ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章 作:フォレス・ノースウッド
地球海鳴市での住まいとしているマンションの正面玄関の柱に背を付けて、フェイトは子犬フォームのアルフと一緒に待っていた。
先刻に、思い切って今日の勇夜の聞き込み調査を手伝わせてほしいと願い出たものの、姉の投下したデート発言で思考回路をショートさせて倒れてしまう失態をやらかしたフェイト。彼女には手伝いを名分としたデートなんてする気も打算も持っていなかったのだが、アリシアがジョークで投球せずとも、実際に街を二人で出歩く状況下になればパニックを起こして同様の結果に至ったには違いない。それだけフェイトという女の子がウルトラ戦士の少年相手によって発症中な恋煩いは、深刻と言えばそう表せるし、同時に乙女としては青春真っ盛りで微笑ましいものとも言える。
「(やっぱりあたしがいるとお邪魔虫じゃない、せっかくなんだし二人水入らずで行ってきなよ)」
「(無理無理無理無理無理無理無理無理ィ! 無理だって!)」
小刻みにぶるぶると振るわれるフェイトの顔は、再びみるみると赤くなっていった。
「(だ、だって横に並んで歩いてるとこ想像するだけでも顔が赤くなっちゃうのに……こんな浮ついた気持ちで手伝いたくないよ)」
「(半年前に勇夜と、一度一緒に海鳴の街を歩いてたじゃん)」
「(そうなんだけど…………あれはまだ無自覚だったというか、よく分かってなかったというか、まだそこまで気持ちが育ってなかったというか、どちらかというとお兄ちゃんみたいだなって……と、とにかくお願いだから一緒に来てぇ……アルフぅ~~)」
「(しょうがないね、あいよ)」
念話で話しかけてきたアルフに、屈んで子犬姿の彼女の目線の高さを合わせて潤いが溜まった涙目で同行するよう懇願するフェイト。微笑ましい様ではあるのだが、その恋煩いの症状がフェイトの行動に支障をきたしている事実も、御覧のとおりである。
今の光景を傍から見ても、子犬相手に神社参りする様にも映る珍妙な姿だ。
こんな彼女の有様が気に掛かってか、リンクは――〝良いアイディアを思いつきましたので少し待って下さい〟――と言い、暫く玄関前に彼女らを待たせていた。
アルフはご主人の心ここに在らず様に微笑ましく感じつつも苦笑いしながら、リンクが編み出したという打開策が何なのか、考えてみた。
フェイトがこうなってしまう原因は、勇夜への恋慕と、彼とともに行動するという前提にある。この〝一緒〟になるありきでは、どう足掻いても彼女にデートに似た状況を意識してしまう、それをどうにかする方法なんてあるのだろうか?
それなら気持ちだけ受け取ってもらい、丁重に断ってもらった方が良い気もする。しかし頑固さに掛けては人一倍なフェイトでは、そんな着地では絶対納得しないだろうと、ここ数年の彼女との付き合いから考えて、アルフはそう結論づけていた。
一体リンクは、どうするつもりなのだろうか?
「お待たせしました、フェイト、アルフ」
二人に呼び掛ける女性の声が響く。空気を響かせてフェイトたちの耳に伝ってきたその声は、彼女らに疑問符を浮かせた。
フェイトらには聞き覚えの無い、ややハスキーではあるが、女らしい柔らかさ艶のある声。いや一応どこかで聞いたことがある気がする。けれどいくら記憶を呼び覚ましても、自分たちと身近な人たちに、その女性の声と該当する者はいなかった。
「だ…誰ですか? あなたは…」
声の主に目を向けて見たが、疑問符は余計に大きくなる。自分たちは知らないのに、明らかに自分らを知っている風に声を掛けてきた女性。
顔つきを見るに、大体見た目から推測できる齢は18歳くらい。
背丈は170近くと女性としてはやや長身。
目じりの端は吊り上がっているが、かといってきつい印象まで与えないやや大きくぱっちりとした瞳。
いわゆる姫カットと呼ばれる切り揃われた前髪、触らずとも細さと触り心地の良さが分かる綺麗に光を反射させる背の中心まで伸びた黒い髪。
全体的にほっそりとしているが、服越しからでも適度に肉付きの付くバランスのとれたプロポーションなモデル体型。着やせしているが、隠れ巨乳と言えるくらい胸もあるだろう。
一目で美人と言わせてしまう説得力のある美貌だが、綺麗と呼べるのは何も見た目だけではなかった。
しいて言葉を上げるなら、雰囲気とも言うべきか?
