ウルトラマンゼロ The Another Lyrical Story 第一章   作:フォレス・ノースウッド

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さて、冒頭のやり取りがだれとだれかはご想像にお任せします。


STAGE31 - 見落としていた真実

 闇――その世界もまた、漆黒の暗闇が多くを占めていた。

 室内に灯る明かりは、人工的な多色の光たちのみ、それでも場を支配する闇を凌駕するには心許ない。

 どうも知的生命体が作った一室のようだが、壁と光点以外に、これといった物体は見当たらなかった。

 しいて言うなら、複数空間に浮かぶ長方形状のホログラムに連続で指をタッチさせている何者か……だ。

 一応、体格は人間に近くはある。

 背丈も人よりやや大きいくらいで、そう極端に巨体という訳ではない。

 他の外見的特徴は、黒と赤と金色で彩られた西洋甲冑風なアーマーと三対の翼に枝分かれして折りたたまれたマント。

 昆虫の目にも見える、上から二つ、三つの順で盾に並ばれた水色に光る瞳らしき光体と銀色の顔色、口らしき部分は一見して見当たらない。

 モニターに何かを入力している知的生命体の部屋に、擬音でカタカタと表現できる通信音がなった。

 音源である空間モニターをタッチする生命体……星人。

 

「あなたでしたか、また次元航行要塞や怪獣のDNA提供のような難題な注文ですか?〝博士〟」

 

 独特の声音を発する星人。

 男女双方の声を混ぜ合わせ、エコーをかければ、丁度このような発声になるかもしれない。

 

『今日は様子見と言う奴だ、デラス』

 

 通信は音声のみで、画面には声の大きさに比例して波となって揺らめく線しか映っていない。

 

「ほおぉ~~それは珍しい」

『私は直接関わってはいないが、それでも〝この世界の技術〟がそちらでどんな化学変化を起こしたか、中間経過が見たくなってな』

「その技術のお陰で計画は飛躍的に進みました、サンプルもわざわざ異世界に飛び、取り寄せるリスクも減りましたからね、何せ遺伝子のデータさえあればこちらで実験用検体を生み出せるのですから、新種となると別ですがね、それはそうと、そちらの調子は如何ですか? 例の次元を彷徨える呪われし魔の書物は」

『ものにするにはまだしばしの猶予があるがな、下手に手を出せば、書の呪いが『存続』の名目で転生を始めてしまう』

「難儀なものですね、一介のシステムでありながら、なんと病的な輩でしょう」

 

 通信を交わす者たちは、どうやらどちらも科学に精通している存在のようだ。

 

『なのでまだ当分は、どうにか奴らの光に呑まれる前に手にできた呪われた石一つと、書に関わるものたちの動向で慰み物としている身だ』

「その石もあちらの世界では手に余っているのでは?」

『私にとってはそれの暴走など小童の足掻きにもならん』

「そうでしたね」

 

 通信相手の言葉に、ふっと笑い声を上げる星人。

 

「そしてあなたの慰み物も悪くはない娯楽だ、特に書の守り手たちはあなたの言葉越しで聞いただけでも楽しませてくれる、自分たちこそ救い手だと信じながら、実はその真逆だと言う現実、はたから見れば何と嘲笑いを齎す道化なことか」

『お前が実験場にしている世界の〝地球〟も、その娯楽の一つであろう?』

「ええ、さて……今日はどんな〝ドラマ〟を彼女たちは見せてくれるのやら」

 

 星人はまた新たにモニターを空間に出現させる。

 それに映っていたのは、工業機械的な無骨さのある煤に汚れた飛行物体と、それを乗りこなす10代後半から二十歳前後の歳の幅があるの少女らと女性たちの姿。

 星人の〝娯楽〟を強制的に付き合わされるという理不尽にも屈せずに足掻き続けてる人間たちの勇姿とも言える。

 いわば神の視点でその〝地球〟を見下ろしながら、悪魔たちの近況報告という名の談話はしばらく続いた。

 

 

 

 

 

 最初に感じ取ったのは、表皮が接触していることで送られる生き物の体温だ。

 腕、胸、お腹、足と、体のあちこちの部位から、熱が身の奥まで伝わってくる。

 意識がまどろみから覚め、次に意識が感じたのは、浮いてるのか地に居るのか分からない不思議な感覚と、微細な上下の揺れ。

 今彼女―――湖の騎士シャマルは、誰かに背負わされている格好だ。

 

