとを、実を言うとしている最中。

 魔法、自らの才の無駄遣いもいいとこだが、それでもこの時の彼女には、それを後回しにする思考は持っていなかった。

 今、なのはが思案のお題となっているのは、親友――フェイト。

 そのフェイトが、恋焦がれるほどに、義兄の戦友であるウルトラ戦士に恋心を抱いている乙女な女の子であることは、なのはもはっきり熟知している。

 交換日記ならぬ交換ビデオメールの送り合いをしていた頃でも、一緒に聖祥で一緒に学校生活を営む今現在でも、他の話題の時は結構饒舌に喋るのに、彼のこととなると、瞬間湯沸かし器並の速さで紅潮、急に極度の上がり症な人見知りの子と化して、言葉に詰まってしまう事態はちょくちょく発生していた。

 恋心の熱にうなされて、倒れてしまった事態だって今日入れて二度起きている。彼への慕情の強さを顧みるに、この先もあんな局面は何度となく起きるだろう。

 親友が乙女度全力全開レベルな夢見る少女であるのは、ずっと前から知っていた周知の事実であった………というのに。

 なぜだろうか?

 今朝、その二度目の恋の発熱で卒倒する姿が脳裏に張り付いて離れない。

 憧憬、憧れともいうか、羨望……乙女な親友が妙に羨ましいなんて気持ちが生まれ育って、心の中がそれでもやもやとしていた。

 何で急に……恋する相手がいるフェイトちゃんを、自分はこんなに羨ましく思ってるんだろう?

 今まで、少なくとも恋が芽生える経験など、なのはは体感したことがない。それどころか、いざ考えてみると、一体何が『恋』に値する〝好き〟なのか、全く判別が付けずにいた。

 好きだと言える人なら、周りに一杯いる。

 父や母に、恭也兄ちゃんに美由希姉ちゃんに、リンディさんやエイミィさんにクロノ君に勇夜さんにゲン先生、アリサちゃんにすずかちゃんにフェイトちゃん。

 そして……ユーノ君に…………光兄。

 

〝どうにか、間にあいましたね〟

 

 ピンチの時に、鏡面を伝って颯爽と現れて助けてくれた兄の姿は、惚れ惚れすつほどカッコよかったし。

 

〝バインドには、こういう使い方もあるんだ!〟

 

 時の庭園での戦いで活路を見出してくれた時に見せたユーノの勇壮な姿は、痺れるくらいに男前だったし。

 

 

 ひょっとして………この二人に対する気持ちこそ、その〝好き〟ではないのか?

 だけど、他者のならそうだと解るのに、自分へと向けるとやっぱり分からなくて、はっきりしない……気持ち、考えて正体を掴もうとするほど、余計にもやもやとした感覚に見舞われる。

 そのもやもやが強くなるに比例して、余計に自身の気持ちの形を自覚できてるフェイトへの羨望まで膨れ上がっていく。

 はぁ~~~と溜め息が零れた。

 一体どうしちゃったんだろう、私………これではまるで、恋してるフェイトちゃんに焼きもちをやいてるみたいではないか。

 焼きもち……フェイトちゃんへの………やき……もち、その文字がある考えがなのはの脳髄からインセプションされた。

 

〝行こう! なのは!〟

 

 同じく庭園での戦闘で、初めてフェイトちゃんから名前を呼んでくれた時に込み上げた歓喜。

 

〝なの……は〟

 

 リボンを交換したあの別れの日、改めて『名前を呼んで』と言った自分の願いに応えようと、いざ意識したせいで言葉にならない中、少したどたどしくもはっきり名前を声にして出してくれた瞬間の……上手く表現できない心の奥底から生まれ出た暖かい思い。

 

 まさか……それらフェイトちゃんに対して感じた様々な気持ちが、その〝好き〟から来るものなのでは? と思い至った途端、その思惟の霧を振り払おうと、なのはは腕を力一杯振り出した。

 

『マスター? マスター?』

 

 ダ…ダメ! ダメダメダメダメダメダメェ! ダメだってば! ダメなの!