竹を割った様にさばさばとして、自立心と自信に満ち溢れたスーツ姿が相性が良さそうな現代女性。
かと思えば、自己主張から一歩引いた慎ましさと清楚さ、気立ての良さのある着物姿が似合いそうな一昔前の大和撫子。
水と油くらい共存できなさそうな二つの要素が、奇跡的に両立されたオーラが、その女性の体からは滲み出ており、見栄えの良さも相まって、凛として目が眩むまでの美しさを持つ女性であった。
「びっくりさせてしまいましたね、これを見れば分かるでしょう」
女性はすらりとした細い指が伸びる左手の甲をフェイトたちに見せる。
その中指には、日常では目立たぬよう指輪サイズとなっているウルティメイトブレスレットが嵌められていた。
「まさかあんた……リンクかい?」
「ご名答です」
美人の正体は、何とその指輪の主、リンクことウルティメイトイージスご本人であった。
「ねえ、あなたがリンクなら、勇夜は今どうしてるの?」
「マスターの意識は、現在〝私〟の中にいます、いわばマスターの体をマスターから貸していただいている状態ですね」
勇夜とリンクの間で起きているこの状態の大まかな流れを、段階に分けて説明しよう。
まず一つに、生物の意識または魂を一種のデータと喩えると、イージスに宿る彼女のデータと勇夜自身の肉体に宿る彼のデータを交換させる。そして交換させたと同時に、リンクが予め組み立てていたイメージを元にして、ウルトラマンの能力の一端である肉体変化の術を行使して、勇夜の体を女性のものに変身させたのだ。
前述した行為は、どちらもウルトラ一族なら、やろうと思えば可能である。
大きさをミクロのサイズから、エネルギーの消費量の問題を除外すれば、単体でも約200メートルまで自在に変えることはできるし、アイテムに魂が憑依する現象にしても、勇夜――ゼロの先輩であるウルトラマンメビウス、ウルトラマンヒカリ、彼らと共に戦った防衛チームのメンバーと、ウルトラ一族とは最大の宿敵と言える暗黒皇帝エンペラ星人との激闘を思い出して頂ければ納得できよう。
あの最終決戦の際、メビウスはウルトラマンの肉体を破壊する効果を持つエンペラ星人のレゾリューム光線によって、その身を消滅寸前にまで追い込まれたのだが、ヒカリがかのキング星に住む一族の長老から授けられたアイテム、ナイトブレスに魂を一時定着させることで一命を取り留めたのである。
その後、どう彼らがエンペラ星人に大逆転の勝利を掴みとったかは、言うまでもあるまい。
そして人間体の見た目の性別を変えることも、この通り。
今のところ、勇夜とリンクを除いて、男でありながら女性に変身したウルトラ戦士は、セブンの上司で彼と同名のコードネームを持つ宇宙保安局に所属するレッド族くらい。
覚えがないって? 思い出してほしい。彼とコンビを組んでいる勇士司令部所属のウルトラマンと一体化した地球人と最初に対面した時、彼がどんな姿で現れたかを。
ん? じゃあ正義の名を冠したウルトラマンはと? かのウルトラマンの人間体は、性別不明を表した方がいい。
「でもなんか今のあんたの声、どこかで聞いたことあんだよね」
「恐らく、それは私がこの姿を形作る際にモデルにした一人の声優様ですね、ルックスに関して彼女をモデルの一人として参考にしてもらいました、声まで被ってしまったのはその為かと」
「それだ、前にス○パーのアニメチャンネルでやってたガ○ダムに出てるキャラの声だよ、ちょっとモノマネしてみてよ」
「はい……『ガンダムぅ………ガ○ダムは―――敵ィ!』」