「おねんねタイムはお開きか?」

「ぐ……紅蓮……君」

 

 彼女を抱えて運ぶ主は、八神紅蓮ことグレンファイヤーであった。

 シャマルは反芻する。

 自分が意識を失うまでの流れをだ。

 〝見た目〟ははやてくらいの小さな……そして我らの蒐集の憂き目に遭った遺族であるらしき執務官の男の子に見つかり、シャマルの切り札たる旅の鏡で形勢を逆転させたものの、蒐集された魔力に意図せず込まれた彼の自分たち闇の書への呪詛に精神……心がが耐えきれず………ああ、やっぱりあの時に感じた陽炎も炎熱も、グレンファイヤーのものであったのだ。

 その時グレンは怨嗟溢れる想いとともにシャマルを捕らえて離さなかったバインドは、彼の炎熱の如意棒――ファイヤースティックで焼き切り、彼女を抱えて即座に退散、一体海鳴市外まで飛び、今に至っている。

 

「他のみんなは? 脱出できたの?」

「っ………とりあえず……一応な」

 

 明朗快活な彼にしては、やけに歯切れの悪い口調で問いを返した。

 シグナム――『魔導殺し』と戦闘中、彼が〝ゼットン〟と呼称した生命体は現れ、魔導殺しを攻撃し、隙を作った間に他の何者かによる転移魔法用の魔法陣シグナムをで連れ出された。

 ザフィーラ――彼と同じく狼が素体な魔導生命体の少女と二度目の交戦時、人と鳥を掛け合わせた異形が少女を追い払い。守護獣はシグナムと同様、魔法陣で強制的に外部に転移される。

 ヴィータは…といえば―――

 

「途中から意識がパーになって、気が付きゃ公園の雑木林で転がってたんだと」

 

 湖の騎士と同等以上の精神的重圧を受け、心身喪失状態にまで追い込まれたが、どうやら彼女も異形なものたちを差し向けてきた誰かによって、管理局の張った網から逃れることはできたようで、彼女を発見したシグナムによれば、戦線に出られるか出られないかの問題は抜きにして、一晩すれば意識は戻るとのことだった。

 

「その……あいつらを助けてくれた怪物なんだけどよ」

「やっぱり、紅蓮君のいた世界から」

「多分な、ただ人さまと同じじサイズってのが引っかかんだよな」

「じゃ、本当は紅蓮君たちくらいの大きさってこと?」

「なんだけどよ…」

 

 グレンファイヤーや仲間のウルトラマンゼロにミラーナイトといった巨人たちのように、体のサイズを変えられる体質を備える生命体がいることを踏まえても、『怪獣』が人間大で現れるという事態は解せぬものであった。

 差し向け主が『仮面の男』ら不明の勢力で、何かしらの目的で騎士たちの蒐集に手を貸し、怪獣たちを兵器として運用できる技術力を有している。

 ここまでなら、シャマルたちにも納得ができる。

 だがその先は?―――解らない。

 未だにその勢力がどういう意図を有しているか、不透明になる一方だ。

 だって……紅蓮に久遠はともかうとして、助力するメリットが無い。

 闇の書を使えるのは、今際の主であるはやてと管制プログラムたる『彼女』のみ。

 書の一部分であるヴォルケンリッターさえ、機能の一端しか扱えない。

 不気味だ…自らの素性も目的も一切明かさずに手を貸してくる存在が、掴み処の無さが、未知なゆえの畏怖を沸きたてる。

 仮面の男にしてもそうだ。

 マスク越しに、良い気はしない感情を隠してるつもりだろうが、それがどうしようもなく滲み出ていた。

 これならいっそ、はっきりと〝絶対に許さない〟と断じてくれた方がまだマシというものだ。それなら白黒、明確に区別できるからだ。けれど…区別はできても、許容は昔のようには行かない……と付け加えておかないといけない。

 

「私と戦ってた男の子は……どうなったの?」

 