 一体何考えだしてるの私!? バカバカバカバカ! 大莫迦者な私!

 フェイトちゃんは女の子なの! 自分と同じオ・ン・ナ・ノ・コなんだよ!

 性別一緒なんだよ! 生き物的には同じ雌なんだよ! ♀なんだよ!

 実際同姓の人に〝好き〟な気持ちを抱いちゃう人がいるのは一応知ってるし、否定はしない……でも男の子に恋してる親友にそんな気持ちなんて………もう本当私の―――

 

『その顔は何ですか!? その眼は何ですか!?』

「ニョえ!?」

 

 心身を混乱させていたなのはの耳に、レイハのマイクで上乗せしたようなエコーが付属された絶叫が脳髄に直接響き、結果的に驚かせることでしゃっくりが止まったに相当する荒療治で、どうにか彼女は正常な状態に戻ってこれた。

 

『パニックを起こしていたようですが、マルチタスクを使ってまで何をお考えになっていたのですか?』

「あっ……ごめん……その」

『無理に答えなくてもいいです、代わりとして、私のレクチャーをどこまで聞いていましたか?』

「カノンモードがバスターカノンモードになったところ」

『そうですか、もう休憩も終了間際なので、続きは本日の〝お手伝い〟が終わってからにしましょう』

「うん」

『明日からはビシバシご指導致しますので、それまでにはその浮ついた雑念は消去願います』

「レイジングハート……ひょっとして怒ってる?」

『これは怒りではありません、私はマスターの支えとなるようプレシア殿ら方々から想いを託されました、それに応える為に相応の厳然たる姿勢で臨んでいるだけです』

「にゃはは…」

 

 などとレイジングハートは返した。

 何だか凄い変わり様、以前のレイハは、人に喩えるなら冷静なできる秘書官なイメージであったが、今の彼女はその感じは残しつつも、熱血成分の入った鬼教官な雰囲気が盛り込まれていた。

 なのははそれに若干たじろぎ気味ながらも、さっきのパニックは彼女の言う浮ついた雑念として払しょくさせながら、強化された愛機に心強さも感じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして…こんなことになっているのだろうか?

 全く皆目見当がつかない訳ではないのだが、それでも〝どうして〟とクロノは思いたくなってしまう。

 七年前の追想たる夢の中から現実のジャンバードの個室で醒めて、母が見舞いに来た。

 その直後は、彼らの間では他愛のない話の積み重ね。

 体の調子はどうだとか、リンカーコアの不調で当分魔法は使えそうにないとか、現在も尚蒐集対象である魔法生物が生息する惑星らを監視しているが、今のところ本物偽物問わず守護騎士も怪獣の動きも観測されていないとか、なのはたちのデバイスたちのパワーアップが完了したとか、今日も勇夜たちが調査に勤しんでいる等。

 けどそんな談話をする親子二人の間には、気まずい匂いと風味が流れていた。

 いつもであれば、お互い仕事中であるのを踏まえながら、時として漫才と野球風に言えばリンディが投げてきたボケをクロノが打ち返すなんてやり取りが起きるのだが、今日はそれが生じそうにない。

 談話を一通り終えた後は、沈黙がしばし続いた。

 黙される空気が、両者に流れる気まずさをさらに助長させる。

 言いたいことはあるのに、かの空気感と踏み出そうにも自身の臆病さで踏みとどまって立ち尽くす状態だった。

 それからさらに数分経過した頃に、〝どうして〟と思いたくなってしまうそれが起きた。

 クロノは今、抱きしめられているのだ―――母のリンディから。

 

「何も言わないで……このままでいさせて」

 

 背中から抱擁されているのが幸い。もし正面からだったら……想像しただけで恥ずかしくなる。

 今だって、この身に触れている母の体の感触を知覚するだけで、羞恥で体全体が熱くなっているというのに、微かな母の吐息と、仄かに母の身そのものから香る香りがそれを煽り、理性を保つ糸が解かれぬようにと必死だった