リンクは体の形成の際、ネットでその姿を拝見できる芸能人の女性たちをモデルして反映させていたのだが、その一人は今上げた声優業、特に吹替えを中心に活躍してる女性役者であった。その女優さんも、モデルとしてやっていけそうな容姿を持つ美人さんである。
しかしこのリンク、偉くノリノリである。
「余り駄弁をし過ぎるとマスターから口うるさく言われそうなので、そろそろ行きましょう」
「うん」
そうして三人は、本来の目的の為に海鳴市街地へと向かった。
さてさて、自分の体を一時リンクに貸した勇夜――ウルトラマンゼロはというと。
「お~~~い、リンク~~~~」
ウルトラマンとしての姿で、ブレスレットの内部にある特殊な空間に身を置いていた。
周りはやや薄暗く、仄かなに空間を照らす光と、日光を浴びた水面にも見えなくないゆらぎ、尻もちを付けられる真っ平らな大地ぐらいしかここにはない。
「せめて外がどうなってるかぐらいは見せてくれよぉ~~~!」
何度か彼の視点から見て上部に位置する宙に口の回りに両の掌を添えて何度も大声でリンクを呼び掛けているのだが、この意識がこの空間に転送されてからは一切彼女から返信も応答もない。
完全に外部との交信が遮断されていた。
まさか調査を言い訳に遊び呆ける気では? などと勘繰ってみたが、真面目ちゃんなあいつらならその心配はないし、それに実年齢はともかくとして、彼女らは年頃の女の子だ。
多少のハメ外しくらい大目に見てもいいだろ。
「まあいいか」
と、今の状況を受け入れることにし、ゼロは胡坐をかいてその場を座り込んだ。座り込むまでのラフな所作と、腕組みをしていることも相まって、完全に不良少年にしか見えない。実際元ヤンではあるけど。
人間体ならともかく、本来の巨人態の見てくれで生活感溢れる人間らしい所作をされるとシュールに感じられるのだが、それでもどこか似合ってしまうのは彼の人柄ゆえ、と言うべきか。
幸い、この空間での体感時間は、現実とは流れがかなり違う。外が一時間なら、こっちは十時間ってとこだろう。
それにリンクはそこらのインターネットの検索サイトの比じゃない情報量を所持できるデータベース。
時間の流れの差異と、彼女の能力を有効活用しない手はない。
リンクたちが調査をしている間、こっちもこっちで情報整理をしてみるか、案外新しい発見が出てくるかもしれない。
ゼロは自身の眼前に3Dモニターを出現させた。
さすが我が相棒だ。この空間内ならリンクが所有しているデータは自在に閲覧できる。
モニターに映っているのは、ある人物の身体情報が記された立体CG。
謎の第三勢力に属する一人と思われる〝仮面の男〟。エイミィの一言がきっかけで、そいつはこの画面に表示された肉体の持ち主たる人物をモデルに、変身魔法で正体を隠している可能性が浮上してきた。
何せ、仮面の男とこの人物との身体一致率は、偶然と呼ぶには不自然なくらい一致している。
双子、ましてやクローンでもないのにここまで似ているなんて、どう考えてもおかしい、とならと魔法で姿を変えていると踏むのが妥当。
変身しているのに、わざわざ仮面を被っていたのは、恐らく自分たちを欺かせる為、目に行きやすい特徴を敢えて提示させることで、まさか変化させていると相手に思わせないフェイントと言ったところか。
変身魔法の性質を顧みれば、シンプルだが地味に効果的な偽装工作だ。
自身の肉体を一時的にせよ変質させるタイプの魔法は、難度が高い上に、消費量が高いからだ。
ここで疑問符を浮かんだ方もいるだろう。