 少年の魔力をリンカーコアから採取した際、あの時彼の感情がシャマルに流れ込む事態が起きたが、これはある程度カラクリが証明されている現象である。

 大気中の魔力素おコアに取りこみ生成された魔力には、魔法使用や魔力をエネルギー源とする機械の燃料以外に、ある特性を備えている。

 それは―――感情の伝達、すなわち人間たち知的生命がその時沸き上がる心情が付加する性質であった。

 この性質を利用した主なる魔法が、念話や精神リンク。

 前者は言葉を乗せた微細な魔力を送信相手の脳に送り込む魔法。

 後者は、使い魔システムの構築の過程で発見されたもので、想定外な偶然の産物なのだ。

 

「魔力剥ぎとられたせいで倒れちまったよ、お仲間さんが見つけるまではビルの上でお寝んねだろうさ」

「そう…」

 

 シャマルは反芻する。

 あの時の少年の目は、戦場で何度も目の当たりにしてきた眼光だ。

 戦地に於いて、彼ら守護騎士は否がおうにも注目を受ける存在であった。

 古代のべルカ式魔法を使いこなす彼らは正に百戦錬磨、一騎当千。

 たった4人で戦況をひっくり返し、徹底的にかき回すその様は荒れ狂う大竜巻の如し。

 一つの戦いが終焉を迎えし頃には、骸が散乱した荒野で四者だけが大地を踏みしめていることが一度限りではなかった。

 人間が感情を有する以上、殺し合いという不条理が蔓延する空間では、慟哭や憎悪といった負の情念は幾多も産み落とされる。

 特に彼らの上げる戦果は、彼らにその情念を何度も見せつけてきた。

 何度も何度も、もういちいち数えることが馬鹿らしくまるまでに、だから彼からの怨嗟の目を受ける仕打ちには、慣れている筈だった。

 だがそんなもの、思いこみだ…誤魔化しにしてマヤカシであったのだ。

 今まで生臭い血と黒き情念の泥が塗れし地で戦ってこれたのは、精神を凍てつかせただけでなく、そもそも己が人の〝心〟と言うものが理解できなかった……そんなもの必要ないと切り捨ててきたからだ。

 実際、そのお陰で彼らは勝ち続けた。

 けど今は、〝人〟としての生活を送ってきたことで、彼らはその強みを捨ててしまった。

 もっと早く知るべきだった。

 自分らの強さは、『人でない』からこそ持ちえたもの。

 なまじ人に近づきつつあるヴォルケンリッターはそれを失いつつあり、人としてはむしろ、まだ赤子も同然であること。

 今まで切り捨ててきたものたちによって、結果自分たちを追い詰めてしまうとは……なんと滑稽であろう。

 でも……後悔はしたくない。

 たとえ……主であり、彼女を抱える少年の大切な家族であるはやてを死なせない為にも、迷ってはいられないのに、きっとこの先も『あの子』と同じ存在を生むことに悩み苦しむし、板挟みになるし、蒐集(こうする)ことしかできない自分を攻めて続け、罪科に溺れゆく運命だとしても、『人』になっていく自分たちを否定したくなかった。

 

「黒いおちびさんとやり合って疲れてんだろ? もう少し寝ててもいいぞ」

「うん……ありがとう」

 

 だって、かつてなら……ただの人の体温としか認識できなかった…彼のこの熱が、とても暖かったから。

 そうしてシャマルは、再び眠りの床について―――

 

「うっ……最近シャマル喰い過ぎなんじゃねーか、何か妙に――」

「ひ、ひっど~~~い! 女の子にそんなこと言うなんて! バカ! 紅蓮君の人でなし! デリカシー皆無! 朴念仁!薄情者!」

「わ、悪かったから、ボカボカすんの止めろって!」

 

 ―――床につくその前に、何気なく呟いた紅蓮の一言で一悶着起きたとさ。

 シャマルが〝女の…子〟?

 まあ…『見た目』二十歳前後で童顔だし、まだ湖の騎士も女の子…ですよね?