 さっきまで感じてた視線が母が入室すると同時に消えたところから、ジャンバードはこの光景を見てなさそうだ……自分たち親子を案じて部屋から身を引いたらしい。

 彼の気遣いには感謝したい。堅実な人柄だから、言わずとも口外はしないだろうけど、他者にこんな姿を見られた事実だけで参りそうだ。

 

「か……か…」

 

 流石にそろそろ解いてほしいと言おうとしたが、淀んでしまう。

 どっちの呼び名で呼べばいいのか、迷っているから。

 〝母さん〟……こんな状況でそう呼んだら、いよいよ頭が一時ショートするかもしれない。だったら公的な場用の《艦長》か《提督》で……そちらを使うことの方が、より拒否感を出した。

 呼べない、とても今は後者の方を使えない、使いたくない。

 部屋に入って来たの母の目を見た時、察したのだ。

 あの目は、状況によっては冷徹な決断も下す管理局員の影はない……完全に〝母の目〟であった。

 そして、クロノの身を包みこむ母の腕、視覚だけでは目をこらさないと分からない程度だが、肌が合わさった現況下でははっきり分かる……震えているのだ。

 震える理由も簡単に察しがついた。

 だって……自分がその震えの元凶を作ったのだから、そのこともあって抱かれている現状に、罪悪感もある。

 このような抱擁を、それによって伝達される温もり受ける資格なんてない、母だってずっと屈さずに耐え続けてきたものに、昨夜負けてしまった自分なんかに、などと過ぎる一方、悪い気がしないという感覚も同居していた。

 むしろ、安心さえしてるきらいもある。

 ひょっとすると、この安心感は〝子〟の本能というものではなかろうか?

 赤子は、生まれてからも暫くはまだ母親の中にいると思い込んでいるらしく、だから母から引き離されると不安でぐずり出し、反対に母親の腕の中にいると安堵して大人しくなる。

 もうそんな時期から十年以上経ているのに、そんな本能が残っている己が少し情けないとも思った。

 かといって嫌な感じもせず、正直に肉体が安心しきっていることと、まだ当分母は抱擁の糸をひも解いてくれそうもないので、もう少し…このままでいることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何と見苦しく酔狂な行為をしているのやら、とリンディは自嘲する。

 10代も半分過ぎた年頃な息子をこうして赤子をあやすように、そして縋り付くように抱きしめているなんて。

 しかも彼女ら親子はひとたび管理局の世界に踏み入れれば上官と部下の関係。

 こんな姿を他の誰かに見られたら、親子ともども良い歳なのだから節度を持ちなさいと口酸っぱく言われるか、きっとそれ以上なんてこともあり得る。

 少なくともエイミィに見られたら、当分クロノのからかいの種にされそうだ。

 その息子は一応、母の酒に溺れてるのかと言わんばかりの沙汰を受け入れてもらっているが、大体のこの歳の子ならうざったく引き離す筈だ。

 でも、無事な姿をこの目で見た時から、ただ目にするだけでは満足も、我慢できそうになかった。

 七年前のあの日、私は愛する人を直にこの目で最期を看取ることすらできなかった……アルカンシェルが発する無情な魔力の荒波で髪の毛一本すら残らず消え失せてしまったから。

 葬式の時だって、亡骸の入っていない墓を眺めるのがどれだけ苦痛で虚しかったか。

 安らかな眠りを? 遺体も魂もこの無骨な墓の下には一欠片もないのに、どう眠れと言うのだ?