ならばユーノはどうなのだ? 彼は半年前のPT事件の時、長期間フェレットの姿に変身していたではないか? と。
遺跡発掘を生業としながら旅をしているスクライア一族は、代々補助系統の魔法の研究に熱心で、積み重ねたそのノウハウを伝承してきたことで、補助魔法のスキルが高く、変身魔法もできるだけ消費を抑えて使用できる。
さらに肉体変質は、変身後の姿の大きさが小さいほど、大幅に変質しなければならない分、変身の際は嵩んでしまうが、一度なってしまえば維持に必要な魔力量は低コストだ。
これがユーノがうっかり人の姿に戻るのを忘れてしまうくらい、フェレットでいられた理由。
逆に、自身の体格とほぼ同じ大きさの変身に必要な魔力、個人差はあるがなるまではそれほど量は必要としないが、その状態のままを持続させるのは難しくなる。
それを行えるとなれば、魔導師としては相当な腕前だ。
ただ、仮面の男の姿そのものが、正体を隠す仮面だとすれば、小さくはない疑問点が出てくる。
変身魔法だと自分が見抜いたのは、元になった人物の容姿を最近目にしたりなどの幸運があったからだが、なぜ奴はモデルとして、わざわざ特定の個人から、それこそコピーレベルと言えるまでトレースさせたのか?
足の部分はAさん、腕の部分はBさん、眉毛はCで鼻はDさんと、変身の材料とするモデルは、多い方が良い。仮面のフェイントと組み合わせれば、その方が魔法で化けていると悟られにくくなる。
こうまで一個人に………それも■■■の■■■さんを使って……まるで誰かに見せつけたい意思があるようで。
まあ……特定の人物の姿を借りているのなら、その人への思い入れというか、強い慕情というものがあるのは確かであるけど―――と、右手の指を口の前に添えて考えたところで、ふと閃く。
思い入れ………そうか、こいつはその気持ちってもんが強過ぎるんだ。
余りに強過ぎて、無意識の範疇で変身の材料に彼を使っているのだとしたら。
判断材料なら、ゼロとは身近な人物にもいる。
しいて一人を上げるなら、ウルトラセブン、彼の人間体、諸星弾の容姿。
弾の姿は、彼が恒点観測員として地球に降りたばかりの時に助けた地球人、薩摩次郎がモデル。父にとって彼は、単に地球人の自身の見てくれの参考となっただけでなく、彼自身の原点ともなった存在で、今でも薩摩次郎への思いは強く、意識しなくとも自然に薩摩次郎の姿で人間体になれるという。
奴のあの姿は、奴自身の心の内にあるものが具現化したもの、そんな無意識の域で、あの風貌を見せつけたい〝誰か〟は、やっぱり…闇の書のプログラム生命体、ヴォルケンリッターと、魔導書の管制を司るという、マスタープログラム。
〝彼〟は闇の書が引き起こした事故の犠牲者の一人だ。あの仮面の下にあるものが、彼の仇といってもいいプログラム生命体への憎悪があるのだとしたら、技量も含めて、第三勢力の構成員には本局の魔道師がいることになる。
昨日ゼットンたちの侵入と逃亡の手際の良さ、エイミィたちに感づかれずに結界のハッキングが可能がとこを見て、その数は決して少なくないが、彼と縁のあった人物を洗えば、候補となるさしずめあいつが一線を超えてしまった分身とも言える人物の数は、結構絞り込めるんだけど。
でもそうすると、胸中からにじみ出てくるくらい憎んでいる連中の手助けをするおかしな点が現れるが、それは比較的簡単に解ける。