 だが、この安らぎさえ、一瞬きのもの。

 魔導書が長い時の中で積み重ねてきた泥は、まだその牙を隠したまま、〝その時〟までじっくりと待ち構えている。

 彼女らの願いなど、それこそ歯牙にもかけずに。

 

 

 

 

 

 現在は周囲の風景にカメレオンよろしく擬態し、月面に身を置いているスターコルベット、ジャンバード。

 船に搭載されたAI『ジャン』によってよほどの事態がなければ彼が機体の制御を賄っているが、人間を乗せる必要上、内部には居住スペースが設けられている。

 搭乗者に何かしらの体調不良が起きた際のアクシデントにも対応できるよう、メディカルスペースも当然ながらある。

 並列された形で複数置かれているSF映画等の長期航海用の宇宙船でよくみる冷凍睡眠カプセルに似た円筒状の治療ポッドで眠っているのは、先の海鳴市街での戦闘で蒐集されてしまったクロノのであった。

 ただでさえリンカーコアから直接魔力を簒奪されただけでなく、その状態で魔法を行使した影響で器官が収縮している。

 ガタが来たエンジンを積んだ車を無理やり急加速させたようなものだ。

 肉体の損傷が殆どないのは幸いだったが、それでも無理がたたりショックで意識喪失し、ポッド内で眠りの床につく彼をキャットウォークとメディカルルームの間に敷かれたガラス越しに見つめる者たちが二人いた。

 一人は服の下に包帯をいくつも巻かれ、顔にも絆創膏が貼られた勇夜。

 ポッドで眠る少年より遥かに『怪我人』な風体なので、少し奇妙な光景だ。

 もう一人は彼の補佐官兼幼馴染のエイミィ。

二人とも、顔に掛かった影と負けず劣らず暗い貌だ。

 普段の彼らの人となりは、明るい方だとはっきり言える。特にエイミィは、笑顔を絶やしていない時を探す方が難しい。

 それだけに、今の面持ちの暗さがより際立っていた。

 

「リンディはどうしてた?」

「気丈に私たちに指示を出してたけど、多分心の内はショック受けてると思うよ…」

「……………当然……だよな」

 

 怪獣の乱入で騎士たちが結界から逃げられても、市街のあちこちにサーチャーを出しての捜索は続けられた。

 彼らが海鳴市に暮らしていることを判明する証拠が出てる以上、そう遠くには逃走はしていない筈だからである。

 しかし結局、姿はおろか魔力の一欠片すら捉えられなかった。

 

「私も……びっくりしちゃった、そりゃ……クロノ君だって人間の男の子だもん、お父さんの仇前にして、何も感じないわけなかったよね」

 

 彼女の言っていることは無論、今行方を追っている魔導書とプログラム生命体へのお世辞にも宜しくない気持ち。

 それは、彼らがクロノの家族の仇であると言うことと、彼らへの私情を公儀を以て遂行しなければならない筈の任務中に、それも仇本人に露にしてしまったという事実。

 彼の父、クライド・ハラオウンは、七年前管理局にとっては念願だった《闇の書》本体を確保し、その護送の途中書が起こした暴走によって自らが統べる次元航行艦と運命をともにした―――――と、局に残っている記録をコンパクトに纏めるとこうなる。

 この時、クロノの年齢は8歳。

 

「原因の一つは、俺かもしれねえ」

「え?」

 

 そう……まだ8歳で、あれからまだ7年しか経ってないのだ。

 なおかつ15歳のクロノがひた隠しにしていたものを表に出して戦ってしまった理由を、勇夜はいくつか心当たりがあった。

 自分と……師匠のレオ――おおとりゲン。

 勇夜――ゼロにとって彼は、単に宇宙拳法を指南し、歪みに歪んだ彼の心を更生してくれた師、だけではない。

 ある意味では実父のセブンと並んで、もう一人の父とも呼べる存在だった。

 一方で、クロノ小さい内に父が亡くなってしまったことで心のどこか、無意識の領域で抱えていた筈だ。

 父性への……渇望を。

 レオ師匠本人は、地球に亡命し暮らしていた当時、兄弟と言える間柄な少年がいたが、子育てをした、つまり父親の経験があるとは言えない。

 しかし、普段、特に戦いに関する時は徹底して厳格な態度を見せながらも、その奥には包み込むような愛しさを秘める気質、やや古風であるが紛れも無く〝父〟の姿だ。

 自身と師とのやり取りは、深いところに隠れていたクロノのその思いを、浮上させてしまったに違いない。

 ただ、市街から救助されて搬送されてきた時に浮かんでいた、あの悲しみと憎しみが入り混じり、多量の涙で濡れていた彼の顔を見れば、他にも原因があるのは明瞭。

 そいつはやはり………紅蓮、久遠、騎士たち、そして魔導書の主の間でできた……擬似家族の繋がり。

 彼らが家族的な振る舞いをしている光景を、はっきり目にしているわけではない。

 けれどもだ。あいつらの思い詰めて、張りつめて、がむしゃらさも帯びた姿を目にしていたら、絶対に〝家族〟として幸福を噛みしめられる暮らしをしていたんだと、不思議なくらいに確証を持てた。