 その魂すら、今も真空な暗黒の宇宙を彷徨っているのかもしれないのに、墓石一つ置いたところで、あの人に安らぎを与えられるわけがない。

 あの魔導書が、夫の自己犠牲を嘲笑うかのように、またどこかの世界に現れるかもしれないというのに―――あの時は、心の奥でそんな無粋な考えに耽っていたもの。

 同業者でもある家族を失った体験から、本音を言うとやっぱり、まだ若い息子を送りだす瞬間は気が引ける。

 時に相手は凶悪な犯罪者、さらに時にはそれ以上に凶暴な猛獣であるロストロギア、帰ってこれる保障はどこにもなく不確か。その分察せられまいとにこやかな顔をして、無事に帰って来た時は心の底からほっとした経験を何度もした。昨日なんて、毅然の仮面の裏で頭は真っ白になりかけたし、目も真っ黒に染まる思いだった。

だから確かめたかったのだ。息をしてて、五体満足な姿でいてて、夫と生き写しにそっくりこの子が、ちゃんと生きていることを肌で直に触れて実感したかったのだ。

 そんな心地で息子を抱いていて………気づいた。

 まだ小さいと思っていた我が子、現に歳相応よりも小柄で幼くて、顔も女の子の面影があるものだから、危うさをどうしても感じてしまう。

 けど実際触れてみて、昔抱きしめた記憶を照らし合わせてみると、確実に体が大人へと進んでいるのが手にとって分かった。

 親の考えているより早く、子どもはあっというまに育つ、なんて話は聞くけど…………本当だったのだな。

 ああ…そうか、とまた気づかされた。

 今なら分かる………諸星勇夜―――ウルトラマンゼロが、嘱託魔導師試験のあの日、どうしてあそこまで私たちの《世界》に憤っていたのか。

 

 

 だって私たち大人は、〝未来〟そのものたる存在をずっと汚してきた咎人の群れで、自分は子の内にある怪物を放任して育ててしまった……その群体の一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハラオウン親子の抱く、抱かれる状態が始まって、どれくらい刻まれたのか。

 それすら判別できない中、やっとリンディは抱擁を解いた。

 

「ごめんさないクロノ、今日のお母さんの御乱心は綺麗さっぱり忘れてくれないかしら」

「あ…………はい」

 

 人差し指を口の前に立てながらウインクする、いつものにこやかさが戻っていた母に戸惑いながらも、彼女からの申し出を承諾するクロノ。

 公表したくない新たな〝黒歴史〟でもあるから、この出来事は未来永劫、封印され続けることだろう。

 

「それとこれ」

 

 リンディは内ポケットから何かを取り出し、クロノに手渡した。

 彼の愛機たるストレージタイプのデバイス―――S2U。

 

 

「メンテナンスも一通り終わってるわ、でもクロノのコアが本調子でない内は魔法の使用は、前線に立つこと含めて禁止します、私の許可が出るまでは起動しないようロックもしてますから」

「…………………」

「でも呑気に休んでもいられないって顔ね」

「はい…」

 

 昨夜の戦闘で騎士の一人から蒐集される最中強引魔法を使い、リンカーコアはすっかり縮小化している。

 しかもその時、クロノは私情を優先して激情に押し流されてしまっていた。

 公人としての判断を問われかねない所業。これくらいの措置は当然だとも言い切れる。

 だけど、友も仲間も同僚も、家族だって……みんなこの事件を解決しようと尽力してくれている、母に見抜かれた通り、いつまでもじっとしている気になれない。

 

「なので、無限書庫での史料探索のサポートを命じます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余談として、リンディが入室した直後の時間帯に遡る。

 

「エイミィさん、どう?」

「防音が利いてるけど、扉に当たる声の振動波をハックできれば中の会話を」

『聞くことは許さないぞ、お二人様』

「うわっ! びっくりした!」

『何水を指そうとしているのだ?』

「だって……心配なんだもん、ねえアリシアちゃん」

「うん、そうそう、私も魔法で酷い目に遭った繋がりとしては」

 

 などと、盗み聞き未遂者は供述していたが、二人の性格を考えれば、単に心配だからという理由だけではあるまい。

 

『ハラオウン親子のプライバシーを侵すことを許すわけにはいかない、食い下がるなら、我が艦内から強制退去してもらうぞ』

「「はい、分かりました」」

 

 ジャンバードのお陰で、彼の今日の黒歴史は公表されずに済みそうである。

 

つづく。




おいクロノ、そこ変われと思った人、怒りませんので正直に手を上げなさい。
私もです(オイ

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