闇の書がこの先の未来に起こそうとしてる惨劇を止める方法を、やつらは先んじて発見し、今は臥薪嘗胆の思いで守護騎士たちの味方となっているとするなら、その方法の具体案の謎を除けば一応筋は通る、だけど―――――バラバラとなっているパズルのピースを、そこまで繋ぎ合せていながら、ゼロは推理の為の思考を一度止めてしまった。
どうも引っかかる……キナ臭さも。それどころか、不気味さと怖さまで大波となって理性に押し寄せてくる。
連中は未だに全容どころか、尻尾すら掴ませない。解ってる事実の一つといえば、あいつらの蒐集が妨害されてないか目を凝らし、状況によっては手を貸すのも辞さないってこと。
なのに……どうしてパズルを埋め合わせるのに必要なヒントを俺たちは掴めてしまうんだ? 俺たちの立ち位置は、騎士たちと連中の目的を妨げる障害そのものだというのに、なんでこうも謎解きがそれなりにスムーズに進む。
そこが気になるどころか、薄気味悪さ、恐怖まで浮かんでくるのだ。
逆に何者かの誘導のままに、進められている感覚すらある。
それこそ、あの勢力の高位にいると踏んでいい、怪獣を飼いならす存在。ある程度の心当たりはあるそいつの真の目的は何であれ、その本命を上手く心中の奥底に隠し、表向きの理由で構成員の一人となってるのは確実。
ただそうなると、こっちでは異世界の生物な怪獣について味方から突っ込まれる問題も出てくるけど。
超能力による洗脳? いやそれなら仮面の戦士に関する推理と矛盾を起こす。
連中は確たる自分の意志を以て、自発的に構成員となって、行動してる筈………いや……洗脳されてる件は矛盾でも的外れでもないかもしれない。
わざわざ超常的な能力を使わなくても、人は洗脳で人間を操作できちまう。
操りたい対象の人物が潜在的に抱えている望みといったものを利用し、自分の言う通りにすれば、それに何の疑問も持たずに実行すれば、それは叶えられると反復して言い聞かせ続ければ、そいつは自我を持つ操り人形な傀儡となる。
かつてのプレシアも、この方法でフェイトを操り人形にさせた。
超能力による洗脳は、元さえ断てば容易に解呪できるが、対してこっちは効果は長く持続し簡単には解かれない悪辣さも格上な催眠法だ。
裏で糸を引く黒幕な〝そいつ〟は、その悪辣な手で構成員を支配下に置き、その第三勢力を実質的に牛耳っているとしたら、これは予想以上にやばい状況だ。
あの勢力も、騎士たちもみんな、自分の意志で動いていると信じ疑わないが、その実一握りの存在に思うがまま操縦されてるってことになる。
くそ……今の推測に、急に浮かんだはやてが魔導書の主という疑惑でさえ、やつから故意に誘導されている気がする。
俺たちにとっても、グレンたちにとっても最悪な事態を防ぐには、早いとこ真実を見つけ出さなきゃならないってのに。
頭ん中がもやもやしてきた。動悸も少し乱れてる。
時間はたっぷりあるから、こういう時は気分転換。
映画でも見るか、リンクの中にはメディア問わす物語も結構記録されてるから、鑑賞にはもってこい。
でも、今はもう一つの目の上のたんこぶの対策を練る方が良いか。
「アーカイブドキュメント起動、閲覧希望項目、『ウルトラマンとゼットンの歴代戦闘記録』、時系列順」
ゼロは先述の単語の羅列を口にして、胡坐の体勢から立ち上がる。
直後、周りの空間が一瞬で様変わりした。
薄暗い場に、青空と、角度によって三角フラスコを逆さまにしたように見える独特の形状をした建築物がそびえ立つ大地が現れ。
「ダアァ!」
「ゼットン……」
ウルトラ兄弟次兄と、最初に地球に出現した生体兵器としての宇宙恐竜が対峙する様が映しだされる。