 局の記録を要約すれば〝心持たぬマシンと見なされてたのに、いざ対面すれば人間そのものだったことと、口は悪くとも認めた相手には義を惜しまずに示すグレンのあの決断がその確信をより強めてる。

 きっと、さぞ満ち足りた日々だったんだろう…でも、それは一方で呪いを生んでしまうものだ。

 今を除いて一番近い時期で7年前とそれより昔から、闇の書が現界する度に大勢の犠牲者を生んできたからである。

 もし犠牲者の遺族たちが、仇たちの〝幸せ〟を見てしまったら、目にせずとも知ってしまったらどうなる? 良くて好い気はしない……それだけならまだ良い。

 最悪……仇に対し冷たい殺意が沸き上がってしまうかもしれない。

 自分たちから理不尽に奪っておきながら、その奪ったものを享受する不筋への憤怒で、彼らに死を以て償わせる……クロノはあわや、その最悪な方向に向かってしまうところだった。

 今日はどうにか、最悪に着く前にストップは掛かったみたいだけど、基本被疑者を殺さずに逮捕するよう決められてる管理局の局員でありながら、私情で引導を渡してしまう結末だって……あり得たのだ。

 

「そう自分を攻めるもんじゃないって、遅かれ早かれ、ヴォルケンリッターたちの今の生活は明らかになってたと思うし」

 

 エイミィからの言葉を、勇夜は右の握り拳でガラスを叩いて制した。

 ここは仲間の体内と言ってもいい為、力加減は最小に留めさせているが、ガラスに密着した拳は、小刻みに震えていた。

 

「そうだとしてもな、早いとこシグナム達があんなことをやらかす理由を掴もうと躍起になる余り、あいつをほったらかしにして、俺の仲間の家族を殺させちまうところだったのも確かなんだよ………」

 

 知っていた……分かっていた筈なのに、あいつの中にある爆弾を。

 家族がいない現実を生きなきゃならない空虚さってやつを。

 自分では体験しえない他人の幸せを眺める度に、必死にこらえなきゃならない苦痛を、自分は経験していたと言うのに。

 同じ体験をしてきたクロノに何もしてあげられなかった悔しさと己への至らなさ、不甲斐無さで口の中がきつい苦味に覆われた。

 

 

 

 

 

「情けねえ…」

 

 勇夜のそんな横顔を黙々を眺めるエイミィ。

 そういえばと彼女は思いだす。

 初めてクロノから聞いた時は、それもそれでびっくりした。

 彼がかの光の巨人―――ウルトラマンだったってこと。

 職業上、ちょくちょく世界を飛び廻っているから、常識外……的なことには慣れていたと思っていし、彼が普通の男の子中身が何なのか分かっててもびっくり箱を開けて驚いちゃったような感じを体感させられたものだ。

 だけど、畏怖感というか異物感というか拒否感というか、そういった気持ちまでは浮かんでこなかった。

 なぜかと言えば、いくら体がビル並みに巨大になったり、目で捉えられなくなるくらい小さくなれたり、腕とか頭とかから光線だせたり、惑星内でも音速、宇宙だと光速を超えちゃう速さで飛べたりできる能力を持ってても、今の守護騎士たちと同じように喜怒哀楽ある心を持った存在であることを知ってたから……なんだろうな、多分。

 それに、彼には、先の連戦と敗北による傷の痛みよりも、他人のことに心を痛められる度量の広さだって持ってる。

 根っこではどこまでも善人、むしろそれを普段はぶっきらぼうな態度で隠してしまうシャイさが、何かカワいいとも思えた。

 さすがに今は今の空気と、やるせない顔をした彼の前では、いつもみたいに朗らかに、少しからかい半分に口には出せないけどね。

 だからなのかも、人からかけ離れた身体でも心があると分かるから……余計に納得いかない気持ちが目に溜まる潤いと一緒に込み上げてくる。

 