これはCGによる完全立体映像で、映されているのはゼロが今言った通り、ウルトラマンとゼットンの戦いの歴史の再現。そこから彼を完膚なきまで打ち負かしたあのゼットンへの対抗策が閃くと考え、ゼロはその歴史を振り返っているのである。
さすがに偉大な先輩が手も足も出ず惨敗を喫する姿は、自分の敗北の経験より遥かに心にくるものがあるけど、めげていられない。
レオ師匠がK76での修行の時から何度も言っていた通り、〝俺たち〟の戦いは、負けるわけにはいかないんだ。
雨が降っている。
豪雨という程でもないが、それなりに勢いも雨量もある本降りの雨粒たちが灰色の雲海から墓石がいくつも備えられた緑の地表、墓地に降り注いでいた。
一定の間隔で並べられた墓の内の一つの前に、雨が沁み込んでいく喪服を着込んだ人々がいる。
彼らはたった今、目の前の墓石に眠る故人の冥福を祈り、弔う儀式の最中だ。
この葬式に参列した者の中には、大人に混じって、墓石と最も近い位置で立っている子どもが一人いた。
既にある程度の物心は育まれた7、8歳くらいの男の子。
少年の目じりには潤いが蓄えられ、いつ頬に滴れ落ちてもおかしくはなかったが、彼は幼いなりに懸命に流すまいと………耐え続けていた。
参列者の大人の中には、そんな少年の姿勢に感服する者もいた。
幼い身でありながら、肉親の死に心乱さずにいようとする彼は偉いと。
だが果たして………涙を流さないというのは、当人にとって、良いことであるのだろうか?
この時の雲たちはまるで、少年の代わりに雨粒を涙にして、空から流しているような趣があった。
あの光景の記憶を、夢で追体験していた少年――クロノ・ハラオウンの意識が覚めた。
ユ……メ…………か。まどろみからはまだ不完全の覚醒な脳でも、今の映像が何であるか、直ぐに行き着いた。
忘れようがない。七年前の父の葬式の様子。
雨の冷たさも、それがスーツからインナー沁み込んだ喪服の感触の悪さまで、未だにはっきりと体が覚えている。
夢の内容の反芻の次に、自分が眠っていたここがどこか確かめる。
少し青味がかったメインの照明、部分部分に点在された乳白色のサブの灯り。白銀の壁、床、天井。二つ置かれたベット間の間隔がそのベッドの短辺くらいしかない、やや狭さが感じる部屋の広さ。
『気がつかれたか? クロノ執務官殿』
宇宙船特有の無機さの中に、宮廷の寝室の様相が垣間見える部屋全体に響く、エコーのかかった生真面目さが浮き立つ青年の声。
「ナオト……今はジャンバードか」
彼の声が目覚めの補助となり、この部屋がスターコルベットに備えられた個室であると察した。
「どれくらい眠ってたんだ? 僕は」
『約12時間だ』
「半日も………………っ! ジャンバード! 昨日の戦闘はどうなった!?」
意識の回復が進んだことで、ようやくクロノは昨夜のことを思い出し、切羽詰まった声でジャンに尋ねた。
『結論から述べると………我々の完敗だ』
ジャンの口から、ことの顛末が大まかに語られ、それを聞かされたクロノは、顔を俯かせる。
手を見ると、震わせるくらいの強さでシーツを握りしめている。
彼の心を今支配しているのは、昨夜の戦いの結果への遺憾の念だけではなく―――。
『クロノ、実は見舞客を待たしている、部屋に通してもいいか?』
「構わないよ」
その見舞客がてっきりエイミィか、なのはたちかと思いつつ、クロノは了承。
同時に、個室の横スライド式のドアが開いた。
扉の向こう側に立っていた見舞客とは――
「かあさぁ………艦長」
―――母のリンディ。
つづく。