「なら……それならどうしてなんだろ?」

「エイミィ?」

「完成した闇の書は、ウルトラマンでも封印するだけで精一杯で次元一つ消しちゃうほどの暴走起こすんでしょ? それにね、怪獣使ってまで蒐集の手伝いをしてる人たちだって、あの人たちは騎士みたいにどうしても蒐集しなきゃならない事情もないんだよ? なのに……どうしてクロノ君みたいな想いをする人たちを……増やすような真似をしてるの?」

 

 

 

 

 

 彼女が提示した疑問の壁を壊す解答は、まだこの時見つかっていない。

 勇夜は例の連中を束ねる首謀者と、怪獣という戦力を投入させた人物に目星こそ付けているものの、連中の情報が少なすぎる。結論を急いでしまえば、思い込みで真実を見逃してしまう恐れもあった。

 それと…自分の中では重要参考人扱いなあの人と関わりの深い人たちのことを配慮すると、迂闊に口に出せなかった。

 なので、この推論は光とナオトにしか話していない。

 しかしやはり、手かがりが雀の涙並なのは痛い。どれくらいの人数で構成されているのか、それすら分からない始末。

 エイミィたちアースラクルーの監視の目と網を掻い潜って騎士も怪獣も逃がす手際から、メンバーも設備も恵まれているとは予想できるが………しいてはっきりしてる手掛かりといえば……師のレオと戦ったあの仮面の――――

 頭の内にそのイメージを映した時、彼の脳裏にショックが駆け巡った。

 稲妻にも、閃光にも似た強烈な衝撃。

 

「ちょ! 勇夜君!?」

 

 いても立っても居られず、彼はその場から駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 勇夜が向かう場所は、3Dの画面と向き合い、タッチパネル式コンソールを入力してリサーチ中のナオトがいるモニタールームだ。

 

「そんなに急いで何があった?」

 

 いきなり突風のように走って入室してきた勇夜に戸惑うナオト。

 一応説明しておくが、なぜ自分の体内で魔法プログラム体の姿でいるのは、実は〝人間としての体〟が気に入っている為だったりする。

 

「今すぐ、この人とあの仮面野郎の身体データを出してくれ」

「りょ……了解した」

 

 ナオトは現行のリサーチを一旦中断し、モニターに勇夜がミッド製タブレットPCで見せた人物と、おおとりゲンの記憶からイメージを取り出した仮面の男。それぞれの体格を再現しつつも顔付きや髪など細部はオミットした半透明のCGをモニターに表示させる。

 

「重ねてくれ」

 

 そのCGを重ねる。

 詳細な結果は、今ここでは秘密させて頂く。

 ただ――

 

「これで、勇夜の推理がある程度実証されたな」

「ああ…あんま嬉しくないけど」

「少しやつれているぞ、今日の怪我の質も小さくはないんだ、そろそろ睡眠に入った方が良い、寝付けないのなら船内のスリープカプセルを使ってくれ」

「ありがと」

 

 ジャンバードには、治療ポッド以外にも宇宙空間の長距離航行に備えられた就寝用カプセルを常備している。

 それが今ナオトが口にしたスリープカプセル。

 このカプセルには脳にリラックス効果のある特殊な音波を照射することで、使用者を快適な眠りへと誘わしてくれる機能を備えている。

 1~2時間眠れば、最良のコンディションで快適な起床も保障してくれる代物だ。

 

「それよりリストアップの進み具合はどうなんだ?」

「日本時間で、朝方辺りまでには完了させるさ」

 

 久遠との接触と情報交換と騎士たちとの戦闘で強まった光の仮説、それは現行の闇の書の主は、地球の医学では治癒困難な病か何かを負っており、騎士たちはそれをどうにかすべく、独断で蒐集の断行を強いられているという可能性。

 ならば、ここ最近、特に襲撃事件が起き始める寸前の期間、9月末を中心にとして海鳴市内の各病院に入院、または通院したことがある市民のリストを、ナオトは纏めている最中だ。

 二人が見据えるモニターでは、瞬きよりも速い間隔で、該当する人物のデータが通り過ぎていく。

 

「っ!―――止めろ!」

「どうした?」

「少し手前に戻してくれ」

 

 彼の常人離れした動体視力が、一瞬の間に通り過ぎたある顔写真をはっきりその目に焼き付けていた。

 まさか、と勘繰りたかった。

 思い過ごしで終わってくれるなら何よりだった。

 だが、かの人物―――少女のデータが画面に表示された時、それは脆くも崩れ去る。

 

「それだ……その子だよ」

「この少女と知り合いなのか?」

「……………それもあんだけど」

 

 灯台もと暮らし、今日その諺の意味をはっきり突きつけられてばかりだ。

 どうしてこのことにも気づかなかった? 歯牙にもかけなかった? 今の今まで見落としていたんだ?

 手掛かりは、直ぐそこにあったというのに………節穴もいいとこだ。

 モニターに写っているのは、茶髪のショートカットと関西地方の訛りが印象的だった、フェイトやなのはたちと同年代の少女。

 その少女の……女の子の…名前は―――

 

「八神……はやて……」 

 

 

 

 

 

 

 暗闇、現実の世界とは明らかに次元が異なるどこかの異空間。

 四方八方、どこにも物体と呼べるものは皆無で、長時間ここに止まっていると上下という概念を喪失しそうである。

 例えるなら…そう、光が一筋も届かない環境であるので、潔く視覚を捨て去った深海生物と表現すべきだろう。

 空間そのものの色合いも、黒系統の水彩色のみで構成され、水に微妙に異なる絵具を完全に混ざらせない程度に溶け込ませたかのように、色と色が不規則な軌道で晴れ時の雲ほどの速さで巡り巡っている。

 どの黒色(こくしょく)も、『陰鬱』と単語が即座に浮かんでくる様相。

 見ているだけで、鬱な心情に追い込まれそう、生きる活力が根こそぎ洗いざらい奪い取らえられてしまいそうな気さえ感じる。

 こんな暗鬱な異次元の真っただ中に、ただ一人佇む者がいた。

 外見は女性、一見成人だが少女の面影もある。

 背丈は目側170前後と、女性としてはそれなりに高い。

 袖なしのタートルネックのような黒色に×字になるようにクロスされた金色のラインが敷かれた服に、上と同色のミニスカートを着こみ、右足がヒラメ筋、左足が大腿二頭筋辺りまでと丈の長さが極端に長短分かれた同色(くろめ)のソックスを履き込んでいる。

 黒服がぴったりと張り付いた胸はボリュームがありながら、体躯と不協和音を起こさぬように乳房の形状は整われ、露出された二の腕や二の足はすらりと伸びつつも適度なふくよかさがあり、透き通った色白の素肌にはシミの一つも見当たらない。

 そんな肌よりも漆黒の空間に光を添えるのは、腰まで伸びた白銀の髪。

 思わず、氷雪に彩られた冬の雪景色が浮かんでくるまでに艶があり美しかった。

 美しいと言えば、顔も然りだ。少女とも成人女性とも、どちらにも見てとれる、どこか人為的な、人形とさえ連想させるまでの、美し過ぎて却って寒気すらする美貌が形成されていた。

 

「また……わたしは…」

 

 異空間に木霊する声。主はこの人間離れした美を持ちし女性のものだ。

 それまで閉じられていた瞼が開いた。

 目じりは吊り気味だが、勇夜やシグナムと違い、近寄りがたい印象より柔らかな雰囲気が漂う。瞳の色は、フェイトのものよりも鮮やかな深紅………まるで血の色そのものな色合い。

 鮮烈な瞳は今、憂いに支配されていた。

 先の言辞も貌の表情も、輝かしい美貌を影に潜めさせる暗澹とした空気が覆う。

 勇夜たちと守護騎士との交戦第二幕が起きたあの夜には、怪獣たちを差し向けた者の他にもう一人傍観者がいた―――と言いたいがこの表現は正確ではない、傍観者に為らざるを得ない―――そんな現状を受け入れるしかない存在が、この超常的な美しさを持つ銀髪赤眼の女性。

 この現状となってから、もうどれくらい経ったのだろうか?

 最後にいつまともに外の世界で口から言葉を発したかさえ覚えていない……それ程の悠久の時と時空を彷徨い続けるかの呪われし書の根幹を司るプログラム生命体、 

 それが彼女であり、未だに彼女固有の名を持たぬ孤独で〝防護〟というお膳立てで捕われた囚人でもある〝名無し〟であった。

 

「なぜ? 私のようなものが……生きているのだ? どう…して?……私なんかが―――――」

 

 嘆きも涙も慟哭も、心の軋みさえ…今はまだ、誰にも届くことはなく、闇に飲み込まれていくのみ。

 

「どうすればいい? どうしたら……私は―――」

 

つづく。


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